348話~特急便だぞぉー!~
アイリーンさんの活躍で、アメリカ勢がファーストタッチを奪い、アメリカ領域を63%にまで拡大させた。
それに伴い、両校の前線は大きく移動することとなり、激しい撃ち合いも一時中断した。
とは言え、何時撃たれるか分からない状況なので、蔵人は盾を出したまま移動する。すると、相手より数段早く持ち場に着くことが出来た。
アメリカ側は、構築していた土壁を出し直してから移動している。マーゴットさんだけは、防御しながらでも動けるみたいだが、周りに合わせて歩みを遅くしているみたいだった。
相手より早く陣を再構築出来た分、桜城は先に行動を起こす。祭月さん率いる遠距離部隊は、移動する相手を狙い撃ち、蔵人達近距離役は集まってミーティングの時間とした。
鶴海さんが水を使って作戦を伝える。
「アメリカ側の動きは、大まかに言えばこんな感じ。先ず、エメリー選手の砲撃で盾を攻撃し、私達を足止め。桜城側の弾幕が薄い所から、アイリーン選手のグラビキネシスで盾を除去。そのままタッチを狙う」
「せやったら、ウチがそのエメリー討ち取ればええんやな」
意気込む伏見さんに、鶴海さんは小さく首を振る。
「相手の弾幕が激しい中で、ただ突っ込むのは危険よ。彼女は精密射撃も得意みたいだから」
「せやったら、どないするんや?」
「遠方からこっそり妨害して欲しいわ。クマちゃん、いける?」
慶太のゴーレムは小さく、隠密行動に適している。そこを利用し、相手陣地に忍び込ませ、エメリーさんを襲わせる。相手の主砲が止んだと同時に、伏見さんが急襲する作戦だ。
「オイラに任せてよ!」
「頼んだで、クマ吉!」
「りょーかい!兵長!」
慶太と伏見さんがガッチリ握手を交わす。
微笑ましい。
「でもその前に、またアイリーン選手が来ると思うわ」
「あいつはあたしが相手する」
腕を組んで静かに傍観していた鈴華が、覚悟を持った声で宣言する。
彼女の目には、確かな輝きが宿っていた。
「鈴ちゃん、お願い出来る?相手は世界ランカーだから、モモちゃんをサポートにして…」
「あたし1人で十分だ。あたしだって桜城のゴールドナイトなんだからな。モモは走る準備をしててくれ。あいつを倒したら、大きな隙が出来る筈だからな」
「う、うん。分かった!」
鈴華の後ろで、桃花さんがウンウンと頷く。
鈴華は既に、アイリーンさんを倒した先も考えている。桜城が勝つ道筋を、一人で作り出そうとしていた。
「鈴華」
「なんだ?ボス」
「グラビキネシスは最上位らしいが、本来重力ってのは弱い力だ。磁力と比べたら、特にな」
蔵人がそう言って笑うと、鈴華も少しだけ笑い返してくれる。
覚悟を決めるのは良いが、あまり固くなりすぎるなよ?
