326話~やっぱ、あの視線はお前か~
いつもご愛読いただき、ありがとうございます。
リアクション方法が変更されて、皆様から多彩な感情を頂ける様になりました。
とても嬉しく、また参考にさせて頂こうと思います。
引き続き、お楽しみ頂けたら幸いです。
しんっと静まり返った特区の朝に、蔵人は目覚める。
壁に掛かった時計を見ると、時刻は4時49分。大野さんに指示された起床時間までに、1時間程度の猶予がある。
その空いた時間をどうするか。
…訓練に使おう。
そう思った蔵人だったが、机の上に置いていた卓上鏡を見て、考えを改める。
鏡に映っていたのは、変装していない自分自身の素顔であった。大野さんがまだ寝ているから、メタモルフォーゼが解除されたままなのだ。
万が一の事を考慮して、大野さんからはフェイスマスクを貰っているが、これでバレない保証は無い。ここの人は鋭いからね。マスク一枚では安心出来ない。
なので、自室で出来る訓練…魔力循環と簡単な型のみを行う事にした。
蔵人は布団を畳み、部屋の中央へ。
8畳あるこの和室は、布団を畳んでしまえばかなり手広い。置いている家具も勉強机程度なので、拳を振り回す事も出来る。
だが、今日はやめておく。
まだ、皆さんの異能力を把握しきれていない。恵美さんの異能力も、鶴海さん並だと思うし。
遠くの音を拾うと言っているが、もしかしたら音だけじゃないかもしれない。ディさんに認められる程の人達だから、慎重に行かなければ。
そうして暫くの間、魔力を高速回転させながら、ゆっくりと太極拳の型をなぞる訓練をする蔵人。
そんな時、何処からか呼吸音が聞こえてきた。
息を勢いよく吐き出す、攻撃的な呼吸音。武道の呼吸に似ている。
…外か。
蔵人は部屋の窓に近付き、カーテンの隙間からこっそりと外を覗く。
まだ太陽が登っていない外は、殆ど暗闇が支配していた。
だが、見える。
家の裏手の庭先で、誰かが朝練をしているシルエットが。
「はっ!はっ!」
キレのある動きで拳を振るい、次いで両手を突き出し、何かを放つ動作を繰り出す。
暗闇に目が慣れてくると、彼女の短髪の先で踊る、白い髪の毛が目に付いた。
中庭にいるのはレオさんらしい。
彼女は1人で、黙々と訓練に勤しんでいる。
真冬の早朝に、Tシャツ1枚という寒々しい格好でいながらも、彼女のほっそりとした四肢からは汗が迸る。
無駄な脂肪は一切ないスレンダーな体からは、風を切る連打が繰り出される。その度に、周囲の草花が激しく揺れる。
彼女の周囲で風が舞っているのだ。彼女のエアロキネシスによって、その拳の速度を上げているのだろう。
だが、それだけでは無い。彼女の日焼けした四肢には、少女らしからぬ硬い筋肉の筋が見て取れた。
異能力だけでなく、筋肉もしっかりと鍛えているらしい。
素晴らしい。
軍人なら当たり前の事かもしれないが、それでも賞賛したい。
出来るなら一手、手合わせ願いたいくらいだ。
そんな事を思ったのが不味かったのだろう。
ずっと動き続けていたレオさんが急に止まり、グルンと顔をこちらに向けて来た。
おっと、やべぇ。
蔵人は急ぎ身を引き、彼女の目がこちらを捉える前に隠れた。
だが、見ていたのはバレているだろう。先ほどの彼女の動きは、こちらの視線を感じた者の動きだった。
恐ろしく勘の鋭い娘だ。美来ちゃんは人の所作に鋭いと聞いていたが、彼女は野生的な能力が卓越しているのだろう。
「はっ!はっ!」
蔵人がカーテンの表側で隠れていると、レオさんの呼吸音が再開された。
気付いていなかった…訳ではなく、見逃してくれたのか。
やはり、ここの人達は一筋縄ではいかないな。
蔵人は改めて、気を引き締めた。
それから直ぐに、蔵人の体に変化が起きる。
身体中に他人の魔力が纏わり付き、体の表層が老化していった。
