表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
380/483

360話(1/2)〜貴女達は祈らないのですか?〜

「でもさ、誰も僕達の事を知らなかったね。変な風に見られてた気もするし、僕、ちょっと怖かったよ」


桃花さんは目を伏せながら、開会式の様子を思い返しているみたいだ。

開会式が終了した蔵人達は、会場の外まで戻ってきていた。これから、運動公園に移って練習をする予定になっている。

本当なら、フォーメーションの確認や体力錬成等も行いたかったのだが、先ずはみんなの士気を上げ直す事から始めた方が良いだろう。随分と塩対応だったアメリカの観客達に対して、部員達は少なからずショックを受けている様子だから。


「まぁ、良いんじゃねぇの?下手に期待されてるよりも、無駄に緊張しなくなったって考えればさ」

「せやな。下克上してアメリカさんの鼻の穴を開かせるんが、今から楽しみや」


鈴華達は流石だな。どんな時も気持ちが前向きだ。

彼女達が部員を引っ張ると、自然と士気も上がってくる。

先を示す鈴華。気合いを入れる伏見さん。そして、謎の自信で陰湿な空気を入れ替える祭月さん。この3人娘が、今の桜城を導いてくれている主要パーソンだ。

っと言うことで。君の出番だぞ、祭月さん。

…祭月さん?

…あれ?


