336話〜ボスをゲットだぜ〜
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※注意※
・温度差注意
フルアーマーの蔵人とライトアーマーの鈴華が対峙する間に、金髪を靡かせたローズ先生がテレポーターを伴って現れる。
どうやら、この試合は先生が審判の様だ。
「これより桜城ランキング戦、ランキング1位、久我鈴華、対、ランキング0位、巻島蔵人の頂上決戦を開催する!」
「「「わぁあああああ!!!」」」
「黒騎士さまぁああ!!」
「お姉さまぁあああ!!」
審判が声を高らかに宣言すると、観衆からは蔵人と鈴華を称える声が一斉に湧き上がる。
その誰もが、ここに鈴華が居ることを疑っている様子はない。つまり、鈴華が桜城ランキング1位であることは周知の事実だと言う事。
そう言えば、最近ランキング戦が慌ただしいと、若葉さんが言っていた気がする。
鈴華も、最近は忙しそうにしている事が多かった。朝練に顔を出していなくても、汗だくで階段を登っていたし、放課後も途中で呼び出される事があった。
選挙戦の方に気が行ってしまい、あまり深く考えていなかったが、あの時に鈴華はランキング戦を行っており、桜城ランキング1位まで登り詰めて来たのだろう。
そして今、王座へと手を伸ばすまでに接近したのだ。
「両者、構えて!」
審判の号令で、蔵人は構えながら首を振る。
だめだ、集中しろ。相手は鈴華だが、何時もの鈴華ではない。彼女がここに居ると言う事は、少なくとも、風早先輩を破ったと言う事なのだから。
海麗先輩を相手にしていると思え。
蔵人が姿勢を正すと同時、試合の合図が降りる。
「始め!」
「行くぜ!ボス!」
審判がテレポートで退避すると同時に、鈴華が動いた。
2つの手甲を宙に浮かせ、それをこちらへと飛ばしてきた。鈴華が得意とする中距離攻撃だ。
蔵人はその手甲を躱しつつ、鈴華へと近づこうとする。だが、鈴華も近づかせまいと、蔵人の進路に拳を割り込ませて妨害してくる。
手甲の動きはかなり素早い。こちらから迎撃しようと拳を振るうも、その前に逃げてしまう。
まるでリビテーションかと錯覚しそうな程、彼女の磁力使いは卓越していた。
こいつを避けるのは至難の業。
ならば、多少のダメージは覚悟の上だ。
「タイプⅠ」
蔵人は全身に龍鱗を纏い、鈴華の元へと駆け出す。
すかさず、鈴華の手甲が蔵人の脇腹へと突き刺さるが、軽い衝撃が伝わるだけ。Cランクの龍鱗の前では、重い手甲も玩具同然であった。
龍鱗に突き刺さる手甲を振り払って、蔵人は直ぐに鈴華の懐に潜り込む。それと同時に、龍鱗の表面を膜で覆い、グローブパンチを握りしめる。それを、鈴華の脇腹へと真っすぐに叩き込む。
筈だった。
だが、蔵人の拳が叩いたのは、鈴華の柔らかい腹ではなかった。
硬い、地面だった。
蔵人の拳が、地面に吸い寄せられていた。
「くっ」
地面に着弾した拳は、引き付けられ続けて離れない。
これは、鈴華の磁力。
いつの間にか、白銀鎧を磁化されていた様だった。考えられるのは、先ほど突き刺さった手甲。鈴華に触れられた金属は、瞬時に磁化されてしまう様だった。
技術を磨いたと言っていたが、ここまで昇華させたか。
蔵人は龍鱗を勢いよくパージし、その勢いで地面から拳を離す。その勢いのまま、鈴華との距離を空けて、白銀鎧を全てパージした。
防御力が多少落ちるが、磁化されてしまった鎧はもう使えない。
