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300話~言っただろ?あんたはあたしの獲物だってさぁ~

目の前には、だらしなく四肢と舌を垂れ下げた黒騎士の死体がぶら下がっている。

皇帝の猛撃を防ぎ、Sランクの装甲ですら貫く麒麟児も、息を止めてしまえばただの人。そして、息を引き取ってしまえばただの肉塊だ。

杏樹の興味は、既に黒騎士だった物から離れつつあった。

彼女が求めた物は、十分に手に入ったから。

死に際に見せた黒騎士の表情。あれ程見事に、あれ程(むご)たらしく散っていった彼に、杏樹はエクスタシーすら感じていた。ここが冬山でなければ、そして、自由な身であったなら、もう少しここで余韻に浸っていたかもしれない。


だが、今回は依頼された仕事。強者を殺せる代わりに、色々と条件を付けられていた。

その内の一つを果たす為、杏樹は耳にイヤホンを突っ込み、首元に取りつけられたピンマイクに口を近づけた。


「ウィドウからリリーへ。フェーズ3は終了した。早く登って来な。死体が腐るよ」

『リリー、了解。ウィドウは指示があるまでそこで待て。蘇生させた黒騎士の精神状態によって、もう一度実行してもらう』

「弱い者イジメはごめんだよ」


杏樹のボヤキに、しかし、マイクの向こう側から反応は無い。

返答を聞かずに通信を切ったらしい。

全く、いけ好かない連中だよ。

杏樹は小さく舌打ちをして、既に興味が無くなった黒騎士の死体を見上げる。


と、途中で動きを止めた杏樹。

吊るされた黒騎士に、違和感を感じたのだ。

杏樹は、ジッと死体をねめつける。違和感を覚える箇所へと顔を近づけて、あと少しで黒騎士の体に、股間の部分にぶつかりそうな所で動きを止めた。次いで、くんっくんっと鼻を鳴らした。


誰かに見られたら、変態だと罵られる行為だ。特に、ここは貞操観念が逆転した世界。男性に過剰な性的虐待をしたとして、警察のお世話になること間違いなしの事案である。

だが、杏樹は大真面目であった。

真面目に、おかしいと思った点を漏らす。


「失禁してないね。おかしいねぇ。首吊った奴は全員、無様に撒き散らすってのにさぁ」


そう言いながら、杏樹は黒騎士から少し離れる。

そして、金剛に輝くサイコキネシスの腕を高々と掲げて、


「おかしいねぇ!」


その一撃を、黒騎士の死体へと一直線に振り抜いた。

Aランクの魔力を凝縮した拳。勢いよく繰り出されたその攻撃は、


バキリッ!


太く立派な木の幹を、まるで発泡スチロールを殴ったかのように叩き折ってしまった。

黒騎士を吊っていた木だ。そこに吊るされていた黒騎士は、


「おっと、気付かれましたか」


幹を蹴って上空へと逃れていた。

折れて倒れる木を踏み台に黒騎士は宙へと舞い、倒木した木の上に着地して杏樹を見下ろした。

その顔には、先ほどまで浮かんでいた恐怖とか、絶望という色は一切見えない。何事も無かったかのような余裕の表情だ。

だが、彼は確かに絞殺したはず。その証拠に、彼の首には未だ、サイコキネシスで作った杏樹の糸が何重にも巻き付いていた。


常人であれば、呼吸が止まるどころか、首の骨が折れる程の強靭な糸。それなのに、黒騎士はなんでもない様にそこに立ち、こちらに冷たい目を向け、品定めでもしているみたいだった。

彼は全くの無傷。

何故だ!


杏樹が不安と疑念で黒騎士を睨み上げていると、彼の首筋で何かが光った。

自分で作った金剛の糸かとも思ったが、よく見るとそれは、黒騎士の首筋に薄らと張り巡らされた水晶の盾だと分かった。

龍鱗。

確か、白百合共からの情報で上がっていた技だ。それを貼っていたから、先の攻撃を防げたのか。

では何故、黒騎士は事前に龍鱗を展開してた?それが出来ないように、飛行モードに移行させたのに。

こちらの情報が漏れている?


