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女尊男卑 ~女性ばかりが強いこの世界で、持たざる男が天を穿つ~  作者: イノセス
第14章~夢幻篇~

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364話〜まさに、スイープね〜

「そんで?世界の歌姫を相手に、喧嘩吹っ掛けたっちゅうことやな」

「喧嘩じゃねぇって。賭けだよ賭け。こっちの勝率がめちゃくちゃ高い、割のいい賭けだ」

「勝率って…」

「せやな。ウチらが勝って、歌姫も自由になる。ええ事尽くしの丸儲け賭博や」

「いやぁ…賭け事も喧嘩も、あんまり良くない事だって僕は思うんだけど…」


カーディナルシープとの試合を終えた日の夜。蔵人達は会議室に集まってミーティングの準備をしていた。

ちょっと早めに着いて準備をしていたので、先輩達の姿はまだない。その時間を使って、試合の後に起きたことを2年生達の間で報告会をしていた。

報告会と言っても、セレナさんとのやり取りについて鈴華が一方的に面白おかしく語っているだけだった。でも、聞いているみんなの反応は悪くない印象だった。

特に、


「よくやったぞ!すずかぁあ!」


音楽ガチ勢の祭月さんは大興奮で、鈴華の胸にダイブしようとしていた。

そしてその前に、磁力によって床に縛り付けられていた。


「キモイわ、怖いわ、暑苦しいわ!女同士で抱き合おうとすんじゃねぇ!」

「ぐっ…ぐぅ…失礼、な。これは、感謝の…抱擁だぁ…」

「なにが失礼だ。いきなり人にタックルかまそうとしやがって。次やったら、ばあちゃん直伝のドロップキックをお見舞いするかんな?」


そのくらいにしてやれ。祭月さんも嬉しくてやっているんだから。

…ドロップキックは、見てみたい気もするが。


「でも本当に、彼女の意志だけで何とかなるものかな?」

「おや?何か掴んでいるのかな?若葉さん」


同行している敏腕記者が不吉な呟きを漏らすので、蔵人は水を向けてみる。すると、若葉さんは目を光らせて人差し指を顔の前で立てた。


「彼女の言うスポンサーのDP社って、実はリリーと関りがある会社なんだよ」

「ああ。護衛も、そこの社長もリリーの気があったね」


セレナさんの護衛を担当していた者達もそのような発言をしていたし、その後出てきたカトリーナ社長に至っては、胸に百合のブローチを付けていた。

セレナさんのバックに白百合会が付いているのは、嫌でも想像できること。

蔵人が大きく頷くと、若葉さんは得意顔を崩して、少し間の抜けた顔をした。


「ありゃりゃ?それは知ってたんだ。じゃあセレナの活動も、リリーが大きく制限を掛けている事は?」

「そいつは…初耳だ」


文化祭のビデオレターでは、確かに窮屈そうにしていたセレナさん。だがそれが、活動自体に制限をかけているとは思わなかった。

そう、蔵人が目を大きくしていると、少し元気がなくなっていた若葉さんの人差し指が、ピンッと立ち直る。


「世界の歌姫セレナだけど、彼女の歌は挑戦的な歌詞が多くてね。以前から一定数のアンチが付いて回っていたんだ。それでも活動していたんだけど、ここ最近でアンチの声が更に大きくなってきてね、セレナの人気にも陰りが見える様になっていたんだ」


その状況を払拭する為にと、五大財閥の一角であるデュポン家と手を結んだらしい。デュポン家は前々からセレナさんに秋波を送っており、安定した活動を望んだセレナさんの事務所が、半年前にスポンサー契約を結んだそうだ。

それから、セレナさんはデュポン家の意向に沿った活動しか出来なくなった。歌う曲も、歌詞も、場所も、全てがリリーの考えに従わされていた。


「そうか!だから、ここ最近のセレナは詰まらない女に成り下がったのか!」


鈴華の磁力から解放された祭月さんが、ピョンと立ち上がって憤慨する。


「それほど、前のセレナさんは凄かったのかい?」

「そりゃあな!歌は心に響くものばかりだったし、色んな場所でゲリラライブもやっていたんだ。変装して路上ライブをやった時なんて、観てるこっちまでハラハラして最高に楽しかったぞ!」


