344話〜そうそう。まじウケる〜
いつもご愛読下さり、誠にありがとうございます。
今話から新章となります。
えっと…む、げん?
「儚く消える、夢の世界へ」
3月の終わりが近づく日曜日。春うららな昼下がりに、蔵人はジッと公園のベンチに座って、行きかう人々の様子を眺めていた。
今日はピクニック…と言う訳ではなく、林さんのゲーム知識の検証をする為に外出していた。
場所は、東京湾岸沿いのお台場レインボー公園。
林さんが言うには、今日ここでアグレスの襲撃があるそうだ。
ゲームの中で言うと、3年後の今日、主人公達はここで避難民への炊き出しを行っていたそうだ。
アグレスの大規模侵攻によって、東京湾周辺は壊滅的なダメージを負い、多くの死傷者と避難民を生む大惨事となった。
その事件が起きたのが、3月の上旬。深い悲しみに暮れるトーキョー特区の住人達に対し、防衛軍は瓦礫の撤去や仮設施設の設置など災害支援に全力で当たっていた。
少しずつ。ほんの少しずつではあったが、人々が傷を癒し、復興に向けて頑張って行こうとしていた今日、アグレス達は再びやって来る。
現場は阿鼻叫喚となり、主人公達は逃げ惑う民間人の誘導と、上陸するアグレスの両方を相手しなければならなかった。
勿論、今この場に避難民などは人っ子1人見当たらず、見える街並みは史実よりも整然としていた。
なので、軍隊の炊き出しは勿論、警察官の姿すら見かけない。今日、この場所が戦場になる事を、蔵人と林さん以外は誰も知らないのだ。
まぁそれも、ゲーム通りに進行したら、の話ではあるが。
ブランコで遊ぶ小さな女の子を見て、蔵人は小さく首を振る。本当に長閑な日曜日だと心が緩みそうになる。
だが、林さんの知識は信憑性が高い。何せ、起きていないと思われていたメインストーリーの出来事が、実際は陰ながら起きていた可能性があったからだ。
1章の動乱編。
特区の外でテロ組織による暴動が勃発するこの事件だが、これの原因となる薬物の取り引きが最近特区の外で行われ、それを軍隊が一斉検挙したことが分かった。
時期で言うと、バレンタインデーが終わった頃。大野さんが急遽出動したあの日に、そんな事件が起こっていたらしい。
主要メディアは取り上げていなかったが、我らが敏腕記者からの情報なので、確かな物だ。
その薬物と言うのが、火蘭さんが氷雨様達に使った物と同種の物で、使用者を極度の興奮状態にするらしい。
元々、特区に対しての不満を持っていたゲームの低ランク異能力者達は、その薬の影響もあって、一気に暴徒化したのだった。一人一人は無力でも、大勢の人々が詰めかけたことで、防衛軍も相当手を焼いたそうだ。
だが、この世界ではそこまでの凶事にはならなかった。
特区に対する低ランク異能力者達の恨みは薄く、手前味噌な話だが、黒騎士の活躍もあった事で、人々はいい感じにガス抜きが出来ていた。
きっと、薬物に手を出す程に状況がひっ迫した人が少なく、アグリアの扇動に乗る事もなかったのだろう。白百合会の活動が停滞しているから、議会に強硬策を迫る人も居らず、特区を優先にした議案も出ていない事も大きい。
このように、ゲームの世界と同じように動いた日陰者達は、この世界にも確かに存在した。ただ、火種が十分ではなく、着火しなかっただけの事だった。
そして、2章の隔離編。
トーキョー湾に大量の侵略者が襲来するイベントだが、こいつもこっそりと処理されていたらしい。
時期で言うと、生徒会選挙の真っ只中。東京湾ふ頭のとある貸倉庫で、ボヤ騒ぎがあった。
確かに、吉留君に初めて相談を受けた日に、そんなニュースを見た気がする。
ただのボヤとしかメディアも伝えていなかったので、あまり印象に残っていなかったが、実際は陸海の両軍が出動する大規模な事件だったそうだ。軍隊が出動すると言う事は、アグレスの襲来があった可能性が高い。