大野さんのメタモルフォーゼだ。彼が目覚めたのだろう。遠隔でも昨日と変わらない出来栄えである。
流石だな。
動ける様になった蔵人は早速、1階に降りて朝食の準備をする。
キッチンのホワイトボードに、今朝の献立が書いてあるから、1人でも準備は進められる。
「よぉ。早いな」
蔵人が使う食材を冷蔵庫から取出していると、キッチンの入口から大野さんの顔がぬっと生えてきた。
かなり眠そうだな。昨晩は夜遅くまで変身が解けなかったから、それまで起きていた証拠だ。
仕事かな?彼は軍人と寮長の二足の草鞋を履いているから、何かと忙しいのだろう。
「(低音)おはようございます。先に準備だけでもと思ったのですが…」
「あぁ、助かるぜ。ついでと言っちゃなんだが、先に始めててくれねぇか?俺は洗濯物の方を片付けてぇんだ」
「(低音)承知しました」
と言う事で、二手に分かれて朝の準備をしていく。
蔵人は引き続き、朝食の準備だ。
朝はそこまで凝った物は作らない。焼鮭と、具沢山の味噌汁、それと金平ごぼうだ。先日のポトフで人参の皮が余ったからね。捨てずに再利用だ。
蔵人が調理を進めてから30分くらいすると、誰かがリビングに入って来た音がする。
「あら?早速キッチンを任されているのね。優秀な家政夫さん」
「(低音)おや。お早いですね、瀬奈さん」
キッチンの窓からリビングを覗くと、そこにはスーツ姿の瀬奈さんが立っていた。
彼女は正式な軍人さんなので、朝も早い。士官学校を優秀な成績で卒業して、今は少尉なのだとか。それ故に、朝から忙しいのだろう。
「朝食の準備は順調?出来ればコーヒーの1杯だけでも頂きたいのだけど…」
「(低音)はい。出来ておりますよ。コーヒーは食前と食後、どちらに致しますか?」
「それじゃあ、食後で」
「(低音)かしこまりました」
蔵人は急いで、食卓にお皿を並べる。
瀬奈さんの朝が早い事は、大野さんから事前に聞かされていた。なので、1人分は前もって作っており、直ぐに並べる事が出来た。
配膳された料理を見て、瀬奈さんは声を漏らす。
「凄い…これ、全部くら…黒戸さんが作ったの?」
「(低音)はい。大野さんは今、雨戸を開けに行っておりますので」
洗濯物がひと段落した時に、1度帰ってきた大野さんだったが、既に味噌汁も作り終わっている様子を見て、新たな任務に向かってしまったのだった。
「ここは頼んだ」と一任されてしまったのだった。
「(低音)もし、量が少ない等ありましたら、お声かけ下さい」
「え、ええ、ありがと…」
また呆けた顔をこちらに向けながら、瀬奈さんは椅子に座る。
それを見届けた後、蔵人はキッチンに戻り、コーヒーともう2人分の朝食を準備する。
その準備が終わる頃、次の住人がリビングに入ってくる。
「おはようございますっ。黒戸様っ」
朝からキレッキレの敬礼をかまして来たのは、朝の支度バッチリな橙子さんだ。
蔵人は挨拶と共に、彼女の朝食とコーヒーを瀬奈さんに配る。丁度瀬奈さんが食べ終えたので、帰るついでに食器も下げた。
そんな蔵人の背中を見て、瀬奈さんが再び言葉を漏らす。
「凄いわぁ。大野さんが2人居るみたいね」
「流石は、黒戸様です」
「橙子。無理して返答しなくて良いからね?」
「…んっ、了解であります」
2人の賛辞を受けながら、蔵人は流し台で食器を洗う。
するとそこに、大野さんが帰投された。
「おう。お前も食っちまえ」
帰ってきて早々、大野さんが役割交代を申し出てくれた。
蔵人はお言葉に甘え、もう1食分をテーブルに持っていき、橙子さんの対面で頂きますと手を合わせた。
丁度、瀬奈さんが出勤されるので、行ってらっしゃいも合わせて行う。
うん。味噌汁も鮭も、それなりに美味い。金平ごぼうはどうだろうか?ちょっと甘すぎたか?
