355話(1/2)~天駆けよ!~
漁網に捕らわれた、セイウチに変身したナイト級アグレス。
その網が飛んできた方を振り返ると、赤い自転車に乗った若葉さんがこちらに向かって敬礼していた。
ニッコリと笑う彼女に対し、言いたいことは多々ある。だが、先ずは目の前の敵だ。
蔵人は彼女へと手を伸ばす。
「済まない若葉さん。手を、いや、魔力を貸してくれ」
「おっ、君にしては珍しい。そんだけピンチって事だね?」
アグレスを前にしてもその余裕。流石は戦場カメラマンだ。
蔵人はただ頷きを返し、差し出された彼女の手を握る。
彼女の魔力が、体の中を巡り出す。
だが、何時もより流れ込んでくる彼女の魔力が強い。この勢いは…Bランク並みではないだろうか?
そう思いながらも、蔵人は水晶盾の大車輪を作り出す。ただの盾ではなく、フレームが強化された強化大車輪。それを、3匹に向けて勢いよく放った。
「「「ゴゥ…」」」
強化大車輪は漁網ごと3匹を真っ二つにし、勢いは衰えずに夕焼け空を舞い踊る。
凄い攻撃力だ。コンビネーションカップでユニゾンした時よりも、明らかに全能力値が向上している。
これは、彼女の技術力が上がったからか?それとも…。
蔵人が驚いていると、若葉さんは得意げに笑う。
「驚いた?今の私は、バフが掛かっているからね」
「バフ?もしかして…」
蔵人は振り返る。そこには、若葉さんが乗り捨てた赤い自転車が力無く倒れていた。
琴音さんの自転車…彼女のハーモニクスか。
また、彼女に助けられてしまったかと、蔵人が彼女の姿を思い浮かべていると、
「ギャァアアア!」
突然、海面から何かが飛び出してきて、目の前を覆った。
それは、巨大な怪獣。
5mはあるだろう長く太い首が海面から伸びて、見上げる程高い位置には龍の首が乗っていた。体表には隙間なく鱗が敷き詰められており、魚類特有のギョロリとした目がこちらを見下ろす。
あまりにも巨大な水龍は、首だけを出した状態でこちらを睨みつけ、その鋭利な牙が立ち並ぶ口からは、白い息を吐きだしていた。
こいつは、間違いなくジェネラル級。
水上戦のボス級アグレスが襲来した。
奴の口から吐かれていた白いモヤが集まりだす。
集まって、固まって、極大の氷柱を作り出した。
Aランククリオキネシスの大技、アイスピラーだ。
「若葉さん!」
「了解だよ!」
阿吽の呼吸で、若葉さんの魔力が回る。目の前に出したランパートが、瞬時に強化ランパートへと変貌する。
そこに向って、アイスピラーが発射される。
突き刺さった!
ズゥン。
重い一撃が、強化ランパートに突き刺さり、その後ろの蔵人達を押しつぶそうと迫ってくる。
だが、2人の魔力で強化されたランパートは、少し凹んだところで踏みとどまり、極太の氷塊を受け止めてみせた。
Aランク程度の攻撃では、ユニゾン状態の蔵人達を脅かすことは出来なかった。
「ギャァアアア!」
それでも、殺意マシマシの攻撃は厄介だ。命を奪う為に放たれる攻撃は、普段の異能力戦で受ける一撃よりも重く感じる物。
それは、異能力戦に慣れていない少女であれば猶更に感じることだろう。
「若葉さん。まだ行けるか?」
「勿論!」
そう心配したのだが、帰ってきた返答は明るいものだった。
蔵人が面食らっていると、若葉さんはニヤリと笑い返した。
「甘く見てもらっちゃ困るよ?蔵人君。私だって、それなりの修羅場を潜って来たんだから」
ああ、確かに。彼女はギデオンの熾天使とも戦ったんだった。あれと比べれば、目の前の水龍はまだマシかもしれない。
蔵人は、彼女の評価を一段階上げた。
「ねぇ、蔵人君。あれ、使えないかな?」
若葉さんはチラリと、後ろの方に視線を送る。
