307話〜この技が牙向く日が来るとはな〜
12月26日。
全日本Aランク戦、準決勝。
蔵人は護衛のテレポートによって、スタジアムへと到着していた。
テレポート酔いは、全くない。慣れたからではなく、酔う程の振動を受けていないからだ。
と言うのも、昨日の帰りから護衛が総入れ替えとなり、テレポートの質が上がっていたのだ。どれくらいかと言うと、昨日今日のテレポートが湖の手漕ぎボートであるなら、それまでのテレポートは嵐の中のマグロ漁船であった。
テレポーターの技術によっても違うのだなと感心していた蔵人だったが、どうも違うらしい。
昨晩テレポートで送ってもらった後、蔵人が彼女達を褒めた時に、「そんな褒められたものではありませんよ?」と平然と返されてしまった。
どうやら、前の護衛達はワザとテレポートを荒くしていたみたいで、それを知った蔵人は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
何はともあれ、事態は好転しつつある。
ディさんの演説効果で、白百合の上層部は保身に走るので天手古舞となり、更にメディアが全てをそのまま伝えたことで、白百合を見る世間の目が厳しくなっていた。その為、白百合の嫌がらせはパタリと止み、蔵人は通常通りに試合に臨むことが出来る。
「来たわ!黒騎士様よ!」
「「黒騎士さまぁああ!!」」
「うぉおお!本物だぁ!テレビで見たそのまんまだぁ!」
「頑張れ!黒騎士!勝利だ!優勝だ!」
「「「くっろきし!くっろきし!」」」
その反面、知名度は今までの比ではない程に上がってしまったが。
蔵人は、入場しただけで吹き荒れる大声援の中を、傘でも差したい気持ちになりながら入場する。
技巧主要論を広める為とは言え、あれだけ大口を叩いてしまったら、大きな期待を背負うのは仕方が無いのだろう。
蔵人はあきらめの境地に至り、観客席に向けて小さく手を挙げて感謝の意を示す。
それで更に盛り上げる結果となるのだが、こればかりは仕方が無い事。応援してくれるのに無視する等、それこそ久遠選手が嫌う男子そのものになってしまうから。
そう考えて、昨日の事が頭の中にフラッシュバックした蔵人は、兜の中で苦い顔を浮かべる。
本当に、何故あんなことになったのだろうか。自分は、ただ彼女の恐怖を拭い去り、本気で戦いたいと思って掛けた言葉であったのだ。決して、彼女の興味を引こうだとか、篭絡しようなどと言う思いは一切なかった。
無かったのに、あの様子は…。
本当に難しい世界だと、蔵人は本日何度目になるか分からないため息を落とす。
と、そんな事を考えていると、向こう側の観客席からも大きな歓声が上がった。
見ると、相手側の選手入場口に人影が蠢いており、直ぐに1人の白銀騎士がフィールドに現れた。
蔵人とは違い、真っ白な鎧には傷一つ見られず、フルフェイスではない兜からは、長く美しい黒髪がたなびいていた。その黒髪の先端で、真っ赤に燃えるような赤髪が揺らめいている。
準決勝の相手、安綱優火先輩だ。
彼女の登場を待っていたと言うように、観客席からは黒騎士に負けない声量のコールが鳴り響く。それだけ、安綱先輩は人気だという事。校内でも凄まじい熱量を向けられている彼女だが、それは世間的にも同じであった。
去年は、2年生にして全日本に出場し、皇帝選手と激闘を繰り広げられた。
そして、今年の都大会でも堂々の2位。優勝レース2番手の彼女が皇帝選手を打ち倒し、今年こそ念願の優勝を果たせるのかと、大会が始まる前から大注目の選手であった。
だが、今はその見方も大きく変わっている。
