317話〜何をした〜
自分の技術を秘伝にしたいと言い出した氷雨様に、蔵人は姿勢を正して相対する。
「氷雨様。我流の訓練方法を、そこまでご評価頂けた事は大変嬉しく思います。ですが、これを公に広めたいと言う考えは、私だけの物ではございません。魔力だけでなく技術力にも脚光を浴びせ、国を強くしたいと言う思いは巻島家だけのものでは無いのです。そこは、ご理解頂きたい」
「どうであろうな。本当に、君の全てを開示する必要があるのか?」
ほぉ。
蔵人は身を乗り出して、彼女の言葉を詳しく聞こうとする。
「と、言いますと?」
「何も、全ての技術を与えずとも良いと言っている。既に君は、技能を鍛える事の大切さを世に知らしめた。であるなら、その境地に至る道は各々で探させても良いのではないか?」
つまり、他家には可能性だけを示して、巻島家には最短ルートを教えろという事か。
この彼女考え方は、巻島家当主としては正しい。巻島家の利益を確保し、家の繁栄を考えるのが彼女の使命なのだから。
だが、
「それを、一条家がお認めになるかは分かりません。彼らは以前より、魔力量に頼りきった社会構造に警鐘を鳴らしていましたから」
ディさんであれば、きっとこの考えに賛同はしないだろう。覚醒の道を模索し続けた彼らなら、可能性を示すだけでは殆どの者が着いて来ない事を知っているから。
蔵人も、今までに散々経験したことだ。幼稚園児の時も、小学生の時も、本当にやる気がある子しか着いて来てくれなかった。
ならば、多くの人間を覚醒の道へ誘うには、ある程度の情報を開示せねばならない。
国全体を思う陸軍大佐の立場と、家族を思う一族の長の立場。どちらも考えとしては間違っていないだけに、何処を妥協点にするかが重要だ。
氷雨様の考え方にも、一理ある。
力を与えるのに好ましくない者。例えば、アグリアの連中にまで覚醒の方法を開示してしまうのは不味い。彼らが高ランクを打倒する力を手にしてしまえば、ゲームの世界に近づいてしまうだろう。
よって、伝える技術を何段階かに分ける必要はある。
全国民に開示する部分と、信用できる人間に教える部分。そして、特に信頼し、覚醒者となって欲しい人に伝授する部分。
さて、これから話し合うのは、巻島家をどの分類に入れるかについてだ。
蔵人は算段を付け、氷雨様との交渉に身を固める。
だが、
「それもそうだな」
氷雨様は、ただ一言そう言って、鋭い目を瞼の裏に隠してしまった。
やけにあっさり引いたな。やはり一条家の名前は強いのか?
蔵人はそう思った。のだが、
「では、詳しい訓練の内容を、瑞葉に教え込んではくれないか?」
「お、お母様!?」
突然の提案に、驚く瑞葉様。
何も聞かされていなかったみたいで、氷雨様とこちらを焦ったように見ている。
だが、氷雨様の考え方は至って冷静だ。自分自身ではなく、次世代の教育を優先し、家の存続をより強固にする。本当に巻島家の事を考えた采配だ。
そう考えた蔵人は、
「分かりました。我流で恐縮ですが、私の特別訓練を施しましょう」
快諾した。
氷雨様に教えるのなら、どうしようか考えた所だが、瑞葉様なら詳細に教えても良いだろう。
彼女自身の人間性も好ましく、また彼女達は血の繋がった親族なのだ。巻島家が繁栄することは、そこに属するこちらにもある程度の利益がある。
そうして教えた技術を、巻島家の秘伝にするのか、ただの練習メニューの一部にするかは氷雨様にお任せしたらいい。
だが、そう考えると…。
「瑞葉様だけで宜しいのですか?宜しければ、火蘭さんにもお教え致しますよ?」
護衛頭である火蘭さんこそ、武力が必要だろう。
それに、姉妹で特別訓練を行えば、姉妹仲が良くなるかも。
そんな企みも含んでいた蔵人の提案を、氷雨様は、
「よい。瑞葉にしっかりと施してやって欲しい」
取り付く島もなく、そう言われた。
あくまでも巻島家当主としての考えだろう。瑞葉様を次期当主としてしか見ておらず、姉妹仲はどうでもいいと。
こういう所は、まだまだ冷たい人だ。
蔵人は、薄らと笑みを浮かべる氷雨様に眉を寄せる。逆に、向こうで顔を青くしている瑞葉様には、優しく微笑んだ。
大丈夫ですよ、瑞葉様。訓練で死ぬ人間なんて、殆ど居ませんから。