逆に、今の彼女は普通の歌手に成り下がってしまったらしい。

歌の内容は、愛だ恋だの薄っぺらい量産型ばかり。ゲリラライブは全く行われなくなり、彼女が立つのは特区中心部の高級コンサートホールや巨大ライブ会場の舞台だけ。一般人や特区外の人達とも交流を行っていた彼女は、今や特区の重鎮やセレブばかりを相手する普通の特区歌手になってしまった。

だから、セレナさん自身も楽しそうじゃないし、心に響かない曲ばかりになっているらしい。


「そうなんだ。僕は今の歌も、綺麗で良いなって思ってたよ」

「まぁ、CDの売上自体は上がっているからね。アンチも減って、彼女の人気は右肩上がりさ」


そこは、世界の歌姫。もともと声が良いから、大衆には路線変更も受け入れられている。アンチも減った事で、売上自体にはプラスに働いている。

デュポン家の戦略が、上手くいっている証拠だった。


「でも、彼女は悩んでいたわ。自分の歌がこのままで良いのかって。だから、このまま歌い続けたら、いつの日か彼女は壊れてしまうと思う」


鶴海さんの言う通りだ。楽しくなければ、長続きはしない。

それに、


「若葉さん。本当にデュポン家の戦略がハマっただけで、アンチが減ったのか?」

「おっ、流石は蔵人君。そこに気付くとは」

「いやいや。リリーが絡んでいる以上、彼女達が暗躍しているって考えた方がしっくりくるだけだ」


全日本でも、呆れる様な強硬策を講じてきた奴らだ。アメリカのリリーだって似たようなものと考えるのが妥当。

そう蔵人が言うと、若葉さんは大きく頷いた。


「君の言う通り、そもそもセレナのアンチってのが、主にリリーの息がかかった人達なんだよ」


以前のセレナさんが歌っていた曲は、彼女達に不都合な内容だったらしい。

人は平等だ。誰にでもチャンスはある。諦めずに夢を追い続けよう。

そんな思いが詰まった曲は、セレナさんが実体験で学んできたことを詰め込んだことで、みんなに届けたいという強い思いから作られた物だった。


「セレナの異能力はパイロキネシス。ハーモニクスや超聴力、絶対音感とかの異能力者ばかりが大成しやすい音楽業界で、それは大きなハンデだった。それでも、彼女は諦めなかった。歌手になりたい一心で努力して、今では世界に認められる歌姫になったんだ」


異能力種に恵まれなくても、自身の夢を貫き通したセレナさん。彼女はその経験を、みんなにも出来ると伝えたかった。そんな彼女の歌だから、みんなの心にも響いた。特に、彼女と同じ異能力に悩む人達にとっては、明るい希望になったことだろう。

それ故に、リリーは警戒した。彼女の歌に大きく影響されるのは、異能力種にも魔力量にも恵まれない男性だと思ったからだ。白百合会の奴らからしたら、セレナさんの歌は彼らを先導するための突撃ラッパにでも聞こえたみたいだ。


「つまりは、セレナさんの思想的な歌を嫌ったリリー達が妨害行為を働いていたが、彼女はそれでもめげないから、とうとう首輪を付けにデュポン家が動いたってところか」

「表向きは、彼女を保護する為って名目を装ってね。あくまでも情報を繋ぎ合わせた先の予測だけど、きっと大きくは間違っていないだろうし、セレナも薄々感じているんじゃないのかな?」


