357話(1/2)〜そこまでにしろ〜
「はっ、はっ、はっ、はっ」
「ヒュー、ハァー、ヒュー、ハァー」
「ゼー、ハァー、ゼー、ハァアアー!」
選考会が始まって、凡そ1時間が経とうとしている。
苦しそうに走る1年生達の後ろ姿を、蔵人は少し後ろを走りながら見守っていた。
走り出した当初、100人を超える大所帯で校庭を走り出した我々は、気付けばその数を半減させていた。
脱落した半数の子は、校庭の端で干からびているか、立つ気力が戻ってトボトボ帰るかしている。
とても可哀想だが、彼女達は落選だ。ファランクスは広大なフィールドを、重い鎧を着こんで走り回る異能力スポーツ。1時間のジョギングも無理なら、本番でもすぐに根を上げてしまうだろう。
去年までなら、それでもゆっくりと成長させてあげる余裕もあったのだが、こうも入部希望者が集まってはそうも言っていられない。ある程度伸びそうな子を選んでしまうのは、名が売れた部活動の性か。
篩い落された彼女達には、その熱意を持ったままに、他の部活へと目を向けてもらいたい。
「はいっ。じゃあ、これから、訓練棟に、戻りますっ」
先頭を走り続けた部長が、少し息を上げながら方向転換をする。部長のすぐ傍には、一条様のお姿があった。
護衛達は、蛮行だなんだと吠えていたが、その飼い主は見事なものだ。苦言1つ漏らさずに、部長のすぐ後ろをしっかりと着いて行った。
…その番犬達は、凄い鋭い目でこちらを睨んで来ているんだが、噛み付いて来たりしないよね?されたら流石に、手加減出来ないよ?
「さぁ、もう少しでランが終わるよ。頑張って、雪花ちゃん」
「ヒー、ハァー、はいっ。ヒー」
最後尾で、なんとか着いてきた雪花ちゃんに声を掛けながら、蔵人達も訓練棟へと戻る。
少しの休憩を取ったら、次の選考スタートだ。
「はいっ。では次に、みんなの異能力がどれだけ有用かを見せて貰います!」
部長はそう言って、残った1年生を更に3グループに分ける。
攻撃役と、防御役。そしてサポート役だ。
「サポート希望の子は3階まで私に着いてください。防御役希望は秋山先輩に着いて2階まで行きます。攻撃役はここで、巻島副部長と山城先輩、それと臨時コーチの島津先輩に見てもらってください」
「皆さん、よろしくお願いします!」
「よろしくー!みんなー!」
蔵人と慶太が揃って挨拶すると、攻撃役で残った1年生達が黄色い声を上げて喜ぶ。
男子と組めてラッキー程度に思っているなら良いが、優しくして貰えると思っているなら大間違いだぞ?
蔵人は、残った面々を見渡す。
元々、最後まで走り切った子は70人くらい居たはずだ。でも、今目の前で次の選考に進もうとしているのは50人足らずまで減っていた。過酷な体力錬成に、これは無理だと思った娘が休憩中に辞退したみたいだ。
その50人の内、攻撃役に来たのは30人程。やはり戦場の華として見られやすい攻撃役志望が多いみたいだ。
次いで多いのは、防御役かな?
驚いた事に、その中には一条様のお姿もあった。
彼の異能力は、確か透視系。柳さんや武田さんと同じサポート役の異能力だ。
そんな彼が、何故こちらに来たのか?
