342話〜私は海。原初の海〜
突然現れた、ジェネラル級のアグレス。
その圧倒的な力の前に、恐竜に変身していた大野さんの頭部が、白い砂浜を転がった。
「大野さん!」
恵美さんの悲鳴。
だが、サイコキネシスに掴まった恐竜の体は反応しない。その乱反射する腕の中で、風船が萎む様に小さくなっていき、元の人間の姿になっていた。
だが、やはり首は元に戻っていない。力無く垂れ下がる彼の四肢が、彼の死を物語っていた。
その死体の下で、ジェネラル級は勝ち誇るかのように大剣を振るった。すると、刃に付いていた返り血が落ちて、砂の上に真っ赤な一文字を叩き付けた。
くそっ!
「大車輪!」
蔵人は、瀬奈さんからの返答も待たずに動いていた。
そんな余裕は、初めから無かったんだ。
蔵人の頭の中は後悔で埋め尽くされ、憎いアグレスの腕を切断する事だけに集中していた。
そして、それは見事に成し遂げられる。
高速回転する大刃がサイコキネシスの腕に当たると、火花を散らして表層を削り、そして両断した。
切断された腕は大野さんの遺体と共に地面へ落ち、腕だけが消えていった。
「蔵人君!」
瀬奈さんが、緊迫した声を上げる。
非難か。お叱りか。
どちらでも構わないと思いながら、蔵人は鋭い視線を彼女に向ける。
だが、瀬奈さんがこちらに向けていた視線は、どちらでもなかった。
顔色を蒼白にして、縋るようにこちらを見ていた。
「お願い。大野さんの体を回収して」
あっ。
蔵人は思い出す。
そうだ。この世界にはクロノキネシスがある。まだ、彼は蘇る。
希望が胸の中に灯った蔵人は、自分でも驚く程早く行動に移した。
サイコキネシスを切断した大車輪を分解し、大野さんの遺体に貼り付ける。そして、それをこちらへと移動させた。
「オォオオオオォ…」
大野さんの体が移動されるのを見て、ジェネラル級が反応する。
彼の遺体を奪い返そうとするように、腕を突き出してゆっくりと歩き出した。
ヤバいな。このままでは、こちらまで付いてきてしまう。
どうやって足止めするかと思案する蔵人。
だが、そんな奴の頭に銃弾が叩きつけられる。
橙子さんの狙撃だ。
それに加え、レオさんがジェネラル級に肉薄し、奴の足元を斬りつけた。
「くそっ!ビクともしねぇぞ!」
忌々しげに、弱音を吐き出すレオさん。Aランクを前に、Bランクの彼女達では傷一つ付けられなかった
それでも、彼女達のお陰でジェネラル級の動きが止まる。ターゲットが、大野さんから彼女達に切り替わった。
「2人とも!深追いはしないで!」
「了解です!」「あいよっ!」
瀬奈さんの指示で、レオさんは大きく後退し、橙子さんも狙撃を繰り返しながら、後ろへ引く。
それを見て、ジェネラル級がゆっくりと体の向きを変え、彼女達を追尾し始めた。
その間に、蔵人は大野さんの遺体を手元まで引き寄せることに成功した。
砂まみれになったスーツは、首から流れる血に染まり、赤黒く変色していた。
それを見た途端に、恵美さんが車から降りて、大野さんの遺体に駆け寄った。
「大野さんっ!」
「退いてっ!恵美!」
遺体に縋った恵美さんを、瀬奈さんは弾き飛ばす様に押しのけた。
そして、手が血に染まるのも構わずに、真剣な表情で彼の首元に手を添えた。
何をしているのだろうか?早く、病院に連れていかないと。
蔵人が不安ともどかしさを感じながら彼女を見ていると、大野さんの遺体に変化が現れる。
頭を無くした首の断面が光り、突然、大野さんの頭が出現した。
まるでテレポートで頭を据え付けた様に見えたが、次の瞬間には、硬く閉じていた大野さんの目が開いた。
「…ちっ!殺られたみてぇだな」
次いで、彼の口から悪態も飛び出す。
どうやら、本当に蘇生出来たみたいだ。
初めて見たが、これがクロノキネシスの力みたいだ。瀬奈さんは、貴重な回復役だったのか。
