357話(2/2)~明らかにオーバー配置だよ~
※臨時投稿です。昨日も投稿していますので、ご注意ください。
「どこまで続くか、見ものだけどな!」
こちらへとゆっくり歩いて来た東小路さん。肩を回し、随分と隙だらけな様子であったが、突然、前かがみになって走り出した。
その姿に、隙は消えた。
鋭く走り込んできた彼女は、射程に入ると同時に拳を振り上げる。その拳には、青く輝く炎が灯っていた。
魔力を集中して、攻撃力を上げているみたいだ。その技術力は高く、他の人達とは格が違った。
まぁ、あくまで中学1年生として見れば、ではあるが。
蔵人はその一撃に、ランパートを解除する。
それに、東小路さんは口を少しだけ歪めた。
己の拳が、Cランクの盾を易々と破壊した…とでも思っているのだろう。嬉々として迫ってくる彼女。
だが、蔵人はその拳を、龍鱗を纏った手の甲だけで軽く弾いいてみせた。
それだけで、彼女の拳は大きく逸れてしまう。
「なっ!」
東小路さんは、驚きで目を丸くする。
いとも簡単に攻撃を防がれて、驚きで体が硬直していた。
その彼女の腹部あたりを、蔵人は軽く蹴り飛ばす。
「がぁっ!」
「う~ん…遅いですねぇ。これでは、Bランクの盾役にもバッシュを打たれてしまいますよ?」
床上を盛大に転がる東小路さんを見下ろして、蔵人はため息を吐く。
予想外の攻撃を受けたにしても、こんな大きな隙を作るとはいただけない。一条家の護衛と聞いたから、もう少し出来るものと思ったのだが。
無理やり上げていた気持ちが沈み、小さく首を振る。
そして、視界に入ってきた茶髪の女の子に目を止める。
「お暇でしたら、貴女もどうぞいらして下さい」
東小路さんを助け起こしに来た土居さんにも、蔵人は声を掛けた。
このまま続けたら、片倉さんの二の舞になってしまうからね。それに、ついこの間アグレスと戦ったばかりだから、余計に飢えを感じる。2種類のAランクが合わされば、もう少し見ごたえのある試合を見せてくれるのではと思った。
蔵人の誘いに、一瞬迷った様子を見せる土居さん。だが、直ぐにこちらに向き直り、厳しい目を向けてきた。
「そうですか。では、遠慮なく行きますよっ!」
土居さんは深く構え、周囲に幾つも土塊を出現させる。そして、それを一斉に放ってきた。
数の割に、なかなか早い発動。幼いながらも、一条家の護衛を任される訳だ。
そう思いながら、蔵人は瞬時に水晶盾を展開し、全ての盾に角度を付ける。そうすることで、Bランクのロックブラストを格下の盾で受け流した。
自身の得意技をあっさりと対処されて、土居さんは眉を寄せる。少し険しい表情のまま、両手を頭の上に掲げた。
「なら、これはどう対処しますか?」
彼女の膨大な魔力がそこに集積し、大きな岩を作り出す。
メテオストライク。ソイル系の大技だ。
時間は掛かっているが、そんな物まで作り出せるのは、それなりに優秀。
文化祭前の片倉さんくらいの実力だ。
蔵人は土居さんの評価を少し上げてから、目の前にランパートを作り出す。彼女の実力が未知数なので、とりあえずもう2枚追加して、トリオ・ランパートにしておく。
さて、どれ程の力があるか。
構える蔵人。その3重の守りに向って、
「えいっ!」
土居さんが、大岩を投げつけてきた。
大型トラックくらいにまで成長した大岩は、勢いよくランパートとぶつかり、ズシンッと重い衝撃を訓練棟中に響かせた。
だが、三重奏で待ち構えていたランパートは、少し凹んだところで持ちこたえた。直撃を受けた1枚目のランパートも、破れた様子はない。
勢いを失ったメテオストライクは、ランパートの表面を滑りながら床へと落ち、ひび割れた後に消えてしまった。
「そんな…」
殆どダメージを負っていない盾を見て、土居さんが目を見開いて驚く。
ランパートは表面が水晶盾だから、余計に驚いているのだろう。
彼女達は、昨年の全日本を見ていないのかな?
