351話~そのネットニュースは本当なのかな?~
可愛らしい新入生を迎えて、仲間達にも変化があった。その最たる者が伏見さんだ。
彼女は新入生を妹の様に可愛がり、新入生達からもお姉ちゃんの様に慕われていた。
部活動でも彼女が率先して新入生の相手をしてくれるので、こちらはとても助かる。何せ、蔵人が出てしまったら失神する子もいるからだ。
だが、どうしても蔵人が相手しないといけない人が居る。それが、一条様だ。彼にだけは、蔵人とお嬢様モードの鈴華で対応していた。
華奈子様(九条様の妹君)の誕生日会で、桜城を受験されるとは聞いていたが、まさかファランクス部に興味を持たれるとは…。
異例のことだが、彼の意思は固い。ファランクス部の選手として入り、黒騎士の技能を学びたいと仰られていた。その為なら、護衛のAランク2人も入部させると。
確かに、彼が入部するのを拒む理由はない。どうして天上人の一条様が異能力の技術向上を目指されるのかは分からないが、熱意はあるし、何より人柄が良い。部活見学の際も、興奮し過ぎた周囲に注意を促して、目を回した雪花ちゃんを介抱してくれた。
色々と常識外れな方だが、部員からの反応も良い。サーミン先輩なんかは「俺に似ている所がある」なんて失礼極まりない事を言ってたが、分からんでもない。
一条様は、そこらの男共には無い、何か特別な気概を持たれている。彼ならば、選手としてもやっていけると思う。
しかし、一条家の人間を異能力部に入れて良いのかは疑問だ。そこは、ご本人がご家族と念入りに話し合って貰わないといけない。
一応、蔵人の方でも大野さん経緯でディさんに連絡しているから、最悪の事態にはならないと思う。
「ディさん、ねぇ…」
蔵人は、明るくなりつつある空を横目に、まだ冷える大空にため息を1つ置き去りにする。
今、蔵人は、とある港町に向けて飛行中である。今日の夕方、そこでアグレスの襲撃が予測されるからだ。
4月から5月にかけて、各地で襲撃があると、林さんから聞いた蔵人は、早速その情報を若葉さんに伝えた。すると、若葉さんは瞬く間に望月ネットワークに拡散してくれて、雑誌やネットニュース等に取り上げられることとなった。
だが、そこまでだ。
大野さんに聞いてみても、特に軍の方で動くつもりは無いらしい。
と言うのも、この手の情報は珍しくなく、その殆どが、テロ組織の工作員が流す偽情報なのだとか。
このままでは、折角の注意喚起が薄まってしまう。どうしたら良いかと、専門家さんと相談をしているが、まだ答えは出ていない。
何か差別化を図らねば…とは話し合っているが、そこが難しい。情報の出処が分かってしまうと、林さんまで辿り着く可能性が高まるから。
ディ大佐に相談出来れば1番なのだが、それも難しい。そもそも、まだ北海道の方が落ち着いていないみたいで、大規模テレポート部隊はまだ向こうに居るみたいだ。
「いいや。先ずは目の前の事だ」
気持ちを切り替えよう。今回は、特区からも離れた場所での襲撃になる。今までよりも、多くの時間稼ぎが必要となるだろう。加えて、住人の避難も必要となる。
前回のレインボー公園戦よりも、遥かに難しいミッションだ。気合いを入れねば。
「(低音)ブフフッ。さぁて、行くとするかなぁ」
変装した蔵人は、小さな船が停泊している港に向かって、降下して行った。
〈◆〉
4月の晴れた日曜日。
私は、早朝から自転車に跨って学校に向かっている。
部活じゃない。月曜日提出の課題を忘れたのに気付いて、学校へ取りに行くところだ。昨日の夜に気付いたけど、夜に行くのは怖かったから、こんな朝早くから出かける事になった。
大通りの交差点に差し掛かり、信号待ちをする。ふと横を見ると、古いファッションショップのショーウィンドウが目に入り、そのガラスに映る私が、私を睨み付けていた。
長かった黒髪も、肩までバッサリとカットし、特区の男の子を捕まえる為に勉強したメイクも、こっちに戻ってからは全くしていない。
野暮ったい高校の制服が、今の私にはお似合いだ。まるで、昭和の空気を残したままのこの田舎町を象徴するみたいで、本当に嫌になる。別に授業を受ける訳じゃないのに、こんな物を着なくちゃいけないなんて最悪の気分。
1ヶ月前まで着ていた、如月中のカッコイイ制服が恋しい…。
「都落ち…」
その言葉が、つい口から零れた。零れて、涙まで落ちそうになった私は、慌てて前を向く。すると、そこには青信号を点滅させる信号機があった。
ヤバっ。ぼーっとしてた。
私は自転車を急加速させて、横断歩道を突っ走る。真ん中くらいで赤信号になったけど、ギリギリセーフだ。
横断歩道を突っ走り、慣性で走る自転車の上で、私は「ふぅ」と息を吐く。
だが、そんな私の前に、人影が現れた。
大通りの店先の角から現れたのは、黒い学ランを着た大柄の男性。
ヤバッ!!
