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31話~俺に構わず先に行け!~

季節感ありますね(白目)

試合開始の合図が道場に響く。

と同時に、蒼凍ちゃんも声を上げる。


「負けたら帰れよ、下民!」

「なんという後出しジャンケン!?」


試合開始後に行われる勝利要求に、蔵人は思わず反論してしまった。

しかし、彼女は止まらない。


5mくらいまで蔵人との距離を詰めると、水の礫を幾つも浮かべ、それを蔵人に飛ばす。

水球は1つが野球ボールより少し小さい程度。確かこの大きさはDランクレベルだったはずだが、もしかしたら特殊な効果があるやもしれない。


蔵人は念の為、水晶盾でそれらを弾く。

目算通り、水球が弾けてもビクともしない水晶盾。

過剰防衛だったか。


「まだまだ!」


蒼凍ちゃんが更に水球を出現させる。

ひいふうみい…10球以上が蒼凍ちゃんの周りに形成され、一挙に四方八方から迫り来る。

広範囲攻撃。

これは1枚じゃ防げない。


蔵人は水晶盾を更に4枚生成し、水球を全て防ぐ。

過剰防衛とは分かっているが、相手がもしも、先程よりも強力な水球を紛れ込ませていた場合は、貫通される恐れもあった。なので、全てを水晶盾で防いだ蔵人。


だが、


「ええっ!?」

「うそっ!?」

「な、なんで!」


周りがザワつく。

女性達は驚いた様に蔵人を見つめ、女児達なんて顔を青くしている。


なんだ?防いじゃダメだったのか?

対峙している蒼凍ちゃんも蔵人を警戒してか、1歩後退した。


「クリスタルシールドが4枚!?お前、Cランクなのか!」

「えっ?ああ、はい。Cランクです」


Cランクだと宣言してなかったっけなと、蔵人は思い返すが…確かにしていなかった。


ちなみに、ランクによって出せる盾の枚数は変わってくる。

Dランクは水晶盾を最大1枚まで。2枚以上は、Cランクでないと出せないし、Cランクは魔銀盾を最大1枚までしか出せない。

これは訓練しても覆らない法則だと、何処かの文献で読んだ。

水晶盾を4枚も出した蔵人を、蒼凍ちゃんがCランクだと判断したのはこの為だ。


「Cランク…なんで言わな…ああ、クソッ!」


汚い言葉を吐き捨て、蒼凍ちゃんが蔵人を睨む。


「もう、やるっきゃないだろ!」


それは蔵人に言った言葉ではない。自身への叱咤か。

そのまま突っ込んでくる蒼凍ちゃん。


言葉は投げやりだが、走り込みは鋭く、ブレは一切ない。

元々近距離が得意なのかと蔵人が予測すると、まさにその通り。

蔵人との距離1m弱の所で、蔵人に向けて両手から水柱を噴射する。


「取ったぁ!」


蔵人の顔面を狙ったその2対の柱は、見事に命中して、蔵人を水柱の中に閉じ込める。

直ぐに水圧で体が浮き、そのまま吹き飛ばされる。


そう思っていた彼女達だったが、水柱は中央で流れを変えている。

蔵人だ。蔵人の出した水晶盾が、角度を付けて水柱を左右に割っていた。


「なっ、造るの早すぎんだろ!」


苦々しく顔をゆがめる蒼凍ちゃん。


蔵人はあまり実感のないことだが、普通のシールダーが盾を生成できる平均時間は、水晶盾で3秒弱。それも、蒼凍ちゃんと同じ中学1年生での平均だ。蔵人と同じ小学4年生であれば、もっと時間がかかる。


だが、今の蒼凍ちゃんの攻撃を防いだ蔵人の盾生成速度は、実に1秒を切っていた。

これは、常日頃から異能力の訓練を繰り返し行っていた蔵人の技術。言うならば熟練度がそれ相応に高いことに由来するのだが、それを知らない蒼凍ちゃんはただただ驚くしかなかった。


