341話〜また、何か来るわ〜
※注意※
・グロ注意
「蔵人ちゃん…アグレスって、これもそうなの?」
足元で呻き声をあげる化け物達を見て、鶴海さんは震える声で問いかけてきた。
蔵人達は今、水晶盾で上空10mを浮遊している。ここであれば、アグレスの手は届かない。
それでも、奴らの威圧感は凄まじい物で、蔵人ですら鳥肌が立っていた。
忘れていた戦場の感覚が、この場所まで打ち寄せる。有るようで無い、気持ち悪いこの違和感は、間違いなく目の前の奴らがバグの影響下にある証拠。
だが、
「いやぁ。最近の異能力技術は凄いですねぇ」
蔵人は明るい声を出した。
「質量を持ったフォログラムはありましたが、とうとう殺気まで発することが出来る様になっているとは。きっとこれも、沖縄のイベントですよ」
少しでも、鶴海さんの不安を取り除きたくて、蔵人は嘘をついた。
こんな事をしても、向けられる感情に敏感な彼女を騙せる訳ない。現れたアグレスの数は30体以上。しかも、今も砂の中から新たな個体が這い出してきている。とてもイベントだなんて言える状況ではない、絶望的状況。
それでも、
「そう…イベント。そうよね」
鶴海さんは、微笑んでくれた。
硬い表情で、震える声で、それでも、いつも通りの笑みを作ろうとしてくれていた。蔵人の嘘に、付き合ってくれている。
そんな彼女を、蔵人は強く抱き寄せる。
絶対に守りきる。
そう誓って。
その誓いを試すかの様に、
アグレス共の殺気が膨れ上がる。
同じように、魔力も。
奴らの手のひらには、異能力の塊が生成されていた。
…来る!
「二重奏・ランパート!」
今動員できる全ての魔力を防御に費やし、蔵人は二重のランパートを足元に構える。
そこに、
「「「アァアアァアァ…」」」
アグレス共の手から放たれた、無数の異能力弾が激突する。
構えた盾の表面で、小さな衝撃と爆発が立て続けに起きる。大雨を防ぐ傘の様に、ランパートが小さく揺れる。
30を超える敵の攻撃は、しかし、想定したよりも威力が弱かった。
もしかして、こいつら兵士級か?
弾幕が絶えたタイミングで、アグレス共に目を細める蔵人。
先ほどは突然の事でよく見ていなかったが、改めてみれば大きさがソルジャー級。それであれば、鶴海さんを守りながらでも殲滅できるか?
思案する蔵人。その目端で、何かが動いた。
蔵人は直ぐに、そちらを向く。すると、そこには空中に浮かぶアグレスの姿が。
白いモヤが掛かったそいつの腕は、真っ直ぐにこちらを向いていた。
変異種。
2つの異能力を併せ持つ特殊個体。
そうだ、こいつらはただのソルジャー級じゃない。
「っ!」
息を呑みながらも、蔵人はランパートの1枚をそちらに割く。
そこに、浮遊するアグレスから放たれた火炎弾が着弾する。
軽い衝撃は、やはり攻撃力はCランク並の攻撃力。だが、アグレスは空を浮遊しながら攻撃してくるので、攻撃方向がコロコロ変わる。
受けてばかりだと、いずれ防御の隙間を突かれる。
殺らねば。
「シールド・カッター!」
浮遊アグレスに向けていたランパートの一部を分離させ、蔵人は回転盾で浮遊アグレスを攻撃する。
浮遊アグレスは逃げようとするが、Cランクのリビテーションでは逃げきる事は出来ず、直ぐに切り刻まれた。
「アアァ…」
WTCと同じで、霧の様に消えて行く浮遊アグレス。
手ごたえで言えば、通常種アグレスに毛が生えた程度の物。敵ではない。
「「「アアァア…」」」
「ウゥウゥ…」
「…エェ…ウゥ…」
だが、それらが地面を埋め尽くす程の群れとなれば、脅威以外の何物でもなかった。
逃げるべきか。海の方に逃げれば、奴らは追って来れない。
だがそうすれば、こいつらは次の獲物を求めて、市街地へと雪崩れ込む。
那覇の綺麗な街並みが、アグレスによって血に染まるだろう。
とは言え、この数を相手取るのは危険だ。こちらには、鶴海さんがいるのだから。
二者択一を迫られる蔵人。
使命を負った黒戸と、大切な人を抱える蔵人。そのどちらの道を選んだとしても、後悔は必ず残る。