そう思って鎧を捨てた蔵人だったが、
「ボスが要らねぇって言うなら、あたしが使わせて貰うぞ」
蔵人の白銀鎧が意志を持った様に動き出し、鈴華の元へと飛んでいく。
捨てる神あれば拾う神あり。
白銀鎧、着てくるんじゃなかったなぁ。
後悔している間にも、乗っ取られた鎧が襲ってくる。20kgを超える超重量でもって、蔵人に手甲やグリーブを振り回す。ただ磁力で浮かせているだけとは思えない程、鎧は生き生きとした動きを見せる。
鈴華の技術力がなせる技だ。
「シールド・カッター!」
蔵人は無数の水晶盾を放ち、こちらへと迫る空の鎧を切り刻む。すると、鎧はバラバラになってその攻撃を避けた。
こういう所は、人間の動きから逸脱するのか。
鎧を倒せなかった蔵人は、しかし、避けた鎧を無視して、そのまま回転盾を前へと飛ばす。
元々、外れても良いと思って放った攻撃だ。外れれば、その後ろの鈴華を狙えば良いのだから。
無数の盾が、鈴華を目掛けて真っ直ぐに飛ぶ。
鈴華は、磁力を使って逃げるかと思いきや、両腕を前に構えて腰を落とした。
そして、バラバラにした鎧のパーツと自身の手甲を飛ばして、回転盾を迎撃しようとした。
だが、それはあまりに無茶だった。水晶盾はそれなりの防御力と機動力がある。幾ら重量のある鎧パーツとは言え、その程度の威力では弾道を少しズラすのが精々であった。
蔵人の水晶盾は、鈴華が操る鎧の群れを弾き飛ばし、深く構える鈴華へと迫る。
だが、そうはならなかった。
先頭を飛んでいた水晶盾が、今まさに鈴華にシールドバッシュを繰り出そうとしたその時、真横から何かが飛んできて、水晶盾は弾き飛ばされてしまった。
迎撃したのは、白銀鎧…ではない。
別の、水晶盾だった。
「なにっ!?」
蔵人は目を開いて驚く。己の放った水晶盾の一部が、鈴華を守らんと空中で飛び回っていたからだ。
戻って来いと指令を出すが…受け付けない。水晶盾は変わらず、鈴華の周りで浮遊している。
離反された。まるで、白銀鎧の様に。
「まさか、水晶盾を磁化させたというのか?」
有り得ない。鉄盾ならまだしも、水晶は金属ですら無い非磁性体だ。磁力で操られる筈がない。
だが、今目の前では確かに、自身の水晶盾が鈴華に従って動いている。彼女の魔力が回るのに合わせて、自由自在に空を駆ける。
これが、鈴華が昇華させたという異能力だと言うのか。金属以外の物質も磁化させる事が出来る力。尋常ではないマグネキネシスの異能力。
覚醒者。
「ははっ。たった数ヶ月で完全に覚醒するとは。恐ろしい程の才覚者だよ、お前さんは」
自分が13年積み重ねた物に、こうも軽々と追いつくとは。
そう思うと、自然と乾いた笑いが込み上げてくる蔵人だった。
それに、鈴華も笑みを返す。
「まだまだこんなもんじゃないぜ、ボス。あたしの本気ってのはさぁ!」
鈴華が右手を突き出し、蔵人を指さす。すると、彼女に従う水晶盾と鎧達が、一斉に蔵人の方に突っ込んで来た。
「反逆の回転盾!」
広範囲に広がって押し寄せる、鈴華の兵隊達。そこに、逃げ道はない。
それを見ても、蔵人は逃げない。ただ、前へと手を突き出す。
「確かに、コントロールは失った、だが」
蔵人が手を突き出した瞬間、迫っていた水晶盾が消え去った。
魔力に返還したのだ。
「元は俺の兵隊だ」
鈴華の異能力は厄介だ。触れた物を磁化して、己の物にしてしまう。
