367話(1/2)〜変わって、ない…〜
※他者視点です。
目の前には数少ない白銀騎士が並び、そのスカスカな配置の向こうには薄紅色に輝くクリスタルエッグが鎮座していた。その足元には、多くの騎士が座り込んでいる。
前半で私達の攻撃を見ておいて、こんな手薄な盤面を晒すなんて…。
交流戦で、少しは出来るチームなのかと思ったけれど、どうやらそれは思い違いだったらしい。
【はぁ…】
私は落胆した。知らない内に、彼女達に期待していたみたいだ。
でも、考え直す。私達の圧倒的な力を前にしたら、殆どのチームがこの道を選んでしまうから。目の前の彼女達も、その流れに乗っただけだと思えば可哀そうな人達だ。万全の私達と戦うこととなった、彼女達の運が悪かっただけ。
だったら、狩り取ってあげよう。
一瞬で。
ファァアアアン!
【前に出ます!】
試合の合図と共に、私達は駆け出す。
すると、目の前で構えていたブラックナイトが動き出す。
「シールド・ファランクス!」
一瞬のうちに、ブラックナイトがフィールドの横一列にシールドを敷き詰めた。
美しさすら感じる程に均一されたクリスタルシールドは、見た目相応の防御力を誇る。ガゼルホーンのエイミーすら壊せなかったシールドだ。無理に破壊しようとすれば、大量の魔力と時間を消費する事になる。最大であと10分も戦うのに、それは避けたい。
私はチラリと後ろを見る。そこでは、ローズお姉様がローズガーデン発動の準備をされていた。
薔薇の園を再建するのには、もう少しだけ時間かかる。ならば、あのシールドを排除する役目は私が担うべきね。
【私が先陣を切ります!着いてきて下さい】
【分かりましたわ】【私達も参ります】
先輩達が、先に走り出した私の後に続く。最年少の私であっても、先輩達は1人の選手として扱ってくれていた。
交流試合の時では出来なかった戦い方が、ここでは出来る。クリムゾンラビッツこそが私の力を発揮出来る場所で、このドレスこそが私の可能性を引き出す素材。
今の私達であれば、格上のイーグルスにも勝てる。
【アイリーンさん!前!】
【盾の隙間から、何か出てきましたわ!】
私達が並び立つシールドの壁へと迫っていると、そのシールドの隙間から、小さなゴーレムが這い出して来た。
前半戦で、4人もベイルアウトさせられたミニゴーレムだ。確か放送では、90番の男の子が作り出しているって叫んでいたけれど、本当に男の子がこんな事を出来るのかしら?
【皆さん!上空へ逃げますわよ!】
どちらにせよ、このゴーレムが厄介な事には変わりない。同時に、こうして空中に逃げてしまえば、こちらに一切手を出せなくなってしまうのも前半戦で把握済み。
私は自身と先輩達の重力を操作して、1mくらいの高さを浮遊する。その下を、ゴーレム達が通り過ぎて行った。
と、思いきや。何体かのゴーレムがその場で止まり、私達を見上げた。
そして、
ズッバァアン!
突然、爆発した。
【なっ!】
余りにいきなりの事で、爆風に煽られた私は重力のコントロールを失い、先輩達と一緒に地面へと倒れ込んだ。
途端に、周囲にいたゴーレム達が群がってくる。
その光景を目の当たりにして、パニック映画さながらの恐怖を覚えた。
だから私は、はしたなくも先輩方の前で声を荒げてしまった。
【来るな!このっ、出来損ない!】
私は周囲の重力を軽くして、こちらへと近付くゴーレムを浮かせる。次いで、ドレスに魔力を込めてクルリと回る。それだけで、小さなゴーレムは崩れて消えていった。
同じ様に、先輩2人は弱い攻撃をばら撒いて、ゴーレム達を撃退していた。
でも、もう1人の先輩はダメだった。倒れた衝撃が強すぎて、直ぐに立ち上がることが出来なかったみたいで、倒れ込んだ状態でゴーレムに群がられてしまった。私が助け出そうと手を差し出した時には、既に全身が土に埋もれ、直ぐにベイルアウト判定を受けてしまった。
私はゴーレム達が近付いてくる前に、先輩達と一緒に高く浮遊した。さっきよりも更に高く、人でも手が届かない高さに。
そうすると、今度こそゴーレムは私達を諦めたみたいで、ラビッツ領域へと向かい始めた。
きっと、ローズお姉様を狙っているのだと思うけど、それこそ無駄な事だわ。既にお姉様はローズガーデンを発動し終え、ラビッツ領域の中央では薔薇が咲き誇っている。こうなれば、お姉様のローズガーデンに死角は無い。入り組んだ薔薇が、侵入者の位置をお姉様に伝え、鋭利な棘や長い蔓で葬り去ってしまうから。
