366話(2/2)~ここで花開かせます~
※臨時投稿です。昨日も投稿していますので、ご注意ください。
6羽の赤いウサギが、物凄い速さでこちらへと迫ってくる。
桜城の息の根を止めようと、嬉々として襲い掛かってきた。
それに、蔵人は左手を突き出す。
2重の龍鱗で膨れ上がったその腕の先には、小さな盾が幾つも凝縮していた。
それを、一気に開放する。
発射する。
「レフトアーム装填。ショットガン・ブラスト!」
【きゃっ!】
『ベイルアウト!ラビッツ15番!』
【【うぉおお!】】
【すげぇ!2人目!】
【ラビッツの精鋭が、こんな、簡単に…】
【あの腕はなんだ!?新しい日本の兵器か!?】
アメリカの人達にはこの腕が作られた武器のように見えるらしい。異能力の集大成だと見なされないのは、やはり考え方の違いか。
壁を感じながらも、蔵人は急ぎ右腕の拳に盾を集める。ギリギリで装填が完了し、迫る薔薇の花弁達に向ってショットガンをぶっぱなし続ける。
「ライトアーム装填。ショットガン・ブラスト!」
【くっ!】
『ベイルアウト!ラビッツ10番!3人立て続けのベイルアウト!あっという間にハットトリックを決めやがった!』
【【【わぁあああ!!】】】
【すげぇえ!】
【これはいけるぞ!】
【【ブラックナイト!ブラックナイト!】】
期待を込めた声援が波のように押し寄せるも、蔵人の表情は暗かった。
再び左手に装填を開始しているが、迫る薔薇の花達との距離は僅かもなかった。
あまりに早い襲撃の波に、とうとうショットガンの装填が間に合わなくなったのだ。
「レフトアーム…」
もう少しで装填が完了するといった段階で、既に残りの4人は目と鼻の先にまで近づいていた。彼女達の目は、こちらを見ていない。完全に、我々のエッグをロックオンしていた。
「済まん!抜けるぞ!」
叫びながら左拳を突き出した蔵人だったが、弾が込められる前にラビッツの花弁達は蔵人の真横を過ぎ去り、風に舞う様に軽やかなステップを刻みながら駆け抜けて行った。ここまで離れてしまっては、ショットガンでは有効打にならない。
逃した数は4人。
一瞬、この4人を追うべきかと迷いもした。だが、後ろから駆け寄る新たな足音を聞き、思いとどまった。
前線を振り返ると、大穴に向って走り込んで来る、ラビッツの追撃部隊が見えた。
これ以上の侵入は、許さんよ。
「シールド・ファランクス!」
蔵人は近くに水晶盾を生成し、それを前線へと押し上げた。
今まさに穴から入ろうとしていたウサギさん達は、押し出された水晶盾のシールドバッシュをくらい、ラビッツ前線まで吹き飛ばされていった。
重量が軽い分、良く跳んだ。加えて、祭月さん達が追撃を撃ち込んでくれたので、ラビッツが再び桜城前線に近づくのには時間がかかる。
こちらは何とかなった。問題は、既に侵入している4羽のウサギ。
「いっけー!オイラのミニゴーレム!」
その声に振り返ると、慶太が出したミニゴーレムが地面を埋めつくさんばかりに増殖して、エッグへと駆け寄るウサギ達へと殺到していた。その攻撃に、先頭の2人が巻き込まれる。
【くっ!なんですの、これは!】
【纏わり付いて離れっ、いやっ!顔にまで…】
一瞬で、2体の土偶が出来上がった。
いつ見ても恐ろしい技だ。
『うぉおお!クマ選手のゴーレムが、相手選手に張り付いた!これは凄い!強力だ!泥の塊になった2人は、全く動けない!そして…ベイルアウトぉおお!』
【【【うぁああああ!!!】】】
【クマちゃんがやった!クマちゃんがやった!】
【強いし可愛いし最強だわ!】
【このチームの男の子達ヤバすぎ!】
【レオン君、ブラックナイト様に続いてクマちゃんまで…】
【日本の男の子はどうなってるの!?】
会場も大盛り上がりで、慶太に向かって黄色い声援を投げつけまくってる。
クマも嬉しそうに飛び回るから、余計にお姉様達が興奮していた。
…興奮し過ぎて上着脱ぐのはやめて欲しいな。ほら、警備員に捕まった。
【ムーンウォーク】
【スカイウォーカー!】
見事に先頭の侵入者を捕まえた慶太。だが、後続の2人を捉える事は出来なかった。
重力操作で高く飛び上がったアイリーン選手と、エアロキネシスの力で大きな跳躍を見せた5番の選手は、慶太のミニゴーレム部隊を軽々と飛び越えてしまった。
