表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
384/483

363話(1/2)〜それが理であり、天の意志だ!〜

カーディナルシープは、半数の聖騎士がベイルアウトした今でも、桜城の猛攻に耐えていた。その主な原因が、相手エースのAランクヒーラー、テレサ選手だ。

彼女が背後にいるだけで、シープの騎士達は無限に体力を回復されるゾンビ騎士となっていた。

4人の聖騎士を倒してから、既に1分が経過している。

もう、時間が無い。


「鶴海さん!ヒーラーは俺が相手します!」

「あっ…分かったわ!黒騎士ちゃん。あの3人に気をつけて!」


鶴海さんの許可と忠告を背中に、蔵人は宙を駆け登る。

ハーフタイムでも話題になったホーリーナイツの3人だが、テレサ選手の両側に控える2人は普通の後衛にしか見えない。

半面、真ん中で仁王立ちとなっているテレサ選手は、前衛が着るガチガチのフルアーマーを装着している。彼女がヒーラーだという事前情報が無ければ、ロングソードを振り回すブースト異能力者とでも勘違いしていたところだ。

このような装備をして、重くはないのだろうか?


目標を定めながら空を駆け、相手の防壁を飛び越えた蔵人は、そのまま一気に地面へと飛び降りる。着地と同時に鎧の脚部が少しだけ沈み、膝への衝撃を大きく緩和してくれた。

優秀だな、このグレイト・リンカーは。

蔵人は改めて、鎧の性能に舌を巻く。

と、その時、重い足音が近づいて来た。


【独りで来たのか、偽りの騎士よ】


白銀のフルアーマーを着た聖騎士が、2人のお供を連れてやってきた。

中央で構えるテレサ選手は、片手に大きなタワーシールドを構え、もう片手に刀身を青く輝かせる両刃のロングソードを握りしめていた。

近くで見ると、より威圧感を感じる。

ヒーラーとか言われているけど、本当は近接型なんじゃない?

蔵人は警戒し、深く構える。


「俺の拳が偽りかどうか、試してみると良いでしょう」

【あ、あなた…男性です!?】


テレサ選手は声を上げて驚き、その影響で一歩退いた。

それを追うように、蔵人は前へと飛び出して拳を振るった。真っすぐに伸びたその拳に、テレサ選手は寸前のところで剣を掲げ、その刀身で受け止めた。


キッ…キリッ…。


拳に張った龍鱗と、青い刃が唾競り合いを起こす。

甲高い音を放ちながら、蔵人の拳が刃に押し負ける。

押し負ける!?


「なっ!?」

【せやぁああ!】


余りの事で驚く蔵人に対し、テレサ選手は気合と一緒に剣を振りぬいた。

その腕力に押し負けて、蔵人は1歩、2歩退いた。


なんてパワーだ。まるで海麗先輩…は言い過ぎでも、Cランクフィジカルブーストの紫電を相手にしている気分。彼女の細腕のどこに、そんな力があるというんだ?

真相を探るべく、もう1歩退いて相手を見る蔵人。すると、テレサ選手の後ろで、2人のバッファーが彼女に向けて手を突き出しているのが見えた。

2人掛かりのバフで、身体能力を2重に強化しているということか。


蔵人が瞠目していると、テレサ選手がロングソードを鞘にしまい、一歩こちらへと近づく。


【貴方が男性であっても、偽りの騎士を許す訳にはいかない。それが理であり、天の意志だ!】


今度はテレサ選手から仕掛けてきた。鎧の重さを感じさせない素早い動きで距離を詰め、その重厚な盾でシールドバッシュを仕掛けてきた。

それに、蔵人もランパートを生成して真っ向から対抗する。

激突する!


ゴウゥウン!


まるで教会の鐘が鳴ったかのような重厚な金属音が轟き、タワーシールドとランパートがぶつかり合う。

だが、


【天啓に従いなさい!】


テレサ選手の盾が、ジワリ、ジワリとランパートを押し始めた。

馬鹿な。300㎏の馬力が出せる盾だぞ?いくらバフを掛けようと、その力を出しているのはテレサ選手の体自身だ。こんな細身の少女が、そんな過剰な力に耐えられるとはとても思えない。

鎧が特別製で、全身の筋力を増幅させているのだろうか?


蔵人は目を見開き、彼女の秘密を見通そうとする。すると、鎧の隙間が微かに光っているのが見えた。

鎧が脈動している?