他の先輩方も、浮遊出来る方はゴーレムを軽々と飛び越し、そうでない方はローズお姉様の薔薇に掴まって逃げおうせている。
それなのに、ゴーレム達はローズガーデンの中で右往左往しているだけで、全く役に立っていなかった。
こういう姿を見ていると、このゴーレムが男の子の異能力と言うのも納得出来る。無駄だと分からずに、ずっと同じ作戦を繰り返してしまう稚拙さは、戦い慣れていない男の子の特徴だから。
96番の盾と組み合わせてきた時はヒヤリとしたけど、もうあのゴーレムは脅威じゃなくなった。今の内に円柱まで急ぎましょう。
私達は並び立つ盾にたどり着く。ここまで来れば、遠距離攻撃は飛んで来ない。今怖いのは突然盾の隙間からゴーレムが現れる事だけど、出てくる気配が無い。
きっと、薔薇園で遊んでいるあのゴーレム達で限界なんだと思う。園の地面を埋め尽くす程の量だから、Cランクとしては十分すぎる程の量だけど。
【邪魔しないで!】
交流戦の時と同じくように、私は盾の重力を上へと書き換え、蹴り飛ばして道を開ける。交流戦の時は盛大に吹き飛んだ盾も、今回は少し後ろに後退するだけに終わってしまった。
学習されてしまったのかしら?こんな短期間に凄い吸収力。やっぱり、あの96番はレベルが違うわ。
それでも、盾1枚分の道が空いたことで、私達はすんなり敵領域に侵入する事が出来た。
「迎撃!」
敵は直ぐに攻撃してくるけど、ゴーレムが居ない分、回避するのは容易い。ブラックナイトのショットガンがあったら私でも対処の仕様が無いけれど、それも考慮して左翼の壁際から侵入したから安全だ。中央で陣取る彼がこちらに来る様子もない。きっと、ローズお姉様を警戒して動けないのだと思う。
私達は、飛んでくる遠距離攻撃を難なく回避して、敵の前線を抜ける。そうすると、もうエッグが見えた。その周りには、フルアーマーの兵士が座ってチマチマ得点を稼いでいた。
一生懸命に稼いだ得点なんだろうけど、今私達が一瞬で奪ってあげる!
【ムーンウォーク】【ブースト!】【アイスダンス!】
私達はほぼ同時に異能力を発揮して、敵領域を駆ける。
敵が円柱役に戦力を割いてくれたので、前衛さえ突破してしまえば楽なものだった。前半戦よりも簡単に敵の領域を突き進み、私達の射程圏内にエッグが入るところまで到達した。
それだというのに、敵の円柱役はまだ座っている。
タッチを奪われるのも無視して、あくまで待機得点だけで勝とうとしているの?愚かね。そんなの、私達にエッグを差し出している様なものじゃない。ファランクスは、如何に相手を掻い潜り、円柱にタッチするかを競う競技。戦うことを投げた時点で、貴方達の敗北は決まっているのよ。
【行きます!先輩!】
【承知しましたわ!】
私は上空から、先輩達は地上からエッグへと急接近する。唯一の障害である鈴華も、これでは対処出来ないだろう。確実に1本、上手く行けば3本のタッチが成功する。
これで、私達の勝ちが確定したも同然。待機得点だけではもう、覆らない点数差になるから。
私の頬が持ち上がる。勝負が見えて、笑みが零れた。
それに、
「んじゃあ、やりますか」
サルが、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。
立ち上がり、腕を前に出して構えて私達を真っ直ぐに見据える。
その途端、私は背筋に悪寒が走った。交流戦でやられた記憶が蘇り、知らない内に急降下を緩めていた。
それが、幸いした。
「行くぜぇ!マグナ・バースト!」
サルがそう叫ぶと同時、奴の後ろで座っていたフルアーマーが浮き上がり、そして
盛大に弾けた。
【なっ!】
仲間の装備を犠牲にしたサルの蛮行に、私は息を呑む。激戦の中で装備をパージするなんて、なんて自殺行為を強要するのだと目を見開く。
その間にも、私の目の前には弾け飛んだ鎧のパーツが迫ってきた。腕、足、ヘルメット。それらが高速でこちらへと飛来し、散弾銃の様に私を襲う。
私は重力制御を最大にして、何とか致命傷を避ける。ドレス裾にはいくつか掠ってしまったけれども、体に当たる事だけは回避することが出来た。
でもそれは、距離を開けていた私だったから。
エッグへと真っ直ぐに向かっていた先輩達は、鎧の爆破に至近距離で巻き込まれ、体に幾つも鎧のパーツが当たってしまった。
そうなればもう、交流戦の時と同じだ。
【なっ!体が、言うことを聞きませんわ!】
