363話(2/2)~おい、ちょっと待てよ~
臨時投稿です。昨日も投稿していますので、ご注意ください。
「しっかし、今回はあんま活躍出来なかったなぁ」
「せやな。ベイルアウトも2人くらいしか取れんかったし、良いとこは全部、先輩達に持ってかれてもうた」
「凄かったよね、ステルス・ドミネーション。やられたテレポーターの人達、凄く焦ってたし」
クリスタルエッグ1回戦が終了し、蔵人達はスタッフ用の通路を歩きながら試合を振り返っていた。
鈴華達は残念がっているが、桃花さんはキラキラした目を先輩達に向けていた。
すると、前を歩いていたサーミン先輩がこちらを振り返り、グッと親指を上げた。
「当然だろ?俺と夕子姫の絆を、舐めて貰っちゃ困るぜ」
「すぐに断ち切ってあげてもいいわよ?平気で嘘付く、お前のその舌と一緒に」
西園寺先輩が激おこだ。口から冷気が、目から殺気が放たれている。
「こえーこと言うなよ、夕子姫。さっきまで手を繋いでいた仲じゃないかよ」
「…蔵人。シールドカッターを出しなさい」
「先輩。口に入り易いように小さくした、こちらの盾で宜しかったでしょうか?」
「良い子ね。ついでに、その男を取り押さえておきなさい」
「うぉい!マジで切ろうとすんな!蔵人も、盾を回転させてんじゃねぇ!」
バタバタと慌てるサーミン先輩を見て、その場にいたみんなが笑う。
会場が完全にアウェイであったことも有り、試合前のみんなには嫌な緊張感が漂っていた。でも、見事にカーディナルシープを倒した今は、みんなの表情も明るくなっていた。
無事に1勝。これで、日本に帰っても恥ずかしくない。NFL17位のチームに勝ったのだから、顔を隠さずに空港内を歩けるようにはなった…と思いたい。
鶴海さん曰く、NFL27位のハニーベアーズですら、日本ファランクスリーグの上位チームに引けを取らない強さを持っているらしい。その10位上のシープなら猶更だ。
これも、アメリカと日本の格差であろう。それ故に、観客席は【あり得ない!】と阿鼻叫喚となっていて、我々はこれ程浮足立っているのだ。
目に見えて喜ぶ、桜城ファランクス選手団。
でもその中で、飛び跳ねて喜べない人達も居た。
「う〜…あったま痛いぃ〜…」
「ぐぉお…桜ねぇが、手を離してくれないんだ…。私は、これから、ハリウッドへ行かねばならないのにぃ…」
頭を押さえて青い顔で呟くのは、秋山先輩と祭月さんだ。彼女達は、魔力欠乏1歩手間になるまで遠距離攻撃を続けてくれていたから、試合が終わった今でも苦しそうに呻いていた。
Bランクは確か、魔力回復に4時間くらいかかると聞いている。彼女達を早く、ホテルで休ませてあげたい。
そう思って、彼女達をいたわりながらスタッフ専用通路を進んでいると、
【〜♪〜♪】
微かな歌声が聞こえた。
パラボラでないと聞き取れないレベルの声量。それが、進んでいる方向とは別方向から聞こえてきた。
「うぅ〜…こいつは…ストロンガぁあ…。セレナの、歌だぁ…」
おっと、パラボラでなくとも聞き取れる猛者が居た。
音楽ガチ勢、恐ろしい。そんな耳が良くて、よく爆発の音で耳がバカにならないな。
…自分の異能力だからか?
蔵人は部長の許可を貰って、鈴華と桃花さん、そして鶴海さんを連れ立って歌が聞こえる方へと足を向ける。
祭月さんも一緒に来たいと呻いていたが、体調が悪そうなので先に行ってもらった。彼女が来るとまた、セレナさんに文句を言いそうで怖かったし。
「おっ、また脱走してんじゃん。アメリカの歌姫」
自販機前の休憩スペースに、足をブラブラさせていたセレナさんを見つけて、鈴華が茶化す様にそう言った。
その言葉を鶴海さんが翻訳してくれると、セレナさんは少しムくれた顔を鈴華に返した。
【脱走じゃないってば。ちょっと、護衛のみんなとはぐれちゃっただけ。だから、こうやって大人しく待ってるでしょ?】
「んなこと言って、逃げ回って撒いただけなんじゃねぇの?」
【違うよぉ〜。トイレ入って出てきたら、みんなが私って気付かなかっただけだよぉ】
「ああ、変装して出てきたのか。あたしも小さい頃、良くやったなぁ」
鈴華もやったのか。
前に、セレナさんが自分に似てるって言ってたけど、そういう所を言ってたの?
【私の事よりさ、みんなお疲れ様!すっごい試合だったじゃん!放送でも、異能力大国のアメリカに日本が勝ったって言ってたし、観客のみんなも凄い驚いてたよ!もちろん私も…まぁ、スポーツはあんま詳しくはないんだけどさ、見ていて凄くワクワクしたって言うか。久しぶりに心が躍った感じがしたんだ】
セレナさんは試合を思い浮かべているのか、目を閉じて両手を胸の前で組む。
久しぶりに心が躍るということは、普段は楽しくないということだろうか?