そこには、1隻の漁船が停泊していた。爆発の影響で窓ガラスにはヒビが入り、胴体には幾つも破片が刺さっていた。その胴体の上の方には〈真鯉丸〉の文字が見える。
痛々しい姿だが、他の船よりは損傷が少ない。
「非常事態だし、お借りしようか」
あの漁師さんには怒られるかもしれないけど、その時は謝ろう。
怒られないくらいの損傷に抑えたいけど。
「ギャァアアア!」
蔵人達が船の方に視線を向けていると、逃がさんとばかりに水龍がアイスニードルをばら撒いて来る。
一発の攻撃力は大したことないが、このままでは移動し辛いし、船を攻撃されてしまっては堪らない。漁港に停泊している船で、まともに動きそうなのは真鯉丸くらいしか残っていないから。
「欺瞞盾!」
蔵人は小さな鉄盾をばら撒いて、水龍の視界を奪う。次いで、2人の姿をクアンタムシールドで覆い隠し、急いで船へと向かった。
「ギィィイヤァア!!!」
視界を奪われた水流が、怒ったように金切声をまき散らす。それと同時に、アイスニードルも四方八方にまき散らした。
真鯉丸にも何本か刺さったが、中央部の燃料には当たらなかったので、爆発は免れた。
あっぶねぇ。
蔵人は船に到着するとすぐに、船の操舵室付近に水晶盾を浮かべて船のエンジンをガードした。
「グルゥウウウッ!」
ちょうどその時、水龍の顔面に張り付かせていたチャフが取れてしまい、奴の鋭い眼がこちらを睨みつけた。
うっ。こいつはヤバいな。
「若葉さん!乗船するぞ!」
「分かった!」
蔵人は若葉さんを抱えて、船の中へと飛び込む。
それを見た水龍が、口から白い息を吐いて、鋭利な氷塊を幾つもこちらに向けた。
こいつ、船を爆破させる気か。
「若葉さん、船の修理を頼む!」
「了解!チャチャっと仕上げるよ!」
蔵人は若葉さんと手を繋ぎ、もう片方の手を水龍へと向ける。船を覆っていた水晶盾にフレームが入り、全てが強化された。
そこに、幾本ものアイスニードルが飛来する。
スカカカカカ!
強化された水晶盾の前に、Bランク程度のアイスニードルは刺さりもせずに落ちていく。
だが、水晶盾が守っていない船の舳先や船尾には突き刺さり、真鯉丸が痛がるように小さく揺れる。
くそっ。最後の船なんだ、壊されて堪るか。
「若葉さん!」
「解析終了!組み上げるよ!」
船の甲板に手を着いていた若葉さんが、威勢のいい声を上げる。
すると、彼女の魔力が更に回転し、その魔力が船中に浸透し始める。魔力に引っ張られるように、船の船体が小さなパーツに分かれていき、空中を舞う。
そしてすぐに、蔵人達の周囲に集結して、新たな形を作り上げていく。
船を守るために展開していた盾も、そのパーツと共に分解され、再構成の中に取り入れられていく。
ボロボロだった船体には、無数の盾が張り付いて、魚の鱗の様に光り輝く。船上にあった漁業用の用具は、太く長い砲台へと姿を変えた。
傷だらけになっていた鯉が、新たな姿に生まれ変わった。
「グゥゥウ…」
一度バラバラになった船が、再び組み上がる様を目の前で見せられた水龍は、訳が分からないといった顔でこちらを警戒する。
そんな奴に向けて、船首がそちらへと向く。水龍を打倒さんと、新たな姿へ生まれ変わった真鯉丸が対峙した。
甲板で、蔵人は水龍に腕を突き付ける。
『鯉は登りて龍となる!天駆けよ!第二水雷戦隊、天龍!』
蔵人の名乗りに答えるように、天龍の背に乗った砲が水龍へと向いた。
だが、それが発射されるよりも先に、水龍の口に白い靄が集まりだし、魔力の塊となってこちらを狙う。
鋭利なアイスニードルが、発射されようとしていた。
『迎撃する。単装機銃、掃射開始!』
『了解!撃ちまくるよ!』
水龍の口からアイスニードルが放たれると同時に、天龍の甲板に付けられた小さな機関銃達が唸り声を上げた。
カカカカカカカカッ!
