316話〜優勝、おめでとう〜
昨日は気の合う仲間達との初詣に赴き、とても楽しい時間を過ごした蔵人。
一変して、今日は気難しい顔で車に乗っている。
そう、今日は招待されていた巻島家の新年会。火蘭さんが危険だと忠告してくれたソレである。
一体、氷雨様は何を企んでいるのか。
それを考えると、今から胃がキリキリと嫌な痛みを訴えてくる。
自然と、運転席の柳さんも心配そうな顔だ。彼女は会に出席できないが、氷雨様が何を言い出すかによって、柳さんにも被害が及ぶ可能性がある。ディ大佐が特区に招こうとしているから、突然のリストラは無いと思うが、変な仕事を言いつけられるかもしれない。
なるべく穏便に、そして五体満足で帰宅する。それが今回の目標だ。
そんな事を考えていると、いつの間にか巻島本家に着いていた。
車は、本家の正門をゆっくりと潜り抜ける。
普段は固く閉ざされているその門も、今日は多くの親族が集まる為に、常時開放されている。
その大きな門が、まるで獲物を飲み込もうとする怪物の大口に見えて、蔵人は自然と拳を握った。
「それでは、蔵人様。お気を付け…いえ、どうぞご無事で」
「はい。巻島蔵人、出撃します」
駐車場で車から降りた蔵人は、柳さんに向けて敬礼をする。
大袈裟でも何でもない。今から自分は、戦地に赴くのだから。
柳さんも同じ思いなのか、車に乗ったまま敬礼を返してくれた。
軍人がする敬礼みたいにビシッとした物ではなく、何処と無く柔らかい敬礼に、蔵人は少し心が暖かくなる。
おっと、いかん。何時までも柳さんに甘えていたら、帰りたくなってしまう。
蔵人は心を固め直し、車に背を向ける。
駐車場には、他に2台の高級車が入口のすぐ傍に停まっていた。
初めて新年会に参加した時と同じ配置だ。きっと、片方は流子さんの車なのだろう。
そう思うと、また少し心が軽くなった気がした。
だが、それも本家の玄関に着くまでだ。
そこには数人の男衆が左右1列になって並んでおり、その中央には、ワインレッドの長髪を右肩に流した火蘭さんが立っていた。
彼女を見た瞬間、先日の切実な彼女の表情を思い出してしまい、とても申し訳なく思った。
立場が危うくなるかもしれないのに、危険を犯してまで自分に警告を発してくれた。それなのに、ここまで来てしまった。裏切られたと彼女に思われても仕方がない。
蔵人は意を決して、彼女達の前に進み出る。すると、火蘭さんの目が蔵人を捉えて、深々と頭を下げた。
「ようこそ、蔵人様。お待ち申し上げておりました」
まるで温泉旅館のVIP客の様に、一同に最敬礼される蔵人。自然と、足も止まってしまい、顔を上げた火蘭さんをマジマジと見てしまった。
「蔵人様?私に、何か御用でしょうか?」
見つめられた火蘭さんは、蔵人に向けて小首を傾げる。
その様子からは、彼女の心情を読み解く事は出来ない。少なくとも、怒りや呆れといった負の感情は一切浮かんでいなかった。
「いえ。久しぶりの新年会でしたので、少々緊張してしまいました」
「そうでしたか。それは無理もありません。どうぞ、中でお寛ぎ下さい」
そう言って、火蘭さんは横にズレると、玄関を手で指して「どうぞ」と蔵人を誘う。
蔵人は、彼女の前を通って玄関を潜る。
その際に、彼女の様子をチラリと横目で確認したのだが、ガラス玉の様な瞳が、蔵人の姿を写すだけだった。
無感情。それを装うつもりなのだろう。
だが、ここまで近づいたら分かる。彼女から漏れ出る魔力の波動が、普段の彼女よりも激しく揺らいでいる事を。
…少なからず、怒っていそうだ。何とかこの場を乗り切って見せて、仲直りしないとな。
「ど、どうぞっ。こちらが、会場ですっ!」
蔵人が玄関に入ると、目の前にはガチガチに緊張した青年が1人、待機していた。
妙に緊張しているな。新人君かな?
