293話〜本当に、悪い子猫ちゃんだ〜
園部勇飛。最上位種のデトキネシスであり、昨年の全日本Aランク戦で優勝を勝ち取った才能の塊。
加えて、天隆の体育祭では、蔵人に対して求婚してきた困った王子様だ。
その王子さまっプリは、今でも健在である。
彼女は、応援席からの黄色い声に答えるように、手を振り、ポーズを決めて、彼女達を沸かせている。
勇飛さんの中性的な容姿は、ただでさえ絶世の美男子。加えて、今は白を基調とした防具に、赤いマントまで背中ではためかせている為、余計に決まった格好となっている。
まさに、少女漫画から出て来た白馬の王子様そのものである。
だが、そんな白馬の王子様に似つかわしくない物が、蔵人の目の端に映り込んでいる。
彼女の左手。そこには、重厚な白い棒が握られていた。
身の丈以上もある長い棒。六尺棒の様に見えるが、あれが彼女の獲物だろうか?
蔵人が勇飛さんを奇異な目で見ていると、不意に彼女が振り返り、こちらへと歩いて来た。
試合前の握手かな?まだ審判が合図していないが。
蔵人は握手の為に、彼女に向けて手を前に出す。
しかし、勇飛さんは途中で立ち止まり、仁王立ちでこちらを真っ直ぐに見た。
「やぁ、君が黒騎士君かい?初めまして、僕は園部勇飛。知っていると思うけど、前回の大会覇者だよ」
ふんぞり返りながらではあるが、相手から先に名乗り、挨拶してくれた。
だが、蔵人は返せずにいた。
相手の反応が、予想外の物だったから。
まるで初対面とでも言うように、彼女の対応はよそよそしい物であった。
そして、彼女から向けられるその視線はとても冷たく、明らかに敵対の意思を込めた物であったから。
何だ?何故男性に向けて、そのような目をする?彼女は白百合ではなかった筈だが?
訝しむ蔵人。それを受けて、勇飛さんは乾いた笑い声を上げる。
「はっは。僕に会えたことが嬉しすぎて、言葉すら出てこないかな?でもそれは、仕方がない事だよ。何せ、この僕だからね」
右手を胸に当てて、左手に持った六尺棒を地面に突き刺し、大きく仰け反る勇飛さん。
相変わらず、舞台ので躍る女優さんかと思ってしまう素振りだ。
そんな彼女が、再び蔵人の方へと視線を投げる。
冷たかった瞳が、更に鋭さを増す。
「僕も君に会いたかったよ、黒騎士君。蔵人君を誑かす、悪い悪い子猫ちゃんにね」
「うん?」
彼女が何を言っているか全く理解できず、つい、蔵人は声を漏らす。
彼女の言い方は、蔵人と黒騎士を別人と捉えている風であった。
加えて、黒騎士が蔵人に悪影響を与えていると考えている色も含んでいた。
それ故に、視線が厳しいのか?
答えを求める蔵人。その様子が滑稽だと言うように、勇飛さんは笑いながら小さく首を振る。
「はっは。とぼけなくても良いよ。僕はね、全部知っているんだ。君が巻島蔵人君の弱みに付け込んで、無理やり彼を縛り付けているってことをね。可愛い、可愛い、僕のフィアンセを、君は無理やり奪おうとしている。そんなのは絶対に許されない蛮行だ」
こちらを見る勇飛さんの瞳が、黒い炎を抱き熱を帯び始める。
彼女の言葉は、歌うような音調で語り掛けてくるが、その目は明らかに戦意を孕んでいた。
なるほど、なるほど。
蔵人は眉を寄せる。
どうも彼女は、白百合会に一曲踊らされているみたいだ。
黒騎士と蔵人が別人であり、黒騎士が蔵人に言い寄る悪女だとでも吹聴しているのだろう。
黒騎士という悪女の手から巻島蔵人を守れるのは、フィアンセである君しかいないのだ、勇飛選手!
とかでも言われているのだろう。
それではまるで、黒騎士は悪のダークナイト。さながら蔵人は、囚われの御姫様という事か。
だから、彼女は王子様コスをしているのか?
