360話(1/2)〜貴女達は祈らないのですか?〜
「でもさ、誰も僕達の事を知らなかったね。変な風に見られてた気もするし、僕、ちょっと怖かったよ」
桃花さんは目を伏せながら、開会式の様子を思い返しているみたいだ。
開会式が終了した蔵人達は、会場の外まで戻ってきていた。これから、運動公園に移って練習をする予定になっている。
本当なら、フォーメーションの確認や体力錬成等も行いたかったのだが、先ずはみんなの士気を上げ直す事から始めた方が良いだろう。随分と塩対応だったアメリカの観客達に対して、部員達は少なからずショックを受けている様子だから。
「まぁ、良いんじゃねぇの?下手に期待されてるよりも、無駄に緊張しなくなったって考えればさ」
「せやな。下克上してアメリカさんの鼻の穴を開かせるんが、今から楽しみや」
鈴華達は流石だな。どんな時も気持ちが前向きだ。
彼女達が部員を引っ張ると、自然と士気も上がってくる。
先を示す鈴華。気合いを入れる伏見さん。そして、謎の自信で陰湿な空気を入れ替える祭月さん。この3人娘が、今の桜城を導いてくれている主要パーソンだ。
っと言うことで。君の出番だぞ、祭月さん。
…祭月さん?
…あれ?
「あら?祭月ちゃんの姿が見えないわ」
「本当だ。トイレかな?」
「誰か北岡を見ていないのか?」
ローズ先生の問い掛けに、部員の誰もが首を振る。若葉さんも「私がみんなと合流した時から、姿が見えなかったけど?」と言っていた。
という事は、会場を出る前にはぐれたという事だ。
迷子か。
「まったくあいつは!夢うつつを抜かしよるわ、セレナに食って掛かろうとするわ、迷子になるわ…とんだトラブルメーカーやで」
「お姉さん達の気持ちが、分かる気がするわ」
「雪花ちゃんの気持ちもね」
「んな事ここで言ってねぇでよ、探しに行こうぜ」
鈴華の言う通りだ。愚痴よりも先ず、彼女を見つけないと。
英語も出来ない彼女だ。とんでもないトラブルを呼び込んでしまうぞ…。
想像するだけで身震いする蔵人。
早く見つけねば。
蔵人達は会場の中に戻り、手分けして祭月さんの探索を開始した。
蔵人達が担当したのは、出てくる時に通ってきた選手用の専用通路。さっきまで帰宅する選手達でひしめき合っていたここも、今では通行する人数もかなり減っていた。
それでも、まだ残っている選手の姿がちらほらと散見している。
「なぁ、あいつらに聞いてみねぇか?」
鈴華が、通路の端っこで笑い合う3人の選手達を指さす。
聞いてみようと言っているが、蔵人と共に来たのは鈴華と桃花さんである。この中で英語を話せるのは蔵人だけでなので、必然的に交渉は蔵人の肩に掛かる。
まぁ、そこは仕方がない。ここは関係者用通路。護衛や一般客は入れない。英語が出来る鶴海さんやローズ先生とは別れる必要があった。
蔵人は声色を変えて、黄色が目立つユニフォームを着た集団に話しかける。
おおっ。熊兄貴のチームじゃないか。
【(高音)済みません。少々お聞きしたい事があるのですが?】
【えっ?なになに?もしかしてサインが欲しいとか?】
【何言ってんのさ、ボニー。あたいらハニーベアーズのサインなんて、誰が欲しがるって言うんだよ】
【今回のリュックサックも、かなり売れ残ってたしねぇ…】
【折角、可愛く作ってもらったのにね…】
【次は笛とかどうだろう?あたしら音楽も得意じゃん?】
【いや、先ずはNFL20位以内に入らないと…】
【【だよね~…】】
なんか、どんよりと暗い空気になっている。別にこちらが何かした訳じゃないが、悪いことをした気になってしまう。
呑まれてはダメだな。
【(高音)お取込み中にすみません。私達は今、人を探しています。私達の仲間で、これくらいの身長に、焦げ茶と赤いメッシュの髪をツインテールにしている子なんですけど】
蔵人が手で祭月さんの身長を示すと、沈んでいたクマさん達が【うーん】と首を捻る。
【赤メッシュの髪かぁ】
【結構居るからねぇ】
【セレナもそんな感じだもんねぇ】
手ごたえなし。
やはり難しいか。
【(高音)結構騒がしい娘で、おおっ!とか、ぎゃぁあ!とか叫んでて、やたらと指パッチンしてる娘なんですけど…】
苦し紛れに色々と情報を出してみるが、そんなことで検索エンジンにヒットする訳がな、
【ああ、それなら向こうに居たな】
【うん。羊の群れに紛れていた子がそれっぽい】
【随分と元気に弾けてて、羊にしては珍しいタイプの子だなぁ~て話し合ってたもんね】
なんでこの特徴でヒットするんだよ!
