296話~それが、王者の務めだよ!~
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今回も他者視点です。
では、観客席からの視点を、どうぞ。
『黒騎士選手の一撃が、皇帝選手を押し潰した!爆風に翻弄されていた黒騎士選手が放った起死回生の一撃に、皇帝選手は木星の下敷きのまま、動く気配がないぞ!?だが、テレポーターも現れない。これは、一体どういう状況だぁあ!?』
実況が放つ言葉ばかりが会場中に響き、反対に観客席は不気味な程静まり返っていた。
みんな、状況に付いて行けないのだ。目の前で起きた事が信じられず、ただ、ただ息を呑んでその光景を目に焼き付けていた。
それはそうだ。だって、あまりにも試合展開が早すぎるのだから。
試合が始まった当初は、如何に皇帝が勝つかの議論ばかりが繰り返された。
魔力は何処まで温存出来るのか。薙刀術は使う機会があるか。何秒で終わるのか。
しかし、試合が進むにつれて、その幻想は打ち砕かれた。
蔵人君が皇帝を殴り飛ばした時点で、CランクがAランクに蹂躙されるという試合予測が一気に覆った。
あの時の観客達の様子を思い出すと、今でも口がニヤケてしまう。黒騎士が本当にCランクなのかと、何度も同じ言葉を繰り返す彼女達に、彼が男の子であることも投げ込みたくなってしまう。
彼女達が驚くのも仕方ない。何せ、相手は皇帝。日本のU15の中では無敵の人だ。そんな人が、まさかCランクに翻弄されるなんて誰も思わない。
でも、彼女達の目の前で、その事実は突きつけられた。
蔵人君は皇帝の爆撃をものともせずに突き進み、彼女を何度も攻撃した。
とうとう皇帝は、薙刀術まで披露した。
それでも、蔵人君は食らい付き、互角の勝負をしていたと思う。
あの時から、周りの声は「どう勝つか」ではなく「どちらが勝つのか」に傾き出していた。もしかしたらCランクが勝てるのかもと、彼女達の中にも希望が生まれだした。
9万人が詰めかけるこの会場で、その殆どの人はCランクだ。だから、彼女達は黒騎士に自分自身を重ねる。何時も高ランクに頭を下げて、時には理不尽を被って生活している人達だから、黒騎士が活躍することに喜びを感じていたみたい。
黒騎士が拳を振るう度に、それを推す人の数が増えていった。黒騎士が爆風に翻弄される度に、皇帝を賛美していた声が、黒騎士を心配する悲鳴に切り替わっていた。
そして、あの一撃。
蔵人君が作り出した巨大球体。それがゆっくりと皇帝の真上まで移動して、一気に地面へと叩きつけられた。
皇帝の爆発を妨害する為の舞台装置かと思っていたから、それで攻撃をすることにみんな驚き、声を失っていた。
それは、今も一緒。
観客はみんな、皇帝がどうなったのかと固唾を呑んで見守っていた。
私も、手に汗握って、試合の行方に全神経を集中していた。
ホンの数秒の事。だけど、凄く長い時間そうしていた気もする。
そこに、
ファァアアアンッ!
