355話(2/2)~行ってきます~
※今日は臨時便です。昨日も投稿していますので、ご注意ください。
獄炎の異能力が、蔵人達を焼き焦がさんと燃え滾る。
それに対抗するために、蔵人は若葉さんを抱き寄せて、ありったけの魔力を回す。
強化ランパート。加えて、真鯉丸に戻った船からパーツを拝借し、強化ランパートを更に強化する。
これで、Aランクの攻撃も防ぐことが出来る。
防いでみせる!
さぁ、来い!
蔵人は、全身の神経を水龍の砲撃に集中させて、一部の隙も見極めんとした。
その水龍が、動く。
鋭利な牙が並び立つ口から、今、灼熱の光線が放たれ、
ズッバァアアン!
光線が放たれる前に、水龍の頭部が吹き飛んだ。
…うん?どういうこと?
突然のことに、蔵人は目が点になる。
何だ?誤爆か?こちらに放つ前に、異能力が暴走でもしたのか?
蔵人は、水龍であった肉片を呆然と見つめた。自身の異能力では傷つかないと言う原則も忘れ、ただただ頭部を失った水龍の亡骸を凝視する。
そうしていると、
「ギャァアアア!!」
後ろにいた水龍が、唐突に吠えた。
振り返ると、水龍はこちらへと向けていた鋭い視線を切り、真鯉丸よりもっと向こう側に視線を向けていた。
そして、真鯉丸の船尾を掠めながら、何処かへと泳ぎ出した。
「ギャァアアアア!!」
「グァアアアアア!!」
他の4体も同じだ。
全員、怒り狂った声を上げながら、殺意マシマシで同じ方向へと泳ぎ出した。
一体何が、奴らをそうさせているんだ?
訝しみ、水龍達が向かう先へと視線を向けた蔵人は、再び眉を上げた。
そこには、
ボーーー!!!
日本国旗を翻した大艦隊が、汽笛を響かせこちらへと航行してきていた。
大半が輸送船の様に見えるが、先頭の船はどの船よりも1回り程大きく、そして甲板に巨大な砲を乗せていた。
巨大戦艦。それが、沈みゆく陽光を浴びて赤く輝いている。
九鬼会長が繰り出した三笠と同様に、巨大戦艦もまた、アクアキネシスで構成されている様だった。
ズドンッ!ズドンッ!ズドンッ!
ズッバァアアン!
ズッバァアアン!
その巨大戦艦の甲板から、相次いで轟音が鳴り響く。次いで、近寄る水龍達の周囲で幾つも水柱が立ち昇り、その内の一発が1匹の水龍に着弾。首から上を吹き飛ばされて、白いモヤを濛々と上げながら海の中へと消えて行った。
「蔵人君。あれは…」
「ああ。漸く、海軍様のご出勤だ」
随分と重役出勤だったな。
蔵人はふぅと息を吐いて緊張を解き、目の前の超強化ランパートを消す。
そして、抱き着いていた若葉さんを一度離し、お姫様抱っこに切り替えた。
〈◆〉
「近、近、命中!ジェネラル級アグレス1体撃破!残数4体、なおも急速接近中!距離3500!…3000!」
「全てこちらで対処する。各艦は単横陣を維持したまま敵の逃亡ルートを潰し、同時に周囲の警戒に当たれ」
『矢矧、了解!』
『筑摩も了解であります』
各艦は応答を返すとすぐに、艦隊の間隔を広めにとってアグレスの逃亡ルートを狭める。その甲板に立つ隊員達は、周囲の海域を見渡す為の観測員か、広範囲バリアを張るための守備隊か。
私は彼女達の動きを監視しながら、目の前でうねる4本の白波を睨みつける。
隣に立つ観測員から流れてくる各情報を頼りに、金剛の甲板に乗せている砲台を微調整する。
調整が、終わる。
「主砲、発砲用意」
「発砲よーーいっ!」
「主砲、35.6cm連装砲、撃てっ」
「てぇええっ!!」
ズドンッ!ズドンッ!