以前までなら、磁性化出来るのは鉄やニッケル等の強い磁性体だけだったので、使える場面が限定的だった。だが、今の彼女は水晶すらも磁化してしまう。つまり、彼女に触れる物全てが彼女の物と言うこと。
白銀の女王陛下。
その美麗な容姿だけでなく、異能力まで風格を持つ鈴華だった。
「ホーネット!」
蔵人は無数の女王蜂を作り出し、その周りに水晶盾を浮かせる。
鈴華に勝つためには、彼女に一切触れられることなく攻撃しなければならない。周囲を飛ぶ鎧を掻い潜り、磁化させる前に貫く。
戦友を傷付けるのは心苦しいが、もう、そんな悠長な事を言っていられない。
「悪いな、鈴華!全力で勝たせて貰うぞ!」
蔵人は叫ぶと同時、ホーネットを放つ。
早速、彼女達に鎧が迫って来るが、それは新たに出したシールドカッターによって弾き飛ばし、磁化してしまったカッターは直ぐに消した。
そうして、鎧の群れから生き残った女王蜂が、鈴華へと針を突き出す。
だが、
またしても、女王蜂は迎撃された。
彼女達の胴体に深々と突き刺さるのは、同じ女王蜂の針。
一度も鈴華に触れていない女王蜂の中から、離反者が生まれたのだった。
「こっちこそ悪いな、ボス。そのホーネット、貰うぜ」
「…馬鹿な。近付くだけで磁化されるというのか?」
そこまでトンデモ異能力に進化させたのか?鈴華。
蔵人は彼女の底が見えず、知らぬ間に1歩下がっていた。
そんな蔵人を見て、鈴華はゆっくりと右手を差し出して来る。まるで「行かないで」とでも言うように、妖艶な眼差しをこちらへと向けてきた。
近くに来いってか?そいつはご免被るよ。近付くだけで磁化されるなら、遠距離攻撃で君の魔力を削るのが最良。
そう考えた蔵人が、再びホーネットを作り出そうとした。
だが、その前に、
「来いよ、ボス」
鈴華の桃色の唇から、危険な囁き声が紡がれる。
その瞬間、蔵人は、
「ぐっ!なっ、なに!?」
体が浮いた。ふわりと、重力に逆らって上下逆さまの宙づりになる。
馬鹿な!何故ここで、磁力に影響されるのだ?鎧は全てパージしていて、一欠けらの金属も携帯していないぞ?今体を纏わせている龍鱗も、先ほど新品に張り替えたばかりだ。この体の何処にも、彼女の領域に触れた物はいない筈。
と言う事は、鈴華の磁界が広がっていると言う事か?こんな、遠くまで?
困惑する蔵人。
だが、鈴華は容赦しない。まるで引力に引っ張られて落下するように、蔵人の体は鈴華の元へと引き寄せられた。
そのまま、鈴華の腕の中に収まる。
「よーし。漸く、ボスをゲットだぜ」
蔵人をギュッと抱きしめながら、鈴華は何時かホテルの中庭で呟いた言葉を口にする。
嬉しそうに、愛おしそうにこちらを見つめる鈴華の笑顔が、目の前で花咲く。
「訳わかんねぇって顔してんな、ボス。そんな顔も可愛いぜ」
「そいつはどうも。だが、何となくカラクリが分かった気がする。お前さんが磁化しているのは金属でも水晶でもない…魔力だろ?」
今、宙づりになって引っ張られた事で、蔵人は彼女が磁化している物が何となく分かった。
それは、蔵人の魔力。
「おっ、よく分かったな」
「まぁね。引っ張られたのが、下半身に貼り付けた龍鱗だけだったからな」
恐らくその龍鱗は、分解したシールドカッターの魔力を再利用した物だ。既に磁化されていた魔力を使ったから、鈴華の磁力に引っ張られてしまった。
突然離反したホーネットも同じ原理だ。あれも、再利用した魔力が既に磁化されていたから、鈴華の磁界に入った途端、制御を奪われた。
