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340話〜待って…〜

いつもご愛読下さり、ありがとうございます。

注意報が出ていましたので、お知らせいたします。


※注意※

・温度差注意


ん?この反応は…

「ぐぉお…頭が痛いぃ…」


デージエイサーの翌日。蔵人達は車に揺られて、水族館に向かっていた。

その車内で、祭月さんが頭を押さえて呻いている。


「桜ねぇにヘッドロック掛けられ続けている気分だ。ぐぉおぉ…」

「二日酔いね。アルコールは飲んでない筈だけど」

「気分の問題だろ?朝飯もしっかり食ってたしよ」

「せやな。水族館着いたら、ケロッとするやろ」


鈴華達はなんて事ないと言うが、桃花さんは心配そうに祭月さんを覗き込む。


「大丈夫?さっちゃん。お水飲む?」

「ありがと…桃は優しいなぁ…」


桃花さんは、純粋で良い子だ。このまま、桜城の良心でいてくれ。

だが、そんな桃花さんの心配は無駄になる。


「うぉおお!ここが(ちゅ)(うみ)水族館かぁあ!」


水族館に着いて早々、祭月さんはテンションMAXになって走り出した。

その後ろ姿を見て、桃花さんは目を点にする。


「…なんだったんだろうね?」

「思い込みって怖いものよ?想像妊娠ってものもあるくらいだから」

「病は気からって奴だね」


鶴海さんと若葉さんの言う通りだろう。気持ちとは、時に人の体調にも影響する。


「おいっ!みんな、何をしているんだ?早く来い!水族館は目の前なんだぞ?」


祭月さんの変容に呆れていると、当の本人から催促されてしまった。

自由人め。


「アイツ、一発シバいたろか?」

「手ぇ、貸すぜ」


おいおい。お手柔らかに頼むぞ?


ぴょんぴょんと飛び跳ねる祭月さんを先頭に、蔵人達は水族館の中を進んでいく。

館内は驚く程に広く、壁一面に水槽が張り巡らされていた。


「見て見て!近海のサンゴ礁だって!」

「すげぇえ!売ったら高そう!」


「お魚も泳いでるよ!可愛いね」

「うーん。こいつはあんまり美味そうじゃないな」


「なんちゅう目線で見とんのや!祭月は!」


本当にな。

3人娘がわちゃわちゃしながら館内を進み、その様子を撮影係がパシャパシャ激写している。

その後ろを、蔵人達が着いてきているのだが…。


「おい!ボス。見てみろよ。この魚、オジサンって言うみたいだぜ」

「ヒメジ科のお魚ね。お髭がオジサンみたいだからって名付けられたそうよ」


蔵人の両側で、楽しそうに笑う鈴華と鶴海さん。

楽しんでくれるのは良いが、両側で腕を取られているので身動きが取れなくなっていた。

好意は嬉しいんですがね、もう少し離れて歩きません?本当に転びそうで、怖いんですけど?


「(高音)沖縄の生態系は豊かね」


心の中で訴えながら、蔵人は2人に笑みを返す。

まぁ、何かあっても大丈夫だろう。周囲は大野さん達が警護してくれているから。


「さっちゃん。見てよこれ。海にダンゴムシが居るよ」

「うぉおおお!クソ食ってる!クソムシだ!これが本物のクソムシだぁあ!」

「ちゃうわ!よう見てみぃ。グソクムシって書いてあるやろ」


深海エリアでは、祭月さん達のテンションも一段階上がる。

見た事ない生物の宝庫だからね、深海って。


「海のお掃除屋さんなんだって。偉い虫さんなんだね」

「グッソクムシ〜。グッソクムシ〜」


祭月さんが、変な歌と踊りを始めた。

なんだか、夢に出てきそうだからやめてくれ。

魚とチンアナゴの歌で対抗しようかな?


