323話〜巻ちゃん様、到着しました〜
直立不動の構えで、こちらにビシッと敬礼を向けてくる橙子さん。
夏にお会いした時は肩まで伸ばしていた黒髪も、今は耳元まで短くして少し大人っぽさが醸し出されていた。
だが、その生真面目さは変わらない様だ。
サマーパーティーの日も、自分をディさんに会わせる為に、必死になっていた橙子さん。
その彼女がここに居る。
それが意味するのは、やはり、
「もしや、私の移住の件について、お2人はお見えになったのでしょうか?」
ディさんの部下である彼女がここに居ると言うことは、動けない彼の代わりに何かを伝えに来たと思うのが普通。
そして、この状況をディさんが把握されているなら、移住計画を進める筈だ。
そう思った蔵人に、
「ええ、その通りよ。巻島蔵人君」
見知らぬ女性がそう答え、ソファーから立ち上がった。
黒髪を頭の後ろで縛った、かなり高身長の女性だ。蔵人よりも目線が高く、スラッとした四肢と見事なスタイル、そして切れ長な目。モデルさんかと勘違いを起こしそうになる。
「初めまして。私の名前は柏木瀬奈。こちらの橙子お姉さんの先輩で、一緒に働いている仲間なの。よろしくね」
柏木さんは少し硬い笑顔を取り繕い、蔵人に向かって小さく手を振りながら自己紹介する。その様子は、幼稚園の先生を彷彿とさせる。
随分と子供扱いをするなぁと、蔵人は彼女の真意を探ろうとする。だが、良く考えれば、蔵人はまだ13歳。20歳くらいの柏木さんからしたら、当然の対応なのかもしれない。
加えてここは特区の中。
特区に住まう男性に対しては、なるべく恐怖心を与えないように、細心の注意を払わねばならない。彼らはただでさえ女性に恐怖心を抱いているのだ。それが、軍人の成人女性と男子中学生であれば、この様に幼稚園生に対するような態度になるのも致し方ない。
そういう特区の特殊事情が、彼女の笑顔を硬くしている理由であろう。
そう理解した蔵人は、1度柏木さんに微笑みかけてから、小さく頭を下げた。
「初めまして、柏木さん。巻島蔵人と申します。本日はお越しくださり、誠にありがとうございます」
「えっ、ええ。こちらこそ、ご丁寧に、ありがとう、ございます…」
目を見開き、しどろもどろで返してくる柏木さん。
彼女が抱いていた中一男子のイメージを、打破することは出来たかな?
「蔵人。ここに座りなさい」
流子さんがソファーの端に寄って、空いたスペースを軽く叩く。
…そんな狭いスペースだと、お2人に接してしまうのですが、よろしいのですか?
戸惑う蔵人だったが、流子さんは尚も叩き続けるし、瑞葉様も可愛らしい笑顔を向けてくる。
仕方なく、蔵人は流子さんと瑞葉様にピッタリ挟まれた状態で、柏木さん達と向き合う。
そこで、先ず口を開いたのは流子さんだ。
「それで?蔵人は聞いていたの?一条家が持つ寮に、貴方を住まわせるって話を」
「は…あっ、えっ?一条家の寮?」
あれ?軍の宿舎じゃなかったっけ?