蔵人の推測に、鈴華は目を輝かせる。
「その通りだぜ、ボス。あたしは磁性体だけじゃなく、魔力も磁化出来る様になった。都大会の時にボスからアドバイスされて、文化祭の後にユニゾンの練習してたら出来る様になったんだ」
やはり、覚醒してから変化した鈴華の特性。
そして、その力は絶大だ。相手の魔力を磁化出来ると言う事は、相手の魔力を鈴華の物に出来ると言う事。強力な能力を持つ者はそれだけ、己の首を絞める。
恐ろしい異能力。
それが、今、蔵人にも降りかかる。
抱きしめられる自身の魔力が、鈴華の異能力に影響されていく。
染められていく。
「漸くだぜ、ボス。漸く、あんたを捕まえた。漸くあんたと対等に向き合えた。今、ボスの全てが、あたしの色に染まる。魔力も、体も、そして何時かは心も、あたしの銀に染め上げて魅せるからな」
「有言実行だな。だが鈴華、俺が既に染まっていたら、どうするつもりだ?」
「なっ!」
「「「きゃぁああああああ!!」」」
蔵人の返しに、顔を真っ赤に染め上げる鈴華。
そして、黄色い声で満ちる観客席。
それを聞いて、蔵人も恥ずかしさが込み上げてくる。だが、鈴華からは視線を外さない。超至近距離で、彼女の揺らぐ瞳を捉える。
「そんなに驚く事だったか?」
「あっ、当たり前だ。ボスはずっと、翠ばかり見ていただろうが!」
鈴華の発言に、観客席の何処かで鶴海さんの悲鳴が聞こえた気がする。
…今は、気のせいだと思う事にする。
「そう思わせてしまったのなら、済まなかった。だが、彼女と同じくらい、君の事も大切に思っている」
「だ、だ、だったら今、それを証明して見せろよ!」
そう言って、鈴華は目を閉じて、あの夜の続きをしようと唇を前に出す。
うん。それに応じるのはやぶさかでは無いのだけどね。
だが、
「流石にこれ以上、大衆に醜態を晒す訳にはイカンよ!」
蔵人はそう吠えると、腕に力を入れる。
鈴華にガッチリホールドされた蔵人の体は、しかし、徐々に彼女の拘束を引きちぎり始めた。
「ばっ、な、んて、馬鹿力っ!」
「無駄に鍛えてはいないからなぁ!」
声高らかに答える蔵人は、磁力込みの鈴華の腕力を、ただ筋力のみではじき返した。
彼女の腕から解放された蔵人は、一目散に後退する。彼女との距離を取ろうと走り出す。
「そいつの続きは、また今度だ!鈴華」
「逃がすかよ、ボス!」
走り去ろうとする蔵人に、鈴華が手を伸ばす。それだけで、蔵人は足を止めた。止めて、踏ん張る。磁力で引きずられる体を留める為に、四つん這いになって芝生を握り締める。
それでも、踏ん張っていた足が地面から離れ、宙へと浮き上がる。体に纏う魔力が、鈴華の元へ行こうと反抗し始める。
「無駄だぜ、ボス!もうあんたは、あたしの物だからなっ!」
「そうかい?なら、これならどうだ?」
蔵人は魔力を練って、盾を作り出す。そして、そいつを鈴華との間に差し込む。
それは、1枚の魔銀盾。
その白銀の盾が、太陽光を跳ね返して煌めき、鈴華の磁力も歪ませた。
形が良い鈴華の眉も、少し歪む。
「ああ、そいつか。確かに、ちょっと歪な波長だな。でも、こんなの誤差範囲だ。直ぐにそいつに合わせて、磁力を調整してやるよ」
「ふっふっふ。まだだよ、鈴華」
蔵人は含み笑い、新たに3枚の魔銀盾を並べる。表面だけを魔銀で覆っているなんちゃって魔銀盾なので、C+の魔力でも4枚までは出せる。
