361話~あいつは何処か、あたしに似ている気がすんだよ~
【アマンダ・ベイカー…諜報機関のエージェントともあろう人が、どうして誘拐犯の肩を持とうとするのかしら?】
突然現れたベイカーさんに、カトリーナさんが厳しい視線を投げかける。
それを、ベイカーさんは涼しい顔で受け取り、蔵人の横に並んで彼女を見下ろす。
【彼女達が誘拐犯とは、随分とブラックジョークが効いていますね。貴女だって、彼女達がこのクリスタルエッグカップの出場者だということはご理解いただけている筈です。大方、"また"歌姫が脱走して、偶然彼女達が鉢合わせただけでしょう。なぁ、そうだろう?セレナ・シンガー】
【そう、そうです!私が彼女にぶつかっちゃって、自分で足を挫いちゃって…それでも彼女達が医務室に連れてってくれようとしてたんです!】
セレナさんが慌てて状況を説明する。それを聞いて、ベイカーさんはクイッと眉毛を上げた。
【お聞きの通りですよ、カトリーナ社長】
【言葉など、当てにはなりません。セレナが既に洗脳されていないとも限りませんわ】
【それは有り得ない。彼女達の異能力は、デト、マグネ、エアロ、そしてシールドです。ここにはドミネーションもイリュージョンも居はしない】
【それに】っと、ベイカーさんはため息混じりに言葉を続ける。
【彼女達は、我々異能力推進委員が呼んだゲスト…つまりは大統領もお認めになったアメリカの来賓です。正式な我が国の客人に対して、そのような振る舞いをすることがDP社の…いえ、デュポン家の総意と受け取ってよろしいのですね?】
ベイカーさんが蔵人の肩に手を置き、カトリーナさんを真っ直ぐに見下ろす。彼女から感じる魔力が大きくなり、威圧感が増した。
これ以上何かするなら、私も黙っていない。
そんな意志を感じる。
それを受けて、周囲の護衛やイーグルスの数名が前に出ようとしたが、カトリーナさんは軽く手を上げて彼女達を制して、目を伏せながら小さく呟いた。
【…良いでしょう。今回は、貴女に免じて不問とします】
クルリとこちらに背を向けるカトリーナさん。そのまま、黒服達に命令する。
【セレナを連れてきなさい】
黒服は、鈴華からセレナさんを引き取り、カトリーナさんの元へ戻る。
セレナさんを取り戻したカトリーナさんは、一瞬こちらに冷たい目を向けてきたが、何も言わずに廊下の向こうへと消えて行った。護衛達も、無言のままそれに追従する。
その背を暫く見送った後、蔵人はベイカーさんに向き直った。
【(高音)助けて頂き、ありがとうございます。ベイカーさん】
【礼は必要ないよ、33番君。ホストとして当然の事をしたまでだ】
ベイカーさんは蔵人に向かって微笑み、後ろのメンバーに視線を送る。
【本当なら、開会式の前に君達を出迎えるつもりだったんだ。でも、前の仕事が立て込んでしまって、出遅れてしまった。この後も、直ぐにニューヨークへ飛ばねばならなくなってね…】
【(高音)それはそれは、大変なお仕事ですね】
諜報機関のエージェントさんだからな。我々にだけ構っていられないのだろう。
そんな忙しいベイカーさんは、はち切れそうな胸元からカードケースを取り出した。
【また厄介な輩に絡まれるかもしれない。その時は、ここに連絡すると良い。我々が君達を全力で守ろう】
彼女はそう言って、1枚の名刺をくれた。
名前だけでなく、メールアドレスや電話番号まで載っている。
これは心強い。またリリーが来ても安心だ。
【(高音)ありがとうございます、ベイカーさん】
【だから、礼は要らないよ。これが私の仕事であり、君達が持っている権利だ。権利はしっかりと主張し、使い倒すべきだよ。だから、何時でも連絡しなさい】
そう言いって手を振り、ベイカーさんも足早に去っていった。
本当にお忙しそうだ。それなのに、何時でも連絡して来いとは…。
初対面時は良い印象を持てなかったが、案外身内には優しい人なのかも。
「あれ?もう行っちゃうの?」
蔵人がベイカーさんを見送っていると、桃花さんが不思議そうに首を傾げた。
蔵人は頷く。
「ああ。お仕事があるみたい。でも、何時でも連絡してって名刺を貰ったよ」
