343話〜それに…早過ぎるよ〜
いつもご愛読いただき、ありがとうございます。
開幕、他者視点となっております。
「やっぱり私はこれだ!このチン〇を買うことにする!」
「”ちんすこう”や!絶対ワザと言っとるやろ、自分」
突如、アグレスが大量出現した翌日。私達は再び〈国際通り〉に来ていた。
蔵人君達が本日帰省する為、急遽お土産を調達する必要が出来たのだ。
街の様子は、随分と閑散としてしまった。昨晩までは春休みと言う事もあって、多くの観光客や近隣の学生達が賑やかに闊歩していたこの通りも、昨晩鳴り響いたサイレンと、今でも出続けている外出自粛要請によって客足が遠のいてしまった。
蔵人君達にも申し訳ない事をした。折角の旅行だったのに、1日予定を切り上げて帰省してもらう事になったから。
しかし、仕方のない事だ。このような不安定な情勢では、我々だけの護衛では心もとない。いざという時のテレポート部隊が居ないと言うのは、かなりのリスクだから。
そんなギリギリな状況ではあったが、昨日は乗り切ることが出来た。民間人への被害は愚か、彼女達の誰にも知られずにアグレスを駆除出来たのは、幸運以外の何物でもない。
「鶴海さんは、何を買ったんです?」
「私はこれ、首里石鹸よ。沖縄の果物をベースにした香りがするらしいの」
「それは良いですね」
その幸運を生み出してくれたのは、今、私の目の前でイチャついているカップルだ。
巻島蔵人と鶴海翠。この両名のシンクロによって、大尉達は強化され、あのジェネラル級を倒す事が出来た。
そんな大活躍をした2人だが、楽し気にお土産を見るその姿からは、昨晩のトラウマは全く感じない。
それは、私のクロノキネシスがしっかりと効いている証拠だ。
戦闘を終えた昨晩。私は、彼らの記憶消去を行った。
彼らに「治療をするから」と手をかざして、記憶をアグレス達が現れる前まで戻した。我ながら絶妙な時間遡行をしたみたいで、彼らの甘い密会までは消さずに済んだみたいだった。
少しくらいは大切な記憶も消えるかと覚悟していたけど、本当に運が良かった。私の技量では、微妙な時間調整までは出来ないから。
きっと、神様が味方してくれたんだと思う。彼らの功績で、多くの人が救われたのだから。
結局、海軍の艦隊が現場に到着したのは、あれから1時間も経った後だった。最大船速で来てくれたみたいで、予定到着時刻より10分も早く到着した彼女達だったが、遅すぎる到着だ。
もしも我々だけで対応していたら、小隊は全滅し、那覇の街にまで被害が出ていただろう。下手をすると、民間人にも多くの死傷者が出たかもしれない。ジェネラル級のアグレスに対して、警察では足止めにもならないだろうから。
それでも、死者も出さずにジェネラル級を討伐出来たのは、全て蔵人君達のお陰だ。ただでさえ、ブーストにサイコキネシスと言う凶悪な組み合わせで、練度も恐ろしく高い個体だったのに。
「おおっ!この刀カッコイイぞ!見てみろ、モモ!」
「え〜。なんか、沖縄と関係ない気がするよ?」
「何処のお土産屋さんでも売っているお土産よ?さっちゃん」
「しかもプラスチックだぜ?あたしの磁力にピクリともしねぇからよ」
「なにっ!?そんな筈は…」
少女達が私の目の前ではしゃぎまわっている。1人の少女が高々と掲げる模造刀を見て、私は昨晩の記憶が蘇る。
大尉によって駆逐されたジェネラル級は、何かを求める様に藻掻き、そのまま消えていった。でも、対象が持っていた大剣と鎧は消えずに残っていた。
つまり、その装備はアグレスの異能力とは関係ない物だったという事。
大尉の攻撃にも耐え、Bランクの首を落とせる程に強力な大剣。そんな物を、奴はどうやって手に入れたのだろうか。
私は気になって、アグレスが残した装備類を調べようとした。
でも、間に合わなかった。援軍で来た海軍が、証拠物を全て回収してしまったからだ。塵一つ残さずに拾っていった彼女達は、砂浜を整備して、何事も無かったかのように復旧作業を行った。
その後、街の方へと向かって行ったが、きっと目撃者がいないか調査しに行ったのだろう。もしも見られていたら、その人の記憶を消去するために。