「蔵人様」
蔵人が瑞葉様を脅していると、火蘭さんが静かに近寄ってきて、綺麗な所作で土下座してきた。
「どうぞ私めにも、貴方様の訓練を受けさせて頂けませんでしょうか」
「火蘭さんっ」
おおう、火蘭さん。そんな畏まらなくても、貴女にはこっそり教えるつもりでしたよ。
だから、だからこんな目立つ所で、そんな大きな声で言わないでくれ。
蔵人は彼女の行動に目を剥いて、氷雨様の方をこっそり盗み見た。
すると案の定、氷雨様の凍てつく様な目が、火蘭さんの丸まった背中に突き刺さっていた。
「火蘭。私の許可も無しに、何を勝手な事をしている」
「ご当主様。これは私個人の意思で、蔵人様個人にお願いをしているだけにございます」
「それを私は、必要ないと蔵人に言ったばかりなのだが?火蘭。お前には聞こえなかったのか?」
「聞こえておりました。それ故に、今こうして蔵人様に願い出た次第にございます」
氷雨様の声がドンドン熱を失う中で、火蘭さんも氷雨様に向き合い、能面の様な顔を真っ向から突きつける。
お互いに冷たく落ち着いた声。だが、凍てつく様なブリザードが両者の間に吹き荒れ、火蘭さんの目の中では真っ赤な炎が燃え上がっていた。
両者の睨み合いに、それまで盛り上がっていた会場が、急に静まり返る。
その中で、氷雨様の声が冷たく響く。
「火蘭。お前は、私の言う事が聞けないと、そう申しておるのだな?」
「私は常に、ご当主様のご意向に従っております。今回も、巻島家を護るというお言いつけを遂行する為、更なる力を欲するだけにございます」
「それを私は、必要ないと言っている」
「必要にございます。私は、巻島家の盾でございます」
「だからそれを、口答えだと言っているのだ!」
氷雨様がキレた。
立ち上がり、漏れた魔力が巨大な水龍となって、彼女の背後で大きくうねる。
それを見て、大人達は一斉に壁際まで引いた。
蔵人も、頼人と瑞葉様を近くに寄らせて、取り敢えず水晶盾を構える。
その盾の向こう側で、火蘭さんは尚も座り続け、自身を見下ろす4つの目を睨み上げていた。
「私は何ら間違った事を申し上げたとは思いません。ただ、巻島家を思っているだけです」
「そんな簡単な事すら、私が考えてないとでも思っているのか!火蘭!お前ら護衛に学ばせないなど、誰が言った!次期当主が学び、その配下が当主から学ぶ。当たり前の流れではないか!」
荒れ狂う氷雨様を見て、蔵人は眉を顰める。
あら、氷雨様ってこんな感じの人なんだ。なんだかヒステリックを起こした元母親を見ている気分だ。
蔵人が、懐かしい気持ちに浸っていると、周囲からも不安そうな声が聞こえる。
「あの氷雨様が声を荒らげるなんて…」
「始めて見たわ、こんな氷雨様…」
「火蘭さんは実の娘だから、余計に激しくなっているのでは?」
「それでも、娘相手に水龍はやり過ぎよ。瑞葉様達まで巻き込まれちゃうわ」
「そこは大丈夫よ。黒騎士様がいらっしゃるわ。でも、会場が滅茶苦茶になるかも…」
「貴女達!氷雨様を止めなさい!その為の護衛でしょ?」
来場者に指示された護衛達が、上座を囲うように陣を展開する。だが、それを火蘭さんが止めた。
「全員、それ以上踏み込むな!お客人と、頼人様達の避難を優先させなさい!」
「火蘭!お前、巻島家の護衛を勝手に…っ!」
「私は筆頭執事です。護衛の指揮は私に一任されています。そう仕向けたのは、お母様でしょ?」
火蘭さんはそう言って、スっと立ち上がった。
「私は長い間、貴女の指示に従って来ました。筆頭執事として、この家を護る事も。妹に家督を譲る事も。この家の盾として、己の人生を捧げる事も、全部!全部お母様の指示に従ってきた!そして今度は、力まで譲れと仰るのか!貴女はっ!」
火蘭さんの口からチラリと、炎の吐息が吹き出る。
これまでの鬱憤を晴らす様に、火蘭さんは氷雨様に向けて指を突き立てる。
「ノブルスです、お母様。貴女にノブルスを提案します。私が勝てば、今まで妹に奪われてきた全ての物を、権利を返して頂く!」
「良いだろう!お前が勝つ事など、万に一つもありはしない!この世界の常識を、今一度お前に教え込んでやる!」
良いのか!?