蔵人達が作戦を立てている間に、アメリカ勢は中立地帯まで進み、陣を構築していた。相手の主砲が、こちらに向いた。
【次はこれだよ!セグメント!】
いきなりの広範囲弾幕。鶴海さんが想定した通り、相手はもう盾を壊す事よりも、こちらの反撃を押さえに来ている。桜城の目が、アイリーンさんに行かない様に仕向けているのだ。
「巻ちゃん。盾の方は大丈夫?」
叩きつけられる弾幕に蔵人が集中していると、鶴海さんが心配して聞いてくれた。
蔵人が大丈夫だと答えると、彼女の心配そうな顔はより深刻になった。
「でも、声も戻すくらいギリギリなんじゃない?」
バレていたか。流石は鶴海さん。
蔵人は諦めて、実は魔力が心許ない事を教える。きっと、後半戦は途中で切れることを。
すると、
「なら、私も手伝うわ」
そう言うと、鶴海さんの水がランパートの隙間に入っていく。本来膜が入る所に収まり、衝撃を吸収してくれた。
「どうかしら?」
「凄く楽になりました。まるで、鶴海さんに包まれているみたいです」
「例えなくていいから!」
鶴海さんが顔を赤らめる。
怒られてしまった。本心なのだがな。
彼女のお陰で、魔力消費が随分と抑えられた。加えて、新たな盾を出す余裕も生まれた。
蔵人が「さて、この余力を何処に回そうか?」と考えていると、再起動した鶴海さんが祭月さんに指示を飛ばした。
「祭月ちゃん!相手の中央から右翼に掛けて攻撃して!」
「うん?真ん中から右だな?まっかせろ!」
祭月さんの爆撃が、集中的に発生する。その度に、向こうから【ぎゃぁっ!】とか【ちくしょうめ!】とかの反応が返ってくる。
その影響か、
「はっはっは!良いぞ。もっと恐ろ。もっと喚け!私のこの爆発になぁ!」
やってる側は、凄く気持ち良くなってしまう。全能感を感じて、まるで勇飛選手の様になっている祭月さん。
デトキネシスとは、そうなりやすい異能力なのかも。異能力種によって、人の精神状態が左右される可能性がある。
「来たわ!」
鶴海さんの声で戦場を見ると、こちらに向かってくる小柄の重装アーマーが1体。
素早い動きで中立地帯を突っ切り、弾幕の薄い左翼に食らいついた。
さて、鈴華よ。正念場だぞ?
〈◆〉
はい、到着。
私は虚無感を感じて、心の中で呟きながら小さくため息を吐く。
全く、簡単過ぎて嫌になるわ。楽しくもなければ熱くもなれない。全く張合いのない試合に、もう帰りたい気持ちが溢れ出している。
相手は小国の無名校なのだから、勝負する前から結果は見えていた筈なのに。
今更だけど、アマンダの言葉に乗せられたのが悔やまれる。このオージョーに勝てば、ADプロの道も約束すると言うから、こんなところに来てしまった。
こんな話に乗らなくても、私程の逸材なら、BCプロで終わる筈もないのに。初めての海外遠征は、絶対に欧州が良いって決めていたのに。
【邪魔なのよ!】
私は、燻る感情を吐き出す様に、邪魔な盾を蹴り飛ばす。すると、盾は私の攻撃に耐えられず、あっさりと消えてしまった。私のグラビキネシスを前に、形状を保つことすら出来なくなっていた。
情けない。この程度で砕けるんじゃ、私が出るまでもなかったわ。
私は悠々と敵陣に乗り込み、円柱へと向かう。
そう思っていたら、私の目の前に、
「こっから先は通さねぇぞ」
銀髪の美女が立ち塞がった。
いいや違う。猿だ。見た目がどんなに良くても、態度が原始人そのもの。
それなのに、私よりも色艶の良い銀髪を靡かせるコイツがムカつく。色白で、スタイルも良くて、背も高くて…。
弱小国の女が、この私に勝とうとしているのが許せない。アジア人の癖に、白人種達を見下ろすなんて許さない!
【ひれ伏せ!負け犬!】
「ぐっ」
私の重力操作で、猿は頭を垂れた。目障りだった上から目線が下に行き、私の憂いは少し晴れる。
でも、こんな事では許さない。こいつは、私を不快にさせたのだから。何度も地べたに擦り付けて、その高慢なプライドをへし折ってやる。
そう思って、重力操作を強めた。
でも、猿の頭は全然下がらない。全力を出しても、1㎜も動かなくなった。
それどころか、
「なるほどね。確かに、ボスの言った通りだ」
猿が、頭を上げた。
私よりも高い所で、整った顔に笑みが浮かべる。
「この程度、あたしの敵じゃない」
【なんで、私の重りょ…ぐぇっ!】
突然、お腹に強い衝撃が加わり、私の言葉は汚い嗚咽に書き換えられる。
見ると、腹部に白銀色の手甲が突き刺さっていた。
何よ、これ。もしかして、攻撃された?
