35話~...ふぇ?~
実地試験が始まった。
何の変哲もない白い部屋だったところが突如、ゴツゴツとした岩肌が突出し、洞窟の様な薄暗い部屋に様変わりする。
フォログラムか何かか。永良部島の洞窟か異世界のダンジョンの中にいるみたいだ。背中には、オブジェ...見上げるほど大きい、クリスタルの大塊が鎮座する。青く輝くそれが、蔵人達を照らしている。
『では、開始します』
何処かから響く、試験官の声。
それと同時に現れる、敵の姿。
真っ黒い...人間?影の様に輪郭がぼやけている人型の何か。よく見ると、黒い霧のようなものを体の周囲に纏わせていて、正体を隠しているようだった。大きさは、蔵人よりも頭1つ高い程度。あと、猫背だ。手には鈍色の短剣。
「斥候のアグレスだ。素早いから気をつけて」
安綱さんからの忠告。
アグレス?あの影の事か?
そんな事を考えていたら、アグレスが動いた。剣を振りかざし、安綱先輩に向かっていく。
先輩は動かない。約束通りだ。
蔵人は鉄盾を作り出し、先輩に近づくアグレスに向けて飛ばす。あまり強い力でバッシュしてしまうと、距離が開いて先輩の射程から出てしまうかもしれないので、腕だけ弾く位の軽い力でバッシュする。
すると、それだけでアグレスの体は大きく仰け反り、短剣も落としてしまう。
流石に隙が大きすぎて、先輩も動く。
指をひゅっと振ると、アグレスの体が溶断され、その場で消えた。
先輩がこちらに振り向く。
「良いアシストだ。動ける盾とは、便利なものだな。これなら、少しレベルを上げても良いと思うのだが、どうだ?」
レベルがあるのか。
今のは最低レベルなのだろうな。
何だかゲームみたいだな。
「はい。お願いします」
そう言うと、先輩は天井に向かって声を上げる。
「1-4-2、をお願いします!」
馴染みの店で注文するかのように先輩がそう言うと、少しして敵が現れる。
今度は2体。体が先程より一回りは大きく、強そうである。
アグレスが動く。先程よりも速い。比べ物にならないくらい速い!
しかも、2体それぞれが別方向に動き、タイミングをずらして先輩に近づく。
先程の敵は真っ直ぐに近づいて来たが、今回のは知能があるのか、射線を捉えさせない動きだ。
蔵人は盾を飛ばす。片方を遠くでシールドバッシュして動きを止めて、もう片方は近づいて先輩を襲う前に盾で弾いて体勢を崩す。
やはり先ほどより強い個体らしく、怯む隙は小型アグレスよりも小さい。
が、
先輩が一閃する。長い髪が、赤い炎と踊る。すると、アグレスは先ほどと同じように両断された。
遅れてもう一体が襲い掛かるも、同じ戦法で難なく沈んでいく。
この先輩にとっては、どちらの敵も同じ雑魚か。
先輩がチラリとこちらを見る。キレイな桜色の唇が、微笑みを携えていた。
「2-4-3で!」
ハツラツとした先輩のオーダーで、3つの影が生まれる。
大きさはさっきと一緒だが、持っている獲物がロングソードと盾になっている。
斥候じゃなくて、戦士か?
アグレスが動く。さっきよりも遅い。
だが、
蔵人がシールドバッシュをしようと鉄盾を飛ばすと、その鉄盾をいとも簡単に切り裂いたアグレス。
なるほど、攻撃力が高い個体なのね。それなら、
蔵人は盾を結晶に切り替え、更に丸みを帯びさせて受け流す様にする。すると、戦士アグレスは同じように斬りかかるが、盾を切り裂けずに立ち止まる。
別のもう1匹が先輩に近づいたので、そちらにも盾を飛ばし、シールドバッシュで体勢を崩して先輩に渡す。
瞬く間に両断されて、消滅する戦士アグレス達。
「2-8-1!」
先輩の声が更に弾む。
だが、
『8!?8はダメだ!安綱、お前の後ろにいるのはCランクだぞ!Aのお前とは違う!』
先生の驚いた声が、それを否定する。
どうやら、今先輩が要求している敵はCランクには荷が重い様だ。そして、先輩はAランクと。
それでも、先輩は構えながら要求する。
「先生、彼はまだまだ力を余らせています。ナイト級では彼の実力を測れません。ジェネラル級を出して下さい」
ナイト級とかジェネラル級って?