そして、

水柱が、完全に二つに割れてゆく。


蔵人に当たっていた水柱が、両脇にかき分けられる。

蔵人が盾に傾斜をつけて水を受け流したことで、まるで水柱を切るかのように進む蔵人の拳。

もう少しで拳が届くというところで、蒼凍ちゃんが後ろに跳ぶ。

盾で水を切った分、拳の速度が落ちていた。


距離を取ったことで、先ほどと同じように水球を浮かべる蒼凍ちゃん。

だが、今回出している水球の数は、先ほどの比ではない。

蔵人の視界を埋め尽くさんばかりの、水、水、水。

威力ではなく数で勝負か。

合理的。


「いけぇ!」


飛来する、無数の弾丸。

一切の慈悲もなく進む弾丸の雨に、蔵人は、


蔵人も、無数の盾を生成する。

幾つもの鉄盾が、瞬時に生成され、


対空迎撃(アイアンドーム)!」


試合会場中央でぶつかり合う、水球と鉄盾。

1枚の鉄盾は水球2球を受けて、ひしゃげて消えていく。

中央だけを見れば、互角のように見えるそのせめぎ合い。だが、水球がすべて打ち終わって気づかされる、勝負の結末。


全てを打ち尽くした蒼凍ちゃんは、膝に手を着いて蔵人を見上げる。

対する蔵人の周りには、鉄盾が最初の3分の1程度、彼の周りで浮遊していた。


蔵人はそれを何枚もの小さな水晶盾に合成し、両拳と背中にくっ付ける。

盾のサポートを受けながら、一歩踏み出す蔵人。

蒼凍ちゃんに、飛び掛かる。


防御しようと構えなおす蒼凍ちゃんだが、動きが鈍い。

なんだ、疲れたか?試合終了か?