記憶を消すのは納得が出来る。アグレスに関する情報は極秘事項。外に漏らさない様にするのが、私達クロノキネシスに与えられた大事な任務の一つだ。
でも、あの装備については疑問が残る。回収を命じた指揮官に質問したら、私や大野さんですら極秘事項だと突っぱねられてしまったから。
通常種とは異なる、武装した個体。異能力の使い方も剣技も見事なあの個体は、一体何だったのか。我々一般兵には知らされていない情報が、軍の上層部には秘匿されているみたいだった。
勿論、特殊個体の情報以外は開示してくれた。
無線で言っていた北海道での事案。あれは、あちらでもアグレスが確認されたそうだ。それも、かなりの数。
襲撃があったのは、北海道稚内市の空軍基地。そこに、数え切れない程のアグレスが襲来した。
その中には、私達が苦戦したジェネラル級も複数体確認された。
政府は直ぐに軍隊の派遣を決定し、ディ大佐が率いるテレポート部隊をフル稼働したそうだ。
その影響で、こちらにはテレポート部隊を回すことが出来ず、周辺海域を哨戒していた海軍に援軍要請を出すしかなかった。
きっと北海道のアグレスは、ロシアから流れてきた個体だったのだろう。かの国は、自国で暴れるアグレスを対処するだけで手一杯となっているから、末端のアグレスにまで手が回っていない。
今までも、かの国から日本へアグレスが襲来することもあった。だが、今回は規模が桁違いだったので、対応も遅れてしまったのだ。道内だけで対応出来なかったのは初めてだと、上官は漏らしていた。
それでも、大佐達の活躍もあって、稚内市内には被害がなかったそうだ。空軍基地はかなり破壊されてしまったらしいが、それはまた建て直せばいいだけの事。民間人に被害者が出なかったのだから、防衛は成功と言って良いだろう。
陸軍の総力を挙げて対応したのだ。防衛出来なければ、北海道が無くなっていた。
それだけに、軍隊は殆どのリソースを北海道に費やしてしまい、沖縄襲撃は後手の後手に回ってしまった。軍の上層部も、政府の高官も、今回の事件を重く受け止めたらしい。ジェネラル級の、それも特殊個体に対して、あまりに無謀な采配をしてしまったと。
それと同時に、私達を高く評価したと聞いた。
海軍の上官に呼び出された大野大尉が、朝方に電話で教えてくれた。私と大尉は昇格が検討されており、恵美達にも報奨があるとか。
でも、今回の立役者である蔵人君については、何も言及がなかったらしい。
記憶を消しているから、何も与えられないと言う事なのか。もしくは、あまりにも大きな功績に、上層部でも決めかねているのか。
「ボスは何を買うんだ?」
「私はこれ、サーターアンダギー。やっぱり沖縄と言えばこれじゃない?」
その本人は今、少女達に囲まれてとても幸せそうな顔をしている。昨晩、私に迫った時とは全くの別人だ。
本当にあの時は、上官に睨まれた時と同じくらい嫌な汗が噴き出した。
「それは分かるけどさぁ、ボス。そっちの手に持ってる瓶はなんだよ?」
「こ、これは…」
「おやおや、巻ちゃん。これはコーレーグースじゃないかな?唐辛子を泡盛に漬け込んだ、アルコール度数の高い調味料だったと思うけど?」
「ええっ!?若ちゃん、それ本当?」
「アカンですって、カシラ!酒はハタチになってからや!」
「勘違いしないで!これは調味料なんだから!」
目の前でドタバタする蔵人君達は、本当に楽しそう。
この場面だけ見ると、昨晩のあの場所にいた人物が、本当に同じ人なのかと疑ってしまう。
確かに、襲撃の記憶は消えている。でも、それがなかったとしても、彼の立ち居振る舞いは異常だと思う。
仲間達と戯れる、年相応の少年。
戦闘で見せた、軍人顔負けの歴戦戦士。
そして、私達の世話をする使用人のお爺ちゃん。
本当に彼は、中学生なのだろうか。100の顔を持つ怪盗と言われた方が、余程納得できる。
「何かありましたか?瀬奈さん」
私が考え込んでいると、蔵人君から話しかけてきた。
「ごめんなさい。少し、ボーっとしていただけよ」
しまった。ジッと見過ぎていたみたいだ。彼はこういうのにも、とても鋭い。気を付けないと。
私は気持ちを正し、護衛の任務に戻った。
〈◆〉
瀬奈さんが睨んできたから、蔵人は焦ってしまった。てっきり、昨晩の記憶が残っているのがバレたのかと思ったから。
