319話~コキュートス~
濛々と周囲に立ち込めるのは、破裂した氷解から巻き起こる小さな粉雪。それが、中庭を真っ白に染め上げて、私達の視界も遮っている。
ホワイトアウト。
頼人様の技で、我々の視界を奪ったのか。
そうなると、次の手は大方予想できる。奇襲か、逃亡か。この場合、後者を選ばれる方が痛い。
そう判断した私は、周囲にいるだろう護衛達に号令を飛ばす。
「総員!前進して包囲網を狭めよ!ネズミ一匹通すな!」
「「「了解!」」」
包囲網がゆっくり、ゆっくりと狭まっていく。
視界は1m程しかないが、これだけ包囲網を狭めれば、すり抜けられても直ぐに気付くことが出来る。
さて、次に備えるべきは…。
「総員!防御態勢!蔵人様が突っ込んで来るぞ!第三陣は前に出よ!シールドを展開し…」
蔵人様の突進力を警戒し、私が次の指示を飛ばす。
その最中、
轟音が、我々を襲った。
『がぁああああああ!!!!』
突然の爆音に、私は言葉を切って耳を抑えた。
腹の底を振るわせて、恐怖心を増幅させる龍の咆哮。
蔵人様のドラゴニックロアだ。その爆音は前方からではなく上空から聞こえた。
不味い。空を飛んで逃げる気か。飛べるとは知っていたが、まさか頼人様を抱えた状態でも飛行が可能なのか。
もしもそうなら、不味い。
「総員!迎撃態勢!狙いは上空の蔵人さ…」
私は手を真っ直ぐに上げて、ホワイトアウトが薄れつつある上空を睨む。
タイプⅡで逃げようとする蔵人様に向かって、攻撃開始の合図を出そうとした。
でも、出せなかった。
殺すつもりで見上げた空に、蔵人様の姿は無かったから。
見上げた私の目に映るのは、冬の青空と、弱弱しい光を放つ太陽。そして、
「…えっ?」
その太陽に輝く、白と黒の鱗であった。
Aランク相当のダイヤモンドシールド。その鱗が凍り付き、白銀の鱗が太陽光を乱反射している。白銀の鱗は幾重にも連なり、重なり、組み合わさる事で、大樹の様に太く、ヘビの様に長い胴体を作り上げていた。
その白銀の胴体の先には、真っ白な鱗が集まった龍頭が乗っかっており、その大きな口からは真っ黒な牙が覗いていた。
Sランク相当のブラックダイヤモンドシールド。それが、白龍の牙に、前腕の爪に、背びれに整然と並び立っている。
真っ白な顔がこちらを向く。その顔に付いている真っ黒な黒盾が、まるで大きな目玉の様にこちらを見下ろしてきた。
モノクロの龍。
黒い蔵人様と、白い頼人様が合わさったかのような、暗黒眼の白龍。
「まさかこれが、報告にあった…ブルードラゴンっ!」
イギリスで最強と謳われた、Sランク異能力者のギデオン議員。その超人すらも打ち破ったと聞く、蔵人様達の巨大ユニゾン。それが今、私の目の前で鎌首を上げている。
いや、そんな筈はない。
焦る気持ちを抑え、私は冷静に考える。
報告では、あれは蔵人様といつも訓練をされている仲間達であったから出来たユニゾンだと聞いている。
幾ら頼人様の魔力量がAランクであっても、蔵人様の技術力がAランク並みであっても、こんな土壇場で出来る代物の筈はない。断じて!
