368話(1/2)〜ディッキア〜
『オージョー選手が一瞬で、2人もベイルアウトされた!それをやったのはこの人、クリムゾンラビッツのキャプテン、ローズマリー選手!ウサギのボスがとうとう最前線に出てきたぞ!』
【【【わぁあああ!!】】】
【待っていましたわ!ローズ様!】
【ここから逆転だよ!】
『大歓声に包まれるラビッツ応援団席。だがしかし、それだけラビッツはピンチって事だ!領域の差は12%、ラビッツのベイルアウト者は20人に迫る今、全ての流れがオージョー側に傾いている状況だ!』
【これは…かなり厳しい状況だよ】
【タッチしても、順位得点は50点しか入らないものね】
【Cランクでタッチを狙わないと、逆転は難しいぞ】
冷静な観客達からは、ラビッツの勝利に不安の声が漏れ聞こえる。
そんな中、渦中の人であるローズマリー選手は堂々としており、不安や迷いの感情は見えない。それどころか、蔓をバシンッ!と叩きつける様は、何処か自信に満ちている様にも見える。
勝利を確信しているかの様に、薄っすらと微笑んでいた。
『ラビッツは相当なピンチに直面している!だと言うのに、なんと、ローズガーデンが消えていくぞ!代わりに、ローズマリー選手の体に巻き付く植物が、一気に増えた!赤いドレスに緑の蔓が巻き付き、彼女自身が大きな薔薇に変身したみたいだ!』
【なんでローズガーデンを消したんですか!?】
【これじゃ、タッチし放題じゃないか。コールドされるぞ!?】
【何かの作戦か?】
後半戦スタートから咲き乱れていた薔薇園が忽然と消え失せて、遠く向こうの方に青いクリスタルエッグが見えた。その間に立ちはだかるのは、ローズマリー選手ただ1人。ラビッツ領域はがら空き状態となってしまった。
これでは、観客達が危惧するように、我々のコールド勝利も見えてくる。試合時間は、15分が経過しようとしていた。現在の桜城領域は62%。あと2回Cランクのタッチが成功すれば 70%を超えてコールド勝利が見える段階であった(50+50+400×2=900)
それは、フィールドの誰もが分かっているみたいで、桜城領域で逃げ惑うラビッツ諸君は青い顔で自軍領を振り返り、攻める桜城選手達は目を輝かせた。
そして、動いた。
「俺達が決めてやるよ」
桜城領域まで戻ってきていたサーミン先輩が怪しく笑みを浮かべて、その場で消えた。隣に居た西園寺先輩もすぐに消えて、ステルス部隊が再出撃したことが分かった。
あの2人はCランク。もしも決まればその時点で試合終了である。
そう思ったが、彼らの姿はすぐに現れた。
いや、暴かれたのだ。
中立地帯へと入る手前。そこで、透明化が解けた彼らの足には、薔薇の蔓が巻き付いていた。
「くそっ!なんでバレた!?ローズガーデンは消えたはずなのに!」
身動きが取れないサーミン先輩が、意味が分からないと喚いた。
それに、ローズマリー選手は嘲笑を浮かべて返答する。
【無粋な貴方達の居場所など、手に取る様に分かります】
手に取る様に。
そう言う彼女の手には、何本も蔓が巻き付いており、それが周囲へ伸びていた。
その姿は、何処か蜂須賀選手を思い起させる。彼女と戦った冬山では、彼女の糸が微細な振動を拾って、こちらの位置を特定していた。ローズマリー選手はそれを、蔓で行っているのかもしれない。
【では、ごきげんよう】
「うおっ!」
「きゃっ!」
サーミン先輩と西園寺先輩が揃って、ラビッツ領域へと投げ飛ばされてしまった。中立地帯を踏まずに領域間を移動した為、反則退場だ。
これで、桜城のベイルアウト者は4名。特に、遠距離攻撃のスペシャリストである秋山先輩と、奇術師サーミン先輩が消えたのが痛い。桜城は他チームと比べて選手層が薄いから、彼らの様な選手は補充が効かない。手札が抜き取られる度に、桜城の勝率が落ちて行ってしまう。
何もないように見えるラビッツ領域だが、見た目とは裏腹に分厚い壁が聳え立っている。
その壁は、ローズマリー選手たった1人に寄るものだ。彼女の作り出す植物園が、難攻不落の城塞となって立ち塞がる。しかも、攻撃手段まで持った城塞だ。
彼女を排除せねば、桜城の勝ちは見えない。それどころか、このままでは全員ベイルアウトさせられて負けまであり得る。
そう理解した蔵人は、ローズマリー選手目掛けて駆け出す。
だが、すぐに足を止める事になった。
彼女の蔓が、こちらへと伸びて来たのだ。
「タイプⅢ、ドラグ・シェル!」
近づく緑の触手を、蔵人はドラグ・シェルで応戦する。太くしなやかな蔓も、高速回転する刃の前では素直に切断されていき、綺麗な断面積を見せて消えていく。
よしよし。厄介な蔓だが、チェーンソーの前には太刀打ち出来ないみたいだ。これなら、防ぐことは可能だな。
【わたくしのローズウィップを切断するとは。貴方の装備も、中々に良い物を使っているみたいですね。男性だからと、優遇されているのでしょうか?】
ローズマリー選手が、少し興味を持った目でこちらのチェーンソーに目を向ける。
どうも、このドラグ・シェルを最新兵器か何かだと見られてしまったみたいだ。
異能力で作動するチェーンソーとか、アメリカでは売っているのか?
