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303話〜もっと高く飛びなさい〜

ファァアアアンッ!!

試合開始の合図が審判から発せられると、会場のスピーカーからも開始のファンファーレが鳴る。

それと同時に、蔵人も動いた。

相手選手と10mも離されてしまったので、急いで距離を詰めなくてはいけない。

久遠選手の異能力はクリエイトアニマルズ。中距離から遠距離までを得意とする力なので、余計に急がないと大変な事になる。

と言うよりも、久遠選手に有利となるように審判が計らったと言うべきだろう。現に、蔵人の目の前では既に、中型犬クラスの狐が数匹、久遠選手の足元に作り出されてしまっていた。

彼女の目が、蔵人をキッと睨みつけてくる。


「行きなはれ!」


次々と生れ落ちる水晶の動物達が、蔵人目掛けて駆け寄って来る。

だが、その駆け寄って来る動物達は、何処か歪な気がする。耳が折れ曲がっていたり、体の一部が凹んでいたりと、細部において歪みが発生しているのだ。

その歪みの影響は、彼らの運動能力にも表れていた。飛び掛かって来る彼らだが、動きに統一性がない。一斉に飛び掛かって来ていたから厄介だったそれも、バラバラに攻撃してくることで攻撃の隙が大きくなり、見てから回避することが容易となっていた。

もしかしたら久遠選手は、未だにビッグゲームでのトラウマを克服出来ていないのかもしれない。

蔵人はそう判断し、動物達の攻撃を避けながら、その小さな体に拳を埋め込んでいく。それだけで、歪な動物達は光の粒子となって消えてしまう。攻撃だけでなく、防御面でも性能が落ちているみたいだ。


「まだや!うちは、こんなもんやない!」


久遠選手が必死の形相で叫び、大型バイク並みの牡鹿を生成する。それをけしかけようと手を挙げる彼女だったが、蔵人が直ぐ近くまで来ているのを見て、急いでその牡鹿に横乗りした。


「出したって!」


久遠選手は牡鹿の首横を手で叩いて、彼を走らせた。蔵人はそれに追従しようとしたが、牡鹿はなかなか速い。山で一晩中鬼ごっこをした蔵人の足では、到底追いつけるとは思えなかった。

では、タイプⅡを使うか?いや、魔力が心もとない中で、大技は極力控えた方が良い。とは言え、相手に大量のアニマルズを生成されてしまうと対処のしようがない。今の残存魔力量は、ミラブレイクやホワイトアウトなどの必殺技が使えない程に枯渇しているから。

そこで、蔵人は彼女達に向かってアクリル板の弾丸を飛ばす。


「クリア・バレット!」


低威力で低燃費、しかし高速の弾丸は、歪な牡鹿の前足を集中砲火し、彼の膝を折る事に成功した。


「きゃっ!」


突然前のめりに倒れた牡鹿の背中で、久遠選手は小さな悲鳴を上げて転げ落ちる。真っ赤な着物が、朝露に濡れた芝生の水分を吸収して色濃く変色する。

チャンスだ。

蔵人は疲労で軋む体に鞭を打って、足跡を深く芝生に刻みながら突進する。

その音で、久遠選手は顔を上げて慌てて立ち上がる。そして直ぐに、牡鹿を再召喚した。


また逃げる気か。このまま追いかけっこを続けられると、体力的にも時間的にも厳しい。ペナルティを受けている俺を相手に、彼女は逃げるだけで良いからな。

ならば、

蔵人は速度を落とし、右手を前に突き出す。周囲に幾枚もの鉄の小盾が生成されて、それが久遠選手目掛けて一斉に飛翔する。


「チャフ!」


相手の視界を塞ぎ、奇襲攻撃にて相手を(ほふ)る。

蔵人の戦略は見事に嵌り、久遠選手が乗った牡鹿は走り出すことが出来ず、おろおろと欺瞞盾が舞うフィールドの中でステップを踏んだ。

よしよし。良い子だ大鹿君。そのままそこに居てくれよ。

蔵人は走り出し、彼女達の右サイドから突撃しようと進路を取った。

このまま突っ込む。

そう思って、両腕を目の前にクロスさせた、その時、


「葉子様!右です!」

「黒騎士が突っ込んできます!」

「右側に気を付けて!」


観客席から、無数の「右」コールが飛び出した。

そのアドバイスが聞こえたのか、牡鹿が慌てた様子で、欺瞞盾の左の方から飛び出した。

蔵人から逃げるように、飛び跳ねてフィールドを駆ける牡鹿。彼の背に乗った久遠選手が、こちらに怯えた目を向けて来た。

その様子から、彼女が欺瞞盾の中で迷っていたと分かる。黒騎士が何処から攻めてくるか分からずに、足が止まってしまっていた。だが、観客達の声によって蔵人が来る方向がわかり、急いで逃げだした。