「あら?祭月ちゃんの姿が見えないわ」

「本当だ。トイレかな?」

「誰か北岡を見ていないのか?」


ローズ先生の問い掛けに、部員の誰もが首を振る。若葉さんも「私がみんなと合流した時から、姿が見えなかったけど?」と言っていた。

という事は、会場を出る前にはぐれたという事だ。

迷子か。


「まったくあいつは!夢うつつを抜かしよるわ、セレナに食って掛かろうとするわ、迷子になるわ…とんだトラブルメーカーやで」

「お姉さん達の気持ちが、分かる気がするわ」

「雪花ちゃんの気持ちもね」

「んな事ここで言ってねぇでよ、探しに行こうぜ」


鈴華の言う通りだ。愚痴よりも先ず、彼女を見つけないと。

英語も出来ない彼女だ。とんでもないトラブルを呼び込んでしまうぞ…。

想像するだけで身震いする蔵人。

早く見つけねば。

蔵人達は会場の中に戻り、手分けして祭月さんの探索を開始した。


蔵人達が担当したのは、出てくる時に通ってきた選手用の専用通路。さっきまで帰宅する選手達でひしめき合っていたここも、今では通行する人数もかなり減っていた。

それでも、まだ残っている選手の姿がちらほらと散見している。


「なぁ、あいつらに聞いてみねぇか?」


鈴華が、通路の端っこで笑い合う3人の選手達を指さす。

聞いてみようと言っているが、蔵人と共に来たのは鈴華と桃花さんである。この中で英語を話せるのは蔵人だけでなので、必然的に交渉は蔵人の肩に掛かる。

まぁ、そこは仕方がない。ここは関係者用通路。護衛や一般客は入れない。英語が出来る鶴海さんやローズ先生とは別れる必要があった。


蔵人は声色を変えて、黄色が目立つユニフォームを着た集団に話しかける。

おおっ。熊兄貴のチームじゃないか。


【(高音)済みません。少々お聞きしたい事があるのですが?】

【えっ?なになに?もしかしてサインが欲しいとか?】

【何言ってんのさ、ボニー。あたいらハニーベアーズのサインなんて、誰が欲しがるって言うんだよ】

【今回のリュックサックも、かなり売れ残ってたしねぇ…】

【折角、可愛く作ってもらったのにね…】

【次は笛とかどうだろう?あたしら音楽も得意じゃん?】

【いや、先ずはNFL20位以内に入らないと…】

【【だよね~…】】


なんか、どんよりと暗い空気になっている。別にこちらが何かした訳じゃないが、悪いことをした気になってしまう。

呑まれてはダメだな。


【(高音)お取込み中にすみません。私達は今、人を探しています。私達の仲間で、これくらいの身長に、焦げ茶と赤いメッシュの髪をツインテールにしている子なんですけど】


蔵人が手で祭月さんの身長を示すと、沈んでいたクマさん達が【うーん】と首を捻る。


【赤メッシュの髪かぁ】

【結構居るからねぇ】

【セレナもそんな感じだもんねぇ】


手ごたえなし。

やはり難しいか。


【(高音)結構騒がしい娘で、おおっ!とか、ぎゃぁあ!とか叫んでて、やたらと指パッチンしてる娘なんですけど…】


苦し紛れに色々と情報を出してみるが、そんなことで検索エンジンにヒットする訳がな、


【ああ、それなら向こうに居たな】

【うん。羊の群れに紛れていた子がそれっぽい】

【随分と元気に弾けてて、羊にしては珍しいタイプの子だなぁ~て話し合ってたもんね】


なんでこの特徴でヒットするんだよ!

あの騒がしさは世界共通だな。


【(高音)ありがとうございました、ベアーズの皆さん】


【良いよー】

【ってかさ、あの子のフルフェイス、怪しくない?口元隠してたし】

【あっ、やっぱ?でもさ、あんな素直な子が、男の子の筈無くない?】

【でもさ、海外の子だよ?】

【【………】】


立ち去ろうとしたのだが…なんだろうな。ベアーズの皆さんが、こちらを見つめてくるぞ。

まるで、熊兄貴に狙われるハチミツの壺になった気分である。

これは、早くとこ撤退しないと。

蔵人達は足早に、祭月さんの軌跡を追った。



それからすぐに、それらしき集団を目にする。

桜城と同じ、白の鎧を着た集団。開会式では綺麗に整列して入場していた彼女達だったが、今は隊列が少し乱れている。

その中心で跳ねているのは、我らがお祭り隊長様であった。


「だから何度も言っているだろ!私は桜城の北岡祭月だ!このクリスタルエッグで優勝して、ハリウッド女優になる為にアメリカへ来たんだ!」

【あらあら、興奮しちゃって。カーディナルの鎧まで自作する程に、私達のファンだってことは嬉しいのだけれど、そろそろお母さんの所に戻ってね?】

【もしかして迷子じゃないかしら?お嬢ちゃん、お母さんは何処に居るのかしら?】

「だから、私の名前は祭月だ!マミーなんかじゃない!お前たちこそ誰なんだ!?そいつは私達のユニフォームだろ?中身を、みんなを何処にやった!」


なんだ、このカオスな状況。

蔵人は一瞬立ち止まって、回れ右したくなる衝動に駆られる。でもすぐに思い留まり、喚く祭月さんに近づいた。


「おーい。祭月さん、迎えに来たぞ」

「うぉ!蔵人!お前、何処に行ってたんだ?心配したぞ!」


こいつ、シバいたろか?