昨晩、アグレス達を葬った後、蔵人はティアマトを解除する前に、鶴海さんにお願いをしていた。ティアマトの加護を、暫く自分の頭に付与して欲しいと。ティアマトの魔銀の加護で、瀬奈さんのクロノキネシスを防いだのだ。
軍がアグレスの存在を秘匿していることは、ディ大佐からも聞いていた。なので蔵人は、瀬奈さんをただの衛生兵とは思っていなかった。
クロノキネシスならば記憶を消去出来る。そうディさんから教えて貰っていたから、彼女の役割が情報工作も含まれていると考えた。
そして、それは正解だった。
ティアマトを解除して降り立った蔵人達に、瀬奈さんは真っ先に近付いて来て、治療と言う名の記憶操作を行った。大佐から聞いてなかったら、本当にただの治療と思っていただろう。
お陰で、大切な情報を守ることが出来た。
ありがとう、大佐。協力してくれた鶴海さんも、ありがとう。
その鶴海さんについてだが、
「どうしたの?巻ちゃん?」
「(高音)いいえ。何でもないわ」
随分と、距離が縮まった気がする。
昨晩までは、鈴華に釣られて無理に絡んできた腕も、今は自然と絡ませてくる様になった。少し頬は赤いが、それは気恥しさから来るものだと思う。
昨晩、鶴海さんが言った通り、怖がりな彼女はあの浜辺に置いてきたみたいだ。
つまり、彼女もあの告白のシーンまでは覚えていると言う事。
もしかすると、あの襲撃についても覚えているかも。だって、ティアマトの力は彼女にも使えたのだから…。
「そ、そんなに見つめないで。恥ずかしいわ…」
鶴海さんが頬を染めて、顔を逸らす。
その様子からは、アグレスに襲われた恐怖の色は見えない。殺意を向けられ、目の前で殺し合いを見せつけられたというのに、次の日からこんなに可愛らしい態度を、女子中学生が取れるだろうか?
「(高音)ごめんなさい。つい、見蕩れてしまったわ」
そう言って微笑むと、鶴海さんは耳まで赤くなってクラクラし始めた。
しまった。覚悟を決めた彼女だが、やり過ぎてしまったみたいだ。
蔵人は急いで、鶴海さんの背中を支える。
すると、反対側にも体温を感じた。
鈴華だ。
「その様子を見るに、昨晩のデートは成功したんだな?」
「(高音)ええ。本当に、彼女は頑張っていたわ」
「そうらしいな」
鈴華はそう言って、蔵人の腕を取りながらニヤリと笑った。
彼女の余裕そうな表情は、昨夜の事を把握している風だった。
鶴海さんの事だ。送り出してくれた鈴華に恩義を感じ、全て報告しているのだろう。本当に、恐ろしいネットワークだよ、女性達の情報網ってのは。
鈴華に向けて、蔵人が苦笑いを浮かべていると、彼女は少し眉を寄せて見上げてくる。
「なぁ、ボス。翠が頑張ったのは分かってるんだけどさ、少しはあたしも頑張ったんだぞ?」
少し拗ねたような言い方に、蔵人は言葉を詰まらせた。
何時も勝気な彼女ばかり見ているから、ギャップが凄い。それを狙ってるならまだしも、きっと鈴華は素でやっている。だから、余計に破壊力が増していた。
「(高音)ええ、勿論よ鈴華。貴女のお陰で、とても有意義な旅になったわ。ありがとう」
本当に、有意義であった。この世界のバグを再認識出来たし、奴らの侵攻を阻止することも出来た。そして、北海道と同時に攻めてくるという、何やら怪しい動きを把握することも。
怖い思いをさせてしまった人達もいたが、自分にとっては大きな収穫だ。本当に鈴華には感謝している。
「おう。喜んでもらえて良かったぜ」
蔵人の言葉を受けた鈴華が、美しく微笑む。
ただ笑みを浮かべるだけで絵になるのだから、鈴華はズルいな。
「僕も感謝してるよ、鈴ちゃん。ありがとう!」
「ほんまおおきに、鈴華。お母ちゃん達にも、良えお土産になるわ」
「本当に、楽しい旅だったわ。ありがとう、鈴ちゃん」
みんなも口々に感謝を述べて、鈴華の元に集まる。
そこに、シャッター音が響く。
「良いね!旅の締めって感じの絵が撮れたよ」
「(高音)そうね。お店の前でも撮りましょう」
買い物を終えたみんなに、集合写真を提案する蔵人。
「ふっふっふ。今宵の虎徹は血に飢えておるぞ」
祭月さん…。結局その刀、買ったんだね?せめて、その黒歴史になりそうなポージングは止めておいた方が良いぞ?