蔵人は審判の方を向く。彼女はフィールドの端、記者達が陣取るスペースのすぐ下で、こちらをジッと見ていた。彼女の様子に、今すぐ動く気配はない。観客から声で支援があったというのに、ペナルティ一つ取ろうとしていなかった。

いくら何でもやり過ぎだろう。

そう思った蔵人だったが、つい先ほどまで命を狙われていたのを思い出し、それと比べると可愛い物かと考え直す。


また、記者団のスペースを見て思ったが、何時もよりも集まっている報道陣の数が少ない。皇帝戦は言わずもがな、1回戦や3回戦に比べても、半分も居ないように見える。

これはあくまで想像だが、白百合は今回の試合で、報道局にも規制を掛けているのではないだろうか。彼女達と結びつきが強く、不利にならない記事を書く局しか入れていないのかも。週刊文化の件があるので、彼女達に都合のいい業者のみを入れていても不思議ではない。

これでは幾ら不正が行われたとしても、後から糾弾される期待は出来ない。勿論、観客の中には一般人もいて、その人達は声を上げてくれるかもしれないが、メディアが操作されている以上、それらが公になるまでには相当な時間が掛かる。


ならば、審判と観客が敵側であると想定して、試合を進めるまで。

蔵人は、走り去る久遠選手の背を見ながら、座り込んで地面に手を付いた。そして、着いた地面の中で盾を生成し、それを組み合わせてホーネットを作り出す。それを久遠選手に向けて潜航させると、今度は立ち上がって周囲に水晶盾を作り出す。


「シールドカッター!」


10枚程のシールドカッターを、牡鹿に向けて放つ。

その攻撃を受けて、牡鹿は進行方向を変更し、左へ、右へとシールドを躱していく。

こうすることで、彼女達が逃げる方向を限定させ、足を鈍らせている。そして、彼女達が歩みを遅くしている間に、潜航しているホーネットによって急襲する戦法だ。これならば、誰からも察知されることなく、久遠選手は直前まで攻撃されたことに気付かない。

そう思っていた矢先、


「葉子様!下です!」

「ほーねっと?とか言うのが、5秒後に飛び出してきます!」

「走って!真っすぐ走って回避して下さい!」


おいぃいい!俺の頭の中を読むんじゃないぃい!!

蔵人が頭の中で叫ぶと、観客席の白百合部隊の各所から小さな悲鳴が上がった。

やはり、頭の中を読まれていたか。竹内君と同じタイプの、目で見て相手の思考を読むサイコメトラーだろうな。

蔵人はホーネットを消しながら、必死に逃げ惑う久遠選手の後姿を見て頭を振る。そして、小さな魔銀の盾を生成し、それを等間隔で兜に付ける。貴重な魔力を使ってしまったが、これで相手のサイコメトラーは、ジャミングが掛かったみたいに読み辛くなるだろう。

ただ、読み辛くなっただけで、完全には遮断できない。思考を読まれたとしても、効力を発揮する技を繰り出す必要があった。

その技は、


「タイプⅢ、アームド・ブブ」


1回戦に引き続き、タイプⅢを作り出す蔵人。ただ、今回は右腕だけだ。繰り返すが、魔力が心もとない。

蔵人は走り出す。右腕に貼り付けた龍鱗で引っ張り、体に貼り巡らせている龍鱗も総動員して、久遠選手の牡鹿を追いかける。加えて、彼女達に向けてシールドカッターも繰り出し、逃亡を阻害する。

彼女達との距離が近づいて来る。もう少しで、タイプⅢの射程圏内だ。ショットガンの弾は、蔵人でも予測不可能な軌道を描くので、射程に入ってしまえば観客達の告げ口も無意味となる。

さて、どう出る?