蔵人は震える拳を何とか鎮めて、ため息と一緒に肩を落とす。そして、困らせてしまったシープの皆さんに頭を下げた。


【(高音)お騒がせして済みません。この子は私達のチームメイトです。我々の装備が皆さんと似ていたので、間違えてしまったみたいです】


蔵人が、自分達の正体を明らかにし、貴女達と明日対戦させて頂く者ですと説明をすると、シープの皆さんは漸く合点が行った様子だった。


【まぁ、そう言う事でしたの】

【良かったですわ。無事に仲間の元に戻れて】

【もう、仲間とはぐれてはダメですよ?】

【オオカミに食べられてしまいますからね?】


シープの皆さんは、明日対戦する我々に対しても、まるで自分の事の様に喜んでくれた。

良い人達で助かった。これがクリムゾンラビッツであれば、逆手に取られていたかも知れない。

…アイリーンさんのイメージで、勝手に妄想しただけだけど。

蔵人は安心して、胸を撫で下ろす。

すると、


【きっと、主が導いて下さったのですね】

【ええ。その通りです。皆さん、我らが主に感謝の祈りを致しましょう】

【【主よ、お導きに感謝します。アーメン】】


おお。久しぶりに聞いたな、神への祈り。

異世界等で情勢が不安定だと、特に強くなる宗教だが、日本にいるとどうも意識が薄れていく。

なので、彼女達の祈る姿がとても懐かしく見えた蔵人だった。


でも、後ろに控えていたみんなからは、彼女達の様子が違って見えたみたいだった。


「なんか、ちょっと怖いね」

「宗教はなぁ。ハマるとやべぇからなぁ」

「僕達も、お正月にお参りとかはするけど…」

「バカだなぁ。神様なんて、居る筈ないだろ?」


桃花さん達から見ると、彼女達の姿は異様に見えるようだった。

日本では、宗教による詐欺や事件が目立っているからね。それに、幕末にはその関係で戦争も起きた。どうしても、宗教は怖いというイメージが付いて回るのが日本人。

仕方ない事だ。


【おや?貴女達は祈らないのですか?】


鈴華達の声を聞いて、聖騎士の1人がこちらに手を差し伸べてきた。


【さぁ、私達と一緒に祈りましょう。主はきっと、貴女達の声も聞いて下さります】

【(高音)お気遣いありがとうございます。ですが、私達は結構ですので】


蔵人はやんわりとお断りをする。

すると、柔和に微笑んでいた聖騎士の顔が変わる。

笑みが消え、目の中に怪しい光が宿る。


【拒むのですね?主への祈りを。貴女方は、別の神を崇めているという事でしょうか?】


おっと。邪教徒扱いされそうだぞ?

こいつは不味い流れだな。


【(高音)いいえ。特にそう言う訳ではありません。ただ、我々は貴女方の様に敬虔な信仰心を持ち合わせておらず…】

【まさか…神を信じていないと言う事ですか!?】


悲鳴を上げる聖騎士。

目の前の彼女だけでは無い。後ろの聖騎士達も【有り得ない】【なんて罰当たりな】と首を振り、こちらに非難がましい目を向けてくる。


おいおい。別に、誰がどう宗教と向き合っていても良いだろうよ?

そう思う蔵人に、聖騎士は侮蔑混じりの視線を投げつけて来た。


【貴女達の様な背徳者が、我々と同じ聖なる白を着るのは相応しくありません。是非ともこの場で脱ぎ捨てるか、改心して頂きたく思います】


言葉は丁寧でも、彼女達から感じる圧は有無を言わさない強い物だった。

随分と乱暴だ。己の価値観のみを押し付けていたら、争いは無くならないぞ?

蔵人はヤレヤレとため息を吐く。

すると、それを答えと受け取ったのか、聖騎士は【では】と話を進める。


【明日の試合。我々の勝利をもって、貴女達の装備を剥奪致します。そして、もう二度と白のユニフォームでファランクスに挑まない事を、ここに誓って頂きます】


そこまで言い切るか。

これは交渉ではなく、明らかな命令。

蔵人は目を細める。


【(高音)随分と横暴ですね。それを、貴女達の主はお許しになるのですか?】

【我々は主の代弁者、カーディナルシープです。主は言いました。私の他に神があってはならないと】


その文言は…確か、神の十戒。

と言う事は、こいつら排他主義なのか。

蔵人は口を噤む。この人達に何を言おうと、無駄だと理解したから。

すると、聖騎士達は満足したのか、【では、明日。審判を下しましょう】と一方的に宣って、踵を返して通路の向こうへと消えていった。


全く、宗教の強い国に来ると苦労する。

…いや、無宗教の日本に慣れすぎたのか。神様に祈らない国なんて、異世界含めて少数派だからな。


「なぁ、ボス。今のは何かあったんだろ?教えてくれよ」


緊張していた息を肺から追い出していると、鈴華が心配そうな顔で回り込んできた。

蔵人は小さく肩を上げる。


「ああ、まぁ、詳しくは今晩のミーティングで話そう。今はただ、次の相手が厄介だって事だけ知っておいてくれれば良いさ」

「アーメンなんて言ってる奴らだからな。そりゃ、厄介だってのは分かるぜ」


それも偏見だが、今回ばかりは鈴華が正しいな。

蔵人は、力なく頷いた。

すみません。また、明日に分割です。


「トラブル続きだな」


踏んだり蹴ったりな1日でしたね。


「いや、まだあるみたいだぞ?」


へぇ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
宗教関連、ですか…正直、本物を知ってる蔵人氏がどう思ってるかの方が気になりますね。どうやら天使はいるみたいですが、神が多数存在するのかも分かってませんしねぇ。
お前たちが負けたらこれから灰色ユニフォームな!ってすかさず返さないとw
枢機卿ェ……キリシタンなのかそれとも……確かに迷える子羊……って迷わず一本道ダッシュしてるじゃん!そして鎧間違いは天然すぎ!かわいい!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