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女尊男卑 ~女性ばかりが強いこの世界で、持たざる男が天を穿つ~  作者: イノセス
第13章~渇望篇~

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336話〜ボスをゲットだぜ〜

いつもご愛読いただき、ありがとうございます。

注意報が出ていましたので、お知らせします。


※注意※

・温度差注意

フルアーマーの蔵人とライトアーマーの鈴華が対峙する間に、金髪を靡かせたローズ先生がテレポーターを伴って現れる。

どうやら、この試合は先生が審判の様だ。


「これより桜城ランキング戦、ランキング1位、久我鈴華、対、ランキング0位、巻島蔵人の頂上決戦を開催する!」

「「「わぁあああああ!!!」」」

「黒騎士さまぁああ!!」

「お姉さまぁあああ!!」


審判が声を高らかに宣言すると、観衆からは蔵人と鈴華を称える声が一斉に湧き上がる。

その誰もが、ここに鈴華が居ることを疑っている様子はない。つまり、鈴華が桜城ランキング1位であることは周知の事実だと言う事。

そう言えば、最近ランキング戦が慌ただしいと、若葉さんが言っていた気がする。

鈴華も、最近は忙しそうにしている事が多かった。朝練に顔を出していなくても、汗だくで階段を登っていたし、放課後も途中で呼び出される事があった。

選挙戦の方に気が行ってしまい、あまり深く考えていなかったが、あの時に鈴華はランキング戦を行っており、桜城ランキング1位(ここ)まで登り詰めて来たのだろう。

そして今、王座へと手を伸ばすまでに接近したのだ。


「両者、構えて!」


審判の号令で、蔵人は構えながら首を振る。

だめだ、集中しろ。相手は鈴華だが、何時もの鈴華ではない。彼女がここに居ると言う事は、少なくとも、風早先輩を破ったと言う事なのだから。

海麗先輩を相手にしていると思え。


蔵人が姿勢を正すと同時、試合の合図が降りる。


「始め!」

「行くぜ!ボス!」


審判がテレポートで退避すると同時に、鈴華が動いた。

2つの手甲を宙に浮かせ、それをこちらへと飛ばしてきた。鈴華が得意とする中距離攻撃だ。

蔵人はその手甲を躱しつつ、鈴華へと近づこうとする。だが、鈴華も近づかせまいと、蔵人の進路に拳を割り込ませて妨害してくる。

手甲の動きはかなり素早い。こちらから迎撃しようと拳を振るうも、その前に逃げてしまう。

まるでリビテーションかと錯覚しそうな程、彼女の磁力使いは卓越していた。


こいつを避けるのは至難の業。

ならば、多少のダメージは覚悟の上だ。


「タイプ(ワン)


蔵人は全身に龍鱗を纏い、鈴華の元へと駆け出す。

すかさず、鈴華の手甲が蔵人の脇腹へと突き刺さるが、軽い衝撃が伝わるだけ。Cランクの龍鱗の前では、重い手甲も玩具同然であった。

龍鱗に突き刺さる手甲を振り払って、蔵人は直ぐに鈴華の懐に潜り込む。それと同時に、龍鱗の表面を膜で覆い、グローブパンチを握りしめる。それを、鈴華の脇腹へと真っすぐに叩き込む。

筈だった。


だが、蔵人の拳が叩いたのは、鈴華の柔らかい腹ではなかった。

硬い、地面だった。

蔵人の拳が、地面に吸い寄せられていた。


「くっ」


地面に着弾した拳は、引き付けられ続けて離れない。

これは、鈴華の磁力。

いつの間にか、白銀鎧を磁化されていた様だった。考えられるのは、先ほど突き刺さった手甲。鈴華に触れられた金属は、瞬時に磁化されてしまう様だった。

技術を磨いたと言っていたが、ここまで昇華させたか。


蔵人は龍鱗を勢いよくパージし、その勢いで地面から拳を離す。その勢いのまま、鈴華との距離を空けて、白銀鎧を全てパージした。

防御力が多少落ちるが、磁化されてしまった鎧はもう使えない。

そう思って鎧を捨てた蔵人だったが、


「ボスが要らねぇって言うなら、あたしが使わせて貰うぞ」


蔵人の白銀鎧が意志を持った様に動き出し、鈴華の元へと飛んでいく。

捨てる神あれば拾う神あり。

白銀鎧、着てくるんじゃなかったなぁ。


後悔している間にも、乗っ取られた鎧が襲ってくる。20kgを超える超重量でもって、蔵人に手甲やグリーブを振り回す。ただ磁力で浮かせているだけとは思えない程、鎧は生き生きとした動きを見せる。