「次はどうするんだ?黒騎士」
一条様が聞いてきた。
いつの間にか、彼を見つめていた。
いかんな。サポートだとか、一条家だとか、そんな事に惑わされてしまった。彼が挑戦したいと思うのなら、その思いに全力で答えてやるのが先輩というものだろう。
「皆さんにはこれから、我々に対して全力で異能力をぶつけて頂きます。持ち時間は1人1分。どんな異能力を使ってもらっても構いません。戦術も、皆さんにお任せします。自信のある方法、もしくは、我々に対して有効だと思う方法で攻撃していただき、我々を倒すつもりで来てください。では、私と山城のコンビか、島津先輩のどちらかの列に並んでください。早い者勝ちとかではないので、しっかりと準備を整えてから、一人ずつ前に出て来てください」
蔵人がアナウンスすると、1年生達は慌てて動き出した。
おいおい。早い者勝ちではないと言った筈だが?それに、ほとんどの子がこっちに並んでいるじゃないか。ちゃんと巴先輩の方にも並んでくれよ。
蔵人は、こちら側の列に並ぶ人達から、後ろ半分を強制的に巴先輩の方へと移動させた。
こちらの列の先頭は雪花ちゃんだ。マラソンの時は死にそうな顔をしていたけど、今はとても目が鋭くなって、やる気になっている。その気持ちが前に出過ぎて、緊張してしまっているみたいだ。頻りに深呼吸を繰り返し、緊張を解そうとしていた。
去年までのファランクス部基準なら、Bランクである彼女は余程の事が無い限り即採用となっていた。だが、今年からは違う。BランクだろうがAランクだろうが、実力がなければ容赦なく落とす。それが、このファランクス部の新しい風土となっている。
果たして、雪花ちゃんはどうだろうか?
「さて、準備の方はどうだい?雪花ちゃん」
「はっ、はい。頑張り、ます」
雪花ちゃんは、頑張りますロボットになってしまっている。
う〜ん。意気込みは初々しいのだがね。その様子では、実力も十分に発揮出来ないで終わってしまうぞ?
それはあまりにも可哀そうだと思い、蔵人はつい、余分に声を掛けた。
「随分と緊張しているね?雪花ちゃん。もしかして、異能力戦は初めてかい?」
「い、いえ。小学4年生から、クラブ活動で…」
ああ。小学生のクラブ活動か。この世界では、異能力のクラブなんてものもあるのか。
「それは良かった。じゃあ、今も同じだと思って、異能力を使ったら良いよ」
「同じ…ですか?」
雪花ちゃんが難しそうな顔をする。
そりゃ、選考会の壁を前にして、普段通りに振る舞えと言う方が難しいだろう。
蔵人は反省し、別の切り口を試してみる。
「緊張する事は悪い事じゃないよ、雪花ちゃん。緊張するって事は、君がそれだけ努力しているって証だからね」
「努力の…証?」
「ああ、そうだ。緊張して心拍数が上がる事で、君の体は臨戦態勢に入っているんだ。何時でも戦える様にって、君の体が君の思いに答えようとしているんだよ。だから、安心して緊張するといい。その体の赴くままに、異能力を使ってみると良いよ」
本当の事を言えば、緊張のし過ぎは思考能力と身体機能の低下を招くので、あまり良い状態ではない。
だが、そんな事をここで言えば、余計に緊張してしまう。なのでここは、緊張が悪い事ではないと暗示を掛ける。
体育祭の時、桃花さんに掛けた術と一緒だ。
その術を受けた雪花ちゃんは、
「そっか。そうなんですね」
小さく笑った。ガチガチで上がっていた彼女の肩が、ホンの少しだけ下がった。
キラキラしたお目目で、こちらを見上げてくる。
「流石は蔵人お兄様です!」
…うん。ちょっと効き過ぎたかもしれん。
少し後悔した蔵人だったが、気持ちを切り替えて準備に入る。隣に並んだ慶太と手を繋ぎ、魔力を循環させる。目の前に盾を生成して、浅く構える。
出した水晶盾のランパートは、表面を黄土色の土で塗り固めて、頑強な盾へと変化した。
それを見て、並んでいた数人が声を漏らす。
「ユニゾン…っ!」
「えっ!?ユニゾンって、出来る人が限られるって、あの?」
「超高等技術だよ」
「流石は黒騎士様…」
ほうほう。ユニゾンを知っている子もいるのか。
蔵人は、心の中で発言者をマークする。かなり有望株だと目を掛ける。
「男の子同士で、手を繋いでいるわ」
「尊い…尊い…」
「受け攻めで例えるなら、どっちが受け?」
「山城先輩?ああでも、黒騎士様が受けってのも…」
「…あり寄りの、ありっ!」
ねぇよ!