蔵人は驚き、氷雨様をマジマジと見た。
だって、奪われた物とは家督の事だ。この戦いで、次期当主の座を掛けると言っているのだ。
そんな簡単に返答出来る案件ではないし、ましてや承諾するなど当主としての器を疑ってしまう。
先ほどまで凍てつくような交渉をしていた彼女が、一体何を考えているんだ?
蔵人は、怒る2人の様子に目を細めた。
巻島家本家、中庭。
池や松の木などが設置された広大な敷地の中央で、氷雨様と火蘭さんが対峙している。
彼女達を遠目から見守っているのは、巻島家の護衛達と、新年会に参加していた大人達。その中に、瑞葉様の姿は無い。彼女は気分が悪いと退室してしまった。
そりゃ、目の前で母と姉の壮大な親子喧嘩を見てしまい、しかも原因が自分にあると思ったら、気分も悪くなるだろう。寧ろ、彼女が立ち直れるかが心配だ。
そんな蔵人の目の前では、闘志を燃やす2人の姿があり、鋭い目が同時にこちらを向いた。
「蔵人様。審判役をお受け下さり、ありがとうございます」
「采配は緩くして構わん。元々、演武用にクロノキネシスも手配しているからな。この愚か者が塵芥となろうと、試合を止めてくれるなよ」
そう、今回の審判役は蔵人が勤める。
実力を買われたと言うのもあるが、1番審判に適している流子さんもお酒をしこたま飲んでしまって調子が悪そうなのだ。自然と、蔵人にお鉢が回ってきた。
でも、開始前からそんなに気合いを入れていたら、血圧が上がり過ぎて試合前に倒れちゃいますよ?氷雨様。
蔵人は、2人のボルテージがこれ以上上がらない様に、両者の間に手を出し入れて、視線を遮断する。
「これより、誉れ高いノブルスを執り行う!ルールは通常のノブルスと同等とし、ハンデは無いものとする。火蘭さん、それで宜しかったですね?」
「はい。望む所です」
これは、火蘭さんから申し込まれた事だった。ハンデがあると、後々何を言われるか分からないと。
「そして、氷雨様が敗北した場合は、家督を火蘭さんに譲る。本当にそれで宜しいのでしょうか?氷雨様」
だが、仮令ハンデ無しの戦いだとしても、家督を掛けた戦いと言うのは穏やかじゃない。特に、巻島家は財力と勢いのある家だ。一族の纏まりと言う意味でも、コロコロ家督をすげ替えるのは不味いだろう。
そんな意味を込めて、蔵人は氷雨様に念を押して確認を取った。なんなら、考え直せという心の声をふんだんに乗せた声色で。
だが、氷雨様は「二言は無い。始めろっ」と顔を赤くし、語尾を荒らげる。
…仕方がない。
「両者の合意がありましたので、これより試合に移ります。双方、もう一歩ずつ離れて。…結構です。では、構えっ!試合…開始!」
蔵人の合図と共に、両者が動き出した。
火蘭さんは走り出し、氷雨様に接近する。それを、氷雨様は幾つもの水球を連打することで阻止する。
「くっ!」
膨大な水量に、火蘭さんは後退を余儀なくされた。
それを見て、氷雨様は追撃の水弾を放つ。
「どうしたっ!試合前の威勢は虚勢であったか!」
獰猛な笑みを浮かべる氷雨様は、幾つもの水球を浮かべ、幾筋ものウォーターカッターを噴射する。
火蘭さんは、それらを避ける事で手一杯となり、偶に氷雨様に向けて火球を放つ程度しか攻撃出来ていない。その攻撃も、氷雨様の周囲に浮かぶ水球が難なく防いでしまう。
AランクとBランクの差が、如実に現れていた。
これが分かりきっていたから、氷雨様も家督と言う景品を出したのか。それだけ、火蘭さんの台頭を摘み取りたいのか。
「はっはっは!どうした火蘭?お前の種火では、膨大なアクアキネシスの水温すら上げられないぞ」
実に楽しそうに笑う氷雨様。
もう、蔵人の中にあった彼女のイメージがガラリと変わった。もっと冷徹で、西園寺先輩みたいな戦い方をする方かと思っていたのに、都大会時の川崎選手や、ギデオン議員に近い物を感じる。
相手が格下で、実の娘だからだろうか?