だからセレナさんは、歌っていても苦しそうだし、彼女達の手から逃れようとしていたのか。

なんと言うか、


「ほんま許せんな、日本の白百合も、アメリカのリリーも」

「全日本では蔵人君の邪魔ばっかして、次はアメリカでセレナさんを邪魔するなんて、どうしてそこまで人の邪魔ばかりするんだろう?」


伏見さんと桃花さんが、揃って憤慨する。

それを見て、ため息と共に首を振る鈴華。


「そこは分かんねぇけどよ、そいつらが悪もんってのは分かるぜ」


悪者か。

確かに我々からしたら、リリーは後ろ暗い事ばかりを働いている迷惑集団のように見える。

だが逆に考えると、彼女達がそこまでする必要に迫られているとも考えられる。歌姫の歌にまで規制をかける程、彼女達は男性の台頭を怖がっている。

強力な異能力を授かったことによって、腕力も財力も社会的地位も手に入れた彼女達が、どうしてそこまで男性を恐れるのか。

男性がそこまでの潜在能力を持っているのか。もしくは、彼女達に何か弱みでもあるのか。


蔵人が深く考えていると、そんなの知るかとばかりに、祭月さんが声を上げる。


「兎に角だ。私達は戦って勝つ。そして、リリーからセレナを助け出す。そういうことだろ?」

「おう、その通りだぜ。あたしらがクリスタルエッグカップを優勝して、ついでにリリーもデコポン家もぶっ倒せばいいだけの話だ!」

「デュポン家よ?鈴ちゃん。デコポンじゃ果物になっちゃうわ」

「一緒だ、一緒。あたしらに食われるって意味ではな!」


さて、そんなに上手くいくだろうか?


そんな会話を交わしていると、先輩達も徐々に集まりだし、明日に向けたミーティングの時間となった。

みんなは並べられたパイプ椅子に座り、蔵人と部長は彼女達の前に立って注目を集めた。

ここからは、明日の試合に向けた作戦会議だ。

部長が1歩前に出て、みんなを見回す。


「えー。先ずは今日の試合について、改めてお祝いしたいと思います。みんな、1回戦大勝利おめでとう!」

「「おめでとー!」」

「うぇぇぇい!」

「やふー!」


粛々とした雰囲気から一変、全員が諸手を挙げる。

テンション高いな、みんな。

それだけ、アメリカのチームに勝てたのが嬉しいのだろう。

今回の相手は、アメリカU18のプロ。豊国で戦ったツギハギだらけの臨時チームではない、正真正銘の、アメリカプロチームだ。NFLの中堅クラスとは言え、日本の中学生レベルが勝てる相手ではなかった。


つまり、桜城ファランクス部の力が、このクリスタルエッグカップにおいても十分通用すると証明されたのだ。

これは大きい。

今まで未知数だった相手の力量が、何となく測れたのだから。

漠然としていた勝つビジョンが、はっきりと形となって見え始めていた。


「みんな、本当に凄いよ。私なんてベンチでアップしてるだけで終わっちゃったもん」

「海麗先輩は、イザと言う時の切り札ですから。ヤバくなったら直ぐに出て貰います。だから、しっかりと準備しておいて下さいね」


部長が微笑みながらそう言うと、海麗先輩は「レイちゃんより厳しい〜」と笑い返した。


「さて。気持ちが上がった所で、明日の相手について話して行きます。我らの情報担当さん、お願い出来る?」

「お任せあれ!」


部長に指名された若葉さんが前に出て来て、演説台の前に立ってノートパソコンを操作する。

その間に、蔵人は会議室の電気を前半分だけ消して、プロジェクターを起動させる。するとすぐに、会議室の白い壁にPC画面が映し出される。

そこに映っていたのは、我々の前に行われた第1試合であった。


「1回戦第1試合のクリムゾンラビッツとハリケーンバタフライズの試合は、前半終了時にラビッツの領域が75%以上だったのでコールドゲームとなっています」


フィールドは真っ赤になっており、電光掲示板には〈ラビッツ82%〉と驚異的な数字が映し出されていた。

圧倒的な実力差だ。

その差は、映像の中でもありありと映し出されていた。バタフライズの選手達は円柱の中心で耐え忍ぶしかなく、それでもラビッツの猛攻に吹き飛ぶ選手が絶えなかった。

カーディナルシープに勝った余韻に浮かれていた我々は、一気に現実へ引き戻された。

動画が巻き戻されて、試合開始直後の場面となる。


「クリムゾンラビッツはかなり攻撃的なチームで、相手円柱へのタッチのみで点数を稼いでいました」


動画の向こうで展開されているラビッツの陣形は、まるで如月中の様な形だ。

前衛…8人。

中衛…5人。

後衛、円柱…0人。


「前衛が相手盾役を翻弄し、隙をついてこじ開けたり無力化して道を作ります。そうして出来た道を、中衛がすり抜けてタッチを狙うという流れが彼女達の主な戦法みたいです」

「まさに、スイープね」


画面を指さして説明する若葉さんに、鶴海さんが静かな声を漏らす。

それを、部長が拾う。


「翠ちゃん。スイープって…アメフトの?」

「ええっと…そのスイープに近いものではあるのんですけど、ファランクスで言うスイープは、盾役が相手のガードをこじ開けて、そこを後ろの選手が通り抜けてタッチを狙う戦法のことを言います。攻撃力が高く、タッチの可能性も飛躍的に上がりますが、その反面、防御面では大きな隙を作ってしまい、相手にカウンターを決められやすい危険な戦い方です。なので、最近の日本リーグではあまり見られなくなっていた…んですけれど…」