鈴華の技術力がなせる技だ。


「シールド・カッター!」


蔵人は無数の水晶盾を放ち、こちらへと迫る空の鎧を切り刻む。すると、鎧はバラバラになってその攻撃を避けた。

こういう所は、人間の動きから逸脱するのか。

鎧を倒せなかった蔵人は、しかし、避けた鎧を無視して、そのまま回転盾を前へと飛ばす。

元々、外れても良いと思って放った攻撃だ。外れれば、その後ろの鈴華を狙えば良いのだから。


無数の盾が、鈴華を目掛けて真っ直ぐに飛ぶ。

鈴華は、磁力を使って逃げるかと思いきや、両腕を前に構えて腰を落とした。

そして、バラバラにした鎧のパーツと自身の手甲を飛ばして、回転盾を迎撃しようとした。


だが、それはあまりに無茶だった。水晶盾はそれなりの防御力と機動力がある。幾ら重量のある鎧パーツとは言え、その程度の威力では弾道を少しズラすのが精々であった。

蔵人の水晶盾は、鈴華が操る鎧の群れを弾き飛ばし、深く構える鈴華へと迫る。


だが、そうはならなかった。

先頭を飛んでいた水晶盾が、今まさに鈴華にシールドバッシュを繰り出そうとしたその時、真横から何かが飛んできて、水晶盾は弾き飛ばされてしまった。

迎撃したのは、白銀鎧…ではない。

別の、水晶盾だった。


「なにっ!?」


蔵人は目を開いて驚く。己の放った水晶盾の一部が、鈴華を守らんと空中で飛び回っていたからだ。

戻って来いと指令を出すが…受け付けない。水晶盾は変わらず、鈴華の周りで浮遊している。

離反された。まるで、白銀鎧の様に。


「まさか、水晶盾を磁化させたというのか?」


有り得ない。鉄盾ならまだしも、水晶は金属ですら無い非磁性体だ。磁力で操られる筈がない。

だが、今目の前では確かに、自身の水晶盾が鈴華に従って動いている。彼女の魔力が回るのに合わせて、自由自在に空を駆ける。


これが、鈴華が昇華させたという異能力だと言うのか。金属以外の物質も磁化させる事が出来る力。尋常ではないマグネキネシスの異能力。

覚醒者。


「ははっ。たった数ヶ月で完全に覚醒するとは。恐ろしい程の才覚者だよ、お前さんは」


自分が13年積み重ねた物に、こうも軽々と追いつくとは。

そう思うと、自然と乾いた笑いが込み上げてくる蔵人だった。

それに、鈴華も笑みを返す。


「まだまだこんなもんじゃないぜ、ボス。あたしの本気ってのはさぁ!」


鈴華が右手を突き出し、蔵人を指さす。すると、彼女に従う水晶盾と鎧達が、一斉に蔵人の方に突っ込んで来た。


反逆(シールドカッター)()回転盾(リバース)!」


広範囲に広がって押し寄せる、鈴華の兵隊達。そこに、逃げ道はない。

それを見ても、蔵人は逃げない。ただ、前へと手を突き出す。


「確かに、コントロールは失った、だが」


蔵人が手を突き出した瞬間、迫っていた水晶盾が消え去った。

魔力に返還したのだ。


「元は俺の兵隊だ」


鈴華の異能力は厄介だ。触れた物を磁化して、己の物にしてしまう。

以前までなら、磁性化出来るのは鉄やニッケル等の強い磁性体だけだったので、使える場面が限定的だった。だが、今の彼女は水晶すらも磁化してしまう。つまり、彼女に触れる物全てが彼女の物と言うこと。