それからは、特に大きなハプニングも起きず、蔵人達の沖縄旅行は終了した。
空港に着いた面々はそこで解散し、蔵人も柳さんや瀬奈さん達と別れる。そこに、大野さんの姿はない。彼を最後に見かけたのは、あの夜の浜辺での後姿だけ。あの後、海軍のお偉いさんに連れられて、何処かへと連れていかれてしまったのだ。
ディさんみたいに謹慎処分…とかではないだろう。
橙子さんに聞いた所、軍の呼び出しで先に東京特区へ戻ったらしい。
きっと、事件のあらましを聴取されているのだと思う。援軍に来た上官の話を盗み聞きした所、あのジェネラル級は相当強い個体だったそうだから。
瀬奈さんは、やけに大剣の事を気にかけていたが、あれにも何か秘密があるのだろうか?
そう思いつつも、蔵人は橙子さんのバイクに乗せて貰い、空港を出る。
そして、
「(高音)橙子さん。途中で下ろして貰えますか?学校に寄りたいので」
「はっ!了解しました!」
蔵人は、母校へと向かうのだった。
学校に着いた蔵人は、真っ直ぐに教室へと向かった。
春休みで誰も来ていない筈の教室には、1人の影が。
「練習中に済まないね。林さん」
そこに居たのは、転生者仲間の林さん。
沖縄から帰る前に、待ち合わせの連絡をしていたのだった。
「ううん。大丈夫だよ。今は個人練の時間だったし。それより、どうしたの?確か蔵人君、モモちゃん達と沖縄旅行に行っていたんじゃなかったっけ?」
トランペットを机に置いた林さんは、不安そうにこちらを見上げてくる。
彼女には、今回呼び出した経緯については殆ど話していない。電話で話してしまうと、誰に聞かれるか分からないから。超聴覚を持つ人もいるこの世界で、下手な会話は命取りだ。
そうでなくとも、軍に見張られている可能性もあるのだから。
だから蔵人は、何時ものように魔銀盾を周囲に散らばせて、ジャミング状態で彼女との会話を始めた。
「その沖縄旅行の最中に、アグレスの集団に襲われた」
「………えっ?」
固まる林さん。
そんな彼女に、今回の事件を端的に説明する。
林さんは、最初こそ青い顔をして聞いていたが、次第に相槌を打つ様になった。
そして、
「そっか。だからニュースで北海道の事をやっていたんだ」
「あれ?ニュースにもなってるの?」
「うん。表向きは、テロ組織の襲撃って報道されてたけど…」
出た。政府お得意の情報操作。こうして真実を知っている状態で聞くと、なんともお粗末な嘘だ。
だが、そんなお粗末なニュースでも、林さんは何かを察したみたいだ。
「林さん。ゲームでも似たような状況があるのかい?」
「…うん。多分、第3章の双撃だと思うんだ」
林さんが言うには、ゲームでも同じように、北と南を同時に攻められる状況があるらしい。主人公達防衛軍は、北側の軍事施設を防衛して何とか勝利を収めるのだが、南側の諸島はアグレスに占領されてしまうのだとか。
更に、
「このストーリーは、本編の中でも中盤くらいの筈なんだよ。第1章と第2章で【日輪】は大混乱になって、この第3章でアグレスの大侵攻を受ける。それが、ゲームのストーリーなの」
元々、ゲームのメインストーリーはこんな流れらしい。
1章~動乱〜
特区外でテロ組織による暴動が発生する。元々、特区との経済格差が叫ばれていた中で、更に高ランクを優遇する政策が打ち出されたことで、低ランクの人々に火がついて発生する。この暴徒の中には、侵略者の存在も確認された。
