30話~帰れよ~
皆さま、あけましておめでとうございます。
今年も、どうぞよろしくお願い致します。
蔵人が4年生の時の夏休み。
今日は流子さんに呼ばれて、東京特区のとある山まで赴いていた。
標高は1000mもない山だが、山道入口から見上げるとかなりの大山に見えるのは、それだけ山道に木々が鬱蒼と生い茂っており、獣道くらいしか隙間がない様に見えるからか。
蔵人は、麓の駐車場で山を見上げながらそう思った。
蔵人の背中には、少し大きめのリュックが背負われており、その中は殆ど着替えだ。
今日は、流子さんが経営している異能力スクールの合宿に呼ばれた蔵人。
この付近にスクールの合宿所があるらしく、スクール生は毎年夏休みの数日、ここで稽古や訓練を行うそうだ。
蔵人は去年の夏休みに、神奈川の異能力大会に出場し、そこでCランクであることが分かった。
異能力大会の出場記録は、県庁に届け出た場合は公式な記録として記録されるらしく、昨年夏から蔵人は正式にCランクとなっており、特区への移住も可能となっている。
しかし、そこで待ったが掛かった。流子さんが直ぐには特区へ行けないと蔵人に謝っていた。聞くところによると、小学校への編入で問題が起きているらしい。
ランクとは小さい頃じゃないとなかなか上がらないものだと、赤ん坊の時に読んだ論文にも書いてあった通り、そうそう上がるものではない。
その為、特区外から特区への編入というのは事例が限られており、多くは中学や高校へ上がる際に起きる場合が殆どとの事。
それも、ランクが上がったから特区へ入るという事例は極々稀。大半はその子が高ランクではあったが、親がDランク以下だった為、ある一定の年齢まで特区外で住むというもの。
頼人がこれに該当する。小学生までは親と住み、中学から特区の寮などに入ったり、親戚の家に居候させてもらうなどするらしい。
高ランクの子は、義務教育である中学卒業後は半強制的に特区へ移住させられるので、こういうことが起きる。
蔵人の様に、急速にランクを上げる子は稀であり、更にそれが男子という事から、小学生の途中という段階での編入は事例が少なすぎて、何処の学校も対応出来なかったとのこと。
その為、蔵人は今でも特区外の学校に通っている。
周りにCランクだと知れると、それこそ厄介ごとが寄って来るので、Dランクであると偽りながら。
蔵人がCランクになっているのを知っているのは、慶太とアニキ以外では特区の人間だけである。
蔵人としては、小学校の仲間たちの事もあったので、特区入りが小学校卒業まで長引きそうという事に関しては寧ろ好都合だったが、そう思わない子もいた。
頼人だ。
頼人は、蔵人が特区に入る資格を有しているのに、そんな大人たちの都合で遅らされていることに大層お冠らしく、本家でストライキ状態になっているらしい。お稽古を完全拒否しているんだとか。
ちょっとかわいいストである。
だが、これには氷雨様も困っているらしく、流子さんに頼んで、今回の合宿で蔵人と頼人を会わせて、頼人の機嫌を取って欲しいとお願いされているのだとか。
なので、彼は随分と不貞腐れているのかな?と、思っていた蔵人だったが、目の前に現れた頼人は、とてもいい笑顔で蔵人に手を振っていた。
「にぃさん、久しぶり!」
「おお、頼人。久しぶり。随分とお洒落さんになったな」
いきなり抱き着いてきた頼人に、蔵人はいつもの様に頭を撫でようとして、それに躊躇してしまった。
というのも、頼人の頭髪がアッシュグレイに染められていたからだ。
どこのゲーム主人公だよと突っ込みたくなった言葉を飲み込んで、蔵人はただ頼人のセンスを褒めるだけに留めた。
のだが、当の本人は蔵人から離れると、何を言っているの?と言いたげに首を傾げる。
そんな頼人に、蔵人は自分の髪の毛を摘まんで、目線を頼人の頭に向ける。
「染めたんじゃないのか?それとも、染められたのか?」
氷雨様が無理に染めさせたのだとしたら、それは問題だ。特区の女性受けが良くなる様にとかだったら、ちょっと苦言を呈さないといけない、と。
そう思った蔵人だったが、それは杞憂だった。
「違うよ、にぃさん。これはね…」
頼人が言うには、これは”地毛”らしい。
高ランクの人間は、成長するにつれて髪色もその属性に引っ張られるのだとか。
頼人の場合はクリオキネシスなので、白に引っ張られているそうだ。元々が黒髪なので、白が足されてアッシュグレイの出来上がり。という事らしい。
そんなものなのか、と蔵人は疑問を持ちながらも、概ね納得する。
思い返せば、火蘭さんも、神凪白羽選手も髪色は明るかった。特区の通行人も、髪色が鮮やかな人が結構いた。