『試合終了!試合終了です!』
試合終了の合図が、会場中に響き渡った。
その言葉が通り過ぎた後、蔵人君が出していた巨大な球体が消え、球体があった場所の芝生がペシャンコに潰されているのが見えた。その跡地のど真ん中には、両手両足を投げ出した皇帝の姿があった。
仰向けに倒れている彼女の顔は、驚きと恐怖で引き攣っており、白目を剥いて大口を開けている。
それでも、彼女の薄い胸は規則正しく上下に動いてるから、ただ気絶しただけだというのがここからでも見て取れた。
それもそうか。ベイルアウトしていないという事は、少なくとも致命傷ではないのだから。
でも、幾らベイルアウトしていなくても、試合中に気を失った事には変わりない。
私達が見守る中、審判が瞬間移動で出現し、潰れたカエルの様な姿の皇帝に近づく。彼女の様子を至近距離で確認して、そして、
「勝者、黒騎士選手!」
蔵人君に向かって、手を真っ直ぐに差し出した。
途端に、私の周りで歓声が爆発した。
「「「うぁああああああ!!!」」」
「やった!黒騎士が勝った!」
「あの皇帝に勝っちゃったわ!」
「さっすがボスだぜ!」
「ちょっと待て!あれは私が居たから思いついた技だぞ!つまり、私と蔵人が皇帝を倒したって事なんだ!」
「アホ抜かせ!自分がいつもやっとるんは、カシラを巻き込んだ自爆やろが!」
「あと、黒騎士以外の名前を使っちゃだめよ?祭月ちゃん」
「ああぁ…黒騎士君がまた、僕達から遠い世界に行っちゃったよぉ…」
桜城のみんなが喚起する前で、蔵人君は少し困ったような、それでいてかなり嬉しそうにこちらに手を振った。
それを見て、前列の方に居た黒いハチマキの集団が立ち上がった。
「流石は黒騎士様である。皆々様、今一度盛大な応援を頼むぞ!」
「「「おうっ!」」」
「「「くっろきし!くっろきし!くっろきし!」」」
黒騎士コールが始まると、黒騎士ファンクラブ以外の人達も一斉にコールへ参加して、私の周りは蔵人君への称賛の声で溢れた。
それとは対照的に、一般客の中には、戸惑いの声を上げる人も見受けられた。
「勝っちゃった!Cランクが、Aランクに!」
「凄い。こんな事、今までない事だよ。歴史的瞬間だよ!」
「ちょっと待って。本当にそんな事あり得るの?だって、相手はあの皇帝選手よ?何かの間違いなんじゃない?」
「やらせとか?」
「そこまでは言わないけど…でも、なんか現実味がないって言うか、まるで作り話みたいじゃない。黒騎士選手は本当に、ただの中学生なの?」
「確かに、黒騎士選手は異常だよ。あんな風にシールドを使いこなす人なんて、今まで聞いたことも無いからね。刀を飛ばして攻撃する人だったら、特区の外にいたのを知っているけどさ、黒騎士選手のこれは次元が違う。彼女はもしかしたら、海外の選手、それも、オリンピックレベルの選手なんじゃない?」
「ああ、確かに。中国のシンリーさんだっけ?非公式だけど、Aランクも倒したって聞いたことある。あの人レベルなら、納得出来るかも」
「もしかして、黒騎士選手が彼女だったり…」
一般客達は、蔵人君の存在を疑っているみたいだ。
それもそうだ。常識的に考えて、ぽっと出のCランクが、皇帝を倒せるなんて誰も思わない。触れる事すら叶わずに終わると、彼女達は予想していたのだから。
だから、蔵人君が勝った理由を探している。世界ランキング1位の清麗選手を持ち出してまで。
会場が戸惑いに包まれている中、フィールドの真ん中で倒れていた園部選手が目覚めた。
ガバッと体を起こし、周囲の様子に戸惑っている。
そんな彼女に、蔵人君が近づく。
倒れている園部さんに手を差し出して、何か語りかけている。それに、園部さんは一瞬難しい顔をしたが、直ぐに蔵人君の手を取って立ち上がった。
立ち上がると同時に、蔵人君に抱きついた。
なっ!
「「きゃぁああ!!」」
「「うわっ!黒騎士!」」
「「黒騎士様!!」」
「何やっとんねん!あのアマァア!」
「くそっ!あたしがぶっ潰してやる!」
桜城応援団から殺意が膨れ上がる。
私も、手にしたカメラに力が入ってしまう。
これは焦りか、不安か、怒りか。
園部選手は以前、蔵人君を奪おうとした経歴がある。試合前の会話からは、蔵人と黒騎士を別人として捉えていた様に聞こえたけど、試合の中でバレたのかも知れない。