私が目の前の龍を全力で否定すると、その龍からも否定の声が降り注ぐ。
『否。我は蒼龍にあらず。我が体は地獄の氷塊。我が牙は牛頭の月牙』
お腹の底を震わすような低い声と、その大きな口から漏れ出る冷気が、私の、我々の足を地面に縫い付ける。
その巨大な口が大きく開かれ、漆黒の刃が怪しく光る。
『氷獄龍、リヴァイア・サン!!』
吐かれた冷気が私の体を蝕み、私の心臓を鷲掴む。
リヴァイアサン…報告に上がったことのないユニゾン。
蔵人様の、新たなユニゾンか。
私は心が折れそうになり、直ぐに立て直す。
いや。所詮は急造で作ったユニゾンだ。碌に練習もしていないのなら、柳が随分前に言っていたアジダハーカの時と同じように、Bランクの攻撃でも十分に破壊可能な筈。
そう判断した私は、弱気になっている護衛達に向けて大きく声を張り上げた。
「怯むな!相手はただ大きいだけの虚像ユニゾンだ!一点に集中して攻撃を与えれば、直ぐに崩壊する!総員、総攻撃!彼らの化けの皮を剥ぐぞ!」
「「「はいっ!」」」
「白龍の腹部を狙え!総員、一斉射!構え!」
「「「了解!」」」
私の号令を聞いて、護衛達の足に力が戻る。
両手を上空に突き出し、全身の魔力をその手に集中させる。
そして、
「放てっ!」
私の合図で、18人の護衛達から一斉に色とりどりの弾丸が発射される。
ストーンバレット、エアカッター、ファイアランス、念力パンチ。
アクア系でないと言うだけで、疎まれて来た異能力達。だが、威力も弾数も、巻島家の人達よりも数段優秀な攻撃性能を誇る。
彼女達を守るためにと、これまでずっと鍛え上げて来た技だ。巻島家において、我々の右に出る者はいない。我ら精鋭部隊の前では、Aランクだって圧倒できるのだから。
その最大火力が、今、
着弾。
白龍の白く氷結した鱗へと、次々と命中する。
白龍はその威力に、苦しそうに口を歪めて…。
こちらを見下ろして、笑った。
漆黒の牙を見せつける様に、邪悪な笑みを広げた。
そんな、馬鹿な!
私は白龍の顔から視線を引き剥がし、集中攻撃を与えた奴の腹部を凝視する。
濛々と立ち込めていた白い靄が薄れると、そこには新雪のように白銀の鱗が広がっていた。
我々の最大火力が当たったその場所には、焦げ跡も傷も一切見当たらず、何の変化もない綺麗な鱗しか見えなかった。
何と言う防御力。
まさか、今目の前で浮いているこの龍は、完成されたユニゾンだと言うのか?
あのブルードラゴンと同等の防御力を誇るユニゾンを、兄弟の絆で作り上げたという事か?
弱気になった私は、知らない内に一歩足を引いていた。
だが、そこで足を止める。頭を大きく振って、弱気な思考を頭から追い出す。
…何を言っている、そんな事、ある筈がない!
碌な訓練もしていない頼人様が、蔵人様のような努力の天才について行ける訳がないだろう!
『理解出来ぬか?我ら兄弟の力を』
頭を振る私を見て、白龍が白銀の吐息交じりに声を吐く。
『我らの体は遠く分かたれ、異なる場所で日々を過ごした。だが、根底にある物は変わらない。あの日過ごした日々は変わらず、共に磨いた技術は朽ち果てぬ。生れ落ちた時から繋がる絆が、どうして儚く崩れようか』
「そんな物…姉妹の絆など、何の価値もない!」
私は思わず拳を握って、白龍を睨み上げる。
「煩わしい!忌々しい!姉妹なんていうものは、敵同士でしかない!互いに騙し、引っ張り合い、相手の上に立とうとするだけの邪魔な存在。貴方達だって、心の何処かで思っているはずだ!何もかも初めから持って生まれた頼人様。全てをその手に入れた蔵人様。絶対に、互いに互いが羨ましいと思っている筈!心の奥底で、妬ましいと思っている筈だ!」
私の様に!
そう思うと同時に、私の手のひらからどす黒い炎の塊が生まれた。
Sランクの炎…ではない。ただ、私の心を映した醜い炎。
その炎が、私に告げる。
今の私が、この炎なのだと。
「ふっ」
そう思うと、自然と笑みが零れてしまった。
自分で作り出す異能力すらも、私を拒否するのかと。
ならばとことん、落ちてやろうと。
「総員!射撃体勢!狙うは白龍ではなく、周囲の観客達だ!」
「「「了解!」」」
私の号令を受けて、護衛達は狙いを分散し、周囲で倒れている者達に照準を合わせる。
私も、黒い炎を白龍の飛び立った足元に向ける。そこで倒れる、母親に向けて構える。
そして、
「放て!」
四方八方に向けて、私達の攻撃が乱射される。
広範囲への攻撃。そのどれもが一発当たっただけで致命傷となる物ばかり。
さぁ、どうします?蔵人様。どんなに強い力でも、これは防げないでしょう?
