354話(2/2)~貸して貰えませんか!?~
※臨時投稿となっております。昨日も投稿していますので、まだお読みでない方はご注意ください。
みんなを体育館に収集してから何曲か歌っていると、警察のサイレンが聞こえた。
課長さんが呼んだ警察だ。
「うん?なんだ?パトカーか?」
「なんかの事件でもあったんかいな?」
「こんなめでたい日に、嫌だねぇ」
体育館のバリケードにも無頓着だったお爺さん達も、サイレンの音には流石に気になったみたいだ。
そして、パトカーが校庭の中に入ってくると、笑顔を曇らせて窓際に視線を向けた。
「あんれま。なんかパトカーが学校の中まで入ってきよるで?」
「なんやろか?ガス漏れでもあったんかいな?」
「もしかして、小学校使う許可を取ってなかったんか?どうなんだい?山本さん」
お爺ちゃん達が課長さんを振り返った丁度その時、体育館に警察が踏み込んで来た。
踏み込んで、一歩目で止まる。驚いた顔でみんなを見渡して、しばらくの間固まっていた。
思ったよりも体育館に人がいて、驚いた様子だった。
それを見て、お爺ちゃん達も驚いた顔で固まる。入ってきた警察官の姿が、防弾チョッキに防護ヘルメットを被っていたからだ。
完全武装で入ってきた彼女達を見て、自分達が何かとんでもない事をしてしまったのではないかと、お爺ちゃん達は凍り付いていた。
「「「………うっ?」」」
「「「えっ?……」」」
住人と警察が互いに見つめ合う、謎の時間が流れた。
それを破ったのは、課長さんだ。
「皆さん!落ち着いてください。警察を呼んだのは私です」
「山本さん。あんた一体、何をやったんだ?」
「やっぱり小学校の使用許可取ってなかったんか?それとも、屋台で火を使ったんが不味かったんかの?」
「食品衛生法かもしんねぇぞ?あれ結構厳しいから」
「警察の姉ちゃん。課長さんは悪くねぇんだ。ただ、急に場所さ変更したもんだから…」
お爺さん達が、課長さんに哀れみの目を向ける。それに、課長さんは困り顔だ。
住民達が困惑する中、警察官達も漸く動き出す。
「皆さん!落ち着いてください!我々は皆さんを保護しに来ただけでして」
「俺達は祭をしてただけだ。なんも悪い事はされちゃいねぇ」
「姉ちゃん達、課長さんを許してやってくれんか?」
「いえ。ですから…」
警察もタジタジだ。必死に山本課長を守ろうとするお爺ちゃん達に、なんて言って良いか分からない様子。
そんな時、
バァアアン…
遠くで爆発音が轟き、僅かに地面が揺れた気がする。
その音は、私でなくても聞こえたみたいで、騒がしかった会場が一瞬にして静かになった。
異常な状況に、お爺ちゃん達は顔を見合わせてその場で固まり、漁師さん達が体育館の窓際に駆け寄った。
そして、
「おい!漁港が燃えてるぞ!」
「マジかっ!本当にテロリストが来たのかよ!?」
「ああっ!あたしの真鯉丸がっ!」
漁師さん達が悲鳴を上げた。
テロリスト。その言葉を聞いた町のみんなも、同じように悲鳴を上げて、顔を青くした。
お爺ちゃん達は腰を抜かして地面に座り込み、大人達は警察に詰め寄った。
「どういうことなんだ!?これは。なんで、あんな爆発が起きて…」
「そこの漁師さんが言ってたテロリストって、何の事なの?」
「あんたらそんな装備してるってことは、何か知ってるんだろ?一体、港で何が起きているんだ!?」
「そもそも、どうしてお祭りの場所を変更したのよ?予定通りに開催していたら、私達はあの爆発に巻き込まれていたってことでしょ?」
普段は優しくて大らかなおじさんやおばさんが、険しい顔で警察官に詰め寄る。それに、警察は「落ち着いてください」と「ご安心ください」を繰り返すばかりだ。
でも、誰もその言葉を信じようとはしない。ここからでも高く登った炎の先端は見えたし、爆発音がここまで聞こえるなんて相当なことだ。
港では思っていた以上に大変なことになっている様子。
私は、何とか警察から情報を聞き出せないかと、住人達に詰め寄られる彼女達を見回す。すると、彼女の肩に付けられている無線が目に入った。
詰め寄る大人達の背後に回り、私は警察官のすぐ傍まで近づく。
普通の人なら到底聞こえない距離だけど、ハーモニクスである私なら、無線から流れる声がハッキリと聞こえた。
『…である以上、各隊員は住人の安全を最優先とし、現場には住人は勿論のこと、各位も近づくことのないようにする事』
『本部。住人達から、漁港で戦闘音らしき音が聞こえるとの情報があります。誰か取り残されているのかも知れません。至急救助の…』
『ダメだ。私は現場に近付くなと言っている。只今から、港の半径1kmを立ち入り禁止とする。良いか、これは上層部からの命令だ。各位は、町に取り残された住人の保護を最優先とせよ』
『野々村、了解』『和田、了解』
『ちょっと待って下さいよ!漁港に取り残された人はどうするんです!?』
『取り残されているという確証はない。それに、これは上層部からの命令だ』
『何が上層部ですか!現場には今、我々しかいないんですよ!?また、軍隊を待てって言うんですか?現場を見てくれ!軍人なんて、何処にも居ないんですよ!』
戦闘音。きっとそれは、猪瀬くんが戦っているんだ。
そう思うと、彼を1人で行かせた事を、今になって悔やんだ。私も行けば良かったと、自分に何が出来るかも考えずに、ただ彼を心配するあまりにそう思った。
もしくは、あの時ちゃんと止めていたら良かったのかな?
