354話(1/2)〜馬鹿な!早過ぎる!〜
「アアァ…」
「招待状が無いなら帰って」
堤防に上ろうと手を掛けたソルジャー級アグレスに対し、蔵人はそいつの首後ろをサクッと切り刻む。すると、アグレスはふっと力を失って海に落ちていった。
今ので、第7ウェーブが終了した。
ここまで、蔵人の魔力は凡そ3割を使用し、その内の半分が時間経過で回復している。
よって…魔力に随分と余裕がある状態である。
それを可能にしているのが、地形的要因と事前情報だ。
前回のレインボー公園では、アグレスは海から砂浜へと上がってきていた。それ故に、陸へ上がる前から攻撃が可能であり、こちらが上陸した個体を狩っているのを邪魔されていた。
だが今回の地形では、アグレスは先ず港のコンクリートに這い上がらなければならず、出現時に大きな隙を作っていた。そこを、蔵人は利用していた。
這い上がっている最中に弱点の首後ろをサクッと切り飛ばすだけで、ソルジャー級なら簡単に処理出来る。海の中から攻撃されることは殆どないので、最低限の防御で済んでいた。
そして、もう一つのアドバンテージは林さんからの情報。
今回は、彼女から襲撃の詳細をしっかりと聞き、アグレス共がどのタイミングで、どの順番、どんな編成で攻めてくるのかも聞くことが出来た。各ステージの詳細が分かっているので、魔力消費のペース配分が上手いこと回せているのだった。
前回の襲撃よりも、かなり順調に迎撃が出来ている。これなら、まだまだ戦える。
戦える、のだが…。
「まだ、来ないか」
相変わらず、軍隊の到着が遅い。
まぁ、今回は首都からも遠いので、ディさん達の大規模テレポート部隊が帰って来ていない内は厳しいかもしれない。もうすぐ帰ってくると大野さん達は言っていたが、この分では彼らはまだ北の大地であろう。
だが、若葉さんから情報を流しているのだから、近隣に部隊を配置しておくなどの対応はして欲しかった。
こんなことを言っても始まらないが、せめて、せめて今回の事を教訓にして頂きたい。
「ウゥア…」
さて。次のウェーブが始まった。確か、第8ウェーブの終わりには”あれ”が居るんだったな。
蔵人は気持ちを切り替え、アグレスの駆除に戻る。手を着いた者から順にシールドカッターで首を刈り取り、ドボンッ、ドボンッと海に落としていく。
段々と単調な作業になってきて、気持ちが離れそうになっていた。
その時、海面から何かが勢いよく飛び出してきた。
「Kill…kill…」
「おっ、もう来たか」
目の前に現れたのは、鉛色の鎧を着込んだ大柄なアグレス。手には西洋風のロングソードと青い鷲の頭が書かれた異世界風の盾を持ち、こちらにジワリジワリと近付いてくる。
中ボスのナイト級アームドだ。こいつの異能力は確か、ソイルとエアロと聞いている。
蔵人も同じく構えていると、アームドの方から先に動いた。間合いの外から剣を振るい、風の斬撃を飛ばしてくる。
蔵人はそれを、水晶盾で受け止める。だが、受けた途端に水晶盾の表面が大きく損傷してしまった。
こいつはナイト級だから、異能力にはBランクの威力がある。並のCランクシールドでただ受けるのは荷が重かった。
「ホーネット」
ただ攻撃を受けるだけでは、魔力消費が加速する。ここは攻めるべきだ。
蔵人は魔力を消費し、水晶盾で出来た女王蜂をアームドに向けて放つ。盾のガードが間に合わない様にと、左右から同時に攻撃した。
それに、アームドは瞬時に対応する。片手で盾を掲げて、もう片方は土のシールドを生成して女王蜂の針を受け止めて見せた。そして、お返しとばかりに土塊の弾丸を飛ばして反撃してきた。
「クルセイド」
蔵人はそれを、2枚に重ねた水晶盾で受け止める。
Bランクの先鋭、円さんの一刀も防いだ盾は、アームドの弾丸を見事に弾いた。
それを見たアームドは、続いて発射した土塊を高速回転させて発射した。
「うぉっ!」
回転する弾丸は、クルセイドを貫いた。
何とか避けた蔵人だったが、驚いて声が出てしまった。