格下にダメージを受けたと分かり、私の中で怒りが込み上げる。感情のままに手甲を掴んで、引きはがそうとした。でも、全く動かない。それどころか、私のガントレットが勝手に動き出し、飛んで行ってしまった。
ガントレットだけじゃない。私を包んでいた全ての装備が、バラバラになって猿の方へと飛んでいく。
彼女の元で、無人のデュラハンが組みあがった。
こいつ…。
【磁力異能力者だったのね…】
「あん?マグネティック?ああ、あたしはマグネキネシスだ」
猿が頷く。
そうか。だから私の重力に打ち勝ったのか。磁力と重力では、磁力の方がちょっとだけ強いから。
でも、
【なら、これならどう?】
私は、近くにあった盾の重力を操作して、こちらに引きつける。そして、猿に向かって飛ばした。
確かに、磁力の方がちょっと強い。でも、応用力が全然違う。磁力は一部の金属にしか効果がないが、重力は万物に影響する力。
それ故の最上位。
下位種とは違うのよ!
私の攻撃に、猿はデュラハンを前に出してきた。
でも、無駄だった。エメリーの攻撃も凌いだ盾は、金属の塊と成り下がった私の装備を蹴散らした。
そして、そのまま猿へと急襲させる。
【潰れちゃいなさい!】
最大重力で投げつけた盾は、
でも、猿を押しつぶす前に盾は止まった。そのままフワフワと浮かんで、猿の横に並び立った。
なんで…?
いや、あれは敵の盾。敵の盾役が操作しているだけだ。
そう理解した私は、自分に重力操作を行う。下に向いていた重力を0にして、猿に向く重力を強める。すると、私の体は猿に向かって落ち始める。
【切り刻んであげる!】
レイピアを鋭く持ち、私は猿へと落下する。
逃げられると思うなら逃げて見なさい。私の重力は、もう貴女をロックオンしているんだから。絶対に逃がさないわ!
完璧な私の攻撃に、猿は逃げる事も出来ずに、棒立ちとなっていた。
と思ったが、猿は腰を落として構え始めた。
受け止めるつもり?バカなの?磁力に操れる物なんて、もう何もないのに。生身で勝てるとでも…。
「伏せろ」
【がぁっ!】
勝ちを確信した瞬間、私は地面に叩きつけられた。
な、なんで?なんで磁力に影響されているの?もう金属なんて身に纏ってないし、剣はタングステンで出来ているのよ?何で、無能なマグネキネシスなんかに、私の最上位種が負けるの?
目の前が真っ暗になって、何が起きたのか分からなかった。
でも、奴の言葉が頭の中で再生されて、疑念が怒りに塗り潰された。
この私に向かって、伏せ、ですって!
私は怒るパワーで顔を上げて、猿を睨み上げる。
【冗談じゃないわ!私を、この高貴な私を犬扱いするなんて!絶対に後悔さ】
「だから、伏せろって」
【ブッ!】
また、地面とキスをしてしまった。
怒りで目の前がチカチカする。でも、もう顔も上げられない。
そんな私の頭上で、猿の飄々とした声がする。
「ん〜。どうすっかな、これ。このまま2分も置いとくの面倒なんだよなぁ。邪魔だし、返却しちまうか」
【きゃっ!】
急に、私の体が浮き上がる。重力操作を遥かに超える力に、私の重力は殆ど抗えない。
【降ろせ!降ろしなさい!私を誰だと思っているの!?私のファン達が黙ってな】
「おーい!ボス!鉄盾貸してくれ!」
私を無視して、猿が誰かに手を振る。すると、私の方に鈍色の大きなアイアンシールドが飛んできて、私を挟むように空中で止まった。
…なによ、これ?なんか、凄く嫌な感じがするんだけど…。
「おーい!アメリカの奴ら!スズキャット名物、特急便だぞぉー!ハンコは要らないから、しっかりと受け取れよ?」
猿が向こう側に何か叫ぶと、盾から何かが湧き出てくるのを感じる。それと同時に、私の体が見えない力でガッチリとホールドされた。視線の先は、自軍が設置した土の防壁。
アイアン、磁力…。
待って。これって、まさかレールガン!?
