328話〜伏せろ〜
愛知県、名古屋特区。
豊田国際大学、第3グラウンド。
金網フェンスに囲まれた人工芝のグラウンド上には、26人の選手達が並んでいる。
桜城と豊国の選手達だ。
相手校選手団の中に、ミスお嬢の姿は無い。彼女の取り巻き達も全員、向こう側のベンチでふんぞり返っている。
蔵人達の前で整列しているのは、普段は雑用をしている大学1年生のファランクス部員だ。桜城はビッグゲーム入賞校とは言え、中学生相手に一軍を入れる訳にはいかないと言う、豊国監督の配慮であった。
別に、こちらを馬鹿にしている訳では無い。豊国の監督さんは我々の事も知っていて、手厚く歓迎してくれた。引率で来てくれた朽木先生だけでなく、鹿島部長にも「今日はよろしくお願いします」と、向こうから頭を下げに来たくらいであった。
だから、この配慮は当然の処置なのだ。
それだけ、大学生と中学生の間には大きな差がある。
それだけ、相手が強敵だと言うこと。
楽しみじゃないか。
蔵人達は一列に並び、豊国の選手達と挨拶をする。慶太とサーミン先輩は大丈夫かと思ったが、声を出さずに握手だけしたみたいで、怪しまれずに挨拶を終えていた。
怪しむことが出来ないくらいには、相手選手も緊張しているみたいだった。蔵人と挨拶した女子大生も、黄色いヘッドギアの中に見える表情は硬く、手は若干震えていた。
1年生では、試合には殆ど出してもらえないのだろう。彼女達の中には、明らかに浮足立っている人もいた。
もしかしたら、本格的な試合に出る事自体が初めてなのかもしれない。ファランクスはメジャーな競技ではないから、大学に入って初めて触れるなんて娘も珍しくない。
だが、平常心を欠いているのは、相手選手だけではなかった。
「うわぁ。なんか、本物の試合って思ったよりもフィールドが広いんだね…」
「うぉおお!めっちゃ久しぶりの練習試合だぁあ!腕がなるぞぉ!」
ハーフアーマーに身を包んだ桃花さんが、恐る恐る周囲を見回す。その向こう側では、興奮気味な祭月さんの声が響き、ライトアーマーを着けた腕をブンブン空回りさせる。
こちら側にも、試合が初めての人や慣れていない人が居る。先輩達の中にも、今まで補欠だった人達は緊張気味の表情で、フィールドの左サイドに視線を送っていた。
そこには、試合を観戦する為の観客席があった。何段にもなる雛段の最前列には、両校のサポートメンバーが座り、その後ろの席には大学生らしき人達の姿が散見された。
時刻は今、正午になろうとしていた。ちょっと早めの昼食を取りに来た学生達が、何か催し物があるぞと興味を持ち、集まって来たみたいだ。
ビッグゲームと全日本を経験した蔵人からしたら、随分と隙間の空いた観客席に見える。だが桃花さん達からしたら、緊張を助長させるのに十分過ぎる客入りであった。
これは、試合運びを十分に考えねばなるまい。初めから試合展開を早くすると、緊張気味の彼女達が置いてけぼりを喰らってしまう。十分に注意せねば。
そう言えば、慶太もファランクスの試合は初めてだった。
そう思い至った蔵人は、彼は大丈夫かと後ろを振り向く。すると、観客席に向かって手を振る親友の姿がそこにあった。
…うん。お前さんは通常運転みたいだな。
彼は、コミュ力お化けなだけでなく、鋼メンタルという特性まで持っているらしい。
恐ろしい子。
蔵人が仲間達を振り返っていると、審判の女性がフィールドに入ってきた。
周囲の話を集めると、彼女は豊国ファランクス部の4年生らしい。既に引退している身ではあるが、審判を買って出てくれたそうだ。時期的に就活や論文で忙しいだろうに、審判を引き受けてくれるとは。余程、ファランクス部が好きなのだろう。
その審判さんが、片手に持ったメガホンを口に当てる。
『只今から!豊国ファランクス部、対、東京特区からお越しの、桜坂聖城学園中等部ファランクス部との練習試合を始めます!審判はこの私、4年の愛知が厳しく執り行いますので、しっかり従うようにお願いします。特に、豊国の選手達!覚悟するように!』
「「うわぁ〜」」
「マジか〜」