皇帝は既に敗北し、彼女に引導を渡した相手が、今こうして目の前に立ち塞がっている。
必然的に、ここにいる観客の誰もがこう思う。この地に立つ両者が、王座のすぐ目の前に居る事を。
それを意識しているのは、観客だけではなかった。
先輩の目が、こちらに向く。
「くら…黒騎士君。いつか君と当たる事になると、分かっていたよ。園部を倒した君なら、私の前まで来るのは当然の事だ」
「安綱先輩」
先輩は蔵人の前まで来ると、挨拶の前にそう言って、ふふっと小さく笑みを零した。
「君と初めて会ってから、まだ1年も経っていないんだな。覚えているかい?入試で君と共に、アグレス達を切り刻んだ事を」
「ええ。入試なのに、Aランクのジェネラル級と戦いましたね」
「はははっ。済まなかったな。あの時の私は、酷く興奮していたんだ。君と言う、類まれなる原石に会えた事を。君なら何かを、何か大きな事を成すのではないかと期待してしまったんだ。そして、それは当たった。今私の目の前に立つ君が、それを証明している」
真っ直ぐに向いていた先輩の瞳から、小さな炎が揺らめく。生徒を見守る生徒会役員の顔から、戦士の顔へと切り替わった。
笑みを消した安綱選手が、その真剣な眼差しを蔵人に注ぐ。
「私は、園部を倒す事に心血を注いで来た。あの敗北から1年。奴に一太刀を浴びせ、その身を王座から引きずり下ろす事ばかり考えていた。だが、今は違う。奴を討ち取った君にこそ勝ちたいと、心の底から強く思っている。入試の時の君であれば、それも容易い事であっただろう。だが今は違う。君は多くの強者と拳を交え、数多の困難を乗り越えてここまで来た。今の君は、あの時の君ではない。全日本王者の座を掛けて戦う、私の好敵手だ」
安綱選手が手を差し伸べて来る。手甲を外し、爪が整えられた綺麗な手を真っ直ぐに。
「この手を取ってくれ、黒騎士選手。正々堂々、全力で戦うことを、君に誓う」
「はいっ!」
蔵人も手甲を外し、安綱選手の手を取る。
暖かく、優しい手だが、内側には幾つも硬いタコが出来ていた。
剣ダコだ。彼女の並々ならぬ努力が、そこに裏打ちされていた。
「僕も、全身全霊で挑むことを誓います」
「黒騎士の全力か。それは楽しみだ」
本当に楽しそうに笑う安綱選手は、蔵人の手を強く握る。
蔵人もそれに合わせ、握り返す。
そして、両者ほぼ同時に握手を解く。そのまま背を向けて、自身の立ち位置までキビキビと移動した。
「…え〜、それでは、全日本Aランク戦、Aブロック準決勝を始めたいと思います」
2人の間に立っていた審判は、何も言えないままに進んでいく試合の様子に戸惑い、今ようやく声を上げた。
上げた事で、調子を取り戻したらしい。
蔵人の方に手を向けて、声を張り上げる。
「桜坂聖城学園1年、黒騎士選手!」
「「「うわぁああああ!!」」」
「「くっろきし!くっろきし!」」
「同じく!桜坂聖城学園3年、安綱優火選手!」
「「「きゃぁああああ!!」」」
「「せんぱぁああい!!」」
審判が選手名を上げる度に、観客席から耳が壊れそうな程の声援が上がる。心無しか、蔵人の方は低い声も多く混じり、安綱選手の方は真っ黄色な声ばかりであった。
相変わらず、同性にモテモテの様子。
蔵人が小さく笑みを浮かべる前で、審判は手を高く天に向け、宣言する。
「ルールはシングル戦公式ルールに則る!試合時間10分!両者、悔いのないようにベストを尽くして下さい!」
「「はい!」」
2人の返事に、審判は一旦言葉を切り、両者に視線を送る。
そして、
「両者構えて!……試合、開始!!」
ファアアアアンッ!