杏樹が疑心暗鬼に陥ろうとしている前で、黒騎士は笑った。


「何故、貴女の奇襲を防げたのか。そんな顔をされていますね?」


黒い瞳で見下ろす黒騎士が、薄っすらと黒い笑みを浮かべた。


〈◆〉


最初に彼女を疑い出したのは、全日本が始まる前。若葉さんが、黒騎士の全日本Aランク戦出場の号外をばら撒いた日だ。

あの日彼女は、黒騎士の情報をいち早く周知したいと言う衝動から、蔵人の了承も得ないままにあの様な行動に出てた。

そうしてしまう程に、彼女にとっては価値のある情報であり、誰よりも先に出す意義を感じていた。あの情報通の彼女ですら舞い上がる程、黒騎士参戦の情報は頑なに伏せられていたのだ。

それなのに、蜂須賀さんは2週間も前に黒騎士参戦の情報を知っていた。彼女以外に知っていたのは、その日に襲って来た白百合の生徒達だけ。


そこから蔵人は、蜂須賀さんが白百合と何らかの繋がりがあるのではと考え、号外が出た日の昼休みに、若葉さんと林さんに話を聞いていた。

『済まない。2人に聞きたい事があるんだ』と。

しかし、そこで出た情報の中に、彼女と白百合の関係を裏付ける物はなかった。

代わりに、もっとヤバい情報が出て来た。


若葉さんからは、蜂須賀さんが相当危険な選手だと聞かされた。

蜂須賀さんの実力は元々高く、小学生の頃から各大会で優秀な成績を収め、中学生では1年生の時から県大会に出場する程だった。

だが、順調だった彼女の人生に、大きな転機が訪れる。

とある試合中、彼女は相手選手を殺してしまった。

地方大会の予選で、蜂須賀さんは審判の制止を振り切って相手を締め落とし、そのまま絞殺してしまったのだった。小さな大会で、サポートも十分ではなかったのだろう。相手選手はテレポートが一瞬間に合わず、クロノキネシスで蘇生させる事態となった。

普通であれば、お互いにトラウマとなるような事故。だが、相手を殺した蜂須賀さんは後悔する様子もなく、ただ黒い笑みを浮かべていた。

それからというもの、彼女は対戦相手を執拗に攻め立てるようになり、審判やテレポーターの制止を無視する事も多くなったそうだ。

彼女は危険だ。周囲はそう感じ取り、次第に彼女と距離を置くようになったのだとか。


確かに、異能力競技は死ぬ可能性もある危険な競技だ。だが、選手達は勝つために異能力を使うのであり、大会側も彼女達に危険が及ばないように尽力している。

しかし、蜂須賀さんは勝つためではなく、相手を殺すために戦っている。

同じ武器でも、目的が違えば脅威も大きく違ってくる。特に彼女の場合は、普通なら嫌厭(けんえん)される人殺しという行為に快楽を覚え、それを求めてしまっている。そこは、異常と言うしかない。


かなりヤバい情報を出てきた若葉さん。だがその情報を、林さんは軽く超えてきた。

林さんが語ったのは、ゲームの中の蜂須賀杏樹。

3年後の蜂須賀さんは、高校生ではなかった。勿論、白百合会員でもない。

彼女が所属していたのは、反女性社会組織、アグリアだった。


実力はあった彼女は、高校でもシングル部に所属する。

だがその練習中、気に食わない先輩を殺してしまい、シングル部を退部させられた。そして、退部と同時に高校自体も自主退学する。

それから月日が経ち、ゲームが本編に差し掛かる頃には、アグリアの構成員として特区の内側で活動し始めた。アグレスによって特区が混乱している最中、蜂須賀さんは闇夜に紛れて高ランク達を次々と暗殺する。

