292話〜着いたー!〜
宿の見てくれから、蔵人が悲惨な目に会っているのではと心配する海麗先輩。
そんな先輩を安心させるため、蔵人は地蔵温泉宿ツアーを開催した。
「では先ず、お爺さんが作ってくれる絶品の食事をご紹介しましょう」
「絶品?こんな山奥で、何が食べられるの?」
「それは…まぁ、見てからのお楽しみという事で」
そう言って、蔵人は海麗先輩を宿へと誘う。
だが、初っ端から躓いてしまった。
受付入口の扉を開けようとしたら、半分までしか開かず、海麗先輩の顔が若干曇る。
そして、居間へと続く障子戸を見て、その継ぎ接ぎだらけの障子紙を前に言葉を失っていた。
これは良くない。こういう部分を先に見せない方が良いな。
蔵人は急いで、台所へと向かう。
そこでは、お爺さんが昼食づくりに勤しんでいる最中だった。
「おや?黒ヤギさん。お客さんかな?」
「いえ。学校の先輩が遊びに来てくれたんです。お爺さん、今から昼食を少し多めに作って頂くことは可能ですか?」
「ああ、勿論じゃ。お嬢ちゃんの分じゃろ?任せておきなさい」
お爺さんは小さな力こぶを作り、ぬか床を掘り返す作業を再開させた。
手伝おうかとも思ったが、外から帰ったばかりだったので止めておく。
なので、先にお風呂にしよう。
そう思って、海麗先輩を連れてお風呂への通路を進む。
そこでも、先輩は顔を引きつらせてしまった。
低くシミだらけの天井に、中の石膏ボードが見えてしまっている壁。そして、腐って軋む廊下。
どう見てもお化け屋敷だ。
自然と、海麗先輩は蔵人の腕を掴む。
「く、蔵人君。今から、何処に?」
「ええ。お風呂にでもと思ったのですが…」
「お、お風呂!?」
驚く先輩に、蔵人は頷く。
お爺さんもお勧めにしていた温泉だから、きっと海麗先輩も気に入るだろう。
そう思ったのだが、先輩はみるみる顔を赤くさせて、勢いよく首をブンブンと振った。
「ダメダメ!そんな、そんな破廉恥な事!」
何を想像したのだろうか?勿論、一緒に入ろうなんて考えは無いぞ?
先輩が入っている間は、外で薪をくべようと思っていたのだが…無理強いはいけないな。
でも、温泉を拒否されてしまったら、昼食までの時間が空いてしまう。
どうするか。
蔵人が悩んでいると、海麗先輩がおずおずと提案してくる。
「じゃあ、さ。蔵人君の、その、泊っている部屋とか、見せてくれないかな?」
「僕の、部屋ですか…」
あの部屋かぁ。大丈夫かな?
蔵人は躊躇する。
すると、その様子を見た海麗先輩は、慌てた様子でブンブンと両手を振る。
「あっ、ごめん!無し!今の無し!気持ち悪かったよね?男の子の部屋に行きたいなんて言う女子はさ。ごめんね!忘れて」
「いえいえ。そんな事、これっぽっちも思っていませんよ。ちょっと、その、刺激が強いかもしれませんが、それでも宜しければ」
「し、刺激って!?」
海麗先輩が、鼻息も荒く唾を飲む。
う~ん。そっちの方面で期待をされても、困るのだがなぁ。
そう思いながらも、蔵人は自室へと先輩を招く。
ドアを開けて部屋を見せた途端、海麗先輩の柔らかな体が、再び蔵人の右腕を包み込む。
「な、何?ここ…」
「えっと、僕が泊っている客室、です」
「ここが!?」
蔵人が静かに頷くと、海麗先輩は二の句が継げなくなり、ただ部屋を見回した。
畳のシミを見て目を細め、柱の御札を見ると「有り得ない…」と言葉を漏らしている。
そして、部屋の端に置いてあった物に目を止める。
「この、大きな箱は何?荷物置き?」
「いえ、僕のかん…ベッドです」
棺桶と素直に言いそうになり、言葉を改める蔵人。
それでも、海麗先輩は首を傾げる。
言っている意味と実物が合わな過ぎて、混乱しているみたいだ。
なので、蔵人は棺桶の蓋を開けて、中を見せる。
「こうやって、布団を中に入れて寝ています。中は結構暖かいんですよ?」
「えっ?でもこれって、ダンボールだよね?紙で出来た箱が、なんで暖かいの?」
特区育ちの海麗先輩は、ダンボールの有用性をご存知無いようだ。
仕方がない。何せ、特区にはホームレスもいないのだから。
そう言えば、普通は都会にいるあの人達も、この世界では何処に居るのだろう?アグリアにでも入るのだろうか?