それでも、被害は隠蔽出来る程度に軽微であり、実際ここから見える風景に、それらしき爪痕は一切見られない。
これは、第1章と現実が大きくかけ離れたことが原因であろう。
ゲームにおける第2章では、特区外の治安を回復させる為に、多くの人員と意識が割かれていた。その為、アグレスの襲来に対して直ぐに動く事が出来ず、また防衛軍の力も大きく消耗していたので、被害が拡大してしまった。
だがこの世界では、暴動鎮圧に割かれた労力は微々たる物で、アグレスの襲来に全力で対応出来た。それ故に、貸し倉庫の炎上程度で済んだのだろう。
これらの事実から、ゲームでのイベントは、確かに起きていた。しかし、状況が良かったので、この世界では上手いこと避けられただけだった。
なので、今回も襲撃される可能性は決して低くはないと思うのだが…。
蔵人は、目の前に広がる平和な日常を目にして、少しずつ不安が燻り出した。
本当にこんな日に、アグレスが来るのだろうかと。まるで、晴れ間の遊園地で肝試しをするようだと。
そう思いながらも、蔵人は周囲を警戒する。
今の蔵人は、周囲をクアンタムシールドで囲んでおり、周りから見えにくくしている。
今日は橙子さんも大野さんも居らず、1人での行動だから、慎重にならないといけない。
この危険な行動も、頭を悩ませた1つだ。
今や時の人となってしまった黒騎士が、1人で特区を散策するなどかなりの危険行為だろう。見つかれば、多くの女性にすり寄られるのは必然。ニャンジャワールドのシン君の様になってしまうだろう。
だが、襲撃の事を橙子さん達に話す訳にはいかなかった。
1つは、身の保身の為。
沖縄襲撃事件の記憶があると分かれば、若葉さんのお祖母様の様に拘束されかねない。黒騎士を拘束するなんて思えないが、何らかの行動規制が掛かるのは間違いない。
そして、2つ目の理由は、林さんの為だ。
アグレスの襲撃を言い当ててしまえば、その情報源を徹底的に尋問される。何せ、アグレスは透視も未来視も効かない相手。それ故に人類は何時も後手に回っており、奴らの対応に手をこまねいている状況だ。
そんな中、奴らの襲来を的確に予測しようものなら、政府や軍は躍起になってその方法を調べようとするだろう。
拷問されても口を割らない自信はあるが、この世界は超能力世界。サイコメトラーやドミネーション、人の記憶を読み取る方法なんて幾らでもある。
少し探りを入れられるだけで、瞬く間に林さんの事がバレてしまうだろう。そうなれば、彼女は二度と普通の生活が出来なくなる。
転生者である事の苦しみに耐えて、今やっと人並みの幸せを手にした彼女に、そんな苦痛を味わって欲しくはない。最近では、吉留君との仲も良好みたいだし、このまま普通の人生を送って欲しいと切に願う。
それらの懸念から、蔵人は1人で行動する事に決めた。
寮のみんなには、申し訳ないと思う。特に、恵美さんはとても心配性になっているから。
またアグレスが襲ってくるかもと思っているのか、蔵人が1人で庭に出るだけで、周囲に危険がないか索敵を行う様になっていたし、大野さんが1人で外出しようとすると、一緒に付いて行こうとしている。
大野さんが一瞬殺された事も、トラウマになっているのかもしれない。
逆に、レオさんは戦いたくてウズウズしていた。大野さんの実力が想像以上だったみたいで、帰宅してヘロヘロな大野さんを捕まえて訓練しようとしていたから。
黒騎士も呼んでくれ!と大野さんに迫る彼女を見た時は、彼がこちらを見ないかドキドキしたものだ。
安全面を考えれば、彼女達に同行してもらうべきである。だから、今回の襲撃を全て1人で解決するつもりはない。今回は、林さんの知識が何処まで確実性があるかの確認と、アグレスからの被害を最小限に抑える事を目的にしている。
きっと、アグレスが出てくれば、直ぐに軍隊が駆けつけてくれるだろうから、対処は彼女達に任せるつもりだ。
…任せても、大丈夫だよね?