そう思った蔵人だったが、途中で止めるはずの拳が、思っていたよりももっと手前で受け止められた。


蔵人の拳を覆う、大きな手。

主審のお姉さんだ。

お姉さんが蔵人達の間に入って、その剛腕で蔵人の拳を抑え込んでいた。


「そこまで!試合終了よ。貴方の、蔵人君の勝ち!」


そう言われて、蔵人は拳を納め、蒼凍ちゃんと主審に一礼する。

蒼凍ちゃんは力なく、その場にへたり込んでしまった。


主審も蔵人の拳を止めた自分の手のひらをさすりながら、蔵人を穴が開くほど見ている。

蔵人が思い描いていたよりも大人しい特区の試合展開に、蔵人は戸惑いながらも道場の端に戻る。



その試合からは、女児達も蔵人を邪険に扱うことはなくなった。

相変わらず近寄ってこないけれど、陰口は全く聞かない。自分達の親玉である蒼凍ちゃんを退かせる蔵人の実力を見て、舐めていた態度を改めてくれたようだ。

こういうところは、特区の外も中も一緒らしい。

お陰で蔵人は、頼人と一緒の合宿を楽しむことが出来た。




夜にはこっそり抜け出して、二人だけで神社まで赴いたりもした。

というのも、


「にぃさん達だけズルい!」


とのこと。

何がズルいのか聞いてみると、去年のアンリミ大会のことを言っているらしい。

蔵人、慶太、日向さんの3人で繰り出した、ユニゾン魔法を自分もやりたいのだと言う。


ユニゾンとは、波長の合う同士が長い年月を訓練に費やして漸くたどり着ける高等技術だ。誰でも簡単に出来るものではない。

蔵人はまず初めにそう言って、頼人を諭した。


「でも、でも!」


それでも、頼人は退こうとしない。

みんなが出来たのだから、自分も蔵人と一緒なら出来る。そう思っているみたいだった。

それは、


「頼人。俺とお前なら出来る。多分だけどな」


蔵人も、頼人と同じ考えだった。


ユニゾンは、蔵人と頼人が小さなころからやっていた魔力循環と非常に似ていた。

慶太とは幼稚園児時代から行っていたから、大会当日という土壇場でも出来ていた。それは、いびつで未完成ながら、あんな巨体の竜へと変貌を遂げる。


ならば頼人なら、赤ん坊の頃から訓練を行っていた頼人なら、もっと完成形に近いものへと昇華するのではないか。

蔵人はそう思っていた。


「行くぞ、頼人。昔を思い出せ」

「う、うん」


少し緊張気味だった頼人だったが、昔懐かしい魔力循環を行っていくと、段々とリラックスしてきた。

やはり頼人の魔力は蔵人のそれに近しい。日向さんよりも、慶太よりも粘度は低く、操りやすかった。

魔力が自然と溶け合い、結合していく。

そして、それは完成する。


『にいさん!凄いよ!空飛んでる!』

『おい、頼人!あんまり遠くまで行くなよ?』


巨体を操る頼人は、とても楽しそうで、嬉しそうで、

蔵人はついつい甘やかして、その白竜の如き巨体は、しばらく夜空を泳いだ。

少なくない人に、その姿を見られているとも知らずに。


〈◆〉


深夜。某所。


「凄いの、撮れちゃった」


ホテルの一室で、少女は呟く。

手にしたカメラは、若干震えている。


「何を撮ったのよ、若ちゃん」


少女の呟きに、別の女性が心配そうに少女を後ろから抱擁する。

そして、そのままカメラを取り上げる。


「まさか、浮気現場とか撮ったんじゃないでしょうね?もう記者ごっこはやめてよ?」

「あっ!お姉ちゃん、返してよ!そんなんじゃないんだから!」


少女が必死に飛び上がるが、5つも上の姉が高く掲げてしまったカメラは、到底届きそうもなかった。

姉は、自分の目の前で必死に飛び跳ねる妹を見て、小さくため息を着く。


「とか言って、また子供新聞に載せて、学校から大目玉喰らわないでよ?出没、動く人体模型だっけ?校長先生が笑い話で済ませてくれたからいいけれど、下手したら貴女に被害が出るんだからね」

「本当に動いていたんだって!ってか、それは全然違うのだからね!」

「あら、本当ね。綺麗な模様。なにこれ?稲光?白くて長いのが、空から降りてきてる?」


デジカメを再生して、その画像を覗く姉。

その彼女の様子に、妹は興奮気味に返す。


「違うよお姉ちゃん。竜だよ!白い竜!空を泳いでいたんだって」

「へぇ、良くできているわね。今度私の動画で使わせてもらおうかしら?」

「もうっ!合成じゃないって!いいから返してよ!」

「はいはい」


カメラを無事に取り返した少女は、写真が消されていないことに安堵して、再度山の頂に視線を戻す。

既にそこには、夜闇に覆われた星空しか見られなかった。


「この世界が隠す真実。それが、君なの?」


少女の言葉は、夏の夜風に攫われる。

だが、その瞳の色は、色あせることなく輝いていた。


〈◆〉


3日目は午前中だけ稽古で、午後からはレクリエーションという名の川遊びだった。

稽古も河原での屋外訓練で、河原をジグザグに走ったり、川に入って泳ぎの練習なども行った。


女児達がちらちら蔵人を盗み見ているが、特段話しかけてくる素振りは無い。それでも、視線に敵意が含まれていないだけで大変動きやすい。


午後からは、大人達が8人艇のゴムボートで川下りをしている。ラフティングという奴だ。川幅があまり広くないので、あっちこっちに飛び出している岩にぶつかりながら、きゃあきゃあ騒いで楽しんでいる。

稽古の時は大人ぶっていたお姉さん達だが、年齢的にもまだまだ若い彼女達は、日ごろのストレス発散もかねて精いっぱい楽しんでいるのだろう。


青春だなと、蔵人は内心で頷く。

すると、


「お、おい。蔵人、くん」


蒼凍ちゃんが蔵人に話しかけて来た。

声が上ずっていて、随分と緊張している様だが、どうしたのだろうか?昨日の試合がショックだったのだろうか?


「どうしました?蒼凍ち…さん」


危ない。ちゃん呼びは流石に不味い。蔵人は彼女よりも年下なのだから、表面上だけでも敬わないといけない。


「その、ボートを、さ。一緒に乗ろうよ。人数が、足りてないんだ」


蒼凍ちゃんは途中からおもてを下げて、恥ずかしそうに言う。

年頃の娘が、年下とは言え男の子を誘う事に羞恥心を覚えている様子だった。それでも、勇気を出して頑張る彼女が、なんとも微笑ましい。

蔵人は内心ほっこりしながら、彼女に返答する。


「お誘いありがとうございます。頼人も一緒でもいいですか?」

「お、おう。いいぞ。勿論だ!連れてきてくれ!」


蔵人の返答に、満面の笑みで答える蒼凍ちゃん。

弾むように去っていくその姿は、嬉しさを体で表現している様にも見えた。

蔵人とのわだかまりが解消できて嬉しかったのだろう。



そうして彼女の誘いで乗り込んだラフトだが、子供達7人とお姉さん1人というかなりアンバランスな割り振りだ。

蔵人と頼人は船の真ん中辺りでパドルを持って、船底付近の水を漕ぐ。

子供達だけなので、推進力もないし舵取りも危うい。


案の定、大きな岩にぶつかり、船体が大きく揺れる。

女児達は、沈没する!だの、遭難する!だの言って楽しんでいる。

沈没しない!ゴムボートだぞ?