そう思いながらも、蔵人は青年に誘われるままに、廊下を進んだ。
青年と会話しながら廊下を歩いていると、大きな川の絵が描かれた襖の前で彼は止まり、襖を開けて中へ入るように促された。
ここが、宴会会場だ。6年前と同じ場所だ。
「エスコート、ありがとうございました。貴重なお話も」
「とんでもごじゃりません!黒騎士選手!」
蔵人がお礼を言うと、地面に頭が着きそうになる程、彼は頭を深く下げた。
道すがら彼から聞いたのだが、彼は先日の全日本を見て、黒騎士のファンになったそうだ。男でも堂々と戦う姿に感銘を受けたと、半分独り言の様に話す彼の後ろ姿を見ていて、悪い気はしなかった。
だが、それを聞いた最初は戸惑った。まさか、彼の様な末端の職員にまで正体がバレているとはと。同時に、これでは直ぐに世間に広まるかもと、心配も膨れ上がった。
でもそれは、杞憂であった。
案内役の彼から「ここで知った情報は、絶対に漏らしません!」と言われ、彼も巻島の人間だと分かったからだ。
何でも、ここで働く人間の殆どは身内で構成されていて、そうでない人でも、代々この巻島に仕えてきた一族ばかりなのだそうだ。
それ故に、巻島家の情報は外部へ流出し難くなっており、望月家の様なプロの諜報員でも、内部の情報はなかなか得られない様になっているらしい。
これは巻島家だけでなく、他の財閥でも行っている事なのだとか。
スキャンダルには気を付けているらしい。情報化社会へと向かいつつある現代なら、必要な対処なのだろう。
蔵人が会場入りすると、奥の席に座った女性が真っ先に気付き、高く手を挙げて、おいでおいでと手招きをした。
流子さんだ。相変わらず任侠映画の女将みたいな着物を着こなしていらっしゃる。そして、相変わらずお美しい。初めて会った時と、殆ど変わらない容姿を保っていらっしゃる。
蔵人は急ぎ、彼女の元にはせ参じ、深々と頭を下げた。
「あけましておめでとうございます、流子さん。今年もよろしくお願い致します」
「あけましておめでとう。そして、全日本優勝についても、おめでとう」
そう言って微笑む流子さんは、何処か…いや、かなりお疲れのご様子だった。
何かあったのかと蔵人が聞くと、急に目が鋭くなった。
「ビッグゲームの時もそうだったけど、貴方はもう少し、自分が何を成したのかを自覚する必要があるわね」
「…もしかして、異能力スクール関連でしょうか?」
「あら?気付いてくれたの?」
流子さんはそう言って、怖い笑みを浮かべる。
流子さんが言うには、彼女のスクールに入塾を希望する生徒が、後を絶たないのだとか。ビッグゲームや華奈子様(九条様の妹君)の誕生日会の後も一気に増えたが、今回はそれを上回る勢いらしい。
何でも、これから5年先までの入塾予約がいっぱいで、急いで新しいスクールを建てなければパンクするとのこと。
なので、今年の新年会は蒼波さんがお休みとなった。彼女は今頃、あのスクールで来年度の計画を立て直している。
世間に黒騎士の正体はバレていない。だが、黒騎士の噂はかなり広まっている。その噂の1つが、流子さんの異能力スクールと黒騎士に関連があるとする物だ。そのせいで、流子さんは手一杯となっており、蒼波さんは缶詰になっていた。
なんと申し訳ない。
蔵人が小さくなっていると、厳しい表情の流子さんが追い討ちをかける。
「悲鳴を上げるのは私達だけではないわよ、蔵人。貴方にも、たっっくさん来ているからね?」
「…もしかしなくても、お見合いのお話でしょうか?」
「あら、大正解♪」
「当たりたくなかったぁ…」
とても嬉しそうな流子さんの笑みに、蔵人は頭を抱えて唸る。
何でも、日本だけでなく海外からもラブレターが来ているのだとか。
そいつは全日本の影響じゃなくて、コンビネーションカップの方じゃないだろうか?