彼女の言葉の裏を読もうと、目を細める蔵人。
でも、直ぐに彼女は目を開けて、キラキラとした輝きをこちらに向けてきた。
【特に君、ブラックナイト君!Aランクが相手だったのに勝っちゃったじゃん。昨日はBランクの護衛2人を倒しちゃうし、本当に凄いよ。そんな子、女の子でも聞いたことないから、感動しちゃった】
そう言って、セレナさんは蔵人の手を取って、ブンブンと上下に振ってくる。
まさか、世界の歌姫にまでブラックナイトの名前を呼ばれる日が来ようとは…。
蔵人が恐縮していると、セレナさんの腕を鈴華が掴んだ。
「おい。ボスに触れるんじゃねぇ。ボスはあたしらのだ」
おーい。勝手に所有権を主張しないでくれないか?この体は俺達のだぞ?
【あっ、ごめん。2人は婚約者なんだね】
「おう。こっちが正妻で、あたしが側妻だ」
「鈴ちゃん。それ、訳さないとダメかしら?」
「あったり前だ」
鶴海さんが顔を赤くしながら、翻訳している。
予期せぬ方向に話が迷い込んでいるように思うのだが…このまま鈴華に任せて大丈夫なのだろうか?
蔵人は怖くなり、女性達の話題を祈るように見詰めた。
【兎に角、みんなが凄かったって伝えたかったんだ。ほんと、それだけ。じゃあ、私は行くから】
「おい、ちょっと待てよ」
背中を見せたセレナさんに、鈴華がちょっと乱暴に呼びかけた。
「褒めてくれんのは嬉しいけどよ。本当にそれだけなのか?態々、護衛を振り切ってまであたしらに会いに来て、凄いねの一言を言いに来たって言うのか?お前は」
【それは…】
セレナさんが押し黙る。それに、鈴華は小さく息を吐き出す。
「祭月の奴が喚いてたよ。今のお前は、らしくねぇって。昔のお前の方が輝いていたってよ」
ぶっきらぼうに言い放つ鈴華に、セレナさんは一瞬【うっ】と小さく呻く。
でも直ぐに、怒ったように口を尖らせた。
【貴女には、分からない事だよ。私は、歌姫なんだから】
「まぁな。あたしが舞台で歌ったのなんて、幼稚園児の時くらいだったしな。そん時の気持ちなんて忘れちまったし、世界の歌姫の気持ちなんざ理解出来ねぇよ」
幼稚園児で舞台って…お遊戯会の事だよな?まさか、本物の舞台?
流石は久我家のお嬢様だなと、蔵人が彼女に視線を向けると、そこには真面目な顔の鈴華が居た。
「でもな、お前のその面見てると、昔のあたしを思い出すんだよ。ボスに出会う前のあたしをよ」
鈴華はそう言いながら、自販機前の椅子に手を伸ばし、クルリと回して背中側を前に向けて座った。
手慣れているな。本当にお嬢様?
「ちょっと自分語りしてもいいか?」
【…うん】
セレナさんも座った。勿論、普通の座り方でだ。
「あたしンちもなぁ、結構複雑な家庭でよ。母親が家柄の事ばっか気にしてて、口うるさいのなんのって。やれ言葉使いに気を付けろだの、秘書の仕事を覚えろだの、良家の人間と繋がりを持てだのばっかでな。あたしを姉様のスペアパーツとしか見てなかったんだわ。Bランクの下位種のあたしじゃ、将来姉様を支えるしか出来ないってずっと言われ続けててよ」
久我家は、貴族社会でも一目を置かれている家柄だ。一条家や九条家のすぐ下に位置する存在。異世界で言うと侯爵家や辺境伯のような地位だろうか。
でもそうなれたのは、イギリスへと嫁いだ正一さんの存在が大きい。Sランクの彼を送り出した功績が、今も尚、久我家を照らし続けている。
大きな功績だが、それが何時までも続くとは思えない。鈴華の母親も、そう思って焦っているのかも。またSランクの人間を生み出す為にと、姉を磨いて妹を踏み台にして家を守ろうとしているのか。
何処かの誰かさんみたいに。
「その当時はほんと、家が窮屈でな。不憫に思ってくれた父様が、よくあたしを特区の外に連れ出してくれたんだ。そん時にボスにも会ったんだけど、惚気話になっちまうから、それはまた今度な」
そんな惚気ける要素があるイベントだったか?公園で、西濱のアニキ達と雪合戦しただけだぞ?
