358話(2/2)~私は、セレナが嫌いだ~
本日は臨時投稿となっております。昨日も投稿していますので、ご注意ください。
いざ!異能力大国、アメリカへ!
そう意気込んで飛行機に飛び乗ってから、およそ8時間。
大勢の人達に送り出されて、最初はテンションが高かった桜城ファランクス部の面々だったが、その頃には完全に気持ちが地に落ち着いて、ビジネスクラスの大きな席でグデ~ンとなっていた。
そりゃ、1日の半分近くを鉄の塊の中で過ごせば、若い彼女達でもそうなるだろう。
蔵人は、部員達の様子を見回しながら、魔力も回す。
このような暇な時間にこそ、訓練をするべきなのだ。小さな積み重ねが、やがて大きな差になってくる。
流石に、機内で異能力は発動出来ないけれど。
そんな事をやっていると、機内放送で【まもなく着陸態勢に入ります】と声とテレパシーでアナウンスが入る。
蔵人は、窓側席に座る柳さんの前を失礼して、外の様子を眺めてみた。
そこには、黒戸の知らないアメリカの姿が広がっていた。
広大なアメリカ大陸は、史実よりも幾分か緑が多く、荒廃した砂漠地帯は小さくなっている気がする。
その緑の中には、日本やイギリスで見たよりも更に分厚く巨大な壁が聳え立ち、灰色の世界を二分していた。
これが、アメリカの特区。
蔵人は先ず、壁の中に目を凝らす。
東京特区にも負けない程に整備された都市には、東京特区に建っているよりも更に高く、そして奇抜な形をしたビル群が幾つも目を引き、その足元には巨大な公園やテーマパークが幅を利かせている。それら巨大施設の周りには、昼間でもネオンがキラキラ光る煌びやかな街並みが続いていた。
少し視線を動かすと、真っ白な高級住宅街も見える。一つ一つの家が巨大で、周囲をプールやヤシの木で囲っていた。位置的にも、あそこがビバリーヒルズで間違いないだろう。
それら美しく壮大な特区の中とは反対に、壁の外は薄汚れたビル群が目立つ。陽の光に照らされた街並みはスス汚れて黒っぽく、建っている建物の至る所に穴が開き、屋根が丸々吹き飛んでいる建物も珍しくない。道路は大きいが、その殆どはごみが散乱していて、壁には色とりどりの文字が書きなぐられている。
そんな街並みに眉を寄せていると、視界の端の方で小さな光がピカッ、ピカッと光った気がした。
何の光りだ?
不思議に思い、蔵人は目を凝らす。すると、そのすぐ近くで強烈な閃光が走り、そのすぐ後に太い黒煙が立ち上った。
爆発だ。
それを見た柳さんが、ポツリと呟いた。
「ロングビーチの方ですね。相変わらず、アメリカの海岸線は物騒なことで」
マジか。
蔵人は驚いて、再び窓枠に視線を戻す。
史実のLAロングビーチと言えば、比較的治安が良かった地域であった。だが、この異能力世界では治安が悪い地域となっている。
きっと、特区の壁が悪い物を全部外へと押し出してしまったのだろう。だから、史実では治安が最悪だったコンプトンやサウスロサンゼルスは綺麗な街並みになっていて、反対に海岸線エリアの治安が悪化している。
事前にある程度は聞いていたことだったが、まさか真昼間からドンパチをやっているなんて…。
アメリカは想定以上に治安が悪いのかもと、蔵人は「そうですか…」と気落ちした声を出した。
すると、柳さんがそれを慰めてくれる。
「大丈夫ですよ、坊っちゃま。LA特区の中でしたら、あの様なギャングの抗争は起こりませんから」
「おや?そうなんですね」
やはりあの光は、ギャング同士の縄張り争いだったらしい。
でも、特区の中は違うみたいなので、一先ず安心した蔵人。
だったが、
「ですが、夜の街は別の顔をしていますので、決して1人で出歩かないで下さいね?」
そこは、史実と同じらしい。
やっぱり、住むなら日本が一番だな。
最近薄くなっていた日本へのありがたみを、再認識した蔵人だった。
ロサンゼルス空港に降り立った蔵人達は、ベイカーさんに用意して貰ったホテルに向かうべく、白と青が目立つリムジンバスに乗り込んだ。
ホテルから出ている専用の送迎バスらしいが、まるでメジャーリーガーが使う超高級なバスだ。車体の横に〈ザ・ハリウッド・ルーズベルト〉と英語で書かれている気がするのだが…気のせいだよな?