どちらにせよ、目立つと言うのは苦しいものだ。
蔵人が流子さん並に疲れた表情になっていると、誰かが近付いてきた。
見上げると、着物を着た優しそうな女性が立っていた。
多分、あの駐車場の高級車の持ち主だ。着物も流子さん並に豪華だから。
蔵人が急いで立ち上がろうとすると、女性は「ああ、そのままで」とそれを止める。そして、流子さんの前に正座して、深く頭を下げた。
「流子さん。あけましておめでとうございます」
「ええ。おめでとうございます、静流さん」
「蔵人君も全日本優勝、おめでとうございます」
静流さんと呼ばれた女性は、蔵人の方に向き直って、流子さんと同じくらい深く頭を下げて来た。
蔵人も慌てて座り直し、畳に額を着けて挨拶する。
「ありがとうございます、静流様」
幼少期にご挨拶した覚えはあるが、こんな改まってされたのは初めてだ。これも、全日本の影響なのか?
そう思ったのは、間違いではなかったみたいだ。
静流さんが去った後も、流子さんと蔵人の元へと挨拶に来る人が絶えなかった。
その誰もが蔵人を流子さんと同等に扱い、中には手を取って「是非、我が家にもいらして下さい」と力を込めて言われてしまった。
彼女達の様子は、社交辞令でも何でもない。全日本優勝者の恩恵を我々にも。そんな思案が見える様だった。
「全日本で優勝するとは、こういう事よ。蔵人」
「…その様ですね」
まるで、こちらの頭の中を覗いたかの様な流子さんの発言に、蔵人は苦笑いを浮かべる。
流子さんは蔵人を見て、次いで上座に視線を向ける。そこには、空の席が3つ並んでいた。
氷雨様達の席だ。
「特に、貴方の場合はAランク戦で優勝した。これは、貴方達の代では貴方が最強だと言う事よ。その影響力はきっと、巻島家の当主よりも上と見られているわ」
つまり、今の俺は氷雨様よりも発言力があるということ。
勿論それは、世間的に見ればと言う話だろう。何も、今からあの席に座れと言っている訳じゃない。この巻島の敷居の内側では、当主の威光は黒騎士よりも強いだろうから。
だが、それを氷雨様がどう思っているかは定かでは無い。自分を脅かす存在として、ロックオンしているかも。だから、この場に呼んだのかも。
そう思った蔵人は、龍鱗の膜を厚くする。
もしも暗殺を企てていたとしても、これならAランクでも貫けまい。
心に少し余裕が出来た蔵人は、氷雨様達の席のすぐ近くに、もう2つ席が設けられているのに気が付いた。
椅子の背もたれも、その前に置かれた机もかなりの高級品なのが、ここからでも見て取れる。
貴賓席だろうか?何処か、他家から偉い人でも招いているのか。
そんな事を考えていると、宴会の時間となった。
貴賓席の前を通るように、火蘭さんが脇から歩いて来て、こちら側に深く礼をする。そして、ご当主様の来場を伝える。
蔵人は幼少期に行っていた事を思い出しながら、深く頭を下げた。
すると、誰かが入って来た音がして、頭上でAランクの波動を感じた。
以前に感じたよりも、少し大きく感じるのだが…氷雨様も強くなっているのか?
蔵人は少し不安を感じ、頭を上げる。
するとそこには、いつも通り冷たい目の氷雨様と、太陽の様に暖かな笑顔の瑞葉様。優しそうな達様。そして、ちょっと緊張気味の頼人が座っていた。
ありゃ?頼人も新年会に参加していたんだ。
蔵人が頼人を見詰めていると、彼もこちらに気付いたみたいで、硬かった表情を少し緩ませる。流石に、手を振ったりはしていなかったが、口が「おめでとう」と嬉しそうに動いていた。
有難いんだがな。あまり目立つ事はしないでくれよ?
蔵人の心配を他所に、氷雨様達は新年の挨拶を述べる。
蔵人が参加していた時は、氷雨様からはとても長いお言葉を頂戴していたのだが、今回は随分と簡単に終わらせていた。
6年間参加していない間に、方針を変えたのだろうか?