フルスロットルで突き進む少女達だったが、回遊魚エリアでは静かになった。


「ほえー…」

「すっごいねぇ…」


目の前いっぱいに広がる水槽には、幾千万もの回遊魚達が群れになって泳ぎ、その銀色の雲海を、巨大なジンベイザメが突き抜けて行った。

壮大な海の一部が、目の前に切り取られているみたいだった。


「ああ…凄いわ…」

「何度観ても、ここは絶景だな」


鶴海さん達も、ここでは自然と腕の力を緩めてくれる。

鈴華は何度か来たことがあるのか。


「かっこええなぁ…」


ジンベイザメを追いかける様に、伏見さんがガラスに張り付く。

偶に見せる、素の伏見さんが出ていた。お目目もキラキラしていて、とても可愛らしい。

そんな貴重な一面を、我らが敏腕記者が逃す筈はない。

パシャリ。


「良いね!凄く可愛らしい表情だよ!」

「あっ、まっ、待つんや若葉!今のは無し!消したってくれ!」

「やだよー」


おーい。館内は走るなよー。

顔を真っ赤にして懇願する伏見さんの背中を、蔵人達は微笑みながら見守る。


それからも、蔵人達は水族館を楽しむ。

イルカショーではみんなが目を輝かせ、イルカを美味しそうだと発言した祭月さんは水しぶきを掛けられていた。

恨めしい目でイルカを見ているがね、こいつは自業自得ってもんだぞ?


館内のレストランも見事なもので、大海原を眺めながらのランチを堪能した。

祭月さんの目が、皿に乗ったお魚を凝視していたので、蔵人は急いで彼女の口を塞いだ。

きっと、この魚の搬入先を勘違いしていそうだったから。


「おい、ボス。これ美味いから食ってみろよ」

「わ、私のも、どうぞ?」


そんな忙しい中、鈴華がフォークをこちらに向けてきて、食べさせようとする。

それに対抗して、鶴海さんまで箸を向けてくるもんだから、大変カオスな状況となっていた。


うん。これもホワイトデーの効果なんだろうか?

蔵人は内心で首を傾げながら、両方のあーん攻撃を受け取った。



蔵人達は水族館を退館した後も、沖縄観光を満喫した。

美ら海水族館の近くで小さな動物園を見つけて、そこに入ってみたり、青の洞窟という名所で簡単なスキューバダイビングなんかも体験した。


動物園は殆どの動物が放し飼いで飼育されており、餌を持った桃花さんに群がっていた。

と言っても、ライオンみたいな大型動物は居らず、水鳥やワラビーと言った可愛らしい動物ばかりであった。


「可愛い!」

「アカン!ごっつうかわえぇ!」

「堪らないわ〜」

「ああ…シャッターチャンスなんだけど、餌あげもしたい…」


みんな動物達に夢中だ。ワラビーが寄ってきた時なんて、あの若葉さんがカメラをほっぽり出した程である。


「おいぃ!なんで私からは逃げて、若葉の方にばかり行くんだ!」


祭月さんだけは、動物達から逃げられていた。

きっと、火薬に近い匂いでもするのだろう。もしくは騒がしいからか。


「なぁ、ボス。さっきからボスの肩に、文鳥とかインコがひっきりなしに止まってるんだが?」

「くそっ、蔵人もか。何でだ?!」


祭月さんが恨みがましく見てくるので、蔵人は少しだけ目を伏せる。


「(高音)いい異能力者ってやつは、動物に好かれちまうんだ」

「嘘つけ!」


どうだろうね?案外、真理かもよ?