どうしよう。セクハラだと叫んで、園部選手を退場させるべきか。でもそんなことをしてしまったら、余計に蔵人君の立場が厳しくなる。今でも、運営が厳しい監視を強いているのに、もっと酷い拘束を受けてしまうかも。
私は、どうしようかと右往左往する。だが、それは杞憂だった。
園部選手は直ぐに蔵人君を離し、こちらに向かって両手を広げた。
「諸君!ありがとう!惜しみない声援をありがとう!君達のお陰で私は、全力でこの試合を戦い切る事が出来た。全身全霊で競い合い、そして、負けた!」
彼女は相変わらず、歌劇の舞台にでもいるように、フィールドをゆっくり歩きながら観客席に語りかける。
負けを認めた所でトーンを落とし、直ぐに顔を上げて笑みを見せる。
「大丈夫だ、みんな。そんな顔をしないでくれ。僕はね、全く悔いてなんかいない!僕は全力を出したのだから!そして、それを彼女は上回った。それだけの事なんだ!」
随分と元気だな、この王子様。
もしかしたらあの星落とし、園部選手が大怪我しないギリギリの力に抑えていたんじゃないだろうか?蔵人君の盾は最大300kgの力を出せるから、本気を出せば人間1人くらいペシャンコに出来る。
そうしなかったのは、蔵人君の優しさか。はたまた、こうして園部選手から負けたと言う言質を取る為か。
園部選手はクルリと振り返り、蔵人君の元まで戻り、彼の肩に手を置いて向き合った。
「完敗だ、黒騎士君。いや、黒騎士選手!君は確かにCランクで、僕よりも遥かに劣る魔力量しか持ち合わせていない。だけど、それを補うだけの技量と知識、そして胆力を持っている。それに僕は負けた。君こそが、次代の皇帝に相応しい!」
「「「うをぉおおおおお!!!」」」
『なんと!突然の戴冠式が始まってしまったぞ!それだけ園部選手が黒騎士選手を認めたと言うことでしょう!なんと感動的瞬間でしょうか!…ですが、園部選手。これはまだ2回戦ですから、それは早いと思われますよ?』
「はっはっはっ!何を言っているんだい子猫ちゃん!黒騎士選手は、この僕を倒したんだよ?ならばもう、優勝で良いだろう?なにせ、この僕を倒したんだからね!」
実況からの苦言に、園部選手はそちらを振り向いて、胸を張って主張した。
それに、多くの一般客達が歓声を上げて拍手を送る。
なんて勝手な…。
実況と審判は、そんな事を思っていそうな困った顔で、観客席を見回す。
その時、蔵人君が動く。
園部選手の肩に手を置いて、大きく首を振った。
「(高音)皇帝選手。お気持ちは有難いですが、実況さんの言うことは正しいです。私はまだ、この大会を勝たねばなりませんから」
「そうか!君の闘志は未だ燃えているのか。やはり素晴らしいよ、黒騎士選手!君になら全幅の信頼を置いて、蔵人君の正妻を任せられる!僕が君に勝つまで、どうかその皇帝の座を守り抜いてくれたまえ!」
皇帝の座…。
蔵人君がやんわり説明したのに、園部選手は理解しておらず、蔵人君を優勝者と思い込んでいるみたいだ。
なんと言うか、残念な人だな、園部さん。
私が呆れた目で彼女を見ていると、園部さんは蔵人君の腕を掴んで自分の横に立たせ、背中を押して1歩前に出させた。
「さぁ!黒騎士選手!次代の皇帝からみんなに、声を掛けてあげるんだ!それが、王者の務めだよ!」
園部さんの様子に、蔵人君も彼女の説得を諦めたみたいで、素直に観客席を仰ぎ見た。
そして、声を上げる。
「(高音)皆様、応援頂きありがとうございました!私達が心置きなく競い合えたのも、皆様の暖かい声援あっての事です。勿論、ご理解頂けているとは思いますが、これは2回戦。まだまだ試合は続きます。引き続き、ご声援をよろしくお願い致します!」
蔵人君の演説に、みんなは分かっていると言うように、暖かい拍手でそれに答える。
実況さんも審判さんも、肩を撫でおろして安心している。
蔵人君がまともで良かったね、運営さん。
「(高音)それと1つだけ、先程のご質問にお答えします!」
蔵人君の演説は続いていた。
彼は、一般客を真っ直ぐに見詰めている。
「(高音)私は日本人です!ただの中学1年生。貴女達と何ら変わらない、普通の人間です。それでも皆さんは思うでしょう。そんな筈はないと、それで皇帝選手に勝てるかと。お答えしましょう、勝てるのです!自分の異能力を理解し、長所を伸ばせば大きく変わるのです。それが仮令、Cランクの最下位種であったとしても、頂点の、最上位種にも届くのです!」
蔵人君はまるで園部さんの様に、手を振り、声を張り上げ訴える。