だが、一番後ろに乗っているお姉さんは、一切無言だった。

子供達の漕ぐ力が弱いから、気分を害してしまったかな?

心配になった蔵人が振り返ると……。


既に、彼女はいなかった。


喋らないんじゃなくて、川に落ちていなくなっていた。

ヤバい。


「船頭が落ちたぞ!」


蔵人の叫びで、女児達が一斉に振り向く。

ラフトは一番後ろが舵取りを行っており、その他の人達は推進力だけの役割だった。

つまりこの船は現在、操縦者不在という事。


蔵人は急いで後ろに移動して、パドルを思いっきり船の外に出して漕ぎ出す。すると、船体はグイッと方向を変える。


「今だ!漕げ!全速前進だっ!」

「お、おお!」

「「「おお!」」」


一瞬戸惑った女児達だったが、蒼凍ちゃんが率先して漕ぎ出すと、その他の子も頑張ってパドルを前に突き刺して、水を漕ぎ出す。頼人も顔を真っ赤にして必至だ。


何とか大岩エリアを回避し、船は真っすぐにゴールへと進みだす。

ここまで行けば、もう安心だな。


蔵人がそう思ってパドルを深く突き刺すと、ガツンと何かに当たる。

岩だ。水面上に出ていない大岩にパドルが当たり、蔵人はバランスを崩した。


ドボンっと、目の前に大量の水と泡が渦巻き、少しすると水面と川岸の緑、そして先を行くラフトの赤色が見えた。

川に落ちた。


だが、蔵人も他の人達も、体にPFD(所謂ライフジャケットという物)を着ているので、溺れることはない。

ないのだが、これで蔵人も戦力外となった。


蔵人が乗っていた船が先を行く。蔵人を置いて、どんどんゴールへと進む船の上には、慌てた様子の女児達と頼人の姿。蔵人が落ちてパニックになっているようだ。

これはイカンな。

蔵人は、パドルを頭の上に掲げながら、声を張る。


「振り返るな!進め!」


波が迫ってきたので、一旦顔を横に背けてやり過ごし、再び前を向く蔵人。


「俺に構わず先に行け!俺の意思はお前らに託した!」


蔵人の声が届いた様で、船上では飛び込もうとしていた蒼凍ちゃんが手を振って、蔵人に別れを告げていた。

と言っても、ゴールは目と鼻の先なのだから、またすぐに会えるのだけれどもね。


案の定、船は先にゴールして、ゴール地点でお姉さん達に迎えられていた。

蔵人も、後から流れて来た船頭のお姉さんと一緒に泳いで、ゴールに到着する。

蔵人が川から上がると、女児達が泣きながら迫ってきた。


助けられなくてごめんとか、ちゃんとゴールしたよとか。中には、どさくさに紛れて、昨日までの悪態を謝る子もいた。

大したことではないのだが、彼女達の誠意は伝わったので、蔵人も、良いよ良いよと許した。



そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、解散する時間となった。

到着した時とは違い、みんなが蔵人に挨拶して帰っていく。


「おい!蔵人くん!」


蒼凍ちゃんが蔵人の元に駆け寄ってきて、蔵人の手を掴んでブンブン上下に振り回す。


「来年も合宿やるから、また来いよ!」

「ありがとうございます。絶対参加しますよ」


蔵人は蒼凍ちゃんの手を握り返し、しっかりと頷いた。

帰りの車の中、蔵人はみんなが見えなくなるまで手を振り続けた。

女の子達…てのひらクルックルですね…。

リーダー格がやられたからと言って、こうも掌を返しますかね?

それとも…。


イノセスメモ:

・PFD…パーソナルフローティングデバイスの略。ライフジャケット、救命胴衣とも呼ばれる。着る浮き輪のような物で、顔を水面上に出すために用いる。ただし、泡がいっぱいある場所(滝壺みたいな所)では周囲に対し浮力が十分ではないので、浮き上がらない。過信は禁物。

・??若葉…????。?????。

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