蔵人がチラリと鈴華を見ると、ウィンクを返されてしまった。なので、肩を竦めるだけにとどめた。
「ボスはすげぇんだぜ。ユニゾンした馬鹿デカいゴーレムも倒しちまうし、全日本で1番になっちまうし。1番って、Cランクじゃねぇぞ?Aランクを全員倒して、日本で1番強くなったんだ。クリエイトシールドで、Cランクの魔力量でな」
【うん。それは、今日の試合を見て、私でも分かったよ】
「だろ?」
セレナさんが頷き、鈴華は嬉しそうに笑う。
「ボスを見て、あたしは分かったんだ。自分の道は、自分で切り開けるって。分厚い壁も、殴って壊せるんだってな。そう思ったらさ、なんだかすげぇ楽になったんだ。今までのあたしは、母親の敷いたレールの上で不貞腐れるだけだったって分かって、自分で道を作ろうと思ったんだ。そりゃ大変だし、無茶だ無謀だって笑う奴も居るけどさ。でも、そっちの道の方が楽しいんだ。茨の道も、薔薇が咲いてりゃ綺麗なもんだって分かったんだよ」
本当に、楽しそうに笑顔になる鈴華。でも直ぐに、その笑顔を引っ込める。
真っ直ぐな瞳で、セレナさんを見詰めた。
「今のお前は、昔のあたしだ。雁字搦めになって、抜け出したいけど抜け出せない、あの時のあたし。だからこうやって、脱走してんじゃねぇのか?お前」
【それは…どう、なのかな?】
セレナさんは俯き、迷いだした。
【確かに私は今、苦しいのかもしれない。でも、この道が間違っているとも思えない。だって、数字は出ているから。前よりももっと、みんなが私の歌を聞いてくれているから…】
「でも、楽しくねぇんだろ?」
【それは、そうだけど…でも、どうするのが良いんだろう?】
「やりたい様にやれば良いんじゃねぇか?心のままによ」
【心の、ままに。良いのかな?だって、私は歌姫で、みんなの期待を背負ってて…】
足を抱え、小さくなるセレナさん。
その姿は、何処か巣立ちを迎えたヒナの様にも見える。今の安全な地位を失いたくはないけれど、大空への欲望も捨てられない。そんな、臆病なヒナに。
そんな彼女に向けて、鈴華は1つ、手を叩いた。
「うっし。じゃあ賭けをしようぜ」
【賭け?】
「おう。あたし達がこの大会で優勝したら、お前は好きに生きる。好きな歌を好きな様に歌うんだ。簡単だろ?」
【はは。随分と無理難題だね。お互い】
セレナさんが、乾いた笑いを漏らす。
【残ってるチームは、強いところばかりって聞いてるよ?特に、ワイルドイーグルスはNFL2位で、DP社の最新機器を惜しげもなく使ってるめちゃくちゃ強いチームだってみんなが言ってる。そんなチームに、君達プロでもない中学生が勝てると思う?】
「普通の奴は勝てねぇだろうな。でも、あたしらなら勝てる。ここに居るボスと、あたしらの力を合わせればな」
鈴華は立ち上がる。小さくなったセレナさんを見下ろして、ニカッと笑った。
「見てろよセレナ。あたしら桜城ファランクス部が、嵐の中を飛ぶ方法を教えてやる。お前の感じてる壁なんて、卵の殻なんだって分からせてやるよ。なぁ、ボス」
鈴華がキラーパスを投げつけて来る。
変わらないな、お前さんのそういう所。
そう思いながらも、蔵人は右手を上げる。セレナさんを真っ直ぐ見ながら、天井を指さす。
【この地上に、天井なんて無いって事を、お見せしましょう】
【天井…か。そうだね。私が見ているこれも、きっと天井なんだ】
セレナさんは小さくなっていた体を開放して、指の先を見る。
そして、小さく笑った。
【分かった。君達の可能性に、賭けることにするよ】
セレナさんが立ち上げり、鈴華が彼女の前に手を差し出す。
ギュッと、固い握手を交わす2人。
異能力選手と歌手。全く違うフィールドで戦う2人が、同じ目の高さで誓い合った。
その時、向こうの方でセレナさんを呼ぶ声が聞こえた。
護衛が追い付いて来たか。
「鈴華。そろそろ行くぞ」
「ああ、じゃあな!セレナ。あたしら優勝したら、ちゃんと自由に歌うんだぞ?」
【分かってるって。閉会式の時にでも、君達のウイニングライブを開いてあげる。あっ、でも、もしも先にスポンサーが離れちゃったら、アカペラになっちゃうけど許してね?】
「いいぜ。そん時はあたしらが、お前の後ろで音楽をかき鳴らしてやるからよ」
【世界の歌姫に、君達で付いて来られるかな?】
「あたしらを舐めんなよ!」
鈴華が挑戦的に笑い、セレナさんは口元を押えて笑った。
良い雰囲気…なんだけどさ、鈴華。そのあたしらの”ら”に、俺を入れていたりはしないよな?
不安に思い、2人の間で視線を彷徨わせる蔵人だった。
久我さん…他人の心を理解出来る様になったんですね。
「国語0点だったからな」
そうでしたね。
きっと境遇が似ているからですね?
「何かあるとは思っていたが」