蔵人が瀬奈さんをマジマジと見ていると、大野さんは上半身を起こしてコメカミを押さえた。
「恵美。地中には後、何体の反応がある?」
「今、地表に出ているので全部だと思う。ジェネラルが這い出してきてから、新たな反応を感じないわ」
「そうか」
大野さんは短く答えて、徐に立ち上がった。だが、すぐにふらつく。
蔵人が慌てて支えると、彼の青い顔が横目に見えた。
首が繋がっただけで、血が足りないみたいだ。首から上だけを時間遡行させたからだろう。
そんな弱った大野さんだったが、支えていた蔵人の腕を払い除け、こちらを睨みつけてきた。
「何してる!早く逃げろって言ってんだろうが!」
「拒否する」
有無を言わさない蔵人の言葉に、大野さんは驚き、二の句を告げずに口を開けたままになった。
そんな彼に、蔵人は言葉を重ねる。
「俺は、バグを殲滅する為にこの世界に来た。これが俺の使命であり…」
蔵人は前を見る。
そこには、サイコキネシスの腕で捉えられた橙子さん達の姿があった。
「二度と仲間を失わない。それが、俺の信条だ」
その言葉を大野さんの胸に押し付けて、蔵人は駆け出す。
目の前には、大剣を振りかざしたジェネラル級の姿があった。その切先が、今にも橙子さんを両断しようと天を指し示した。
「ホーネット!」
蔵人は女王蜂を飛ばし、振り下ろそうとされる大剣の刃に殺到させる。橙子さんへと振り下ろされるところだった大剣は、女王蜂の針に邪魔されて速度を落とした。
その隙に、
「タイプⅢ、ドラグ・シェル!」
右腕をチェーンソーに変えて、橙子さんに迫る大剣にぶち当てた。
ギィィイイインッ!!
金属同士が削り合う甲高い音が響き、大剣の振り下ろしは完全に止まる。鍔迫り合いをする。
蔵人はその間に、大車輪で2人を捕らえるサイコキネシスの腕を切り落として、橙子さん達を開放する。砂丘に落ちた彼女達は、直ぐに立ち上がり、後方へと退避してくれた。
「コロス…コロス…」
頭上から、アグレスの低い声が降りかかる。
驚いた。言葉が喋れるのか。
蔵人は鍔迫り合いを続けながら、アグレスに向けて声を張る。
「何故だ!何故、人を殺める!お前達の目的は何だ!?」
「コロス…シンリャク…ニホン…」
侵略する為に、現地人を殺すと言うことか?流石は、侵略側を語源に持つ生き物だ。
「お前達の世界に帰れ!バグであるお前達は、この世界には住めない。お前達諸共、こちらの世界が崩壊するぞ!」
「コロス…シンリャク…ニホン…ニンゲン…コロス…」
ダメだ。ディさんから聞いていた通り、会話が成り立たない。それに…。
徐々に力を増してくるジェネラル級の剣圧に、蔵人のチェーンソーは押され始めた。
そして、とうとう弾き飛ばされてしまった。
砂浜を2転、3転する蔵人。
だが、回転する反動を利用して、すぐに立ち上がった。
体に纏った龍鱗で姿勢制御をする事で、大きな隙を晒すことなく立ち上がることが出来た。
隙は無かった、筈なのに。
「っ!」
立ち上がった蔵人の目の前には、3本の乱反射する腕が迫っていた。
サイコキネシスの腕。ジェネラル級の2つ目の異能力。
蔵人は、その場にランパートを捨て置くことで、何とか奴の間合いから逃げ出した。取り残したランパートは、6本の腕に殴りつけられて、バラバラになって消えてしまった。
月明かりを反射するサイコキネシスの腕が、夜空を怪しく泳ぐ。大剣を担いだジェネラル級が、楽しそうに大剣を振り回しながら、こちらへと歩み寄って来る。
近距離のフィジカルブーストに、中距離のサイコキネシス。まるで海麗先輩と木村先輩を同時に相手している様なもの。
先ほどから放っているホーネットも、奴のブーストが防御力を跳ね上げているのか、全く貫通する気配を見せない。2種類のAランク異能力が混ざるだけで、こうも厄介になるのか。
さて、こいつはどうやって攻略するべきなのか?