あの騒がしさは世界共通だな。
【(高音)ありがとうございました、ベアーズの皆さん】
【良いよー】
【ってかさ、あの子のフルフェイス、怪しくない?口元隠してたし】
【あっ、やっぱ?でもさ、あんな素直な子が、男の子の筈無くない?】
【でもさ、海外の子だよ?】
【【………】】
立ち去ろうとしたのだが…なんだろうな。ベアーズの皆さんが、こちらを見つめてくるぞ。
まるで、熊兄貴に狙われるハチミツの壺になった気分である。
これは、早くとこ撤退しないと。
蔵人達は足早に、祭月さんの軌跡を追った。
それからすぐに、それらしき集団を目にする。
桜城と同じ、白の鎧を着た集団。開会式では綺麗に整列して入場していた彼女達だったが、今は隊列が少し乱れている。
その中心で跳ねているのは、我らがお祭り隊長様であった。
「だから何度も言っているだろ!私は桜城の北岡祭月だ!このクリスタルエッグで優勝して、ハリウッド女優になる為にアメリカへ来たんだ!」
【あらあら、興奮しちゃって。カーディナルの鎧まで自作する程に、私達のファンだってことは嬉しいのだけれど、そろそろお母さんの所に戻ってね?】
【もしかして迷子じゃないかしら?お嬢ちゃん、お母さんは何処に居るのかしら?】
「だから、私の名前は祭月だ!マミーなんかじゃない!お前たちこそ誰なんだ!?そいつは私達のユニフォームだろ?中身を、みんなを何処にやった!」
なんだ、このカオスな状況。
蔵人は一瞬立ち止まって、回れ右したくなる衝動に駆られる。でもすぐに思い留まり、喚く祭月さんに近づいた。
「おーい。祭月さん、迎えに来たぞ」
「うぉ!蔵人!お前、何処に行ってたんだ?心配したぞ!」
こいつ、シバいたろか?
蔵人は震える拳を何とか鎮めて、ため息と一緒に肩を落とす。そして、困らせてしまったシープの皆さんに頭を下げた。
【(高音)お騒がせして済みません。この子は私達のチームメイトです。我々の装備が皆さんと似ていたので、間違えてしまったみたいです】
蔵人が、自分達の正体を明らかにし、貴女達と明日対戦させて頂く者ですと説明をすると、シープの皆さんは漸く合点が行った様子だった。
【まぁ、そう言う事でしたの】
【良かったですわ。無事に仲間の元に戻れて】
【もう、仲間とはぐれてはダメですよ?】
【オオカミに食べられてしまいますからね?】
シープの皆さんは、明日対戦する我々に対しても、まるで自分の事の様に喜んでくれた。
良い人達で助かった。これがクリムゾンラビッツであれば、逆手に取られていたかも知れない。
…アイリーンさんのイメージで、勝手に妄想しただけだけど。
蔵人は安心して、胸を撫で下ろす。
すると、
【きっと、主が導いて下さったのですね】
【ええ。その通りです。皆さん、我らが主に感謝の祈りを致しましょう】
【【主よ、お導きに感謝します。アーメン】】
おお。久しぶりに聞いたな、神への祈り。
異世界等で情勢が不安定だと、特に強くなる宗教だが、日本にいるとどうも意識が薄れていく。
なので、彼女達の祈る姿がとても懐かしく見えた蔵人だった。
でも、後ろに控えていたみんなからは、彼女達の様子が違って見えたみたいだった。
「なんか、ちょっと怖いね」
「宗教はなぁ。ハマるとやべぇからなぁ」
「僕達も、お正月にお参りとかはするけど…」
「バカだなぁ。神様なんて、居る筈ないだろ?」