率直な感想としては、頭痛がする。
するが、このストーリーは使える。
蔵人は寄せていた眉を下ろし、兜の下で笑みを浮かべる。
そして、
「(高音)初めまして、園部勇飛さん」
乗る。
白百合が始めた舞台の上に。
乗り移る。
黒騎士という悪女の配役に。
「(高音)初めて会うのに、随分な言い様よね?だって、私からしたら、貴女がお邪魔な泥棒猫ですもの。私が大切に思っている殿方を、貴女は横から奪い取ろうとしている。それなのにどうして、そんな堂々としていられるの?貴女が日本一の皇帝陛下様だからかしら?」
「はっはっはっ!何故、僕がこんなにカッコイイかだって?」
聞いてない、聞いてない。
相変わらず人の話を聞かない人だな。
蔵人が肩を落とす一方で、勇飛さんは1人で舞台の上をクルリと回る。
「それはねっ、僕が最強だからさ!僕が相手では誰も適わず、僕の前では誰もがひれ伏す。そんな僕を、人は皇帝と呼び、僕はそんな僕自身に絶対の自信を持っている。その自信が僕のオーラとなって、こんなにも僕を輝かせているんだよ!」
皇帝が言うオーラは、確かにある。
自信に満ち満ちた彼女の周囲には、言いしれない畏怖の魔力が漂っている。
まるで、幼児の時に見た氷雨様の様に、痺れる程の威圧感が存在ていた。
人の上に立つオーラ。
まさに皇帝。
そんな皇帝が、蔵人に手を差し出す。
「そんな僕に、君では勝てないよ、黒騎士君。君が幾ら強かろうと、所詮はCランクという小さな世界の頂点。Aランクという大海原では、君はちっぽけなアマガエルでしかないんだ。だから、諦めるんだ。諦めて僕に謝るんだ。邪魔をしてしまってごめんなさいと。蔵人君の事は諦めると、今ここで誓うんだ。そうしたら僕も許そう。どうしてかって?それはね、僕が寛大だからさ!」
はっはっはっは!と、再び高笑いを始める皇帝様。
何と言うか、彼女を相手にするのは疲れる。気持ちが離れそうになる。
それでも、蔵人は気持ちを奮い立たせ、皇帝に向き直る。折角のチャンスを、最大限生かすために。
「(高音)それはつまり、貴女に勝てば良いと言うことですよね?私の方が強いとなれば、貴女は蔵人君を諦める。そう言う事ですね?」
「ははっ、君は何を言っているんだい?君はCランクで、僕はAランク。それも、頂点に君臨する人間だよ?仮令、僕の魔力が半減していたとしても、君に負ける可能性は万に一つもない。ましてや、1回戦はシードだった今の僕は魔力も満タン。君に勝ち目なんて、億に一つもありはしないんだよ!」
乾いた笑い声を上げる皇帝。
その言葉通り、蔵人の勝利を全く考えていない事が伺える。
Aランクである自分の勝利を、信じきっている彼女。
そんな彼女に向かって、蔵人は指を突き付ける。
「(高音)では、見せてあげます。Cランクの力を。貴女という天井を突破する、私のドリルを」
「「「うわぁああああ!!!」」」
蔵人の動きに、桜城陣営から歓声が上がる。
「黒騎士が挑戦状を叩きつけたぞ!」
「無理よ!安綱様でも勝てないのに!」
「いいえ!くら…黒騎士ならやってくれるわ!」
「そうだ!我らが黒騎士様であれば、皇帝が相手でも遅れは取らん!」
「「「その通りであるっ!!」」」
会場の一部を占領する桜城の応援団が、一斉に沸き立った。
その様子を見て、会場の大部分を占める他の観客達からは、戸惑いの声が上がる。
「なに?なんで桜城の生徒さん達は、こんなに盛り上がっているの?」
「桜城の選手はそんなに強い子なの?」
「分からないわ。くろきし?って言うらしいけど、聞いた事ある?」
「さぁ?桜城って事は、安綱選手がいる学校よね?彼女の事ならテレビで紹介されたから、知っているけど…」
「それは当たり前よ。安綱選手くらい有名な選手だったら、普段ニュースを見ない私だって知ってるもん」
ふむふむ。
どうやら、今回の観客の中には、異能力戦に明るくない一般人も多数混じっているみたいだ。