そんな彼女は、何時しか凶悪な2つ名で呼ばれるようになる。

【ブラック・ウィドウ】

天敵すらも食い殺す獰猛な蜘蛛の様だと、ゲームの中で恐れられるキャラクターとなっていく。


そんな情報を聞かされた蔵人は、嫌でも彼女に身構えた。特に、彼女が得意としている首吊り攻撃を警戒し、首周りは2重の水晶盾で覆うようにしていた。

それが功を奏して、今も余裕の表情を浮かべることが出来ている。


だが、やられた時はかなり焦っていた。何せ、蜂須賀さんが蔵人の首に手をかけた時、彼女からは一切の殺気を感じなかったからだ。

感じたのは熱量だけ。突き刺さる視線と興奮気味な彼女の吐息は、まるで告白する前の乙女の様であった。

いや、まるで、ではない。彼女にとって殺しとは、他の女の子達が恋愛をするのと同じくらい、興奮することなのだろう。

殺人を、全肯定どころか快楽にまで昇華させてしまった彼女は、殺気ではなく快楽によって人を殺す。

殺人鬼。

蜂須賀さんはその禁忌の領域に、片足を深々と突っ込んでいた。


その彼女は、蔵人が構える前で顔を曇らせ、鋭い視線でこちらを射抜く。


「流石は黒騎士様だねぇ。ただ強いだけじゃなくて、何でも知っているスーパーマンって訳かい。それなら、安心したよ!」


蜂須賀さんが跳んだ。体から伸びるサイコキネシスの糸を近くの木の枝に結びつけ、それをサイコキネシスの腕で引っ張る事で、瞬く間に木の上へと飛び移った。

そこから蔵人を見下ろして、長い舌で舌なめずりをする。


「白百合の奴らが話を持って来た時は、あんまり乗り気じゃなかったんだよ。男なんて弱っちいのを殺った所で、これぽっちも気持ち良くないからさ。でもねぇ、あんたは違う。あの皇帝を倒し、あたしらの襲撃も防いだ。今まで戦ってきた奴らとは比べ物にならない強者だ。そのあんたを倒し、殺す。想像しただけでもイッちまいそうだよ!」


嬉々として叫んだ彼女の姿は、一瞬にして消えてしまった。

恐らく、糸を手繰り寄せて別の木に飛び移ったのだ。その証拠に、遠くの方で木々が揺れて、ミシリッと枝の悲鳴が聞こえた。

かと思ったら、すぐ近くの木々が大きく揺らぎ、次いで腕に何かが巻き付いた。見ると、薄ら光るサイコキネシスの糸が絡まっていた。


このままでは、また一本釣りにされてしまう。

危険を察知した蔵人は、すぐさま小さな盾を生成し、それを回して糸に当てた。

シールドのグラインダーだ。巻き付いたのは金剛レベルの糸みたいだが、盾を当てると直ぐに素線切れを起こし、蜂須賀さんが引っ張りよりも早く切断した。

切られた糸は、切り口からキラキラと粒子をまき散らしながら、暗闇の中へと消えて行く。


糸は確かにAランクの物であったが、細く引き伸ばしたそれは強度が落ちているみたいだ。それでも、人を吊り上げるくらいの強度はあるのだから、脅威であることは変わりない。