だが、それを見ても鈴華は余裕の表情を崩さない。
「何枚出しても同じだ!そいつらを奪っちまえば、ボス、あんたは丸裸になるんだぜ!」
「ああ。理解している」
だが、それは蔵人も同じ。
魔銀盾越しに見る鈴華に、蔵人は笑みを浮かべる。
「時に鈴華、君に聞きたいのだが」
蔵人は鈴華に問いかけながら、魔銀盾を操作する。
己を隠す様に四方に配置して、それを回す。
高速回転させる。
「共振減衰脱磁って、知ってるか?」
共振減衰脱磁とは、磁場を反転させ続ける事で磁力を取り除く手法である。
つまり、磁化した磁力の方向を、滅茶苦茶に動かして狂わせるのだ。
それを、魔力で再現した。
魔銀は魔力を引き付ける。それを利用し、こうして高速回転させる事で、鈴華へと向いていた魔力の方向を狂わせる。
すると、浮いていた蔵人の体が地に着く。
鈴華の支配下から、魔力が解き放たれた。
それを見て、鈴華は目を見開く。
「マジかよ!ボス。あんた、なんでそんな事まで知ってんだ!」
「理科のお勉強だよ、鈴華!」
出した魔銀盾をそのままドリルにして、蔵人は鈴華へ突っ込む。
鈴華も負けじと、鎧をドリルに突っ込ませるが、高速回転する魔銀を磁化させるのには、時間がかかる様だ。
鈴華が盾を磁化させるより早く、蔵人のドリルが彼女に迫った。
鈴華の見開かれた目が、細くなる。
形のいい唇が、優しく弧を描く。
「ははっ。さっすが、ボスだぜ」
その言葉を残し、鈴華は、
ベイルアウトした。
桜城ランキング戦を終えて、蔵人は正門に背中を預けて立っていた。
夕焼けも既に落ちて、周囲は街灯の明かりに照らされている中で、腕を組んで目を閉じて、ジッと立つ蔵人。
日が落ちる前までは、通り過ぎる生徒達から「今日は凄かったぞ」とか、「流石は黒騎士様です!」等の賞賛の声を貰ったりしたが、今ではそんな生徒の姿も見かけない。
それでも、蔵人は帰ろうとしなかった。
彼女を待っていたから。
そして、漸く組んでいた腕を解く。背中を柱から離し、真っ直ぐに前を向く。
そこには、
「もしかして、待ってくれてたのか?」
呆然と立ち、こちらを見る鈴華がいた。
少し目が赤いから、保険室で泣いたのかもしれない。
「ああ、勿論。まだ君からチョコを貰っていないからね」
蔵人が朗らかにそう言うと、鈴華の表情が歪む。
少し怒ったように眉を寄せる。
「ダメだ、ボス。渡せない。あたしは、また負けちまった。あんたの横に並べなかった…」
鈴華はそう言うと、悔しそうに歯を食いしばり、少しだけ俯いた。
涙こそ流さないものの、その姿は既に泣いていた。悔しさが滲み出ていた。
そんな彼女に、蔵人は肩をすくめる。
「さて、それはどうだろうね?君は本当に、俺と対等では無かったと思うかい?」
「…負けたのは、事実だ」
言葉を吐き出す鈴華。それに、蔵人は優しく言葉をかける。
「結果はそうかもしれない。だが、それも僅差の結果だ。君は確かに俺を捉えた。あのままキスを迫るのではなく、刃を差し出していればきっと、結果は変わっていた」
「それは…あの時のボスは、あたしの特性を知らなかったから、それで迷って…」
「それなら、鈴華も同じだ。共振減衰脱磁。あれを知った君なら、悠長に俺を捕えたりはしない。確実に勝ちに来る。そうじゃないか?」
蔵人の問いかけに、鈴華は静かに頷く。
まぁ、君のような天才児なら、簡単に乗り越えて来るだろう。
蔵人は苦笑いを浮かべて、彼女の赤い目を見る。