動物園では若葉さんと蔵人が人気者だったが、ダイビングでは鶴海さんが無双状態だった。

海に入った瞬間から、魚達が彼女の周りに寄ってきて、まるで文化祭の人魚姫を彷彿とさせた。

その帰り道、みんなは車の中でその時の光景を思い浮かべていた。


「凄い綺麗な場所だったね!お魚もいっぱい居たし、僕、感動しちゃった!」

「ああ、すげぇ魚の数だったな。特に、翠の周りはヤバかった」

「まさに人魚姫やったな」

「水中カメラを用意出来なかったのが悔やまれるよ」

「そんな!みんな、大袈裟よ。私はアクアキネシスだから、海の生き物と親和性があるだけよ」


鈴華達が鶴海さんを褒めちぎり、彼女を真っ赤にさせる。

だが、本当に鶴海の言う通りなのだろうか?同じアクアキネシスの恵美さんは、それ程囲まれていなかったけど。

やはり、鶴海さんの人柄に寄る部分が大きいのでは?


「くそっ。魚達まで逃げるなんて…」


祭月さんがボヤいている。

彼女の周りは、今回も寂しかったからね。やっぱり、彼女が騒がしいからなのだろうか?

蔵人が祭月さんを心配していると、伏見さんが祭月さんの肩を叩く。


「自分、魚見て何を思っとったんや?」

「…食ったら、どんな味がするかなって」

「それや」


そういう事か。

やっぱり動物は、良い異能力者を見分けられるのかも。



3つもイベントをこなしたので、ホテルに帰ってきたのは夕方だった。

たんまりと遊んで腹を減らした蔵人達は〈国際通り〉に繰り出し、ステーキハウスで贅沢な夕食を摂る。

目の前で豪快に焼いてくれる演出に、少し落ち込み気味だった祭月さんも大満足していた。

彼女の為に、一番いい部位を譲ってあげると、やかましいくらいのテンションに戻ってしまった。

うん。単純な子で良かった。


「今日はお疲れ様でした、蔵人様」


ホテルの自室に帰って早々に、柳さんが労いの言葉を掛けてくれる。

いやいや。その言葉は柳さんが受け取るべき言葉だ。ずっと運転をして、祭月さん達のお守りをして、大変な一日だったと思う。

蔵人が柳さんにお礼を返していると、机の上にお茶が2つ置かれた。

ルームメイトの大野さんだ。


「ルームサービスだ。つっても、ティーパックだがな」

「ああ、すみません!大野さん。私がしなければいけなかったのに」


柳さんが慌てて大野さんに駆け寄るが、大野さんはゆっくりと首を振る。


「今日の俺はプー太郎だったからな。運転は瀬奈で、変身も橙子がやってた。これくらいはやらせてくれ」

「そうは言われても、特区の殿方にお茶を入れさせるなんて…」

「気にすんな。こいつは俺の性分だ。普段、ガキどもに鍛えられてるからよぉ」

「そうですか?では、お言葉に甘えて…」


ふむ。成人女性が相手だと、大野さんはこんな感じなのか。

蔵人は、目の前の2人を興味深く見守る。

蔵人のルームメイトは、目の前の2人だけ。橙子さん達は別室である。幾ら護衛でも、男性との同室は不味いらしい。

なので、蔵人が存在感を消すと、年頃の男女が2人きりになるのだが…。

何となく、いい雰囲気ではないか?


そんな風に2人を見守っていると、蔵人の携帯が鳴た。

標示されたのは、鈴華の名前。


『なぁ、ボス。ちょっと散歩でもしようぜ?』

「散歩?何処まで?」

『海辺とかどうよ?昨日、ちっこい高校生が言ってたろ?』


隊長さんか。確かに、穴場のパワースポットを教えて貰っていた。


「分かった。護衛は連れてくよ?」

『……まぁ、そりゃ仕方ないわな』


やはり、逢い引きのお誘いだったらしい。

少し迷ったが、蔵人は大野さんを連れて部屋を出ようとした。

だが、


「あら?蔵人様、何か落としましたよ?」


柳さんがそう言って、蔵人を止める。

見てみると、床には赤とオレンジ色の紐が落ちていた。

こいつは…。


「桃花さんのミサンガか」


願いを込めたミサンガが切れたと言う事は、何か願い事が叶うと言う事。特に、この色合わせは勝負ごとに効くと聞いている。

全日本でも切れる事がなかったミサンガが、ここで切れる意味。

…デートで勝負事?まさかね…。


心配も一緒に抱えながら、蔵人達は1階のロビーまで降りる。

すると、そこに居たのは鈴華ではなかった。

鶴海さんだった。


「(高音)おや?鶴海さんも、鈴華に誘われたんですね」

「え、ええ。そうなの…」


…なんだろうな。鶴海さんが異様に緊張されている。ドッキリでも仕掛けるのか?