試合のファンファーレが鳴り響いた途端、安綱選手が動いた。
彼女の周囲を濃厚な魔力が包み、その揺らぎが炎の様に燃え上がる。
いや、実際に燃えているのだ。
彼女の異能力種はパイロキネシス。攻撃特化の強力な異能力だ。その力が振るわれれば、掠っただけで大ダメージは避けられない。
自由にさせてはいけない。
蔵人は周囲に水晶盾を作り出し、それを彼女目掛けて飛ばした。
「シールド・カッター!」
様々な軌道で空を切り裂き、時間差を付けて彼女へと向かわせる盾の高速刃。
それを仰ぎ見て、安綱選手は片頬を持ち上げる。
「私に、この技が牙向く日が来るとはな」
感慨深げに呟くと、彼女は右腕を高く掲げた。すると、周囲の魔力がより集まり、身の丈はある炎の大太刀となった。
轟々と燃える炎の大太刀。それをチラリと見た安綱選手は、右手を横に振り払う。その右腕の動きをなぞるように、迫っていたシールドカッター諸共に、大太刀は空間を一文字に薙ぎ払った。
炎の刃を真横から受けた高速刃は、ある物は真っ二つに叩き割れ、ある物は鍔迫り合いに負けて払われてしまった。
見事な技、そして見事な刀だ。
それを見た蔵人は、その攻撃力に冷や汗を流し、観客は大いに湧いた。
『凄い!パイロキネシスで作った大太刀が、黒騎士選手の技を一刀で弾いてしまったぞ!流石はAランク。流石は安綱選手!圧倒的な攻撃力の前に、黒騎士選手は棒立ちするしかない!』
「「「うわぁああああ!!」」」
「今です!先輩!」
「黒騎士君が押されています!」
「攻め込むチャンス!」
別に、固まっている訳では無いのだがな。
蔵人は歓声に答える様に、深く構え直す。
そこに、安綱選手が走り込んできた。次はこちらの番と言うように、逆巻く炎の大太刀を携えて、蔵人に向けて真っ直ぐに。
『さぁ、お返しとばかりに安綱選手が黒騎士選手に接近する!黒騎士選手はこれを、迎え撃つ気の様だ。前面でシールドを生成し、組み合わせているぅ。これは、黒騎士選手の得意技、ランパートだぁ!』
「「わぁああ!!」」
「出た!ランパート!」
「無敵の防御だよ!」
『安綱選手、黒騎士選手のランパートに飛びかかる!と、ここで彼女の持つ大太刀が小さくなったぞ!青く燃える炎の太刀がランパートに振り下ろされ、ら、ランパートが、真っ二つに切り裂かれたぁああ!!』
「「うわぁああっ!!」」
「嘘でしょ!?」
「やべぇ!ボスぅう!!」
悲鳴が舞うフィールドで、蔵人は後方に逃げながら苦い顔をする。
まさか、ランパートが真っ二つにされるとは。安綱選手の剣技と異能力が合わされば、あの剣聖と同等の切れ味を生み出すことも出来るのか。
予想外の攻撃力。だが、蔵人は直ぐに情報修正をして、追ってくる彼女に向けて手を突き出す。彼女の前に、重厚な盾の三重奏を繰り出した。
「トリオ!」
3枚のランパート。これなら斬れまい。
そう思って構えた蔵人の目端に、チラリと赤い物が見えた。
小さな炎。
蔵人は咄嗟に、そちらへ水晶盾を構える。すると、その炎は何かを形作りながら、蔵人の盾に突き刺さった。
なんだ?
水晶盾へと深く刺さったそれを見て、蔵人は少しだけ目を開く。
それは炎の剣。刃渡り20cm程度の短剣だった。
「ふむ。防がれてしまったみたいだな」
声の方を見ると、陽炎を見に纏った安綱選手が、トリオ・ランパートの手前で構えていた。
その手には、濃厚な炎の魔力。それはすぐに圧縮して、また別の武器を形作った。
槍?薙刀?いや、それよりも刀に近い形状。
これは…。
「長巻か」
「ご名答」
蔵人が漏らした言葉を、安綱選手は嬉しそうに拾い、炎の長巻をブンッと振るう。
それを合図に、彼女の周りで漂っていた陽炎も寄り集まり、先程の短剣を幾つも、幾つも作り出す。
空中に浮いた短剣の刃が一斉に、蔵人の方を向く。
「長巻、腰刀。私が作り出す炎の刀は、通常の刃物よりも斬れ味が良い。生半可な防御はオススメしないぞっ!」
安綱選手が長巻をもう一度振るうと、空中で待機していた腰刀が蔵人へと襲いかかる。正面と左右の3方向に広がり、蔵人のランパートを回避しようとする。
