313話~達者でな!~
皆さま、あけましておめでとうございます。
長らく続いた本章ですが、この話で終わりです。
次話からは、13章~渇望篇~となります。
全日本Aランク戦、8日目。
最終日。午前9時。
朝風呂で汗を流し、この宿で最後の朝食を食べ終えた蔵人は、立て付けの悪い引き戸を何とかこじ開けて外に出た。
途端、天高く登った太陽の日差しが目の中に差し込み、自然と手を翳して目を細めた。
早朝に朝練していた時は弱々しかった光だが、今は随分と強くなっていた。門出には絶好の冬晴れだ。
そう思い、蔵人は前を向く。
そこには既に、護衛のテレポーターが待機していた。
今日はこれから、表彰式に赴くことになっていた。
「おおっ!黒ヤギさん。もう行ってしまうんか…」
引き戸のキィキィ音を聞きつけたのか、お爺さんが台所から飛び出して来た。
額にハチマキ、腕にタスキを通して、気合十分のお爺さんが、少し悲しそうな顔を向けてくる。
しまったな。
蔵人はバツの悪い顔を掻きながら、お爺さんを振り向く。
「すみません、お忙しい時かと思って声掛けを控えたのですが」
「何を水臭い事を。短い間だけども、一緒に過ごした中じゃないか。ワシは感謝しとるんだ、黒やぎさんに。色々手伝うてくれたし、また頑張る切っ掛けを作ってくれた。ありがとう」
頑張る切っ掛け。
それは、今日の昼に入っている予約の事を指しているのだろう。
お爺さんの宿に、久々の温泉目的以外のお客さんが来所するのだ。まだ宿泊はしないみたいだが、お爺さんの料理を食べに来るとのこと。
それも、一気に3組のお客さんが。
これも、恐らくは黒騎士効果なのだろう。
何処でどう漏れたか分からないが、蔵人が奥多摩の山に潜伏している事がバレつつあるみたいだ。
勿論、蔵人は今日でここを去るので、その人達に目撃されることは無い。だが、黒騎士が泊まった宿という事実は残り続け、残されたお爺さんは1人で切り盛りしなければならない。
思い返せば、いつかのインタビューで黒騎士の秘訣を聞かれた時に、薪割りトレーニングと命と向き合う食事ですと答えた覚えがある。それとこの場所を関連付けた勘のいいファンが、食事目当てに来るのかもしれない。
そう思うと、蔵人は申し訳なさでいっぱいだった。彼の平穏な隠居生活を壊してしまったと思ったから。
だが、お爺さんは本当に嬉しそうに、ありがとうと蔵人の手を取った。
「また、何時でも来なさいて。黒ヤギさんが作った箱は、ちゃんと取っておくからのぉ」
箱と言うのは、ダンボールで作った棺桶の事だろう。
それは良い。きっと文子ちゃんの避寒所となってくれる筈だ。
そう言えば、彼女は何処だろう?と蔵人が周囲を探すと、玄関の靴箱の上でこちらを見ている彼女と目が合った。
風もないのに、伸びた黒髪がユラユラと揺れている。それが何故か、手を振っている様に見えた。
きっと、彼女なりに別れの挨拶をしてくれているのだろう。
蔵人は、お爺さんから解放された手を上げて、彼女にも挨拶する。
そして、お爺さんに一礼する。
「お世話になりました、雲厳さん。また来ます、貴方達に会いに」
そう言うと、蔵人は踵を返して、テレポーターの元へ。
「お待たせして、すみません」
「いえ。出発してもよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
蔵人はテレポーターの肩に触れ、テレポートを待つ。
そんな蔵人の背中に、お爺さんの声がかかる。
「達者でな!黒騎士さん!」
「お爺さんも!」
蔵人は半身になって振り返り、2人に向かって手を上げる。
と、そこで気付く。
お爺さんが、黒騎士と言った事を。
だが、蔵人がそれに対してリアクションを取る前に、テレポーターが蔵人を会場へと送ったのだった。
午前10時、表彰式。
蔵人達は開会式と同じ様に、各校に別れて整列していた。
蔵人の目の前には、諸先輩方が並んでいる。
ボロボロで入場した4回戦で、F-1ピットクルー並の手際で着替えを手伝ってくれた木村先輩。
準優勝で、数多の剣技と剣種で苦しめられた安綱先輩。