それはきっと、運営とか白百合は関係していないだろう。
寧ろ、彼女達の反応が、一般的な女性の姿なのだ。
普段ニュースは片手間に、出社前のBGM程度に流し見ている程度。異能力戦なんて、態々時間を割いてまで見ていない。それが彼女達の日常。
そうなると、名前を知っている選手はかなり限られてくる。メジャーなシングル戦の、それもAランクくらいなもの。寧ろ中学生の異能力戦事情を知っているだけ、一般人と比べ彼女達は異能力業界に精通していると言えるのかも知れない。
それだから、
「ちょっと!あんたら、皇帝選手の言葉を聞いてなかったの?あの黒なんとかって選手、Cランクらしいよ!」
「「ええぇっ!?」」
驚く。
今、目の前で始まろうとしている事に。
漸く、この試合の異常性を理解する一般客。
「ちょっと待って。なんで、なんでCランクの選手が居るのよ?彼女も中学生なんでしょ?」
「多分だけど、Cランク戦とBランク戦を勝ち抜いて来たんじゃないかな?その大会で表彰台に登れば、更に上のランク戦に挑めるのが異能力大会のルールなんだよ」
「いや、でも無理でしょ?CランクがAランクになんて、どうやっても勝てっこないでしょ」
「1回戦はどうだったの?彼女は1回戦のAランクを倒して、この2回戦に進出したって事なんでしょ?」
「ええっとねぇ、1回戦は…Cランク同士の戦いだったらしいよ」
「それじゃ無理よ、Aランクに、それも王者の園部選手に勝つなんてさ」
「あーあ。折角、全日本のチケット当たったのに、一瞬で終わっちゃうのかぁ」
「私、嫌よ。低ランクが高ランクにやられる所なんて見るの。まるで会社の忘年会で、部長に無理やり挑まされる新人くんみたいじゃない」
「じゃあ、帰る?」
「う〜ん…でもなぁ…チケット代勿体ないし、ヤバそうになったら目を瞑る事にするよ」
「私も〜」
一般客の誰もが、Cランクが皇帝の相手だと分かって驚愕したり嘲笑したり、チケット代が無駄になったと嘆くばかりであった。
これが、今の日本の状況。彼女達は誰も、黒騎士を知らない。
幾らファランクスで男が活躍しても、地方大会で優勝しても、知らない人は知らないまま。
だが、このシングル戦ならば話は別。
中学生でも、全日本Aランク戦の知名度はかなり高い。
現に、テレビカメラらしき物体が、フィールドの端々でこちらに狙いを付けていた。
だから、絶対に負けられない。
人々に、Cランクの力を見せる為に。
ランクの壁が越えられる事を、証明する為に。
蔵人は手を下ろし、肩をすくめる。
「(高音)どうするの?皇帝陛下。私のドリルに怖気付いているようでは、貴女が男性を守れるなんて、とても思えないのだけど」
「…本当に、悪い子猫ちゃんだ」
皇帝が、蔵人に向けて左手を、その手に掴んでいた棒を突き付けて来た。
「受けてあげるよ、君の挑戦を。僕が如何に強くて、蔵人君に相応しいかを教えてあげるとしよう。同時に、君が如何に無力であるかもね!」
「(高音)それは楽しみね」
蔵人がそう返すと、皇帝は呆れたような表情を見せて、背中を向ける。
そのまま、本来の立ち位置まで戻る。
それを見て、審判が「あっ、皇帝選手、握手を」と促すが、皇帝は審判に首を振ってから、こちらを向いた。
「もしも君が試合終了まで立っていられたら、その時に改めて握手してあげよう。頑張った君への、せめてものご褒美としてね」
それはそれは、寛大なお心遣い痛み入りますわ。
蔵人は呆れながらも、審判にそれでいいと頷き返す。
それを受けて、審判が手を上げる。
「これより!全日本Aランク戦、Aブロック第2回戦、第1試合を始める!試合時間10分!外部からの支援を受けた者は失格と見なす!それでは両者、構えて!」
蔵人達が構えると、審判は一瞬の間を置いて、
手を振り下ろした。
「試合開始!」
ファァアアアンっ!!