【私の異能力も、上手く発動いたしません!】
先輩達は宙に浮き上がり、ジタバタと手足を振るだけの人形に成り下がってしまった。サルの磁力に取り込まれてしまったのだ。かく言う私のドレスも、サルの方にと引っ張られる。
私は、その力に抗う為に、全力で重力制御を行う。引き込もうとするサルを、めいいっぱい睨みつける。
すると、そこで違和感に気が付いた。
奴の後ろに、誰も居ないことを。
【えっ?】
意味が分からなかった。さっきまで、3人のフルフェイスがエッグの元で座って筈だ。なのに、アーマーパージを行ったら中の選手もいなくなっちゃった。
何処かに避難したって事?そんな事、この短時間で出来る訳ない。ベイルアウトや降参したなら、実況か審判が宣言している筈。
と、いうことは…。
私はエッグの上、その更に上を見上げる。そこには大きなディスプレイが設置されており、現在の試合状況が大きく映し出されていた。
そこに、両チームの得点が書かれていた。〈桜城:4563点〉と。
【変わって、ない…】
後半戦が始まった時は、確か4400点であった桜城の領域得点。そこから、160点程度しか得点が増えていなかった。
4人もの円柱役を投入して、試合も3分が経過している今、その点数は余りにも少ない。1秒に4点も入るのだから、40秒くらいしかタッチしていなかったことになる。
タッチをしていなかった?いえ、そんな戦犯行為をするなんて考えられない。
じゃあ、考えられるとしたら…。
【初めから、誰も居なかった?】
そう考えれば納得できる。
後半戦開始から1分もしない内に、オージョーの円柱役はここから居なくなっていたんだ。それをカモフラージュする為に、サルが磁力で甲冑を操っていた。待機得点で勝ちに行く様に見せかける為に。
円柱役を、自由にさせる為に。
それじゃあ…。
【円柱役は、何処に行ったのよ!?】
「あん?んなの決まってんだろ?」
私が零した疑問に、サルがムカつくくらいに魅力的な笑みを浮かべる。
そして、明かす。
「態々エッグ前の守備を厚くしている様に見せかけて、お前らの目をここに引き付けたんだぞ?あたしらの本当の目的はその逆、お前らの陣地を狙った逆転の攻勢だよ」
【それって…まさか!】
私は後ろを振り返る。
丁度、その時、
『サードタッチ!オージョー27番!レオン選手!』
放送の絶叫が響いた。
次いで、
『続けて、オージョー18番!西園寺選手!12番、木元選手が連続タァアアッチ!一気に逆転!オージョーの大逆転ダァアア!!』
【【【うおぉおおおおお!!】】】
絶望的なアナウンスが空気を震わせ、会場の白い旗を持つ観客達が立ち上がる。
何故?なんで?
レオン君が透明化するのは知ってるけど、透明になってもローズガーデンは通り抜けられはしない。だってあそこは、絶対領域だから。薔薇園の中では歩く振動だけで場所を探知されるから、透明化は意味がない。
私は信じられず、お姉様のローズガーデンを見る。相変わらず、美しい赤の薔薇が空中高く咲き誇っている。
でも、その下。ローズガーデンの根元では、異変が起きていた。
わちゃわちゃ騒いでいたゴーレム達が、いつの間にか寄り集まって固まり、大きな一本道を作り出していたのだ。
【えっ…もしかして…】
あのゴーレムの道が、選手達が作り出す振動を吸収したってこと?前半戦で私達を襲ったゴーレムの動きまで、布石だったと言うの?私達の足を止めるだけに放たれたと思っていたのに。その実は、ステルス部隊の道を作る為の工作兵だったんだ…。
私は前を向く。そこには、勝ち誇った顔のサルと、その後ろに並ぶ空洞の騎士達が並ぶ。
この騎士も、前半戦から打たれていた布石。男以外にもフルフェイスが何人かいるとは思っていたけど、偽の円柱役を作り出す為の作戦だったんだ。
全てが、始めから仕組まれていた罠。装備をブラフにするという、前代未聞な作戦。
【なんて作戦を考えるのよ…あんた達の指導者は…】
「カカシ作戦って言うらしいぜ。翠の奴が言うにはな」
そう言って、私の肩に手が乗せられる。
そちらを見た私の目に、美しい銀髪の合間から悪魔の様な微笑みが垣間見えた。
「なぁ、良いもんだろ?あたしらの装備もよ」
その顔に、私は睨み返すしか出来なかった。
長くなったので、明日に分割致します。
「カカシ作戦か。なるほどな」
相手の意表も付けますし、久我さんの防御手札も増える。一石二鳥の作戦ですね。
「久我嬢、そして慶太の力あっての作戦であったな」