365話(1/2)〜貴女達の装備には全てがございません〜
4月19日。イースター復活祭前日。
クリスタルエッグカップ2日目。午前10時58分。
2回戦第1試合、桜城、VS、クリムゾンラビッツの試合が、今にも始まろうとしていた。
【はいっ!選手入場の時間になりましたよ!先ずはオージョーの皆さん、入場しちゃってください!】
スタッフが大袈裟に腕を振り回し、蔵人達に入場だと促してくる。
そんなオーバーアクションをしなくても、会場中にいるテレパスのお陰で言葉は通じているんだがな。
「行くよ!みんな!」
「「「はいっ!」」」
部長を先頭に、蔵人達はフィールドへと入っていく。
白銀鎧に身を包むみんなだが、今回はちょっと特殊な出で立ちだ。
西園寺先輩や秋山先輩。それに祭月さん等の数人がフルアーマー&フルフェイス仕様となっている。
通常、この出で立ちは蔵人達男子だけなのだが、今回は特別だ。
これも、鶴海さんの作戦に関わっている。
そうして、普段と違う装備を着ているからか、みんなの動きは少々ぎこちない。
…いや、そうではないな。これは、会場の様子を見るのが怖いのだ。一昨日の開会式と昨日のカーディナルシープ戦。その両方で、我々桜城は白い目で見られていた。聞いたこともない島国の学生が、何故アメリカの大会に出ているのかと、歓声ではなくどよめきで迎えられた。
それを思い出すと、今日はどうなのかと不安に思っていた。
同じように白い目で見られたり、無視をされるならまだいい。アメリカに盾突くチームだと、非難されたりしないだろうか?
そんな不安が、みんなの顔を下向かせていた。
だが、
【【【わぁあああああ!!】】】
蔵人達が人工芝を踏みしめた瞬間、頭上から降ってきたのは大きな歓声だった。
『さぁ!先に現れたのは日本からの若き挑戦者、チームオージョーだ!殆どの選手がU15と言う最年少チームでありながら、鉄壁のカーディナルシープを打ち負かしてしまった期待のニューホープ達だぁ!』
【いいぞ!オージョー!この試合も決めてくれ!】
【君達なら行けるぞ!またステルス攻撃でボコボコにしちゃえ!】
【フッシミーのスパイダーウーマンを見に来たわ!】
1回戦とは大きく異なり、我々に向けた好意的な視線や声が幾つも届けられる。
しかも、その発言内容がかなり詳しい。1回戦では、日本から来たチームとしか紹介されていなかったのに、今では片言ながら桜城の名前を呼んだり、伏見さんの名前を叫んでいる。
呼ばれた伏見さんは「兵長やで!」と怒った風に返しているが、嬉しさが隠しきれていない。
観客達のこの変わりようは、昨日のシープ戦が影響しているのだろうか?
「今朝の地元新聞に載ったみたいよ!」
不思議に思って観客達を仰ぎ見ていると、彼女達の声に負けない様に鶴海さんが声を張り上げて、そう教えてくれた。
なんでも、今日の朝刊に桜城ファランクス部の紹介が載っていたそうだ。カーディナルシープを倒した事で、こいつは面白いと思った地元メディアが拾ったらしい。
極東の島国から来た中学生が、U18のプロと渡り合う。最初はかませ犬にもならない弱小集団と思われていたのに、大波乱を巻き起こすダークホースに躍り出た謎の集団。
ヒーローが大好きなアメリカ人には、その見出しがいたく気に居られたみたいだ。彼女達の瞳には、強大な敵に立ち向かう名もなきヒーローとでも映ったのだろう。
なるほど。だからこんなにも好意的な視線が増えたのか。
そう思った蔵人だったが、それだけでないと実況が続ける。
『しかもこのチーム、男の子が3人も出場する異色のチームだぞ!』
うん?