ダダダダダダダダッ!
短い発射音を連呼して、船の上から小さなホーネットが飛び出す。それが、こちらに迫っていたアイスニードルを撃ち抜き、水龍の鱗をも貫いた。
「ギィィイイ!」
痛みに身をよじる水龍。甲高い声を上げて、長く太い体を大きく左右に振った。
そして、動きを止めて見降ろす。大きく口を開けて、その鋭利な牙を見せつける。
その口で、強大な魔力が集結する。
アイスピラーが、蔵人達に向けて撃ち出されようとしていた。
だが、
『遅い!』
天龍の背に乗る主砲が、既に奴の口を照準に捉えていた。
『主砲!50口径14cm砲!撃ちぃ方始め!』
『了解!撃つよっ!』
天龍の主砲が、轟音と共に火を噴いた。
太い砲身から放たれた魔銀で出来た女王蜂の砲弾は、水龍が撃ち出したアイスピラーを砕き散らせた。そして、勢いそのままに水龍の大口へと飛び込み、頭部に大穴を空けた。
「ギィ…」
頭部に大穴を開けられた水龍は、短い断末魔を吐き出しながら後ろへと倒れ、大きな水柱を立てて水面を叩いた。
海面に浮かんだ水龍の死体は、体の端からモヤになっていき、徐々に消えていった。
うん。思った以上に強力な船となったな、軽巡洋艦天龍。
これなら…。
『蔵人君!左手の方から反応あり!距離は…ええっと、800m!』
若葉さんの緊張した声が、艦内に響く。
ふむ。確かに、漁船に積まれていた魚群探知機が反応している。数は2体。反応は…かなり強い物だ。
『了解だ、若葉さん。俺は操舵を担当する。索敵と砲撃の準備を頼んだ』
『了解!索敵も砲撃も、私にお任せあれ!』
そいつは心強い。
蔵人は船を転回させ、漁港を離れる。こちらに向かって少しづつ近づいている2つの魚影に向かって、こちらも原速で迎え撃つ。
漁港からどんどんと離れて行き、沖合に出る。すると、肉眼でも小さな水しぶきが見えて来た。
『魚群まで、距離300m!進路そのまま!』
若葉さんのその声と同時に、手前の1体が海面から顔を出し、もう1体も遅れてそれに続いた。
どちらも、先ほど倒した水龍と同系統の怪物。ジェネラル級のアグレスだ。
こちらが敵を認識すると同時に、手前の一匹が攻撃力のモーションに入る。大きな口を開けて、そこに真っ赤な炎を咥え込んだ。
パイロキネシス。
『最大戦速で回避する!』
宣言と同時、蔵人は一気にエンジンを吹かして、天龍を走らせる。天龍が水面を駆け抜けると、先程までいた場所に真っ赤な光線が照射された。
一気に熱せられた海面は、水蒸気爆発を起こして真っ白な蒸気を吹き上げた。
なんて威力だ。ただのパイロキネシスじゃない。これが、水龍の力なのか?
疑問に思いながらも、蔵人は水龍の側面まで回り込む。
それに合わせて、若葉さんが砲台をコントロールする。
主砲の射線上に、水龍の頭が乗った。
『主砲、撃ちぃ方始め〜!』
『撃ちぃ方始めっ!』
蔵人の口調に合わせた若葉さんが、勢い良く主砲を放った。
だが、若干砲撃タイミングがズレたみたいで、砲弾は水龍の右頬を掠めて飛んで行った。
『ごめん!外した!』
『いやっ、まだだ!』
蔵人は瞬時に、女王蜂を操る。
高速で飛んでいるので自由自在とは行かないが、弾道を少し曲げることくらいは出来る。
高速で飛ぶ女王蜂の軌道を曲げて、次に顔を上げた奥の水龍に向かわせた。
そして、着弾。
命中!
奥の水龍は、左の目玉をくり抜かれて海へと沈んでいった。
良し。残り1体。
そう、思った途端、
船の速度が、ガクンッと落ちた。
何だ?エンジン部に攻撃でも食らった?まさか、敵の潜水艦か?