そんな風に、蔵人が軍隊に対して若干の不安を覚えながら海沿いを眺めていると、
悪寒が走った。
同族嫌悪。薄っすらとバグの気配を感じた。
来たか。
その嫌な気配を感じる方向に、蔵人が視線を向けると、
公園に続く砂浜の上で、ポツンと1体のアグレスが立っていた。
白いモヤに包まれたそいつは、紛れもなく変異種のアグレス。沖縄で最初に襲ってきたソルジャー級であった。
蔵人は急いで、そいつの近くへと移動する。
だが、アグレスはフラフラとした足取りで、浜辺をのそり、のそりと歩くだけだった。
まるで夢遊病患者や、不活性状態のゾンビみたいだ。きっと、魔力を持つ人間が近くに居ないと、凶暴化しないのだろう。
蔵人はそう考え、ステルス状態で徐々にアグレスへと近づいていった。
すると、奴まで5mくらいの所に来て漸く、アグレスはビクンッと反応し、足元へと落としていた視線を上げて、周囲を見渡すように顔を動かした。
その顔が、こちらを向く。
向いたが、そのままスルーされてしまった。奴の様子に、こちらに気付いた様子はない。
きっと、魔力は感じているが、何処にいるか分からないのだろう。目の部分は落ち窪んで無くなっているが、視認は出来ると言うことだろうか?
蔵人がアグレスの生態をマジマジと観察していると、突然、
「アァアアアァア…」
アグレスが呻きだした。
両手を突き出して、こちらへと迫ってくる。
あれ?視認出来なくても反応するのか?何か、物音でも発してしまっただろうか?
蔵人は首を傾げながら、アグレスに対応しようと拳を握る。
だが、
「アァアアアァ…」
アグレスは、蔵人の横を素通りして、向こうの方へと行ってしまった。
なんだ?俺を探知した訳じゃないのか?
奴が何に反応したのかと、蔵人は振り向いて奴の目指す先を見る。すると、そこには歩道を走る女性ランナーの姿があり、アグレスは彼女に追いつこうと小走りで駆け寄っていた。
うん。やはり視認が第一みたいだ。
蔵人は心の中でメモしながら、ヨチヨチ走るアグレスを追う。
アグレスの走り方は随分と不安定だ。軸がブレて走るから、速度が全然出ない。小学生の方が早いレベルだ。これなら、女性ランナーに追いつくことはないだろう。
そう、安堵した蔵人の目の前で、
ランナーの女性が立ち止まった。
えっ?
驚く蔵人の前で、女性ランナーは更に驚きの行動に出る。
アグレスに向かって、走り寄って来たのだ。
はっ?なんで?
女性の行動に理解が出来ず、立ち止まる蔵人。
その間にも、女性はアグレスに接近し、拳を振り上げた。
「おりゃあ!」
蛮勇の一撃。
それは、アグレスが後方へと避けた事で、空振りに終わる。
「おっ。避けるんだ、このアグレス。やっぱり変異種なだけはあるね!」
楽しそうに呟く彼女。
もしかして、WTCのアグレスだと思っているのか?
蔵人はそう考え、それが普通の思考だと思い至る。
長い間、敵役として戦っていたフォログラムの相手。いざと言う時に戦える様にと組み込まれたシステムが、今は裏目に出ていた。
「まさか、こんな街中でイベント開催してるなんて。ちゃんとポイントは付くんでしょうね?」
女性は嬉々として、アグレスに襲いかかる。これが、ただの催しだと勘違いして。
「おりゃあ!」
「アアァ」
だが、所詮は一般人。2つの異能力持つアグレスを相手に、簡単に吹き飛ばされてしまった。
「いったぁ…」
地面に倒れ、手に負った怪我に顔を顰める女性。
だが、そんな事をしている間に、アグレスは迫る。腕を高らかに上げ、女性を殺そうと振り下ろした。
不味いっ!