こちらを貫きそこなった土塊の弾丸は、そのまま港のコンクリートを貫いて、地面深くまで突き刺さった。
ただの弾丸では無い。エアロの力で弾丸を押して、弾速を上げていたのだ。それに加え、弾丸の先端を風で鋭く削り、回転も加えて攻撃力を格段に上げていた。
先程のナイト級よりも、明らかに異能力の使い方に長けている。これが、アームドの力なのだろうか。
思い返せば、沖縄で対峙したジェネラル級も、同じように異能力を複合させて我々を苦しめていた。アームドとは総じて、通常個体よりも異能力に秀でた個体なのかもしれない。
つまり、こいつらは通常のアグレスとは異なる。
強さも、恐らく頭脳も。
「お前達は何の為に、我々を襲うんだ?」
「Kill…kill…」
ダメか。通常個体のアグレスと同じで、こちらと会話することは出来ないみたいだ。
異能力を使いこなすだけの頭脳があるのなら、多少の受け答えが出来るかもと考えたのだが、目の前のこいつも、通常のナイト級と同じで単語しか喋ることができないみたいだ。強力な力を持つアームドでも、言語能力という面では通常種と変わらないと。
蔵人は落胆するも、視線は下げない。目の前にいる相手が厄介なことには変わらないから。
2種類の遠距離攻撃を使いこなす相手。こいつを相手するには…。
接近戦だな。
蔵人はアームドに向けて駆け出す。
途端に、奴は剣を降るって斬撃を生み出して、こちらの接近を阻もうとする。だが、蔵人は水晶盾を生成し、盾に角度をつけて斬撃を受け流す。
後ろに味方がいないから、ほんの少し斬撃の軌道を変えるだけで防ぐことが出来る。これなら盾の表面も削られない。加えて、ノックバックも受けないので、すんなりとアームドの懐まで忍び込むことが出来た。
そして、構える。大きく引き絞った右拳に高速回転する盾を張り付けて、それを奴の腹部に向けて打ち込んだ。
「せいっ!」
アームドはすぐに、土のガードを出して防ごうとする。だが、所詮はBランクのシールド。高速回転するドリルの前では、大した障害にならなかった。
貫通され、腹部にも大穴を開けたアームドは、装備だけを残して消えていった。
主を失った金属武具が、ガラガラガシャンと高い音を立ててコンクリートの上に落ちる。
まさかのドロップアイテムだ。
蔵人は剣を持ち上げて、こいつはどうするかと思案する。
だが、その必要は無かった。
手に持った瞬間から、刀身がみるみる内に錆びていき、何もしていないのにポッキリと真ん中から折れてしまった。
剣だけではない。盾も、甲冑も同じように錆が進行し、とても使える物では無くなった。
まるで、武具だけ時間を早送りしたかかのようだった。
「バグが直ったのか」
崩れ行く剣であったものを掌で転がしながら、蔵人は呟く。
恐らく、バグっていた所有者が消えたので、その影響下にあった装備の時間が元に戻ったのだと思う。
奴は海の中を渡ってここまで来たのだから、そりゃこれだけ錆びるのも当たり前というもの。それでも、先程まで新品同様に振る舞えていたのは、バグの影響で異常な耐久性を得ていたからか。
「だがこれでは、鑑定も難しいな」
何処かに製作者の名前でも彫ってあればと思ったが、望みは消えた。素材がミスリルやオリハルコン、アダマンタイトであれば、こいつらが異世界から来た証拠になるが…見た感じ鋼鉄製っぽい。
それでも、何か無いかと装備品をひっくり返していると、
ボンッと海面で水柱が立つ。次いで、見上げる程に巨大なモヤの塊がすぐ近くに着地した。
第9ウェーブ。漁港戦最後のウェーブにして最後の敵、
ボスのジェネラル級だ。
「オォオオオオオ…」
両腕を大きく広げ、低く雄叫びを上げるそいつは、沖縄のジェネラル級と同じ威圧感を放っている。
だが、今目の前のジェネラル級は丸腰の通常種だ。沖縄の時よりも、幾分かはやり易いと思いたいが…。
「ホーネット!」
先手必勝と、蔵人はジェネラル級に向けて女王蜂を幾つも解き放つ。