「贔屓は勘弁してよ!愛知先輩!」
向こう側のベンチは阿鼻叫喚だ。
愛知監督は満足気に笑い、こちらを向く。
『今回の相手は中学生。それも男の子がメンバーに居るチームです。全力で戦うのは良いですが、ラフプレーやいかがわしい事をしたら、普段よりも厳しくファールを取ります。十分注意して下さい!』
「えっ!男の子?男の子って言った?」
「言った言った。どの子だろう?」
「あの円柱で座ってる、29番の子がそうらしいよ」
「マジで!?うわっ、男の子と戦えるとか、ファランクス部羨ましい」
観客席から、ドヨドヨと興奮した声が幾つも上がり、向こうの円柱に座るサーミン先輩へと視線が集中する。
先輩は到着早々に、近くを通った在校生に声を掛けたらしく、既に男バレしているそうだった。
全く、何をしているのだろうか。
そう思った蔵人の視線の先で、サーミン先輩は円柱に寄りかかりながら、堂々と手を振り返している。
彼からしたら、こうして女性達に注目される事は名誉みたいだ。彼の度胸も、ダイヤモンド製なのだろう。
因みに、蔵人はまだ身バレをしていない。
橙子さんに変身してもらっていて、声まで変えているからと言うのもあるが、背番号が〈96番〉でない事も大きな要因の一つだろう。
今日の蔵人は〈33番〉の番号を背負っている。身バレ防止…ではなく、純粋に〈96番〉の鎧が修理中なのだ。
全日本の決勝戦。
あの試合で、蔵人は海麗先輩と死闘を繰り広げ、互いに装備がボロボロになるまで戦った。それはもう、原型が無くなるくらいの激闘であった。
それ故に、蔵人の鎧はつくば中に修理をお願いしているところであった。今頃は、丹治さんの趣味趣向を凝らした魔改造を受けている頃だろう。大会規定に抵触しない範囲で抑えて欲しいものだ。
『試合時間は中等部ファランクスのベーシックルールに合わせて10分ハーフ。ベイルアウトでの得点は入らず、アディショナルタイムも設けないものとします。練習試合なので交代の上限は無し、タイムアウトは両校それぞれ3回まで可能とします。それでは、両校の選手は配置に着いて!』
愛知審判が試合の準備を進める。両校とも配置には既に着いているので、選手達は緊張した面持ちで審判に視線だけを返す。
向こうの配置はオーソドックスだ。
盾役…4人。
近距離…3人。
遠距離…4人。
円柱…2人。
普段、試合に出ない1年生を寄せ集めたチームなので、運用しやすい基本陣形にしたのだろう。基本とは、それだけバランスが整っていて、様々な戦術にも対応できる優れものだから。
その点、桜城側は変則的な陣形と言って良い。
盾役…1人(蔵人)
近距離…4人(鈴華、伏見、桃花、木元)
遠距離…4人(秋山、祭月、慶太、下村)
円柱…3人(西園寺、鶴海、サーミン)
鹿島部長が考案した、超攻撃的陣形だ。
その陣形を見て、向こうベンチから非難めいた声が上がる。
「いや、尖りすぎでしょ。何よ、盾1枚って」
「攻撃特化って事?にしては、円柱役も中途半端に多くない?」
「しかも、番号の若い子が少ないわ。1番とか2番とかが居ないんだけど」
「Aランクが居ないみたいよ。Bランクが4人いるし」
「はぁ?エースも出さずに戦おうとしてるの?バカじゃないの?」
「幾ら雑用係の1年相手とは言え、ちょっと豊国を舐めすぎだよ」
「おい!1年!お前ら3分以内にファーストタッチ決められなかったら、全員で外周10km走のペナルティだからな!」
「勿論、フル装備で走れよ!」
こちらが手を抜いていると思ってか、相手ベンチは相当お怒りだ。そのとばっちりが、全部1年生に向いてしまっていた。冬場とは言え、装備着けた状態で10km走はなかなかに酷だ。
可哀想に。
だがそのお陰で、1年生達はやる気になっていた。
緊張していた面持ちだった彼女達は、先輩達のプレッシャーによって目が座って地に足が着いた。
やってやるという気概が、こちらまで伝わってくる。
両校の準備が整ったのを見た審判は、手に持つフラッグを真っ直ぐに空へと向ける。
そして、
『試合、開始!!』
ファアアアンッ!!