巻ちゃんに変身した蔵人が首を傾げると、鶴海さんは硬い声を捻り出した。


「す、鈴華ちゃんは、急に、急用があるって言い出して。だから…その、私達だけで、行ったらどうかって、言っていて…どう、かしら?」


ああ、なるほど。

蔵人は状況を納得した。

つまり、鈴華は最初から、鶴海さんと自分の2人だけでデートさせるつもりだったのだろう。それがどう言う意図かまでは分からないが、鈴華も、そして鶴海さんもそれを望んでいると。


蔵人は状況を理解すると同時、鶴海に手を差し伸べる。


「(高音)是非行きましょう。2人だけのナイトデートですね」

「なっ、デー…」


真っ赤になって言葉を詰まらせる鶴海さん。

そんな彼女の手を取って、蔵人は沖縄の夜へと出かけて行った。



ホテルを出た時はガチガチに緊張していた鶴海さんだったが、暫く沖縄の街を歩いていると、少しずつ硬さが取れていた。

大野さんの姿も見えないので、本当に2人で歩いている様に感じる。そこも、彼女が何時もの調子を取り戻した要因だろう。

姿は見えずとも、巻ちゃんの変身は解けていない。凄い射程だ。橙子さんと比べるなと豪語するだけはある。


「綺麗な浜辺ね」


目的地である〈うみそら公園〉に着くと、鶴海さんがウットリとそう言った。

時刻は21時を迎えようとしている。真っ暗な海辺は、道端に設置された街頭と、満月の儚い明かりに照らされていた。

そんな儚い光の中でも、白い砂浜と深い群青の海が広がる様は、鶴海さんでなくとも感嘆の吐息を吐きたくなるものだった。

周囲に人影もない事が、余計に雰囲気を盛り上げていた。


「本当に綺麗ですね。もう少し海に近づきませんか?」

「ええ」


声だけは通常に戻した蔵人が誘うと、鶴海さんは静かに頷く。

そのまま白い砂浜の上をゆっくりと進み、黒い波打ち際で立ち止まった。ザーン…ザーンと寄せる波の音が、不思議と心を落ち着かせる。


「今日は楽しかったですね。水族館に動物園、それにダイビングまで」


蔵人が鶴海さんの方に顔を向けると、彼女もこちらを見上げて来て、ふふっと笑った。


「動物園では、2人とも人気者だったわね。若ちゃんはワラビーが太ももまで登ってきたし、巻ちゃんは止まり木みたいになっていたわ」

「それを言うなら、ダイビングでの鶴海さんは、見事な人魚姫でしたよ?」

「ひ、姫なんて…精々魚人(マーマン)よ」

「それは、随分と可愛らしいマーマンだ」

「か、可愛い…っ!」


鶴海さんの陶器のように白い頬に、再び朱色が差す。大きな瞳が揺れて、桃色の唇が小さく開く。


「その、話は変わるんだけど…ホワイトデーで、私に飴を贈ってくれたじゃない?私と鈴華ちゃん以外にはマカロンだったみたいだけど…」

「はい。飴はお2人にしか贈っていません」


ふむ。どうやら女性陣の間では、誰が何を貰ったのかを情報交換しているみたいだ。

蔵人の返答に、鶴海さんは繋いだ手をギュッと握った。


「その、理由は…額面通りに受け取ってもいい物なのかしら?」


鶴海さんの瞳は、不安と期待が入り混じった色の輝きをしていた。

きっと、言葉で表して欲しいのだろう。この思いを。その意味を。

揺れる彼女の瞳を、蔵人は真っ直ぐに見詰めた。


「鶴海さん。僕は貴女が好きです。女性として、パートナーとして、貴女を愛しています」

「あっ…うん…」


鶴海さんは目を大きく見開いたあと、蚊の鳴くような声を漏らし、海の方へと視線を向けた。

…ダイレクト過ぎて引かれてしまったか?