気になった蔵人は、目の前に問いかける。
「(低音)橙子さん。朝食はお口に合いましたか?」
「はっ!絶品でありますっ」
うん。ダメだ。
この人きっと、真っ黒焦げの魚を食べさせても、美味いってお世辞言うタイプの人だ。
橙子さんの優しさに、蔵人は「(低音)それは良かったです」と言うだけに留めた。
蔵人達が朝食を食べ終え、食器を片付ける頃になって漸く、残っていた3人娘達がゾロゾロと揃って会場入りした。
「ふぁあぁ〜。おはよ~」
寝癖が付いた状態の美来ちゃん。まだ眠そうだ。
「あーっ!腹減ったァ!」
伸びをしながらのレオさん。随分とさっぱりしているから、シャワーを浴びてきたみたいだ。
「…はよっ…」
死んだ顔の恵美さん。真っ青な顔に足取りも少しふらついている。
「(低音)皆さん、おはようございます。どうぞ、お席に着いてお待ちください。今、朝食をお持ちしますので」
「ふぁ~い!」
「俺のは大盛りだぞ!」
「……」
蔵人は、大野さんが用意してくれていた、3人娘用の朝食を運ぶ。
橙子さんも手伝ってくれた。何も言わずとも動いてくれるのは、有難いな。
「恵美さん。どうぞ、コーヒーです。お砂糖とミルクも、置いておきますね」
蔵人はそっと、恵美さんだけにコーヒーを置く。
彼女の様子から、低血圧なのでは?と思ったからだ。顔色からすると、貧血を起こしているかも。
「…んっ。おいし…」
コーヒーを飲んだ彼女は、少し表情が生き返った。
カフェインには覚醒作用があるからね。心臓の動きを活発にして、血圧を押し上げてくれる。
顔色も少しずつ良くなっていく恵美さんは、朝食にも手を伸ばし始めた。
うんうん。何とかなりそうで良かった。
蔵人は安心し、他の2人の方を見る。
ガツガツと、空っぽの胃袋を満たす事に必死だ。
「(低音)皆さん、朝食はお口に合いましたでしょうか?」
「おいひーよ!」
「俺はもうちょっと、味が濃い方が好きだ」
蔵人の問いに、しっかりと意見してくれるレオさん。
だが、彼女の意見に、他の2人が反論する。
「ちょっと、レオ!折角お爺ちゃん達が作ってくれたんだよ?」
「…私も、美味しいと思う。お味噌汁、温かい…」
「あぁ?どうだって聞かれたから、感想言っただけだろ?」
2人からの反発に、レオさんもタジタジになっている。
蔵人は、そんなレオさんの前に塩の小瓶を置いて、フォローを入れる。
「(低音)率直なご感想、ありがとうございます。レオさんは朝から良く動かれていましたから、きっと皆さんよりも塩分を欲しているのでしょう。配慮が足りず、すみません」
「あっ、レオまた朝練やってたの?」
「…よくやるよ。学校でもやるのに…」
2人は納得したようで、攻撃の手を緩めた。
しかし、人によって朝食の手直しが必要みたいだ。そこは次回の改善点だな。
蔵人が1人反省会を開いていると、解放されたレオさんがこちらを見て、目を光らせた。
「やっぱ、あの視線はお前か」
「(低音)盗み見る様な形となってしまい、申し訳ございません」
蔵人が頭を下げると、レオさんはうるさそうに片手をヒラヒラさせる。
「良いって、んな事。それより、次は一緒にやらないか?」
「(低音)それは…」
一緒に訓練しましょうって事ですよね?凄い魅力的なんですけど!?
蔵人は、己の欲望を押さえつけるのに必死で、レオさんのお誘いをキッパリ断れなかった。
目をさ迷わせる蔵人を見て、レオさんの瞳はますます輝きを増していく。
と、そんな時、
「おいっ。あんま爺さんイジメんじゃねぇぞ」
助け舟が到着した。
片手に櫛を持った大野さんだ。美来ちゃんの後ろに回り込んだ彼は、彼女の髪を梳かしながら、蔵人を顎で示した。
「爺さんの細腕を見ろ。お前と訓練なんざしたら、ポッキリ折れちまうだろうが。それで爺さんが家政夫辞めちまったら、お前が代わりに家事をするんだぞ?」
大野さんが釘を刺すと、刺されたレオさんでは無く、美来ちゃんがビクッと反応した。
「ええっ!お爺ちゃん辞めちゃやだっ!」
「動くな!美来。ちゃんと前向け」
大野さんは、美来ちゃんの自由奔放な髪の毛を整えながら、レオさんに目線だけ向ける。
「おめぇが爺さんに何を感じたか知らねぇが、爺さんはか弱い男で、老人だ。男と老人には優しくしろって、学校で習わなかったのか?」
「はっ。か弱いねぇ」
レオさんは鼻で笑い、こちらを見上げた。
「俺にはどうしても、あんたがただの老いぼれには思えねぇんだけどなぁ」
こちらの内情を探るかの様な、レオさんの鋭い視線。
蔵人はそれに「(低音)褒め過ぎですよ」と、苦い笑みを返すだけで精一杯だった。
レオさんに睨まれ続けるのも不味いので、蔵人は早々に家を出た。
今は、橙子さんが運転するバイクの後ろに乗せて貰っている。彼女はこれからバイトがあるので、その途中まで乗せてもらうのだ。
勿論、バイトとは隠語だ。きっと、軍の任務か訓練を指しているのだろう。彼女達はまだ正式な軍人では無いので、1日の内、数時間だけ訓練に参加しているみたいだ。
18歳未満なのに軍の訓練に参加するなんて、戦時中の志願兵みたいだ。
…それだけ、この世界が切羽詰まった状態なのだろうか?