蔵人は追加の攻撃を警戒しながら、糸が飛んで来た方向にある木に向かってシールドバッシュをぶち当てる。すると、木の上から何かが降りてきた。

蜂須賀さんだ。

彼女は糸で逆さ吊り状態で垂れ下がり、蔵人に向けて三日月の笑みを浮かべた。


「Cランクの盾でAランクの糸を切るとは、やっぱりあんたは面白いねぇ。だったらあたしも、あたしのヤリ方であんたを楽しませてやるよ」


そう言い残し、彼女は再び木の上に登る。登ってすぐに、大量の糸をこちらへと飛ばしてきた。

まるで能の土蜘蛛の様に、放射線状にばら撒かれる糸のシャワー。それらは、蔵人の腕だけでなく、足や胴体、そして首にまで巻き付いて来た。

細くすると、これ程までの本数を出せるのか。

蔵人は感心しながら、周囲に複数のシールドカッターを生み出し、巻き付く全ての糸を両断して見せた。


と、その時、背後から風を切る音がした。

何かが、こちらへと高速で迫っている。

蔵人は慌てて、地面を転がる。

すると、今まで蔵人が立っていた場所に、サイコキネシスの腕を構えた蜂須賀さんが突っ込んで来た。

彼女は糸を木の枝に結びつけて、振り子の原理を利用して攻撃してきたのだった。

まるで、映画のターザンだ。


なるほど、これは確かに面白い。

蔵人は立ち上がりながら、笑みを零す。

糸のシャワーで視界を奪い、奇襲の成功率を上げた。加えて、遠心力を使う事により、突撃の攻撃力も上げたのか。

彼女の糸と、この場所は実にマッチしている。己の力を最大限に引き出せるフィールドに誘い込んだ彼女は、ただ強いだけでなく強かな戦略家でもある。


普段のシングル戦では得られない経験値が、この戦いには詰まっている。

可能であれば、ここで心ゆくまで彼女と戦いたい。

そう、蔵人は思い始めた。

だが、そうも言っていられない。彼女の言葉の端端からは、彼女の仲間がこちらに向かっている様子であった。増援が到着したら、今でも拮抗している戦況が一気に崩される。

それは即ち、己の死を意味する。


蔵人は走り出す。目指すのは、今さっき悲鳴を上げた木々の元。その上に彼女はいる。

そう思って走っていると、目の前で何かが光った。

咄嗟に、蔵人は跳ぶ。

通り過ぎる足元で、月明かりを跳ね返す魔銀色の糸が見えた。

上だけじゃなくて、足元にも仕掛けていたのか。レンジャー訓練にでも参加している気分だ。


そう思いながら着地した瞬間、

足が、何かに引っ掛かった。

見ると、足首に半透明の糸が絡まっていた。

それを見て、蔵人は顔を顰める。

しまった。ダブルトラップだ。魔銀の糸で見えにくくしていたのか。


蔵人は倒れそうになった体を盾で支える。それと同時に、足に絡まった糸をシールドカッターで切る。

態勢を整えた蔵人が顔を上げると、木々の合間から漏れた月明かりが、山林の中で輝く糸を光らせる。

いつの間にか、至る所に糸が張り巡らされていた。頭上も、幹と幹の間にも、幾重にも重なって糸の檻を形成している。

これが、蜂須賀杏樹の戦い方。相手を囲い込み、奇襲を繰り返し、息の根を止める。それらを全て、サイコキネシスの糸で演出する。

確かに、彼女は実力者だ。殺人衝動さえ無ければ、きっと園部選手にも劣らない選手に成れただろう。


蔵人が立ち止まって蜘蛛の巣を見回していると、何処からか蜂須賀さんの声が降ってきた。


「言っただろ?あんたはあたしの獲物だってさぁ」


その言葉は、蜂須賀さんと初めて会った時に掛けられた物。

思えばあの文化祭の時から、この作戦は仕組まれていた。白百合に自分を襲わせて、それを蜂須賀さんが助けることで、彼女に対する印象を良くし、奇襲の成功率を上げたのだ。


壮大な計画。

だが結局、奇襲は失敗した。

蔵人は笑みを作る。


「貴女の小さな口では、僕は入り切らないと思いますよ?それに、もし食べられても、腹を貫いて出て来て見せましょう」