蔵人が、今にも破裂しそうな右腕を彼女達に向ける。その銃口の先で、彼女達は急に立ち止また。久遠選手の目が蔵人の右腕を鋭く睨みつけ、牡鹿に手を付いて魔力を流し込み始めた。

牡鹿の姿がみるみる変わっていく。背中から大きな翼が生え、太く立派な四肢が2本に束ねられて、大きな鉤爪が生えてくる。長鼻が伸びて、鋭利なくちばしに変わった。

牡鹿は、見上げる程大きな怪鳥へと進化した。


「飛ぶんや、ピーちゃん!」


彼女の命令に、怪鳥は甲高く一声鳴くと、バッサバッサと翼で風を地面に叩きつける。そうして、青く澄み渡る空へと飛翔した。

これも、観客からの入れ知恵か?いや、観客から何かを受け取る様子は無かった。どちらかと言うと、彼女自身がこの腕を危険と判断し、空へと逃げたのだ。きっと、彼女は紫電戦を見ていて、この腕の性能を知っていたのだろう。だから、空へ逃げることを即座に決断した。

トラウマで縮こまっているばかりかと思ったが、頑張って克服しようとしているのか。

なかなかやるな。

蔵人は心を弾ませ、背中に大きな水晶盾を貼り付ける。

タイプⅡ…とまではいかないが、これでも何とか、彼女達を射程圏内に入れることは出来るだろう。


「行くぞ、久遠選手」


蔵人は背中の盾で体を持ち上げ、彼女達が逃げた軌跡を追う。


『おおっと!空中戦に移行したぞ!大鷲に乗った久遠選手が、背中に盾を装着した黒騎士選手に追われる形だ!黒騎士選手の異様に大きな腕が、久遠選手を撃ち落とさんと狙いを定めているぞ!久遠選手は逃げ切れるのか!?』

「「いっけぇえ!黒騎士!」」

「卑怯な女狐を撃ち落とせ!」

「雪辱戦だぞ!ボス!」


蔵人の足元で、実況と桜城応援団が一斉に沸き立つ。

どうやら、実況は公平(まとも)な人が行っているらしい。そこは人数が割けなかったのかな?と蔵人が疑問に思っていると、その答えは直ぐに投げかけられる。


「「「葉子さまぁあ!」」」

「黒騎士は5時の方向です!10mは離れています!」

「撃たれないように、ジグザグに飛んでください!」


実況と桜城の応援を塗りつぶす様に、白百合軍団から大声が押し寄せる。これがあるから、態々実況まで白百合側に塗りつぶす必要が無かったみたいだ。観客席の半分を埋める白百合軍団が、久遠選手のピンチに次々と声を上げた。

その中で、


【もっと高く飛びなさい、葉子。もっと高く。もっと羽ばたいて、黒騎士の手が届かない所まで行きなさい】


下から、強い思念が割り込んできた。

これは、テレパシーの異能力。観客席から発せられるそれは、またもや反則行為。

一体、誰がこんなデタラメな事を?

蔵人は思念が飛んで来たところを一瞥する。

観客席の最前列。そこには着物を着た集団が座っており、その中でも一際高級な着物に袖を通したご婦人が、鋭い目でこちらを睨み上げていた。

久遠選手と似たキツネ目。それに、久遠選手を呼び捨てにする間柄。

もしかして、母親か何かなのか?


蔵人はそう思いながらも、その集団から視線を切る。目の前で、大きく羽ばたく音が聞こえたからだ。

母親らしき人からの指示に、久遠選手は怪鳥を更に高く、高くと大空へ飛翔させる。

蔵人も、彼女達を追って盾の高度を上げていく。地面から、どんどんと離れて行く。今日は天井も全開になっているので、青空がどんどん近づいてきた。

彼女達は、何処まで飛ぶつもりなのだろうか?

蔵人が不思議に思っていると、下から鋭い音が冬空に響いた。

審判の、ホイッスルだ。


ピィイイイイイイ!ピィイ!ピィイ!

「黒騎士選手!ペナルティ!飛行制限超過!」


なにぃいい!?