そう思う蔵人だが、こちらの手を握る彼女の手のひらには、しっかりと力が入っていて、こちらを離す素振りは見られない。


そして、その力がまた少しだけ強くなった。

鶴海さんが体ごとこちらに向いて、大きな瞳が強い光を返して来た。


「私も、貴方が好き。分不相応かもしれないけれど、私は、鈴華ちゃんに負けないくらい、貴方が好きよ」


鶴海さんはそう言い切ると、硬かった表情が一気に華やいだ。


「言えたわ。私、やっと言えた…」

「ありがとうございます、鶴海さん。凄く嬉しいです」


蔵人も彼女に体を向け、震える彼女の両手を取る。

すると、鶴海さんは顔を赤くしながらも、小さく微笑んだ。


「私こそ、感謝しているわ。貴方が引っ張ってくれたから、弱虫な私も勇気が出せた。鈴華ちゃんにも散々、背中を押してもらっちゃったし」

「散々、ですか?」

「ええ。そうなの」


なんでも、この沖縄旅行に行く前に、鈴華に呼び出されたらしい。

ホワイトデーで行われた決戦の後、何をしたのかを聞かされて、翠もここで決めるんだと背中を強く押されまくったのだとか。


道理で、旅行中の彼女は距離が近いと思った。何時も奥手な彼女が、最初から手を繋いで来るものだから、かなり戸惑ったものだ。

あれも、鈴華が背中を押していたのだ。きっと、あたしの真似をしろとでも言ったのだろう。


「謙虚ですね」


鈴華だけでなく、この世界の女性は独占欲を表に出さない。

それは、高ランク男子が少ない事の弊害であり、一夫多妻を推している事も影響しているのだろう。

それを加味しても、謙虚過ぎて不憫に思う。この世界の女性達を。


蔵人が憂いを呟くと、鶴海さんは小さく首を振る。


「貴方は大き過ぎるもの。みんなで支え合わないと折れちゃうわ。だから鈴華ちゃんは、平等に愛して欲しいって言ってるの」

「平等ですか。それは少し難しいですよ、鶴海さん。僕も人の子です。想いにはどうしても、偏りが出来てしまう」


蔵人は鶴海さんに顔を近づけ、その大きな瞳を覗き込む。


「想いを真っ直ぐに伝えてくれた貴女達を、僕は特別に想います」

「蔵人…ちゃん…」


鶴海さんは小さく呟き、目を閉じた。

満月が彼女を照らし、白い肌をより際立たせた。深い青の髪が風に揺られ、寄せては返す波の様に見える。

本当に、この人は人魚姫なのではないだろうか?

そんな馬鹿げた思考が頭を過ぎり、蔵人は首を振って目を細めた。

彼女の魅力に、躊躇しないように。


そのまま顔を近付け、鶴海さんの唇に触れようとした時、


「待って…」


彼女の呟きが、蔵人を止めた。

目を開けると、彼女の大きな瞳が揺れていた。

不安そうに。何かを探るように。


「鶴海さん?どうかしましたか?」

「誰か…来るわ」


誰か…大野さんか。

流石に、外でイチャイチャし過ぎて、看過できないという事だろうか?

これくらい見逃して欲しいと思う反面、彼の心配も分からなくもない。何処に目があるか分からないから。


「すみません、鶴海さん。多分、護衛の大野さんが…」

「違うわ、蔵人ちゃん。護衛の人じゃない。もっと大勢の人が、こっちに…」


大勢?どういう事だ?