試合開始の合図と共に、蔵人は動き出す。
全身に水晶盾を貼り付けながら、皇帝へと走り込む。
最初から全力を出す。
皇帝はナルシストで、人の意見を聞かず、尊大な態度で付き合い辛い人だ。
だが、確かな実力を持ち合わせている事も事実。
彼女に挑むのであれば、全てを出し尽くすつもりで戦わなければならない。
それだけ吐き出しても、届くことは難しい高い壁なのだから。
そう考えた蔵人は、正しかった。
真正面から突っ込んで来る蔵人に、皇帝は余裕の表情でそれを迎える。
と、思いきや、蔵人の目の前に濃厚な魔力の流れが生まれる。
これはっ!
蔵人が急ブレーキを掛ける間にも、魔力は凝縮され、やがて、小さな火花が散った。
不味いっ!
ッバァアアンッ!!
特大の爆発が目の前で起こり、蔵人は後方へと吹っ飛ばされた。
2転3転。地面を転がる蔵人。
それを見て、観客席からは歓声と悲鳴が入り交じる。
『おおっと!試合開始早々に、黒騎士選手が仕掛けるも、返り討ちにあってしまったぞっ!』
「「「うわぁあああ!!」」」
「凄い爆発だわ!」
「これがAランクのデトキネシスなのね!」
「いや、今のは精々Bランクよ!」
「行っけー!勇飛先輩!」
『これは、勝負あったか?流石は前回の覇者、園部選手だぁ!』
「なんて威力…やっぱりAランクは怖いわ」
「最上位種のデトキネシスだからね。攻撃力だけなら、異能力の中でもトップクラスって雑誌に書いてあったよ」
「こんなの無理よ!私、やっぱり帰る!」
「まぁまぁ。もうちょっと観ようよ。まだ相手選手もベイルアウトしてないし」
「でも…あっ」
「「「うぉおおっ!」」」
一部の客が顔面を青くする視線の先で、蔵人は立ち上がった。
正面からモロに爆発を受けて、さぞかし悲惨な状態だろうと、誰もが目を細めてこちらを見る。
だが、傷だらけの鎧は、相変わらず白銀の光を返していた。
ダメージは、ほぼゼロだった。
『黒騎士選手が立ち上がった!あれだけの爆発を受けても、立ち居振る舞いにダメージは見られない!』
「凄いわ!あんな攻撃を受けたのに」
「皇帝の爆発を喰らって無傷って…彼女の異能力種は何なの?」
「パイロ系の爆発をガード出来るんだから、ソイルかゴルド、もしくは相性がいいアクア系かしら?」
一般客はこぞって推論を展開するが、全部が掠りもしない。
蔵人は、前もって準備していただけだ。相手が初めから爆発を繰り出してきた場合に、どう動くかを。
結論、龍鱗を動かして、防御することにした。
通常は全身に満遍なく配置する龍鱗を、ヤバいと思った方向に移動させたのだ。
そうすることで、擬似的なランパートを瞬時に作り出す事に成功した。
とは言え、これを行うと他の部位の防御力が著しく低下し、次の行動にも遅れを生んでしまう。本当に、緊急時に使う技であった。
だから、蔵人は龍鱗を再生すると同時に、次の攻撃に備えて周囲にランパート2枚を生成した。
速攻で畳み掛けようとしていたが、ここはじっくりと攻める方向に切り替える事とした。
『今度は慎重に攻めます、黒騎士選手。周囲にシールドを張り、爆発に備えています。しかし、シールドはただのクリスタルシールドに見えるが、大丈夫なのか?』
「クリスタルシールドって、もしかして彼女、ただのクリエイトシールドなの?」
「そんなので、デトキネシスに勝てる訳ないじゃない…」
「でも、さっきの爆発は耐えてたけど、どういうカラクリ?」
周囲が不安な声を漏らす中、渦中の蔵人は気にせず走り出す。
皇帝の間合いに、土足で踏み込む。
それを見て、皇帝が笑う。
「度胸は認めよう、黒騎士君。確かに君は、蔵人君を付け狙うだけの胆力はあるみたいだね。だけど」
彼女の右手が、軽く握られる。
「そこに力が無ければ、君の覚悟は単なる蛮勇でしかないのさ」
その言葉と同時に、彼女の指が振り下ろされる。
パチンッと。
それを合図に、蔵人の目の前に、濃厚な魔力が流れる。
溜まる。
凝縮する。
その濃度は、大きさは、先程の比では無い。
Aランクの爆発。
ならば、
「デュオ!」
蔵人がランパートを重ねると同時、再び、目の前が真っ赤に染まった。
ズバァアアンッ!!!
