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32話~君だけにさせられない!~

ご覧いただき、ありがとうございます。

お陰様で、ブックマーク50件、PV1.5万回を達成致しました。

この場を借りて、皆様に感謝申し上げます。

蔵人が5年生になって2か月。

夏の兆しが少しずつ色濃くなる日々の中、百山小学校では宿泊学習が行われようとしていた。


宿泊学習とは、子供達が親元を離れて数日間校外学習をするイベントの事だ。大抵の場合は自然あふれる森林公園や海辺等で行われる。林間学校とも言うのだろうか。

百山小学校の宿泊学習も例に漏れず、緑あふれる少女少年自然センターという、野外イベント専用のキャンプ場らしきところで行われる。


日程は2泊3日で、主に日常生活の自主性を育むことを目的に行われるこのイベントは、子供達だけで夕食を作ったり、洗濯や寝具の準備などを行う。

場所は県外。隣の県まで足を伸ばす。


心配なのは、そこが特区に近いことだ。流石に特区の学生が出てくることはないが、特区の近くは私立女子校が多いので、そこの生徒達と鉢合わせしないかだけが心配だ。

先日の夏合宿で、特区の人達は選民思想が強いことが分かったから、その周囲の子も似たような思想があるのではと、蔵人は心配していた。



朝早くから学校に集まり、大型バスに揺られて数時間。

普段遠出をしない子供達の超ハイテンションも落ち着き、眠りこける子が増えてきた中で、一行は現地に到着した。


キャンプ場と聞いていたが、どちらかと言うと森の中のペンションだな。白いペンキが所々剥がれた古い2階建ての建物が見える。

その前には広いグランドが広がっており、天気が良ければ明日の夜にはそこでキャンプファイヤーが予定されている。


子供達は早速、そのグランドに集合させられて、6人で一つの班を作る。男女混合だ。この班で炊事やオリエンテーション等を行っていく。


蔵人の班員は、蔵人、慶太、竹内君、大寺君、斎藤君、それに武田さんだ。男子5人に女子1人という歪な班編成だが、女子が元々少ないので仕方がない。それに、


「君と君はそっち!あっちの道はアナタ達で行く!」


次々と男の子達に指示を出す武田さんの姿は、女子が一人で心細い等とは思えない。

蔵人達は武田さんに顎で使われながら、オリエンテーションの宝探しを遂行していく。

まるで女王アリと働きアリだ。


竹内君と斎藤君、慶太と大寺君が武田さんの指示通り、キビキビと動き出すのを傍目に見ながら、蔵人はしみじみと思う。

そんなことを思っていたからだろう。


「巻島君!君はあっちの担当よ!」


そう言って示される道は、

いや道じゃなかった。

思いっきり雑木林の方を示して、指示を飛ばす武田さん。


「いや、なんで俺だけ藪漕(やぶこ)ぎなの?」

「貴方の盾なら楽勝でしょ?」


そうかもしれないが。


「そもそも、道なき道を行く意味は?」

「そこにお宝がある(かもしれない)からよ」


おい、今何か聞こえた気がするぞ?