「黒戸様。到着しました」
蔵人が考え込んでいると、目的地に着いた。
学校近くの地下鉄駅入口だ。
「(低音)ありがとうございます、橙子さん。では、行ってきます」
「はっ!いってらっしゃいませ!黒戸様!」
おいおい。あまり大きな声でその名を呼ばんでくれ。
蔵人は逃げる様に駅の入り口に潜り、すぐ近くのトイレに駆け込む。
地下鉄の階段を降りきった所で、メタモルフォーゼが解け始めてしまった。危ない危ない。
蔵人はトイレで制服に着替えて、入ったのとは別の出口から地上に出て、桜城を目指した。
学校周辺で彷徨くメディアの姿は、随分と減った。
まだ、一般人に成りすましたパパラッチは散見されるも、飛んで登校する蔵人は美味しくない被写体だろう。すぐに居なくなると思う。
だが、巻島本家周辺や、引き払った特区外の家の周囲はまだまだ凄いらしい。
昼休みに、若葉さんからそう教えて貰った。
「黒騎士フィーバーは暫く続くだろうね」
「そうか」
若葉さんの言葉に、蔵人は肩を落としながら返答する。
噂話も75日と言うが、それくらいで収まってくれると思わない方がいいだろう。
「大丈夫?蔵人君」
蔵人が落ち込んでいると、桃花さんが心配してくれた。
おっと、いけない。心配をかけてしまった。
「まぁね。家も移ったから、俺は大丈夫だよ。みんなの方は被害出てない?」
「うん。最初はマイクを向けられた時もあったけど、今はすっかり居なくなったからね」
「わたしもー。くらとの事聞かれたー」
白井さんまでインタビューされたのか。
なんだか、重大事件を起こした犯人の気分だ。
「家を移ったって言うけど、そっちは大丈夫なの?」
若葉さんが、目を輝かせて聞いてきた。
記者魂が疼いているな?場所は教えないぞ?
「ああ、大丈夫。まだ気付かれていないみたいだ。…気付いてないよね?」
「ないない。巻島本家かと思ってたよ」
良かった。若葉さんが知らない内は、誰も知らないと思って良い。
「もしも若葉さんに情報が入ってきたら、真っ先に教えてくれよ?」
「うん。任せて。多分私が一番に探し当てるから」
全然大丈夫じゃないんだが!?