「「「うぉおおおおっ!!」」」
『凄まじい爆発だ!これは、間違いなくAランクの威力!園部選手が一気に勝負を決めに来た!これではCランクの黒騎士選手は一溜りも無い!だが、それでも挑んだ黒騎士選手の勇気は賞賛に値します。流石は紫電と渡り合った』
「「「うぁあああああ!!」」」
「「「うぇえええええ!!」」」
一斉に上がった歓声に、試合を締め括ろうとしていたアナウンサーの声が塗り潰された。
彼女達は、爆炎が収まったフィールドを見て、思わず声を上げていた。
そこには、
『信じられません!あの爆発の中を、黒騎士選手が突き抜けて来ました!シールドを2枚重ねて、勇飛選手を目掛けて走り続けています!』
黒煙を上げた爆発の中を突き進む、蔵人の姿があった。
それを見て、一般客は誰もが首を振る。
「なんで、なんで無事なの!?」
「ただのシールドじゃ、Aランクの爆発を受けるなんて無理よ!」
「そもそも、彼女はCランク」
「一体、どうやって…」
困惑する会場の中を、蔵人は走り続ける。
ランパートは、1枚目がひしゃげただけで、2枚目は無傷だった。
Aランクの威力であったとは言え、これが彼女の全力なのだろうか?
いや、きっと違う。彼女はまだ、余力を残している筈だ。
それでも、目線の先に居る皇帝は、明らかに動揺していた。
「何故だ。何故、僕の爆発に、ただのシールドが耐えられた…?」
理解出来ないと、目を見開き首を振る皇帝。
だが、直ぐに手をこちらへと突き出して構える。
迫り来る相手を前にして、一瞬で思考を切り替えたか。流石は前回の覇者、皇帝。
だが、皇帝が一瞬を費やしている内に、蔵人は動いていた。
残ったランパートを、彼女に目掛けて放り投げる。
蔵人を迎撃しようとしていた皇帝は、咄嗟に爆発地点を迫り来る大盾へと変更した。
パチンッ!
バァアアアンッ!!
皇帝から2m程離れた所で、ランパートは爆撃された。
表面を焦がし、地面に落ちる大盾。
だが、その向こう側には、蔵人の姿はなかった。
何処に!?
そう言うが如く、皇帝は驚愕の表情で左右に首を振った。
そして、右を見た時に、目が合った。
皇帝の真横。既に拳を構えていた蔵人と。
「なっ!がぁっ!!」
蔵人の拳が、皇帝の横腹に突き刺さる。
プロテクター越しでも、彼女の体は大きく仰け反り、掴んで離さなかった六尺棒が左手から零れ落ちた。
そのまま、今度は皇帝が地面を転がる。
殴られた右脇腹を左手で抑えながら、吹き飛ばされる。
それを見て、観客席から悲鳴が上がる。
「「「きゃああああ!!」」」
「皇帝選手が!」
「勇飛さん!!」
『なっ、何と言う事でしょう!園部選手が、前回の覇者が攻撃を受けてしまった!しかも、その相手はCランクのクリエイトシールド!一方的に蹂躙されるだけの試合と思われた矢先、大波乱が起きたぞ!』
「「「うわぁあああ!!!」」」
「「「くっろきし!くっろきし!」」」
『桜城側からは黒騎士コールが巻き起こる!凄い声援だ!まるで、この奇跡を予見していたかのようだぞ!?』
大興奮の観客席。
だが、蔵人は気を抜かない。
一瞬たりとも、皇帝選手から目を離さなかった。
その視線の先には、既に立ち上がった皇帝の姿がある。
「やるねぇ。黒騎士君」
そう言って、こちらに笑みを向ける彼女。
だが、その目は決して、笑ってはいなかった。
園部さん。白百合に騙されて、黒騎士を蔵人君に言い寄る悪女と思っているみたいですね。
「自分にとって都合の悪い情報という物は、良い物よりも信じる傾向にある」
ネガティビティバイアスという奴でしょうか?悪口とか噂話とか、妙に気になりますものね。
でも、蔵人さんにとって、利用価値のある状況になったみたいですね。
「ここで勝てば、園部嬢との因縁が切れるかもしれんからな」
その大事な勝負ですが、出だしはこちらのペースですね。
でも、相手は前回優勝者の皇帝。どうなるか…。