そして、昨日の決勝戦で死闘を繰り広げた海麗先輩。
…あと、フラグをしっかり回収した風早先輩。
『これより、第85回全日本異能力選手権、Aランク戦の表彰式を執り行います』
「「「わぁああああ!!!」」」
フィールドに並ぶ女子生徒の列は、開会式と似た配置であった。だが、観客席は様変わりしている。開会式では一般人の受け入れをしていなかったが、表彰式はそれが解禁され、満席状態の観客席が四方に広がっていた。
試合と同じで、チケットを販売しているのだろう。詰まりはこの表彰式も見せる為の物。
それ故なのか、表彰式が始まってすぐに出てきた丸顔の理事長さんは、『皆様、熱い試合をありがとう。途中でアクシデントもありましたが、こうして全行程を終えた事を嬉しく思います』と言う趣旨を簡単に述べるだけで降壇した。
お偉いさんの話を長々と聞いても、みんな飽きてしまうからね。
早々に、選手達の表彰が始まった。
『敢闘賞。如月中学、3年生。紫電選手』
「「「きゃぁああああ!!」」」
「「「しでんさまぁあ!!」」」
黄色い声が四方から降りしきる中、紫黒のプロテクターに身を包んだ紫電が足早に前へ出て、理事長から小さなトロフィーを受け取った。
ついでに、言葉も。
『賞状、敢闘賞。紫電選手。貴女はCランクと言う魔力量でありながら、このAランク戦まで勝ち進み、1回戦でも見事な試合を見せてくれました。異能力運営委員会は、あの激闘がAランク戦に相応しいものと判断し、この賞を貴女に贈呈いたします』
紫電はそのトロフィーを受け取ると、小さく礼をして、また足早に去っていった。
負けたのに賞を貰うことが、あまりお気に召さなかったのかな?
続いて呼ばれた安綱先輩も、銅メダルと賞状を貰い、列に戻った。
3位は安綱先輩だったらしい。それで、風早先輩は何時もより小さくなっていたのか。
海麗先輩も銀のメダルを貰ったが、理事長はマイクも彼女に渡していた。
『美原選手。貴女は類稀なる才能と力で、この大会を大いに湧かせてくれました。数々の選手を一撃で沈め、黒騎士選手を追い詰めた貴女の実力は、抜きん出て素晴らしかったと我々は評価しています。是非、貴女から一言頂けないかしら?観客の誰もが、貴女の言葉を欲しがっている事でしょう』
『えっ!?わ、私が?』
戸惑う海麗先輩の声まで、拾ってしまうマイク。
それを受けて、観客席は大いに盛り上がる。「う・ら・ら!う・ら・ら!」と言うコールまで始まる始末。
それを見て、彼女は断る事なんて出来ず、マイクを受け取って少しずつ話し始めた。
『えっと。私がここまで勝ち進めたのは、みんなのお陰だと思ってます。私1人だったら、全日本の舞台に上がれな…ううん。異能力戦自体を辞めちゃってたと思う。
私、今年の夏に祖母を亡くして、もう何も手が付かなくなっちゃった時があって。それを支えて、引っ張ってくれたのが、私のチームメイト達だったんです。ファランクス部のみんなが、私を支えてくれて、く…ろ騎士選手が、私の手を引っ張ってくれた。だから私はここまで登って来れた。
みんなのお陰で。
黒騎士選手のお陰で。
この力は…みんなが凄いって褒めてくれたこの力は、私だけの実力じゃありません。チームメイトが支えてくれたから見つけることが出来た力。黒騎士君が導いてくれた力です。
だから、私はみんなにありがとうって言いたいです。今の私が有るのは、みんなのお陰です!』
「「「うわぁああああ!!」」」
「「美原先ぱぁああい!!」」
「うららぁああああ!!」
空気が割れんばかりの拍手に、感動した観客達の歓声が混じり合い、海麗先輩へと降り注ぐ。
先輩は後ろを振り返って、観客席を見上げ、少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
蔵人もチラリと後ろを見ると、最前列に陣取った桜城の応援団が目に入り、その中央で麗子元部長が大号泣しているのが見えた。
おっと、不味い。
直ぐに前を向き、見なかった事にする蔵人。
きっと、見られたくはないだろうからな。
『続きまして、優勝。桜坂聖城学園、1年生。黒騎士選手』