【では、教えて差し上げます。わたくし達の装備の方が上である事を。異能力と装備が調和する事が、どれ程の威力を生み出すかを】
ローズマリー選手が何かを周囲にばら撒いた。途端、その落下地点から無数の蔓が伸びてきて、こちらへと迫ってきた。
【さぁ、そのご自慢の武器で、全てを剪定なさってみて下さい。でないと、貴方方の負けですわよ?】
伸びた蔓が向かった先は、こちらだけでは無かった。桜城領域を包む勢いで伸びた蔓は、そこにいる全ての選手達に絡みついた。
「くそっ!草タイプのくせに!」
「やられたわ!こんなに伸びるなんて、想定していなかった!」
「おおっ!オイラ、空飛んでるぞ!」
「うわぁあん!また宙吊りだよぉお!」
【お姉様!私達まで捕まえていますわ!】
【誰か助けて!スカートが捲れて、は、恥ずかしいですわ!】
桜城選手だけじゃなく、鈴華が操っていた甲冑やラビッツ選手まで蔓に捕らわれていた。ローズマリー選手は、動く者全てに蔓を伸ばしているようだ。
【犠牲は付き物です。花が美しく咲く為に、他の花を摘み取るのと同じで】
仲間の悲鳴を聞いても、ローズマリー選手は薄ら笑いを浮かべている。
花を摘み取るって、摘果の事を言っているのかな?それと仲間を巻き込むのを一緒に考えるなんて、恐ろしい人だ。
宙吊りになった選手達を見て、蔵人は冷や汗を流す。ローズマリー選手が何故、圧倒的不利な状況であるのに堂々としているのかが分かったから。彼女はきっと、パーフェクトを狙っているのだ。桜城選手を全員ベイルアウトさせての完全試合。その為には、仲間が犠牲になろうとも気にしないと。
「そうはさせない」
【あら?どうするのです?】
蔵人はみんなを救おうと、必死になってドラグシェルを振るう。だが、こちらに迫ってくる蔓を相手取るだけで精いっぱいだ。とても、他の人達の方まで手を回せそうにない。
このままでは、全員ベイルアウトさせられてしまう!
「いい度胸だぜ。あたしに触れて、勝とうとするなんてよ!」
今にもラビッツ領域に放り出されそうだった桜城選手達だったが、その蔓の動きが止まる。宙に浮いていたみんなの体が、地面へと着いた。
鈴華だ。彼女が桜城選手達の甲冑を磁力で手繰り寄せ、投げ飛ばされないように地面へと引き付けたのだった。
それを受けて、ローズマリー選手の視線がこちらから鈴華へ移る。
【ああ、そういう事ですか。貴女のマグネキネシスがあるから、貴女達は前時代的な金属甲冑を装備していたと。つまり、貴女の力がこのチームの要であり、貴女が倒れれば全てが終わる】
「はっ!チームの要はボスだ!あたしはその右腕。勘違いすんなよ!」
「右腕はウチや!自分こそ勘違いすんなや!」
反射で反応する伏見さん。
口は元気そうだが、蔓の牽引に抵抗する顔は必死だ。鈴華の磁力で地面に降り立つことが出来た彼女達だが、ジワリ、ジワリと引きずられている。
早く蔓を切らねば、全員がベイルアウトされてしまう。
「大車輪!」
ドラグ・シェルを維持したまま、蔵人は1組の大車輪を生成する。そして、その大刃で蔓を叩き切ろうとした。
そこに、ローズマリー選手が手を伸ばして蔓の一本を優しく撫でた。
【ディッキア】
彼女がそう呟いた途端、撫でられた蔓に緑色の草が生えて、蔵人のはなった回転大刃を受け止めてしまった。それは、葉がトゲトゲした厳つい植物。大車輪を受け止めても、傷一つ付かない程に頑丈な一輪であった。
【無駄ですわ。この子の硬さは植物でも随一。仮令Aランクのフィジカルブーストでも傷付けることは出来ません。貴方の攻撃は、全て見させて頂きました。もう何もさせはしませんよ】
ローズマリー選手が、薄ら笑いをこちらに向けて来る。それに、蔵人は反発するように何度も大車輪の突入角度を変えて、蔓を切ろうと試してみる。だが、ディッキアは他の場所でも咲き誇り、簡単に大車輪の刃を弾き飛ばしてしまった。
そうしている間にも、蔓と引っ張り合いを続ける仲間達からは、必死に抵抗する声が聞こえてくる。
どうする?