蔵人が非難がましく目を細めると、若葉さんは輝く笑顔で親指を立ててきた。
全く、恐ろしい戦友を傍に置いてしまったな。
蔵人は、深く肩を落とした。
放課後。
ファランクス部では、いつにも増して熱の入った練習が繰り広げられていた。
と言うのも、今週末に迫っている大学生との練習試合が近いからだ。
今まで強豪校とも渡り合ってきた桜城ファランクス部だが、大学生となると世界が違う。体格も、思考も、異能力の練度だって向こうに軍配が上がる。
自然と、気合いも入ると言うもの。
「っしゃあ!もう1発!」
「どんどん行くで!」
特に輝いているのは、鈴華と伏見さんの2人。
並み居る先輩達を蹴散らして、前線を我がものにしている。
「今がチャンスだね!」
その2人のサポートを受けて、桃花さんが空いた隙間から敵陣に切り込み、フィールドを駆け抜ける。
独走状態の彼女。それを、
「いっけー!オイラのチビちゃん達!」
慶太のゴーレム部隊が、桃花さんの足に纏わり付いて止める。
ついでに、前線で暴れる鈴華達にもくっ付こうとして、彼女達を下げさせる。
形勢が、元に戻る。
「慶太君!ありがとう!」
「マジ、私たちの天使」
「オイラ、てんしー!」
先輩達が慶太を崇め、慶太は嬉しそうに飛び跳ねる。
慶太、鈴華、伏見、桃花。
この4枚の選手達が戦場をコントロールしている。
その彼ら彼女らを支える様に、秋山先輩や西園寺先輩が頑張り、別働隊のサーミン先輩が背後を襲う。
それらの選手を動かすのが、中央で水を操る鶴海さんだ。
「今よ、祭月ちゃん。機動地雷起爆」
「ホイ来た!」
鶴海さんの合図で、前線に幾つも花火が爆ぜる。
慶太の土人形に仕込んだデトキネシスが、一斉に爆発したのだ。
そうそう。この爆弾娘も大事な戦力。使いどろこは難しいが、火力は部でもトップクラスだ。
これが、現在の桜城ファランクス部。
突出した才能を持つ慶太達と、それを支える堅実な先輩達。これが合わさった事で、Aランクが居なくても戦えるチームとなっていた。
「集合!」
鹿島部長の一声で、部員達は一斉にこちらへ集まってくる。
これから、練習試合のスタメンを発表するのだ。
「先ずは前衛中央は…巻島、西風の2名」
うえっ?中央2枚?しかも、盾役は俺だけ?
内心で驚く蔵人。だが、その後の人選もなかなかに攻めたものだった。
前線盾役…蔵人。
前衛近距離…鈴華、伏見、桃花、木元。
中衛遠距離…慶太、秋山、祭月、下村。
後衛円柱役…鶴海、サーミン、西園寺。
控え…鹿島部長他、2年生10名。1年生3名。
「凄い攻撃的な陣形ね」
鶴海さんが言う通り、このフォーメーションはかなり前のめりだ。
通常、ファランクスの陣形とは、
盾役:3~4
近距離役:3~4
遠距離役:3~4
サポート:0~1
円柱役:2~3
これを基準に考えていく。
あの超攻撃的な如月だって、盾役は3枚置いていたのだ。この陣形に勝るのは、もう彩雲の玉砕陣形しかない。
蔵人達が驚く中、部長がホワイトボードを指し示す。
「今回、盾役を蔵人君だけにしたのは、彼が十分にその役割を担ってくれるからよ。蔵人君のシールドファランクスは、通常のCランク10人分の範囲を防御してくれる。クロスやランパートを使えば、Aランクの攻撃にも耐えられる」
「いやいや。それは過信ってもんですよ?」
蔵人が声を上げると、部長は首を振って、みんなを見ろと手で示す。
…みんな、こちらを見て頷いている。
過信ではないって?どうだろうね。
「もしも、僕が抜かれたらどうします?」
フィールドは広大だからね。見逃しがあるかも知れない。
「その場合は、山城君を中心に中距離役が援護するわ。蔵人君がフィールドから抜けた場合は、控えに4名の盾役をいれているから、フォーメーションを基本陣形に戻して戦う予定よ。まぁ、君がやられる相手が出て来た時点で、私達の負けだけどね」
なるほど。そこまで考えているのか。
そう思う蔵人だったが、納得がいかないことが一つだけあった。
それを部長も分かっているのか、部員を解散させた後、蔵人に話しかけて来た。
「蔵人君。君1人を盾役にしたのは、ガードに集中して欲しいからよ」
「…つまり、攻撃を彼女達に任せる為という事ですね?」
蔵人が懸念にしていたのは、これでは自分中心の戦法になってしまうという事。彼女達の成長を促そうと、この前話し合っていた筈だが、何か違うのでは?と思っていたのだ。
だが、部長の考えを聞いて理解できた。
部長は、自分が手を出さなくてもいい状況を作ってくれたのだ。彼女達に攻撃のチャンスを与え、自分は守備に専念できるようにと。
「とは言っても、ピンチな時は助けてあげてね」
「ええ。お任せください」
ワントップならぬ、ワンディフェンス。
何処まで戦えるか楽しみだ。
蔵人は、逸る気持ちを抑えるように、胸に手を当てた。
最近日常回が続いていましたが、次からはいよいよ、大学生との練習試合です。
「サッカーなどで言えば、圧倒的な差がありそうだが」
どうでしょう?サッカーでも、全日本レベルの中学生と、県大会レベルの大学生だったら、結構いい勝負が出来そうな気もするのですが。
「まぁ、楽しみに待つとしようじゃないか」
そうですね。