迷う蔵人の足元では、再び変異種が飛び上がろうと異能力を発動している。
今度は、3体同時に体を浮かした。
ここまでか…。
蔵人が諦めて逃げようとした時、
「おらぁああああ!」
大きな叫び声が、砂浜に響き渡った。
「こっちだ!てめぇらの相手は、この俺だぁ!」
大野さんだ。
白い砂を蹴り上げながら、必死になって走っていた。
そんな大野さんの声に、アグレス達は一斉に彼を振り返った。
彼の膨大な魔力を感じて、蔵人達に伸ばしていた手をそちらに向けた。
「「「ァアァアァアア…」」」
「そうだっ!来やがれ!ダイナモードォオオ!!」
大野さんはそう叫ぶと、一際大きく砂を蹴り上げる。
倒れるのではと思う程に前傾姿勢となった彼の体が、みるみる内に膨れ上がっていく。
黒いスーツは茶色の鱗で覆われ、お尻からは長い尻尾が生えてくる。顔も大きく肥大化し、その大きな顎の淵に、鋭利な刃が幾つも生え揃う。アグレス達を見下ろす瞳が、獲物を見定めるかのようにギョロリと動いた。
全長5mは下らない中型肉食恐竜。
ケラトサウルスか。
「だぁああああ!!」
一歩踏み出すごとに地響きを響かせながら、大野さんはアグレスの群れへと突っ込んだ。
大型トラック並の巨体に押しつぶされたアグレス達は、反撃する間もなく一瞬で消え、大野さんはアグレスの群れの中心部まで侵入する。
そこで止まった大野さんに、アグレス共はすぐさま飛びかかる。
だが、大野さんはその長い尻尾を振り回し、近付くアグレスを尽く跳ね飛ばした。
それを回避した個体は、正面から飛びかかろうとする。
それに、大野さんは素早く反応する。飛び上がったアグレスの胴体に食らい付き、左右に振り回して胴体から下を引きちぎってしまった。
「がぁああああ!!」
消えゆくアグレス共の中心で叫ぶ様は、まさに恐竜。
嘗て、世界の覇権を握っていた王者の姿だった。
強い。
これが、特殊部隊を束ねる隊長。
鶴海さんも「凄い…」と、蔵人の腕の中で呟いた。
だが、そう思っているのは蔵人達だけだった。
彼を取り巻くアグレス共には、恐怖の感情が一切浮かばない。
そこにあるのは、渇望。
大野さんと言う魔力の塊に、ただ真っすぐに腕を伸ばすだけだった。
その伸ばされた手から、幾つもの異能力が放たれる。
強力で重厚な皮膚に守られる大野さん。だが、四方八方から撃たれる異能力の弾丸に、その巨体を大きく歪ませた。
「ぐっあぁ!」
堪らず、恐竜の大口から呻き声が漏れ出る。
多勢に無勢。いくら地上の王者を模倣しても、このまま攻め続けられれば瓦解する。
大野さんが危ない!
「シールド・カッター!」
蔵人は複数の回転盾を飛ばし、大野さんを狙い撃つアグレス達を切り刻む。盾はそのまま、大野さんの周囲を浮遊し、彼を弾丸から守った。
すると、大野さんに釘付けだったアグレスの中から、こちらを見上げる個体が数体出てくる。
より大きな魔力に惹かれるアグレスだが、攻撃されればターゲットを変えるみたいだ。
こちらを向いたアグレスが、蔵人達に目掛けて攻撃を開始した。
「お前ら!手ぇ出すんじゃねぇ!」
大野さんが叫びながら、蔵人達を攻撃していた個体を尻尾で叩き潰した。
途端に、シールドを打ち付ける攻撃が止む。
「大人しくそこで待機だ!下手に動くんじゃねぇぞ、爺さん!」
「大野さん!ですが、今のままでは…」
「それが俺達、護衛の役割なんだよ!」
大野さんは啖呵を吐きながら、アグレスを足で踏み潰し、大口を開けて噛み砕く。
それに反撃する様に、彼の側面に回ったアグレス共が、大野さんの胴体目掛けて異能力を放つ。
腹部に幾つもの魔力弾を喰らった大野さんは、苦しそうに唸り声を漏らす。
だが、
「ぐぅっ…。それに、なぁ。直にアイツらが来る」
歪ませた口を更に引き上げ、大野さんは歪な笑を浮かべる。
強がる彼に向けて、アグレス共はただ貪るためだけに走り寄る。ただ殺す為だけに、その手に魔力を集め出した。
奴らが手にする異能力の刃が、大野さんの分厚い鱗を切り裂く。
その直前、
先頭に居たアグレスの頭部が、弾けた。
何だ?