白銀の女王陛下。

その美麗な容姿だけでなく、異能力まで風格を持つ鈴華だった。


「ホーネット!」


蔵人は無数の女王蜂を作り出し、その周りに水晶盾を浮かせる。

鈴華に勝つためには、彼女に一切触れられることなく攻撃しなければならない。周囲を飛ぶ鎧を掻い潜り、磁化させる前に貫く。

戦友を傷付けるのは心苦しいが、もう、そんな悠長な事を言っていられない。


「悪いな、鈴華!全力で勝たせて貰うぞ!」


蔵人は叫ぶと同時、ホーネットを放つ。

早速、彼女達に鎧が迫って来るが、それは新たに出したシールドカッターによって弾き飛ばし、磁化してしまったカッターは直ぐに消した。

そうして、鎧の群れから生き残った女王蜂が、鈴華へと針を突き出す。


だが、

またしても、女王蜂は迎撃された。

彼女達の胴体に深々と突き刺さるのは、同じ女王蜂の針。

一度も鈴華に触れていない女王蜂の中から、離反者が生まれたのだった。


「こっちこそ悪いな、ボス。そのホーネット、貰うぜ」

「…馬鹿な。近付くだけで磁化されるというのか?」


そこまでトンデモ異能力に進化させたのか?鈴華。

蔵人は彼女の底が見えず、知らぬ間に1歩下がっていた。

そんな蔵人を見て、鈴華はゆっくりと右手を差し出して来る。まるで「行かないで」とでも言うように、妖艶な眼差しをこちらへと向けてきた。


近くに来いってか?そいつはご免被るよ。近付くだけで磁化されるなら、遠距離攻撃で君の魔力を削るのが最良。

そう考えた蔵人が、再びホーネットを作り出そうとした。

だが、その前に、


「来いよ、ボス」


鈴華の桃色の唇から、危険な囁き声が紡がれる。

その瞬間、蔵人は、


「ぐっ!なっ、なに!?」


体が浮いた。ふわりと、重力に逆らって上下逆さまの宙づりになる。

馬鹿な!何故ここで、磁力に影響されるのだ?鎧は全てパージしていて、一欠けらの金属も携帯していないぞ?今体を纏わせている龍鱗も、先ほど新品に張り替えたばかりだ。この体の何処にも、彼女の領域に触れた物はいない筈。

と言う事は、鈴華の磁界が広がっていると言う事か?こんな、遠くまで?


困惑する蔵人。

だが、鈴華は容赦しない。まるで引力に引っ張られて落下するように、蔵人の体は鈴華の元へと引き寄せられた。

そのまま、鈴華の腕の中に収まる。


「よーし。漸く、ボスをゲットだぜ」


蔵人をギュッと抱きしめながら、鈴華は何時かホテルの中庭で呟いた言葉を口にする。

嬉しそうに、愛おしそうにこちらを見つめる鈴華の笑顔が、目の前で花咲く。


「訳わかんねぇって顔してんな、ボス。そんな顔も可愛いぜ」

「そいつはどうも。だが、何となくカラクリが分かった気がする。お前さんが磁化しているのは金属でも水晶でもない…魔力だろ?」


今、宙づりになって引っ張られた事で、蔵人は彼女が磁化している物が何となく分かった。

それは、蔵人の魔力。


「おっ、よく分かったな」

「まぁね。引っ張られたのが、下半身に貼り付けた龍鱗だけだったからな」


恐らくその龍鱗は、分解したシールドカッターの魔力を再利用した物だ。既に磁化されていた魔力を使ったから、鈴華の磁力に引っ張られてしまった。

突然離反したホーネットも同じ原理だ。あれも、再利用した魔力が既に磁化されていたから、鈴華の磁界に入った途端、制御を奪われた。

蔵人の推測に、鈴華は目を輝かせる。


「その通りだぜ、ボス。あたしは磁性体だけじゃなく、魔力も磁化出来る様になった。都大会の時にボスからアドバイスされて、文化祭の後にユニゾンの練習してたら出来る様になったんだ」