試合開始の合図を受けて、相手の前線がそのまま突っ込んで来る。
相手陣地の中央で、背番号19番の選手が指示を飛ばす。
「中央の盾2枚は、桜城の33番を押さえなさい!サイドはそのまま前進!桜城の前線を切り裂いてタッチを狙って!」
「「はいつ!」」
相手は中央と左右の3列に別れて、桜城前線へと襲い掛かる。先頭に盾役を置いて、こちらの遠距離攻撃を防ぎつつ、そのまま円柱まで雪崩れ込むつもりみたいだ。
まぁ、こちらに盾役が1人しか居ないのを見たら、当然の動きである。
だが、その1人が10枚の盾を出したら、彼女達はどうするのだろうか?
「(高音)シールド・ファランクス!」
蔵人は水晶盾を10枚生成し、猛然とこちらへ迫る黄色い選手達の進行方向に、横一列で並べた。
見上げる程大きなタワーシールドに堰き止められる形となり、全速力で走っていた豊国の選手達は、慌てて急停止した。
「うわっ!急に盾が出てきた!」
「止まれ!停止!全員停止!」
「何処から出て来た?急に出て来た様に見えたよ」
「33番か?1人でやったのか?」
「いや、きっと後ろの4人の中に盾役が紛れているんだ。近距離役と思わせて、私達が突っ込むように誘ったんだよ」
「慌てないで!態勢を立て直す。基本陣形に戻って!」
3股に突出していた豊国の陣形は、素早く基本陣形へと戻り、水晶盾に攻撃を開始する。
浮いている盾に対して、盾役はシールドバッシュで押し返そうとし、後ろから遠距離役の攻撃が水晶盾に突き刺さる。
驚いた事に、相手の近距離役の人までも、遠距離攻撃で水晶盾を攻撃していた。
普通、近距離役であれば、異能力を纏った拳等で攻撃するのがオーソドックスな戦闘方法だ。だがそうすると、味方遠距離役の射線を邪魔をしてしまう。だが豊国の選手達は、近距離役も遠距離攻撃を行う事で、大勢で1枚の盾に集中攻撃していた。
当然、集中攻撃を受けた盾は、すぐに破壊されてしまった。
なんて技術力だ。流石は大学生。
近距離役は殴る、遠距離は投げる。そんな一辺倒だった中学生の戦い方が、大学生になると両方を使いこなせる様になっていた。
これが、大学生の闘い方。中学生ではエース級しか出来なかった技術力を、誰もが平然と使いこなしている。
蔵人は、大学生達の技術力を評価しながら、壊れて消えた盾を再装填する。
ただの水晶盾では簡単に壊されてしまうと分かったので、今度のは二重盾にする。すると、集中砲火でも暫くは耐えられそうであった。
「うわっ。これはキツイ」
「どうする?弾幕が濃すぎて、前に出られないよ」
木元先輩達が、水晶盾の後ろで弱音を吐く。
相手の遠距離役が実質7人となっているので、その迫力に押されているのだ。
大学生の攻撃は、1人1人が中学のレベルを超えている。そんな人達を相手に、前に出ることに臆するのも仕方のない事だ。
だが、ここで前に出なければ、この先の激戦には耐えられないぞ?
さぁ、どうする?先輩方。
「秋山先輩。水晶盾の間から、援護射撃をして下さい!」
蔵人がチームメイト達を見守っていると、円柱から走ってきた鶴海さんが指示を出す。
後輩からの指示に対し、秋山先輩は「おっけー!」と朗らかに答え、弾丸が絶えず叩きつける水晶盾の裏に張り付くと、その隙間からパイロキネシスの弾丸を撃ち返し始めた。
途端に、相手左翼からの攻撃が弱くなる。
そこに、
「今よ、早紀ちゃん!」
「ほな、行ってくるわ!」
鶴海さんからの指示に、伏見さんが嬉々として水晶盾の列から躍り出た。
蔵人はすかさず、相手前衛の上空に小さめの水晶盾を生成する。すると、伏見さんの長いサイコキネシスの腕がそれを掴み、彼女の体を上空へと引っ張り上げた。
空を飛ぶ伏見さんを見て、豊国選手達が顔を上げる。
「なっ!飛行型異能力者!?」
「リビテーションか?なんて素早い動きだ!」
「不味い!迎撃して!」
相手の遠距離役が、慌てて伏見さんへと手を向ける。
だが、そこから弾丸が発射されるよりも早く、伏見さんのサイコキネシスの腕が、その選手へと巻きついた。
そして、
「先ずは1匹目や!」
伏見さんの腕が瞬時に縮み、相手選手へと飛び込む。