私は咄嗟にブレーキをかける。
だが、掛け方が悪かった。
咄嗟の事で、利き手の右ブレーキを強く握ってしまい、前輪だけが止まって後輪が高く浮いてしまった。
自転車から投げ出されて、私の体が宙を舞う。
これはヤバい奴だと、まるで走馬灯の様にゆっくりとした感覚の中で思い、コンクリートに打ち付けられる痛みを想像して身を縮めた。
でも、
「…あれ?」
背中に感じたのは、まるでお布団の様に柔らかい感触。
まだ夢の中だったの?と目を開けると、そこには古臭い天井なんかなくて、朝焼けに照らされる青い空が広がっていた。
あれ?じゃあ、私の下にあるのは…なに?
私は恐る恐る起き上がり、周囲を見る。
すると、私の下敷きになった男性の姿が見えた。
血の気が引いた。
「ご、ごめんなさい!」
私は飛び起きて、男性に向かって土下座した。
寄りにもよって、まさか男性を下敷きにしてしまうなんて…。
最悪だ。男性を傷付ける大失態をしでかした。もしも怪我がなかったとしても、きっとこの人自身か、その婚約者達に訴えられるだろう。もしこの人が財閥と繋がりでもあったら、犯罪者に仕立て上げられるかも…。
本来なら、すぐに男性を助け起こすべき状況。それは頭で理解していた。でも、出来ない。私は地面に頭を擦り付けた状態で動けなかった。現実を知るのが怖くて、頭を上げられなかった。
そこに、
「ああ、オラは大丈夫だよ。お姉さんも、怪我は無いだか?」
男性の、少し間延びした声がかかった。
私は、ゆっくりと顔を上げる。するとそこには、上半身だけ起き上がり、首の後ろをさすって笑みを浮かべる男性の姿があった。
「あっ、はい!私は、その、お陰様で…」
「なら良かっただ。避けられんで済まんかったな」
そう言いながら男性は立ち上がり、土下座状態の私に手を差し伸べてくれた。
その様子は、本当に大丈夫そう。
良かったと思う反面、ここがもう、特区ではない事を思い知らされた。
特区の男性なら、こんな風に許してくれない。この人はきっとEランクだから、笑って許してくれるんだ。彼がもしもCランクやBランクだったら、今頃大騒ぎになっているか、彼の護衛に半殺しにされているところだ。
こんな事思っちゃいけないけれど、相手が"頑丈なEランク"で良かった。
そんなことを思い浮かべながら男性の手を取り、私は立ち上がる。
立ち上がって改めて、違和感を感じた。
この3年間で薄れかけていた、特区外の常識を思い出す。
あれ?でも、彼がEランクの男性なら、なんでこんな風に堂々としているの?普通Eランクの人って、もっと弱弱しい感じだった筈。Dランクだったとしても、こんな風に手を差し伸べたりしないし、そもそも1人で出歩かないだろうし…。
「お姉さん。本当に大丈夫だか?ぼーっとして、やっぱり頭でも打ったでねぇか?」
「あっ、ごめんなさい!本当に、大丈夫です」
私は考えるのをやめて、男性に向かって頭を下げた。
「本当に、済みませんでした!私の不注意でぶつかっちゃって…あの、これ、私の連絡先です。もし後で後遺症とか、服が汚れてたとかあったら連絡ください!」
地面に落ちていたカバンからメモ用紙を引きちぎり、そこに名前と携番を走り書きして、両手で男性に突き出した。
お小遣いは貯めてるけど、もしもの時はお母さんに借りよう。慰謝料とかって、どれくらいなんだろう?