ショックで佇む土居さんを見て、蔵人はゆっくりと手を伸ばす。
すると、その視線の端っこで赤髪がチラリと映り込んだ。
東小路さんだ。
土居さんの一撃を防いでいる間に、すぐ近くまで接近していた。
片倉さん達みたいに奇声を発すること無く、淡々と相手の懐まで潜入していたのだった。
その点は評価できる。
だが、
「足音も抑えるべきでした」
蔵人は近付かれる前から、彼女を感知していた。
功を焦ったのか、足運びが雑となって音を生んでいた。加えて、相手の死角も把握出来ていなかったから、視界にも入ってしまった。
なので、東小路さんが奇襲を仕掛けようと拳を振り上げた時には、既に蔵人も構え終わっている状態であった。
「実に惜しい」
「ぐっ」
背後から迫ってきていた東小路に、蔵人は振り向きながら体を沈みこませ、その勢いで右足のローキックを放った。鋭い薙ぎ払いで足を掬われた彼女は、バランスを崩して倒れそうになる。そこに、蔵人は立ち上がりながら肩で体当たりをかまして、彼女の軽い体を吹き飛ばした。
「ぐふっ!」
ゴロゴロと床を転がる東小路さん。だがすぐに、その転がる勢いを使って立ち上がった。
ほぉ、受身もなかなかに見事だ。護身術も習っているのか、そこら辺の技能は光るものがある。
感心する蔵人。だが、手は緩めない。後退した彼女を追うように走り出す。龍鱗の力も借りて、一瞬で間合いを詰めた。
それを見て、東小路さんの顔が引き攣る。
だが、
「させない!」
今にも襲いかかろうとした蔵人に対し、東小路さんの後ろに立った土居さんが、分厚い土の壁で2人を隠した。
メテオストライクに比べ、土壁はかなりの速度で出来上がった。彼女、元々防御寄りの異能力者だな?
2人の特性を把握しながらも、蔵人は右拳に盾を集めていた。
その盾を、回す。
高速回転させる。
その右拳で、土壁を殴った。
ギュウウウウウウウッ!
土壁はなかなかに分厚く、蔵人の右腕はみるみる埋もれていく。
こいつは、拳だけでは貫通出来ないな。
そう判断した蔵人は、周囲にホーネットを作り出し、土壁の至る所から掘削を始めた。
すると、
ドゴッ!
漸く、土壁が崩壊した。
「なっ!」「えっ!」
その土壁の後ろに隠れていた2人は、驚きの表情で固まった。
かなり分厚い土壁だったからね。まさか正面から突破してくるとは思っていなかったようだ。
「くっそ」
思考が追い付き、こちらに手を伸ばそうとする東小路さん。
その手を、蔵人は蹴り飛ばす。態勢を崩した彼女に向って、右手のドリルを突き付ける。
彼女の顔面スレスレのところで、ピタリと止めた。
「うっ…」
目の前に凶器を突き付けられた東小路さんは、咄嗟に避けようとする。
だが、彼女の動きはすぐに止まる。
彼女達の周囲は、既にホーネットに包囲されており、身動きしようものなら蜂の巣にされると理解したからだ。
身動きが取れなくなった2人から、力が抜ける。沸々と湧いていた魔力の勢いが、なくなった。
戦意喪失と見て、蔵人はホーネットを消し、ドリルを引っ込める。すると、彼女達は崩れるように座り込んだ。
魔力欠乏症ではないだろう。彼女達の顔色は、そこまで悪くはない。
力なく倒れた2人を見下ろしながら、蔵人は回転を止めた右腕を見せつける様に持ち上げる。
「悪くない動きでした。御二方とも、光る物を持っています。しかし、まだまだ荒削り。優秀な師を持つからと驕るのではなく、貪欲に技巧を磨いて頂きたく思います」
蔵人の上から目線に、しかし、倒れたままの2人は反発しない。信じられない者を見るような目で、ただこちらを見上げるだけだ。
そんな可哀想な2人に、蔵人はドリルを解除した右手を差し出す。
「もしも、貴女達にその気がお有りでしたら、我々もお手伝い致しますが?」
蔵人の申し出に、2人は顔を見合わせる。
一条家の護衛というプライドと、今目にした異能力の可能性との間で、心が揺れ動いている様だった。
でも、直ぐに決めたようだった。
蔵人の右手に、2人の手が静かに乗った。
「しかし。本当に良かったのかよ?あんな性格悪い2人を入部させちまって」
選考会終了から少し経ち、3つに分かれていたチームが合同で練習を行っていた。
その最中、蔵人の隣に並んだ鈴華が、口を尖らせて聞いてきた。彼女の視線の先には、ミニゲームに参加する東小路さん達の姿があった。
2人とも、同じチームの先輩達が出す指示に従っており、先程までの反抗的な態度は見られない。東小路さんは遠距離役として火炎弾を放ち、それを土居さん達防御役が受け止めていた。
「ああ。もう調和を乱す様な事は言わないだろう。言えば、また高くなった鼻を伐採するのみだからな」
蔵人が意味深に笑うと、鈴華は「そしたら次、あたしの番だかんな!」と意気込み、その横で桃花さんが「喧嘩はダメだからね?」と心配そうに鈴華の袖を掴む。
そんな蔵人達の後ろから、静かな声が上がる。
「厳しくしてくれて構わない、先輩方。あいつらがまた無駄吠えする様なら、十分に躾てくれ」
蔵人達のすぐ後ろで特別レッスンを受けていた透矢様が、額に汗を流しながら許可を下さった。
「おいおい。飼い犬ってのは、飼い主のお前が躾けるもんだろ?」
ちょいと鈴華さん?口調がフレンドリー過ぎやしないか?