やはり、覚醒してから変化した鈴華の特性。

そして、その力は絶大だ。相手の魔力を磁化出来ると言う事は、相手の魔力を鈴華の物に出来ると言う事。強力な能力を持つ者はそれだけ、己の首を絞める。

恐ろしい異能力。


それが、今、蔵人にも降りかかる。

抱きしめられる自身の魔力が、鈴華の異能力に影響されていく。

染められていく。


「漸くだぜ、ボス。漸く、あんたを捕まえた。漸くあんたと対等に向き合えた。今、ボスの全てが、あたしの色に染まる。魔力も、体も、そして何時かは心も、あたしの銀に染め上げて魅せるからな」

「有言実行だな。だが鈴華、俺が既に染まっていたら、どうするつもりだ?」

「なっ!」


「「「きゃぁああああああ!!」」」


蔵人の返しに、顔を真っ赤に染め上げる鈴華。

そして、黄色い声で満ちる観客席。

それを聞いて、蔵人も恥ずかしさが込み上げてくる。だが、鈴華からは視線を外さない。超至近距離で、彼女の揺らぐ瞳を捉える。


「そんなに驚く事だったか?」

「あっ、当たり前だ。ボスはずっと、翠ばかり見ていただろうが!」


鈴華の発言に、観客席の何処かで鶴海さんの悲鳴が聞こえた気がする。

…今は、気のせいだと思う事にする。


「そう思わせてしまったのなら、済まなかった。だが、彼女と同じくらい、君の事も大切に思っている」

「だ、だ、だったら今、それを証明して見せろよ!」


そう言って、鈴華は目を閉じて、あの夜の続きをしようと唇を前に出す。

うん。それに応じるのはやぶさかでは無いのだけどね。

だが、


「流石にこれ以上、大衆に醜態を晒す訳にはイカンよ!」


蔵人はそう吠えると、腕に力を入れる。

鈴華にガッチリホールドされた蔵人の体は、しかし、徐々に彼女の拘束を引きちぎり始めた。


「ばっ、な、んて、馬鹿力っ!」

「無駄に鍛えてはいないからなぁ!」


声高らかに答える蔵人は、磁力込みの鈴華の腕力を、ただ筋力のみではじき返した。

彼女の腕から解放された蔵人は、一目散に後退する。彼女との距離を取ろうと走り出す。


「そいつの続きは、また今度だ!鈴華」

「逃がすかよ、ボス!」


走り去ろうとする蔵人に、鈴華が手を伸ばす。それだけで、蔵人は足を止めた。止めて、踏ん張る。磁力で引きずられる体を留める為に、四つん這いになって芝生を握り締める。

それでも、踏ん張っていた足が地面から離れ、宙へと浮き上がる。体に纏う魔力が、鈴華の元へ行こうと反抗し始める。


「無駄だぜ、ボス!もうあんたは、あたしの物だからなっ!」

「そうかい?なら、これならどうだ?」


蔵人は魔力を練って、盾を作り出す。そして、そいつを鈴華との間に差し込む。

それは、1枚の魔銀盾。

その白銀の盾が、太陽光を跳ね返して煌めき、鈴華の磁力も歪ませた。

形が良い鈴華の眉も、少し歪む。


「ああ、そいつか。確かに、ちょっと歪な波長だな。でも、こんなの誤差範囲だ。直ぐにそいつに合わせて、磁力を調整してやるよ」

「ふっふっふ。まだだよ、鈴華」


蔵人は含み笑い、新たに3枚の魔銀盾を並べる。表面だけを魔銀で覆っているなんちゃって魔銀盾なので、C+の魔力でも4枚までは出せる。

だが、それを見ても鈴華は余裕の表情を崩さない。


「何枚出しても同じだ!そいつらを奪っちまえば、ボス、あんたは丸裸になるんだぜ!」

「ああ。理解している」


だが、それは蔵人も同じ。

魔銀盾越しに見る鈴華に、蔵人は笑みを浮かべる。


「時に鈴華、君に聞きたいのだが」