なんで小学生のオリエンテーションで、そんなワイルドな隠し方をすると思うのか。

しかし、武田さんの指はブレずに、蔵人の行く末を示し続ける。

仕方なく、蔵人は盾を前面に出して、藪の中に突っ込むのだった。



結局、藪の中には何もなく、徒労に終わった蔵人がため息を着いてから数時間。

時刻は17時。

今から始まるのは野外炊飯だ。

グランドの端に建てられた野外炊飯用の建物、所謂オープンサイトだが、ここで各班が集まり、子供達だけで夕飯を作る。


今日のメニューはカレーだ。キャンプの定番ともいえる品だが、定番というのはそれだけ野外炊飯に適しているから選ばれるのだろう。

早速蔵人達も身支度をして、カレー作りに勤しむ。

のだが、


「ちょっと!竹内君!ジャガイモをそのまま切ったらダメだよ!芽を取らないと!」


大寺君の声が響いた。

その場に目を向けると、走り回る大寺君の姿があった。


「斎藤君!ご飯をそのまま火にかけないで!水に浸さないとだめ!ってか水で洗ってからだよ!」

「慶太!ルーはお腹壊すから、そのまま食べちゃダメ!ってか盗み食いをするな!」

「た、武田…さん。あの、ちょっとは手伝ってもらって…」

「私は女子よ?料理は男子の仕事でしょ?」


この世界では男女の役割があべこべだから、家の事は男子がやるのが当たり前みたいだ。

とは言え、これは宿泊学習なのだから、それでは意味がないだろうに。


武田さんに剛速球を投げ返された大寺君が、ヘロヘロになりながらこちらに来た。

仕方がないので、米は大寺君が、カレーは蔵人が作ることになった。


ほら行くぞ野郎ども。ピーラーでニンジンの皮でも剝いてくれ。

武田さんは…ああ、試食係なのね。


蔵人と大寺君の奮闘の甲斐もあり、何とか出来上がった夕食のカレー。武田さんの試食も無事に合格が出て、日が落ちきる前に机に着く。

さて、一時の安息を。

そう蔵人が思っていると、いきなり肩を叩かれ、間髪入れずに腕を引っ張られた。


「巻島!こっちだ。こっち来て!」


飯塚さんだ。

ちょっと待ってくれ。せめて一口…ああ、ダメですか。


蔵人は切羽詰まった顔の飯塚さんに連れられ(拉致られ)て、他班のチームへと強制連行された。

そこで目にしたのは…色とりどりのカレーが入った鍋だった。


「いや、カレーの色が色とりどりって時点で可笑しい」


つい突っ込んでしまった蔵人だったが、飯塚さん達は顔を伏せるだけだった。

いつもなら突っ込み返されるところだが、余程料理に苦戦しているようだった。

蔵人は目を伏せる子供達と共に、カレーを作り出す。


所々で飯塚さんが、「これも入れてみたら?」と怪しいビンを持ってくるので、それを回避。

なるほどね。色の正体はこれか。


そうして何とかまともなカレーが出来上がり、試食。


「やっぱりカレーと言ったらこの味、この色よね」

「さっきのは何か臭かったもんね。あたし達の食材、腐ってたのかな?」


なんでカレールウを使っておいて、臭くなったんだよ。

やるせなかったが、飯塚班でカレーを1杯頂き。戻った武田班でも冷めたカレーを1杯食べられたので、少し落ち着く蔵人。


「明日もよろしく〜」


飯塚さんから、そんな声の追撃が。

明日の晩御飯も、2グループ分作るのか...


「明日の"朝"からだからね?」

「...マジかよ」


武田さんの有無を言わさない一言で、絶句する蔵人。



そんなこんなでも楽しい共同生活をしていたが、翌日の昼には状況が変わる。

地元の私立女子小学校…つまり、特区付近のお嬢様小学校一同が、同キャンプ場で合宿をしに来たのだ。

超高級バスで乗り付けて入ってきた彼女達。何人か使用人らしき男性も見えるので、彼女達の中にはそれなりに大きな家の子もいるのだろう。


彼女達は、蔵人達よりもキャンプ場に近い建物…このキャンプ場の管理棟かと思っていたが、良い所の学校用に用意された上等な宿泊施設に入り、早速キャンプ場に出てきて何やら広げ始めた。

白いシートの上に何脚もの立派な椅子が並び、昨日蔵人達が夕食を食べた丸太の机やいすが片付けられて、そこに大きなステージがデデンと座り込む。

これらは数人のサイコキネシスと思われる女性達によって瞬く間に設置され、宿泊施設から出て来た女児達は当たり前の様にその椅子に座って、時間を持て余している様だった。


これが、同じ宿泊学習に来ている生徒なのか?