蔵人は、目を瞬かせて、頭部を無くしたアグレスを目で追う。
その個体は、力なく地面に倒れ、直ぐに霧となって消えて行った。
何が起きた?
蔵人が目を細めると同時、
音が響いた。
ブゥゥウウン!と言うエンジン音と、パンッ!と言う乾いた音。
その音の方に目を向けると、そこにはバイクを走らせる橙子さんの姿があった。バイクのフロント部分からは長い筒が伸びていて、そいつが再び火を吹いた。
パァアンッ!
その音とほぼ同時、別のアグレスの頭部が吹き飛んだ。
狙撃。
橙子さんは、バイクを運転しながらの精密射撃と言う、人間離れした荒業を平気な顔でやってのけていた。
これが特殊部隊員の力か。でも彼女は、まだ高校生の筈だぞ?
橙子さんの卓越した技量に疑問を感じた蔵人。だが、それも直ぐに判明する。
彼女がバイクを止めて、バイクに跨ったまま銃を構えると、その銃が変形する。
細長い銃身が短く太くなっていき、やがて橙子さんの右腕になる。そして、次の瞬間には短機関銃に早変わりした。
右腕を銃にメタモルフォーゼしていたのだ。
大野さんを攻撃していたアグレスの一部が、橙子さんへと狙いを切り替え、呻きながら彼女へと走り出す。
それに対し、橙子さんは顔色1つ変えずに、短機関銃から短い火を吹いた。
スタタタタタタタッ!!
本物と何ら変わらない乾いた音をばら撒いて、橙子さんの右腕がアグレス共を銃撃する。
銃弾の雨に晒されたアグレスは、痙攣する様にその場で釘付けになり、その威力に耐えきれなくなって消えていった。
圧倒的な火力を前に、アグレス共はあっけなく消えて行く。
だが、アグレス共もしぶとい。仲間が目の前でやられているのも意に介さず、橙子さんへと殺到する。すると、彼女とアグレス共の距離は徐々に近づいていく。
短機関銃は高性能だが、狙撃銃よりも攻撃力が落ちる。何発も撃ち込んでいる内に、徐々に距離を詰められてしまっていた。
今度は、橙子さんが危険な状態になって来た。
一度、撤退するべきでは?
蔵人が心配していると、橙子さんが通ってきた道から、1台のワゴン車が現れる。そのワゴン車のリヤドアが勢いよく開き、中から人影が飛び出した。
「全員切り刻んでやるぜ、侵略者ども!」
転がる様に飛び出して来たのは、ヤル気に満ち満ちたレオさんだった。
体に風を纏った彼女は、着地と同時にアグレス共へと走り出し、橙子さんへと近付いていた個体と接敵。瞬く間にアグレスを切り刻む。
彼女が拳を振るう度に、アグレスの体は裂けて四肢が千切れ飛び、霧状になって消えていく。
朝練で見せた時よりも、更に洗練された彼女の技は近付くアグレスを次々と殲滅していった。
「お前ら!」
足元で、大野さんが蔵人達に向かって吠える。
「車の方に避難して、瀬奈の指示に従え!」
「了解です!」
蔵人は鶴海さんを連れて、ゆっくりとワゴン車へと移動する。
足元では、大野さんの巨体がアグレス共を蹴散らしている。援軍が到着したことで、側面からの攻撃が減り、再び無双状態となった肉食恐竜。橙子さん達も互いに連携を取って、危なげなくアグレスを殲滅していた。
「2人とも無事?怪我はしていない?」
ワゴン車の前に降り立つと、運転席のドアが開いて瀬奈さんの心配そうな顔が覗く。リアドアの向こう側からは、青い顔の恵美さんの姿も見えた。
蔵人が無傷である事を伝えると、2人とも少しだけ表情を緩めた。
「無事で良かったわ。突然のスクランブルが掛かった時は、何事かと思ったけど」
スクランブルは、大野さんが発してくれたみたいだ。
でも、それを受けて動けたのは瀬奈さん達だけだと言う。司令部にも救援を送っているそうなのだが、受け付けてくれないらしい。
地元警察にも出動命令は下しているそうだが、彼女達はここには来ない。市内に最終防衛ラインを敷いて、大野さん達が漏らしたアグレスを迎え撃つ準備をしているらしい。
最前線でアグレスと戦うのは、軍人だけと言う事だ。
「本当なら、貴方達を直ぐにでも安全な場所に連れて行きたいんだけど、状況が分からない今は、私達とここで待機して欲しい」
突然のアグレス襲来で、状況が混乱しているのだろう。周囲の安全が確保出来ない以上、特殊部隊員の彼女達と共に居るのが1番安全だと判断したみたいだ。
それは分かるのだが、司令部が援軍を送れないとはどう言う状況だろうか?ディさんの異能力であれば、一瞬で大部隊を寄こしてくれるだろうに。
何か、彼らの方でもアクシデントが起きているのだろうか。例えば、特区の方でも同じようなことが起きていたり…。