蔵人は鈴華に問いかけながら、魔銀盾を操作する。

己を隠す様に四方に配置して、それを回す。

高速回転させる。


共振(きょうしん)減衰(げんすい)脱磁(だつじ)って、知ってるか?」


共振減衰脱磁とは、磁場を反転させ続ける事で磁力を取り除く手法である。

つまり、磁化した磁力の方向を、滅茶苦茶に動かして狂わせるのだ。


それを、魔力で再現した。

魔銀は魔力を引き付ける。それを利用し、こうして高速回転させる事で、鈴華へと向いていた魔力の方向を狂わせる。

すると、浮いていた蔵人の体が地に着く。

鈴華の支配下から、魔力が解き放たれた。


それを見て、鈴華は目を見開く。


「マジかよ!ボス。あんた、なんでそんな事まで知ってんだ!」

「理科のお勉強だよ、鈴華!」


出した魔銀盾をそのままドリルにして、蔵人は鈴華へ突っ込む。

鈴華も負けじと、鎧をドリルに突っ込ませるが、高速回転する魔銀を磁化させるのには、時間がかかる様だ。

鈴華が盾を磁化させるより早く、蔵人のドリルが彼女に迫った。


鈴華の見開かれた目が、細くなる。

形のいい唇が、優しく弧を描く。


「ははっ。さっすが、ボスだぜ」


その言葉を残し、鈴華は、

ベイルアウトした。




桜城ランキング戦を終えて、蔵人は正門に背中を預けて立っていた。

夕焼けも既に落ちて、周囲は街灯の明かりに照らされている中で、腕を組んで目を閉じて、ジッと立つ蔵人。

日が落ちる前までは、通り過ぎる生徒達から「今日は凄かったぞ」とか、「流石は黒騎士様です!」等の賞賛の声を貰ったりしたが、今ではそんな生徒の姿も見かけない。


それでも、蔵人は帰ろうとしなかった。

彼女を待っていたから。

そして、漸く組んでいた腕を解く。背中を柱から離し、真っ直ぐに前を向く。

そこには、


「もしかして、待ってくれてたのか?」


呆然と立ち、こちらを見る鈴華がいた。

少し目が赤いから、保険室で泣いたのかもしれない。


「ああ、勿論。まだ君からチョコを貰っていないからね」


蔵人が朗らかにそう言うと、鈴華の表情が歪む。

少し怒ったように眉を寄せる。


「ダメだ、ボス。渡せない。あたしは、また負けちまった。あんたの横に並べなかった…」


鈴華はそう言うと、悔しそうに歯を食いしばり、少しだけ俯いた。

涙こそ流さないものの、その姿は既に泣いていた。悔しさが滲み出ていた。

そんな彼女に、蔵人は肩をすくめる。


「さて、それはどうだろうね?君は本当に、俺と対等では無かったと思うかい?」

「…負けたのは、事実だ」


言葉を吐き出す鈴華。それに、蔵人は優しく言葉をかける。


「結果はそうかもしれない。だが、それも僅差の結果だ。君は確かに俺を捉えた。あのままキスを迫るのではなく、刃を差し出していればきっと、結果は変わっていた」

「それは…あの時のボスは、あたしの特性を知らなかったから、それで迷って…」

「それなら、鈴華も同じだ。共振減衰脱磁。あれを知った君なら、悠長に俺を捕えたりはしない。確実に勝ちに来る。そうじゃないか?」


蔵人の問いかけに、鈴華は静かに頷く。

まぁ、君のような天才児なら、簡単に乗り越えて来るだろう。

蔵人は苦笑いを浮かべて、彼女の赤い目を見る。


「君も分かっている筈だ。次に戦えば、どちらが勝者でもおかしくない事を。鈴華がそれだけ悔しがるのは、本気で俺に挑んだからだ。本気で挑み、そして勝てると思っていたから。君も分かっているんだ。俺との差なんて、もう無いことを。鈴華はもう、俺と同じところに立っているってな」