そう思っていた蔵人だったが、後ろから同様の意見が囁かれた。
「なんだか、姉さんらしくないわね」
流子さんだ。
蔵人は審判中なので私語を控え、流子さんにただ視線を送る。すると、彼女は小さく頷いた。
「ええ。何時もの姉さんなら、無表情に相手を切り刻むでしょう。学生時代でも、あんな風に高笑いする姿は見た事がない。宴会で口論になったからって、こんな風になるかしら?」
それは、氷雨様の精神状態がそこまで昂っているという事か。今まで押さえつけていた家督争いが再燃したことで、焦っているとかだろうか?何が彼女をそこまで掻き立てるのか。
蔵人は、逃げ惑う火蘭さんを追い立てる、非情な氷雨様に目を向ける。
すると、
「火蘭さん!頑張れ!」
周囲から、声が上がった。
火蘭さんの同僚の、巻島家の護衛からだ。
彼女の声に吊られる様に、周囲の護衛達からも声援が投げかけられる。
「行ける!上手く避けてるよ!火蘭さん!」
「訓練でトップ成績の貴女なら、絶対勝てますよ!」
「頼む!火蘭隊長!勝ってくれ!」
火蘭さんを擁護する声が、試合会場に満ちる。
それを見て、氷雨様の笑みが消える。
「お前らァ!!寄りにもよって、こいつの味方をするとはぁ!!それでも誇り高い巻島の護衛かっ!!」
口角から泡を飛ばして、怒鳴り散らす氷雨様。
これは、異常だ。
蔵人は目を細める。
家督争いだから?相手が火蘭さんだから?そんなレベルを超えている。
氷雨様の様子は、あまりに異常。
蔵人はそれを見て、全日本の4回戦を思い出す。
久遠母にコントロールされた葉子さんの姿と、今の氷雨様は何処か似ていた。
あの時の様に、誰かのマインドコントロールを受けている?
そう思って周囲を見回すも、外部から彼女に向けられる魔力は無い。
考え過ぎか?
そう思った蔵人だったが、一応、試合会場周辺に魔銀盾を設置する。
「下れっ!!からんっ!!」
それでも、氷雨様の様子は変わらない。
荒れ狂う言葉と魔力によって、膨大な水を一挙に出現させ、見事な水龍を作り出す。それを、火蘭さん目掛けて放出した。
圧倒的な力で、火蘭さんの思いも、尊厳も、全てを押し流そうとする。
そんな氷雨様の攻撃に、火蘭さんは大きく横に飛ぶ事で水龍を回避した。
なんて事はない。怒りに囚われた今の氷雨様は、上手く水龍を操れていなかった。怒り状態の葉子さんと一緒で、異能力がただ真っすぐ進む弾丸に成り下がっていた。
「はぁああ!」
水龍を避け、氷雨様に接近する火蘭さん。
だが、向かう先の氷雨様の周囲には、再び幾つもの水球が浮かび上がった。
同時に、氷雨様の顔にも笑みが浮かぶ。
「馬鹿め!飛んで火に入る羽虫が。お前が挑んでいるのは、Aランクである事を忘れたか!」
水龍を出して尚、これ程の水球を出せるとは。
やはり、Aランクは脅威。火蘭さんは、勝ち目のない勝負を仕掛けてしまった。
そう思った矢先、
氷雨様の水球が、割れた。
丸い水球の真ん中から裂けて、そこから水が零れ落ちて消えて行く。
彼女の周囲に浮かんでいた水球全てが、崩れ落ちて消えた。
何が、起きた?