「そうなんだ。僕、みんなが何を言ってるのか分からなくて怖かったよ。やっぱりさっきの人、怪我させちゃったから怒ってたのかな?」
「いや、俺達が彼女を誘拐したんじゃないかって思ったみたいだ。何せ、彼女はあの歌姫だったみたいだからね」
「えっ?ええっ!?それって、あの子がセレナ・シンガーだったってこと!?」
桃花さんは目を丸くして驚いた。
気付いていなかったらしい。これが普通か。
「やっぱ、セレナだったか!」
祭月さんは気付いていたみたいだ。
彼女の声を聴いた段階で、怪しんでいたものね。
「くそぉ~。あれがセレナだって分かってたら、色々言いたかったのにぃ~」
祭月さんが地団太を踏む。
これは、知られなくてよかった。
そんな風に安心していると、蔵人の隣に鈴華が並び、カトリーナさん達が去った廊下の向こうに視線を投げる。
「しっかし、面倒そうな連中だったな」
「うん?ああ、あのカトリーナって人だな?DP社の社長で、どうもデュポン家にも縁があるらしい」
デュポン家と言えば、史実のアメリカでも巨額の資産を持つ財閥の一つだ。だから、この世界でも相当大きな貴族である可能性が高い。
あんな若くしてDP社…つまりデュポンの会社社長ということは、少なくとも縁者であろう。下手をすると、彼女はデュポン家の本家筋という可能性も大いにある。
そんな人が白百合会と関りがあるとは、面倒を通り越して笑えて来る。
蔵人が疲れたため息を吐き出していると、鈴華は首を傾げた。
「うん?まぁ確かに、あの金髪は高慢な貴族って感じがして、いけ好かないと思ったさ。けどよ、あたしはセレナの方が面倒だと思うぞ」
「セレナが、面倒?」
白百合の貴族よりも面倒ということか?
蔵人の問いかけに、鈴華は小さく首を振る。
「はっきりとは分かんねぇんだけどさ、あいつは何処か、あたしに似ている気がすんだよ」
「似ている…ねぇ」
確かに、どちらも才能の塊ではあるけれど、性格的に言えばどうだろうか?
蔵人は分からず、鈴華と同じ方向を向く。
そこには、黒服達と戦った痕跡だけが薄く残されていた。
4月18日。クリスタルエッグカップ1日目。
午前10時55分。
1回戦第2試合の桜城、VS、カーディナルシープの試合が開始されるまで、残り5分を切ろうとしていたその時、桜城の選手達は、選手入場口前の待機場で慌てていた。もうすぐ入場だという段階で、スタッフから装備に関してケチが付いたからだ。
桜城とカーディナルシープの装備が似通っているから、どちらかが色を変えねばならないと指摘を受けたのだが、それにカーディナルシープ側が猛反対をしたのだった。その影響で、桜城側が急遽、黒いタスキを装備の上から巻き付けることとなり、みんなはお互いに巻き付け合っていた。
そうして慌てる桜城選手達の姿を見て、向こう側で整列するカーディナルシープの選手達が、クスクスと笑っている。
いい気なものだ。ただ喚いて自分達の希望を通しただけだというのに。
そう思いながら、蔵人は冷めた目を羊達へと送る。
「笑うな!お前達がギャーギャー言うからだろ!」
祭月さんは我慢し切れず、怒りをぶつける。
それを受けて、羊達は怪訝な目で祭月を見ていた。
良いぞ。言ってやれ、言ってやれ。君のその自由な性格が、この国では適しているのかもしれない。
「なんや、性格の悪い聖職者やな。あんなんで神さんから天罰は落ちんのやろか?」
「代わりにあたしらが落としてやろうぜ、雷をよ。そんでもって、今夜はラムチョップステーキだ。盛大な祝勝会にしてやるぞ」
鈴華は冗談交じりでそんなことを言っているが、その眼だけは真剣そのものだった。
色々と確執のある相手ではあるが、そう簡単に料理できない相手だということを分かっているみたいだ。
カーディナルシープ。
アリゾナ州に本拠地を置くクリスチャンのチーム。その堅実な戦い方で、NFLでも常に中堅の強さを誇示する有力なチームだ。
またボランティア活動にも積極的で、大会や練習で遠征すると、その土地でゴミ拾いや募金活動、炊き出し等を行うらしい。それもあり、地元だけでなく、アメリカ中に固定ファンが居るのだとか。