異能力が身体に直接影響を及ぼしている事象を前にして、髪色と異能力の関係性を、今度文献でも探してみようと蔵人は考えた。
ちなみに、蔵人のような無属性は髪色に影響しないらしい。なので、黒色のままだ。
助かったと、蔵人は安堵の息を吐く。
そんなことをしている内に、駐車場には続々と参加者が集まってくる。
大人の姿もあれば子供もいる。殆どが女性だが、中には30代くらいの男性もいる。でも、男性はみんな私服なのに対し、女性陣は蔵人と同じようなジャージか、道着を着ている人も少なくない。
蔵人の周りに子供達が集まってきた。
いや、正しくは頼人の周りにだ。
「頼人くん、おはよう」
「頼人くんも、がしゅくするの?」
「頼人くんは男の子だから、私が負ぶってあげる!」
「私がやるよ!」
「私が最初に言ったんだよ!」
「じゃあ、私は荷物持ってあげる!」
わらわらと集まる子供達。しかも今来ているのは女の子だけ。男の子は蔵人と頼人だけの様子。
とても特区の外では見られない光景に、蔵人は若干引いており、頼人はそんな蔵人の後ろに回り込み、女児達から距離を置いた。
必然的に注目を集める蔵人。集まったその目は、不思議そうな目、驚いたような目、ちょっと怒気を孕んだ目などなど、多種多彩である。
そんな女児達の中から、ずいッと1人、飛び出す子がいた。
背丈は蔵人よりも少し高く、周りの女児達よりも少し大人びた顔立ちをしていた。
小学生ではなさそうだ。中学生か。
「お前、もしかして、お母様が言ってた奴か?頼人の兄弟の、特区の外から来たっていう」
蔵人がこの会に参加することを知っているのは、流子さんしかいない。という事は、この娘は流子さんのお子さん。蒼波さんの妹さんの蒼凍ちゃんか。大きくなったな。
蔵人は、数年前に見かけたヤンチャガールの姿を思い出しながら、目の前の娘の成長に少し感動する。感動しながらも表情は変えないまま、少女の問いに一礼する。
「はい。頼人の双子の弟、巻島蔵人です。本日は宜しくお願い致します」
蔵人がそう言って顔を上げると、そこにあったのは、多種多彩だった色合いから嫌悪の一色に染まった目ばかりだった。
あれ?挨拶の仕方が不味かったのか?
そう思ったが、周りの声を集約すると、どうも違うらしい。
「えっ?特区の外から来たって言った?」
「なんでそんなのが特区にいるの?」
「やだ。ママから、かきゅう国民?とは付き合うなって言われてるのに」
特区外の人間は下級国民か。
蔵人は、内心で苦笑いを漏らす。
どうやらこの子達は、蔵人が卑しい身分と見て軽蔑しているらしい。特区とその外では、それ程までも身分差というものが存在していると教えられている様子。
少なくとも、特区の内側にいる人間は、自分達を上級国民とでも見ているという事が分かった。
蒼凍ちゃんが、蔵人を睨みつける。
「帰れよ。外の奴は特区に入っちゃいけないって、教わらなかったのか?」
直接蔵人に触れてこようとはしないものの、グイッと蔵人の前に立ちはだかり、威圧だけで蔵人を押し退けようとしている。
蔵人は、そんな彼女の顔を見上げながら返答する。
「そう言われましても、私も氷雨様と流子様からお誘いを受けて伺っている次第ですので」
蔵人が2人の名前を出すと、明らかにうろたえる顔色を見せる蒼凍ちゃん。
さらに、頼人がそこに追い打ちをかける。
「僕が、頼んだんだよ。氷雨様に無理言って。にぃさんとお話がしたかった、から」
弱弱しい発言ながらも、頼人のその言葉で、周りの女児達まで戸惑った顔色を浮かべ、やがて蜘蛛の子を散らすように解散して行った。巻島家の大御所や頼人自身に睨まれたら堪らないと、子供ながらに理解したのだろう。
取りあえず、この場の一時しのぎにはなった。
だが、蔵人が疎まれていることは変わらない。
蔵人は、これから数日の訓練に、愁いを覚えずにはいられなかった。
合宿の日程は、こうだ。
1日目。合宿場に荷物を置いたら、この付近で1番高い山である御嶽山を登る。山頂にある武蔵御嶽神社にお参りをして、合宿場まで帰ってくる。
2日目は合宿場で1日中稽古。模擬試合もあるらしいけれど、それは門下生だけの催しなので、蔵人は見ているだけとのこと。
3日目は、早朝に稽古を行った後、近くの河原でちょっとしたレクリエーションを行うのだとか。ゴムボートでの川下りや、スイカ割りなんかを行うとの事。
そんな予定を楽しそうに話していた頼人は昔の人。今の彼は、顔を真っ赤にして、息も絶え絶えながらに旧山道をひた歩くだけの存在だ。
そんな彼を、周りが心配する。
「頼人くん、顔真っ赤だよ」
「可愛そう。私の風で押してあげたいけど」
「うん、外の奴が邪魔」
「転んじゃえば良いのに」
「いっそ転がり落ちて、そのまま帰らせちゃえば?」