桃花さん達から見ると、彼女達の姿は異様に見えるようだった。
日本では、宗教による詐欺や事件が目立っているからね。それに、幕末にはその関係で戦争も起きた。どうしても、宗教は怖いというイメージが付いて回るのが日本人。
仕方ない事だ。
【おや?貴女達は祈らないのですか?】
鈴華達の声を聞いて、聖騎士の1人がこちらに手を差し伸べてきた。
【さぁ、私達と一緒に祈りましょう。主はきっと、貴女達の声も聞いて下さります】
【(高音)お気遣いありがとうございます。ですが、私達は結構ですので】
蔵人はやんわりとお断りをする。
すると、柔和に微笑んでいた聖騎士の顔が変わる。
笑みが消え、目の中に怪しい光が宿る。
【拒むのですね?主への祈りを。貴女方は、別の神を崇めているという事でしょうか?】
おっと。邪教徒扱いされそうだぞ?
こいつは不味い流れだな。
【(高音)いいえ。特にそう言う訳ではありません。ただ、我々は貴女方の様に敬虔な信仰心を持ち合わせておらず…】
【まさか…神を信じていないと言う事ですか!?】
悲鳴を上げる聖騎士。
目の前の彼女だけでは無い。後ろの聖騎士達も【有り得ない】【なんて罰当たりな】と首を振り、こちらに非難がましい目を向けてくる。
おいおい。別に、誰がどう宗教と向き合っていても良いだろうよ?
そう思う蔵人に、聖騎士は侮蔑混じりの視線を投げつけて来た。
【貴女達の様な背徳者が、我々と同じ聖なる白を着るのは相応しくありません。是非ともこの場で脱ぎ捨てるか、改心して頂きたく思います】
言葉は丁寧でも、彼女達から感じる圧は有無を言わさない強い物だった。
随分と乱暴だ。己の価値観のみを押し付けていたら、争いは無くならないぞ?
蔵人はヤレヤレとため息を吐く。
すると、それを答えと受け取ったのか、聖騎士は【では】と話を進める。
【明日の試合。我々の勝利をもって、貴女達の装備を剥奪致します。そして、もう二度と白のユニフォームでファランクスに挑まない事を、ここに誓って頂きます】
そこまで言い切るか。
これは交渉ではなく、明らかな命令。
蔵人は目を細める。
【(高音)随分と横暴ですね。それを、貴女達の主はお許しになるのですか?】
【我々は主の代弁者、カーディナルシープです。主は言いました。私の他に神があってはならないと】
その文言は…確か、神の十戒。
と言う事は、こいつら排他主義なのか。
蔵人は口を噤む。この人達に何を言おうと、無駄だと理解したから。
すると、聖騎士達は満足したのか、【では、明日。審判を下しましょう】と一方的に宣って、踵を返して通路の向こうへと消えていった。
全く、宗教の強い国に来ると苦労する。
…いや、無宗教の日本に慣れすぎたのか。神様に祈らない国なんて、異世界含めて少数派だからな。
「なぁ、ボス。今のは何かあったんだろ?教えてくれよ」
緊張していた息を肺から追い出していると、鈴華が心配そうな顔で回り込んできた。
蔵人は小さく肩を上げる。
「ああ、まぁ、詳しくは今晩のミーティングで話そう。今はただ、次の相手が厄介だって事だけ知っておいてくれれば良いさ」
「アーメンなんて言ってる奴らだからな。そりゃ、厄介だってのは分かるぜ」
それも偏見だが、今回ばかりは鈴華が正しいな。
蔵人は、力なく頷いた。
すみません。また、明日に分割です。
「トラブル続きだな」
踏んだり蹴ったりな1日でしたね。
「いや、まだあるみたいだぞ?」
へぇ?