「(高音)私はこの先も戦い続けます。誰が相手だろうと諦めず、ただ全力で挑みます。ですのでどうか、見守ってください。私が何処まで出来るのかを。Cランクの底辺が、この天井世界で何処まで進めるのかを見ていて下さい。そしてもし、少しでも私の思いに共感して頂けるのなら、皆さんも1歩前に出て下さい。挑戦して下さい。諦めないで下さい。私の中にあるものは、誰でも持っている物なのですから」
蔵人君は、開いていた手を上げる。
スタジアムから見える蒼い空を指さした。
「(高音)この世界に、天井なんて無いのですから!」
「「「おぉおお……」」」
会場中から、唸り声が響く。
弱々しい声。
でも、拍手だけは豪雨のように鳴り響いていた。
みんな、声を上げられなかった。感動で喉を詰まらせ、一般客の中には泣いている人もいる。
みんな、嬉しいんだ。魔力絶対主義は正しいと思っていながら、それに嫌気が差していたから。才能は産まれ持った物だと、諦めた風を装いながらも心の中では泣いていたから。
だからみんなは今、泣きながらも蔵人君を見ている。彼が起こすだろう嵐の先に、希望を見つけて。
それは、この会場だけではない筈だ。
そこで、未だに蔵人君を付け狙っている重厚なテレビカメラ。あの先に居るお茶の間の人達もみんな、同じように感じていると思う。
この世界の常識が変わる、その胎動を。
〈◆〉
上野WTC、セントラルスタジアム最上階。
VIPルーム。
そこには、フィールドを見渡すことが出来るようにと、一面がガラス張りになっており、座って見られるように幾つも高級なソファーが設けられていた。
だが、今そこに座る者は1人もいない。
代わりに、その後ろに設置されたテーブルの周りで、幾人かの女性が座って顔を突き合わせていた。
その人達の表情は、暗い。上座席に近い所で座る女性達は皆、厳しい顔で腕を組み、下座に座るスーツ姿の女性は青い顔をしている。
そして、一番の上座に座る初老の女性が、重い溜息と共に言葉を吐き出した。
「さて。これはどういうことか、何方か教えて頂ける?」
やんわりとした老婆の言葉は、何方と言っておきながら、下座に座った女性達に向けられていた。
その彼女達は、老婆の言葉に何かを返そうとして、しかし、考えが纏まらなかったのか、何度も口を開けては閉じてを繰り返していた。
そんな女性達を見て、老婆の隣に座っていた金髪の女性が、テーブルを叩いて声を荒げた。
「何か仰ったらどうなんです!会長が聞いているのですよ。黒騎士の警備は、貴女が担当しているんでしょ?裏辻支部長」
「はいっ!えっと、ですが、警備の一部は、大会運営にもご協力を頂いていますので、私は、その、報告だけを聞いていて…」
そう言いながら、裏辻は助けを求めるように青い顔を壁際に向ける。
そこには、大会運営の理事長である川村が、無表情で立っていた。
意見を求められた川村は、会長と呼ばれた初老の女性に視線を合わせて、小さく頷く。
「確かに、我々は黒騎士選手の護衛を承っております。しかし、それは大会運営業務の一環としてですので、私の元にはそれ以外の情報も多く寄せられてきます。その為、専任で黒騎士選手の護衛任務を指揮してくださっている裏辻様の方がお詳しいと愚考します、鷹司会長」
「ええ、そうね。貴女達は白百合の会員ではありませんし、ただ我々の活動を見守ってくれるだけでいいの。支部長が失礼したわ」
「滅相もございません」
会長の言葉に深くお辞儀をした川村は、顔を上げると再び能面へと戻る。
もう、会議では発言しないと、そう表情が語っていた。
それを受けて、裏辻は更に顔を青くして、唾を呑んだ。
「ええっと…黒騎士の護衛は、予定通りに進んでおります。テレポートをワザと荒くして、酔わせることには成功しておりますし、宿でも体調不良を起こしたみたいだと、報告には上がっており…」
「あれのっ、何処がっ、体調不良だとっ、言うのですかっ!」
机をもう一度叩いた金髪女性が、ガラス張りの向こう側を指し示す。
そこには、園部選手に肩を組まれて、いやいや手を振っている黒騎士の姿があった。
それを見て、裏辻は顔を白く変色させて、机の上に乗っている自分の手に視線を落とした。
「申し訳ございません!我々は確かに、黒騎士をあの宿に届け、彼が宿から出ないように監視もしています。彼は、一歩も出ていません。彼の監視は、24時間常に行っております!」