若葉さんからの情報でなければ、別の羊さんかと思ってしまう内容である。
だが、フィールドに入るとそれが、真実だと思い知らされる。
桜城の準備が整い、両チームがそれぞれ1列となって、フィールドへの階段をゆっくりと登る。
すると、
【【【わぁあああああああ!!!】】】
観客達からの大歓声が鼓膜を叩き、目の前には真っ白に染まった観客席が広がっていた。
桜城の白…では無い。
彼女達が持つ大小さまざまな旗の中に、そのTシャツに、羊の角と十字のマークが刻まれていた。
聖十字架。
カーディナルシープのシンボルだ。
『さぁ!続いて行われるのはこのカード!広大な太平洋を渡ってやってきた日本のチーム!そして、それを迎え撃つのは、神に祝福された聖十字騎士団、カーディナルシープだぁ!』
【【【カーディナル!カーディナル!】】】
【待ってました!カーディナル!】
【これ見る為に、フェニックスからトラック飛ばして来たぜ!】
【テレサ選手の活躍を見に来たわ!】
【次の相手はきっとラビッツだよ!ここで魔力を温存するんだ!】
【ハーフで決めちゃえ!】
羊の応援団から、熱狂的で一方的な声援が投げかけられる。
6万人が収容出来るスタジアムの半数近くが、聖十字や羊が書かれたグッズを手にして応援しており、その他の観客からも、羊に期待する声ばかりが聞こえて来た。
桜城に対する反応は皆無だ。
分かっていた事だが、ここまでこちらに無関心なのを目の当たりにすると、まるで透明人間にでもなった気分になる。
『NFL17位の実力を持つカーディナルシープに、果たして日本のチームは何処まで食い下がれるのか!実力が未知数だから、試合の展開も予測できない!ドキドキワクワクで、試合のホイッスルが待ち遠しいぞ!』
【【わぁあああ!!】】
【期待しているぞ!テンプル騎士団!】
【対戦相手もがんばれよ!】
【両チームに祝福を!】
【カーディナルに祝福を!】
【建前は良いから、早く始めてくれ!】
何処まで食い下がれるか…か。
誰も、桜城が勝てるなんてこれっぽっちも思っていない。
「ここまでアウェイだと、いっそ清々しいな」
「なんだが、動き辛いね」
鈴華達も、硬い表情を観客席に向けている。
鈴華だけではない。
桜城の選手達はみんな、周囲の反応に目を動かし、ここに居ても良いのかと不安そうな顔をしていた。
ビッグゲーム1回戦の時でも、桜城の応援団が居たからね。仕方がない。
「さぁ!スタメンは中央に並んで、握手するわよ!」
その憂いを断ち切ろうとするように、部長が声を上げる。
その号令で、蔵人達はフィールドの中央で横一列に並び、カーディナルシープの面々と対峙する。
彼女達は皆、張り付けたような胡散臭い笑みを浮かべている。
【どうぞ、よろしくお願い致します】
【【よろしくお願い致します】】
先頭に立つ聖騎士が部長と握手を交わすと、他の騎士達もそれに続く。
とても穏やかに見えるが、そう見えるように取り繕っているのだろう。
「なんだか、急にしおらしくなったわね」
握手を終えた後、鶴海さんも、彼女達の急な態度の軟化に呆れた視線を送っていた。
「ええ。イメージ戦略なのでしょうが、随分と徹底していますね」
聖騎士全員が、示し合わせたみたいに切り替えたからね。余程、周囲からの見え方を気にしているのが分かる。
その羊の皮は、いつかバレそうだけど。
「みんな!円陣を組むよ!」
部長はキビキビと選手達を動かす。
そうすることで、みんなの緊張を解こうとしているのだ。
部長は、円陣を組んでみんなの士気を上げると、スタメンを配置につかせてベンチに戻った。
蔵人達の前には、白亜の鎧に身を包んだ聖騎士達が、胸の前で手を組んで、静かに祈りを捧げていた。
今からミサでも始めるかの様だ。
その彼女達は、随分と前寄りの陣形を取っている。
前衛…8人。
中衛…2人。
円柱…3人。
前衛は全員がガチガチのフルアーマー装備だから、近距離型だと思われる。豊国選手の様にオールラウンダーかも知れないが、遠距離を中心にしたチームでは無さそうだ。
ファァアアアアンッ!!