蔵人は考える。
ディッキアの大きさは精々バスケットボール程度。上手く相手の意表を突くことが出来れば、咲いていない部分を攻撃することが出来る。だが、その意表を突くのが難しい。大車輪のように予備動作が大きい刃物では、飛来する位置が特定されて防御されてしまう。ドラグ・シェルならば小回りが利くのだが、射程が短すぎて蔓に届かない。
操作性と射程を兼ね揃えた刃物が必要である。
……あれを、やってみるか。
蔵人は思い至り、そして行動する。
幾つもの水晶盾を空中に生成し、それを連結させる。大車輪の時とは違い、盾の頭に別の盾のお尻を接続し、それを幾つも、幾つも連ねる。
ドラグ・シェルの刃も、全てそこに合流させる。
連なる盾が、日差しを浴びてキラリと光る。
「狂え、蛇腹盾」
『うぉおっと!!何だこれは!?シールド同士が連結して、めちゃくちゃ長い蛇みたいになったぞ!』
【これって、あれだ!あの鉄巨人が持ってた武器で、確かガリア…】
【敵役の魔法剣士が使ってた奴とソックリだ!】
会場の一部が大盛り上がりだが、見た事ある武器だったかな?確かに、架空の世界では時折登場する武器だからね。
ロマン武器。だが、移動が出来るシールドであれば再現も可能だ。盾と盾の間を縮めたり伸ばしたりすることで、攻撃範囲も大きく変更でき、鞭のように変幻自在な攻撃が可能となっている。
蔵人が腕を振るうと、それに合わせてヴォーパルシールドも動く。
脈動する。
盾同士の隙間を瞬間的に広げることによって、射程範囲を一気に伸ばし、小さな刃が幾つも高速移動する。
その高いせん断力を、桜城選手を苦しめる蔓へと向かわせる。
一つ一つは小さな盾だが、連なり高速で移動するそれは、巨大なチェーンソーと言っていい。
【ディッキア】
その凶悪な刃を阻止しようと、強靭な植物が蔓の表面に幾つも咲き誇る。
だが、蔵人がクイッと手首を返すだけで、ヴォーパルは生き物の様に刃をしならせ、ディッキアを避けて太い蔓に接触する。
切断する。
その途端、
「ぎゃっ!」
「助かったわ!黒騎士ちゃん」
「おっとっと。ありがとう!黒騎士君!」
蔓に捕まっていた仲間達が解放された。
約1名、引っ張り合いの勢いを殺せないで顔面から着地したが…許してくれ。配慮している余裕が無かったんだ。
全ての蔓を切断されたローズマリー選手は、その切り口を眺めた後に、空中でとぐろを巻くヴォーパルを目で追った。
【鞭のようにしなる剣とは、随分と奇怪な物を。ロシア製…いえ、そのように奇抜な兵器はドイツ製?一体どの国で買い求められたのでしょう?】
「生憎、こいつは俺の盾ですよ」
またもや異能力をただの兵器と勘違いされてしまった。蔵人はそれを証明する為に、ヴォーパルを分解して小さな盾に戻した。
それを見て、ローズマリー選手はゆっくりと首を振る。
【信じられませんわ。最下位種であるクリエイトシールドが、わたくしのクリエイトガーデンに勝るなど、到底信じることの出来ないことです。必ず、何かしらの種がある筈です。CランクがAランクに届くための何かが】
「ならば試してみますか?もう一度」
蔵人は再びヴォーパルを再結合させて、頭上で大きく円を描く。
それに、ローズマリー選手が笑みを返す。
今までの様な冷徹な物でも、嘲笑でもない。鋭さと怪しい輝きを持った、本気の笑みだ。
【よろしくてよ。貴方のその力がただ優秀な装備によって作られているのだと、今この場で解き明かしてみせますわ。わたくしの全力をもって】
ローズマリー選手が手を突き出す。すると、彼女の体に巻き付いていた蔓が、更に太く、見上げる程に大きくなっていく。
蔓の突起が、より長く鋭利な棘となって生え揃い、至る所で真っ赤な薔薇が咲き誇る。
薔薇の巨人。
その中心で、ローズマリー選手がこちらを見下ろした。
【ローズクイーン。これが、わたくしの最高傑作ですわ】
長くなりましたので、明日へ分割致します。
「新技は剣の様だが、あ奴は扱えているな」
盾の集合体だからでしょうか?それとも、鞭と思って使っているのか。
「どちらにせよ、ロマン武器は良いものだ」