「キシシシッ…。良いねぇ、良いねぇ。生きが良いねぇあんたは。美味しく楽しく頂かせてもらうよっ!」


興奮気味に声を上げる彼女。次いで、右斜め後ろから迫ってくる風切り音が聞こえた。

だが、蔵人は動かない。音のする方に意識を集中し、その音が近くまで来た瞬間、一気にランパートを作り上げた。


「ぐっ!」


重い衝撃がランパートに加わると同時、盾の向こう側から蜂須賀さんのくぐもった声が響いた。

ランパートを貫けず、勢いよくぶつかってしまったみたいだ。

確かに、彼女の異能力は遠心力によって威力が上がっているが、それでもランパートを貫くまでには至らない。

先ほどの襲撃を見て、蔵人はそう見透かしていた。

蔵人が盾を退けると、そこにはたたらを踏む蜂須賀さんの姿があった。

すかさず、彼女の腹に向かって、蔵人は強烈な前蹴りを打ち込む。


「ぐぁっ!」


鳩尾に蹴りを喰らい、吹っ飛ぶ蜂須賀さん。近くの木に背中をぶつけ、苦しそうに(うずくま)った。

チャンスだ。

そう思って走り出そうとすると、彼女は木の幹に背中を預けながら立ち上がり、糸を手繰って木の上まで退避してしまった。

早いな。

蔵人が見上げる先で、蜂須賀さんは腹を抑えながらこちらを見下ろした。


「確かに、あんたはちょっと、あたしの口には大き過ぎる、ねぇ」


途切れ途切れに言葉を吐き、後ろの木へと逃げる彼女。

だが、足音が重い。これではパラボラ耳を使わなくても追尾は容易だ。それだけ、彼女にダメージを与えられた証拠だ。

蔵人は背中に盾を出て、浮遊する。

木々の上から探索すれば、糸に引っかかることもない。加えて、蜂須賀さんよりも速く動けるから、先手を取れる。


そう思って、飛び上がる。

だが、木より高い位置に顔を出した瞬間、後頭部に衝撃を受けた。

攻撃か!?と、一瞬焦った蔵人だったが、ぶつかった所を触れて確かめてみると、頭上に何か透明なものが張られているのが分かる。

半透明な、板?これは、バリアか?

どうも、広範囲で展開されているCランク級のバリアみたいだ。よく目を凝らすと、そんなバリアが何重にも重なって、この近辺を覆っているのが見えた。


こいつは、明らかに複数人の異能力によるもの。恐らく、彼女が言っていた仲間達だろう。そいつらが既に到着している。

そうなると、このバリアをドリルで突き破るのは得策ではない。ドリルで破っている最中に、周囲から攻撃される可能性があるから。ここは一旦、森の中に身を顰め、敵部隊の人数や配置を探るべきだ。


蔵人は地面に降り立ち、周囲を探る。パラボラ耳を大きく広げ、なるべく広範囲の音を拾うようにする。すると…何も聞こえない。


おかしいな。

蔵人は首を捻る。

てっきり、大部隊で攻め込んで来て、一気に勝負を決めるつもりかと思っていた。だが、周囲からは足音一つ聞こえない。バリアが頭上に張られているので、遠くとも数百m、下手したら10mくらいしか離れていない。それなのに、姿を見せないのは何故なのか?

蔵人は不思議に思い、更に聞き耳を立てる。

すると、漸く1つの足音を捕えることが出来た。


いや、違う。この音は、

蔵人は慌てて、その場を飛び退る。すると、蔵人が先ほどまで立っていた付近に生えていた細木が、糸に巻き付かれて折れてしまった。


「へぇえ~。なかなか素早いじゃないかぁ」


蔵人の頭上で、少し小馬鹿にした声が響く。

見上げると、三日月をバックに妖艶な笑みを浮かべる蜂須賀さんの姿があった。

彼女の顔に、先ほどまでの苦悶の色は見えない。お腹を庇う様子も、一切消えていた。

この短時間でここまで回復するには、異能力しか方法は無い。つまり、蜂須賀さんの仲間が彼女を回復し、彼女を再度最前線に投入したという事。


何故、そんな事をするのだろうか?蜂須賀さんと挟撃する方が、効果的であろう。

白百合の連中は何故、バリアでの妨害や回復しかせず、アタッカーを彼女1人に任せるのだろうか?