私が怖々と男性を見ていると、男性は紙に目を落としてから、私に小さく微笑んだ。
「ご丁寧にありがとうございます、宮野琴音さん。オラは猪瀬って言います。この街には来たばかりで、港に行こうとしとったんだけど、迷っちまって」
猪瀬と名乗った男性は、人の良さそうな笑みを浮かべて、ポッコリ出たお腹を摩った。
なんだか、森のクマみたいな姿に、緊張気味だった私の心も少し解れる。
そして、提案する。
「だったら、私が案内しますよ!」
「ええっ、良いだか?」
「勿論です!迷惑を掛けちゃったから何か力になりたいし、私今日、予定も無いんで」
まだ地元のみんなには、帰ってきたことを言っていないし…。
猪瀬さんは気にしなくて良いって言ってくれるけど、これはケジメだ。何も見返りは要らないと言う彼に、せめて道案内くらいはしないと。
「こっちです、猪瀬さん。ここら辺は詳しいんで、任せて下さい!」
「そんなら、よろしく頼みます、宮野さん」
私は自転車を押して、猪瀬さんの道案内を始めた。
「それじゃ猪瀬くんは、そのネット記事を読んで、ここまで来たの?」
道すがら、私は猪瀬くんとお喋りしながら歩いていた。
彼は気さくで、色々と教えてくれた。先ず驚いたのが、彼がまだ中学2年生だと言う事。私より頭1つ高くて、体もがっしりしていて、でもとても温厚なので年上だと思っていた。
そしてもう1つ驚いたのが、彼の旅の目的。
なんと、ネットニュースのテロ予告を見て来たらしい。
そんな野次馬をするような人には見えなかったから、私は驚いて聞き返した。すると、常に笑みを浮かべていた彼の表情が、少し曇った。
「そんだ。オラも去年の秋、アグリアに襲われたことがあってな。文化祭の最中に、銃を持った男性が大勢押しかけて来て。そん時は、お客さんに十文字学園の生徒さんが居てくれたから何とかなったんだけど、あの恐怖は忘れらんねぇ。同じ思いを他の人にして欲しくなくて、オラはここさ来たんだよ」
「そうだったんだ…」
凄い。
見ず知らずの人達の為に、こんな遠くまで来るなんて。自分のトラウマに、正面から立ち向かおうとする彼の姿はとてもカッコイイ。
けど、
「そのネットニュースは本当なのかな?」
だって、ここは寂れた田舎の港町。年々人口は減っていくし、若い人は神奈川特区や名古屋特区に向かってしまって、お年寄りばかりになりつつある。猪瀬くんの地元みたいに、有名選手の出身地でもない。
こんな何も無い田舎町で、テロが起きるなんて思えない。
だから、このニュースは誰かの悪戯だと思ったんだけど、こちらを見詰める猪瀬くんの瞳は真っすぐだった。
「詳しい事は言えねぇんだけども、オラはこの記事が本当だと知っとるんだ」
「もしかして…親御さんが警察の関係者とか?」
「うんにゃ。けども、知人に情報通が居ってな。そんで、これがガセじゃないって知っとる」
「情報通…確かに。私も、音張さんが言うんだったら信じるかも」
彼女は物凄い情報通だから、私の朝食から、校長先生の隠し事まで知っていた。彼女に言われたのなら、どんな突拍子もない事でも信じてしまう。
私が納得していると、猪瀬くんがポツリと「あの人かぁ…」と小さく零して、少し苦い顔をした。
あれ?それって…。
「猪瀬くん、音張さんを知ってるの?」
「あっ、いや。えっと…情報交換をした事があってな。まぁそん時に、お世話になったんだよ」
「へぇえ、そうなんだっ。音張さんと猪瀬くんがねぇ。へぇえ」
なんだか、凄く嬉しかった。もう二度と出来ないと思っていた特区の思い出話を、こんな形で出来るなんて。
「ねぇ、ねぇ。音張さんとはどんな会話をしたの?ああ、情報の内容の事じゃなくてさ。その、怒られたり、脅されたりしなかった?彼女、見た目は怖いでしょ?」
「近付くと、静電気がビリビリしとったな。でも、的確なアドバイスもしてくれたし、オラは怖いとは思わんかったよ」