蔵人はその場で止まって、審判を見下ろし、再び空を仰ぎ見る。

蒼穹の青に、白銀の怪鳥が羽ばたく姿がそこにある。

蔵人よりも10m以上高く飛んでいる久遠選手にはペナルティが無く、その下に居る蔵人にはペナルティを課していた。

いくら何でも、これはやり過ぎだろう。

そう思いながらも、蔵人は大人しく地面へと降り、イエローカードを誇らしく掲げる審判の元へ急ぐ。

彼女は鋭い視線で、だが、何処か勝ち誇った顔で蔵人を迎えた。


「シングル戦の規定も知らないのですか、貴方は!10m以上の飛行は禁止と、ルールにも書いてあるんですよ!?」

「…そのルールに、彼女だけは抵触しないという事ですか?」


そう言って、蔵人は空を見上げる。

だが、審判はそちらを見ようともせず、平然と言い放つ。


「久遠選手はしっかりとルールを守っています!人の事よりも、先ずは自分の行いを恥じるべきではないですか?黒騎士選手」


全く、これだから男は…。と、審判はあからさまに大きなため息を吐く。

それをやりたいのは俺の方だよ。

蔵人は、内心で愚痴を吐くことで、自身の中に生まれた葛藤を吐露したつもりになる。


しかし、どうするべきか。

蔵人は腕を組んで考える。

久遠選手は明らかに、20mは上空に避難してしまっている。この状況では、幾ら攻撃が届いたとしても、威力も速度も確保できない。彼女の怪鳥であれば、簡単に避けられてしまうだろう。時間はまだあるが、このままではただ空を飛ばれるだけで負けてしまう。

かと言って、また空を飛べばペナルティを受ける可能性がある。審判は信用できないから、10m以下の飛行でもペナルティを取って来るだろう。そうなれば、イエローカード3枚となり詰む。

攻撃手段もなく、魔力も余裕が無い。

ここで終わりなのか。この世界の理不尽に俺は、潰されてしまうのか。

白百合の策に、正面から挑むべきではなかったのか。

蔵人の中に、後悔の念が湧き上がって来た。

その時、


音が、聞こえた。

バッサバッサと、翼で風を掻きまわす音が。

蔵人が慌てて上空を見ると、そこには怪鳥の羽毛が目前まで迫っていた。

なんで、降りて来た?

蔵人が目を見開く中、怪鳥は地面に降り立ち、その背から降りた久遠選手がこちらへと歩いて来た。そして、


「審判さん。しょうもない事するんもそれくらいにしてくれんか?なんで今のが、ペナルティになるん?」


なんと、久遠選手自らが、選手に申し立てを行っていた。

どういう風の吹き回しだ?これが、白百合の次の一手なのか?

蔵人が、訝しみと期待が混ざった目で久遠選手と審判の両方を見ていると、審判は少し震える声で彼女に返す。


「久遠選手。私は公式戦のルールに則って、公平に審判しており」

「何が公平や。それやったら、黒騎士選手だけやのうて、うちもペナルティにせなあかんやろ?同じ高さ飛んどるんに、なんで片方しか警告せぇへんの?」

「いえ、私からは、貴女がそこまで高くは飛んでいるとは、見えなかったからで…」

「それやったら、審判さんを交代してもらわなあかんのやない?こないに大きなピーちゃんも見えん方に判断されたら、うちかて安心して戦えへんさかい」


久遠選手の詰問に、審判は口をパクパクするだけになってしまった。

そんな審判を見て満足したのか、久遠選手が振り返る。彼女の視線の先には、白百合の大観衆が居た。


「みんなにも、言いたい事があんねん。色々と教えてくれるんは嬉しいんやけど、けどうちは、うちの力で戦いたいんや。正々堂々と戦って、この黒騎士に勝ちたいんや。せやから、みんなには静かに見守って欲しいんや、うちが戦うとこを」


久遠選手の言葉を受け、最初は戸惑っていた白百合の観客達だったが、次第に小さな拍手がチラホラ生まれる。

多くの会員は、これが賛同していい物なのか、"上の人達"からお叱りを受けないかと迷っているみたいだ。でも、彼女の申し出に反感を抱いている人は少なそう。

元々、ここにいる白百合軍団の多くは、それ程熱狂的な信者ではないのかも知れない。数万人の観客席を埋めねばならないので、取りあえず座って応援しろと命令されたのかも。それ故に、応援する対象の久遠選手からの発言に、反感を抱く人が少ないのか。


だが、少数でも彼女を訝しんで見る者もいる。

その1人が、蔵人であった。

彼女の変わりように目を細め、若干の戸惑いすら感じていた。

ビッグゲームでの彼女は男性を目の敵にしていて、男子部員を内包する桜城ファランクス部を執拗に攻め立てていた。

この4回戦だって、さっきまで白百合の反則行為で生き延びていた様な物だ。

それを、急に拒否し始め、清廉潔白な試合を望み始めた。


彼女の真意が掴みきれなかった。本当に久遠葉子は、真剣勝負を望んでいるのか。はたまた、これも白百合の策略なのか。

策だとしたら、何が考えられる?

審判や観客を踏み台にすることで、己の権威を底上げしたいのか?であれば、もっとメディアを入れるべきだろう。

ただの時間稼ぎ?そう思ったが、電子掲示板のカウントダウンはホイッスルが上がった時に止まっていた。

では、疲れたから体力回復を図っている?いや、自分の方が余程ピンチだし、時間を掛けてくれると魔力も回復出来る。

では…なんだ?