ナイト級アームドを相手にしたことで、想定以上に魔力を使ってしまった。いくら通常種とは言え、ジェネラル級の火力はそれを遥かに超えてくる。攻撃の隙を与えてしまっては、悪戯に魔力を消費してしまう。
持久戦は不利と判断した蔵人は、大量の魔力を消費しながらも果敢に攻める。
だが、
「オオォオ…」
ジェネラル級が両手を上げると、ホーネットの動きが鈍くなった。回転が止まり、押し込もうとしても押し返されている。
サイコキネシス…ではない。これだけ大量に、広範囲に広げた女王蜂を一挙に留められるのは、Aランクのリビテーションだけ。
これが、奴の持つ異能力の一つ。
そして、もう一つの異能力が、奴の手のひらから幾つも放たれる。
真っ赤に燃えるパイロキネシスの弾丸。それが、止められた女王蜂の横っ腹に着弾し、小規模の花火を花開かせながら木っ端みじんに吹き飛ばしてしまった。
アームドではなくとも、ジェネラル級は十分に厄介だ。
そう、蔵人は再認識して手を前に出す。次の攻撃に移ろうと構えた。
だが、その前に、体がフワリと浮遊した。
しまった!奴のリビテーションに捕まった!
理解するのが遅かった。蔵人の体は、完全にジェネラル級のリビテーションの影響を受けており、Cランクの力では抗うことが出来なかった。
そして、次の瞬間には、体を思いっきり後ろへと引っ張る力を感じ、視界が急速に後ろへと流れながら吹き飛ばされ、背中が何かに激突した。
「ぐっ…」
堪らず、口から息が漏れる。
龍鱗でガードはしていたものの、完全にダメージを殺しきることは出来なかった。
浮遊が切れて、蔵人の足が地面に着く。後ろを確認すると、背中に当たったのは、港に停泊していた1隻の船だと分かる。
「オォオオオォオ!」
ジェネラル級が吠える。
見ると、奴は両腕を高く掲げ、その手の間に青白い炎の塊を作り上げていた。
Aランク級の爆炎。それを両手で押しつぶすように圧縮すると、漏れ出た炎の光線がこちらへと放たれた。
まるでレーザーの様に伸びるそれを、蔵人は一瞬受け止めようかと迷う。だが、直ぐにその考えは捨てる。体中の龍鱗を総動員して、転がるようにレーザーを回避した。
途端、
ズバァアアアアン!!
大爆発が起きた。
爆風で体が吹き飛びそうになり、慌てて水晶盾を複数枚生成してそれを防御する。
爆風が収まり、水晶盾を通して向こう側を見ると、爆発した船は火柱を上げて炎上し、中央部は木っ端みじんに吹き飛んで、漁港中にその残骸をまき散らしていた。
レーザーが船の内部に残っていた燃料…若しくはバッテリーに引火して、大爆発を引き起こした様だ。
蔵人は、真っ二つになって燃え上がる船の残骸から視線を切り、ジェネラル級へと意識を集中する。
こいつを殺らねば、みんなが殺られる。
「大車輪!」
8枚の水晶盾を組み合わせ、2枚の大車輪を作り上げる。それを、こちらに腕を伸ばすジェネラル級の左右から急襲させる。
だが、直ぐにジェネラル級のリビテーションに捕まり動きが遅くなる。ホーネットよりも大型の大車輪なので、完全には止まっていない。だが、パイロキネシスも持ち合わせる奴にとっては格好の的であった。直ぐに火炎弾に貫かれ、2枚の大車輪は粉々に砕け散ってしまった。
僅か数秒の攻防。
だが蔵人は、その数秒を欲していた。
「シールド・クラウズ」
ジェネラル級が大車輪に集中している間に、蔵人はシールドを手元に集めていた。
Aランクをも下す対巨星盾。それを、高速回転させる。
「ミラァ・ブレイクッ!」
そのまま、ジェネラル級に向けて真っすぐに突っ込んだ。
「オォオオオオオオ!!」
それを、奴もただでは食らわない。雄たけびを上げながら無数の火炎弾を放ち、リビテーションの力で回転する凶器を受け止めようとする。
だが、止まらない。
高速回転する盾は火炎弾を悉く弾き飛ばし、Aランクのリビテーションも振りほどいた。
元々、天隆戦でAランクリビテーションの限界は知れていた。だから、止められないのは分かっていた。
だから!