蔵人は答えを求めて、氷雨様を振り返る。
すると、
「うっ、うぅう…うぉええぇえ…」
地面に両手を着き、嘔吐する氷雨様の姿があった。
なっ!まさか、酔ってるのか?
胃の中の物を全て吐き出す勢いの氷雨様。そんな彼女に火蘭さんは駆け寄り、氷雨様の横腹を躊躇する素振りもなく蹴り飛ばした。
「くっ、うっ…うっごぼっ」
地面を転がり、止まった先でも口から胃液をまき散らす氷雨様。
そんな彼女に、火蘭さんは見下ろす様に立ち止まり、大きく拳を振り上げる。
その拳は、青い炎に包まれていた。
Bランクの、魔力。
「さようなら、お母様」
冷たい目と声で母親を見下ろしながら、燃える鉄拳を振り下ろす火蘭さん。
だがその拳は、途中で止まる。
止められる。
「どういうおつもりですか?蔵人様」
「ベイルアウトです。火蘭さん。氷雨様は緊急搬送が必要です」
蔵人の龍鱗で纏われた手が、燃える彼女の殺意を留めていた。
火蘭さんの燃える瞳が、蔵人を睨みつける。
「では、試合終了のコールをお願い致します。皆々様に聞こえる様、勝者宣言もしっかりと」
「この試合に、勝者など居ませんよ。少なくとも、今の段階では」
「…蔵人様。体調不良でのベイルアウトも、立派な敗北にございます。大会規定にも載っていますよ?」
そうだろうな。でなければ、催眠異能力の様な状態異常異能力者の勝ち筋がなくなってしまう。また、体調管理も選手には大切な要素だ。ビッグゲームでの麗子元部長も、それで試合に出られなかったのだから。
だが、
「氷雨様の様子は異常でした。ただの体調不良ではなく、外部からの干渉も考えられます。よって、その疑念が解消するまで、この勝負は私の預かりとさせて頂きます」
マインドコントロールでなくとも、彼女を怒り状態にする異能力があるかも知れない。
そう考慮して提案した蔵人に、火蘭さんは能面の表情のまま、フフっと口だけを歪めて笑みを作った。
そして、
「やはり、最後は貴方が邪魔をしますか」
火蘭さんの目が、とても冷たい物になった。
まるで、瑞葉様を見る様に。妹さんとの寄りを戻す様に提案した、あの日の様に。
もしかしたら、火蘭さんが自分に参加の辞退を提案したのは、この為だったのか?
そんな怖い推測が過ぎった時、
バサリと、何かが落ちる音がした。
そちらを見ると、流子さんが倒れていた。
「流子さん!!」
蔵人の絶叫に、流子さんは反応しない。地面に四肢を投げ出して、死んだように青い顔をしていた。
「何をした」
振り向いた蔵人の紫眼が、火蘭を捉える。
彼女の表情は能面のままだ。答えようとせず、だが、動揺もしていない。まるで、こうなることが予め分かっていたかのように。
火蘭が答える代わりに、似たような音が周囲から立て続けに聞こえた。
周囲で見ていた大人達が、次々に倒れていた。
みんな、流子さんの様に意識を失うか、氷雨様の様に嘔吐している。
集団食中毒。
その言葉が浮かぶ光景が、目の前に広がっていた。
それを見て、蔵人は思い出す。食事中にあった違和感に。
「貴様。氷に何を入れた」
水を飲もうとした時、薬臭くて飲まなかった水。だが、良く考えればおかしい。東京の水が薬臭かったのは、史実の東京だ。東京特区では無い。
この世界は、環境破壊もない世界。ならばあの水には、水に溶けていた氷には、何かが混入していたと考えられる。
それを、流子さん達も口にしていた。お酒に氷は付き物だから。
蔵人の問いを受けた途端、火蘭は笑みを広げる。三日月の様な邪悪な笑みを浮かべ、言葉を吐く。
「流石は龍鱗様。総督がお認めになるだけはあります」
総督って…。
じゃあ、氷の中に入れたのって、あの…。