慌てる蔵人の耳に、若葉さんの悲痛な声が届く。
『バフが、切れたみたい』
くそっ!琴音さんのバフか!
悔しがる蔵人。その前で、主砲を回避した水龍が大口を開ける。
その口に、真っ青な炎の塊を咥えこんだ。
不味い!回避は…出来ない!
『高角砲!単装機銃!全弾掃射!』
『了解!』
天龍に備わった対空砲を総動員して、水龍に小さなホーネットの弾丸を叩きつける。
すると、水龍の体が見る見るうちに穴だらけになり、それに耐えきれなくなった水龍は大きく体を仰け反らせて、無理やりにレーザーを放った。
そのレーザーが、天龍の船尾を掠めて海へと照射される。
途端、天龍の後方で水蒸気爆発が起きて、船体を大きく空へと浮かせた。
船体が一瞬、水龍の頭の高さまで持ち上がる。
奴の目と、かち合う。
蔵人はそれを睨みつけて、指示を出した。
『主砲、撃ちぃ方始めっ!』
『えっ!蔵人君、それじゃ砲身が…』
『構わん!撃て!』
『了解!』
船体が海面に打ち付けられると同時、若葉さんが主砲を放つ。
女王蜂は、火炎レーザーを放とうと大口を開けていた水龍へと飛んでいき、その脳天を貫いて空の彼方へ消えていった。
水龍は、撃たれた姿そのままで棒立ちとなり、体の端から徐々にモヤとなって消えていく。
『ふぅ〜。今のはヤバかった』
『船が一瞬、空飛んだもんね。レーザーをシールドでは防げなかったの?』
『出来なくはないが、魔力消費が大きいからな。砲撃用に取っておきたかったんだ』
『確かに、バフも無くなっちゃもんね』
『ああ』
バフの有る無しはかなり大きかった。特に、こういうギリギリの戦いでは、生死を分けるものだと理解出来た。
アメリカ戦では、鹿島部長がキーマンになるのかもしれないな。
『蔵人君!』
蔵人が部活の事を考えていたら、若葉さんの悲鳴が聞こえた。
『どうした?』
『魚影確認!さっきと同じのが2体、すぐ傍まで来てる!しかも、その後ろにも4体が連なって接近中!』
『馬鹿なっ!』
ウェーブは、さっきのジェネラル級2体で終了の筈だ。追加で6体も来るなんて、林さんのゲーム情報にはなかっ…。
『そうか、ゲームは援護があったからか』
ゲームの主人公達は、海軍と一緒に事に当たっている。だが、今の我々は単独だ。だから、ゲームでは海軍が倒していた敵まで、こちらに来てしまっているのだ。
つまり、まだ敵は来ると言うこと。
『若葉さん!兵装の修復状況は!?』
『主砲は直した…んだけど、スクリューがやられてる』
先程の水蒸気爆発で、船底が大きなダメージを負ってしまったらしい。修理には、もう少し時間が掛かる。
だが、魚影はすぐ近くまで来ている。そんな時間はない。魔力量も、あと2発が限界だ。
『若葉さん!撤退する!船を捨てるぞ!』
『了か』
「「ギャァアアア!!」」
蔵人達が退艦しようとした直前、水龍が姿を現した。
蔵人達を囲む用に、天龍の両サイドに1体ずつ。
更に、向こうの水面からも4体の水龍が顔を上げているのが見える。
これは、不味い!
「若葉さん!」
蔵人はシンクロを解除し、2人の魔力で強化ランパートを作り出す。
頭上で、こちらに大口を開けるアグレス達に向けて、盾を構える。
「水龍のブレスが終わった隙に逃げる!しっかり掴まっていろ!」
「わ、分かった」
何がなんでも、この子だけは守る。
蔵人は、彼女を抱き寄せて、強く誓う。
そこに、水龍の口で燃えるパイロキネシスの光線が、今、放たれようとした。
ズッバァアアン!
すみません。長くなったので明日に分割を
「いや、ここで切るんかい!」