358話(1/2)〜人は進化し続けるんだ〜
「それじゃあ、爺さん。俺達がいない1週間、家の事を頼むぜ」
「アメリカのお土産いっぱい買ってくるからね、お爺ちゃん」
「(低音)はい。皆さんお気を付けて」
音切荘の面々が玄関先で手を振るのを前に、蔵人は恭しく頭を下げた。
大野さん達はこれから、黒騎士の護衛としてアメリカに飛ぶ。
勿論、蔵人もこの後すぐに家を出て、桜城のみんなと同じ便に乗るのだが、それを知っているのは限られたメンバーだけだ。そのメンバーではない恵美さん達は、黒戸爺さんが家をお掃除しながら待っていると思っている。なので、蔵人はこうして、彼女達を見送る演技をしていた。
「楽しみだなぁ、みんなとの旅行。沖縄は一緒に行けなかったから」
「旅行じゃないわ。任務よ美来」
「私は違うもん」
ウキウキで家を出ていく美来ちゃん。その姿は何処か、修学旅行へ向かう学生の様にも見える。
彼女達の背中が扉の向こうへ消えると、蔵人も急いで荷物を引っつかみ、残ってくれていた橙子さんと一緒に家を出る。
「では、出発致します。黒戸様」
「(低音)お願いします。橙子さん」
「なんや、これ…」
学校から空港までを、桜城専用のシャトルバスで移動していた蔵人達。
揺られ揺られて1時間程で、無事に空港へと到着したのは良かったが、その車窓から外を見た伏見さんが掠れた声を出した。
それに吊られて、トランプで遊んでいた蔵人達も窓に身を寄せる。
すると、そこから見えたのは…。
「「「わぁあああ!」」」
人、人、人。
空港の周りに、大勢の人が詰め掛けていた。
彼女達の服装は、旅行者とは思えない一般的な物。中には、何かが書かれた横断幕やプラカードのようなものを掲げる人や、ピンクや黄色の派手な団扇を二刀流で振り回している人も居た。
何かのデモ…とかではないと思う。彼女達の様子は、そこまで殺伐とした雰囲気でもなさそうだから。
「すっごい人だね。何かのイベントかな?」
「有名人でも来てんじゃねぇかぁ?」
「アホ抜かせ。大スターがここに居られるやろが」
桃花さんと鈴華に、伏見さんがこっちを指さす。
それを受けて、蔵人は深く項垂れる。
伏見さん。きっとそれが正解だ。
そう思って。
そして、バスが空港の入口に停り、みんなが外へ出ると…。
「「「きゃーぁああ!!!」」」
「「黒騎士様よぉ!」」
「「「黒騎士さまぁああ!!」」」
黒騎士の大合唱が始まった。
こうなるかもしれないと予測していたので、蔵人はバスを降りる前に装備を着こんで顔を隠しておいた。それでも、この反応である。
まぁ、今着ている装備は新品で、背中に大きく〈96〉の文字が書かれているからね。一発でバレるのは仕方がない。だが、何処からこの情報が漏れたのだろうか?
蔵人はチラリと後ろを見る。すると、そこでは首を小さく振る若葉さんの姿があった。
うん。君が発信源な筈はないよね。きっと、人伝に広がっていったんだろう。アメリカに招待された場面自体は大勢が見ていたからな。
蔵人は諦めて、空港の入口へと進んでいく。周囲は空港のガードマンが押さえてくれているから、今すぐ彼女達が雪崩込んで来る事は無い。でも、長居は危険だ。彼女達の熱意は、いつ崩壊するか分からない勢いを内包しているからね。
蔵人達は、大野さん達護衛に促されるままに、空港の入口へと吸い込まれて行った。
「「「きゃーぁああ!!」」」
「美原選手が来たわよ!!」
「「頑張ってください!美原選手!!」」
「「うららぁ!こっち向いてぇえ!」」
蔵人が通り過ぎると、今度は海麗先輩のコールが始まった。
凄い人気だ。同性でも、全日本での功績があると人気の度合いが桁違いになるみたいだ。
「いやぁ。凄い人の数だったねぇ~」
スコールから逃げてきたみたいに、海麗先輩は頭の天辺を手で隠しながら空港の入口を潜ってきた。
分かりますよ、その気持ち。
蔵人は頷きながら、彼女を迎える。
「凄い人気でしたね。海麗先輩が通った時、小さなウェーブが起きてましたよ」
「全日本で顔が売れたからね。その後でも、ちょいちょい雑誌の取材を受けてたし」
その雑誌は、自分も読んだことがある。
有名雑誌の数ページを飾ることになった特集は、、海麗先輩の強さの秘訣だとか、普段の生活についてだとかが事細かく書かれていた。その端々に、桜城ファランクス部での訓練についても触れられていた。
「もしかして、その記事を皆さんも読んでいたから、こんな事になっているんでしょうか?」
