294話~これが、僕本来の戦闘スタイル~
鋭い目になった皇帝は、抑えていた右脇腹から手を離し、こちらへと構える。
顔は若干引きつったままなので、それなりのダメージは与えられたみたいだ。
それでも、彼女はこちらから視線を外そうとしない。
厳しい表情は身体的なダメージの深さだけではなく、Cランクに殴られたという精神的ダメージも大きそうだ。
そんな状態の彼女に、観客席から声が掛かる。
「皇帝陛下!負けないで!」
「気持ちを切らすんじゃない!勇飛!」
「だから言ったでしょ!黒騎士をただのCランクと思うなって!気合いを入れ直しなさい、このバカ王子!」
『おおっとぉ。天隆側からは、厳しい声も漏れ聞こえるぞ?Cランク選手を相手に、有効打を受けてしまった事に対する不安の声が上がっている模様。ですがそれは、本人が1番痛感している事でしょう。皇帝選手は試合前、準々決勝までは1歩も動かずに勝ってみせると豪語していました。ですが、まさかCランクの選手に一撃を入れられるとは、本人の心情は測り知れません!』
そんな事を言っていたのか。流石は自信家の勇飛さんだ。
だが、そんな彼女は過去の人物。
今、目の前で構えているのは、真剣な目の光をギラつかせる1人の少女。
彼女の様子からは、蔵人がCランクだからと侮っている雰囲気は消し飛んでいた。
ここからが、本当の勝負。
Aランクの頂点との試合が、始まる。
バンッ!
突然、爆発音が響く。
だが、音だけ。火花は見えなかった。
その音も、少し遠い。
前方、皇帝選手の方向から聞こえた。
その音と共に、皇帝選手が猛スピードで近づいて来た。
「じゃあ、今度はこっちから行くよ!」
速い。
天隆の体育祭で見せた、爆風によって自身の体を押し上げ、速度を上げる戦法だ。遠距離攻撃では相当な魔力を消費してしまうと判断し、近接格闘に切り替えたか。
皇帝選手は一直線に蔵人へと駆け寄り、拳を大きく振るう。
それを、蔵人は手で受けようと両手を前に出すが、彼女の拳に何か危機感を覚え、手を引っ込めて目の前に水晶盾をインターセプトさせた。
途端、
バァンッ!
盾に接触した皇帝選手の拳から、小さな爆発が発生した。
その衝撃で、水晶盾は中央から砕かれて、木っ端微塵になってしまう。
やはり、ただの拳ではないのか。
そう理解するも、皇帝の拳はキラキラと消えゆく盾の中を進み、こちらへと迫り来る。
盾をインターセプトさせる隙間はない。
蔵人は、その拳を右手で受け止めた。
途端、
バァンッ!
蔵人の手のひらの中で、再び爆発。
それを見た皇帝が、ニヤリと頬を引き上げる。
だが、直ぐに顔を顰めた。
爆風が収まった後、蔵人の手のひらが彼女の拳を包み込んでいるのを見て。
「まだだよ!」
皇帝が声を荒げて感情を表に出すと、再び拳が爆発した。
だが、蔵人の手はビクともしない。
蔵人の手のひらには、2重の龍鱗が貼られていたからだ。
水晶盾で時間を稼いだ分、龍鱗を準備する事が出来た。これなら、Bランク程度の爆発までなら無傷で受け止められる。
それを理解したのか、皇帝の拳から濃厚な魔力の流れを感じた。
これは、不味い。
蔵人は急いで追加の盾を生成する。
その最中に、
ッバァアアンッ!!