蔵人は目を更に細め、彼女の心の中を見透かそうとした。

そんな時、観客席から声が飛んできた。

観客席最前列で立つ、久遠選手の母親からだ。


「葉子、何をしているの?貴女はただ、決まった通りに動けばいいの。空を飛び、時間まで黒騎士から離れなさい。そうすれば、貴女の勝ちよ。憎い黒騎士を、もう少しで打ち負かす事が出来るのよ。この、全日本の大舞台で」

「お母様!それでは、男と一緒ではありませんか!卑怯で卑劣で、何も出来ないのに威張り散らし、女を食い物にする男と、私達は同じ事をしています。それが嫌で、私は白百合に入ったのに。それなのにこんな…こんな事、もう出来ません!」


なるほど。彼女の真意はそこなのか。

蔵人は視線を緩めて、久遠選手と、その母親を交互に見た。

簡単に言えば、久遠選手は己のポリシーから反則行為を恥じたのだ。己のしている事が今まで嫌っていた男達と同じ事であると思い、それを止めたくて声を上げた。それが、実の母親に反発する事と知っていても尚、信念を曲げたくなかったのだろう。


素晴らしい。素晴らしい信念であり、魂だ。

彼女もまた、1人の挑戦者と成りつつある。


蔵人は久遠選手の心意気を理解し、彼女と戦いたいと思った。今は恐怖で気が縮んでいるかもしれないが、それを少しでも緩和させて、彼女の本気と戦いたいと思った。

だが、今は不可能だ。

彼女にとって最大の壁が、今まさに立ち塞がっているから。


「貴女の意見なんて聞いていないわ。貴女はただ、己の役目を果たすだけ。弱い力しか与えられず、神に見放された愚かな男達を、この神聖な場所から排除する。それが私達の役目よ。さぁ、分かったら戦いなさい。私達の理想の前に、黒騎士を跪かせなさい!」

「出来ません…お母様様は、ただ重ねて憎しんでいるだけです。黒騎士は、あの人ではないんですよ?」


うん。あの人?お父さんか何かです?

家庭の事情に踏み込んでは不味いと、蔵人は気持ち後ろへ遠のく。

そこに、久遠母親の冷たい吐息が聞こえた。


「そう。なら、もういいわ」


そう言った途端、久遠母から膨大な量の魔力が溢れ、こちらへと流れて来た。その大河の様な膨大な魔力が蔵人を通り過ぎ、久遠選手を包み込むように渦を巻いた。

その途端、


「うっ…くっ…ぅうう」


久遠選手は頭を押さえて、地面に膝を着いた。

元から青い顔を更に白くさせ、頭を押さえて苦しむ彼女。だがそれを見ても、久遠母は顔色1つ変えず手を叩いた。


「審判。葉子が戦う気になったわ。早く試合を再開させて頂戴」


おいおい。目が付いているのか?あんた。

蔵人が呆れて久遠母を見ていたが、直ぐに彼女の言っている意味が分かる。

久遠選手が、立ち上がった。

狐目が更に吊り上がり、白かった顔には血の気が戻り、登り、真っ赤になっていた。

怒りの形相で、蔵人をギロリッと睨む久遠選手。


何をした?ドミネーションか?それとも…。

蔵人が構えている所に、久遠母の嘲笑とも取れる声が降りかかる。


「さぁ、試合(ゲーム)の始まりよ。愚かな騎士さん」

久遠葉子さんは、力もないのに偉そうにする男が嫌いで、白百合に入ったんですね。


「そう言う意味では、あ奴は当てはまらん」


寧ろ、蔵人さんを貶めようとする白百合の方が、葉子さんの嫌う人間であると…。


「だが、母親は盲目的に、男を排除する事だけに心血を注いでいるようだ」


白百合の中でも、温度差があるのですね。

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― 新着の感想 ―
1ミリたりとも理解出来ないのだが、何故何日も妨害されているのを受け入れてるんだ…? 説明して欲しい 証拠がないから有耶無耶にされるとかってスマホで撮影でもすりゃいいと思うが
いいですねぇ、久遠母殿!圧倒的ヒール!これは面白い。実の娘に対し、洗脳、もしくはそれに類似した能力をかけるとは。中々に上げてくれる。実際久遠選手が降りてきたときはまあまあ萎えましたしね。最後まで、敵と…
現代だとテレビクルーも入って放送されるんやろなぁ……審判目ついてるのか!ってSNSに名前も晒されて大会ごと大炎上しそう()
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