蔵人が懐疑的な目を彼女達に向けていると、隣にいた先生や武田さんも同じことを思ったのか、蔵人同様に苦い顔をする。武田さんなんて鼻で笑ってすらいた。

これは何か、ひと悶着あるなと蔵人が身構えていると…。


特段何もなかった。

彼女達との接点が殆どなかった事が幸いしたのか。

蔵人達は外で歩き回り、走り回ってばかりいたのに対し、彼女達は特設ステージで何かのショーを見ているばかりだったので、衝突することもなかった。


お陰で、夕食まで問題が起きなかった蔵人達。

だが、夕食の準備をするときになると、接点が生まれてしまった。


オープンサイトは共有だったのだ。

おかげで、夕食を作りたい蔵人達が調理場に赴くと、そこには彼女達の使用人でいっぱいだった。

これでは夕食が作れない。

仕方なく、あちら様の宿まで交渉に行った先生達だったが、向こうの方で何やら難航しているようすだった。


これではお腹が空くばかりだと、大寺君と何故かルンルンの竹内君が先生達の援護に、ステージで暇を持て余すお嬢様達の元へと向かったのだが…。


「ダメだ。追い返されてしまったよ。向こうは聞く耳を持たなくて…」

「僕を、ゴミでも見るような目で見るんだ…。堪らないよ!」


悲しそうに首を振る大寺君に、何故だか目を輝かせる竹内君。

竹内君。取り返しがつく内に帰っておいで。


さてどうするかと蔵人が考えていると、今度は加藤君と西濱のアニキが行くと言い出す。

確かに、この2人なら口が上手いのと圧力が強いので、彼女達も聞いてくれるかも。

そう信じて、送り出した2人は…。


帰ってこなかった。


何故だ…。

考えても分からないし、犠牲者?も出てしまったので、今度は蔵人が行く事にする。

何故だか竹内君が着いて来た。

…君、交渉する気ゼロだよね?なんなら罵られに来てるよね?