「瀬奈少尉!また来るわ。数は13体、北北西8m!」
蔵人が考え込んでいると、後部席に座っていた恵美さんが悲鳴に近い声を上げる。
その声が正しいと指し示す様に、大野さん達の目の前で、再び黒い腕が突き出した。
恵美さんの索敵で、敵の出現タイミングと場所を特定していたみたいだ。
見上げると、上空には彼女の異能力と思しきアクアキネシスの塊が浮いている。小鳥の形をした水だ。
あれがレーダーの役割をしているらしい。
「く、蔵人ちゃん…」
蔵人が空を見上げていると、鶴海さんが蔵人の袖をツンツンと引っ張った。
引っ張るその手は、小さく震えている。視線を下ろすと、青かった彼女の顔が更に青くなっているが視界に入った。
「どうしたんです?!鶴海さん。体調でも…」
「違うの、蔵人ちゃん。また、何か来るわ。さっきまでとは比べられない程に大きな魔力が…近づいてくる!」
鶴海さんの悲痛な訴え。
それを、恵美さんも感知する。
「再び反応!数は1、北西に15mの位置!」
その声の後、
向こうの砂浜で、勢いよく砂塵が吹き上がった。
大量の砂煙が舞い上がり、周囲の視界が一時ゼロになる。
「ォォオオオオオオ!!」
その不可視の領域で、声が轟く。
今までのアグレスの様にか細い呻き声では無い、腹の底から震え上がるような、太い怒号であった。
そして、砂塵が落ち着く。
そこに居たのは、1体のアグレス。
ケラトサウルスに負けない程の巨体に黒い鎧を付けており、その鎧の節々から真っ白な靄が湧き出ていた。背中には、人の背丈を越える程の巨大な大剣が背負われており、ゆっくりとした動作でその柄を握りしめた。
「ジェネラル級出現!!」
橙子さんの声が響く。
普段のハキハキした声では無い。悲鳴の様な、感情の乗った叫び声。
彼女が感情を吐露する程に、状況は最悪に陥った。
Aランクの異能力を持つジェネラル級。その変異種となれば、その力はAランクの枠を超える。
パァンッ!
橙子さんの狙撃。
周囲のアグレスには目もくれず、再び右腕をスナイパーライフルに変形させて、ジェネラル級を狙い撃った。
だが、ジェネラル級はその弾丸を、乱反射する腕で弾き飛ばしてしまった。
Aランクのサイコキネシス。
加えて、背中に差していた大剣を片手で振り抜くと、軽々と素振りして見せた。
1tはある金属の塊を、片手で持てるだけの腕力。恐らく、フィジカルブーストも持っている。
攻撃的な異能力を併せ持つAランクアグレスは、今までのソルジャー級とは比べられない脅威。
そう、瀬奈さんも判断したみたいで、補助席に置いた無線機をひったくり、声を叩きつけた。
「本部!こちら第12小隊、柏木少尉。沖縄にジェネラル級が出現!繰り返す。ジェネラル級出現!至急応援を送られたし。送れ!」
『本部了解。現在、付近を哨戒中の艦隊を向かわせている。そちらへの到着は23:00である。それまで持ち堪えるべし。送れ』
「12小隊にAランクはいません!至急、テレポート部隊を送られたし!送れ!」
『長距離テレポート部隊は北海道に展開中。沖縄へは別働隊が向かう。了解したか、送れ』
「り…了解。通信…終わりっ」
通信を終えた瀬奈さんは、半分投げつける様に通信機を放り出す。
会話から、北海道でも何かが起き、そちらに機動部隊を取られてしまっているみたいだ。
現時刻は21時を過ぎたところ。あと2時間近くを耐えねばならない。Aランクを越える存在を前に、それは絶望的な時間である。だから、瀬奈さんは死にそうな顔をしていた。
それは、現場の誰もが同じであった。
先ほどの通信を聞いていた橙子さん達は、瀬奈さんと同じくらいに苦い顔をして、言葉を失っていた。
失いながらも、ソルジャー級を殲滅しきっていた。
そして、この隊の隊長である大野さんは、ふんっと鼻で笑った後に指示を返した。
『了解だ。てめぇらは護衛対象を連れて撤退。俺が殿を務める』
「ダメです!貴方は高ランク男性隊員。殿を任せる事は規則違反です!」
「撤退しろ!上官命令だ!」
大野さんの声が、無線機と戦場の両方から聞こえた。
それと同時に、大きな地響きを立てながら、大野さんの巨体がジェネラル級へと突っ込んで行った。
「がぁああああ!!」
大きな顎を開けて、ジェネラル級へと迫った彼は、その大きな顎を開いて噛みつき攻撃を繰り出した。
それに、ジェネラル級は大剣を一文字に構えて、大野さんの噛みつきを防御した。
ガリガリガリッ!