蔵人は瞬時に小さな水晶盾を生成し、女性の顔面スレスレまで迫ったアグレスの拳を受け止めた。
そして、別の水晶盾を生成し、それを回転させてアグレスの首を落とした。
その首が地面に落ちる前に、アグレスは霧となった消えた。
怪我をさせてしまったが、これで彼女も分かってくれただろう。これが、ただのイベントなどではないと。
そう期待した蔵人の目の前で、女性は立ち上がり、
「おっ!まだ居るじゃん!」
蔵人を通り越して、浜辺へと突進していった。
その、彼女の向かった方を見ると、
「「「アァアアアアアァアア…」」」
数体のアグレスが海から現れ、浜辺へと向かっていくところだった。
そして、その浜辺には、数多くの一般人が集まっていた。
「おっ!来た、来た!こっちに来るよ!」
「変異種がこんなに沸くなんて珍しいわ。何のイベントだろう?」
「お母さん写真!早く撮って!」
「あっ、もしもし里子?今さ、お台場でイベントやってるみたいでさ。白いアグレスいっぱい上陸してきてんだわ。そうそう。まじウケる」
集まった人達はみんな、好奇の目で侵略者共を迎えていた。
普通考えれば、こんな所でゲリライベントなんて行わないと分かるだろうに。海から上がったそいつらが、震え上がる程の殺気を放っているのに、誰1人として危機感を感じていなかった。
正常性バイアス。
人は、日常の中に異常を見付けても、それを異常と認識しない傾向にある。
緊急時でも慌てない防御反応が、今は逆に働いてしまっていた。
「じゃあ撮るわよ〜」
「はーい!」
襲い来るアグレスをバックに、少女がポーズを決めて、母親から向けられるカメラに笑顔を向けた。
そんな彼女達に向けて、アグレスから火炎弾が飛んできた。
その火炎弾は少女の頭部を吹き飛ばし、母親の胴体に大穴を開けるのに十分な威力だった。
だから蔵人は、すぐさま水晶盾を飛ばし、迫り来る火炎弾を追い越して親子の前に盾を展開した。その水晶盾に、凶弾がさく裂した。
バァンッ
小さな爆発を起こして、火炎弾は水晶盾の表面を焦がす。
それを目の前で見せつけられた親子は、しかし、手を叩いて喜んだ。
「凄いっ!きれぇ〜」
「本格的な演出ね。もしかしてあのアグレス、フォログラムじゃなくてスタッフさんが変装しているのかしら?」
あと少しで自分達が殺されていたというのに、呑気に拍手を送る親子。
それを見た蔵人は、ホッと息を吐く。
やっぱり、来て良かったと。きっと、ここに自分がいなかったら、今日ここで多くの命が失われていただろうと考えて。
攻撃を防がれたアグレスは、再び手のひらに魔力を集中する。今度は、複数の個体がそれに追従した。
蔵人は浜辺に大きな水晶盾を並び立てて、一般人達を覆い隠した。
そこに、無数の弾丸が降り注いだ。
「うぉお!いきなりクライマックスだ!」
「すごっ!まるでファランクスの試合みたい!」
「盾は何処から出してるんだろうね?」
「ねー?スタッフさん、何処だろう?」
「くーっ!もっと近くに来いよ、アグレス。遠距離攻撃なんて捨てて、かかって来い!」
ダメだ。みんな怖がるどころか、余計にイベントだと思ってしまっている。このままだと盾も持たないし、何よりアグレスの上陸を許してしまう。そうなれば、ゲームと同じ惨事になるだろう。
蔵人は悩み、そして、決断する。
ごめんなさい。ランナーのお姉さん。
「アアァア…」
1体のアグレスが放った水弾。それに合わせて、蔵人は水晶盾の一部を鉄盾に切替える。
すると、鉄盾は簡単に砕け、盾の後ろで構えていたランナーのお姉さんの肩辺りに当たった。
「ぎゃっ!」
水弾に当たったお姉さんは、そのあまりの威力に吹っ飛ばされて、浜辺を何度も転がった。
「えっ!?人が飛んだぞ!?」
「ちょっと!大丈夫!?」
浜辺に倒れたお姉さんを見て、数人が慌てて駆け寄る。
「いったぁ…痛っ!腕がっ、私の腕がっ!」
上半身だけ起き上がったお姉さんは、腕を抑えて泣き叫ぶ。
千切れたりはしていないが、変な方向に折れ曲がっている。
骨折だ。
それを見た人々は、顔を青くして突き合わせる。
「ねぇ…これって、どうなってるの?」