両校の配置が完了し、審判が前に出て来て手を振り下ろすと、試合開始の合図がけたたましく鳴り響いた。
同時に、観客席からも歓声の波が押し寄せる。
【【【わぁあああああ!!】】】
『さぁ、始まったぞ2試合目!カーディナルシープは何時も通り鉄壁の守備を敷いている。この壁を突破するのは至難の業だ!対する日本は…これまたトリッキーな配置だ。中衛後衛を厚くして、前衛が1人だけ?遠距離攻撃で削る誘い込み型のチームなのか!?』
誘い込み型…そんなのもあるのか。ファランクス本番なだけあって、実況の知識も豊富だ。
そしてそれは、対戦相手にも言える事。
こちらが誘っていると思ったのか、フリーな前線を前にして、聖騎士達はじわりじわりと前に進んでいる。
うん。予想外に効いているぞ。この変則陣形。
「祭月ちゃん、秋山先輩。こっちから先に攻めます。砲撃の準備を!」
「おっけー」
「ふっふっふ。私の爆発が、とうとうアメリカでも披露される時が来た」
攻めあぐねる羊達を前に、鶴海さんは先制攻撃を仕掛ける号令を出す。
攻撃のタイミングを掴み、流れをこちらに寄せるつもりだ。
「黒騎士ちゃんは、何時でも盾を出せる準備を」
「了解。軍師殿」
鶴海さんの指示を受けて、蔵人は魔力を回す。
その間にも、聖騎士達に向かってファイアランスが飛来し、騎士達の目の前で爆発が起きる。
殆どの攻撃が、的確に相手を捉えた。
その筈だが、向こうからの反応は薄い。いつもなら、相手の悲鳴や怒号が飛んでくる筈なのに。
蔵人は警戒する。すると、空気を燃やした黒煙の中から、何かが飛び出して来た。
人だ。
1人の聖騎士が黒煙を切り裂いて、こちらへと駆け寄ってきた。
いや、1人ではなかった。黒い靄の中から々と、白銀の聖騎士達が姿を現してこちらへと突き進んで来た。
彼女達の装備は、爆発で焦がされた痕が刻まれていた。
攻撃を喰らいながらも攻めに転じる。なかなかの覚悟だ。加えて、Bランクの攻撃にも耐える装備は、流石はアメリカのプロチームと言えるだろう。見た目は桜城の白銀鎧と似ているが、性能はあちらの方が上等の様だ。
蔵人は相手を見積り、同時に回していた魔力を放出する。
人間大の水晶盾を13枚生成し、それを横一列に並べた。
「シールド・ファランクス!」
『うぉお!日本側がシールドを展開した!今まで更地だった赤軍前線に、クリスタルシールドが整然と並び立ったぞ!これは凄い!なんて息の合ったガードなんだ!まるで、1人でシールドを出しているみたいだ!』
【息だけじゃなくて、盾の生成自体も早いな。ウルスラ選手の突撃とほぼ同時だったぞ】
【未来視の選手でも居るんじゃない?それで、予め盾を生成してたとしか思えないわ】
【それだとしても練度の高いシールダー達だ。これは、思ったよりも粘るんじゃないか?日本のチーム】
【いやいや。いくら息の合ったシールダーが居たとしても無意味だよ。だって、カーディナルシープはさ…】
一列に並んで敵を阻む水晶盾。それに、聖騎士達は速度を落とすことなく突っ込んでくる。
突っ込んでくる気か?真っ白な甲冑とは裏腹に、その心は彩雲のように真っ赤に染まっているのか?