慶太のゴーレムは小さいから、飛翔能力のある者には効果が薄い。
その状況を見て、鶴海さんが指示を飛ばす
「早紀ちゃん!桃ちゃん!迎撃!」
「うん!」「行くで!」
「私も爆発で…」
「祭月ちゃんは前衛に集中!黒騎士ちゃんの盾に近付かせないで!」
前線にも6人居るからね。遠距離部隊の戦力は割けない。
迎撃を指示された伏見さん達は、名前を呼ばれた時点で動き出していた。自分達が行くしかないと、自覚していたみたいだ。
空中散歩をするアイリーンさんに、伏見さんの手が伸びる。
「桜城の空は、うちのテリトリーやで!」
【まぁ。重力に囚われる小鳥が、囀っちゃって可愛いこと】
伸ばされた手を、アイリーンさんは難なく躱してしまう。
それでも、伏見さんは諦めない。もう一度空へと舞い戻り、回転しながら彼女に拳を突き立てようとする。
蔵人も、伏見さんが戦い易い様にと、彼女の周辺に小盾を設置した。
縦横無尽に飛びかかる伏見さんの変則攻撃。でも、アイリーンさんは自身の重力を操作して、その攻撃を巧みに躱す、躱す、躱し続ける。
加えて、迫り来る伏見さんに対しても重力操作を行い、彼女の軌道をズラしてしまった。
「なん、や!このっ!鬱陶しいやっちゃな!」
憤る伏見さん。だが、その思いが募る分だけ、彼女とアイリーンさんの間は空くばかりだ。
その攻防の下では、ラビッツ5番と桃花さんが壮絶な追いかけっこを繰り広げていた。
高速で迫る桃花さんに、5番は進行方向を自在に切り替えてジグザグに走り、追いつかれない様にしていた。
トップスピードで言えば、桃花に軍配が上がる。だが、相手の機動力は並外れており、何度も進行方向を切り替えられている内に、桃花さんとの距離が段々と開いていた。
そんな2組のデットヒートは、そろそろ終着点に差し掛かる。
彼女達の目の前には、薄っすら赤く輝く大きなクリスタルエッグが聳え立っていた。
「行かせんで!」
「えぇええい!」
伏見さん達が、決死の覚悟で相手に突撃する。
そんな彼女達の思いを嘲笑うかのように、赤い花弁達はその攻撃もヒラヒヒラリと受け流し、輝く卵の殻に手を置いた。
『ファーストタッチ!ラビッツ4番、アイリーン選手!セカンドタッチ!ラビッツ5番、ホリー選手!』
【【【わぁあああああ!!】】】
【やった!先制点!】
【これよ、これ!これぞクリムゾンラビッツの真骨頂!】
【良い滑り出しよ!アイリーンちゃん!】
【どうだ、日本!これがアメリカのファランクスだ!】
『Bランク2人がやってくれたぞ!これで、タッチの点数1200点(800+400)と、ランクによる得点400点(200×2)が入って、ラビッツの領域が60%まで前進だ!』
【良いぞ、良いぞラビッツ!待機得点で負けてた分を、一気にひっくり返した!】
【サードとフォースも取れば、前半コールドも見えるわよ!】
【どうなるかヒヤヒヤしたけど、完全にいつものラビッツだ!】
【アイリーンちゃん!もう一回決めちゃってぇ!】
観客席を赤く染めていた集団が一気に湧き立ち、真っ赤な旗が観客席の至る所で翻る。
同時に、蔵人達の立つ位置が青く染まり、ラビッツ領域が一気に押し迫って来た。
「みんな、一旦引いて態勢を立て直しましょう」
「「はいっ」」
鶴海さんへ返したみんなの返事も、心做しか小さく聞こえた。
それからの展開も、なかなかに厳しいものだった。
ローズマリー選手は何度もシールドファランクスを崩しに来て、その度に侵入者を送り付けてきた。
こちらは、その度に全力の迎撃を行った。
タッチこそ取られていないが、領域差は依然として向こうが優勢であり、桜城は追う立場となっている。
そのまま、前半戦終了の合図が鳴った。
領域は、桜城が44%。ラビッツが56%だ。
円柱に待機させている選手の差だけ、こちらも領域を回復させることは出来た。
でも、このまま侵入者達の思うままに行動させていたら、得点差は簡単に引き離されるだろう。気を抜けば、一瞬で大量のタッチを奪われる。
そうなれば、こちらもタッチで対抗するしか無くなり、あの薔薇園を抜けてタッチする必要が出てくる。でもそれは、かなり危険な作戦だ。
守る事も、攻める事もイバラの道。
さて、後半戦はどうするべきか?