「分かる!音張さんの静電気、めっちゃ痛いよね。私も、出会った最初は睨まれて怖かったけど、彼女のお手伝いしている内に、そんな怖い人じゃないって分かったんだ。でも、それを本人に言ったらビリビリされちゃった。あれは痛かったなぁ」
頭の中に、如月中の思い出が蘇る。殆どが音張さんにパシられた記憶だけど、それも楽しかった。異能力部のみんなは優しくて、特に良子ちゃん(米田選手)とは仲良くなった。
紫電様とは一言もお話出来なかったけど、訓練する彼の姿を特等席で見れていたんだから、ファンクラブ会員よりも得していたと思う。
思い出が溢れ、私はつい「懐かしいなぁ」と零していた。
それを、猪瀬くんが拾った。
「宮野さんは、如月中に居ったんだね。音張さんは、如月中の皆さんは元気なんだべか?」
「うん。私は卒業式の翌日までしか知らないけど、みんな最後まで元気が有り余ってたよ。ほら、紫電様が全日本でBランク1位になったでしょ?もう、音張さんが張り切っちゃって『紫電を世界に羽ばたかせるぞ!』って意気込んでてさ。まるでマネージャーみたいだったよ」
「ブフフッ。音張さんらしいなぁ」
「うん。あっ、でも、卒業式の時は、ちょっと元気が無かったんだ。どうしてかは教えて貰えなかったんだけど、後から『ツルって名前の女を知っているか?』って聞かれてね。あの時はビックリしたなぁ」
何せ、彼女が純粋に質問して来るなんて、それまで無かったから。情報を何よりも重要視している彼女は、それを使って先生にも交渉を持ち掛けていた。純粋に、何の貸し借りも無しに聞いてくれたのはあの時が初めて。それだけ私を信頼してくれたって、今ならそう思える。
今更だけど。
「ツル?随分と古風な名前だな。もしや、あの人絡みの案件?昔の知人?何か引っかかるが…」
あれ?猪瀬くんが真剣に考え始めちゃった。なんだか、さっきまでの大らかな雰囲気じゃなくて、随分と鋭い感じ。
こっちが、彼の本性なのかも。
なんか、探偵みたいでちょっとカッコイイな。
そんな他愛もない会話をしていると、目的地の港に到着した。
普段であれば、早朝のこの時間、漁師さん達は海の上に出ていて、港には殆ど船がない。だけど、今日は多くの船が停泊していた。そして、そのどの船にも色とりどりの飾り付けがされていて、港にはテントや屋台が立ち並んでいた。
「おや?随分とキラキラしとるねぇ。お祭りでもあるんだべか?」
港の様子に、猪瀬くんは目を大きく開いて見回す。
それに、私は一瞬どう言おうか考えたけど、素直に教えることにした。
「うん、そう。毎年この時期になると、新春のお祝いと、今年の豊漁を願う春祭りが行われてね。夕方になると、町中の人を集めてお祭り騒ぎなんだ」
私も、小学生の頃までは参加していて、友達と一緒に屋台巡りや舞台に上がっていた。
でも、今年は参加するつもりはない。中学生の時も一切帰って来なかったし、今更みんなに会っても良いことは何もない。
都落ちって、思われているだろうし…。
私が気落ちしていると、隣の猪瀬くんも顔を伏せる。
「そうか。だから、被害が拡大するのか…」
また真面目モードになってる。きっと、祭りの最中にテロが起きるかもって心配しているんだ。
やっぱり、この人は優しい人だ。そして、人を惹き付ける何かを持っている。この人がDランクだとかEランクだとか関係ない。私は、この人の力になりたいって思う。
「行こう、猪瀬くん。みんなに危険が迫っているって教えるんでしょ?こっちに漁港の待合所があるから」
「あっ、えっと、もうここまで来たら十分だべ。宮野さんは自分の…」
「水臭い事言わないで。私も手伝うから。あと、私の名前は琴音だよ?」
「あぁ…そうだな。よそ者のオラより、み…琴音さんが居てくれたら助かる。ありがとう」
う~ん。そこは、保証しないけど…。
私は曖昧に答えながら、漁港横にある小さな待合所に猪瀬くんを伴って入って行った。
でも、