相手選手と交差する寸前、短くしたサイコキネシスの腕振り抜いて、プロテクターの上から相手選手を殴り飛ばした。
その余りの威力に、相手選手の体は空高く舞い上がった。
そして、消えた。
『ベイルアウト!豊国26番!』
「「うぇえええっ!?!」」
審判の鋭いジャッジと、観客席からの驚きの声が、再び空へと舞い戻る伏見さんの背中を押す。
豊国ベンチからも、驚きの声が漏れ聞こえる。
「嘘でしょ…まさか、中学生相手にベイルアウトを取られるなんて…」
「油断し過ぎよ!なんなの、今の迎撃。遅すぎてハエが止まっちゃうわ。やられて当然よ」
「確かに、動き出しは遅かったけど…」
1年生に対して、批判の嵐が巻き起こる。
だが、それもすぐに止む。
伏見さんの腕が、今度は右翼の盾役へと伸びた。
「ほんなら、次はそっちを貰うで!」
伏見さんに狙われた相手は、グルグル巻きにされて動くことも出来ず、そのまま強靭な腕の一刈りで駆逐されてしまった。
『ベイルアウト!豊国22番!』
「「「おぉおおっ!」」」
観客の反応が、驚きから感心へと切り替わる。
2人連続で刈り取った伏見さんの力を、偶然ではないと認識した。
なんて凶悪な技なのだろうか。一緒に開発した仲間ではあるが、もしも敵であったらと想像するのも恐ろしい。伏見さんの攻撃パターンに嵌ってしまうと、大抵の異能力者は避ける事すら難しいだろうから。
金髪を振り回しながら、上空へと舞い戻る伏見さんの姿を眺め、蔵人は誇らしい気持ちで笑みを浮かべる。
観客席の皆さんも、お口を大きく開きながら、伏見さんを目で追った。
「何なの、あの子…」
「あれが本当に、中学生なの?」
「サイコキネシスっぽいけど、どうやって空を飛んでいるんだろう?」
観客席だけでなく、ベンチも、フィールドの選手までもが信じられないと呆ける。
そんな中、
「こら!1年!動きなさい!」
相手ベンチから、鋭い叱咤が飛ぶ。
ミスお嬢だ。
「動きなさいって!迎撃よ!柴田、指示を出しなさい!1年のキャプテンでしょ!?」
「「「はいっ!」」」
ミスお嬢の激励で、漸く動き出す豊国の1年生達。
伏見さんを狙って、複数の遠距離役と盾が迎撃する構えを見せる。
うん。悪くない動きだ。ミスお嬢も、ただ偉ぶるだけのエースではないようだ。
だが、素早く切り替えた彼女達の反応は、過剰であった。
伏見さんばかりを狙う豊国の選手達は、右サイドを視界から外してしまった。
その右サイドで、
「おらぁ!」
「ぐあっ!」
威勢の良い掛け声が響いた後、苦しそうな悲鳴が上がった。
そこには、地面にひれ伏した豊国の盾役と、それを見下ろす鈴華の姿があった。
鈴華の周りには、宙に浮いた手甲が飛び回っている。
「なっ、今度はなんだ!?」
「分からない!見てなかった!」
「言い訳はいいから!早く侵入者を排除して!」
19番のキャプテンの指示で、鈴華の近くにいた2人の選手が、慌てて駆け寄る。
だが、鈴華の元へ到着する前に、鈴華の周りで浮かんでいた手甲が、2人に襲い掛かった。
2人は、慌てて手甲を迎撃しようとするが、手甲はその弾丸をヒラリと回避してしまう。
まるで意志を持つかの様な手甲は、縦横無尽に空中を飛び回り、目が追いつかなくなった2人の横腹を殴り付けた。
「ぐっ!」
「いっつぅ!」
殴られた2人は、堪らずに声を上げる。
だが、倒れたりはせずに、殴られた場所に手を当てるだけであった。
手甲は確かに重く、それ単体でも攻撃力はある。それでも、威力で言えばDランクの攻撃にすら届かない程度。そんな攻撃、プロテクターを着けた選手には僅かなダメージだった。
痛みを堪えた2人は再び走り出し、鈴華を目掛けて飛び掛かった。
そのまま、鈴華を押し倒して、ベイルアウトするまで殴りつける。
そう、思っていたのだろう。
だが、鈴華に向かって勢いよくジャンプした彼女達は、
「伏せろ」
「「ぐぁっ!」」
鈴華が放ったその一言で、地面に引き寄せられるように落下した。
まるで地面に縫い付けられているかのように、2人は飛び掛かったその姿のまま、腹這いで地面に倒れ込む。
その姿は、鈴華の足元で這いつくばるもう1人と同じ姿であった。