蔵人が1人首を傾げていると、大きな影が1体現れる。人ではない大きさだな。3m近くの巨体...オーク、いやオーガくらいの大きさか。大剣を背中に、鎧の様な物も着けている。
揺らりと、緩慢な動作で剣を構える大型アグレス。だが、その構えに隙は無い。
強い。
「蔵人、今度は私も動く」
先輩が背を向けたまま、蔵人に指示を出す。
「私の実力で言えばギリギリの相手だ。君は君が思う通りに動いてくれ。君のサポートを、期待している」
そう言い残すと、先輩はアグレスに走り寄り、彼女の間合いに入るや否や、攻撃を始める。大剣と、炎閃が激突する。
何度か切り結んだ後、先輩が数歩後退する。先輩の息が少し乱れている。本当にギリギリの様だ。
相手は、全く乱れていない。そもそも、息をしていないのでは?
今度はアグレスが先輩に襲い掛かろうと、走り出す。
言われた通り、サポートするか。
蔵人は水晶盾を出して相手の道を塞ぐ。
だが、鎧袖一触。アグレスに触れただけで、水晶盾は掻き消えてしまった。
Aランク級の攻撃力。安綱先輩と拮抗しているのだから当然か。
蔵人は水晶盾を集めて、白銀の盾を生成する。
魔銀盾。蔵人はCランクになっているので、大盾の大きさで1枚までなら生成可能となっている。
魔銀盾を、先輩とアグレスの間に割り込ませる。
邪魔そうに大剣で切りつけるアグレス。ひしゃげる盾。
だが、まだ消えない。
もう一撃斬撃を加えられて、漸く消える魔銀盾。攻撃を防ぎきる事は出来ないが、妨害は十分にできそうだ。
蔵人の盾にアグレスが苦戦するその間に、先輩も復活して、攻撃を再開する。
先輩の一閃と、大剣が再び火花を散らす。
蔵人は、アグレスが大剣を振り切る前に、剣の軌道上に魔銀盾を置く。
すると、盾に剣が当たって、たたらを踏むアグレス。
盾は、殆ど無傷だ。
大剣が振り切られる前に、攻撃力が最大となる地点よりも前に盾を置いて勢いを殺す。これなら盾も無事だし、弾かれた相手の隙も大きくなる。
「はぁっ!」
その隙を見逃さす、先輩が一撃を見舞う。
両断は出来なかったが、肩からわき腹にかけて大きなダメージを負ったアグレスが、素早く後退する。
先輩もそれを追う。
だが、
「ウォオオオ...」
アグレスが低く唸ると、奴を囲うように床から影が迫り出す。
それはすぐに人型の形となり、最初に現れた小型アグレスが出来上がった、大型アグレスを守る様に両手に持った大盾を前に出す。
あれ、ウォーリアかと思ったら、盾が随分と大きくなっていて、ロングソードを持っていない。別種のアグレスか?