訝しむ蔵人。その目の前で、鶴海さんの瞳が更に揺れる。

そこに浮かぶ表情は…恐怖。


「なに…これ。凄く激しい感情が、いっぱいうねって迫って来てる。これは…怒り?悲しみ?…違うわ。もっと強い感情。もっと根源の感情。これは……渇望」

「鶴海さん」


蔵人は鶴海さんの肩を抱く。小さく震えて崩れそうな彼女を支えて、彼女の瞳を覗き込む。


「鶴海さん、大丈夫だ。落ち着いて教えて欲しい。その感情は、何処から来ているか分かる?」


なだめる様に囁く蔵人。だが、鶴海さんの表情は見る見る青白くなっていく一方だ。

尋常じゃない彼女の様子に、蔵人は彼女に笑みを向けて落ち着かせようとする。

そんな蔵人を、鶴海さんの大きく揺れていた瞳が捉える。

震える声で、端的に伝える。


「逃げて、蔵人ちゃん。下よ!」


下。

その切迫した声を聞いた瞬間、蔵人は鶴海さんを抱き寄せて、水晶盾で空へと飛び上がった。

その直後、


ズボッ!


何かが、地面から飛び出して来た。

それは、腕だった。

砂浜に突如生えた真っ黒な細い腕は、直ぐに白いモヤの様な物で覆われた。

そんな腕が、


ズボッ!

ズボッ!ズボッ!

ズボッ、ズボッ、ズボッ、ズボッ!


幾つも、何十本も、白い砂浜から生えた。

それを見た途端、蔵人の頭の中で声が響く。

彼女の言葉が再生される。


『ゲームの中の話だけど、軍隊がテロ組織(アグリア)から攻撃されている時に、地面からズボッ、ズボッ!って手が生えてきて、そこから侵略者(アグレス)達が現れるステージもあったんだ』


「これが…アグレス」


あの日、林さんが話していた言葉が、蔵人の頭の中で蘇る。余りに唐突な邂逅に、身動きできずにただ、言葉が漏れ出た。

その呟きに答える様に、そいつらは砂の中から這い出て全身を晒す。人間大の大きさで、全身を真っ白のモヤで覆ったそいつらは、ダンジョンダイバーズの変異種アグレスと瓜二つであった。

ただ、違うのは。


「アア…」

「ウゥ…」

「フゥ…エェ…」


無数に向けられる、奴らの視線、意識。そして敵意。

それら悪意の圧力は、WTCのアグレスからは感じ得なかったもの。

そんなアグレス共の悪意が、強まる。目玉のない陥没した空洞部分をこちらに向け、その両手をめいいっぱいに伸ばす。


まるで、焦がれるかの様に。

欲望のままに欲するように。

奴らは、渇望した。


「「「「アアアァアアァァアァア…」」」」


醜く泣き叫ぶ侵略者達の声が、満天の夜空を切り裂いた。

⚠WARNING⚠

異常反応検知!異常反応検知!


「遅い!もう目の前だ!」


違います。

北東、距離2620km。場所は…北海道です!


「…なんだと?」

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― 新着の感想 ―
クソったれがぁ…やっぱそっち路線に行くかぁ…メインディッシュが省かれたぁ…せっかく、独占欲のぶつかり合いが見れると思ったのに、まさかの愛する男性の共有とか…ハーレムは別にどうでもイイですが、そこに至る…
オラオラァ!メインヒロイン様の御通りじゃあ!てな勢いを感じる真っ当な告白シーンだったわ。元ネタゲーム的にはモブかもだけど蔵人からしたら間違いなくメインヒロインなんだろなぁ。 遂にアグレスが姿を現し…
天界「イチャイチャしてないで仕事しろとは思ってたけど、さすがにかわいそう……」 今回は大野さんがいるので連絡等は気にせずに、さらにはアグレスのことについて質問しながら戦えそうなことを喜ぶべきなのか、…
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