Bランクを越える、大規模な爆発。
その威力に、蔵人だけでなく皇帝自身も数m吹き飛ばされた。
蔵人は、何とか生成が間に合った盾の力によって、後方へと退避することが出来た。その為、爆発の衝撃を幾分か緩和させていた。
向こう側では、地面を転がった皇帝が見事な受身を取って立ち上がるところだった。
改めて、構え直す2人。その2人の間には、大きな距離が生まれてしまった。
皇帝の距離。
爆発によって、強制的に自分が戦いたい範囲に引き込んだか。
流石は王者。自分から動くのではなく、相手を動かす。
ならば、このレンジが貴女だけのものでは無いと教えてあげましょう。
「(高音)シールド・カッター!」
蔵人は、大小幾つもの水晶盾を宙に浮かせ、それを皇帝に向かって放った。
高速回転する盾が皇帝を取り囲み、彼女を切り刻まんと四方八方から一斉に襲いかかる。
それらに対し、皇帝は右手を上げて指を鳴らす。
パチンッ
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
彼女の周りで、小規模の爆発が幾つも巻き起こる。
その爆発は、迫り来る水晶盾を的確に捉え、次々と破壊していく。そして、爆風が蔵人を通り過ぎる頃には、全ての水晶盾が迎撃されていた。
なんと器用な。
皇帝は、祭月さん並みの空間把握能力があるというのか。
ならば、
「(高音)シールド・カッター!」
蔵人は再び水晶盾を生成し、その全てを皇帝へと放った。
それを見て、皇帝は小さく鼻を鳴らす。
既に見た技だと、目を輝かせる。
だが、腕を突き出した状態で、皇帝は止まった。
「ふぅん。なるほど」
今度の盾は、真っ直ぐに皇帝を狙わなかった。
空中をジグザグに飛び回り、彼女を翻弄する。
幾ら空間を把握しようと、これだけの数が不規則な動きをすれば、着弾地点を予測する事は出来ない。
そう理解した皇帝は、
「面白いね。じゃあ、こんなのはどうかな!」
パチンッ!と、勢い良く指を鳴らす。
すると、
バァアアアン!!
バァアアアン!!
中規模の爆発が立て続けに2度、空中を彩った。
その衝撃は、彼女の周囲全てを飲み込み、複雑な動きをしていた盾は全て軌道を狂わされて、墜落してしまった。
個別での対応が出来ないのなら、全てを巻き込む形で爆破してしまえば良いという、何とも豪快で高ランクらしい発想だ。
全ての脅威を排除した皇帝が、得意気に胸を張る。
「ふっ、なかなか良い作戦だったね」
「(高音)あら、ありがとう」
蔵人の返答に、皇帝は目を見開く。
何故か?
それは、蔵人の声が直ぐ近くで聞こえたから。
爆風が収まった時には既に、蔵人は彼女の2m手前まで近付いていたのだった。
いつの間にと、大きく見開かれた彼女の瞳が訴えかけてくる。
そんなの、貴女がカッターに夢中になっている間ですよと、蔵人は胸の内で答える。
複雑な軌道で盾を向かわせたのも、彼女に大きめの爆発を誘発させたのも、全ては彼女に近付く為の一手。
ミドルレンジでは彼女への攻め手が無い。ならば、接近戦で勝負を決める!
「(高音)せいっ!」
蔵人の蹴りが、無防備な皇帝の腹部へと迫る。
それに、皇帝は何も出来ず、せめて少しでもダメージを減らそうと体をよじった。
かのように見えた。
でも、違った。
パチンッ
バンッ!
小規模な爆発。
それは、蔵人がまさに蹴り飛ばそうとした、彼女の腹部で起こった。
その衝撃で、彼女の体は後方へと逃げ、蔵人の蹴りの威力を殆ど消失させてしまった。
攻撃だけでなく、防御にも使えるのか!
今度は蔵人が驚かされた。
だが、動きは止めない。
全身の龍鱗を稼働させ、後方へと逃れる皇帝を追う。
「(高音)せいっ!はぁっ!」
バンッ!バンッ!
繰り出し続ける蔵人の拳は、あと一歩という所まで皇帝の体に迫る。だが、その度に小規模な爆発が皇帝の体を後ろへ、横へと逃がしてしまい、虚しく空振りばかりを繰り返した。
蔵人の動きに慣れてきたのか、次第に皇帝の爆発が防御だけでなく、攻撃でも使われ始めた。
蔵人の体を、小さな爆発が舐める。
だが、この程度であれば、通常の龍鱗でもダメージを受け止める事は可能だ。
可能だが、相手に余裕が出来ている事には変わらない。
何とかして、相手の回避行動を抑制せねば…。
蔵人は新たに、盾を生成する。
その盾を、皇帝に向けて移動させた。
「なかなか硬い守りだね、黒騎士君。じゃあ、もっと大きなのをプレゼントして」
小規模な爆発で後方へと逃げながら、皇帝は次の攻撃に移ろうとして、右手を高らかに掲げて指を鳴らそうとした。
だが、その前に。
皇帝の体が、止まった。
「ぐべっ」
違う。
皇帝は何かにぶつかったのだ。
空中で、潰れたカエルの様な声を上げる皇帝。その彼女の背に当たった物は、
「これは、透明な壁?」
そう。透明な壁。
先ほど蔵人が作り出したのは、アクリル板。分厚いアクリル板を、彼女が逃げる方向にセットしていたのだ。
だから、もう逃げられない。
逃避行は、終わりだ。
蔵人の拳が、皇帝へと振り下ろされる。
爆発で弾かれない様に、拳は2重の龍鱗で包んでいる。これなら、Bランク程度の爆発であれば押し負ける事もない。
その強力な一撃が、
着弾。
バリンッ!