先輩は相手の増援にも焦らず、果敢に小型アグレスを切り裂いていくが、大型アグレスは次々と手下を生み出し、それを阻む。
更に、大型アグレスの傍に、今までとは形状が違う中型のアグレスが一体現れる。枝木の様な太い杖を持っていて、何か呟いている。
「ナイト級のウィザードか」
先輩が、苦々しく言い放つ。
ウィザード。魔法兵か。
魔法兵アグレスはヒーラーだったみたいで、折角先輩が与えた大型アグレスの傷がみるみる塞がっていく。
これは不味い。
仲間を生み出す大型に、回復役までいては、長期戦はこちらが断然不利。
先輩もそう思ってか、小型アグレスに対する攻撃が苛烈となっていく。
だが、次から次へと湧き出る小型のせいで、なかなか大型アグレスに到達出来ない。
これは、更なる援護をせねば。
蔵人は拳大の水晶盾を幾つも生成し、盾の縁をギザギザと鋭く変形させる。
そして、それを回転させて、
「回転盾」
1枚を大型アグレスに、2枚を魔法兵アグレスに、残り全てを小型アグレスに放つ。
着弾。
大型は腕を振りぬくだけで盾を粉砕したが、魔法兵は防御力が無かったのか、簡単に切り刻まれ消滅した。小型アグレスも、腕や首を切り裂かれ消滅したり、大ダメージに膝を折る個体が現れる。
全体の半分以上は無傷で残ってしまったが、先輩の勢いを復活させるのには十分だった。
「はぁ!」
相手の気が反れて隊列が乱れた中に、先輩の一刀は面白いようにアグレス達の首を跳ねる。
次々と小型アグレスを切り伏せ、大型アグレスに迫る先輩。
だが、
大型が、動く。
「ぐっ!」
突然、大型アグレスが小型アグレスを押し潰して、前に出てきた。
先輩も、大型アグレスに押されて吹き飛ばされる。体勢を立て直した先輩は、すぐに立ち上がることが出来たのだが、
「蔵人!」
大型アグレスは先輩の隙を突いて、蔵人に突進してきた。
「避けろ!蔵人!」
先輩の悲鳴のような声。
目の前に迫る壁を前に、蔵人は足と腰に盾を纏う。
「了解」
大剣が素早く振り下ろされる。
それを回避する蔵人。大剣が蔵人の目の前を過ぎ去っていく。
余裕かと思ったが、結構ギリギリだ。相手が大剣じゃなかったら危なかった。
蔵人を捉え損なった斬撃が、地面を穿ち、高音を洞窟内に響かせる。
音が妙にリアルだ。ホログラムじゃないのか?
蔵人を仕留めそこなった大型アグレス。だが、奴はまだ諦めない。
大型アグレスは斬り上げ、斬り下し、薙ぎ払いと、息付く暇もなく蔵人へ攻撃を浴びせ続ける。
だが、蔵人には当たらない。素早さは完全に蔵人が上回っている。
「おりゃ!」
大型アグレスの隙を突いて、蔵人も盾を纏った拳で一撃を入れる。すると、
砕かれる、蔵人の盾。
水晶シールドでは、大型アグレスの鎧すら砕けないらしい。
「はぁあ!」
小型アグレスを殲滅した先輩が、大型アグレスの背に迫る。
大型アグレスは、それを防ごうと蔵人に背を向ける。
ほぉ。敵に背を向けるか。
蔵人は口の端を歪め、再び手に盾を集めて、回す。
廻す。
「螺旋盾!」
蔵人の一撃が、深々と大型アグレスの腹部に突き刺さる。
盾の先端を魔銀に変え、更に尖らせ、高速回転を加えた一撃は、大型アグレスの装甲を食い破った。
「グォオオッ!」
怒りの咆哮。
何の感情もない節穴だと思っていたアグレスの目に、怒りの色が燃えて、蔵人を見下ろす。
だが、それも長続きしなかった。
怒りの声を上げていた首が、ズレる。
滑る。
落ちる。
「終わりだ」
先輩の一閃で、落ちた首が切断部から燃えだし、消滅する。
それと同時に、壁のような巨体も崩れ出し、消滅した。
『試験終了だ。もう次は無しだぞ、安綱』
試験官の声。
有無を言わさぬハッキリとした口調。
蔵人の隣に並んだ先輩を見ると、少し不満そうな顔をしている。
えっ?もしかして、まだやるつもりだったのか?
まさか、今のを2体とか?