そう思った私に対し、蔵人様達は、
『氷獄』
底冷えする声を一つ吐いた。
その声が轟いた途端、大きな氷の柱が地面から突き出た。
その氷柱は、母を守るように聳え立ち、私の黒炎を受け止めた。
周囲に視線を送ると、来場者の前にも同じような氷柱が幾つも突き出して、護衛達の攻撃を尽く防いでいた。
クリオキネシスのガード。
頼人様の異能力。
そう、私が理解すると同時に、再び声が上空から響いた。
『シールドカッター』
白龍の体から数枚の龍鱗が剥がれ落ち、空中で高速回転を始めた。
蔵人様の技、シールドカッター。
Cランク程度の防御では、簡単に切り裂かれてしまう。
「総員!防御陣形!第三班は前面に防御陣を展開!」
「「「了解!」」」
私の号令に、6人の護衛が素早く前に出て、ソイルキネシスで防御陣を展開する。
その防御陣に、白銀のシールドカッターが突き刺さった。
ザクッ、ザクッ、ザクッ!
かなり深くまで切り込まれてしまったが、全ての攻撃を受け止めた。こちらが出しているのはBランクのガード。しかも、6人で3枚の分厚いガードを張っているのだ。Cランクどころか、Aランクの攻撃だって防いだ実績がある。
「第三班はこのまま迎撃態勢!他の者は白龍を追撃する!」
「「「了解!」」」
白龍の攻撃を受け切った我々は、早速反撃の為に陣形を再構成する。
そんな中、
『シールドカッター』
再び、白龍の龍鱗が剥がれ落ち、凶悪な音を奏でだす。
だが、それはもう、脅威ではない。
「第三班!防御陣を再構築!」
「「「了解!」」」
深く傷ついた土の壁は消え去り、また新たな防御陣が構築される。
これで、シールドカッターの対策は十分だ。
私がそう、安堵した時、
『大車輪』
回転する盾が結合し、4枚刃の大きな凶器に変形した。
更に、その凶悪な盾の周りを、氷のベールが覆っていく。氷に包まれた盾はまるで、一本の大剣の様に鋭く変形し、盾が回転するのに合わせて切っ先が空気を切断する。
四方に伸びた白銀の長剣が、高速回転を始めた。
『ダイヤモンド・カッター!!』
太陽光を反射する白銀の大回転刃が、空気を切り裂きながらこちらへ飛んで来る。
こいつは、防御出来ない!
「迎撃しろ!」
私の合図よりも先に、護衛達は白龍を狙っていた弾丸を全て、その凶悪な兵器へと向けていた。
だが、大回転刃はその攻撃すらも易々と切り裂いて、尚も我々を切り刻むために迫って来ている。
ダメだっ!
「かいひぃいい!!」
私はあらん限りの声で叫びながら、地面へと倒れ込んだ。
瞬間、我々をシールドカッターから守っていた土の壁が、呆気なく切り裂かれてしまった。
そのまま、白銀の刃がこちへ迫り、私の頭上を通り過ぎる。そいつが巻き上げた風が私の頬を撫で、底冷えする冷気をぶつけて来た。
白銀の凶器が過ぎ去ったのを確認し、私は恐る恐る顔を上げた。あの凶器は、既に消え去っていた。
後ろを振り返ると、そこには綺麗な断面を晒しながら消えて行く、土壁だったものがあった。
もしも倒れ込んでいなかったら、私の体もこれと同じ事になっていた。
そう思ったのは、私だけではなかった。
ダイヤモンドカッターを避けた護衛達が、私と同じように土壁を見て顔を青くし、そのまま視線を上空へと向ける。
大空を覆うモノクロの白龍が、地獄の大口を開けて我々を見下ろしていた。
その顔は、何処か嗤っている様にも見えた。
「バ、ケモノ…」
護衛の誰かが、小さく漏らす。
その声が引き金となり、護衛達の心が折れた。
「無理だ、こんなの…勝てる訳ない!」
「殺される!」
「いやだっ!助けて!」
ダムに亀裂が入るように、弱った所から一気に恐怖が溢れ出した。私の指示も聞かずに、護衛全員が白龍から背を向けて、次々に正門の方へと駆け出す。
そんな彼女達の背中に、低く恐ろしい声が響く。地獄の大釜から、底冷えする冷気が彼女達を追う。
『静止せよ』
その声が降りかかった途端、逃げ出していた護衛達の足が止まった。
見ると、彼女達の足が凍り付いて、地面に縫い付けられていた。
クリオキネシス。
頼人様の力。
『停止せよ』
次いで降りかかった言葉で、凍り付いていた足の氷結が体を伝い、首へ顔へと、そして、全身を覆いつくしてしまった。
18人全ての護衛が、逃げ惑う氷像となって動きを止めた。
私は、恐る恐る振り返る。
白銀の顔がこちらを向き、暗黒色の目がこちらを見据える。
化け物だ。
18人の精鋭を、赤子の手をひねる様に無力化してしまった。
これが、ユニゾン。
蔵人様と頼人様の、ユニゾン。
兄弟の、絆。
「そんなもの…ある筈ない」
もしもそんな物があるなら、何故、私達姉妹の間には無かったの?