「そう、か?」


鈴華の目に、輝きが戻ってくる。気のせいか、顔色も良くなった気がする。

良かった。

胸を撫で下ろす蔵人。その目の前で、鈴華は肩にかけていたカバンを開き、中から箱を取りだした。

以前持ってきたチョコの箱とは違う、また可愛らしい箱。だが、その箱の中身は同じだった。同じ、(うぐいす)色のチョコ。


その一欠片をつまみ上げ、鈴華は唇に挟む。

目を閉じて、こちらへと差し出して来る。


「んっ」


気持ちの切り替えが早いな。

蔵人は笑みを浮かべ、直ぐに表情を引き締める。

鈴華の両肩を優しく抱いて、その差し出された唇から、チョコを受け取る。

抹茶なのに、とても甘いチョコだった。甘くて暖かくて、優しい味だった。


「ニッシッシ。ファーストキスだな」


鈴華が満面の笑みで、しかし、白かった頬に朱色を差しながらそう言った。

ファーストキス。

その言葉に、蔵人は表情を取り繕って頷く。


「そうだな」


取り繕った、筈だった。

だが、


「あん?」


鈴華の眉が、一気に寄った。

(いぶか)しむ目で、こちらの目を覗き込む。


「ボス。今の、ファーストキスじゃ無かったのか?」

「えっ?いや、それはなぁ」


ヤバい!これはヤバい!

心臓が、嫌な音を奏でる。

正直に言いたいが、言った場合は麗子元部長がヤバい事になる!女子生徒達からの総攻撃は不可避として、下手すりゃ何かの罪に問われるかもしれない。そいつはご免だ。


「ボス。誰だ?翠か?若葉か?桃か?円か?ちゃんとボスの同意があってヤッたんだろうな?」

「大丈夫だ。問題ない」


全く、大丈夫じゃねぇぞ!

焦る蔵人は、置いていたザックから小包を引っ張り出す。

それを、鈴華に差し出した。


「鈴華。貰ってすぐだけど、ホワイトデーのお返しだ」

「うん?ああ、うん。ありがとう。貰って良いのか?」

「勿論だ。貰ってくれると嬉しい」


小包を受け取った鈴華は、一気に表情が明るくなる。

物で釣るようで申し訳ないが、許してくれ、鈴華。


「うおっ!マジかよ!キャンディーだ!」


小包の中を見た鈴華は、飛び上がらんばかりに喜んでくれた。

良かった。この様子を見る限り、キャンディーの意味を知っているみたいだ。

そう言えば、伏見さんのキャラメルを教えたのも、この娘だったな。


飛び跳ねる鈴華を優しく見つめていた蔵人に、飛び跳ねるのを止めた鈴華は、満面の笑みと共にキャンディーの瓶を差し出して来た。

うん?なんだい?


「食べさせてくれ」


ああ、そう言う事か。

蔵人は瓶の蓋を開けて、組み飴を1つつまみ上げる。

それを鈴華の口に放り込もうとした。

だが、


「あたしがやったみたいに、だよ」

「えっ?」


それって…。

目を見開く蔵人の視線の先で、鈴華が妖艶に微笑む。


「しっかり上書きしないと、だろ?」


根に持ってたぁあ!!


「ははっ」


蔵人は言われた通り、飴玉を唇に挟んで、鈴華へと差し出した。

そして…。


暫くの間、蔵人の体は鈴華に引き寄せられるのだった。

イノセスメモ:

・組み飴…円筒状にした長い飴を切って、断面に絵柄が出来る飴。どこを切っても同じ絵柄が出てきて、江戸時代中期からある伝統的なお菓子。

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― 新着の感想 ―
今回終始イチャイチャしてて大変善き善きでした。初期の頃に比べてかなり女性に積極的でとても感慨深いです。 デデーン!櫻井ー、タイキックー。 そして登場する海麗先輩、目は笑ってない。
そうですか…蔵人氏。貴方は、自身を愛する女性の想いを、真っ向から受け止めようと言うのですね。実に素晴らしい…今後がますます楽しみになりましたよ。ハーレムを築くものには、それ相応の覚悟を持って欲しいです…
魔力自体を引き寄せたのか 確かマグネキネシスは外れ異能力って扱いだった筈ですが覚醒すると便利すぎますね。 飛べない風早先輩はただのちびっこ先輩だ 途中で鶴見さんにも被弾しててちょっと笑った。
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