『先ずはこの子!神出鬼没のステルスで、フィールドに刺激的な変化を与える幻影の貴公子、背番号27番!レオン選手!』
【レオン君素敵よぉお!】
【こっちにも手を振ってちょうだい!】
【私の前にも現れて欲しいわ!】
『次はこの子!ソイルキネシスで小さなゴーレムを量産するクレイマン!ゴーレムの力も彼の素顔も未知数なキュートボーイ!90番、クマ選手!』
【クマちゃーん!】
【きゃー!クマちゃんがジャンプしてる!!】
【【可愛いー!!】】
【あー!私の心もぴょんぴょんしちゃうわ!】
『そしてこの人!白銀鎧の中でただ1人、ゼブラカラーを纏う異色の騎士!テレサ選手率いるホーリーナイツを、たった1人で打ち負かしたCランク!96番、ブラックナイトォオ!!』
【【わぁあああ!!】】
【ブラックナイト様!】
【ゼブラカラーが素敵!】
【切れてるよ!今日も切れてるよ!】
【期待してるぞ、黒騎士!】
【【ブラックナイト!ブラックナイト!】】
熱狂に渦に包まれる試合会場。その多くが、我々男子選手に向けて送られる。
なるほど。既に個々の選手にもスポットが当たっていて、男子が居ると判明しているからこの人気なのか。
蔵人は、〈№96〉と書かれたプラカードを持つ観客達を見て、兜の中で苦笑いを浮かべる。
『全てが異例尽くしのチームオージョーが、この準決勝でも劇的な勝利を見せつけて、次の決勝戦へと駒を進めることが出来るのか!?プロディクションでも見通せない彼らの活躍に、目が離せない1戦だ!』
【【【オージョー!オージョー!】】】
【【ブラックナイト!ブラックナイト!】】
歓声で耳の鼓膜が破れそうになった蔵人だったが、他のみんなはとても嬉しそうだ。歩いていても足が僅かに浮き上がっている人が何人もいたし、フィールドの中央で並んでからも、向けられる熱意に体をソワソワさせている。
部長や西園寺先輩まで、口元がニヤけていた。
『おおっと!もう一つのチームも来たぞ!曇り一つない真っ赤な花弁を咲かせるのはこのチーム!クリムゾンラビッツだ!』
【【【わぁああああああ!!!】】】
選手入場口から、赤い装備に身を包んだ集団が出てきた。その先頭を歩くのは、背番号1番を背負った赤いロングドレスの女性。長いストロベリーブロンドの髪をフワリフワリと遊ばせながら、優雅にフィールドへと足を踏み入れた。
『キャプテンのローズマリー選手に引きられて入場するその姿は、NFL9位にして前回優勝チームにふさわしい貫禄と優雅さを両立させている。美しい。美しすぎるぞクリムゾンラビッツ!今から舞踏会でも始まりそうな雰囲気だが、彼女達が躍るのは死の武闘。数多のチームを沈めた彼女達が、この試合でも真っ赤な花を咲かせるぞ!!』
【【【ラビッツ!ラビッツ!ラビッツ!】】】
【ローズマリー様!今日もお美しいです!】
【アイリーンちゃん!応援に来たよ!】
【素晴らしいショーを見せて下さいませ!】
相手チームが入ってきた途端、会場中の視線はそちらへと奪われた。
幾ら男子の入った珍しいチームとは言え、実績も人気もある国産チームに人気が集まるのは仕方がないだろう。
だが、その賞賛を受けいても、ラビッツの面々は嬉しそうではなかった。
【騒がしい人達ですわね。これでしたらまだ、ニューヨークの者達の方が礼儀を弁えていたのではなくて?】
【仕方がありませんわ、ローズお姉様。私達を前にして、冷静でいられる観客なんていませんもの。私達の人気が高すぎるのがいけないのですわ】
腕を胸の前で組み、観客席に冷たい視線を送るローズマリー選手。その腕を軽くタッチして、アイリーンさんが誇らしそうに首を振った。
ローズマリー選手が着ているのは、完全にロングドレスに見えるが、他のラビッツ選手の装いも近いものがある。重要な部分は赤いプロテクターに守られているが、足元などはフリルが目立つスカートとなっている。