蔵人がジェネラル級を睨みつけていると、後ろから小さな地響きが近づいて来た。
変身した大野さんだ。治療が済んだのか。
「下がれ。俺が殺る」
「ただ突っ込むだけでは二の舞ですよ?」
「ああ、分かってる。だから…」
大野さんは地面を蹴り上げて、ジェネラル級に突っ込む。
「援護しろ!黒騎士!」
「了解!」
蔵人は直ぐに構える。出せるだけのホーネットと大車輪を用意する。
そして、大野さんを捕らえようとしている金剛の腕に向かって、その子達を一斉に放った。
6つの拳にホーネットを突っ込ませ、その動きを阻害する。そして、動きが鈍くなった腕のど真ん中を、大車輪によって切り飛ばした。
6本の腕が、力無く地面へと落ちる中を、大野さんは突き進む。邪魔される恐れがなくなった彼の巨体が、ジェネラル級の本体へと突撃した。
だが、そこで止まる。
ジェネラル級のフィジカルブーストが、大野さんの巨体を止めてしまった。
高々と持ち上げられる大野さんの巨体は、そのまま、地面へと叩きつけられた。
「ぐぁっ!」
「大野さんっ!」
叩きつけられた衝撃で、大野さんの変身が解ける。
それを見て、恵美さんは叫び声を上げ、橙子さんは狙撃の態勢に入った。
「援護します!」
ジェネラル級の頭部に、何度も弾丸が叩き付けられる。
ブーストで強化された体でも、頭部への攻撃はうるさいみたいで、ジェネラル級は大剣で防ぎながら橙子さんに体を向けた。
その隙に、レオさんが大野さんを救出に向かった。
蔵人は橙子さんをサポートするため、再びホーネットをジェネラル級に飛ばした。
狙撃とドリルの板挟みになったジェネラル級は、イラつく様子で大剣を振り回し、ホーネットを切り刻んだ。
その間にも、レオさんは大野さんを連れ出して、瀬奈さんの元へと運んでいた。
これで、振り出しに戻った。
だが、このままでは不味い。
奴を倒すどころか、援軍が来るまで持ち堪えられない。
どうすれば良い?どうしたら、あの化け物に勝てる?
強力で無情な敵を前に、蔵人は思考が空回りし始める。
自然と、握る手にも力が入っていた。
その手が、優しく包まれる。
鶴海さんだ。
「蔵人ちゃん。私も戦うわ」
「なっ!」
何を言っている。
そう言おうとして、蔵人はそれを喉元で押し留める。
頭ごなしに否定するのは、先程までの大野さんや瀬奈さんと同じ事。今は、1人でも多くの協力が必要なんだ。
「鶴海さん。怖くはありませんか?ここは、試合のフィールドじゃない。相手は我々に、敵意ではなく殺意を向けてきます。それでも…」
「それでも、私は怖がらないわ。だって、怖がりな私とは、さっきお別れしたもの」
さっき。
そう言って彼女は、向こう側を見た。ホンの少し前まで、2人並んで立っていた砂浜を。勇気を振り絞って告白してくれた時の方が、余程怖かったと、彼女は小さく微笑んだ。
なんと頼もしく、そして美しい笑顔だろうか。
蔵人は、そんな彼女の両手を取る。
「鶴海さん。僕に合わせてくれますか?」
「ええ。喜んで」
鶴海さんは心強い笑みを浮かべて、しっかりと握り返してくれた。
だから蔵人は、安心して鶴海さんと繋がった。
その繋がりから、彼女の温かさと、静かな魔力が流れ込んで来る。
膨大な魔力が2人を包み、そして、
「「ユニゾン」」
静かな波の音と共に、蔵人達の体は白銀の鱗に覆われていった。
〈◆〉
それは突然現れた。
白銀色に輝く鱗を身に纏う、巨大な蛇の様な、魚の様な姿をした飛行物体。
大野大尉の治療を終えた私が、立ち眩みを覚えていた僅かな時間に、それは満天の星空を泳いでいた。
「なに?あれは…あれも、アグレスなの?」
アグレスの中には、通常個体とは異なる容姿を持つ物も確認されている。リビテーションとメタモルフォーゼを持つジェネラル級であれば、あれくらい可能だ。
でも、あのウミヘビの周囲にはモヤが無い。そんなアグレス、聞いた事がなかった。
「一体…」
「ユニゾンって、言っていたわ」
困惑する私に、恵美が答える。
「黒騎士選手と黒髪の子が手を繋いだと思ったら、ミスリルシールドがいっぱい出て来て、あれを作り出したのよ」
あれ、と言って、恵美が真っ白なウミヘビを指さす。
つまり、あれが蔵人君のシンクロ。報告書には上がっていた技術だが、上がっていた報告書の中に、真っ白なウミヘビのシンクロなんて存在しなかった。
つまり、これは…
「新たなシンクロ…って事なの?」
私の呟いた疑問に、白いウミヘビの目がこちらを向く。輝く星々を背景に、静かな女性の声が流れる。
『私は海。原初の海。源海龍ティアマト』
ティアマト。
そう名乗った彼女は、私から視線を外して、ジェネラル級へと意識を向ける。
大尉達を追い回していたジェネラル級は、その動きをピタリと止めていた。立ち止まり、ただただティアマトを見上げている。
その姿は猫だ。獲物を狙う猫の様に、深く腰を落として足に力を溜めた。
そして、
跳んだ。
重そうな甲冑を付けたその体は、Aランクのブーストによる筋力増強によって、軽々とティアマトの高さまで跳躍した。
そして、背中に背負った大剣を、白銀のウミヘビに向けて思い切り振り下ろした。
ガギンッ!