「いやぁ〜。日本を出る時は凄かったけど、アメリカの空港は静かなものだったね」
バスに乗り込むと直ぐに、海麗先輩は嬉しそうに腕を伸ばす。
それは、蔵人もしみじみ思っていた事だ。久しぶりに、人の視線に晒されていない感覚に感動していた。
日本では、変装や変身しないで出歩こうものなら、視線という視線に貫かれ、針の筵にされていた。だが、ロサンゼルス空港ではそこまでの事にはならなかった。勿論、特区の中では珍しい男子だからと、チラチラ見てくる人は確かにいた。だがそれでも、黒騎士だ!海麗選手だ!と歓喜の声を上げて突っ込んで来るような人は誰一人としていなかった。
異能力大国アメリカにとって、遠く離れた島国での全国優勝など知ったこっちゃないのだった。
「知名度が無いと言うのは楽ですね。お陰で、僕も変身や変声をしなくて済むので助かります」
最近は、問答無用で巻ちゃんに変身していたが、女装に抵抗が無くなった訳ではない。出来る事なら、本来の姿で街を歩きたかった。
ロサンゼルス特区の中には、異能力の使用が制限される特別警戒区域があったりもするからね。男の姿で街に繰り出せると思うと、今から楽しみだ。
「はしゃぐ気持ちは分かるけど、明日は開会式だからね?ちゃんと休みなさいよ?」
部長に釘を刺されてしまった。
そう、明日はクリスタルエッグの開会式。出場するチームが勢揃いし、オープニングセレモニーやトーナメント戦の抽選会を行う。
実際の試合は明後日からだが、時差ボケもあるので体調を整えておいた方がいいだろう。
そうは分かっていても、バスの外から見えるLAの景色は見慣れない物ばかりで、それを見るみんなのテンションは上がりっぱなしだ。
「見て見て!道路が凄く広くて、いろんな標識が立ってるよ!走る車も、ビュンビュンって凄く速い!」
バスの横を次々と追い抜いていく車を、桃花さんが一生懸命に目で追う。
そんなに目を動かしていると、気分が悪くなるよ?
「おお、本当だな。しかも走ってるの高級車ばっかだ。フェラーリ…メルセデス…ランボルギーニ…あれなんてポルシェのスパイダーだぞ。あたしも初めて見る車種ばっかりだ」
「ハリウッドもビバリーヒルズも近いから、そこに住んでいる人達が乗っているのかもしれないわね」
鈴華ですら驚くレベル。流石はアメリカ2大都市。走っている車から、日本とはレベルが段違いである。
1台1億はする高級車なのに、それでぶっ飛ばすアメリカ人の神経も信じられない。俺なら擦るのが怖くて、家のガレージに展示するだけになりそうだ。
バスの横を軽々と追い越すブガッティを見て、蔵人は恐ろしいと首を振った。
と、その時、反対側の席で声が上がった。
「なんやろ?アメコミヒーローみたいな奴らが、隣の車線走っとるで」
「おおっ!本当だ!亀のヒーローがオープンカーに乗ってるぞ!映画の撮影か何かか?」
訝しそうに眉を寄せて見下ろす伏見さんと、興奮気味な声を出しながら座席で飛び跳ねる祭月さん。
その声に、蔵人も道路から視線を上げると、道行く看板の中に白い歯を見せつけるコスプレイヤー達が描かれているのが見えた。
映画の宣伝か何かか?
「あれは、アメリカのSランクヒーロー達ね」
「Sランクヒーロー?」
鶴海さんの言葉に、蔵人は首を傾げる。
そのヒーロー、怪人でも倒すんです?