頷きそうになった蔵人は、流子さんの言葉で目を開き、そのまま柏木さん達の方に視線を向ける。
すると、その視線を受けた柏木さんが小さく頷き、口を開く。
「ご説明させていただきます。前当主である氷雨様とは、軍の施設で蔵人君を預からせて頂く方向でお話を進めさせて頂きました。ですが、今や蔵人君は時の人。多数の隊員が出入りする軍施設では、不慮の接触が考えられます。訓練されている軍人とは言え、その多くが飢えた女性。間違いが無いとも言いきれません」
まぁ、軍隊は規律が厳しい分、そのはけ口を求める輩もいるだろう。特に、同性ばかりの集団生活の中で目の前に異性が現れたりしたら、魔が差す者が出てきても不思議ではない。それが有名人なら、尚更である。
「そこで、我々が住まう特別な寮で、蔵人君を匿おうと考えています」
なんでも、一条家が持つ寮と言うのは、軍部が持つ隠れ家なのだとか。そこで、柏木さんや橙子さん達と一緒に住んでもらおうという事らしい。
橙子さんは学生だから分からないが、柏木さんは明らかに成人しており、正式な軍人であろう。通常、軍に入れば駐屯地などの軍隊宿舎での寝泊まりとなるが、例外はある。既婚者だったり、階級が高かったり。そして、特殊な部隊に配属されている場合もそうだ。
ディさんが全日本の会場に現れた時、率いた部隊を〈陸軍特殊作戦群〉と名乗っていた。
史実でも、この部隊は名前の通り特殊な任務に就く精鋭で、詳細については明かされていない秘密組織だ。
もしもこの世界でも同様であり、彼女達もディさんの指揮下にあるのであれば、彼女達はその特殊部隊の隊員や候補生であり、彼女達が住まう寮というのは精鋭たちが集う特別な軍事施設なのかもしれない。
正に隠れ家。彼女達はもしや、スパイの卵だったりするのか?
蔵人が考察する中で、柏木さんは話を進める。
「そこでしたらセキュリティも万全ですし、住人は数名しかおりませんので、偽装して紛れ込む事も不可能です」
「でも、女性なんですよね?その住人さん達は」
瑞葉様が2人を交互に見て、心配そうに呟く。
それに、柏木さんは隣の橙子さんに視線を送ってから、瑞葉様に向き直る。
「仰る通り、住人は1名だけ男性がいますが、他の5名は全員女性です。ですので、”このような”対策を取りたいと考えています」
”このような”と言った瞬間、柏木さんの容姿が大きく変化した。
艶やかだった黒髪は油が抜けて白く縮れ毛となり、瑞々しかった素肌は枯れてシワシワになった。少しハスキーだった声もしわがれて、蔵人達の目の前には70歳くらいにまで老けた柏木さんが出来上がっていた。
メタモルフォーゼ。これが、橙子さんの異能力か。
「我々の中には、このように変装を得意とする隊員が複数名います。この異能力によって、蔵人君を別人に変え、世間からカモフラージュする計画となっております」
再び20歳に戻った柏木さんが、瑞葉様に向けて力強く答える。
具体的には、蔵人を柏木さんの様に老化させて、家政婦として住まわせる計画らしい。
そして、蔵人の素性についてを知るのは、橙子さんや柏木さん等の関係者だけにして、住人にも情報は伏せる。そうすることで、極力情報が外部に漏れるのを阻止する計画らしい。
それを聞いて、蔵人は一つ疑問に思った。
「済みません、柏木さん。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。構わないわ。あと、そんな堅苦しくしなくて大丈夫よ。私の事は、瀬奈って呼んでくれないかしら?」
「承知しました、瀬奈さん。それで、私が大佐に聞いていたお話では、異能力の講師として隊員の皆さんに接して欲しいとも依頼されておりました。ですが、今伺ったお話の限りでは、なるべく目立たぬよう潜伏することが第一と聞こえました。これは、どちらを優先すべきでしょうか?」
コンビネーションカップの後に、ディさんに頼まれた事だ。自分の技巧を他の隊員にも学ばせて欲しいと。
だが、住人にも正体を隠すとなると、それはかなり難しい。
さて、どうするのかという蔵人の質問に、瀬奈さんは「そうよね…」と気まずそうに顔を伏せる。
そして、恐る恐ると言った雰囲気で顔を上げて、蔵人に向き直った。