今の発言したヤツら、大減点な。
蔵人は、発言者に厳し目を向ける。
「くーちゃん。オイラ達の方も、もう準備良いよね?」
「おおっ、そうだったな。ありがとう慶太」
ついつい、評価付けに夢中になってしまった。
「雪花ちゃん、何時でも攻撃してきていいからね」
「はいっ!」
彼女の元気な声を聞いてから、蔵人は手元のストップウォッチをスタートさせる。
それと同時に、雪花ちゃんの攻撃も始まる。
「行きますっ!アイスニードル!」
細く鋭く尖らせた氷の結晶が、彼女の周りに幾本も浮かぶ。そして、彼女の手の動きに従って、盾へと降り注いだ。
ストトトトッ…。
鋭利な氷の結晶は、盾にお尻数cmを差し込み、そこで止まった。
うん。
う〜ん…まぁ、普通のアイスニードルだなぁ。発動速度も標準的だし、もう少し太い針なら攻撃力も上がると思うんだけど…。
何とか高評価を付けてあげたいと思っていた蔵人だったが、頭の隅っこでは冷静に判断出来てしまった。
このレベルなら、片倉さんの方が上かも知れないと。
だが、
「わぁ…凄い…」
「あれだけの量のアイスニードルを、あんな短時間で…」
「威力もかなりあるんじゃない?黒騎士様の盾に、ちょっとでも突き刺さっているし」
後ろに並んだ1年生達からは、興奮気味な声が飛び交っていた。
ああ、そうか。彼女達は新1年生。まだマトモな異能力訓練を受けていない、ヒヨコに成り立てのヒナ達であった。今まで対峙してきた対戦者や外敵と、比べてはいけない存在だったな。
蔵人は反省し、雪花ちゃんの評価を保留とする。
この後の1年生達を見てから、相対評価をしようと考えて。
「はい。雪花ちゃん、お疲れ様。全員の評価が終わるまで、軽く柔軟でもしておいて…」
「あたしと一緒に練習しようぜー!」
突然、鈴華が乱入してきた。
いや、お前さん。アメリカ行きの訓練はどうした?
「ボスがいないと暇なんだよ。美原先輩は、天隆の奴とやり始めちったしさぁ」
ああ、そういう事か。
蔵人は納得し、評価が終わった娘の相手を鈴華に任せることにした。
遊ぶなよ?あと、怪我させるなよ?
心配だが、蔵人は嬉しくも感じた。1年生が入ったことで、鈴華の心情にも変化があった様だ。下の子にも気を使える様になったとは…。
「行くぞ1年!あたしと一緒に、スケボーで世界一を目指すんだ!」
…これは、ただ遊び相手が増えたと思っているだけでは?
「オイラもスケボーやる!」
「お前は審査員だ!」
ヒョコヒョコ付いてこうとする親友の手を、何とか摑まえる蔵人。
全く。賑やかになったもんだ。
そうして、選考も順調に進んでいく。
進むに連れて、雪花ちゃんの実力が高かった事を思い知らされる。
他の娘達は、異能力がなかなか発動しなかったり、発動しても歪な形となってしまう娘が多かった。雪花ちゃんみたいに、盾にダメージを与えられる娘はかなり希少であった。
小学生って、そんなレベルだったっけ?
蔵人は、Dランク全日本の日向さんを思い浮かべて、首を傾げる。
そうしていると、
「指南、よろしく頼む」
一条様の番となった。
指南と言われているが、何をお望みで?