蔵人は慌てるも、それを受けた透矢様は、少し眉を下げるだけで怒った風はなかった。
「飼い犬ではない。あの2人は、叔父上から借りているだけだからな。直接の雇い主ではない俺では、とても手に負えん」
ディさんかよ!またこっちに教育役を投げ付けて来やがったな、あの人。
蔵人は、あの食えないお人の顔を思い浮かべて、肩を落とした。
「蔵人ちゃん達。おしゃべりはそこまでにしてね?透矢様も、もっと集中なさってください」
「むっ。失礼した、鶴海先輩」
透矢様の前に立つ鶴海さんが、いつもより少し厳しめの目で透矢様に指摘していた。
彼女は今、彼の指南役として彼の前でアクアキネシスを使っている。
彼の異能力は、鶴海さんと似ているからね。彼女が指導した方が早いと思って特別レッスン頼んでいた。
…今のところは、異能力を発動させながらヨガをしているだけに見えてしまうが。
「はいっ!一年生のミニゲームは終了!次はCECチームのミニゲームに移るよ!」
「よしっ。漸くあたしらの番だな」
疲れた顔の1年生と代わり、鈴華が意気揚々とフィールド入りする。
気合が入っているのは良いが、俺の腕を掴みながらステップを踏まんでくれ。ジャージがヨレてしまう。
「うおっ、なんか、相手がヤバいことになってるぞ!」
「うわぁ。これ、明らかにオーバー配置だよ」
フィールドに入った途端、祭月さんと桃花さんが顔を引きつらせる。
その視線の先には、肩をグルグル回す海麗先輩と、髪の毛でクルクル指遊びする河崎先輩。妖艶にほほ笑む久遠先輩と、優しい聖母のような笑みを浮かべる島津巴先輩が居た。
Aランク4名と控え選手の混合チーム。そんなドリームチームが、蔵人達の目の前でミニゲーム開始の合図を待っていた。
こいつは、アメリカチームを相手にするよりもヤバくないか?
「良いじゃねえか。すげぇ楽しそうだぜ」
「せやな。これくらいやないと、うちらの相手にはならんやろ」
相変わらず、鈴華と伏見さんは好戦的だ。
彼女達2人のお陰で、後ろでしり込みしていた選手達も踏みとどまった。
「試合時間は10分!高校生チームは私が指示を出しますんで、CECチームは鶴海さん、お願いね!」
「分かりました!」
「他の部員や一年生のみんなは、しっかりと見学するように。二度と見られない試合になると思うから」
「「はいっ!」」
「「「はーーい!」」」
「それでは、ミニゲーム開始!」
ピィイイイ!
部長の笛の音が響き、目の前には土の壁が幾つも生成される。
巴先輩のソイルキネシスだ。
遠距離攻撃を叩きこもうとしていた秋山先輩達だったが、それを先手で潰されてしまった。
そして、その壁の隙間から、小さな影が躍り出てくる。
半透明の狐。久遠選手のクリエイトアニマルズだ。
「シールド・ファランクス!」
蔵人は前面に水晶盾を並び立てて、中立地帯からこちら側を堰き止める。それだけで、狐達は立ち往生した。
「いっけぇ!」
加えて、慶太のミニゴーレムも迎撃に向かい、狐達の襲撃は潰した。
だが、それで相手が止まることはない。すぐに、久遠先輩の鹿軍団がシールドファランクスの前に並び立ち、盾に向って頭突きをかましてきた。
加えて、
「不味いわ!海麗先輩が近づいて来ている!」
鶴海レーダーが、強敵を察知した。
「鶴海さん。先輩は何処から来る?」
「中央より少し左翼側の、そう、そこよ」
ふむ。この盾か。
蔵人は横を向いて、親友と頷き合う。
「行くぞ慶太。全力でユニゾンだ」
「おー!」
慶太とユニゾンして、海麗先輩が来る方向の盾を強化する。ついでに、ありったけの魔力で2重のランパートに仕上げた。
すると、
ズゴッ!