「私達としても、蔵人君から教えてもらえるのをすごく楽しみにしていたの。でもね、先ずは貴方の安全が最優先だと考えて、今回は私達の宿舎で静かに過ごして欲しいと、私も大佐も思っているのよ。蔵人君が折角やる気になってくれていたのに、私達の力が足りないばかりにこんなことになってしまって、本当にごめんなさい」
瀬奈さんが、怒涛の平謝りをしてきた来た。
相当気を使わせてしまっている。まるでこちらが、癇癪持ちの子供の様に思われているみたいだ。
瀬奈さんの様子に、一時驚いた蔵人だったが、直ぐにこの世界の歪さを思い出して、納得する。
いや、実際に癇癪持ちとでも思われているのだろう。特区の男性は、その希少性からかなり甘やかされて育てられている。加えて、女性に対して恐怖心を抱いているので、自ら動くことも殆どない。
それ故に、自発的に動こうとする男性は希少であり、それを潰してしまえば、彼らの脆弱な自尊心が傷ついてしまう。そうなれば、脆弱な男性は立ち直ることが出来なくなるので、瀬奈さんはこのように焦っているのだろう。
ランクの壁には風穴を空けたが、まだまだこの世界には壁があるみたいだ。
面倒な世界だと、蔵人は小さく息を吐く。だが直ぐに笑顔を浮かべ直し、こちらに頭の天辺を差し出している瀬奈さんに声を掛ける。
「頭をお上げください、瀬奈さん。私の安全を第一に考えて下さり、ありがとうございます。確かに、皆さんと切磋琢磨することが叶わなくなったことは心残りと思いますが、その分、家政婦業務に邁進したいと思います」
「えっ?」
蔵人がつらつらと述べる言葉に、瀬奈さんは頭を少し上げ、訝しむような目でこちらを見た。
「…あの、大変失礼と存じますが、貴方は巻島蔵人さんで宜しかったでしょうか?桜坂聖城学園の中等部に通われている、中学1年生の巻島蔵人さんで」
言動が中学1年生のそれでないと言いたげだ。
なので、蔵人はしっかりと頷く。
「はい。私は桜城中等部に通う、1年生の巻島蔵人です。世間知らずですので、至らぬ物言いとなってしまった事をお許し下さい」
「……」
無言で固まってしまった瀬奈さん。
堪らず、流子さん達の方に視線を泳がせた。
それを受けて、流子さんは口元を扇子で隠しながら、言葉を弾ませる。
「これが、巻島蔵人ですよ。異能力の実力だけでなく、何から何まで全てが規格外。ただの中学生と思っていると、心臓が幾つあっても足りませんよ?」
「そんな、人を化け物か幽霊みたいに言わんでくださいよ、流子さん」
「あら?あながち間違っていないんじゃない?」
「まぁ、そうなんですけどね」
少なくとも、対巨星ドリルを向けられた人達はみんな、そう思われているだろう。
そんなやり取りをしている蔵人と流子さんを見て、瀬奈さんは体を起こし、乾いた笑みを浮かべた。
「ああ、なるほど。一条様が気に入る訳です」
そこからは、蔵人の移住についての具体的な日程などを話し合った。
向こうは入居の準備が整っていて、後はこちらの都合で動いて良いそうだ。
瑞葉様は終始「そんなに急いで移らなくても良いのではないですか?」と言って下さったが、その言葉に甘えていてはいけない。今でも巻島家の敷地周辺には、記者や野次馬などが包囲網を張っていて、巻島の護衛達がそれを阻止してくれているのだ。
蔵人は、明後日の土曜日に一度下見をさせてもらい、問題が無ければ日曜日に荷物の搬入を開始することで同意した。
引っ越しに必要な物なんて、着替えと学校用品、それと筋トレグッズくらいだからね。盾で移動させれば引っ越しトラックも必要ない。
「では、蔵人さん。当日はこちらの橙子がお迎えに伺いますので、宜しくお願いします」
玄関で、瀬奈さんが別れの挨拶を述べる。
「はい。ご対応、宜しくお願い致します。橙子さんも、明後日は宜しくお願い致します」
「はっ!お任せください、蔵人様!」
蔵人が2人に頭を下げると、橙子さんがビシッという音と共に敬礼を向けてくる。
とても気持ちの良い敬礼だが、今から行く宿舎は、彼女みたいな人達ばかりなのだろうか。もしもそうであったら、少々疲れるな。
蔵人は、一抹の不安を抱く。
そして、下見の当日。