号令を発すると同時に、アグレスに狙いを定めていた砲から次々と轟音が鳴り、砲身に貯め込んでいた膨大な量のアクアキネシスが一気に発射される。
極限まで押し固めた水の砲弾は、上位互換とされるアイスピラーにも劣らない強度を誇る。それが、高速で撃ち出されて目標に着弾する。
遠く離れたここからでも、極大の砲弾が海面を叩き付けて、高く水柱を上げた様が見て取れる。
そんな水柱が、幾つも、幾つも海原の中で突き上がる。その内の何本かに、水以外のキラキラした破片が混じっているのが見えた。
途端に、観測員が興奮気味な報告を飛ばしてくる。
「命中!命中!全弾命中!ジェネラル級アグレス4体の消滅を確認!」
『お見事です!九鬼海軍総長!』
『Aランクのジェネラル級が、近づくことも出来ずに木っ端微塵ですなぁ』
次いで、無線から艦長達の緩み切った声が届いた。彼女達の後ろでは、各艦に乗り込んでいる隊員達の歓声も聞こえる。
まだ作戦中であり、敵が潜んでいるかもしれないというのに。
「各艦、周囲の状況を報告しなさい」
緩み切った空気を締める為、私は冷たい命令を言い放つ。
途端に、各艦長は慌てたように返事をして、周囲の警戒に戻った。
全く。たかがジェネラル級を数体倒しただけで持ち上げられていたら、堪ったものではない。
私はSランクなのだから、アームドでもないジェネラル級をどれ程倒したとしても当然のこと。こんな事で、一々ご機嫌取りをされる方が恥ずかしい。
私が称賛を受ける場面があるとしたら、皇帝級を倒した時くらいなものだろう。それであれば、表彰されて然るべきである。
『周辺海域にアグレスの反応なし!全ての敵対勢力殲滅を確認致しました!』
『11時の方向、不明艦1隻停止中。こちらからの呼び掛けに応答無し』
『不明艦の甲板に人影あり!少年と少女と思われ…あっ!2名の浮遊を確認!不明艦の乗組員が飛行を開始しました!逃亡する恐れがあります。至急、追跡部隊の編成を…』
「追う必要はないわ」
私がピシャリと言い放つと、無線の向こうからは信じられないと言うように、息を飲む音が聞こえた。
なので、私は念を押す。
「諸君らは見間違いをしている。人のように見えるその影は、ただ鳥の物である。無人船に止まっていた鳥が、砲撃に驚いて飛び立っただけです」
私がそう言うと、無線の向こうでは意見を押し殺した『了解』の声が返って来る。
不満に思っているのが手に取るように分かる。ここからでも、あれが鳥でない事は容易に分かるから。私でもそうなのだから、観測員達は猶更だ。アグレスを目撃した可能性の高い一般人を、記憶消去も行わずに見逃すのかと信じられない気持ちの筈。
だが、これも決まった事。彼に関しては、過剰な接触を避けるようにと会議で決定されている。彼の機嫌を損ねて、他国に亡命でもされたら大変だと、上の者達は考えているのだろう。
近々、彼らはアメリカにも遠征するらしいので、余計に気を使っている様子だ。
少年1人に、何をそんな…。
そう、私は思っていた。シンクロが出来る人材なら、他にもいるだろうにと。個々の実力は遥かに劣るだろうが、彼の代用は他の隊員でも不可能ではないと思っていた。
だが、今回の事件で、彼の価値が理解できた。
我々が作戦海域に到着した時、多くのアグレスの反応が観測された。だが、到着するまでにその数は減り、いざ目視できる距離まで近づいた時には、数える程度にまで激減していた。
その代わりに浮かんでいたのは、1隻の漁船。そして、そこに居たのが件の少年。
観測員の報告では、消失した反応の中にはジェネラル級らしき反応も複数体確認している。本来であれば大隊規模の戦力が必要なそれらを、彼らだけで退けた。
全日本の覇者。その肩書すら霞む程の実力を見せた少年。そんな者、お伽噺の人物だ。
加えて、彼はアグレスの襲撃タイミングを知っている。
正しくは、アグレス襲撃という玉石混淆している情報の中から、宝玉だけを抜き取る方法を知っている。それは、彼自身がその情報源の発信源かもしれないし、彼のアンテナが鋭いから成せる業なのかもしれない。
どちらにせよ、我々には無い何かが、彼にはあるのだと理解できた。
『九鬼総長!地元警察からの要請で、漁港の消火活動を助成願いたいと申し入れがあります』
「…そのくらいであれば、私のアクアキネシスで対応します。警察には、町中の巡回と住人のケアをするように指示をしてちょうだい」
『承知いたしました!我々も、住人のサポートに赴きます』
「了解。住人に粗相のないように」
さて、詮索するのはここまでだ。彼の事は一条大佐に任せるとして、我々は全力で町の復興に当たらなければならない。
北海道戦線から帰投したばかりの隊員達には酷なことだが、これも日本が平和である為の任務。彼女達には、もうひと踏ん張りしてもらおう。
私は、続々と漁港へと乗り込む隊員達の背中を目にして、心の中で彼女達を労った。
〈◆〉
激動の日曜日から、もう3週間が経とうとしていた。