考えられるとしたら、実行犯を増やさない為の処置。

実際に手を下す人間を蜂須賀さん1人にすることで、このことが公になった時、彼女1人が犯人であると仕立て上げるつもりなのかもしれない。

ここで黒騎士を殺して、大会に出られないなんてなったら大問題だ。きっと白百合は、大会直前にでも自分をクロノキネシスで生き返らせ、死の恐怖がある状態で4回戦に挑ませるつもりだったのだろう。だから、下手に顔を見られないように、サポート部隊は表に出てこない。

勿論、ちゃんと調べれば共謀した人間も判明する。だが、白百合が裏から手を回せば、不起訴になるのは目に見えている。そうなると、咎められるのは姿を見せている蜂須賀さん1人だけ。白百合は初めから、彼女を見捨てるつもりなのか。


また、別の可能性として…。


蔵人が考え込んでいる間、蜂須賀さんはジッとこちらの出方を伺っていた。

その様子に、蔵人は「ふっ」と息を漏らす。

やはり、この考えは当たっているかもと思って。


それを見て、蜂須賀さんの表情が険しくなる。


「なんだい?余裕そうだね。分かってないかもしれないけど、あんたは既に包囲されてるんだよ。逃げ場なんてない、ただ(なぶ)り殺されるだけの鬼ごっこ会場に、あんたはたった1人で放り込まれちまったのさぁ。悲しいねぇ。恐ろしいねぇ」

「何をおっしゃる兎さん。僕を舐めて貰っちゃぁ困りますよ、蜂須賀先輩。天下に名をはせたあの皇帝を倒した。それがこの僕、黒騎士です」


蔵人は首を大きく振り、オーバーリアクションで彼女に答える。

彼女達の作戦がもしそうなら、こうやって煽ってやるのが最適解。

そう考えて、蔵人は高らかに宣言する。


「誰が相手だろうと、何人来ようと、僕が全力を出して、貴女達全員を倒して見せますよ」

「威勢がいいねぇ。でもねぇ、先ずはあたしを倒してから吠えな」


そう言って、彼女は再び闇夜に紛れた。

ああ、やはりそうか。

蔵人は、彼女の足音を耳で捕えながら、自分の推測が正しかったのだと悟る。

そして、


「こぉおおおお……はぁっ!」


息を整え、長くなるだろう冬山の戦いに向けて、静かに力を蓄えるのであった。

白百合の狙いは、蔵人さんの命ではないのでしょうか?


「少なくとも、作戦開始時はそうであろう。命を奪い、そして蘇生させることで、恐怖を植え付けようとしていたのだ」


無線の会話ですね。

でも、今度は何だか、中途半端な作戦を取っています。

彼女の、いえ、彼女達の作戦とは、一体…。

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― 新着の感想 ―
参りました、観想欄で前に触れた高校の文化祭の襲撃も 蜂須賀が白百合側だと罠だったんですねぇ過剰に防衛したら 嘘の証言もありえるダブルバインドですか、結局必要以上に何もしないが唯一の正解だったんですね
いや、首だけで吊られたら防いでても絞まるのよ 死の恐怖による弱体化を防がれたなら、次は人数差を活かした消耗戦かねぇ しかし、一線越えて好き勝手やり出したのに何もないとは、ディさん陣営、所在の把握とか…
いつも感想返し、誠にありがとうございます。 今回の感想返しにより、新たに疑問を抱きまして、非常に恐縮ですが質問を一つ。以前の話で、核戦争により滅びた世界があるという情報が出ていましたが、ほぼ手遅れの状…
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