「いっくぜー!!」
【まっ!】
待てという前に、私の体は強力な磁力によって弾き飛ばされ、空を飛んだ。空気で体が引きちぎれそうで痛いけど、それよりも、目の前にグングン迫る防壁がヤバい。
このままだと、死ぬ。
激突して死ぬ!
【ぎゃぁあああああああ!!!】
恐怖と焦りと何かが頭の中でごちゃごちゃになった私の口から、はしたない絶叫が飛び出す。
そして、
目の前が、真っ暗になった。
〈◆〉
【きゃぁあっ!】
【いっ…たぁ…】
自軍の左翼で、幾つもの呻き声が上がる。
見ると、展開していた防壁が一部崩壊し、その周囲に僅かな血痕が飛び散っていた。そして、そこに居た筈のアメリカ選手達がベイルアウトしていた。
これは、オージョーからの攻撃で、盾役ごと防壁が破壊されたのか。一瞬、人間が飛んで来た様に見えたが…。
『ベイルアウト!アメリカU15、1番、アイリーン選手!』
やはり、アイリーンの奴だったか。
人間を飛ばすなんて、余程怪力の選手が居るのだろう。是非とも、手合わせ願いたいものだ。
【エメリー。次は私が行きます。援護をお願いします】
【はいはーい。相手ヤバいから、気をつけてね〜】
【覚悟の上です】
エメリーの銃撃音を背後に、私は自軍の前線から飛び出す。
恐ろしい程に揃った盾の城壁を見るだけで、オージョーの練度が知れる。加えて、先程の砲撃。ベイカー氏の目に狂いは無かったか。
【うん?エメリー?】
私が相手前線に到着する直前、援護射撃が止まった。
私を配慮してかと思ったが、どうもそうではなさそうだ。
「お返しやで!アメリカさん!」
我が軍の上空に、敵機が飛来している。そうであるのに、味方の対空砲は黙ったままだ。
エメリーが居ながら、そんなことはあり得ない。ならば、残る可能性は…。
『ベイルアウト!アメリカU15、5番、11番、そして2番、エメリー選手!』
【エメリー。貴女の死は、無駄にしません】
私は盾の縁に手を掛けて、渾身の力を込めてそれを引き剥がす。
すると、少しだけ隙間が出来たので、そこから侵入した。
すると、目の前には盾越しに異能力を放っていた狙撃兵が居た。休憩していたみたいで、私を見て驚いている。
「えっ!どうやって…」
【フンッ!】
私は、そんな彼女にも容赦せず、手に持った棍棒で殴りつけた。
相手は、棍棒が当たる直前にベイルアウトした。
「侵入者よ!」
敵兵士が何かを叫び、私の元に数人の白銀騎士が集まる。
私は彼女達に金棒を構え、背中にソイルキネシスで分厚い甲羅を作り出した。
これで、正面からの攻撃だけに集中できる。
「撃て!撃て!」
「打ち取れ!」
私に無数の弾丸が飛んでくる。
だが、私はその弾を野球ボールのように叩き潰す。
跳ね返す。
その一発に当たった敵兵士は、痛みで地面を転がった。
「正面はだめだ!」
「後ろに回れ!」
私の金棒を避けて、背後に回る敵兵達。だが、問題ない。この甲羅は凝縮して、かなりの高度を誇る。Cランクは勿論、Bランクの攻撃だって防ぎ切った。
そんな私の姿を見て、集まった騎士達が1歩下がる。
恐怖に負けた証拠だ。もう、彼女達は戦場に出られない。
私は、そんな彼女達を刈り取ろうと1歩前に出る。
だが、
ズッバァアン!