「その戦い方を、このクリムゾンラビッツは採用しているってことね」

「はい。それを可能にしているのが、ラビッツ中衛の機動力によるものだと思います」


鶴海さん曰く、ラビッツの中衛は小回りが効く選手を揃えており、少しの隙間が出来るだけで侵入してくるそうだ。加えて、機動力も非常に高いので、一度すり抜けられると追いつくことが出来ない。相手の方が足が速いから、タッチ勝負を挑んだとしても、相手の方が先にタッチしまって勝負にならないそうだ。


「互いにタッチの応酬となった場合でも、より点数を取れるラビッツの方が有利になります。なので、対戦相手は必然的に防御をせざる負えなくなって行きます。そうして…」


そうして、ラビッツの術中にハマってしまうそうだ。

攻撃に転じれば、ラビッツの速度に負ける。防御に専念すれば、こじ開けられてタッチを決められる。

どちらの戦術も取れないジレンマに(おちい)る。


「う〜…じゃあ、どうしたら僕達勝てるの?」

「決まってるじゃねぇか、モモ。攻めて攻めまくって、相手よりも多くのタッチを決めんだよ」

「せやで。タッチ狙っとれば、相手さんは防ぎに来るやろ。そいつらもシバいて進んだら防御にもなる」


鈴華と伏見さんは、攻撃こそ最大の防御戦法を推す。

逆に、


「愚かね。同じ戦略を使えば、装備で劣る私達の負けは見えている」

「こっちのスピード型は西風くらいだからね…」


西園寺先輩と部長は慎重だ。

そのどちらの意見も正しい。攻めなければやられるし、かと言って相手と同じ戦法では向こうに一日の長がある。

カーディナルシープが防御特化の装備をしていた様に、クリムゾンラビッツも強力な装備を使用している筈。持久戦に持ち込まれれば、不利なのはこちらだ。


さて、どうしたものかと鶴海さんの方を見ると、彼女の目には確かな輝きがあった。


「鶴海さん。何か策略が?」

「策略なんて、そんな大したものじゃないわ、蔵人ちゃん。ただ、私も防御するのは大事だと思ってるの。先輩方が言われる様に、今の桜城は防御性能も秀でているから」


だから、と彼女は続ける。


「私は、攻撃と防御。その両方を取って、相手を欺く作戦を提案します」


欺く。

そう言った鶴海さんの横顔は、歴代の軍師達と同じ表情をしていた。

彼女の作戦を聞いて、試合の映像に顔を青くしていたみんなの表情が、明るくなった。


「良いじゃねえか。すげぇ面白そうだ」


特に鈴華は、凄い乗り気だ。ラビッツを相手に、また遊んでやるぜと腕まくりをしている。

果たして、上手くハマってくれるだろうか?

蔵人は、明日の試合を楽しみに待つ桜城選手団と、画面の中の殺伐とした光景を見比べるのだった。

ラビッツって、交流戦でレールガンの弾にされたアイリーンさんのチームですね?

かなり素早いチームのようで。


「兎のごとく、すばしっこいのだろう。アイリーン嬢もそうだった」


羊さんとは、また戦闘スタイルが大きく変わりますね。

どんな対策をするのでしょうか?

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― 新着の感想 ―
努力による異能力ミスマッチの克服(ひいては低ランク者・男性の台頭)を封じるリリーの活動ですが、 彼女達が現有戦力(高ランク)による対アグレス防衛は可能という判断の元、軍内の魔力絶対主義と一体化 してい…
デコポンは美味しくて素晴らしい果物だから白百合と一緒にするのは許せないよなあ
超攻撃的チームや速攻チームとなら、これまでに似たような戦いは経験済みですし、無策とはならないでしょう。 問題は、おそらく相手が持っているであろう切り札を切ったときですね。 桜城も+αを持っていますが…
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