まるで異世界の姫騎士が着るようなアーマードレスに身を包んだ彼女達は、ファッションモデルがランウェイを歩くようにフィールドを進む。それを見ていると、確かに舞踏会にでも行くお嬢様達かと思えてしまう。
だが、侮ることは一切出来ない。彼女達の実力は確かなのだから。
前回大会の優勝チームにして、32チームが所属するNFLで上位トップ10に入る実力者。そして、同じリーグ所属のバタフライズを完封した得点奪取力。
彼女達の戦法にハマってしまえば、前半戦だけで勝負が決まってしまう。
そのキーマンとなるのは、相手主将のローズマリー選手。
【あら?今日の相手は羊ではございませんのね】
その彼女は、桜城の前まで来ると、小首を傾げてそんな呟きを漏らした。
今日の対戦相手も調べずに、ここまで来たのか。
それだけの実力があると言えば聞こえは良いが、だから9位なのでは?とも思えてしまう。
「私達は桜城ファランクス部です。今日はよろしくお願いします」
ローズマリー選手を見上げながら、彼女の目の前に立つ部長がスっと手を差し出す。
だが、ローズマリー選手は相変わらず、胸の前で腕を組んだままだ。その冷たい瞳で、差し出された部長の手を見下ろす。
【オージョー…気品の欠片も無い名前ですわね。いえ、チーム名だけではありませんわ。貴女達が着ていらっしゃるその鎧も、随分と使い古されてお粗末な作りをしていますわ。大変失礼ですが、試合をする前から勝負を捨てている様しか見えません】
「装備の事を言うんだったら、貴女の装備なんて、ただのドレスにしか見えないけど?私達の方が、防御力が高いと思うわ」
ローズマリー選手のイチャモンに、いつも冷静な部長が堪らず反論する。
だが、ローズマリー選手はフフッと笑って、その場でくるりと回る。そうすると、ドレスの裾がフワリと浮いて、彼女のストロベリーブロンドの髪と共に華麗なターンを見せつけた。
【ユニフォームに求められるものは、なにも丈夫さだけではございません。耐久性、機動力、通気性、着心地。そして何より優雅さがなければ着る意味がありません。私達は選手。人より優れているが故のプロなのですから、人々に見られている自覚を持ち、人々を魅せる花を持たねばなりません】
姿勢を正したローズマリー選手は、再び腕を組んで部長を見下ろす。さっきよりもキツめに腕を組んだのか、その腕に乗る双山がより強調される。
…気のせいか、部長がたじろいだ気がするぞ。
【貴女達の装備には全てがございません。ただ鉄の塊を着るだけでしたら、文化人でなくとも出来る事。もしや貴女達のお国では、”このような”技術もございませんの?】
【このような】と言って、自分のドレスを摘み上げるローズマリー選手。
見た感じはフリルが沢山ついた豪華なロングドレスなのだが、特殊な生地で出来ているのだろうか?晴明の着物みたいに、中身は驚くほどの耐性があるのかもしれない。
「なんだァ?おめェ。喧嘩売ってんのか?」
部長とローズマリー選手の間に、良い笑顔の鈴華がインターセプトしてきた。
「あたしらはファランクスやりに来てんだ。ファッション自慢したいなら、フランスでも行ってパリコレに参加してな」
【出たわね原始人。お前、ローズお姉様になんて口の利き方をしているのよ!】
向こう側からは、アイリーンさんが参戦した。
彼女は、このチームでは前衛を任されているみたいだ。着ているドレスには周囲の姫騎士達よりも少し厚めのプロテクターが仕込まれており、頭部にも耳と顎を守る簡易のギアを装着していた。
2人は、部長とローズマリー選手を押しのけて、顔を突き合わせて睨み合っている。
随分とカオスな状況になりつつある。そろそろ止めた方がいいだろう。
一触即発の集団に、蔵人は近づく。
割り込む。