「なにぃ?祭りを中止しろって言ってるのかい!?」
「今更何を言っているんだい!そんな事出来る訳ないでしょ!?」
「うちらがどんだけ時間を掛けたと思っているんだい?漁業の合間に、寝る間も惜しんで準備してきたんだよ?」
「ピザだって頼んじゃったよ」
蓋を開けてみたら、非難轟々の大嵐だった。
元々、漁業に携わるおばちゃん達は気性が荒く、昔はここいらでブイブイ言わせていたと武勇伝を語る人も多い。そんな人達だから、ここは危ないと言っただけでこの有様である。
でも、猪瀬くんはめげない。
「中止じゃなくて、延期をお願いしとります。時間帯をズラすことは出来ないだべか?もしくは、場所を移動させたりとか…」
「簡単に言ってくれるけどね。もう、祭りの当日なんだ。そんな事をする時間もお金も無いよ」
「ネットだかチューブだか知らないけど、そんな訳の分からんところで噂されてる法螺話に、一々付き合ってらんないんだよ」
そうだよね。おばちゃん達、パソコンどころか携帯すら持っていなかったから。きっと、ネットニュースと聞いて、拒否反応が出ているんだと思う。
「鈴木のおばちゃん。お願い。ちょっとで良いから話を聞いて。猪瀬くんは、私達を心配して遠くから来てくれているの」
「あのね、琴音。あんた3年間も顔を見せないで、急に帰ってきたらこんな事を言い出す男を連れてきて。正直あたしは、あんたに対しても思う所があるんだよ」
「そうそう。『こんな田舎、二度と帰って来ない!』って啖呵切って出て行ってさぁ。まぁ、アタイも若い頃はそうだったから分からなくないけど。けど、せめて『ただいま』の一言くらい欲しかったよ」
ぐっ…。
「ご、ごめんなさい」
やっぱりこうなったか。だから、帰って来たくなかったのに…。
私が頭を小さく下げていると、待合所の奥の方から、誰かが近づいてきた。
頭を上げると、そこには初老のお婆さんが立っていた。
佐野さんだ。この漁港で、一番の古株。そして、一番発言力を持っている人。
「猪瀬くんだったかね?私らを気に掛けて、遠くから来てくれたのは感謝するよ。あんたが嘘を付いていないのも分かる。だけど、はいそうですかって簡単に頷くことも出来ない。祭りはみんなのもんだ。みんなで準備して、みんなが期待している。私達だけでどうこう決めていいもんじゃない」
「佐野さん、でも」
私が前に出ようとすると、猪瀬くんがそれを止めた。
そして彼は、佐野さんに頭を下げた。
「ありがとうございます、佐野さん。オラは順序を間違えてたみたいだ。このお祭りの主催者様を、教えてくれないだか?」
そうか。佐野さんは、先ずそちらに話を通せって言ってたんだ。遠まわしな言い方で、私は分からなかったけど、猪瀬くんは気付いていた。
頭も良いんだ、この人は。
私が驚いていると、佐野さんがこっちを見た。
うん。分かってる。
「猪瀬くん。それなら町役場だよ。一緒に行こう」
「ありがとう、琴音さん。皆さん、お仕事中に大変失礼しましただ!オラは、このお祭りが成功することを願っとります。テロなんかに邪魔されず、みんなが笑顔で終えられることを!んでは、失礼しますだ」
猪瀬くんはもう一度みんなに頭を下げて、スタスタと待合所を出て行った。
私も急いで追おうとしたら、後ろで佐野さんが「琴音」と声を掛けて来た。
「良い男じゃないか。しっかりエスコートしておやりよ」
「はい。あの、佐野さん。私、帰ってきた挨拶とかしてなくて、生意気なことも言っちゃって」
「そういうのは後で良いから、行っておやり。時間が無いんだろ?」
「佐野さん…ありがとう」
私はもう一度みんなに頭を下げて、足早に待合所を出る。
早く猪瀬くんの背中に、追いつくために。
ネットニュースでは、皆さん信じてもらえませんか…。
「ネットニュースが悪いのではなく、情報の信用性が確保されていないのだろう。当たると分かれば、皆も信じる」
…まるで、天気予報みたいな言い方ですね?