「「「うぉおおおお!!」」」
「「くろきしぃい!!」」
「「黒騎士くーん!!」」
本人が前に出る前から、観客席は大盛り上がりだ。
蔵人が前に出るとそれは更に激しくなり、理事長の後ろと側面からはフラッシュの嵐が巻き起こる。
何か、不祥事を起こした社長の気分である。
だがそのフラッシュ地獄も、観客席からの歓声も、理事長が話し始めると途端に止んだ。
流石は特区の人達。マナーは一流だ。
『賞状、全日本異能力選手権、Aランクの部、優勝。黒騎士選手。貴方は、自身の魔力量よりも遥かに多く、強い異能力を持つ強者達と相見え、これを打ち倒し、見事、優勝を勝ち取りました』
理事長はそう言うと、一瞬言葉を詰まらせた。
何かアクシデントかと、蔵人が賞状越しに彼女の様子を伺うと、彼女は賞状を少し下ろして、蔵人を真っ直ぐに見た。
戦ってきた選手達とは少し違う、でも似ている目。戦う者の目をしていた。
『貴方が歩んだ道は、決して楽なものではありませんでした。男性と言う立場から、多くの者に忌み嫌われ、爪弾きにされ、妨害までされました。それを、我々大会運営は、私は黙認していました』
「「ええっ!?」」
「どういう事?」
理事長の爆弾発言に、観客席から戸惑いの声が上がる。
だが、観客数に対してはあまりに少なかった。
見ると、彼女達の中には「そうだろうね」という顔が複数混じっている。
きっと彼女達は、白百合の噂を知っているのだろう。だから、理事長の爆弾発言を聞いてもそこまで騒がない。
だが、それは観客席の話。
黙っていたカメラマン達は、再び闘志を燃やし始める。先程はこちらを向いていたフラッシュが、一斉に理事長を襲い始めた。
それでも、理事長は眩しそうに目を細めながら、言葉を続けた。
『男性で、Cランクで、最下位種と呼ばれる異能力でも、貴方は勝ち続けました。私を含めた、心無い大人達の妨害を跳ね除けて、優勝候補筆頭の皇帝選手にも、Sランクの領域に踏み込んだ美原選手にも打ち勝ち、この日本最高峰の頂きまで登り詰めました。数々の困難を乗り越えた貴方に、U15日本最強の証を贈呈致します』
毅然とした態度の理事長。だが、彼女の手は震えていた。それでも、しっかりと金メダルを蔵人に渡してくれた。
途端に、全ての関心が蔵人の元に戻ってくる。
割れんばかりの拍手と歓声。眩しいばかりのフラッシュの雨。
それらを受け取る蔵人の元に、やはり理事長はマイクを渡して来た。
海麗先輩の時と違って無言なのは、これが彼女の贖罪だからだろうか。
どんな不利益な事を言われても構わないと、こちらに頭を下げる彼女から伝わる。
なので、蔵人はマイクを受け取ると、理事長に向かって声をかける。
『大変名誉ある賞を頂き、感無量でございます。大会運営の方々には、かなり負担を掛けてしまった事と思います。女子選手の中に混じって、男性選手も出場するにあたり、色々と手配しなければならない事もあったでしょうから。
痴女に襲われたり、色々とやっかみを受けた事は事実です。ですが、私にとってそれは、良いスパイスになりました。それらの困難が私を一段と強くし、この大会でも優勝出来たと考えています。ぬくぬくと高級ホテルで暖を取っていたら、1回戦で当たった紫電選手に、頭から串刺しにされていた事でしょう』
観客席から、小さな笑い声と拍手が巻き起こる。その中で「何だと!?」と紫電らしき娘の声が聞こえた気もする。
それらが少し落ち着いてから、蔵人は後ろを振り返り、観客席に向けて声を上げる。
『不利だから、困難だからと言って諦めなかったから、私はここに立てたのだと思っています。Eランクだろうが、最下位種だろうが、やってやると言う気持ちさえあれば、誰でもチャンスがあるのです。美原選手も言われていましたが、彼女は1度折れそうになり、それを支え合うことで、より強くなりました。強くなり過ぎて、私は人生最大のピンチを迎えてしまいましたが』
再び、観客席から笑い声が上がる。
海麗先輩を盗み見ると、てへっと可愛い笑を浮かべていた。
いやいや先輩。本当にピンチだったんですよ?