不安に押し潰されそうになって、窓の外を見てみる。そこからは校庭が見渡せて、その遠く彼方に海が広がり、茜色の空と交わっている。
その海と空を分かつように、黒い煙がモクモクと上がっている。
漁港の方だ。そこで、猪瀬くんが戦っているんだ。
私の足が勝手に動いた。
警察官と問答をしている大人達から離れ、彼女達が塞いでいる正面入り口の反対側へと駆け出す。そこには、体育館裏へと出るための裏口があった。
私はその扉に手をかけて、
「琴音!」
私を呼ぶ声で手を止める。
振り返ると、青い顔をした光が居た。
「危ないよ琴音。さっきの爆発聞いたでしょ?外は何か、ヤバいことになってるみたいだから…」
「うん。でも私、ただここで待っているだけなんて、怖くて…」
「待っているって、誰を待つの?」
うっ…。それは…。
「そう言えば、あの力持ちの子が見当たらないけど、もしかしてあの子…」
「違うよ!彼は関係ない。私はただ…」
ただ、どうしたいのだろう。
私は、彼の元に駆け付けたいのかな?でも、そんなこと無理だって分かってる。プロディクションでなくとも、彼の足手まといになってしまう未来が見えてしまう。
それでも、何もできなくとも、彼の力になりたいと思った。彼がこのまま帰らぬ人になってしまったらと思うと、怖くてたまらなかった。
「琴音」
押し黙った私の手を、光の手が包み込む。
「怖いのは私も一緒だよ。琴音がまた、居なくなっちゃったらって考えたら、怖くて寂しい。だから、その気持ちは分かって欲しいんだ」
「ひかり…」
そうか。彼女も一緒なんだ。
きっと、他の友達も一緒だし、お父さんも同じ気持ちなんだと思う。
大切な人を失うかもしれないっていう恐怖は、みんな一緒。
「分かったよ、光。必ず帰ってくる。少し外の様子を見に行くだけだから」
「…うん。絶対に、帰ってきてよ?」
「うん」
光の気持ちは分かった。でも、彼が無事なのかどうかだけは知りたい。
私は裏口の戸に手をかけて、校庭へと出た。
さっきまでお祭りのメインステージだったそこは、屋台のテントだけが立ち並ぶ寂しい物となっており、住人達が笑いあっていた広場には今、2台のパトカーが止まっていた。
その内の1台は無人。もう1台には警官が乗っているけど、彼女は無線に向かって言葉を吐くことに夢中になっている。
さっき無線で言い合いをしていたのは、この人だったのかな?
そう思いながら、私は校庭の淵を身を屈めて歩く。
幸い、警察にも見つからずに校門まで来ることが出来た。
ここまで来ると、漁港から火柱が立ち上っているのが見える。加えて、戦闘音らしき金属音も微かに聞こえた。
気のせいか、誰かの息遣いも聞こえてくる。まるでマラソンでもしている見たいに、はぁはぁと、苦しそうな息遣いがこんな離れた所まで。
必死に戦っている彼の息遣い?そんなにヤバい状態なのかな?
また、不安が大きくなってきた私。しかも、息遣いだけでなく足音まで聞こえてきた。
でも、それは漁港とは反対の方からだった。
えっ?誰か近づいてくる?
私は驚いて、その足音が聞こえる方を向く。
すると、
「はぁ、はぁ…はぁ、はぁ」
1人の少女が、フラフラと覚束ない足取りで走っていた。
焦げ茶のポニーテールが走る度にポンポンと飛び跳ね、頬を赤く染めた彼女の表情は、今にも倒れそうに見えた。
知らない子だ。中学生くらいかな?最近引っ越してきた子だろうか?
「貴女、大丈夫?もしかして、さっきの爆発を聞いて逃げてきたの?」
お祭りに参加せずに家に居て、爆発を聞いて不安になったのだろうか?それとも、さっきから町中で響き渡っているサイレンの方でかな?