恐竜の分厚い皮膚すら切り裂いた大剣は、しかし、ティアマトの尻尾によって受け止められた。
まるで大剣の太刀筋が見えるかのように、ティアマトは尾の先端部分…恐らく一番硬い部分で大剣の刃を受け止めていた。
もしかしたら彼女は、恵美と同じく索敵の能力に優れているのかもしれない。恵美がアグレスの位置を把握している時に、あの子も同じように反応していたから…。
私が驚きでティアマトを見上げていると、彼女は尾を振り払い、ジェネラル級を地面に叩き付ける。
加えて、
『海よ。原初の海よ。命を刈り取る荒波を、鎮め給え』
ティアマトの足元で海が盛り上がり、巨大な水龍となってジェネラル級を飲み込んだ。
飲み込まれたジェネラル級は、そのまま砂浜を押し流される。
だが、奴は水流から飛び出して砂浜の上を転がり、直ぐに立ち上がった。
その様子からは、あまりダメージを受けていない様に見えた。
確かに、シンクロで魔力も上がった蔵人君達だったが、攻撃的では無い2人の異能力は、合わさっても決定打になる物ではなかった。
そうであるなら、彼らのシンクロは危険だ。アグレスは、魔力の多い者に惹き付けられる傾向にある。今の彼らは、Bランク以上の魔力を有している。だから、いの一番に狙われてしまう。
「だぁああああ!!」
そうはさせまいと、大尉がジェネラル級に向けて走り出した。大きな口を開けて、ワザと大きな声を上げて。奴の意識を、少しでも蔵人君達から離す為に。
しかし、その突進は軽々とサイコキネシスの腕に止められしまい、そのまま殴り飛ばされてしまった。
「ぐぁっ!」
苦しそうに呻きながら、砂浜の上を転がる大尉。
やはり、ジェネラル級に対して、現場の火力が圧倒的に足りていない。
通常、ジェネラル級を相手にする場合は、複数人のAランクと中隊規模の軍団が必要とされている。
大半が学生で構成された練習部隊では、現場に近寄る事すら難色を示される。
それは分かっていても、大野大尉は立ち上がる。今ここで抑える事の出来るのは自分だけだと、過重な責務を背負って強敵に立ち向かっていた。
そんな、傷だらけの彼に、
ティアマトが優しい声を掛ける。
『海よ。母なる海よ。傷付く子らを、守り給え』
その声と共に、海が再びせり上がり、今度は大野大尉の体を包み込む。それに加えて、ティアマトの鱗も一部がそれに混ざる。
海と鱗を纏った大尉の体は、白銀色に輝いていた。
彼の笑い声が、弾ける。
「はっはぁ!何だこれは。力が漲るぞ。これがお前の力かよ、黒騎士!」
恐竜の尻尾が地面を叩き、大尉の困惑と興奮が入り混じった声がこちらまで届く。
それに、ティアマトはゆっくりと頭を上下させる。
『ウガルルムの力を、貴方に』
「ウガルルム…そうかよ。じゃあ、遠慮なく使わせて、貰うぜっ!」
大尉が駆け出す。
その一回りも二回りも大きくなった巨体を揺らし、長く太い尻尾を左右に振り回しながら、ジェネラル級へと真っすぐに突撃する。
己を鼓舞するように、高らかに吠える。
「だぁああああああ!!」
「オォオオオォオオ…!」
それに応呼するように、ジェネラル級も低く唸る。
大剣を構え、迫り来る大尉の巨体に向けて、サイコキネシスの腕を伸ばした。
散々大尉を苦しめた金剛の腕。
しかし、大尉は大きくステップを踏んで、軽々とその腕を避けて見せた。
「分かるんだよ。てめぇの動きが、全部な!」
まるで予知しているかのように、四方八方から迫り来るサイコキネシスの腕を、大尉は全て搔い潜って見せた。
きっと、大尉を包んでいる海がレーダーの役割をしているのだろう。ティアマトの力が、大尉にも付随していると言う事か。
「大型恐竜の一撃!」
ジェネラル級の懐に入った大尉が、大口を開けて奴に噛み付く。それを、大剣で受け止めるジェネラル級。