蔵人は観客へと視線を上げ直し、声を張り上げる。
『もう一度言います!誰であれ、どんな異能力種であれ、チャンスはあるのです!確かに、産まれた時に魔力の差はあります。元Eランクの私は、どんなに努力してもCランクまでしか上がりませんでした。
ですが!そのCランクの力でも、いえ、Eランクの盾であってもAランク選手に勝てるのです!努力と技巧を重ねれば、届く事が出来るのです!全日本のこの場所にも。
ランクの差は、確かにあります。高ランクが有利な事は変わりません。
ですが!諦めてはそこで終わりです!ランクの壁の前で、突っ立っていたって何も変わらないのです!
変えてください、貴女の考えを。壁なんて壊してしまえと思って下さい。思うだけで変わるんです、貴方の人生は。
そう、だってこの空に、世界に!』
蔵人は右手を上げる。
冬空の空を目指し、人差し指が天を示す。
『限界は、ねぇんだぜ!』
「「「うわぁああああああ!!!」」」
歓声が、歓喜が湧き起こる。
誰も彼もが興奮し、立ち上がり、手を高く上げて賛同する。
蔵人の言葉に、明るい未来に歓喜する。
「「「くっろきし!くっろきし!」」」
蔵人を称える声は、何時までも続いていた。
〈◆〉
『くっろきし!くっろきし!くっろきし!』
東京特区、新宿区。
陸軍省。第一会議室。
『ご覧ください!会場は、決勝戦と同等レベルで大盛り上がりです。誰も彼も、黒騎士選手の上げた人差し指の先に、明るい希望を見出しています!Cランクの選手が、Aランクの頂点に立つ。何と輝かしい瞬間でしょう。我々は今、新たな時代への転換点を目の当たりにしております!』
「やはり、有り得んですな」
会議室に設定された特大テレビを見ていた1人が、ポツリと言葉を零す。
それに吊られる様に、彼女の隣に座った壮年の女性も、ため息混じりに言葉を繋げる。
「ええ、有り得ません。黒騎士選手はCランクとされていますが、明らかに魔力量が多い。Bランクの…いや、Aランクにも届くレベルではないでしょうか?」
「そもそも、決勝戦で見せたあの巨躯の脂肪が、Eランクの出来損ない等と誰が信じる?彼がオールクリエイトのAランクで、特殊な緩衝材を生み出していると考える方が理にかなっている」
「ええ、全くもってその通りです。それが事実なら、どうやって彼が異能力を偽装しているかが問題でしょう」
「そうだな。それは恐らく…」
会議室の円卓に座る女性達の中で、2人の意見に賛同する者は少ない。
意見を交わし合う彼女達以外の者達は、厳しい表情のまま、画面に映る表彰式に視線を注いでいた。
そんな硬い空気の中で、1つの美声が2人の会話を止めた。
「閣下。これまでを鑑みてもまだ、その様な発言をされるのですか?」
円卓の下座。そこに座らされていた正装姿の男性に、女性達の視線が集まる。
会話を止められた壮年の女性が、不満気な顔を男性に向ける。
「言葉を慎みなさい、一条大佐。謹慎中の君をここに呼んだのは、この黒騎士選手についてを解説させる為だ」
「そうだ。それ以外の言葉は求めていない」
2人の言葉を受けて、ディは机の上で両手を組む。
「では、その任務を遂行させて頂きます。黒騎士選手が多くの魔力量を扱っている様に見えるのは、彼の熟練度が卓越したものだからです。そして、決勝戦で見せた彼の技は、間違いなくEランクの技術を応用した物であります」
ディの発言を受けて、女性2人は互いに見合わせ嘲笑を浮かべる。