と言う音を立てて、蔵人の拳が己のアクリル板を貫いた。
だが、貫いたのはアクリル板だけだった。
…うん?
皇帝は、何処に?
己の拳に、なんの手応えも無かったことに、蔵人は驚いた。
そして、彼女が先ほどまで立っていた地面が焦げている事に気が付く。
地面を爆発させた?ということはっ。
蔵人は上空を見上げる。
そこには、空中で優雅な宙返りをしている皇帝の姿があった。
爆発の威力で、跳躍したのか。
そんな、人間大砲みたいな事も出来るのかよ。
蔵人の顔に、乾いた笑みが浮かぶ。
攻撃、防御、そして移動。その全てを高次元に引き上げる異能力の使い方。
これは、まさに王者。ただAランクだ最上位種だという理由だけで、皇帝を名乗っていた訳ではなかったのだ。
蔵人は改めて、皇帝の強さを再認識すると同時に走り出す。
地面に着地したばかりの皇帝に向けて。
その彼女は、片膝を着いて地面に座っていた。
着地の余波による影響…ではない。
彼女はスッと立ち上がり、蔵人に向けて何かを突き出した。
それは、蔵人の初弾を喰らった時に取り落とした六尺棒だった。
彼女は、その獲物を拾うために、着地する場所まで計算していたみたいだ。
蔵人に向かって、六尺棒を構える皇帝。その構えを見て、猛進していた蔵人は急ブレーキを掛けた。
彼女の構えが、余りにも見事であったから。
棒のお尻を右手で、その手前を左手で持ち、右脇に構えて先端をこちらの足元へと低く突き出す。
棒術…にしては構えが低い。何処かで見た構え方…。
いや、そうか。これは、薙刀の構え方だ!
「せぇえええいっ!」
躊躇する蔵人の元に、皇帝が奇声を上げて突っ込んでくる。
薙刀に見立てた六尺棒が、彼女の手元で発生した小規模な爆発を受けて、まるで弾丸のような速度で蔵人を穿たんと突き出された。
蔵人はそれに、体中の龍鱗を総動員して、後方へと逃れた。
六尺棒は、蔵人の手前数㎝の所で止まった。
彼女の射程外へ、何とか逃れることが出来た。
そう思った直後、
バンッ!
蔵人のすぐ目の前で、六尺棒の先端が爆発した。
その衝撃に、蔵人は吹き飛ばされて、尻餅を付いてしまった。
くそっ!避けるだけじゃダメか!
蔵人は苦虫を噛み潰し、浅はかだった己を恥じる。
そうしている間にも、
「せぇああああっ!!」
皇帝が距離を詰め、蔵人に向けて六尺棒を振り下ろしてきた。
蔵人はそれを、腕を前に出してガードする。
重い一撃に、龍鱗を纏う腕が押し返されそうになる。
加えて、
バンッ!
爆発。
蔵人はその勢いを利用し、皇帝から数歩の距離を取り、素早く立ち上がる。
悔しかった。
距離を詰めねば相手の思う壺。それは分かっているが、薙刀を構えた今の彼女は、接近戦でも優位に立っていた。
そんな優勢になった皇帝は、変わらず蔵人に六尺棒を向けて構えていた。
「素晴らしいよ、黒騎士君。まさかこれを、安綱君以外に使う時が来るなんて思いもしなかった」
「(高音)光栄ですわ、皇帝陛下。貴女の本気を見ることが出来て」
これが奥の手だよな?と蔵人が暗に聞くと、彼女は嬉しそうに頷いた。
「ああ、その通りだよ。僕は小さな頃からずっと、この稽古ばかりしていたからね。これが、僕本来の戦闘スタイル。僕の本気って奴さ。一般人にこれを出してまで挑まないといけないくらい、君は強い。本当に、素晴らしい選手だ。君であれば、蔵人君の側妻になることも考えてあげるよ」
「(高音)あら?まだ私の負けとは決まっていませんよ?」
「ははっ。流石だね。この状況で、そんな強がりを言えるなんてさ。本当に、Cランクとは思えない心の強さだ、黒騎士選手」
彼女の声が、低くなる。
キラキラと輝いていた瞳は、再び冷たい光を放つだけとなった。
雰囲気が、鋭くなる。
これは、他者を従える王の雰囲気ではない。
戦う者の、武士の心構えだ。
「直心影流、園部勇飛!参る!」
名乗りを上げた次の瞬間には、皇帝の繰り出す六尺棒が蔵人の目の前まで迫っていた。
素早く正確な一撃は、それだけで驚異的な速度を誇っていた。
加えて、
バンッ!