それに、蔵人は重なっていたランパート・トリオを分離させ、正面と左右を3枚のランパートでガードした。
腰刀は、トットットッ!と音を立ててランパートに突き刺さり、侵攻を止めた。
止めたが、何か嫌な予感がする。
ビリビリと、威圧の様な何かを感じた。
蔵人は咄嗟に後ろへと跳ぶ。
すると、目の前のランパート3枚が真ん中から横凪に斬り割かれ、蔵人が先程まで立っていた場所を長巻の刃が通り過ぎて行った。
「なんと、これも避けるか」
安綱選手は感心した様にそう言うが、そう言いたいのは蔵人の方であった。
腰刀の攻撃でランパートを分離、もしくは移動させる様に仕向け、本命は長巻で一網打尽にする作戦だったみたいだ。
確かに、安綱選手の刀は斬れ味が凄まじい。だがそれだけでなく、あらゆる刀を細部まで丁寧に生成し、それらを巧みに操る彼女の技術力があってこそなせる業だ。
これが、安綱優火選手の強さなのだろう。
蔵人の推測を肯定するかのように、彼女が動く。
揺らめく陽炎を広範囲に展開し、そこから再び腰刀が作り出される。
目の前いっぱいに広がる刃の壁。
なるほど。この量を防ぐのは不可能だ。
蔵人はそれを理解すると、生成を始めていた水晶盾を周囲に散らばらせ、迎撃態勢を整えた。
そこに、
「いくぞっ!」
安綱選手の掛け声と共に、刃の洪水が押し寄せてきた。
真っ直ぐ向かってくる物や、大きく迂回し、左右後方から狙ってくる物まで多種多彩だ。
蔵人はそれらに対し、水晶盾を向かわせる。
「アイアン・ドーム!」
突撃させた水晶盾は、刃の群れに突っ込むと、一瞬で針のむしろとなって消えてしまう。
そうする事で、迫ってくる腰刀の脅威を肩代わりしてくれる。
だが、予想よりも飛来する敵機の数が多く、また攻撃力もなかなかに高い。このままでは、水晶盾の数が足りず、撃ち漏らしが出てくる。
ならば、
「シールド・カッター!」
蔵人は、迎撃に向かわせていた水晶盾を高速で回転させる。そうする事で、ただ一方的に消されていった盾達が、腰刀を弾き飛ばして迎撃するようになる。刺されるだけの時とは違い、盾の縁で刃を弾くことで、簡単に消されることが無くなった。
撃ち漏らしも出るかと心配していたシールド・カッターは、向かって来た刃を全て叩き落とし、数枚の盾が生き残った。
蔵人はその子達を、お返しとばかりに安綱選手へ向かわせる。
だが、
「はぁああっ!」
安綱選手が、軽々と長巻を振り回すと、盾は簡単に弾き飛ばされてしまった。
腰刀程度であれば無双出来たシールド・カッターだったが、膨大な魔力に遠心力も加わった長巻の攻撃に、太刀打ちが出来なかった。
やはり、クリエイトシールドの遠距離攻撃では、近接型の選手には勝てないのか。
いいや。そうではない。
もっと鋭利に、もっと回転力を得た盾であれば…。
「合体だ!シールド・カッター!」
蔵人は生き残った水晶盾と、新たに作り出した水晶盾を頭上に集める。そいつらを4枚ずつ1組にし、盾を円形に並べる。盾の上辺を中心部へ、細くなる下辺部を外側へと並べたそれは、扇風機の羽の様な見た目となった。
それを、回す。
高速で、轟音を立てて回転するその飛翔体は、まるで大きな刃物の様に見える。
「行け、大車輪!」
蔵人はその凶悪な兵器を、安綱選手へと放つ。
「やるな、黒騎士君。ならば私もっ!」
安綱選手の陽炎から大量の腰刀が生成され、大車輪に向けて一斉に襲い掛かる。
だが、大車輪は止まらない。
イワシの群れと見間違えるほどの腰刀の軍団を、尽く弾き返して進む。高速で回転しながら進む盾の化け物は、まるで魚群を狩るサメの様に、群れのど真ん中を叩き斬った。
魚群の中を泳ぎ切った大車輪は、そのまま次の獲物、安綱選手に向けて猛然と突き進む。
それを、安綱選手は鋭い眼光で睨みつけながら、笑みを浮かべた。
「いいぞっ!受けて立つ!」
そう言いながら、長巻を構える安綱選手。そして、目の前まで大車輪が迫るタイミングで、一気に振り抜いた。
ギィィイイイインッ!!