久しぶりの新年会が色々と変わっている事に、戸惑う蔵人。
その間に、蔵人の目の前では若い女性が給仕に来ており、次々と流子さん達のグラスにお酒を満たしていく。
「蔵人選手は何を飲まれます?ジュースもありますが?」
「ああっ、大丈夫です。水で結構ですので、ありがとうございます」
態々ジュースの瓶を取りに行こうとした女性に、蔵人は慌てて返答する。
水なら、酒を割る用のピッチャーがそこにあるからね。手間がない。
グラスが満ちると、瑞葉様の音頭で乾杯が行われ、宴会がスタートした。
とは言え、直ぐに氷雨様達に挨拶へ行かねばならない。そこが、恐らく今回の主戦場だろう。
そう思うと、蔵人は食欲が湧いてこない。
せめて口が回る様に、喉だけでも潤しておこう。
そう思ってグラスを煽るが、
「……」
直ぐに戻した。
氷に使った水が悪いのか、水が薬臭いのだ。
東京の水だから仕方がないのか。もっと時代が進めば、東京でも美味い水が蛇口から出てくるんだがね。
「さぁ、蔵人。挨拶に行くわよ」
時が来てしまったか。
流子さんに促され、蔵人は立ち上がる。
いざ、戦場へ。
「姉さん、達様、瑞葉ちゃん。新年あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
流子さんに続き、蔵人も深々と頭を下げる。
「おめでとう、流子。蔵人。君には特に、全日本での活躍を称えたい。優勝、おめでとう」
驚いた事に、氷雨様はこちらへと真っすぐに視線を寄こし、労いの言葉を掛けてきた。
それだけでなく、
「君がAランク戦に招かれたと聞いた時は、なんの間違いかと思っていた。だが、試合の様子をこの目で見て、それが運営の手違いでは無いと思い知らされた」
なんと、氷雨様も試合を観てくれたらしい。ビッグゲームの時は地方大会呼ばわりしていたのに、えらい違いだ。
やはり、全日本となると知名度が違うのか。元々、関東でシングルはメジャーな競技だから、氷雨様の様に忙しい人でも目耳にも入り易いのだろう。
氷雨様はその試合を思い出す様に、少しの間瞼を閉じた。
「特に、第2回戦の皇帝との試合は素晴らしかった。我らアクアキネシスが苦手とするデトキネシスを、見事に打ち倒したあの試合は、観ていて胸が空く思いであった」
「あら?姉さんはその試合がお気に入りなの?私はやっぱり、決勝戦が1番熱くなったわ。最後まで諦めないで拳を振るう姿が、特にね」
「流子叔母様!私も決勝戦が好きです!あの白い風船巨人が可愛くて」
…なんか、随分と和やかな雰囲気になってしまったぞ?
蔵人は、3人で楽しく話し込む氷雨様の様子に戸惑う。
どんな罵声と冷笑を浴びせられ、どんな無理難題を言い付けられるかと覚悟していたのに、これはどういった心境の変化なのだろうか?彼女は何故、俺をここに呼んだのだ?
そうして氷雨様を見詰めていると、彼女は少し優しくなった目で蔵人を見る。
「蔵人。君とはもう少し話したい事がある。今日はそこの席で宴会を楽しんでくれ」
そう言って、彼女が目で示すのは瑞葉様のお隣り。貴賓席と思われた場所だった。
そこには、既に2人分の料理がセットされており、もう片方の貴賓席では頼人が手を振っていた。
…この席で尋問って雰囲気でもないな。
「ありがとうございます、氷雨様」
取り敢えず、流子さんとは別れて頼人の元へ。
「兄さん。久しぶり」
「お久。あと新年おめでとう」
「うん。おめでとう。兄さんは優勝もね」
「ああ。ありがとう」
頼人と小さな声で挨拶を交わしながら、席に着く。
目の前には、鯛の尾頭付きや紅白饅頭など、VIPな正月御膳が並んでいた。
凄いな。本当に、特別待遇じゃないか。
「凄いよね。僕達の為に、こんなに良い席を用意してくれるなんてさ」
蔵人が料理を前に目を瞬かせていると、頼人がそれを見て興奮気味に言った。
おや?
蔵人は首を傾げて、大人達の席を指さす。
「何時もの君は、向こうの席に座っているのか?」
「ううん。何時もは参加もしてないよ。今年は、兄さんが僕を呼んでくれたから参加出来たんだ。火蘭さんが言ってたよ?僕が参加するなら、兄さんも出席するって。だから、僕の方こそありがとう」
ほぉ。それは…。
火蘭さんの配慮か。
頼人も一緒なら、心強いと思ってくれたのかもしれない。頼人と瑞葉様と流子さん。このトライアングルの中であれば、氷雨様も下手な事は言えないだろうと。
火蘭さんなりに、対策を考えてくれたのだろう。
「そう言えば、兄さん。全日本の4回戦は、スタート前から随分と疲れてそうに見えたけど?何かあったの?」
蔵人が火蘭さんに感謝して食事を進めていると、頼人が心配そうに聞いてきた。
なので蔵人は、頭を搔いて困った笑みを浮かべた。
「前日に訓練をし過ぎてね。筋肉痛が酷くてさ」
「何それ?兄さんらしい」
頼人はそう言って、楽しそうに笑った。
良かった。彼には白百合会とか軍隊の話は行っていないみたいだ。
しかし、君が抱く俺らしさって、一体どんなキャラなんだ?