蔵人は、背中に冷たいものが走るのを感じた。
「楽しかったよ。ありがとう、蔵人」
先輩が蔵人に向き直って、手を差し伸べる。
それに手を握り返し、すぐに答える蔵人。
「こちらこそ。ありがとうございました、安綱先輩」
「君も物足りないだろうが、先生がああ言うのでな。済まないが、今日はここまでだ」
先輩が悩ましげにそう言うが、蔵人は苦笑いだけしてそれに答える。
いいえ先輩。俺はもう、十分お腹いっぱいですよ。
だが、蔵人の思いは通じなかったようで、
「続きは、君が正式に入学してからにしよう」
そう言うと、先輩は片手を上げて颯爽と帰って行った。
う〜ん。まず合格する保証が無いんだけどね。
蔵人は、1人その場で立ち尽くしていた。
蔵人が実地試験を終えたのは、昼時の真っ只中だった。
もしかしたら落ちているかもしれないので、せめて思い出になればと、空いてきていた学食でランチセットを堪能していた蔵人。
パンフレットに載っていた学食って、こんな高級レストランの様な場所だったのかと、今日何度目かの驚愕を覚える。
そうして、高級レストランで本格的なハンバーグセットを頬張っていると、放送が流れる。
『受験生のお呼び出しを致します。受験番号283番、巻島さん。283番、巻島さん。面接試験を行います。教員棟、第三会議室にご案内致しますので、"その場から動かないでお待ちください"』
その放送に、蔵人は首を傾げる。
うん。俺の事みたいだ。だけど、動かないでってどういう事?試験会場まで”お越しください”じゃないの?いや、そもそも面接試験って?
そんな風に考えていると、突如、隣に気配が生まれる。
見ると、スーツ姿の男性が立っていた。
「巻島蔵人さんですね。試験会場までご案内致します」
「あ、あの。試験は筆記と実地だけと聞いて...」
蔵人の質問は、途中で止まった。
男性が蔵人の肩に手を置いた途端、目の前の景色が変わったから。
あ、テレポートか。
「どうぞ、こちらが会場となっております」
男性が目の前のドアを示して、一礼する。そして、蔵人が瞬きをする間に消えてしまった。
ホント、テレポートって便利だな。
蔵人はそう思いながらドアの取っ手に手を掛けて、面接試験だった事を思い出し、手を一旦戻してドアをノックする。
コンッ、コンッ
「どうぞ」
ドアの向こうから返事が帰ってくる。
「失礼します」
なんか、入社試験みたいだなと、蔵人は懐かしくなる。
部屋に入ると、そこには4人の人間が長机に並んで座り、一様にこちらを向いていた。その目の前には、高級そうなひじ掛け椅子がひとつ、離れて置かれている。
この椅子が、蔵人の原告席だ。
蔵人は椅子の横まで歩み寄り、止まる。
「どうぞ」
真ん中の、ふくよかなお婆さんが着席を促してくれる。
「失礼します」
蔵人は、再度一礼してから座る。
うん。過去に練習した事は、意外と覚えているものだ。
「巻島蔵人さんですね?」
「はい。巻島蔵人です」
「急に呼び立ててしまってごめんなさい。お昼の途中だったのに」
そう言われて、蔵人はハッとする。
口の周り、ハンバーグのソースまみれだ。
慌てて、口元を隠す蔵人。
それを見て、4人は笑う。
「す、すみません...」
笑う4人に、小さくなって詫びる蔵人。
「いいえ。予定になかった試験を、急に申し出たこちらに非がありますので。ですが、どうしても聞いておきたい事がありましたので」
やはり面接試験は予定になかったようだ。でも、聞きたい事?なんだろうな。何か、不正を疑われているのか?何もしていないぞ。
…何もしていないよな?
…流子さん、何かしましたか?
「今回、我が校の筆記と実地試験を受けられましたが、何故受けたのでしょう?」
不正ってなんだっけ?と考えていた蔵人に投げかけられた質問は、全然違うものだった。
蔵人は焦った。
ここに来て、志望動機来たか!と。
面接試験の練習なぞ全くしていなかった蔵人。
だって、面接試験って推薦入試を受ける者だけの試験だからね。一般で受ける蔵人には無縁のものと考えていたから、対策なんて全くしていなかった。
不味いぞ。
この学校の特色って何だ?設備が綺麗だとか?弱いな。有名高校への排出率が高いのか?知らんな。墓穴掘るから言わない方がいい。部活動に力入れてるのか?何部が強いんだ??