棒のお尻で起こる小規模爆発が、その速度を格段に底上げしている。
蔵人はそれに、体を後ろへと逸らして対応する。
加えて、六尺棒に向けて下から蹴り上げて、少しでも爆発から逃れようとした。
だが、
バンッ!
突いた際に起こった爆発は棒の先端ではなく、中頃の上面で起こった。
その途端、蔵人の頭上を通り過ぎて行こうとしていた六尺棒が、物凄い速度でこちらへと振り下ろされた。
咄嗟に、腕を前に出す蔵人。その腕に、六尺棒が思いっきり叩きつけられた。
蔵人は威力に負けて、そのまま地面になぎ倒される。地面に叩きつけられた衝撃で、一瞬息が詰まりそうになった。
そんな蔵人に、再び六尺棒が振り下ろされた。
これは、不味い!
蔵人は体中の龍鱗を稼働させ、右へと転がって回避する。
すると、六尺棒は蔵人が居なくなった地面を叩き、そこで中規模の爆発が起きる。
地面が爆ぜて、1mくらいの大きな穴が出来上がる。
今のを食らっていたら、爆発を防げたとしても、その衝撃で押し潰されていたかも知れない。
蔵人は何とか立ち上がり、構えながら彼女の隙を伺う。
皇帝の姿は、六尺棒を持つ前とは比べられない程に洗練されている。
反り返っていた胸は小さく内に秘められ、反りかえっていた背中は凛と真っ直ぐな直線を描いている。
そして何より、表情が凛々しい。
薄笑いは引っ込み、口は小さく閉じて規則正しい呼吸を繰り返す。その瞳は、冷徹でありながら熱い炎を燃え上がらせて、蔵人を真っ直ぐに見詰めている。
何処か、安綱先輩を思わせる雰囲気。
直心影流。
薙刀術。
そして、園部の姓。
もしかしたら彼女は、相当なサラブレッドなのかもしれない。
蔵人は彼女に対する警戒レベルを上げる。
それと同時に、全身を龍鱗で覆い直す。水晶盾の龍鱗。だが、腕だけは白銀で覆い隠す。更に、手のひらには二重の龍鱗を施す。
その状態で、駆ける。
待ち構える皇帝の元へと。
「せぁあああっ!!」
皇帝の鋭い突きが、蔵人の侵入を防ごうと幾度も繰り出される。
六尺棒のお尻で爆発が起き、弾丸の様に速く突き出された六尺棒が、突き終わりと同時に先端を爆発させ、同じように手元に戻る。それを繰り返すことで、常人ではない速度での連続攻撃を可能としていた。
目のも留まらぬ乱れ突き。まるでゲームや漫画で繰り出される技の様だ。
いや、ゲームが元になった世界か、ここは。
蔵人は、何とか近づこうと接近するも、その隙の無い乱れ突きに活路を見いだせず、穂先を躱すだけで精いっぱいであった。
このままでは、いずれハチの巣にされてしまう。
隙を作らねば。
蔵人は上空で水晶盾を生成し、それを高い位置から皇帝へと急行させる。
そして、少し遅れて自分も彼女の五月雨突きの中へと突入する。
2方向からの同時突撃。これであれば、どちらの攻撃がおろそかになるだろう。
そう思った蔵人の攻撃は、
「せぁああ!!」
彼女の薙刀術の前に、呆気なく崩れ去った。
上から迫った水晶盾に対して、皇帝はクルリと六尺棒を半回転させて、瞬時に盾全てを叩き落としてしまった。
その動きは、まるで風車の羽の様に軽やであり、棒の先端で燃える炎が鮮やかな半月を描いた。
攻守を兼ね備えた隙の無い技。
これが直心影流奥義、風車か。
蔵人は感心しながらも、彼女の六尺棒を避けて近接戦に持ち込もうとする。
どんなに隙が少ない技であろうと、全くない訳ではない。
ほんの数舜でも時間が出来た。その貴重な時間で、蔵人は一歩、皇帝との間合いを詰めた。
だが、
バンッバンッ!
「せぇええいっ!」
皇帝は、上空へと逃げていた六尺棒を爆発で無理やり軌道修正し、蔵人を横から薙ぎ払った。
六尺棒の側面を爆破することで、人間の反射速度を超えた一撃を繰り出してきた。
速い。
だが、蔵人はその一撃を、六尺棒を掴むことで防御した。
きっと、彼女なら反撃してくるだろうと予測したから出来た防御だった。
六尺棒を掴まれた皇帝は、笑みを浮かべる。
蔵人が掴んでくることを、彼女も予測していたかのようだ。
「随分と強引だね。男の子に嫌われてしまうよ?」
お前が言うか。
そう、言葉に出したい気持ちが沸々と湧いた時、蔵人が掴んでいる周囲で、魔力の渦が発生する。
そして、直ぐに、
バァアアンッ!