肉食恐竜の鋭利な刃が、錆びた大剣の刃と擦れあって甲高い音を奏でる。
顎の力が3t近くあるとされるケラトサウルスの咬合力を前に、しかし、ジェネラル級はビクともしない。
それどころか、1歩、また1歩と前に出て、大野さんの巨体を押し返し始めた。
そして、大剣を振り抜く。
恐竜の巨体を弾き飛ばし、勝ち誇ったかのように大剣を肩に担いだ。
弾き飛ばされた大野さんは、白い砂浜の上を転がり、海に入る直前で止まった。
のそりと立ち上がり、大きな頭を振る大野さん。軽い脳震盪でも起こしたのかと思ったが、直ぐに鋭利な牙を剥き出しにして、ジェネラル級を睨み付ける。
そして、再び突撃した。
1t近い巨体が猛スピードで突っ込んでくる様は、大型トラックが突っ込んでくるのと同じ。普通の人間であれば、避ける事を第一に考える。
だが、ジェネラル級はどっしりと構えた。構えて、突っ込んでくる大野に向けてサイコキネシスの腕を伸ばした。
その腕が、大野さんを捉える。
巨大な肉食恐竜の体を雁字搦めに縛り付け、宙へと浮かせる。
サイコキネシスの腕にも、フィジカルブーストが掛かっている様子だった。
これが、複合型の異能力。
これが、本物のアグレス。
WTCのアグレスが矮小に思えてしまう程に、目の前のアグレスは圧倒的な力を見せつけた。
「総員!隊長を救出せよ!橙子、大尉を縛る腕を狙撃して!」
「了解です!」
橙子さんの狙撃は、狙い違わずにサイコキネシスの腕に撃ち込まれる。
だが、弾丸は腕の表面を滑るだけで、傷一つ付けられなかった。Aランクの腕に対し、橙子さんの狙撃では力不足であった。
それを見て、蔵人は構える。盾水晶を4枚出して、それを連結させる。
大車輪。
それを回転させ…。
「ダメよ!蔵人君。貴方は手を出さないで!」
「言ってる場合ですか!」
瀬奈さんの制止に、蔵人は反論する。
確かに、戦争で一般人が攻撃に参加する事は出来ない。だがこれは戦争では無い。アグレスと言う未知の脅威に対しては、一般人でも協力すべきだ。
戦力が集まらない非常事態なら、特に。
「瀬奈さん!」
蔵人は瀬奈さんに許可を迫る。
それに、瀬奈さんは顔を顰めて逡巡する。協力を仰ぐべきか、頭を悩ませる。
だが、もう遅かった。
「あっ!」
恵美さんの切羽詰まった声が聞こえ、蔵人は後ろを振り返る。
そこには、サイコキネシスの腕を手繰り寄せるジェネラル級の姿が。
奴は近づく大野さんに対して、肩に乗せていた大剣を構え直す。大きく上段に構えたままに、大野さんに向けて真っ直ぐに飛びかかり、
大剣を、振り抜いた。
鋭い斬撃。
大剣が、大野さんの首を通り抜ける。
その、直後、
恐竜の大きな頭部が、胴体と切り離された。
首から吹き出す鮮血が、真っ白な砂浜を赤く染めていく。
「大野さんっ!!」
恵美さんの悲鳴が、夜闇に吸い込まれて行った。