いや、違う。この光は、ヒールの光り。

まさか…。


「自分自身すら、ゾンビに変えるか」


通常、バフを掛けて強化されるのは、魔力や筋力などの力だけである。だから、いくらバフを掛けたとしても、その人の骨格や筋肉を繋げる筋、あらゆる細胞やバフが掛かっていない筋肉などは力に耐えることが出来ずに破断する。

バフが1つだけであれば、少し力が上がる程度だからまだ良いだろう。だが、彼女はBランクとCランクのバフを重ね掛けしている。そのお陰で、重い鎧で飛び跳ねて、300㎏の重圧に耐えられる程の剛腕を手に入れているのだが、その分、彼女の体にかかる負担は計り知れない。普通の人間であれば、直ぐに筋か骨がイカレてベイルアウトしているだろう。


だが、目の前の彼女はAランクのヒーラー。仮令、筋や骨が破断しようとも、四肢が千切れ飛ぼうとも、直ぐに元通りに治してしまう。

前半戦の聖騎士達に施していた処置と同じように、己自身もゾンビ兵士へと変貌させていた。

ゾンビなら、本来セーブしている人間の限界を超えて、100%以上の力を出すことが出来る。

人間の限界を超えたバフを、乗せることが出来るのだ。


理論上は、であるが。

蔵人は押し返されるランパートの裏で、両足を突っ張って耐えていた。

耳をそばだてると、彼女の足から背中から、ピシッとかパキッとか嫌な音がひっきりなしに聞こえてくる。その音はすぐに治るのだろうが、一瞬でも痛みは走る筈。それを、物ともせずに攻め続ける彼女を見て、なんて人だと顔を歪ませる蔵人。