強化した盾が、大きく歪んだ。そして、そこから海麗先輩の笑顔が見えた。
おいおい。慶太とユニゾンした強化ランパートだぞ?Sランク並みの攻撃力が敵に回ると厄介過ぎる。
蔵人は慶太との手を離して、代わりに鈴華の手を取る。
さぁ、行くぞ。暴れん坊。
「行くぜ!メタルストライク!」
シールドファランクスを破った海麗先輩に、鉄盾の雨が降りしきる。
だが、その暴力的な雨も、海麗先輩の回し蹴り一発に振り払われてしまう。
本当に桁違い。彼女だけで、1つのチームを壊滅出来るレベルだ。
「甘いぜ!先輩!」
しかし、こちらも規格外。鉄盾を弾くために使った海麗先輩の魔力を、鈴華が引き付ける。
操る。
「おおっ!凄いね鈴ちゃん。私と、力比べをしようなんて」
「先輩の腕力と、あたしの磁力。どっちが強いか勝負だ!」
楽しそうに声を上げる鈴華。
それは良いんだけどね、海麗先輩ばかりを相手する訳にもいかないみたいだぞ?
蔵人が視線を上げると、そこにはこちらを見下ろす複数の影があった。
「今度は油断しないわよ、お二人さん」
「仲良さそうやねぇ。妬けてまうわ」
リビテーションで空を飛ぶ河崎先輩と、大鷲に乗る久遠先輩だ。久遠先輩の周りには、小鳥の大群もスタンバイしていた。
こいつは、思ったよりも本格的な訓練になりそうだ。
蔵人は、迫り来る強大な敵を前に、冷や汗を流した。
「凄い戦いだったね!」
「あんなに高度な技が連発するなんて、プロでもなかなか無いよ!」
特別ミニゲームが終わると、周囲には興奮冷めやらぬ空気が充満していた。
特に、本格的な試合を見たことがない1年生達は大興奮だ。何に感動したのか、何処が凄かったのかと、互いの感想を投げ合っていた。
「でもやっぱり、副部長のユニゾンが凄かったよね!」
「そうそう。結局、4人とユニゾンしてたもんね。そんな人、聞いたこともないよ」
「Aランク4人の攻撃、全部防いでたもんね」
1年生達の言う通りだ。Aランク4人を抑えるために、蔵人は持ちうる全ての技を使い尽くした。
お陰で、魔力が枯渇寸前だ。アグレス相手だって、1時間近く粘ったというのに。
「だぁー!疲れたぁ!」
「ほんまや。あの大鷲のやつ、ビッグゲーム時よりも厄介になっとったわ」
鈴華達も汗を拭きながら、フィールドから出る。
蔵人程ではないが、彼女達の表情にも疲労の色が濃い。
だが、目の輝きだけは色褪せていない。寧ろ、ミニゲームをする前よりも生き生きとしている。特別編成チームにも引けを取らなかったことで、自信が付いたのだろう。
「くっそー!土壁のせいで、全然活躍出来なかったぞ!」
生き生きとし過ぎている娘もいるけど。
「やっぱユニゾンか?ユニゾンなのかこの流れは!おーい雪花!私達も一緒にユニゾンやるぞ!」
「誰がするか!」
祭月さんの飛び火は、雪花ちゃんに降りかかってしまった。
折角、選考会に受かったと喜んでいた彼女だが、姉に抱き着かれそうになって目を吊り上げていた。
「えぇ~!良いじゃんかよぉ、せっかぁ~。私と一緒に、爆弾雪だるまつく~ろ~?」
「引っ付くな!アホ姉!」
…う〜ん。雪花ちゃんが入ってくれたこと自体は嬉しいが、祭月さんが調子付きそうで怖いなぁ。
1年生が入って、より賑やかになりましたね。
「あの姉妹が特に、賑やかだな」
…それは、賑やかというより、姉妹仲がアレなだけで…。