「皆さん、落ち着いて下さい。試合前からいがみ合っていては、観客の皆さんに悪い印象を与えるだけですよ?」
「…分かったよ、ボス」
「そうね。ごめんなさい、副部長」
桜城側は冷静になって退いてくれた。
反対に、ラビッツ側は目を丸くする。
【えっ、あんた…いえ、貴方のその声って、まさか…男?】
【ふぅん。チームに男性を入れるとは、ますます貴女達オージョーの本気度を疑ってしまいますわね】
「えらい言いようやな、自分」
おぉう。今度は伏見さんまで噛み付きに来てしまった。
どうどう。
蔵人は彼女も抑えながら、ローズマリー選手に軽く頭を下げる。
「部員が高圧的な物言いとなってしまい、申し訳ありません。ですが、我々も本気で貴女達に挑むつもりなのです。そこは、ご理解いただきたい」
【ほぉ。男性にしては、随分と物腰が低いですわね】
ローズマリー選手は腕を下ろして、冷徹だったその表情を少しだけ崩した。
【良いでしょう。貴方のその殊勝な態度に免じて、貴女達の貧相な装備については大目に見て差し上げますわ】
「貧相な装備、ですか」
また装備の話か。本当に、この国は選手ではなく装備を重要視しているのだな。
蔵人は残念に思い。同時に、これもこのアメリカの壁なのだと考えた。装備を整えられる地位や財力のある人はより高く、そうでない者はずっと底辺を彷徨うしかない。
史実のアメリカよりも、更に格差社会が酷くなっている気がする。
そう思った蔵人は、薄ら笑うローズマリー選手の目を真っ直ぐに見る。
「確かに、我々の装備は貴女達よりも製作費用が安く、また機能面では大きな差があるでしょう。日本とアメリカの差が大きく出ている事は、認識しております」
【周知の事実ね。お可哀想に】
本当にそう思っているかの様に、ローズマリー選手の長く美しい指先が、蔵人のフルフェイスの頬を触ろうとする。
それを、蔵人は言葉で止める。
「ですが、我々には技術力があります。装備性能の差を埋めるのには十分過ぎる程に、我々の異能力は卓越していると自負しております」
【…異能力の、技術?】
伸びていた手を引っ込めて、ローズマリー選手は再び腕を組んで双子山を持ち上げた。
【そう。貴方達のお国では、まだその段階なのですわね。装備の性能によって、人の潜在能力が如何に発揮されるのかを、貴方達はまだ理解していないご様子。
分かりましたわ。では、わたくし達が教えて差し上げましょう。本当の意味での技術力とは、どのようなものなのかを。洗練されたアメリカのファランクスというものが、どのようなものなのかを】
優しく微笑み語り掛けるローズマリー選手だが、内容は何処までも上から目線で自身に満ちている。自分達が負けるかもなんて、これっぽっちも思っていない。
そのまま、彼女はラビッツの選手達を率いてベンチへと戻ってしまった。
まだ互いに握手もしていなかったのだが、良いのだろうか?
『これは面白くなってきたぞ!クリムゾンラビッツを相手に、チームオージョーは装備の差を覆してみせると大胆宣言だ!金持ちなチームほど勝率が高い傾向にあるNFLリーグに、新たな風を巻き起こそうとしているぞ!年中金欠な私には大変優しいチームだぜ!』
【【あっはっはっはっは!】】
【良いぞ!オージョー!あたしもあんたらを応援するぞ!】
【貧乏なあたしらの味方だぜ、君達は!】
【【オージョー!オージョー!】】
良いみたいだ。
寧ろ、貧乏トークで盛り上がっている。お嬢様学校の桜城が貧乏みたいに思われてしまったのは痛手だが、一般市民には好意的に捉えてもらったみたいだ。
…後で校長先生とか学校関係者には、謝らないといけないかもしれない…。
長くなったので、明日へ分割します。
「アメリカでは、魔力量だけでなく財力でも格差が出来ているのか」
…それは、史実でも一緒の気がします。
「異能力を才能と捉えると、現実と殆ど変わらないと言う事か」