中規模の爆発が、蔵人の手のひらの中で起こる。その爆発によって、阻むすべてを吹き飛ばすために。
だが、爆風が収まった後も、蔵人の手は変わらず六尺棒を掴んだままだった。
爆発の直撃を受けた手も、健在だ。
このために、手のひらだけ重厚な防御を施していたのだった。
「なるほど。ガードはそちらに一日の長があるみたいだね。じゃあ、これはどうかな?」
皇帝が笑みを深くすると、蔵人の”心臓付近”に魔力の渦が集まりだす。
腕に防御を割いているなら、他の部分が疎かになる。そこを狙われた。
蔵人がそれを認識すると同時に、集まった魔力が爆発を起こす。
バァアアンッ!
中規模の爆発が、蔵人の”右腕”付近で発生した。
それに、蔵人は笑みを浮かべ、皇帝は眉を顰めた。
「発動位置を誤った?この僕が?」
理解できないと、困惑気味に顔を顰める皇帝。
そんな彼女の腹部へと、蔵人は蹴りを放つ。
混乱し、思考を整える為に意識を費やしている彼女は、しかし、蔵人の蹴りが当たる直前に、小規模の爆発を自身の腹部で起こして、後方へと逃れてしまった。
なんて切り替えの早い。
蔵人が目を細めていると、目の前の皇帝も苦しそうに笑みを浮かべた。
「そうか。ミスリルの力だね?僕に対しての爆発は正常に働いたのに、君の近くで起こした爆発だけが想定と違う位置で作動した。という事は、君がその白銀鎧の何処かにミスリルシールドを隠しているって事だ。そうだろ?」
問いかけるように言う皇帝だが、その鋭い瞳は確信を得ている光を宿していた。
その証拠に、蔵人が何も返さずとも、彼女は1人で解決策を導いた。
「ならば簡単!少し位置を替えられたくらいじゃ防げない程の大爆発をお見舞いしてあげよう!」
そう言うが早いか、皇帝は蔵人から距離を取ろうと爆発の推進力によって後方へと下がる。
距離が開いてしまえば、Aランクの爆発を繰り出すことが出来るから。
幾ら起爆位置を狂わされようと、爆発させる規模が大きくなれば関係なくなる。
加えて、魔力は魔銀に引き寄せられるので、狙いが雑でも蔵人に当たり易くなっている。
故に、彼女は蔵人から離れた。
いや、離れようとした。
彼女が後方へ飛びながら、指パッチンの構えを取る。
だが、直ぐに手を下ろした。
代わりに、苦々し気に頬を吊り上げる。
「ふっ、速いね」
そう言った彼女の目の前には、拳を構える蔵人がいた。
彼女が遠距離攻撃にシフトしてくると予想していた蔵人は、始めから全速力で彼女を追いかけていた。
膨大な魔力を練り上げていたであろう皇帝は、直ぐに小さな爆発に切り替えて、逃げる態勢を構築する。
「面白いね、黒騎士君!僕に速さで挑もうなんてさ!」
そう言うと、皇帝は蔵人に背を向けて、完全に走行スタイルに移行した。
「着いてきなよ。この僕に。少しでも僕から離れたら、その時点で君は木端微塵だ!」
「(高音)望むところ!」
体育祭で行った追いかけっこが、全日本のフィールドで再燃した。
つ、強いですね、園部さん…。
ただ爆発させるだけでなく、爆発の衝撃で移動や回避まで行う。加えて、薙刀術に爆発を取り入れて、超高速の攻撃を可能とするとは…。
「それ故に、本物の薙刀ではなく、頑丈な六尺棒を採用しているのだろうな」
魔銀の魔導性で、少しは妨害出来たみたいですけど、これは苦しい戦いです。
果たして、蔵人さんは何処まで食らい付いて行けるのでしょうか…?
イノセスメモ:
直心影流薙刀術…室町時代末期から引き継がれる薙刀術。攻守を兼ね備えた技の数々は、自然現象の力を参考に編み出されたものが多く、最小の力で相手を制する勇壮で華麗な古武術である。15代目が女性であった事もあり、史実でも女子武道としての道も確立されていた←この女性中心の日本では、史実以上の盛り上がりを見せており、多くの門下生を抱えている。