足元で爆発。
地雷だ。
「はーっはっはっは!どうだ?私の設置爆弾は!」
黒煙が晴れると、私の前には腕を組んで得意げにする少女が居た。
彼女が、この地雷の術者。
そう判断し、私はスクっと立ち上がる。
途端に、得意顔だった少女の表情が歪む。
「な、なんで、無傷なんだ?」
不思議そうにしているが、なんて事はない。敵に工作兵が居ることは想定済み。何せ、散々我が軍の防壁を削ってくれたのだから。この攻撃さえなければ、我が軍は白兵戦にもっと人数を割けたのだ。
それだけの術者が居るのだから、当然、地雷くらいあると踏んでいた。だから、私は足にもソイルを回していた。
とはいえ、今ので足の防御は吹き飛んでしまった。
だが、もう必要ない。
【甘い!】
「うわぁあ!」
私は工作兵に向けて、金棒を振りかざす。
それだけで、彼女はベイルアウトした。
Bランクの最上位と言っても、近づかれたらこの程度。
さぁ、次はどいつだ?
【随分と勇ましい方だ】
私が獲物を求めて顔を上げると、フルフェイスの騎士が歩いてきた。
【貴女は、巻島氏?】
体格で見れば彼女にそっくりだ。でも、声が随分と低い。
まるで、男の様に聞こえる声。
【マーゴットさん。次は私と踊っていただけますか?】
33番は、私の質問に答えることなく拳を構えた。その手には、小さな盾が張り付いている。
私達を阻んでいた盾の壁。それと瓜二つの盾。
目の前の彼が誰であれ、その練度が恐ろしい程に高いことは分かる。
【いいでしょう。相手にとって不足ありません】
私は金棒を握りなおし、大きく振り回す。己を鼓舞させるために、相手を威嚇するように。
だが、33番は引かない。こちらの隙を伺うように、ゆっくりと右へと移動する。
それに、私も合わせて左へと移動する。
互いに視線を切らず、ジワリジワリと近づいていく。
そして、
ほぼ同時に踏み込んだ。
最小限の動きで突き出した私の金棒に、33番は正面から拳を突き立て、上の方へと弾き飛ばした。
渾身の一撃を、こうもあっさりと返すとは。技量だけでなくパワーもある。
【良い拳です】
好敵手に、私は笑みを浮かべる。
同時に、跳ね上げられた金棒を強く握り、思いっきり振り下ろす。
33番は再び、拳を構えた。
また迎撃しようとしているのだろう。だが、これならどうだ?
私は、金棒を強く握り、その形状を変化させる。金属の棒だったそれに、鋭利な針をいくつも生やした。
それを、受け止めようとしている33番に叩き付ける。
グサッ。
金棒の針が何かに刺さる感覚。
33番の盾を貫通し、腕に刺さったか。
そう思ったが、33番は腕を払い、金棒を弾いた。その腕には、何層にも重なった盾が見えた。
盾を重ねて、防御力を上げたみたいだ。
【面白い】
お前の盾がどこまで耐えられるか、勝負だ!
私は再び金棒を振り上げ、33番へと振り下ろす。
彼も、拳を振り上げている。私の金棒を迎撃しようと、大きく振りかぶった。
良いだろう。最後は勇ましく終わらせてやる!
私は全身の筋肉をフル稼働して、金棒を叩き付けた。
だが、
ギィィインッ!
私の一撃が、止まった。
止められた。33番の、回転する盾に。
【なにっ!?】
私は目を見開く。戦闘中だというのに、驚きを隠せない。
脆い水晶盾が、回転することで強度を増した。私の金棒を、削り取ろうとしている。
【これが俺の、ドリルです】
33番が金棒を弾き、そのまま私を攻撃してくる。
私は咄嗟に、背中に回していた甲羅を構える。それに、33番のドリルが着弾する。
ギュィイイインッ!