「でも、頼人くんに嫌われちゃうよ?」
「嘘だよ。言っただけじゃん」
同時に、蔵人に向く敵意。
蔵人は、そんな自分を邪魔者扱いする声を聞いて、年頃の娘を持つお父さんは多分こんな感じなんだろうなと、少しズレた思考を展開していた。
しかし、風で押すか。
蔵人は先程の声を聞いて、周りを見る。
子供達も大人の女性も、少なくない人たちが異能力を使って登っている。ブーストらしき女性は、他の人の何倍もの荷物を背負っており、それでも涼しい顔をしている。
そうか。異能力を使っても良いのか。
蔵人は苦しそうな頼人の顔を覗き込む。
「ちょっと手伝って良いか?」
蔵人の問に、頼人は無言で頷く。
もう、喋る余裕も無いか。
蔵人は頼人のリュックと、彼の両脇と腰周りにアクリル板を貼り付けて、少し浮かす。
そうすると、彼に掛かっていた重圧が一気に無くなる。
「おおっ!」
思わず漏れる、頼人の歓声。
蔵人はそんな彼に目配せをして、自らも盾の補助を使い、幾分か重量を軽減させる。
「行くか、頼人。テッペンだ」
「うん!競走だ!」
急に走り出す双子の兄弟。
そんな2人を、大人の女性達は微笑んで見守り、子供達は唖然とした顔を晒した後、2人に負けじと急いで登り始めた。
結局、蔵人と頼人は同時に到着した。大人も含めて4着、子供達の中では堂々の1着だ。先に登っていたブーストのお姉さんが2人を褒めてくれて、背負っていた荷物から缶ジュースをくれた。
そんな重いものを人数分持ち運んでいたのか、この人。
良く冷えた炭酸ジュースが、火照った体を内側から冷やしてくれる。
爽快感マックス。
蔵人達がジュースを飲み終わる頃になって、ようやく蒼凍ちゃん達も到着した。
一様に蔵人を疎ましそうに見ている女児達だが、蒼凍ちゃんの目は格別だった。射殺さんばかりに蔵人を睨む彼女に、蔵人は特段なんのリアクションもせずに、頼人との会話に戻った。
特区の隔たりを痛感する1日目であった。
2日目の稽古は、主に体術と異能力の訓練だった。
体術は柔道と空手を中心に、基本の型を繰り返し体に叩き込む。門下生は組手なども行っていた。
蔵人は久しぶりの武術稽古に、心が踊るのを感じながら励んでいた。独りでの基礎練はほぼ毎日訓練していた蔵人だが、こうして大勢と一緒に行う訓練はまた違った醍醐味があった。
慶太達との訓練は、先生役だからね。
ただ1つ、周りが女性だらけなのは若干所在無さげである。
この合宿に男性は、蔵人と頼人だけだ。駐車場にいた男性達は、送り迎えだけの存在だったみたいで、今合宿場にいる男性は蔵人達と、あとは合宿場を切り盛りして下さっているスタッフのオジサン達だけ。そのスタッフさんも表には全然出て来ず、厨房や、みんなが出払っている時に館内の掃除をしているらしい。
影の仕事人だな。
蔵人は頭の下がる思いであった。
そうして、午前中の訓練はとても充実していた。
だが、午後からの訓練、これは微妙だった。待ちに待っていた異能力の訓練だったのだが、ハッキリ言って詰まらなかった。
4大属性、火、水、風、土の四大異能力者は、互いに互いへ撃ち合うだけで、何か特別な事をしている訳では無い。
ただ異能力を放っているだけ。これは、Dランクのシングル戦でも散々見てきた戦い方だったが、まさか異能力最先端の特区でも同じ雪合戦をするとは。
蔵人は、唯一違う練習をしているお姉さん、ブーストのお姉さんと一緒に訓練をしながら、他の女性たちを傍目に、驚くやら呆れるやらの心境でそれらを見ていた。
やがて異能力でも組手、と言うよりも、1対1の模擬試合が始まった。
道場の中で異能力を放つのかと蔵人は驚いたが、戦う2人以外の人が異能力でバリアを張って、建物に傷を付けない様にしていた。
どんな事でも異能力で対応するのかと蔵人が感心していると、いきなり肩を掴まれた。
「おい、下民。やるよ」
蒼凍ちゃんだった。
有無を言わさぬその物言いに、蔵人はこの後の展開を嫌でも想像出来た。
そして案の定、試合会場のど真ん中まで連れていかれて、対峙する2人。
蒼凍ちゃんと蔵人の距離は、凡そ10m程度。
審判役はブーストのお姉さん。彼女は自ら審判役を買って出てくれた。イザとなったら蔵人を守ろう。そう彼女の瞳が光っている。
そうして間も無く、試合開始の合図が道場に響いた。
新年早々、敵意を向けられていますね…。
これ、ハーレムタグは外した方が良いのではないでしょうか?
「外さんでよい。どうせ直ぐに、付け直すことになるからな」
あっ、そうなんですね…。
イノセスメモ:
・特区の人達が色とりどりの髪色←異能力による影響であった(4話の疑問、解決)
・特区の人間は、外の人間を嫌う?←理由が今一つ謎。