そう思っていると、フッと盾が軽くなった。

いつの間にか、目の前に居たテレサ選手の姿が消えていた。そして、頭上に何かの影が。

見上げるとそこには、空を飛翔する聖騎士の姿があった。彼女の両足から、回復の粒子が鱗粉の様にキラキラ舞い落ちてくる。

重いフルアーマーを着ながら、特大ジャンプを決めたみたいだ。


バランスを崩された蔵人が、前のめりになりながら頭上のテレサ選手に視線を送っていると、彼女はロングソードを抜刀し、その切っ先を下に向けた。

そのまま、態勢を整えようとしていた蔵人の上へと落下してくる。

芝生に倒れた蔵人は、迫る刃に目を開く。


ズサッ


蔵人の顔のすぐ横に、ロングソードが突き刺さった。

剣の切っ先をよく見て、寸前で首を避けたのでなんとか躱す事が出来た。だが、龍鱗でサポートしていたから出来た芸当だ。普通の人なら今頃、串刺しにされていただろう。


【避けますか、偽りの騎士。大人しく、神のご意志を受け入れなさい】


刺さった剣を引き抜いたテレサ選手が、蔵人の上に立ち、冷たい視線で見下ろしてくる。

切っ先に着いた土を払い、そのままこちらへと向ける。


【今この時が、貴方の天命だ!】


テレサ選手はロングソードを持ち上げ、上段で構える。そして、真っ直ぐにこちらへと突き出して来た。

その切っ先が体を貫く直前、蔵人は刀身を片手で掴んだ。


【なにっ!?】


驚くテレサ選手。

どうして刃で手のひらが切れないかと、疑問で端正な顔を歪ませる。

なんて事は無い。龍鱗を貼ったグレイトリンカーなら、これくらいで切創しないだけだ。摩耗にも強いからね、リンカーは。

蔵人は掴んだ手に力を入れ、押し返す。


【ぐっ!天命に、抗うのですか】

「抗ってこその人生でしょう」


蔵人は上半身を起こして、更に剣を差し戻す。だが、そこで止まる。

テレサ選手の両腕が光り、尋常じゃない力が剣に加わる。


【無駄です。信仰心のない貴方に、私の剣は止められない。この天の刃が今、貴方に裁きを下す】

「そいつは恐ろしい」


神様の裁きって奴は、抗えないからね。

でも、


「それは本当に、神様の意思って奴なんですかね?」

【そうです!偽りの騎士を狩る、それが天の意思!】

「ふむ。おかしいですねぇ。俺はまだ、転生しろなんて言われてませんが?」

【敬虔な信徒でない貴殿に、何故、天啓が下るとお思いですか!】


剣に加わる力が、更に強くなる。

蔵人を亡き者にしようと、切っ先が喉元に迫る。

それに、蔵人は笑みを浮かべた。


「それは、それは。貴女は随分とお耳がよろしい様だ。では最後に、哀れな男の声を聞き届けて頂けますかな?」

【ふっ。良いでしょう。神に代わり、このテレサ・グレゴリーが、貴方の懺悔を聞き届けて差し上げます】


構える剣をそのままに、テレサ選手は小さく笑みを浮かべる。

冷たいロングソードの感触が、そこで止まった。


「お慈悲に感謝します、聖騎士様。では…」


蔵人は盾を集める。

口に集めて、小さな筒を作り出す。

そして、


『ドラゴニック・ロァアアア!!!』


爆音。

鼓膜が張り裂ける爆音。

その直撃をモロに食らったテレサ選手は剣を取り落とし、フラリ、フラリと後退した。

どんなに身体を強化しようと、非破壊のこの力の前では無力。

どれだけ早く回復しようとも、脳を揺らされてしまえば異能力自体が発動不可能。


バランス感覚を失ったテレサ選手は、ふらりふらりと後退し、踏み外して地面に尻餅を着いた。

真っ白だった鎧に、泥汚れが撥ねる。

そんな状態の彼女を見下ろして、蔵人は立つ。

拳を、構える。


「我々は桜城。偽物ではない。誰も、誰かの偽物ではないんですよ」

【…天が、いや、私が見誤った…?】


苦々し気に見上げてくるテレサ選手に、蔵人は拳に張り付けた盾を回す。

高速回転させる。


「お気を付けて下さい。正義とは時として、人を盲目にします」


その拳を、振り下ろした。


『ああっと!大声でよろけたテレサ選手に、96番のドリルパンチがさく裂!ここまで聞こえそうな凶悪な兵器に…ベイルアウト!テレサ選手ベイルアウトォオ!』

【【【うぉおおおおおお!】】】


『なんてことだ!トライフォースの出場経験者、Aランクのテレサ選手が、日本のCランクによって倒されてしまった!96番!日本の96番!この選手は一体、何者だぁあ!』

【嘘だろ!CランクがAランクに勝てるわけない!】

【しかも、バフが掛かったAランクだぞ!あり得ない!あり得なさ過ぎるぅ!】

【これは夢だ!幻覚だ!私はまだ、ベッドの中に違いない!】


阿鼻叫喚の観客席。懐かしい風景。

まるで、ビッグゲームの岩戸戦を見ているかのようだ。

いや、あの時よりもショックの度合いが大きい気がする。

きっと、日本よりも魔力絶対主義が強いから、高ランクが低ランクに負けたことが信じられないのだろう。


納得する蔵人。

その時、フィールドにラッパの音が鳴り響く。


ファァアアアアン!


試合終了の合図だ。

フィールドに視線を戻すと、誰も居なくなったシープの円柱に、サーミン先輩と西園寺先輩が仲良くタッチをしていた。

…西園寺先輩が(しき)りに手を拭いているけど、何か汚いものでも触ってしまったのだろうか?


『試合終了!勝ったのは日本!日本のオージョーだ!NFL17位のカーディナルシープが、アジアの無名チームにやられてしまった!しかも、大差!コールドゲームだ!こんなの予測してた奴らが居たら、今頃大金持ち間違いなしだぞ!』

【嘘だ!こんなことが起こる筈がない!】

【シープが、NFLの中堅が負けただと!?しかも、アジアの島国を相手に?!】

【夢だ!幻だ!こんなの…白昼夢だ!】


【よくやったよ、日本!】

【感動した!見事なジャイアントキリングよ!】

【9番が凄かったわ!】

【21番(西園寺先輩)と27番 (サーミン先輩)も素晴らしい動きでしたわ!】

【男の子が3人も居るのに、凄く強いんだね!】

【【えっ!?】】


観客席は大混乱だ。

祖国のチームが聞いたこともない島国に負けたとショックを受ける者と、逆転劇に感動して拍手を送る者。

この試合で活躍したみんなを祝福する声も多く聞こえる。

試合開始前は全く向いていなかった視線が、雨あられと降りしきっていた。


【でも、やっぱり一番は96番だ!マジで凄いよ!】

【凄かったぞ!テレサとの一騎打ち!】

【流石はブラックナイト様です!】


おっ。知ってる人も居るのか。コンビネーションカップの影響かな?

でも、正確には一騎打ちじゃないけどな。


【ブラックナイト…カッコイイ響きだわ!】

【もう一度、貴方の美声を聞かせてちょうだい!】

【マッチョイケメンなんだって聞いたぞ!?透視が出来ない私にも、君の素顔を見せてくれ!】

【【ブラックナイト!ブラックナイト!ブラックナイト!】】


…うーん。アメリカは肉食獣が多いな。イギリスとはちょっと違いそう。

段々と大きくなる称賛の声を受けながら、蔵人達はフィールドを後にした。

長くなったので、明日へ分割します。


「終われば圧勝であったな」


腕力勝負は押し負けてしまいましたが。


「バフ込みだからな」


バフって、怖いですね…。


「ヒールもな」


イノセスメモ:

桜城VSカーディナルシープ。 桜城領域:76%、羊領域24%。

試合時間16分07秒で、桜城側のコールド勝利。

CEC2回戦、準決勝進出決定。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
観客の前で相手の装備に文句付けて変更させた挙句、スコア上ではボロ負けした羊さんの今後はどうなることやら。
ブラックナイトはいいけど、どの辺がブラックなのか疑問に思わないのだろうか……あ、無属性異能の日本人なら、黒髪黒目なのはフルフェイスでも推測できるか
セルフゾンビのど根性シスターw エースを不沈補給艦にする為バッファーx2配置って採算取れるのかな? よく考えられたチーム構成で桜城も勉強になっただろうけど、やっぱり・・・ テレサの運用ありきでサポー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