蔵人は色々考えたが、考えた所でどうしようもない事に気付き、正直に話す事にした。
「私が本校を選んだ理由は、実は兄が受験するからなのです。不純な動機なのは重々承知なのですが、私にとっては、1番大事な...」
「ああ。ごめんなさい。そうではありません」
しかし、蔵人の思い切った告白を、校長先生らしき人は首を振って止める。
「聞きたかったのは、何故わざわざ推薦入試では無く、一般入試を受けたかなのです。推薦入試を受ければ、男性でCランクでしたら、余程の事がない限り受かります。現に、他のCランクの男子は、みんな推薦入試ですよ」
校長の言葉に、
「...ふぇ?」
蔵人は、固まった。
じゃあ、あの試験会場にいた男子達は...誰?
女子も、みんな必死に机にかじりついていたけど、あれは、何?
困惑する蔵人。
とりあえず、校長先生の話を聞いてみる。すると、全貌が明らかとなって来た。
まず、蔵人が何故一般入試を受けたか。それは、情報の取得ミス。
蔵人が入手した中等部のパンフは、一般用と推薦用に別れており、推薦には受験資格が書かれていた。女子はBランク以上。男子はCランク以上と。
蔵人は、最初から推薦は無理だと、前世の考え方で推薦用パンフを見もしないで決めていたから、こういう事になった。
そして、蔵人と共に戦っていた戦友達。彼ら彼女らは、推薦資格以下の子達だった。男子はDランク、女子はCランクの子達だ。
そう言えば、受付の人が変な目でこっちを見ていたよな。あれって、酔狂な奴だって見られていたんだ。
「ええっと、私が一般入試を受けた理由は…」
洗いざらい、自身のミスを話す蔵人。
すると、目の前の校長先生は、少し呆れた様な、安堵した様なため息を付いた。
「なんと、ただの受験ミスでしたか。いえ、それなら良かったです。自分の力を誇示したいだとか、推薦入試を受けられない、何かやましい事情があるのでは無いかと心配していたのです。貴方が良ければ、このまま推薦入試の面接試験を続けて行わせて貰っても良いですか?」
「はい。是非、お願いします」
小さくなりながら答える蔵人。
そうして、無事に面接試験が始まった。
始まったのだが、何故か質問は一番左の試験官だけが投げかけてくる。
いや、この人試験官なのか?試験官って、先生だけじゃないのか?
「じゃあ、蔵人。君はどうやってジェネラル級の装甲を貫いたんだ?君はシールドだろ?"私を"守っていた異能力以外に、何か持っているのか?」
安綱先輩が、何故かそこに座っていた。
しかも、質問は全部先輩から来た。
蔵人が最初Eランクだった事。誰が師で、どのような訓練をしたか。小学一年生でDランク頂点に立った後、何故表舞台から消えたのか等だ。
なかなか核心に迫るものばかりで、冷や汗ものだ。ここまで個人情報を取得しているとは、流石は財閥が関与する学校。絶対、龍鱗についてはしらばっくれよう。そう、蔵人は固く誓った。
「私からは以上です」
結局、龍鱗の"り"の字も出なかったので、そこは助かった蔵人。でも、かなり疲れた。
そこに、先輩から衝撃的な一言
「先生方、私の私的な質問に時間を割いて下さり、ありがとうございました。試験を始めて頂いて結構です」
って、今の試験じゃないんかい!?
顔を歪める蔵人。
内心では驚愕を抑えきれなかった。
結局その後は、簡単な質問を1つ2つされただけで終わって、後は入学までの諸注意みたいのを言い渡されて終わった。
「おかえりなさいませ、蔵人様。試験はいかがでしたか?」
「あ、ああ、はい。疲れましたよ」
帰宅後、蔵人はなんとも言えない疲労感と虚無感に、柳さんに曖昧な返事を返した。
その2週間後、蔵人の家に合格通知が二通も来て、柳さんが目を白黒させていた。
一般入試分と推薦入試分だね。筆記の手応えはあまりなかったので、実地の分で取り返せたのかな?