迎えに来てくれた橙子さんと共に、蔵人はその宿舎までバイクで向かう。
車の方が安全では?と思ったが、橙子さんはまだ高校生らしく、車の免許は持っていないそうだ。
…人の事は言えないが、橙さん、高校生だったのか。大人びているから大学生くらいかと思っていた。
蔵人は、橙子さんのメタモルフォーゼで変装し、巻ちゃんへと変身する。
メタモルフォーゼは高性能だ。顔だけでなく、体格までも女性らしく丸みを付けてくれるので、今までの歪な巻ちゃんではなく、完全な女性の巻ちゃんへと変貌を遂げていた。
お陰で、巻島家を脱する時に気付かれた様子もなかった。
火蘭さんの騒動で、巻島家を行き来する車両は多いからね。バイク1台を怪しむ人はいなかった。
とは言え、十分に気を付ける必要はある。
橙子さんのメタモルフォーゼで外見を女性にしても、歩き方や所作で男性とバレるかも知れないから。
「巻ちゃん様、到着しました」
橙子さんの背中に掴まる事、20分。
大通りから閑静な住宅街へ入り、その道をしばらく走った先で、彼女はそう言ってバイクを止めた。
小人数とは言え、陸軍特殊部隊の駐屯地。更に一条家が出資しているとなれば、どんなにぶっ飛んだ建物なのか。
そんな期待と不安を胸に抱いた蔵人が目にしたのは、
「(高音)…えっ?橙子さん…今私の目の前にある民宿みたいのが、貴女達の寮なの?」
「はっ!ここが自分達の宿舎、音切荘であります!」
蔵人達の目の前に建てられていたのは、随分と古風な木造一戸建てだった。
色の明るいヒノキ調の壁には幾筋も黒い雨痕が引かれており、黒い瓦屋根は鳥の糞がそのままなのか、白い斑点が幾つも落ちている。玄関の窓には色鮮やかなステンドグラスが使われており、こちらは綺麗に磨かれている。
庭には小さな畑があり、夏場には家庭菜園でもしていた雰囲気を残している。
そして、それらの広大な敷地を守るように、赤レンガの壁がぐるりと家を囲んでいた。
学生が寝泊まりするには十分すぎる豪邸。だが、ここは特区のど真ん中。特区のお嬢様達が泊まるにしては、少々趣向が古めかしく思える建物であった。
何より、これが軍の、そして一条家が建てた建物とは到底思えない。
セキュリティは万全と言っていたが、ネズミでも猫の子でも簡単に入室可能な気がするぞ?大丈夫なのか?
「巻ちゃん様。自分はバイクを停めてまいりますので、先に入寮して頂けないでしょうか?中に寮長殿がいらっしゃいますので」
「(高音)ええ。分かりました。あっ、このメタモルフォーゼの効果範囲は大丈夫なんです?」
「はっ!この敷地内であれば、自分の異能力の効果範囲内であります」
ならば、途中で女装趣味のヤバい奴にならなくて済むか。
蔵人は安心して玄関へと進み、扉を開ける。
と、そこに広がっていたのは、青みがかった石のタイルが敷かれた土間に、落ち着く色合いの木材で作られた式台とそれに続く廊下。そして、そこに鎮座する小型の肉食恐竜であった。
うん。えっ?はぁ?
思考停止に陥りそうな程、意味の分からない状況。
蔵人の目の前では、爬虫類特有の茶色の鱗が光に照らされて、艶めかしく鼓動している。黄色い目の中に、黒い瞳孔が縦に切り裂かれたように走っており、それが蔵人を鋭く見据えた。
人形ではない。
目の前でこちらを睨みつけているのは、間違いなく白亜紀に絶滅した小型の恐竜。
その恐竜の口が、静かに開く。
口に生えそろったナイフのような牙を剥き出しにして、突如、両手に生える短剣の様に長い爪をこちらに振りかぶって来た。
「がぁあああ!!」
「くぅっ!」
殆ど反射で、蔵人は水晶盾を出して攻撃を受け止め、後ろへと下がる。
「ぐぅうっ…がうっ!」
蔵人を逃した恐竜は、悔しがるように水晶盾に食らい付き、粉々に砕いてしまった。
なんて強靭な顎と鋭い牙だろうか。水晶盾を易々と壊すという事は、Bランク並みの攻撃力があるのか。
蔵人が構えると、恐竜も警戒したようにこちらを見据える。
頭の高さが蔵人の胸の辺りであるから、この恐竜はラプトル…よりも小型のディノニクスか。
蔵人が恐竜を観察していると、その縦に走る黒い瞳孔が更に細くなり、滑らかな鱗で覆われた顔に少しずつ皺が寄り始めた。
恐竜が、低い唸り声を上げ始める。
来るっ!