縮こまった裏辻を、疑わしそうに睨みつける金髪女性。
それを止めさせる様に、会長は壁際に立つもう1人の着物女性に視線を向けた。
「その宿というのは、確かな物を選んだのでしたね?久遠地区長?」
「はい。私が直に訪問し、飛び切りの宿を見繕いました。その詳細は、お手元にあります資料をお読みください」
久遠(母)に言われるままに、白百合幹部達は資料に目を落とす。
途端に、金髪の横に座る大柄な女性が声を上げた。
「なんだこのボロ宿は!これではまるで、廃墟ではないか。こんなもん、我々の野営訓練でも使わんぞ」
「廃墟の方がマシですよ。こんな穴だらけの廊下に、気味の悪いお札が貼られた部屋。それになんです?この質素な夕食は?病院食だってもっとマシな食事を出しますよ」
「我々の隊でも出さんぞ。こんな野菜ばかりでは、力も出んからな。これを耐え抜いた黒騎士と言う奴は、本当に良い根性しておる。男でなかったら、是非入隊させたいものだ!」
大柄女性の発言に、金髪女性が鋭い視線を送る。
「その発言はいかがなものかと思いますよ?延沢中将」
「男でなかったらと言っておろうが。全く、姉小路主任副会長ともあろう人間が、そんな小さな器でどうするのだ?」
延沢は呆れたというように首を振り、姉小路はただ彼女を睨みつけるだけに終えていた。
白百合の中では高い地位を誇っている姉小路だが、外の役職が遥かに上で、更に異能力も強力であろう延沢の前には何も言い返せない様であった。
険悪なムードの2人。それを、会長が諫める。
「話を戻しなさい、姉小路主任。今大事なのは、彼に対して私達がどう動いて行くかという事ですよ」
「失礼しました、会長」
座りながら深く頭を下げた姉小路は、鋭い視線を裏辻に向ける。
「これ以上、プランAでは黒騎士を削り切ることは難しいかと考えます。奴の生命力はゴキブリ並み。きっと、山中に放り出したところで効果は薄いでしょう」
「ほぉ!山中での野営もこなすのであれば、猶のこと惜しい若人だのぉ」
延沢が上げた声に、姉小路はあからさまにイラっとした顔を彼女に向けるも、大きく反応せずに目を伏せて話を続ける。
「ですので!プランBに移行することを進言致します」
「えっ」
姉小路の言葉に、若干顔色が戻った裏辻が声を漏らす。
その彼女に、姉小路からの厳しい視線が降り注ぐが、姉小路が何か言う前に会長が発言を促す。
「何かあるの?裏辻さん」
「あっ、その、プランBはかなり危険な作戦だと思います。不確定要素も多いですし、何より、法律的にも危ないです。実行役の我々だけでなく、皆様にも、その、少なからずご迷惑をおかけしてしまうのではと…」
「不安要素とは、外部からのアプローチを言っているのかしら?それは、延沢さんが対応してくださるわね?」
会長の言葉に、延沢は少し小さくなって頷く。
「こちらはお任せ下さい。一部の部下が騒いでおりますが、ご安心を。儂の目が黒い内は、男のSランクだろうと好きにはさせんです」
「お願いするわ。それと、法律の問題だったかしら?そちらも大丈夫。私が既に手を回しているから」
それに、と、会長は優しく微笑む。
「もしもの時は、その業者と手を切りなさい」
「手を、切る…」
裏辻は言葉に詰まった。
それは詰まり、法的に裁かれそうになったら、業者に罪を擦り付けろと言っていると理解したから。
トカゲの尻尾切り。
これでは、週刊文化の時と一緒だ。
でもあの時は、向こうが勝手に下手を打ったから見捨てただけで、今回とは大きく違う。その切られる相手だって、今回はあの…。
裏辻が再び顔を青くしていると、会長は尚も優しく微笑みかけて来る。
「大丈夫よ、裏辻さん。彼女は所詮、白百合の会員じゃないのだから。貴女が心配する事じゃないわ」
残忍な言葉を吐く会長。しかし、表情は変わらず柔和なままだ。
それが逆に、恐ろしさを増長させた。
裏辻は、会長の言葉に何も答えられず、ただ自分の手を見下ろすしかなかった。
それを頷きと取ったのか、鷹司会長は全員に命令を下す。
「では、始めて下さい。プランB、黒騎士抹消計画を」
見事、皇帝には打ち勝ち、正体もバレずに済みました。
が、白百合の怪しい動きが…。
一体、プランBとは何なのでしょう?
「あ?ねぇよそんなもん」
もぉ。それ、言いたいだけでしょ?
「うむ。だが、実際に奴らが何をしでかそうとしてるのかは謎だ」
良い事でないのは分かりますが…。