「終わりだ、虚星!」
蔵人のドリルが、巨大なジェネラル級の体に突き刺さる。
水の膜のような抵抗感を感じたが、すぐにその抵抗がなくなり、奴の体を貫通した。
「オォオオォオ…」
蔵人が振り返ると、胴体に大穴を空けたジェネラル級が背を向けて佇んでいた。そして、虚ろな声を響かせながらゆっくりと振り返り、こちらへと手を伸ばす。
だが、奴の手のひらの狙いはこちらではない。蔵人から少し外れた方向、赤く燃える夕日に向かっていた。海の向こうを焦がれるように、真っすぐに伸びていた。
「ロ…ティ…」
微かに呟いたジェネラル級は、その言葉を残して霧となって消えて行った。
蔵人はそれを見送ると、奴が見ていた海の方を見た。
ロティ。それは、何処か人物の名前の様に聞こえる。もしかしたら奴は、死に際に遠い故郷を思ったのではないだろうか。そこに残した大切な人を思って、手を伸ばしたとか…。
と言う事は。
「お前らの国は、やはりそこに有るのか」
蔵人は、目の前に広がる太平洋を見渡す。
この広い大海原の何処かに、奴らの国へと繋がる門があるのではと。
そう思っていると、蔵人の耳に不思議な音が届いた。
ピチャッ、ピチャッと、何かが水を叩く音が、前方の海から。
何の音だと目を凝らすと…。
「なっ!」
水面に、無数の光が乱反射する。それは、トビウオの様に海の上を滑空しながら、時折海面へと戻って、再び海上を滑る。
トビウオの様。だが、トビウオではない。奴らは総じて、白いモヤをエラの部分から放出していた。
「馬鹿な!早過ぎる!」
蔵人は堪らずに叫ぶ。林さんから聞いていた話と、随分違っていたから。
今回の漁港襲撃は2部に分かれている。
漁港で戦う地上戦と、その後に海軍と協力して行われる水上戦だ。
目の前に居る敵は、水上戦序盤のウェーブで襲ってくるソルジャー級。殆どがメタモルフォーゼで魚に化け、アクアキネシスやエアロキネシスで攻撃してくる雑魚兵だ。
しかし、今の蔵人にとっては雑魚ではない。アームドを相手にし、ジェネラル級まで倒した今の蔵人は、残存魔力が3割まで減っていた。今1発でもミラブレイクを放てば、意識を保っていられないだろう。
ゲームでの水上戦は、真夜中に行われたはず。だが、今は夕日も沈まぬ時間帯。明らかに、進行が早すぎた。
「いいや、違う」
蔵人は振り向く。そこは、先ほどまで激戦を繰り広げたジェネラル級が立っていた場所。
地上戦のボスである奴が消えたから、次のフェーズに移ったんだ。水上戦は、時間で決まっていたんじゃない。地上戦が終わったら始まるようになっていたんだ。
「ゲームその物ということか」
蔵人は乾いた笑みを浮かべる。
そこに、
「「キィ…キキィ…」」
歪な魚群が来港する。
上半身は魚の姿だが、下半身は人の足をした気色悪い生物。そんな奴らが海から飛び出し、漁港のコンクリート上で跳ねていた。
蔵人はそいつらを見下ろして、水晶盾を出す。
「おいおい。1人で二次会始めちまうぞ?軍人さん」
皮肉交じりに笑った蔵人は、そのまま奇妙な魚達に回転する盾を振り下ろした。
すみません…。
また長くなったので分割します。
「と、言うことは?」
明日も臨時投稿いたします。