妹は何で、私から幸せを奪ったの?
私がこんなに苦しんでいるのに、なんで平気な顔して…。
そんな恨みが再燃した私の目の前に、
『あの…、姉さん』
6年前の瑞葉が現れた。
あの日、縋りつくように私を見上げてきた妹の姿。
なんで、今になってあの子の顔を思い出したのだろう。
なんで、あの時に気付かなかったんだろう。
あの子はこうして、私を見てくれていたのに…。
「私が…悪いの…?」
いいや、違う。悪いのは全部あの母親。そして、その母親に付き従う妹も同罪だ!
そう思うと、再び心に火が灯る。
黒い炎。
どす黒い感情が、腹の中で暴れ出す。
そんな私に、
白龍の吐息が、雪崩れ込む。
『氷獄の棺にて、猛る黒炎を冷ますが良い』
その吐息が、腹の中の炎を、思考を包み込み、
私の全てを停止させた。
『コキュートス』
〈◆〉
巻島本家。
そこでは今、大人達が慌ただしく中庭と屋敷の間を行ったり来たりしていた。
その多くは、外部から招いた救急医療隊のヒーラーだ。彼らは、宴会で倒れた人達に救急処置を行っていた。
「症状の軽い者はこの場で治療。重い者はテレポートで病院に搬送する!」
「隊長!屋敷内の要救助者は全て治療、搬送が完了しました!」
「了解!では半数の隊員は中庭の援護に回り、残りは回復した患者の問診を行ってくれ」
「了解しました!」
蔵人と頼人は、そんな働き者達を端の方で眺めていた。
邪魔しては不味いからね。ここから先は、全て彼らに任せよう。
ユニゾンをした蔵人達は、リヴァイアサンのコキュートスで火蘭さん達を拘束し、その後すぐに警察と救急を呼んだ。
すると、1分もしない内に彼らは到着し、5分もしない内に目の前の光景となっていた。
特区はセキュリティがしっかりしていると聞いていたが、こういう事かと、蔵人は感心していた。
「なんか、大事になっちゃったね」
「うん?まぁ、そうだね」
蔵人の傍に寄り添う頼人が、心配そうに大人達を見守る。
彼はそう言うが、蔵人は反対の意見だった。
巻島家の正門。そこは今、車両が出入り出来るように大きく開かれていた。そこに、数人の警察官が立ち、関係者以外の侵入を阻止していた。
だが、彼女達の向こう側に見えるのは、数人の野次馬だけ。パトカーと救急車がこれだけ来ているのに、随分と少ない。
それは、ここが高級住宅街のど真ん中であり、年始で遠出している人が殆どだからだろう。
巻島家の中は大わらわだが、外で騒ぎにならなかったのは幸いだ。
蔵人が正門の方を見ていると、そこからこちらに小走りで近づく影があった。
「黒騎士選手!」
異能力警察の制服を着た、2人のお姉さんだ。
何処かで見た顔だぞ?確か、夏祭りで会ったお姉さん達だ。
「大変な時に済みません。少々お話を伺いたいのですが?」
「ええ。構いませんよ」
蔵人がフレンドリーに答えると、美人警官はほっとした表情になった。
「ご協力感謝します。医療チームから、お2人が治療を受けていないと聞きましたが、体調に問題はありませんか?」
「ええ。宴会では氷を口にしていませんでしたので」
「それは…理由をお聞きしても?」
美人警官が表情を強ばらせて、慎重に聞いてくる。
なるほど。火蘭トラップに引っかからなかった事に、彼女の仲間ではと疑っているのか。
「水を飲もうとした時に、薬臭いと思って殆ど飲まなかったんですよ」