私が声を掛けると、少女は走る方向をこちらへと変えて、私の目の前まで駆け寄ってきた。
そして、息を整えてからこう言った。
「済みません!あの、漁港までの道を教えて貰いたいんですけど。あと、出来たら何か乗り物とか、小型家電とか、貸して貰えませんか!?」
〈◆〉
「アアァ…」
「はい。後続部隊が来ちゃったから、遊びはここまでだ」
アグレスと追いかけっこをしていた蔵人は、遠くで次のウェーブが近づいてくる音を聞いて、あっさりとソイツの首を跳ねた。
最後の1体を殺さずに放置したら、ウェーブを止める事が出来るのではと思ったのだが、そうは甘くないらしい。どれだけ生き残りが居ても、一定時間が過ぎると次のウェーブが来てしまうみたいだ。
でも、少しはウェーブを遅らせる事は出来ている…と思う。少なくとも、残存魔力量が少しだけ回復してきているので、このままなら何とか戦えると思う。
とは言え、それは相手がソルジャー級の雑魚ばかりで、消費魔力量が少ないから言えること。ウェーブが進めば、敵の数も、強さも上がってくる。WTCのステージと同じ原理だ。
そうなれば、この魔力量では心もとない。
戦い始めて、30分は経っただろうか。それでも、まだ軍隊は来ない。先程から、パトカーのサイレンは遠くで鳴っているが、ヘリの羽ばたき音は一切聞こえてこない。
これが、特区と外の差なのだろう。流子さんが言っていた治安の違いという物が、改めて思い知らされる。
「「キィ…キィ…」」
思い知った所で、相手は待っちゃくれない。
蔵人は小さな水晶盾を出して、陸揚げされた怪魚達を捌き始める。
その時、
「オゥンッ!オゥンッ!」
目の前に、巨大な何かが上陸してきた。
「うぉっ!びっ、びったぁ〜…」
あまりに突然の登場と、その大きな鳴き声で、蔵人は飛び上がって驚いてしまった。
よく見るとそいつは、上半身だけで人の丈もある、大きなセイウチだった。
まるまると太った胴体に、サーベルタイガー並の立派な牙。そこは厳ついが、ギョロっと大きな目だけは可愛い。だが、その口から漏れ出る白いモヤは、全然可愛くない。
大きさからして、恐らくナイト級。
「海に帰れ、絶滅危惧種」
蔵人はシールドカッターを放ち、それをセイウチの首へと押し当てる。
だが、切れない。分厚い脂肪に阻まれて、カッターが全く入って行かなかった。
「くっそ、そんな所まで再現せんでいい!」
蔵人は悪態をつきながら、急遽3枚の水晶盾を追加し、カッターを大車輪に昇格させた。
そこで、漸くセイウチの首に刃が入り、極太の首を切り落とすことに成功する。
首を切られたセイウチは、力なく海へと落ちていき、海の中へと沈んで行った。
「厄介な奴だったな」
魔力が枯渇寸前の時に、大車輪は使いたくなかった。
お陰で、拮抗していた魔力バランスが、大きく消費側に傾いてしまった。
それだけでも不味いのに…。
「「オゥンッ!オゥンッ!」」
「ゴゥンッ!ゴゥンッ!!」
新たに3体のセイウチが、漁港へと入港した。
これは…。
「ちょっと不味いねぇ」
いよいよ、撤退を考える必要が出てきた。市街戦に持ち込んで、ゲリラ戦法でも繰り広げるか?
蔵人の呟きが聞こえたのか、逃がさんとばかりに3匹は攻勢を強める。口からウォーターカッターを吐き散らし、こちらの動きを牽制してくる。
蔵人はそれを、水晶盾で弾きながら後退する。
まともに相手していると魔力が枯渇する。これ以上の消費は、身体に影響が出てしまう。
そう思う蔵人だったが、3匹はタイミングをズラして攻撃してくるので、逃げる隙がない。
どうする…。
悩む蔵人。その頭上を、何かが通過した。
新手か?!
いきなりの事に驚き、つい、視線を上へと切った蔵人。
その目に写ったのは、
「網!?」
そう、網。漁師さんが使う、漁網であった。
バッと広がって空を飛ぶ網は、まるでそれ自体が意志を持つように3匹の頭上まで浮遊し、そこで3匹に覆いかぶさった。
3匹は体をよじらせ、牙を突き立て、ウォーターカッターで切断しようとする。だが、網は切れない。3匹の体に纏わりついて、拘束してしまった。
この動き、それにBランクの刃でも切れない網。こいつは明らかに異能力が働いている。では、一体誰が?
訝しみ、顔をゆがませた蔵人の背中に、
「遅刻、遅刻!」
場違いな、明るい声がかかった。
振り向くと、こちらに向けて自転車が突っ込んできていた。
その自転車は、ドリフトをかまして止まり、
「ども!若葉です!ヒーローインタビューに来ました!」
赤い自転車に跨った若葉さんが、笑顔と敬礼をこちらに向けていた。
若葉さんが来てくれましたよ!
「足手まといにならなければ良いがな」