先程までと同じ攻防。でも、先程とはまるで違う。
受け止められた大尉は、それでも、少しずつジェネラル級を押していた。そして、その大顎の力に耐えきれなくなった大剣が、甲高い悲鳴を上げて砕け散った。
邪魔が無くなった大尉の顎が、ジェネラル級を噛み砕こうと迫る。
だが、閉じきらなかった。
ジェネラル級は、両手を伸ばして大尉の刃を受け止めた。
「喰らい尽くす!」
「グゥゥウウウ!」
大尉とジェネラル級の力比べ。
Aランクのブーストがかかった腕と、ティアマトの眷属となった大尉の顎は、一瞬だけ拮抗した。だが、徐々に、徐々に大尉の牙がジェネラル級の鎧へと迫る。
もう少しで、両断する。
そう思った時、
大尉の体に、サイコキネシスの腕が取り付いた。
そうだ。アグレスにはまだ、攻撃手段がある。2つの異能力を操るが故に、人類はこいつらに遅れを取っているのだ。
サイコキネシスの腕が、大尉の体を引き剥がそうとする。あと少しまで迫った大尉の牙が、徐々に離れて行く。
そこに、
『ムシュフシュよ』
ティアマトの静かな声が響く。
その直後、サイコキネシスの腕に水龍が食らいついた。6本ある腕の内、3本が水龍に飲まれて大尉から離れた。
そして、残った3本の内2本にも、銃弾が叩きつけられた。
橙子だ。
見ると、彼女の周囲にも、ティアマトの加護が纏われていた。
『ギルタブリルの力を、貴女に。貴女には、ウリディンムの力を』
「はっ!ありがとうございます!」
「確かに受け取ったぜ!」
玲央が声を弾ませて、砂浜を駆ける。
彼女の周囲にも、水と鱗が付随していた。
「見える。見えるぞ、俺にも見える!てめぇの動きが。そして、てめぇの弱点がなぁ!」
玲央はジェネラル級へと駆け寄り、残ったサイコキネシスの腕を掻い潜った。
そのまま、サイコキネシスの腕に向かって高く飛翔する玲央。体を大きく仰け反らせて、腕に向かって落下する。
「そこだぁあ!!」
そして、腕に向かって思いっきり両腕を振り下ろした。
彼女の拳に宿っていた風の刃が、サイコキネシスの腕に直撃する。その次の瞬間には、金剛に光る腕を両断して見せた。
Bランクの彼女が、Aランクの異能力を破壊した。
ティアマトの力。その力で魔力を探知する事で、サイコキネシスの綻びを見つけ出し、断ち切っていた。
そして、
「砕け散れぇええ!!」
引き戻そうとした全ての腕が無くなった大尉の顎が、ジェネラル級へと迫る。
それを、ジェネラル級は太い腕で受け止める。
必死になって押し返そうとするジェネラル級。だが、木の幹の様に太い腕は軋み、甲高い音と共に折れた。
何の抵抗も無くなった大尉の顎が、ジェネラル級の胴体を噛みちぎった。
「ダ…モン…タイ…」
真っ二つになって、砂浜を転がるジェネラル級の上半身。奴は仰向けになり、残った右腕を空へと伸ばした。このような姿になっても、まだ、何かを求めるように空を掴む。
魔力を欲するかのように。
人の命を渇望するかのように。
その欲望の塊を、大尉の巨体が踏みつけた。二度と地上に現れないようにと、深く、重く。
その一撃で、アグレスの体は砕け散り、霧となって消えていった。
全てのアグレスを、殲滅した。
「がぁああああああああ!!」
満点の夜空に向かって、大野大尉は勝利の咆哮を上げた。
なんと、他者に力を付与するシンクロですか。
「鶴海嬢らしい化身であったな」
しかし、途中で出て来た不思議な名前は何だったのでしょう。
「うむ。それはティアマトの眷属たちだ」
眷属…。
イノセスメモ。
・ティアマト…メソポタミア神話における原初の海の女神。彼女は様々な命を想像し、また同時に、混沌も生み出した。彼女が生み出した11の怪物は、神々も恐れたという。