まるで、世界的アーティストの来日かってくらいの人だったからね。無名だった黒騎士と美原海麗の2名が突如、全日本の決勝戦に現れて、レベルの違う試合を見せつけた。それを見て、桜城ファランクス部には何かあるのではと思った人達が、こうして集まってきたのでは?と蔵人は考えた。
その質問に答えたのは、こちらにカメラを向けていた敏腕記者だった。
「それもあるけど、きっと2人が海外遠征をするって噂が立ったからだと思うよ」
若葉さんが言うには、黒騎士達がこのアメリカツアーを足掛かりに、海外進出するのでは?という憶測が立っているらしい。
全日本選手権で、あれ程の熱戦を繰り広げた選手であれば、異能力大国アメリカでもやってくれるだろう。そんな期待も込めて、みんなはここまで見に来たんじゃないかと若葉さんは言う。
「あ〜、確かに。取材を受けた時も、やたらとその手の質問が多かったよ」
海麗先輩は以前から、海外進出をしないのか?と期待の目を向けられていたらしい。
きっと、彼女レベルの強さであれば、そうするのが普通なのだろう。異能力後進国である日本で活動するより、アメリカ等の先進国で活躍してオリンピックを目指す。それが、王道の成り上がりストーリー。
「なるほどね。所で若葉さん。君も我々と同じ便に乗るのかな?」
「当然だよ。私は桜城ファランクス部の専属カメラマンだからね!」
胸を張って自慢気に言い放つ若葉さん。彼女の旅費も、向こう持ちにしているらしい。
本当に、ベイカーさんは太っ腹だな。
「(高音)お前ら、あんまり離れるな」
蔵人達が話し込んでいると、大野さんが蔵人と海麗先輩の背中を押した。
「(高音)お前らはただ有名人ってだけじゃなく、類まれなる覚醒者だ。日本では勿論、向こうでも細心の注意を払うんだぞ?」
うん。そうであった。海麗先輩はAランクの覚醒者。公になっている中では、史上初となる奇跡の人だ。
そして、それを倒した自分も、それ以上に狙われ易い立場であろう。
握手を求められるだけなら良い。だが、命が狙われる可能性もある。
「いざと言う時は、よろしくお願いしますね、大野さん」
「(高音)そうならねぇ様に、てめぇらも気を付けろって言ってんだがなぁ…」
やれやれと言うように、肩を上げる大野さん。
その後ろから、レオさんがグッと顔を出してきた。
「オレは構わないぞ。誰が来ても、俺達が叩き潰すからな」
過激だけど、頼もしい発言だ。
「ありがとうございます。レオさん」
「ただし、てめぇも参戦しろよ?いや寧ろ、お前らが俺の相手をしてくれてもいいんだぜ?黒騎士。それと海麗選手」
「ええぇ…私も?」
好戦的なレオさんに、海麗先輩もタジタジだ。
でも直ぐに、大野さんが「(高音)遊んでねぇで仕事しろ!」とレオさんの首根っこを摘み上げ、連れて行ってしまった。
猫の親子みたいだ。
それを見て、海麗先輩はクスクスと笑った。
「仲が良いね、蔵人君の護衛さん達。蔵人君とも親しげだったし」
「ええ。接点が多いので」
一緒に暮らしているからね。
空港の中も、多くの人達でごった返している。その大半が、蔵人達を見送るファンであった。
彼女達が持つプラカードには〈★祝☆!海外進出!〉とか〈優勝!桜城ファランクス部!〉とか書かれており、そちらに視線を送ると嬉しそうに左右へ振っていた。
若葉さんが言ってた通り、海外での活躍を期待されているみたいだ。
「「頑張って!桜城!」」
「ひゃぁ!あ、ありがとぉー!」
声に驚きながらも、桃花さんが一生懸命に手を振り返す。
可愛らしい。
「みんな!ありがとう!ありがとう!私は必ず向こうでも成功し、ハリウッドスターになって帰ってくるぞ!」
「何のためにアメリカ行くんや!自分!」
全くその通りだ。伏見さん。
でも、祭月さんのマイペースさが、若干羨ましくも思えた蔵人だった。
そんな感じで、桜城選手団は登場ゲートまでの道のりを多くの来場者に祝福さられながら進んでいく。
すると、そんなお見送りの中に、異質な集団の姿が見えた。真っ白な白衣を着た、マッドサイエンティストの集団だ。
「丹治所長!」
「おおっ!黒騎士君!」
蔵人は手を振りながら、その集団に近付いた。すると、先頭に立っていた丹治所長が、愛おしいそうに蔵人へと手を伸ばしてきた。
「戦う前から、我らが最新鋭機を装備してくれているのかい?素晴らしい心がけだねぇ」
…勿論、彼女が向けてくる熱烈な視線は、蔵人が今着ている鎧に向けての物だ。こいつは、彼女が丹精込めて制作してくれた努力の結晶だからね。