金属が削られる音が響く。
炎で作られた刃が、新たな火花を散らす。
両者の業物が、拮抗するかに見えた、次の瞬間、
カンッ…。という小さな断末魔を上げて、炎の長巻が途中から折れた。
「なっ、くっ!」
安綱選手が、苦しそうな声を上げて横へ飛ぶ。彼女が先ほどまでいた場所を、大車輪の大刀が通り過ぎて行く。
彼女は、そのまま芝生の上を転がる。そして直ぐに立ち上がると、陽炎から新たな一振りをこさえ、蔵人とは反対方向に構えた。
そこには、安綱選手を捉えきれなかった大車輪が、大きく旋回して戻って来ていた。
空気を搔き切りながら、彼女も両断しようと迫る凶器。
それを見ても、彼女の様子に怯えは全く見られず、ただただ冷静に太刀を構えていた。
その様子に、蔵人は遠慮なしの最大速度で、大車輪を安綱選手へと嗾けた。
そして、
激突!
ギィィイイイインッ!!
再び、刃同士での鍔迫り合いが起きる。
高速回転する水晶の大盾と、真っ赤に燃える細い太刀の真剣勝負。
だが次の瞬間、安綱選手の太刀が少しだけ傾いた。それに流されるように、大車輪の刃が進行方向をずらされて、彼女の横を通り過ぎて行く。
「はぁああっ!」
過ぎ去り際、安綱先輩は再び刃を立て、真横を過ぎ去る大車輪の表面を切り裂いた。
元はCランクの盾であるそれは、その一太刀で真っ二つに切り裂かれてしまった。
上手い。たった一撃を受けただけで、もう大車輪の弱点に気付くとは。
蔵人は、切り裂かれて消えていく盾の集合体を目にして、自然と笑いがこみ上げて来た。
同時に、次の一手も考える。
そして、
「大車輪!」
もう2つ、凶悪な兵器を生成し、それを安綱選手に向けて飛ばした。
だが、彼女はそれを見ても、もう表情を変えることもしなかった。
まるで、既に見た技だと言うように、ただ軽く構えて冷たい目で2枚の大車輪を見る。見極める。
そして、
「せぇえいっ!せりゃぁっ!」
大車輪の刃を受け止めると同時に受け流し、2つの掛け声と共に切り裂いてしまった。
切り裂かれた2枚の大車輪は、彼女の後ろで4枚に別れ、そのまま消えていった。
もう、この技では彼女を倒せない。精々その場で足を止めさせ、一時、視線を奪う事くらいしか出来なかった。
だが、その一時が欲しかったのだ。
彼女が視線を外しているその間に、蔵人は部分的に展開していた龍鱗を全身に広げる。
「タイプⅠ、龍・鱗」
その状態から更に腕を膜で包み、その上から鱗を貼り付ける。
それだけであれば、紫電戦や妖狐戦で使用したタイプⅢである。
だが、それだけでは安綱選手には勝てない。彼女の作り出す名刀の前では、幾ら肥大化した腕であろうと叩き斬られて終わるのが想像できる。
だから蔵人は、寝かせていた両腕の鱗を立てた。
肘から指先にかけて、縦一列に鱗を並べる。そして、
その鱗を、動かす。
肘先から腕の上を通り指先へ。そこまで来た鱗を、今度は腕の下を通過させて肘先まで戻す。その1サイクルを、何枚もの鱗が連なり、超高速で回転する。
その姿は、まるで、
「すげぇええ!ボスの両腕が、チェーンソーみたいになったぞ!」
「さっすがカシラやで!大型手裏剣だけやのうて、そんな武器まで作ってしもうた!」
「「「うぉおおおお!!」」」
興奮した声が飛び交う中、蔵人は走り出す。
目の前では、2枚目の大車輪を斬り裂いた安綱選手が、こちらに振り返った所だった。
彼女はすぐに太刀を構え直すも、表情は随分と強ばっていた。
「なんと…それも、盾だと言うのか!?」
「否、これはっ!」
蔵人は飛び上がり、両腕を空へと高く掲げる。
そして、太刀を一文字に構える安綱選手目掛け、振り下ろした。
ギィィイイイインッ!!
「こいつは背ビレ、龍の・背ビレ!」
蔵人の声が、金属を削る音と共に会場を駆け抜けた。