鶴海さんに続いてお前もかと、蔵人は心配になった。
そんな楽しい会話を頼人と瑞葉様と交わしながら、蔵人は料理に舌鼓を打っていた。
すると突然、氷雨様が手を叩いて周囲の注目を集め、声を上げた。
「皆、楽しんでいる所を済まないが、耳だけこちらに傾けて欲しい」
おや?会の冒頭でやらなかった演説タイムでしょうか。
耳だけと言われても、当主からのお言葉だ。集まった人達は全員、体ごと氷雨様に向き直った。
蔵人も正座し直して、氷雨様の方を向く。
「既に皆は知っていると思うが、昨年末の全日本異能力選手権で、ここのいる蔵人君が優勝を勝ち取った。それも、強者が集うAランク戦での事だ。このような事は、巻島家の歴史を紐解いても、初めての偉業である」
「「「おぉおお…」」」
大人達が感心に声を漏らし、堪らずに拍手もまばらに起こる。
その拍手を押さえつける様に、氷雨様が声を張る。
「彼は魔力も多くなければ異能力種にも恵まれない。それでも、この様に輝かしい功績を掴み取れたのは、偏に彼が大和魂を胸に抱き、卓越した技術を日々磨き上げた為だ。この国が忘れていた魂を、彼は呼び起こしたから出来た偉業である。これを、皆にも見習って欲しいと考えている」
「「おぉおお…」」
「という事は、黒騎士選手の秘技を、私達にも?」
戸惑いと期待が入り混じった視線が、至る所から突き刺さってくる。
氷雨様も、上げていた手を下ろして、蔵人の方に顔を向けた。
「蔵人。どうだろうか?」
皆に教えてやることは出来るか?
そう聞いているのだろう。
蔵人は彼女の目を真っ直ぐに見て、大きく頷く。
「承知しました、氷雨様」
「「「おぉおおっ!」」」
「これで、私達も強くなれるのですね」
「Aランクは無理でも、Bランクくらいには勝ちたいですわ」
「いやいや。ジャイアントキリングなんて、黒騎士選手だから出来た事ですよ。私達では精々、Bランクに一矢報いるのが関の山でしょう」
「それでも十分過ぎますよ」
興奮して話し込む大人達。
その様子は、何時ぞやの異能力スクールの生徒達と変わらない。
夢を見るのに、子供も大人も関係ないか。
「突然で済まなかった、蔵人」
蔵人が大人達を眺めていると、氷雨様が蔵人の目の前まで来て正座した。
若干顔が赤いけど、結構飲まれているのだろうか?
「とんでもございません、氷雨様。元々私は、技術を重視する考えを広めたいと思っておりましたので」
「ああ。それは聞いている」
聞いているとは、きっと一条家からだろうな。
確か、巻島家とこっそり密談しているらしいと、柳さんが言っていたから。
「聞いてはいるが、君の技術はとても貴重な物だ。タダで、なんの努力もして来なかった者に教えるのは、君の努力を踏み躙る行為だと私は考えている」
「…つまり、教える者は有益な者のみにせよと仰られるおつもりで?」
蔵人の問いに、氷雨様の目が鋭くなり、笑みが凍る。
「蔵人。君の技術を、我々巻島家の秘伝としたい。そして、君を巻島本家の名に連ねたいと思う」
技術を買い取る代わりに、巻島家での地位を保証すると言っているのだろう。
きっと、これを提案する為に自分をここへ呼んだのだ。
蔵人は姿勢を正し、気を引き締める。
さて、ここからが正念場だ。
ドリルを巻島家の秘伝に?
「ドリルかは分からんが、覚醒までの最短ルートを巻島家で独占したいのだろうな」
なるほど。それは…。
巻島家を思う当主の考え方としては妥当と言いますか、そこまで理不尽ではない気もしますが…。
「まだ、どうなるかは分からん」