「アメリカ国内には、20人以上のSランクが居るって言われているわ。その人達の中には、個人経営でNPO法人を立ち上げて、国内外で災害救助等のボランティア活動をしている人もいるのよ。そんな彼女達をみんながヒーローって呼んでいる内に、それが職業みたいになっているって訳」
「ほんなら、さっきの亀のコスプレイヤー達は、女優やのうてボランティアって事かいな」
「どうかしら?ヒーローの中には、イベントに呼ばれたり、映画に出演する人も多いみたい。だから、必ずしもボランティア活動中だとは限らないわよ」
「おおっ!やっぱり、あの4人組は女優だったのか。ならば私も、何処かで亀の甲羅を調達しないと…」
別に、アメコミヒーローに扮した所で、ハリウッドから声が掛かるとは限らんぞ?
慌てて途中下車しようとする祭月さんを羽交い締めにする伏見さんを見て、蔵人は小さくため息を吐いた。
そんな風に、車の中から見える景色だけでも、異文化を目の当たりにして驚いた蔵人達。
だが、本日から泊まるホテルの前に着いた途端、そんなことを忘れるくらいに衝撃を受けた。
「これが…僕達の泊まる…ホテル…」
「凄く…大きいわね…」
「なんちゅう馬鹿でかさや。ホンマにこれ、ホテルなんやろか?」
リムジンバスが着いたのは、真っ白な高層ビルが連なった建物のエントランス。そのエントランスでさえ、LA空港の物と大差ない程に大きなものであった。バスが4台並んでもまだ余裕って、どんだけ広い玄関なんだよ。
バスを降りると、目の前ではホテルのスタッフが一列に並んで挨拶をして、バスの運転手から部員達が荷物を受け取ろうとすると、すかさずその荷物を横からかっさらい、ホテルの中へと運んで行った。
流れるようにスマートな動作に、部員達は半分口を開けたままに彼女達の働きぶりを見守るだけになっていた。
流石は最高級のホテルだ。従業員の態度も、日本の高級宿と比べても遜色ない。寧ろ、こちらの方が懇切丁寧に対応してくれているくらいだ。
そう思ったが、
「お姉さん、あんがと!」
【まぁ!可愛らしい男の子ね。お名前は?何泊する予定なの?】
向こうの方で、慶太がホテルの従業員にナンパされかけていた。
無防備な慶太が、馬鹿正直に答えようとしていたところ、後ろで構えていた巴さんが阻止してくれて、彼をホテルの中に避難させていた。
助かった。
そう思うと同時に、蔵人は不思議に思う。
イギリスのホテルでは、こんな事は起こらなかった。確かに、ホテルの従業員が我々男子を特別扱いしていた部分あったけど、少なくともナンパはされなかった。これが、アメリカとイギリスの違いだろうか?こっちはそれだけ、オープンな文化なのかも知れない。
気を付けないとな。
そう思った蔵人の目の前で、
「へい!そこの綺麗なお姉さん達!迷子の俺に、このホテルの中を案内してくれないかい?」
【まぁ、この子もしかして、私達に声かけてくれてるの?】
【夜のお誘いって事?日本の男の子って、積極的なのね】
サーミン先輩が、女性従業員達をナンパしていた。
…この人は、常にオープンだったな。
お国柄とか、人種とか、大きくカテゴライズしたくなるけど、結局は個人の問題なのかもしれない。
「うぉおお!広い!デカイ!なんか天井も床もキラッキラッしてるぅう!」
「走ったらダメだよ!さっちゃん!」
ホテルの中に入ると早速、祭月さんが暴走する。
広々としたロビーを駆け回り、そこに置いてある調度品やソファにダイブしたり、大きな窓ガラスに張り付いて外を眺めていた。
「おい!みんな凄いぞ!プールだ!ホテルの中にプールまであるぞ!水着持ってきて良かったぁあ!」
「はしゃぎ過ぎやで、祭月!あと、なんで水着なんて持ってきとんのや!」
「おいおい、ガキ共!まだチェックインしてねぇんだから、勝手に中入るんじゃねぇ!橙子、あのやかましい奴の首根っこ押さえとけ」
「はっ!承知致しました!」
大野さん達が慌てて祭月さんを追う。護衛なのに、祭月さんの保護者みたいになってる。
橙子さんに捕まった祭月さんは、それでもキラキラした視線を周囲に振りまいて、落ち着きなく手足がバタついていた。
…うん。その手を離さないで下さいね、橙子さん。なんなら、そのまま手を首輪に変身させて下さい。
「騒がしい子ね。これなら、美来の方がお姉さんに見えるわ」
「ちょっと、恵美!それってどういう事なの!?」
やれやれと零した恵美さんの愚痴に、美来ちゃんが頬を膨らませる。
「私の方が1つ年上なんだから、当たり前の事でしょ?」
「普段のアンタを見てると、言動が幼くて忘れちゃうのよ。アンタが中3だって事」
うむ。確かにそれはある。彼女と部長が同い年なんて、違和感しかない。
周りがお姉さんばかりだから、自然と妹キャラになってしまっているのだろうけど。
「それに、そこに立ってる黒騎士選手もアンタの1つ下よ?彼に向かってお姉さんだって胸張って言える?」
「ぐぅぅう…」
美来ちゃんが悔しそうに唸り、こちらを見上げてくる。
それに、蔵人は頭を下げる。
「よろしくお願いします。美来先輩」
大丈夫ですよ?黒戸爺さんじゃない時は、しっかりと先輩扱いしますので。
そんな思いを込めると、美来ちゃんの表情は元に戻った。
「あれ?」
と思ったら、首を傾げた。
なんでしょう?