「出ましたな。一条大佐が熱を上げる技巧主要論」
「技術でランクも覆る?100年も続くランク主義社会が、そんなあやふやな物でどうにかなる訳なかろう」
「所詮、夢物語だ。Sランクの拳すら受け止める黒騎士選手のあれが、下等ランクの産物である訳がない」
「本当に、そうかな?」
突然割り込んだその声は、嘲笑を浮かべていた2人の目の前から上がった。
真っ赤な長髪を右肩に流した、鋭い目の女性だ。彼女は片目だけを開いて、2人を見る。
「Eランクの魔力で、試合を有利に進める選手もいる。私の姪がそれだ」
「柳生幕僚長…」
幕僚長の発言に、2人は嘲笑を消した。
そんな2人に、幕僚長の隣から続けて声がかかる。
「ランクの壁は絶対。そう考えてしまうのは当然の事です。彼の実力を、直接味わった事がなければね」
「九鬼海軍総長まで、何を言われて…」
色鮮やかな髪色の2人に睨まれて、黒騎士批判をしていた2人は青い顔を見合わせる。
そんな可哀想な2人を見かねてか、ディの横に座る延沢中将が「まぁまぁ」と大きな手で空気をかき混ぜる。
「確かに黒騎士君は強い。冬山に何日も籠りながら、全日本を戦い抜く根性は見上げたもの。あの精神力は是非とも、部下達に学ばせたいものだ。だが、だからと言って、大佐の言葉に乗っかり過ぎるのもどうかと思う。高ランクが強いのは、事実なのだからな」
「そうです!ランク制度を崩しかねない技術優遇の考え方など、危険な思想だ!」
「日本はただでさえ異能力後進国です。これ以上遅れを取るようなら、大国に呑み込まれるやもしれませんぞ?」
「国防の要である貴女方Sランクが、そのような弱腰でどうされます!」
鬼の首を取ったように目を輝かせる2人に、ディは青い瞳を真っ直ぐに向ける。
たったそれだけで、2人は頬を赤らめて押し黙った。
それを見て、ディは目を伏せながら言葉を吐く。
「貴女方のその考えが、嘗ての悲劇を招いたのです。大戦の後、我々は魔力量ばかりを追い求めた。その結果は、ここに居る皆様ならご存知の筈だ」
「そのような事、貴殿に言われずとも重々承知している。その上で、我々は60年余りもの間、異能力を発展させてきたのだ。故に、これからも…」
「それこそ、危険な考えですっ」
強い口調で、ディは立ち上がる。
「閣下が仰った60年という長い年月により、我々の危機感は薄れ、人々のランクに対する渇望は臨界点に達しようとしている。今の我々の状況と、大戦後の人々とで何が違うと言うのでしょうか。今までが大丈夫だったから、これからも平穏が続くなどと言う保証は何処にもない。第2、第3の”F”が生まれてからでは遅いのですよ!」
ディの発言を受けて、皆一様に顔を伏せる。
延沢中将も、魔力量が大事だと言った2人も。全員が顔を顰め、何かに怯える様に口を閉ざした。
ディも顔を顰め、座り直す。
「長崎、広島。この2つの都市に大きな被害を受けた我々だからこそ、世界に先駆けて立ち上がるべきなのです。ランク制度の見直しを。魔力量ばかりを追い求める世界からの脱却を、今こそ」
ディの言葉に、反論する者は居なくなっていた。
お爺さん。黒騎士の事を知っていたんですね。
それでも、敢えて知らないフリをしてくれていた…。
「あ奴が気を使わないようにという配慮であろう。粋な心遣いだ」
きっと、これからもお元気に宿を切り盛りしてくれるのでしょうね。
「文子嬢も、陰ながらサポートせんとな」
…別の意味で繁盛しそうです。