グレイトシリーズ最新鋭機、グレイト12。
前世代型のダブルワンに比べて、機動性と頑丈さを追求した逸品だ。風を噴出する機能や、異能力弾を発射しやすい様にと薄くしていた部分を無くし、純粋な鎧としての防御機能を向上させている。
ダブルワンが4大属性専用のパワードスーツだとしたら、リンカーは無属性向けのスーツとも言える。
無属性の蔵人からしたら、とても有難い仕様変更だ。白地だが、黒いマークが迷彩の様に入っているのもポイントが高い。
「気心地はどうだい?以前君が来ていたワンオーVer.2に比べて、随分と軽くなっているだろう?」
「ええ。それに加えて、断熱性能も素晴らしいです。ファイアランスが掠めても、熱さを全く感じませんでしたから」
試しにファランクス部のミニゲームで着用してみた所、秋山先輩のファイアランスが掠っても、普段よりもダメージを受けなかったのだ。
「それはねぇ、リンカーが君達のユニゾンを参考にしているからだよ」
丹治所長は、蔵人と慶太を交互に見ながら得意げに言う。
なんでも、このリンカーの中にはエアロゲルが入っており、熱と衝撃を吸収してくれる作りになっているそうだ。
イギリスのコンビネーションカップの話を聞いて、その発想に思い至ったとか。
「流石ですね、丹治さん。海外の情報までご存じとは」
「偶々さ。たまたま、私達の技術が海外でも使用されたと耳に挟んでね。どんなものを作ったのかと思って調べてみたら、ワンオーと同じ道を辿っているじゃないか」
ぐっ。
確かに、ワンオーもエボルブも、胴体に大穴を空けて倒してしまった。どちらの場面も必死だったが、生みの親からしたら堪ったものでは無いだろう。
「済みません…。2度もワンオーを…」
「謝る必要なんて何処にもないさ、黒騎士君。我々の研究は、まだまだ完成していない。ワンオーだってダブルワンだって、私からしたら通過点でしかないんだよ。実験に失敗は付き物。その失敗から更に良い物が出来上がっていくから、人は進化し続けるんだ」
蔵人の謝罪を軽く跳ね除けた丹治さんは、蔵人の着る鎧に人差し指を向ける。
「勿論、そのグレイトリンカーも同様さ。我々にとっては新たな試作機。仮令、アメリカでの激戦で壊れたとしても、どんな攻撃で、どんな状況で限界を迎えたのかを知ることが出来る。データが揃えば、次のグレイトシリーズに繋がっていく。だから、遠慮せずに思う存分に使ってくれ」
「それは、肩の荷が下りた気分です」
最新鋭機を壊した!と泣かれてしまっては、日本に帰るに帰れないからね。
蔵人が冗談っぽく言うと、丹治所長は真面目な顔で頷く。
「試作機とは言え、リンカーは従来品とは比べ物にならない程、頑丈に作っている。ランパートの多重構造に、バジリスクの技術を取り入れた最新機種。言わば、君が歩んだ軌跡のパワードスーツさ。兵器大国アメリカの装備と比べてみても、その子が劣っているとは思えない。必ず、君の役に立つと保証するよ」
「俺の技術が入っている…ですか」
蔵人は右手を見つめ、強く握る。
自分の異能力が、こうして形になっている。そう思うと、この鎧がただの金属には思えなくなってきた。
もう一つの体が、ここにある。
そう思うと、身が引き締まる思いがした。
「ありがとうございます、丹治所長」
「お礼を言うのは私の方さ。君のお陰で、グレイトシリーズの人気はうなぎ登り。我が研究所も、陸軍というこの上なく大きな顧客を抱える事が出来た。君には、感謝の言葉も見当たらないくらいだよ」
聞いた話、彼女達つくば研究所は、今年度から軍との共同開発を行うらしい。研究費用は勿論の事、資材や一部の軍事技術等も提供されるのだとか。
中学生の頃から大学や企業とも提携していたとは言え、高校生になったばかりの子がこうして日本の最先端を走っていると思うと、彼女達の白衣がとても眩しく見える。
凄い人だ。こんな凄い人が作ってくれたスーツが、アメリカで通用しない筈がない。
必ず、勝って帰って来よう。
そう思い、自然と背筋が伸びた蔵人。
手を上げて、見送りに来た人達に挨拶をする。
「行ってきます!」
「ああ、存分に活躍してきてくれたまえ、黒騎士君。我々もここから、君達の活躍を祈る事としよう」
「はいっ!」
「「「わぁああああ!!!」」」
「「「くっろきし!くっろきし!」」」
みんなに見送れらて、蔵人達は旅立つ。
異能力大国、アメリカへと。
長くなりましたので、明日に分割致します。
「最近、多いな」
あまり長くなっても、読み辛いかと思いまして。