「がぁあああ!!」
「しっ!」
飛び掛かって来た恐竜に、蔵人は一歩前に飛び出る。
高く振り上げられた前足を水晶盾で受け止め、大きく空いた口の下へとアッパーを叩き込んだ。
ガギリッ!
蔵人の拳が、恐竜の顎に深々と突き刺さった。
柔らかい感触と、鱗の硬い感触が混じり合う不思議な感覚。
まるで、龍鱗のようだ。
そう、思った途端、
寒気が、背筋を走った。
龍鱗と同じという事は、それだけの防御力があるという事。
そう理解したとほぼ同時、
恐竜が動いた。
蔵人の方へ、その切れ長の瞳孔をぐるりと向けて、閉じていた口を少しだけ上げる。
まるで、人間の勝ち誇ったかのようにも見えるその笑みが、この程度では勝負が付かない事を表している様に思えた。
不味い。食われる!
蔵人は後ろへ飛び退る。だが、何かに当たった。
扉だ。広い玄関とは言え、逃げ回るには狭すぎる空間。
くそっ!こうなったら、玄関を壊してしまうが、大技で対処するしかない!
蔵人がそう、覚悟を決めた時、
玄関に、低い男性の笑い声が響いた。
「くっかっか。まぁ、それなりに腕はあるみてぇだな。ガキでも、全日本チャンプってだけはある」
その声は、蔵人の正面から聞こえた。
今、対峙している相手、恐竜の喉から声が響いていた。
いや、違う。この目の前の恐竜が喋っているんだ。
つまり、
「メタモルフォーゼ。もしかして貴方が、橙子さんと同じ変装のプロ?」
「おいおい。あんなヒヨッコと、この俺を一緒にしてんじゃぁねぇよ」
恐竜が弱弱しく首を振り、小さな声で「ノーマルモード」と唱える。
すると、彼の体が見る見る変容していく。
体と同じくらい長かった尾っぽが縮み、茶色い鱗が溶けて広がり、茶色い茶髪と褐色のスーツになる。長く伸びていた爪も、牙も短くなり、やがて30歳前後の男性の姿となった。
「あぁ!やっぱり、こっちの姿は窮屈だなぁ、おい」
首や肩を回しながら、男性は乱暴に言い放つ。そして、鋭い目でこちらを見下ろす。
その瞳は、縦長に切り裂かれた恐竜の名残を残していた。
蔵人はその目を見て思い出す。ディさんと初めて会ったあの日、お茶を入れに来た男性の事を。
蔵人の表情に気付いたのか、男性は片頬だけを上げて歪に笑う。
「こうして会うのは2度目だな?天才少年。俺は大野。ここの寮長をやってる。つっても、殆どガキどものお守りばっかで、てめぇの事も見ろと、大佐からは言われている」
首の後ろに片手を回しながら、大野さんは面倒くさそうに言葉を吐く。
そして、笑みを消す。冷たい瞳で蔵人を見下ろす。
「だがな。そんなのはまっぴらごめんだ。生意気なクソガキの面倒なんざ、俺は一切見る気はねぇ。てめぇの事はてめぇでやれ。それが嫌なら、元のお家に帰えんな、天才少年」
蔵人に対し、冷たく言い放つ大野さん。
それを見て、蔵人は内心でため息を吐く。
さてはて、新しい生活はどうなるのだろうか、と。
随分と乱暴な物言いの男性ですね、大野さん。
大佐の命令を無視しようとするなんて。
「これが、特区の男性なのかもしれんな」
そうなんでしょうか?
イノセスメモ:
ディノニクス…正しくは、デイノニクス。白亜紀前期の北アメリカに生息した肉食恐竜。大野は鱗に覆われた姿を再現していたが、実際は鳥類の様な羽毛に覆われていたのではとされている。前足は鋭利に湾曲しており、顎はアリゲーター並の咬合力(噛む力)を持っていたと言われる。