まぁ1人で行くよりはいいかと考え直し、お嬢さん達の元に行く蔵人。


彼女達の何人かは、特設ステージの上で何かを踊っていて、その周りの子達はそれを見ながら駄弁っていた。その駄弁る子達に話しかけようとしたのだが…。


「また来ましたの?底辺ランクの方々」

「私達の舞台を汚さないでくれない?」


話しかける前に睨まれて完全拒否。

あまりにも一方的な物言いに、蔵人が閉口していると、隣の竹内君は鼻息を荒くする。


「はぁ、はぁ、……いい」


良くない。帰れ。

蔵人は痛い頭を無視して、アクリルスケボーに乗って前に進む。

これなら汚れる云々言われる事もない。


竹内君?彼にはその場にいてもらう。付いてこられると面倒だ。もっと早く気付くべきであった。

蔵人が近づくと、お嬢さん方が厳しい目でそれを出迎える。


「ちょっと、貴方!汚れるから来ないでって…」


今にも異能力を発動しそうなお嬢さん。

だが、彼女が強硬策を取る前に、それを止める声が静かに上がる。


「岩田さん、ちょっといいかしら?」


声は、お嬢さん達の後ろの方から聞こえた。

蔵人を通せんぼしていたお嬢さん達が、顔色を変えて道を開けたところを見ると、今声を上げた人の地位が凡そ分かる。


その人はしっとりと長い黒髪を肩まで伸ばした和風美人だった。首元には、幾枚もの花弁を周りに蓄えた菊の記章が金色に輝いていた。


「初めまして。(わたくし)広幡 朝陽(ひろはた あさひ)。広幡家の分家に当たる血筋ですわ」


ひろはた、だと…。


「広幡様。お会いできて光栄です。巻島蔵人と申します。どうぞ、お見知りおき頂きたく」


広幡家と言えば、江戸時代から続く由緒正しき大財閥だ。例え分家と言えど、巻島家とは比べ物にならないほど大きく偉大…だと思う。


蔵人は失礼の無いように、記憶にある最大限の作法で礼を尽くす。

すると、周りの女子からは驚くような声が聞こえて来た。

顔を上げた時に見えた広幡様のご様子から、その声が無礼だという驚きの物ではないとは思う。


「そう、巻島の人間ですのね。この子達が失礼をしましたわ」

「とんでもございません。こちらこそ、前触れもなく出向いたご無礼をお許しいただきたく」


貴族同士の会話。

蔵人は貴族階級ではないのだが、相手が勘違いしてくれているので続けさせてもらう。

お陰で、周りの娘達は会話に入って来られずにいる。

一対一なら、有利な状況に持ち込めるかもしれない。

蔵人はこっそり、舌で唇を濡らす。


「広幡様。重ねての無礼を承知でお願いしたいことがございます」

「調理場の事ですわね?」


広幡様は柔和に微笑んで、蔵人の言葉を受け取ってくれた。


「先ほどいらしたDランクの方々もおっしゃっていました」


Dランク。加藤君とアニキだ。


「…彼らは今、どちらに?」

「私達の館で、おもてなしをさせて頂いていますわ」


そう言いながら後ろの建物を振り返る広幡様。


なるほど、Eランクは追い払ったが、貴重なDランクは囲い込んだと。

加藤君はなかなかのイケメンだし、西濱のアニキは度胸がある。多分そこら辺も買われたのだろう。

蔵人が少し暗い顔で考え込んでいると、広瀬様が蔵人の気を引き戻すように小さく手を叩く。


「巻島君。貴方もこちらにいらしたらいかがかしら?折角のご縁ですし、この子達も他校の生徒と交流をする良い機会ですわ」

「それは、我々の学校と交流の場を設けて頂ける、ということでしょうか?」


違うと分かっていながら、蔵人は確認する。

案の定、広幡様はゆっくりと首を横に振る。


「私がお招きしていますのは、貴方達特別な方々だけですわ。Dランク以上の有望な男子。貴方もそうですわね?」


広幡様の目が怪しい光を放ちながら、蔵人の足元を見る。

蔵人を浮かしている盾を。


言葉は疑問形だが、これは既に、蔵人の事を品定め終えているのだろう。

Dランク以上。まさかCランクだとは見破られておるまいな?

蔵人は不安な顔を隠すがごとく、深く頭を下げる。


「広幡様のお誘い、大変光栄でございます。しかし、我々だけが良い思いをする訳にもいかない状況でして」


他のクラスメートが居るからね。調理場の権利獲得は絶対だ。


「あら?庶民を気遣うとは、巻島君はお優しいのですね。ではこうしましょう。調理場を自由にして頂いて構いません。代わりに、私達の野外活動が終わるまで、貴方にはこちらの館で過ごしていただきます」


それはつまり、蔵人の身柄を差し出せと言っているのと同義。

相手は貴族だ。何の見返りもなしに交渉の場で譲歩してくれる程優しくない。ならば、自身の身一つで引いてくれるのなら安い物だろう。


「かしこまりました、広幡様。私がそちらに」

「だめだよ!」


蔵人が了承の意図を伝えようとしたその時、後ろから声が響く。

竹内君だ。


「ダメだよ!蔵人君!君だけが行くなんて!」


遠くでも必死に抗議する竹内君の顔は、緊張からか赤くなっていた。

それもそうだろう。ここにはDランク以上の、それもお嬢様ばかりが集まっているのだ。男子のEランクである竹内君には、魔窟の様に見えるのだろう。

それでも、彼は声を上げた。蔵人を庇うために、声を上げてくれた。

何と友達思いな…。


「君だけがそっち(楽園)に行くなんて、そんな(羨ましい)事、君だけにさせられない!」


気のせいかな?めっちゃ心の声が聞こえる気がするんだけど?

蔵人は肩をすくめた。

ちょっとずつ、主人公が高貴な人達との接点を持ち始めましたね。

心配です。

竹内君の将来も心配です。


イノセスメモ:

藪漕ぎ…登山などで、道でない藪が生えた場所を、枝や草をかき分けて進むこと。道をショートカット出来るので、多少時短にはなるが、ザックや装備が傷ついたり、無くなったりするので、多用はご注意を。

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変態って強いからな、中々の者になるかもな。まぁそうなったら竹内君好みの蔑んでくる女性が減りそうだが
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