蔵人が警戒を強める中、先頭を走っていた3番の選手が盾の前で急停止した。
そのままこちらに背を見せて、深く構えた。
彼女の魔力が大きくなり、そこから半透明の腕が生成される。
サイコキネシス。
彼女はその腕を大きく広げ、走り寄る仲間達に向けた。
そして、
彼女の透明な腕を踏みつけた聖騎士達は、サイコキネシスの腕に放り投げられる形で、空高く跳び上がった。
「なにっ!」
水晶盾の上を軽々と飛び越える聖騎士達。
まるで、都大会の前橋中学のような戦法。
だが、前橋とは大きく違うところがある。それは、彼女達がフルアーマーだということ。
敵陣の中に飛び込んだのは4人の聖騎士。聖騎士達は降り立ったところで足を止める。桜城の選手達がひしめく敵陣の中で、袋のネズミとなっていた。
前橋とは違い、彼女達は機動力が無かったのだ。
何故、こんな戦術を取るのだろうか?前橋はその圧倒的な素早さによって戦線を駆け抜け、円柱へのタッチを成功させた。だが、彼女達は桜城前線を突破しようとする様子も見せず、近くにいる桜城選手に攻撃をしかけようとしている。
島津円さんレベルの攻撃力があれば、桜城戦線を内側から崩せるだろう。だが、目の前の聖騎士達は防御寄りの異能力をしており、繰り出される攻撃に目を見張るほどのキレは無い。いたずらに、体力を消耗しているだけに見える。
何故、こんな特攻を仕掛けた?
あまりにも不気味な動きに、蔵人は相手を鋭く睨む。
そこに、影が差した。
「ええ度胸やないかっ!」
伏見さんだ。
獲物を見つけた伏見さんが、空へと高く舞い上がった。そして、その勢いのままに聖騎士の1人へと飛び掛かる。
伏見さんのサイコキネシスに絡め捕られた背番号15番の聖騎士は、身動き出来ないままに殴り飛ばされ、水晶盾に体をぶつけて蹲った。
そしてすぐに、テレポートされた。
「……うん?」
蔵人は首をかしげる。
聖騎士はテレポートされたが、実況からは何の反応もなかったからだ。
普段、ベイルアウトしたのなら、その選手の背番号を読み上げるのが通例だ。少なくとも、日本では。
アメリカだと違うのか?
そう思った蔵人が、フィールドへと視線を向けると…。
15番の聖騎士が、羊側の円柱近くで倒れていた。そして、その選手に向って、円柱にいた1番の選手が手をかざしていた。その手からは、キラキラした光が放たれている。
ヒーリングの異能力だ。
その光を浴びた15番が、むくりと立ち上がる。そのまま、何事もなかったかのように走り出し、こちらへと迫ってきていた。
こいつは…。
「ゾンビアタック…」
戦闘不能となったユニットを回復させて、再び戦線に投入する特攻戦術だ。
現実世界では非道と言われたこの戦術も、ヒーリングがあるこの世界では可能なのか…。
「これは、不味いわね」
戦線に戻ってきた15番を見て、鶴海さんも苦い顔をする。
蔵人はそれに頷き、桜城領域内で耐え忍ぶ聖騎士達に視線を戻す。
こいつは、長い戦いになりそうだ。
ヒーラーが前線に?
「それ故の特攻という訳か」
奇跡の御業、ヒーリングということですか…。