「僕も、兄さんがそうしていたから」
かなり苦しい言い訳だが、これが本当なのだから仕方がない。
これで連行されたとしても、徹底抗戦するぞ。
蔵人が気持ちを構えていると、警官達は「おぉ」と目を開いた。
「流石は黒騎士選手ですね。お見逸れしました」
「やっぱ、山篭りが良いんすかね。私も、噂の宿に予約入れようかな?」
おや?簡単に信じてくれたぞ?これも、黒騎士効果なのか。
蔵人は逆に驚いてしまった。黒騎士への信頼性が、警察にまで浸透している事に。
…ただ、噂の宿って、やっぱりお爺さんの温泉宿だよね?そんなに噂になっているの?
予想以上に繁盛しているのではと、蔵人はお爺さんの心配をする。
そんな時、
「貴女達、ちょっと教えて頂戴」
蔵人達の元に、今度は氷雨様と、彼女に肩を貸して歩く流子さんがいらした。氷雨様は衰弱しているが、流子さんは顔色が随分と戻っている。流石は異能力スクールの学長。
「あの子は、火蘭はどうなるの?」
氷雨様はそう言って、やつれたお顔を中庭の中央に向ける。
そこには、拘束されてボディチェックを受ける実行犯達がいた。その中に、火蘭さんの姿もあった。
氷結されていた彼女達だが、コキュートスを解除した後に最低限の治療を受けているので、自力で歩けるまでには回復していた。
美人警官は表情を硬くし、声を落として答える。
「詳しい事は取り調べ後となりますが、彼女はアグリアとの関係が疑われています。もしも関わりがあれば、実刑も有り得るかと」
「そんな…」
氷雨様が崩れ落ちた。
地面に手を着き、肩を震わせる。
「私は、間違っていたの?巻島家にあの子の居場所を作る為だったのに。家督も継げず、家から出ることも出来ない彼女の為だったというのに…」
「姉さん。それが、間違いだったのよ」
流子さんも座り込み、氷雨様の背中を摩る。
「異能力種に拘らず…いえ、異能力ばかりに注目しないで、火蘭ちゃんを1人の娘として見てあげられなかったから、こんなことになったのよ」
「だが…これが、巻島家の家訓だ。私は当主で、それを守る義務がある」
氷雨様は氷雨様で、大きなプレッシャーを感じていたみたいだ。
そりゃそうだ。この一族のトップなのだから、その負荷は計り知れない。
だが、
「姉さん。そんな古い仕来りを守る必要なんてないわ。誰かを不幸にする教えなんて、変えるべきなのよ。それを、私も学んだわ。蔵人のお陰で」
流子さんがこちらを見上げてきた。それに吊られて、氷雨様も視線をこちらに這わせる。
落ち込んだ目が、彼女を一気に老けさせて見せた。
蔵人は跪き、氷雨様と視線を合わせる。
「氷雨様。巻島家の偉大さは存じております。海運業で大きな功績を築き、アクアキネシスのプロ集団だと言う事も。ですが、それも今から変えられます。変えないといけないんです。でないとまた、不幸なすれ違いが生まれてしまう」
蔵人が視線を中庭に戻すと、そこに火蘭さん達の姿はなかった。既に、護送された後だった。
「火蘭…ごめんなさい…ごめんなさい…」
誰もいない跡地に、氷雨様は繰り返し呟いた。
遅すぎる謝罪だった。
見事に悪役を成敗!
…という雰囲気でもありませんね。
「人には人の、理由がある。それが周りからどう評価されるかで、正義か悪かが分かれるもの」
火蘭さんの人生も、何かが違えばこうはならなかったのでしょうか?