鈍い音の後、ドリルは甲羅を貫通した。
なんて攻撃力だ。これが、純シールドなのか。
これが、ベイカー氏の認めた逸材。
【それは、小官も同じ!】
甲羅を33番へと放り投げ、彼がそれに気を取られている間に、私は金棒を構え直す。
再び、33番へと振りかぶる。
【おぉおおおお!!】
「せやぁあああ!!」
凶悪な金棒を振り回し、33番へと振り下ろし続ける。
それを、33番はドリルで受け止める。弾き飛ばす。何度打ち付けても、彼は全て弾き返してくる。
なんてパワーだ。ベンチプレス240ポンド(約110㎏)の私と、タメを張るだと。そんな男、存在するはずがない。
【うがぁああああ!!】
自慢のパワーで負けたくはない。そんな思いから、私は両手で金棒を持ち、ガムシャラに彼へと叩き下ろした。
それでも、彼は拳で受け止めた。
嘘だろ。背丈も体重も私の方が圧倒的に上。それなのに、こんな、簡単に…。
私は、気持ちが折れそうになった。
その隙を、彼は見逃さない。鍔迫り合いをしていた拳を一旦引き、金棒を殴りつけた。
その衝撃に、私は金棒を取り落とし、後ろへ尻餅を着いてしまった。
完全に、押し負けたのだった。
その時、軽い音が空に響いた。
空砲。帰還の合図。だが、かなり遠くから。
それは、自軍が上げた白旗だった。
私は立ち上がり、後ろを振り向く。綺麗に整列したままの盾の間から、自軍を見渡した。
何度もタッチをされたのか、領土は大きく侵攻され、生き残った選手の数も僅かであった。
恐らく、私が飛び出した時に見た敵機に掃討されたのだろう。対空砲が機能していないとはいえ、この短時間でここまでやられるとは…。
強いな、オージョー。しっかりと連携されたチームプレイ。そして、1人1人が卓越した技術を持つ精鋭であった。
この、目の前の戦士の様に。
私は、彼に向って深く頭を下げる。
【対戦、ありがとうございました。巻島氏。男性に、いえ、同世代の同ランクに負けるとは思いもしませんでした】
【おや?マーゴットさんは分かるのですね?声が違うのに】
【はい。体格が同じですから】
歩き方とか、喋るイントネーションもそうだが、一番は体格だ。筋肉は嘘を付かないからな。
私が自信を持って言い切ると、巻島氏は少し引いた。
【ははっ。それは凄い観察眼です。流石はアメリカのプロ選手】
【とんでもない。貴方こそ素晴らしい選手です。盾の技術も然ることながら、その筋肉には脱帽です。きっと、壮絶な訓練をされているのでしょう】
【いや、まぁ、普通ですよ?】
謙遜されているが、その返しが既に、収めている者の風格をしている。
そう、彼こそは…。
【ご謙遜を。私は自分が情けない。身体機能の高さに胡坐をかいていて、周囲より頭一つ出ているだけで満足していました。今後は、師匠の様に己を律し、常に上を目指したいと思います】
【うん?師匠って…誰の事?】
またまた。ご謙遜を。
【貴方の事に決まっていますよ。巻島師匠。貴方は、私の筋肉の師匠です】
【何でそうなるの!?】
今度は随分と引かれてしまった。
これが日本人の謙虚さという物か。私も学ばねば。
イノセスメモ:
・ADプロ…アメリカのファランクスは主に2つのリーグに分かれている。19歳未満のプロが所属するBCリーグと、19歳以上のプロが所属するADリーグ。これは、オリンピックと同じ分け方になっており、リーグで活躍した選手がそのまま、オリンピック選手として選出される。