「君も分かっている筈だ。次に戦えば、どちらが勝者でもおかしくない事を。鈴華がそれだけ悔しがるのは、本気で俺に挑んだからだ。本気で挑み、そして勝てると思っていたから。君も分かっているんだ。俺との差なんて、もう無いことを。鈴華はもう、俺と同じところに立っているってな」
「そう、か?」
鈴華の目に、輝きが戻ってくる。気のせいか、顔色も良くなった気がする。
良かった。
胸を撫で下ろす蔵人。その目の前で、鈴華は肩にかけていたカバンを開き、中から箱を取りだした。
以前持ってきたチョコの箱とは違う、また可愛らしい箱。だが、その箱の中身は同じだった。同じ、鶯色のチョコ。
その一欠片をつまみ上げ、鈴華は唇に挟む。
目を閉じて、こちらへと差し出して来る。
「んっ」
気持ちの切り替えが早いな。
蔵人は笑みを浮かべ、直ぐに表情を引き締める。
鈴華の両肩を優しく抱いて、その差し出された唇から、チョコを受け取る。
抹茶なのに、とても甘いチョコだった。甘くて暖かくて、優しい味だった。
「ニッシッシ。ファーストキスだな」
鈴華が満面の笑みで、しかし、白かった頬に朱色を差しながらそう言った。
ファーストキス。
その言葉に、蔵人は表情を取り繕って頷く。
「そうだな」
取り繕った、筈だった。
だが、
「あん?」
鈴華の眉が、一気に寄った。
訝しむ目で、こちらの目を覗き込む。
「ボス。今の、ファーストキスじゃ無かったのか?」
「えっ?いや、それはなぁ」
ヤバい!これはヤバい!
心臓が、嫌な音を奏でる。
正直に言いたいが、言った場合は麗子元部長がヤバい事になる!女子生徒達からの総攻撃は不可避として、下手すりゃ何かの罪に問われるかもしれない。そいつはご免だ。
「ボス。誰だ?翠か?若葉か?桃か?円か?ちゃんとボスの同意があってヤッたんだろうな?」
「大丈夫だ。問題ない」
全く、大丈夫じゃねぇぞ!
焦る蔵人は、置いていたザックから小包を引っ張り出す。
それを、鈴華に差し出した。
「鈴華。貰ってすぐだけど、ホワイトデーのお返しだ」
「うん?ああ、うん。ありがとう。貰って良いのか?」
「勿論だ。貰ってくれると嬉しい」
小包を受け取った鈴華は、一気に表情が明るくなる。
物で釣るようで申し訳ないが、許してくれ、鈴華。
「うおっ!マジかよ!キャンディーだ!」
小包の中を見た鈴華は、飛び上がらんばかりに喜んでくれた。
良かった。この様子を見る限り、キャンディーの意味を知っているみたいだ。
そう言えば、伏見さんのキャラメルを教えたのも、この娘だったな。
飛び跳ねる鈴華を優しく見つめていた蔵人に、飛び跳ねるのを止めた鈴華は、満面の笑みと共にキャンディーの瓶を差し出して来た。
うん?なんだい?
「食べさせてくれ」
ああ、そう言う事か。
蔵人は瓶の蓋を開けて、組み飴を1つつまみ上げる。
それを鈴華の口に放り込もうとした。
だが、
「あたしがやったみたいに、だよ」
「えっ?」
それって…。
目を見開く蔵人の視線の先で、鈴華が妖艶に微笑む。
「しっかり上書きしないと、だろ?」
根に持ってたぁあ!!
「ははっ」
蔵人は言われた通り、飴玉を唇に挟んで、鈴華へと差し出した。
そして…。
暫くの間、蔵人の体は鈴華に引き寄せられるのだった。
イノセスメモ:
・組み飴…円筒状にした長い飴を切って、断面に絵柄が出来る飴。どこを切っても同じ絵柄が出てきて、江戸時代中期からある伝統的なお菓子。