「やり過ぎじゃない?ヒーラーもテレポーターも来ないし」
「あっ、もしもし警察?なんかお台場のイベントで〜事故ってるんだけど〜?…えっ?そんなイベントは…無い?」
集まったみんなの顔が、一気に歪む。
そんな彼女達を目掛けて、アグレス達は容赦なく歩みを進める。海から浜辺に上がり、彼女達に向かって腕を突き出す。
「「「アァアアアアアァアア」」」
「「「いやぁああああ!!!」」」
一斉に上がる、数多の悲鳴。
彼女達は、漸く気付いた。
迫り来るそいつらが、ただの演出では無いことを。
彼女達の魔力を欲し、命を狩る為に迫る外敵であると。
彼女達の命が今、脅かされていることを理解したのだった。
悲鳴を聞き、アグレス達が活性化する。
浜辺に上がった個体は走り出し、青い顔で固まる人々へと迫る。
「逃げろ!」
「何なのアレ!?何なのよ!」
「いいから逃げるんだよ!死にたいのか!?」
迫り来るアグレスに、人々は漸く逃げ始める。
焦った彼女達の中には、砂で足を取られて転び、肩にかけていたバッグを落としてしまう人もいた。
でも、誰も足を止めようとしない。
迫り来る暴徒から少しでも距離をとる為に、必死になって足を動かした。
だが、そうやって逃げられない者もいる。
「痛い!痛い!」
「我慢しろ!走れ!追いつかれるぞ!」
「お母さん!待って!」
「お願いミミちゃん!頑張って走って!お願いよぉ!」
怪我を負ったランナーさんや、小さな子供を連れた母親は、みんなに付いて行けずに取り残されつつある。
その周囲にいる人達の中には、彼女達に手を貸している人もいたが、それを追うアグレスは容赦がない。
遅れた人間を目掛けて、嬉々として追いかけ始めた。
その姿は、野生動物の狩り。
弱った人間は奴らにとって、格好の獲物でしかなかった。
理性の欠片もない、証拠だった。
だから、容赦は必要ない。
「シールド・カッター」
「アァ…」
蔵人の放った回転盾が、親子に襲い掛かろうとしたアグレスの首を切り落とす。
回転盾はそのまま、ランナーさんの方へと迫っていた個体も両断した。
アグレスを敵だと認識した彼女達を、これ以上危険に晒す必要は無い。
蔵人は、逃げ惑う彼女達の最後尾にシールド・ファランクスを展開し、アグレス達からの砲撃を全て迎撃する。
それと同時に、上陸した個体に次々と、シールドカッターを浴びせて刈り取っていく。
それを見た人達の中には、その場で立ち止まる人も出てきた。
「えっ?なに、これ?何が起きて…」
「何か空を飛んでいるわ!」
「シールドだ!シールドが回転して飛んでる!」
「黒騎士様だわっ!」
あら?ヤバいな。思ったよりもみんなに安心感を与えてしまったか?
蔵人は苦虫を噛み潰し、みんなの方を見る。
だが、
「バカっ!止まるな!」
「こんな所に、黒騎士様が居る訳ないでしょ!」
「アグレスはすぐそこだぞ!足を動かせ!」
恐怖に駆られた人々は、そうそう簡単に足を止めなかった。
足を止めた人達も引っ張って、街の方へと逃げていった。
「ミミ!早く来なさい!」
「やだっ!黒騎士様がいるんだもん!きっと、見えなくなる盾で隠れてるだけだもん!ミミ、黒騎士様のオンナになるんだもん!」
「馬鹿な事ばっかり言って、この子はホントに、もうっ!」
駄々をこねる娘さんに、母親は怒って彼女を担ぎ上げ、そのまま凄い速度でみんなの背中を追った。
火事場の馬鹿力って奴だろうか。やはり、母親は偉大だな。
…娘さんの将来が、ちょっと心配だけど。
「「「アアアァアアアァ…」」」
逃げる人々の背中を見送っていた蔵人に向けて、残されたアグレス達が迫ってくる。
どうやら、異能力を発動し過ぎると、視認出来なくても奴らの探知に引っかかるらしい。
また1つ、アグレスの生態が知れたな。
「さて、では…やるか」
軍隊の皆さんがいらっしゃるまで、精々足止めさせてもらうとしようか。
蔵人はクアンタムシールドに囲まれる空間で、深く構えるのだった。
正常性バイアス…。
いざという時の訓練が、裏目に出てしまいましたね。
「人とはそういうものだ。平和故に、感覚が鈍る」
鈍らない為のWTC…の筈が…。