3人の頭上で、鈴華は美しい銀髪を耳にかけて、ニヤリと笑う。
「よーしっ。そのまま大人しくしていろよ?桃がタッチを決めるまでな」
鈴華はそう言って、桜城前線を振り返る。
その彼女の視線の先には、ハーフアーマーを着た選手が駆け寄っていた。
桃花さんだ。
彼女は、鈴華が空けた相手前線の穴に、颯爽と飛び込んだ。
ハーフアーマーは、頭や胸等の重要な部分だけを覆った簡易的な鎧だ。だが、それでも10kg近くある。
そんな重い装備を着けている桃花さんは、しかし、まるで何も着ていないかのように、鈴華の横を颯爽と駆け抜けていった。
そのまま、豊国の領域へと足を掛ける桃花さん。
「止めろ!」
慌てて、豊国の近距離役が走り寄ってき。だが、桃花さんは気にした素振りもなく、彼女達を近づけもせずにぶっちぎって行った。
瞬く間に、相手前線を置いてけぼりにした桃花さん。
「迎撃!」
今度は、豊国の遠距離役が、桃花さんへと攻撃の手を伸ばす。
だが、
「何処を見とんのや!」
ターゲットから外されていた伏見さんが、遠距離役達へと手を伸ばした。
途端に、豊国前線は大混乱に陥る。その間にも、桃花さんは豊国領域の半分を走破してしまった。
「「「うわぁあああ!!」」」
「凄い!速い!」
「5人は抜いたぞ!」
「もうタッチが決まる距離だ!」
盛り上がる観客。
それとは反対に、焦る豊国ベンチ。
「円柱役!前に出ろ!」
今まで静かに見守っていた豊国の監督から、鋭い指示が飛ぶ。
それを受けて、豊国円柱から2人の選手が出てくる。迫り来る桃花さんに向けて、弾幕と防御陣地を同時に展開した。
うん。円柱役もレベルが高い。
だが、中途半端な迎撃は桃花さんの足止めにもならず、すぐに防御陣地の前まで接近を許してしまった。
そして、
「えぇいっ!」
桃花さんの可愛らしい掛け声と共に、彼女の両手が土壁に着く。
その直後、
土壁が吹き飛んだ。
分厚いCランクの防御が、その後ろにいた円柱役諸共に吹き飛ばしてしまった。
桃花さんのエアロキネシス。それが、彼女の手の中で凝縮され、一気に解き放たれたのだった。
目の前がクリアになった桃花さんは、そのまま豊国円柱へと走り寄り、円柱の表面にしっかりとタッチした。
『ファーストタッチ!桜城、背番号11番!』
「やったー!先制点だぁ!」
審判のジャッジに、桃花さんは嬉しそうに両手を上げて喜んだ。
そんな可愛らしい姿の彼女に、観客席も大盛り上がりだ。
「あの子すごっ!めっちゃ速いし、めっちゃ強い!」
「それに、めっちゃ可愛い!妹にしたい!」
「いや、純粋に凄いエアロキネシスだよ。なに?さっきの螺旋〇」
「それ言ったら、8番の銀髪美人さんもそうだよ。なんで人間がファン〇ル使えるの?」
「だったら9番の金髪ちゃんもでしょ?金獅子のローリングアタックかと思ったよ」
好奇の視線を送る観客席とは対照的に、フィールドの豊国選手は疲労と不安でこちらを見上げる。
「何なの、このチーム。本当に中学生?」
「桜城って言ったよね?確か、全日本の表彰台を総なめにしたって学校だよ」
「黒騎士様の学校?ファランクス部も強いの?」
「強いでしょ。だって、私達が手も足も出ないじゃん」
桃花さん達の強さに、舌を巻く豊国の学生達。
そんな彼女達の視線を受けながら、桃花さんは呑気に両手を振って、桜城の陣地に戻るのだった。
「圧倒的ではないか。あ奴らのチームは」
豊国の1年生は、決してレベルが低い訳ではないのですが。
「練習量は多いだろう。だが、技術を突出させるのではなく、他の技能を補う練習をしていたみたいだな」
弱点がない代わりに、突出した力に突き崩された形ですね。
きっとこれが、一般的な大学生の実力なのでしょう。
「まだ、一軍は出て来ていないがな」
イノセスメモ:
ファランクスルール…高校生までに適用されるベーシックルールと、一般で適用されるアドバンスルールの2つが存在する。
アドバンスルールでは、相手をベイルアウトさせる事でも点数が入り、高ランクであればあるほど高得点となる。それ故に、BCルールよりも過激な試合となり易い。