勿論、推薦入試分の合格通知で手続きをする。
一般入試分でしてしまうと、一般入試の合格枠を1つ奪ってしまうからね。あの時の戦友を一人でも多く学友として迎えたいじゃないか。
3月。蔵人は小学校の卒業式を迎えていた。
殆どの子とは別れてしまうので、笑いあり、涙ありの式になっていた。
蔵人も、お世話になった人達に挨拶をしていた。
「武田さん、1年生の頃から色々助けてくれて、ありがとう」
「そう。まぁ、私はアナタが特区に行くことくらい最初から分かってたわ。分かっていたから、手伝ってあげたのよ。早く向こうで有名になって、このサインの価値を上げなさい」
相変わらずのツンツンさんだ。
でも、実際武田さんには一番お世話になったと思う。
Dランク戦出場でお膳立てをしてくれた以外にも、ことある事に蔵人を助けてくれた。
本人は、ついでだとか、蔵人の勘違いだとか言っているが、ただ恥ずかしいだけなのは一目瞭然だ。
「飯塚さんもありがとう。君のお陰で楽しい学校生活だったよ」
飯塚さんとも楽しい思い出が多い。異能力バトルだけでなく、宿泊学習や野外活動で一緒に遊んだりもした。女子の中で、一番気さくに付き合えた良き友だった。
「うん。まきしまぁ。また会いに来いよ」
うん。泣かれるのはちょっと困った。
彼女には、いつか遠目でも会いに行こう。それで、もしも笑顔が戻っていなかったら…。
「加藤君も大寺君も元気でね。竹内君は…あまり開放的になり過ぎないように」
「おう!くーちゃんも頑張れよ!俺も新しい学校で頑張るからな!」
加藤君は元気に返す。彼は特区近くのエリート私立校へ入学が決まっている。
「巻島君も、特区はヤバいとこって聞くから、気を付けてね」
大寺君が青い顔で心配してくれる。
特区って、そんなにヤバいの?
「ちょっと!なんか僕だけ挨拶おかしくない!?」
竹内君。君は下手をすると…いや、止めておこう。
この3人とは、よく一緒に訓練した。各々かなり強くなったと思うし、中学でも頑張ると言ってくれているのが、蔵人は嬉しい。
「アニキ、お世話になりました」
「何いっちょる!ワシがお前の世話になりっぱなしじゃけ。ありがとな、蔵人。お前さんのお陰で、ワシは異能力の楽しさが分かったわ」
異能力の訓練という点においては、西濱のアニキが一番伸びた。6年生のDランク戦は、なんと全国まで行った。1回戦で負けてしまったが、盾を使ったあまりに堂々とした戦い方に、地元では突撃隊長だとか、無敵将軍とか密かに言われており、ハマー軍曹という異名が県内で一時期話題になったとか。本人はとても嫌そうな顔をしていたが。
「慶太…お前さんは受かったんだよな?桜坂の推薦」
「うん!受かったよ!くーちゃんも受かったんでしょ?面接の時いなかったけど?」
「あっ、いや…面接は、受けたよ…」
尻つぼみに小さくなる蔵人の声。
慶太が一番世話になったが、彼とは中学も一緒らしいので割愛する。
「大人になったら、ぜったい皆で集まろう!」
「そうじゃの」
「いいね!」
「大人って20歳くらい?」
「女子も呼んでよ?」
加藤君の提案に、誰もが賛同していた。
笑いあり、涙ありの卒業式は終わり、蔵人の小学校生活も幕を閉じるのだった。
盛大にやらかしていましたね、主人公。
これにて、小学生編は終了となります。
皆さま、ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
キーワード詐欺じゃね?と思われた方も多かったかと思います。
次回から、少しでもその不満が解消されればと思っております。
本編開始まで、もう少々お待ちください。
イノセスメモ:
クリエイトシールドにおける、同時に出せる盾の数。
・Eランク…アクリル板1~19枚
・Dランク…鉄盾1~19枚
・Cランク…水晶盾1~19枚
・Bランク…魔銀盾1~19枚
・Aランク…金剛盾1~19枚
・Sランク…黒金剛盾1~
※上記盾の大きさは、大人一人を隠せる標準サイズで表記。