「黒騎士選手も未来が見えないね。お爺ちゃんみたい」
うぉおお!ヤバい!
蔵人は固まり、内側は心臓バクバクだ。
プレディクション。未来視能力をいつの間にか使われていたみたいだ。
そして、黒戸爺さんと同一人物なんだから、見える未来も同じ訳で…。
「み、美来さんは未来視の異能力者なんですね。未来が見えない人って、珍しいのでしょうか?」
蔵人は平静を装い、探りを入れる。
すると、美来ちゃんは小さく首を振った。
「ううん。極たまにいるよ。お爺ちゃんとかお婆ちゃんに多いかな?」
「はは、僕は老けて見られますからね」
自虐ネタで回避しようとする蔵人。
でも、美来ちゃんは「老けてると言うより、紳士的って感じかな?」と言いながら、鋭い視線を向けてくる。
この目は危ないな。これ以上会話が広まるのを阻止せねば。
何とか糸口が無いかと周囲をチラ見していると、
「うん?ぬぉおお!」
橙子さんに摘ままれた祭月さんが、新たな獲物を見つけて咆哮を上げた。
彼女の視線の先を探ると、そこには大型テレビが置いてあり、その中では何処かのライブ会場が映し出されていた。
「セレナだ」
セレナ。
桜城の生徒会選挙に、ビデオレターを送ってくれた歌手だ。
確か、アメリカの歌姫って言われてた人だよな?
橙子さんに監視されながら、祭月さんがフラフラとテレビの前に移動する。
蔵人達も、それに連れられて彼女の後ろに並ぶ。
テレビの中では、何万人もの観客が舞台の上で踊るセレナに熱い声援と拍手を送っていた。
「すげぇ人気だな」
「せやな。アメリカの歌姫言われるだけはあるわ」
「CD売上も1位なんだって。お姉ちゃんもいっぱい持ってるよ」
桃花さんのお姉さんは凄いな。確か、ステップ×ステップのファンだとも聞いていたけど?
「あら?どうしたの?祭月ちゃん」
鶴海さんの声で祭月さんを覗き込むと、そこには難しい顔をした祭月さんがいた。
さっきまで輝いていた目の光も、その厳しい視線の中に埋もれてしまっている。
「私は、セレナが嫌いだ」
「えっ」
蔵人は驚いた。
いつもポジティブシンキングな祭月さんから、そんな言葉が出るとは思わなかったから。
だから、彼女の真意を問う。
「どういう事だ?祭月さん」
「…最近のセレナの歌は、薄っぺらくなってるんだ。前の彼女はもっと熱くて、なにかこう、押し寄せる物があった。でも、今のセレナにはそれが無い。ただ声を張り上げているだけ。昔みたいに、輝いていない。だから私は、今のセレナが嫌いだ」
なるほどね。流石は、音楽ガチ勢の祭月さん。
蔵人はテレビに視線を戻す。そこには、大衆に手を振るセレナの姿があった。
でも蔵人には、それが救助信号を送る遭難者の様に映った。
彼女の硬い表情は、あのビデオレターの時から何ら変わっていないように見えた。
音楽の話は、私にはちょっと…。
「戦闘用だからな、お前は」
文才もないんですけど?
「やれば出来るということだ」