プレイヤーはチュートリアルとして、この暴徒の鎮圧と、兵士級アグレスの討伐を行っていく。
2章~隔離〜
トーキョー特区の秩序を守る為、特区外と繋がっていた陸路を封鎖。物流を、航路と空路で賄う様になる。
しかし、トーキョー湾からアグレスが侵入し、戦闘が繰り広げられる。それにより、湾は壊滅的ダメージを負う。
3章~双撃〜
トーキョー特区が暴徒達に攻められる中、北の大地と南の諸島を同時にアグレスが侵攻する。プレイヤーが派遣された北の大地は防衛に成功するが、南の諸島はアグレスの手に落ちてしまう。
以上が、ゲーム中盤までの大まかなシナリオだ。
「でも、色々とゲームと違っているんだよ。先ず、沖縄に現れるアグレスの種類が違う。確かにゲームでもジェネラル級が現れるんだけど、その時にはまだ武装したアグレスは出てこない筈だから。それに…早過ぎるよ」
ゲームの本編は、蔵人君達が高校生になった時に開始される。つまりは、あと3年の猶予があった筈なのだ。
だが、実際には既に、本編の中核まで進んでしまっていた。
これは、何故か。
「そうだね。でも、有り得ない事でもない」
主な原因の1つに、蔵人というイレギュラーな存在が挙げられるだろう。
黒騎士での活躍が高ランクと低ランクの差を埋め、ゲーム世界よりも差別意識を薄める事に繋がった。それ故に、1章の様な暴動が起きなかった。
逆に、ゲーム世界よりも時期が早まったのは、他国の影響もあると思われる。
北海道の襲撃。あれは、ロシアから流れて来たのではと軍人達の間で推測されていた。
つまり、ゲームの【フロストブルグ】よりも、ロシアの状況が悪く、侵攻が早まったのでは無いだろうか。
沖縄での違いは…分からない。同じようなイレギュラーな存在によるものなのか。そこにも自分の影響が出ているのか…。
「詳しくは分からないが、こうしてゲームと現実では進行度合いが異なる。だから、ストーリーが早まったんじゃないかな?」
「それは…確かに。でも、それでも不思議なんだ。ゲームよりもストーリー展開は早いのに、起きた時期は一緒だから」
何でも、ゲームの3章が起こるのも、3月の今頃らしい。
3年間のズレが生じているストーリーだが、こうして時期だけはあっている不思議。
それは…。
「因果律かもしれないね」
その時期に起きるとプログラムされたイベントであれば、多少のシナリオ変更があったとしても、強制的に発動するのかも知れない。
例えば、火蘭さんの暴挙とかね。
「まぁ、そこら辺は幾らでもこじつけられる空論だ。今大事なのは、ストーリーが既に開始されている事と、今後の襲撃が予測できるかもって事だ」
「そ、そうなるね」
林さんは硬い表情で頷く。
分かっているのだ。彼女だけが持つ情報の重要性が、一気に高まった事を。
「林さん。君が知り得る限りで構わない。第3章からのストーリーとキャラクター達の動きを、今ここで教えてはくれないだろうか?」
「うん。分かった。その、今思い出せる範囲でなんだけど…」
それから暫く、蔵人は未来についての知識を、林先生からご教授頂いた。
とうとう、現実がゲームに追いついた…ということですね?
「正しくは、とうに追い越していた様だがな」
何処で追い越したのでしょうね?それも、次で明かされると思います。
「その次についてだが、章が変わるみたいだな?」
あっ、そうでした。
渇望篇は今話までとなります。次話からは新しい章、ムゲン篇です。
皆さま、どうぞよろしくお願い致します。