テロリストに破壊された漁港も、海軍の人達のお陰で殆ど復旧して、暗かった町の人達にも笑顔が戻りつつあった。
漁船の殆どを失った漁師さん達は、あの日から暫く死にそうな顔をしていた。でもこの間、軍から新しい船を貰ったらしくて、凄く威勢の良い声が漁港から響いていた。
でも1隻だけ、ボロボロのまま置かれていた。なんでも、港を救った英雄なんだとか。
…何故、船が英雄なのかは分からないけど、大変な事件だったことは分かるので、漁港の入り口に展示するんだって。
色々と失った物もあったけど、すぐに元通りの日常に戻ることが出来た。
これも全部、猪瀬くんのお陰だ。彼が居なかったら、きっともっと大変な事になっていたと思う。取り返しのつかない事になって、みんなの笑顔も戻らなかったと思う。
猪瀬くんが居たから、今の私達があるんだ。
「ことねー!こっち、こっち!」
考え事をしながら新しい自転車を漕いでいると、目の前で手を振る親友の姿が目に入った。
私は顔を上げて、彼女に手を振り返す。
「ごめんね、みんな。遅れちゃったかな?」
光のすぐ近くに自転車を止めて、私は手を合わせて謝る。彼女の後ろには、既に他の友人達も集まっていた。
「大丈夫。まだ私達の番まで時間あるから。控室に荷物置いたら、ちょっとでもリハしておこうよ」
「うん。そうだね」
今日、私達は、公民館で開かれる町おこしコンサートに来ていた。おばちゃんやお爺さん達に混じって、私達もチームを組んで合唱で挑むつもりだ。
このイベントは、山本課長さんが企画した物だ。テロのせいで、春祭りは途中で強制終了となってしまったから、その続きという意味もある。でも一番の目的は、テロで落ち込んでいたみんなの気持ちを盛り上げようとしているのだと思う。
自転車を駐輪に置いてから、公民館に入る。
普段は閑散としたイメージのここも、今日は随分と賑やかだ。復興のために、近隣の市や町からもボランティアが来てくれていて、その人達も招いているからだ。
きっと今回のコンサートは、このボランティアの人達を労う意味も込めているんだと思う。
『はい!今日の私は、大阪府の大阪城公園前まで来ております!』
待合室に入ると、大きな液晶テレビから空元気な声が聞こえてきた。
真っ白なジャージを着たリポーターが、テレビの中でくるりと回っていた。
『ゴールデンウイーク真っ只中の今日。この公園にも、いつもとは比べられない程の来場者が詰めかけています。中には外国人の方々も見かけるので、今夏行われる東京オリンピックに向けて、海外からの観光客が増えたことも影響していると思われます!』
ゴールデンウイーク。もう、そんな時期なんだな。
ここ最近忙しかった私は、その日々を思い返して笑みを零した。
先月の今頃は、特区から追い出されたと思って拗ねていた。でも、今は違う。たった1か月で、こんな充実した気持ちになれるなんて思ってもみなかった。
あの頃の私は、特区に居るから輝ける、特区から落ちた私はなんの価値もない。そんな風に思っていた。
でも違った。私には地元の仲間達が居たし、みんなと一緒に舞台にも立てる。私が輝くかどうかは場所じゃなくて、私の思い次第なんだって、そう分かった。
彼のお陰で。
『そのオリンピックに向けて、各地でオリンピック選手候補者の選考会も白熱しております。その中でも今一番に注目されているのがここ、大阪で開かれているファランクスU18の強化合宿です』
テレビの向こう側でも、汗を輝かせる選手達の姿が映されていた。
オリンピックという輝かしい未来を掴むため、彼女達は必死になって緑のフィールドを走り回り、滝のように汗を流して戦っている。
その中でも一際、輝かしい光を放つ選手がいた。
彼の後姿を見ているだけで、私ももっと頑張らなくちゃっていう気持ちが湧いて来る。
私も前に進みたいって、そう思う。
「琴音?どうしたの?早くリハしに行こうよ」
光が私の肩を叩いて、心配そうにのぞき込んできた。
おっと、いけない。ついついテレビに見入っちゃってた。
「うん、そうだね。優勝目指さないとだもんね」
「あははっ!気合が入ってるのは良いけど、おばちゃん達の合唱団がいるから、優勝はちょっと難しいと思うよ?」
「大丈夫だよ。私達ならね」
私が力強く頷くと、光は目をパチクリした。
「琴音、なんか変わったね。明るくなったって言うか、凄くキラキラしてて、なんか後光が差してるように見えるよ」
「はいはい。馬鹿な事言ってないで、早くリハに行こうよ」
「ちょっと、褒めてあげてるのに~」
「本当に?」
私は、親友の背中を押して控室の出口へと向かう。
そして、ドアノブに手を置いたところで、振り返る。
テレビの中では、白と黒のユニフォームを着た選手がインタビューを受けていた。
「行ってきます」
テレビの中で忙しそうにしている彼にそう言い残し、私は部屋を後にした。
さぁ、優勝目指して頑張るぞ!
キラキラしていますね、琴音さん。
「輝けばそこが、その者の舞台だ」