蔵人がどうするべきか考えていると、無表情だった彼の顔が、少しだけ笑を浮かべた。
「俺は今まで、この様な類の指導を受けて来なかった。習ったのは専ら、護身術に毛が生えたような物だった。自分を守り、他者を犠牲に生き延びる術ばかりを学んできた。だから、この機会に学びたいと思っている。叔父上の様な、戦える男になる術を」
なるほど。一条様にとっては、ディ大佐が目標なのか。同じ男性でも活躍されている彼に憧れるのは、分かる気がする。
蔵人は、目の前の少年が年相応の願望を持っている事が知れて、少しだけ親近感が湧いた。格好良い大人に憧れることに、生まれの差は関係ないようだと。
「一条様。先ずは、己の異能力で何が出来るかを知る必要がございます。一条様の…」
「黒騎士…いや、巻島副部長。その一条様と呼ぶのも止めてもらいたい。俺は透矢だ。ここでは、後輩の透矢として接して欲しい」
んな無茶な。
「承知致しました。透矢様」
そう思いながらも、極力彼の意向に沿うようにしようと務める蔵人。
それに、透矢様も渋々頷く。
「俺の異能力は透視。物質を見通すだけではなく、普通は見えない魔力の色や揺らぎも見る事が出来る。俺はそれを使っている内に、人の感情もある程度出来るようになったんだ」
なるほど。彼から感じた探るような視線は、それ故の物だったのか。
蔵人が感心していると、透矢様もこちらを物珍しそうに見上げてきた。
「流石は黒騎士だな。俺の異能力を知っても、動じないとはな」
「…それは…いえ、お褒めに預かり光栄です」
そうか。人の心が読めるとなると、警戒されるのが普通だからな。きっと透矢様は、そう言う人生を歩まれてきたのだろう。彼の異能力を恐れる人達の視線を、いつも浴びながら生活されてきた。
それでも異能力を使うのは、一条家に生まれたが故。敵が多く、命を狙われる事もある御身だから。
そんな状況だからこそ、彼の透視能力は普通の物とは違った進化を辿っているのだろう。身を守るために、人の感情をも見通せるようにと変化していったのだ。
「透矢様。その様な事も出来るのでしたら、相手の裏をかくスタイルで戦えるかもしれません」
「裏をかく…か。詳しく聞かせてくれ」
感情や魔力が見えるのであれば、相手の動きを先読み出来るかもしれない。もっと技術を磨けば、鶴海さんのティアマトの様に、相手の弱点も把握出来るのでは?
そんなニュアンスで、透矢様に提案してみた所、
「おい。そこまでにしろ」
イチャモンが入った。
入れてきたのは勿論、透矢様の護衛達。
「素人が、デタラメな事を吹聴するな」
「透矢様には、立派な先生が付いていらっしゃいます。庶民の貴方がおかしなことを吹き込んで、もしものことがあったらどうされるのですか?」
また、面倒な2人だ。雇い主の意向を無視するとは、どういった了見なんだ?
蔵人が白い目で護衛達を見ていると、透矢様が2人の前に立った。
「良い。これは俺が望んだことだ。2人は口を出すな」
「いいえ、透矢様。貴方の身を守るのが我々の任務」
「巷の怪しい噂などに惑わされぬよう、御身を守るのも私達の役目でございます」
なるほど。一理ある。
彼女達からしたら、こちらの技術は不確かな下法。その偉い先生の教えが崩れたり、副作用があっては事だと考えているのだろう。
だがな、頭ごなしに否定するだけでは、新たな知識は得られないものだぞ?
どうなるのか、蔵人は3人の様子を遠くから見守る。
すると、
「ならば、お前達が先に黒騎士の指南を受けろ」
透矢様が、こちらに話を持ってこようとしていた。
このパターンは、誕生日会の時と同じ流れ…。
「我々が、で、ございますか?」
「そうだ。お前達も、俺と同じ師に就いているだろう。ならば、お前達が黒騎士の力を体験すれば良い」
透矢様の提案を受けて、護衛達が訝しそうにこちらを見る。
やはり、そういう流れになるか。
蔵人は諦め、気持ちを立て直す。
2人が宣っている、そのお偉い流儀とやらを見せてもらおうと。
蔵人は構え、2人に向けて手招きをする。
「では先に、御二方から試験を致しましょう」
「全日本で優勝した程度で、随分と尊大な態度の男だ」
「私達の技は、由緒正しき一条家の武術指南から学んでいるんですよ?今まで貴方が相手にしてきた子供達とは、根本が違うのよ?それを分かって?」
自信満々の2人だが、こっちも素人ばかりと相手していた訳では無い。武家出身の選手とも戦い、全日本では精鋭達と拳を交えた。そして、アグレス共とは命のやり取りをしてきたのだ。
だから、
「構いませんよ。貴女達がどのような流派を学ばれていても、私はそれを測るまで。ああ、ですが、あまりに隙をお見せになられる場合は、少々手を出してしまうかもしれませんがね」
蔵人はそう言いながら、慶太との手を離し、1人で前に出る。ランパートを構えて、目の前の赤髪の娘に嫌らしい笑を見せつけた。
すると、東小路さんは目を鋭くさせて、ゆっくりとこちらに近づいて来た。
「威勢は良いな、中学生チャンプ。それがどこまで続くか、見ものだけどな!」
長くなりましたので、明日に分割致します。
「明日も、よろしく頼む」