桜城の選手達は、見えない勝利の道を探る様に、芝生に視線を落としながらベンチに戻ってきた。
そこに、
「ナイスファイトだったわ!みんな」
部長が手を叩いて出迎えてくれた。
彼女の顔に、悲壮感はない。
「NFL9位を相手に、この点数差で前半戦を終えられたのは凄く大きい。後半戦はこれからだよ」
慰めにも聞こえる鼓舞だったが、下を向いていた選手達は少しだけ顔を上げる事が出来た。
「そうだろう、そうだろう!私の爆発が、相手をビビらせてるからな!」
1人、顔を上げ過ぎてふんぞり返っている奴もいるけど、これはこれで場が明るくなるから良い事だ。
流石は、桜城のお祭り隊長。
みんなが呆れた笑みを祭月さんに送っていると、鶴海さんが静かに手を上げた。
「鹿島部長。私の方からも良いですか?」
「ええ、勿論よ。これからの作戦を説明してちょうだい」
部長が立っていた位置を明け渡し、鶴海さんがその場所に進み出る。
控えの先輩がホワイトボードを持って来て、鶴海さんがそれを指し示す。
「部長からもありましたが、私達が予想するよりもかなりの損失を抑えて、前半戦を終える事が出来ました。みんながしっかりと守ってくれたからです」
鶴海さんの言う通りだ。前衛では、遠距離役が相手を近付かせないようにしていたし、中衛は侵入者を撃退していた。そのお陰で、相手は大量のベイルアウト者を出して、ラビッツの侵攻スピードを遅らせていた。
それでも、ローズマリー選手を筆頭とした高ランクは健在なので、後半戦も変わらずに苦しい事は変わらない。
変わらない、けれども、
「皆さんのお陰で、我々がコールドで勝利する道が見えて来ました」
鶴海さんは、とても明るい未来を指し示した。
みんなの頭の上に、クエスチョンマークが浮かび上がる。
コールドで負けない、ではなく、コールドで勝つ?
蔵人も、いつの間にか笑みを浮かべていた。期待の籠った笑みだ。
「では、後半戦の作戦をお伝えします。前半戦で準備していた種を、ここで花開かせます」
そう言って、鶴海さんはホワイトボードのマグネットを動かして、後半戦の配置を発表する。
それを見て、選手達は声を上げる。
漸く、あの時に語られた作戦が動き出すのかという、歓喜の声を。
『おおっと!こいつはどう言う事だ!?』
逆に、観客席からは悲鳴に近い声が上がった。
後半戦開始直前。蔵人達は早速、鶴海さんに示された配置に着いていた。
それを見た観客達は、疑念や落胆の声を漏らす。
【えっ?これは…】
【あーあ。これはダメだ。完全に、ラビッツの術中にハマっちゃってるよ】
【やっぱこうするよねぇ〜。勝ちたいからってさ】
彼女達が嘲笑するその陣は、これだ。
前衛…2人
中衛…7人
後衛…0人
円柱…4人
後衛部隊を無くし、円柱役を大幅増員していた。
【待機得点で稼いで勝とうって魂胆でしょ?】
【ダメダメ。それじゃあラビッツの猛攻は防げないよ。これでタッチを量産されて、敗北していったチームがどれだけ居た事か】
【君達も守るを選択しちゃったか、オージョーよ】
【仕方ないよ。彼女達は遠い島国の少年少女。アメリカのプロを相手に、本来だったら試合にすらならない力量差の筈。それなのに良くここまで戦ったって、僕は称賛したいよ】
哀れみすら感じる彼女達の視線だが、それを受ける桜城選手に後ろめたさは無い。寧ろ、早く始まって欲しいとすら思っていた。
特に、そう思っているのは後ろの連中だろう。
蔵人は振り返り、自軍円柱前を見る。
そこには、フルフェイスの騎士達が3人と、そのど真ん中で仁王立ちする美女が腕組みをしていた。
「すーちゃん、気合い入ってるね」
「ああ、そうだな」
蔵人は頷き、隣を見る。
そこには、もう1人のフルフェイスが居た。
「クマ。お前さんが攻略の鍵だ。気合い入れて…いや、楽しんで行こうな」
「おお!オイラ、そういうの得意だぞ!」
そいつは良い。
蔵人は前を向く。そこには、こちらを狩り取ろうとするウサギの集団が居た。
こちらが守りに入ったのを見て、心の中で舌なめずりをしているのだろう。
だがな、よく見てみるが良い。桜城の騎士が全員、闘志を剝き出しにして始まりの合図を待っていることに。
『両チームが出揃ったぞ!いよいよ後半戦が始まる!みんな!ポップコーンの準備は良いか!?コーラとビールは持っているだろうな?見逃せない1戦が、今…』
ファァアアアン!!
『始まったぁあ!』
【【【わぁああああああ!!】】】
大歓声が巻き起こる中、赤いウサギ達が動く。
それに、蔵人と慶太が同時に手を突き出す。
さぁ、行くぞ。
兎狩りだ!
前日のミーティングで話し合っていた作戦が、漸く開始みたいですね。
どんな作戦なのでしょう?
「守るだけ…ではないだろうな?」