またもや思考がさ迷い始めたので、蔵人は小さく首を振り、ダンボールの中を指さす。
「試しに入ってみますか?布団は、何度か使ってしまいましたが、しっかりと日干ししていますので、汚くはないと思います」
「えっ!?蔵人君が使ったお布団に、私が?」
海麗先輩が再び、慌て出す。
何を考えているかは定かではないが、凄い唸って葛藤している。
そして、恥ずかしそうに小さく頷いた。
ではでは、1名様ご案内。
「如何ですか?海麗先輩」
「…うん。蔵人君の良い匂いがす…あっ!じゃなくて!暖かい!暖かいよ!ダンボール最高だよ蔵人君!」
良かった。海麗先輩もダンボールの素晴らしさに気付いてくれたみたいだ。
でも、その良い匂いってのは俺のじゃなくて、太陽の匂いだと思いますよ?
そんな弁解を思い浮かべながら、火照った海麗先輩を棺桶から引き上げる。
丁度その時、お爺さんが「昼餉が出来たよぉ」と呼びに来てくれた。
「ああっ!私、お腹ペコペコだ!早く行こう!」
海麗先輩は元気にそう言って、蔵人をグイグイと引っ張る。
照れ隠しなのだろう。顔を見られたくないのか、来た時は怖がっていた廊下もズンズン進んでいく。
そんな元気ハツラツであった海麗先輩だが、膳を前にすると不安げな顔に戻った。
「えっと、この野菜マシマシの献立は何かな?もしかしてコース料理?私、あんまり詳しくないんだけど、前菜ってもっと少なかった気がするよ?」
「海麗先輩。これは精進料理。修行僧が口にする不殺の料理…を一般向けにした物です」
蔵人が軽く精進料理を解説すると、海麗先輩は「そ、そうなんだ…」と無理やり納得して、箸を着け始めた。
蔵人もしっかりと感謝をしてから、箸を進める。
横目でチラリと海麗先輩の様子を盗み見れば、彼女は微妙な表情を浮かべている。
多分、味が薄いのだろうな。
でも、箸は止めずに、最後まで食べきっていた。
うん。素晴らしい。
「海麗先輩。少し山でも登りませんか?」
食休みのあと、蔵人は提案してみる。
すると海麗先輩も「良いね!」と二つ返事で了承してくれた。
彼女も山に登りたかったのかな?
「それではお爺さん、行ってきます」
「行ってきまーす!」
「はいはい。気を付けてなぁ」
お爺さんに見送られて、蔵人達は山の中に入る。
道は相変わらずぬかるんでいたり、凸凹していて歩き辛い。
だが、海麗先輩はそれらを物ともせず、スイスイと登って行く。
凄いな。まるで玄人の登山家だ。
蔵人が先輩の背中をマジマジと見ていると、彼女は振り返って不思議そうな顔をした。
「どうしたの?私の背中に、何か付いてる?」
「いえ。登るスピードが神がかっていたので、驚いていました」
「あはは。神って、大袈裟だよ。私はAランクのブーストなんだから、これくらい出来て当然だよ」
そう言って、先輩は軽くジャンプする。
それだけで、マサイ族もびっくりな高さを跳躍してしまう。
流石はAランクのフィジカルブースト。
蔵人が海麗先輩に目を奪われていると、彼女は蔵人を指さしてくる。
「それを言ったら、蔵人君なんてもっと凄いじゃん。荷物もいっぱい持てるし、空も自由に飛べちゃう。この山登りだって、本気を出せば一瞬で山頂まで行けちゃうでしょ?」
「ええ、まぁ、それはそうですけど…」
「そうしないのは、訓練の為?」
海麗先輩の問いかけに、蔵人は小さく頷く。
「そうですね。それもあります。山登りは足腰を鍛えられますし、心肺機能も向上します。絶好のトレーニングコースなんです」
それに、と、蔵人は続ける。
「こうして、頑張って登った後に見る景色というのは、格別の付加価値があると思うんです」
登っている時は、なんでこんな思いをしているんだろうか?とか、早く帰ってジュースやジャンクフードを食べたいと思ったりもする。だが、そうして苦労した分だけ、山頂で見る景色は輝いて見えるのだ。
蔵人がそう言うと、海麗先輩から感じていた魔力の波動が薄れた様に感じた。
彼女を見上げると、難しそうにうんうん頷いていた。
「確かに、それもそうだね。私も、おばあちゃんと一緒にトレーニングした後に食べたスイカは、なんだかとっても美味しく感じたんだ。そうだね、うん。分かった!私も、異能力無しで登ってみるよ」
そう言って、海麗先輩は蔵人と共に山道を登り始めた。
異能力がない分、今まで見たいに超人的な脚力は衰えて、額から汗を流し始めた。
それでも、海麗先輩はしっかりとした足取りで、蔵人の後ろを着いてきた。
流石は海麗先輩。異能力だけでなく、基礎体力もしっかりと鍛えていた。
蔵人は後ろを向いて、彼女の様子に満足する。
すると、
「きゃっ!」
海麗先輩が浮き石に足を取られて、コケそうになった。
だが、転ばせはしない。
蔵人が咄嗟に手を伸ばし、彼女の体を支えた。
「大丈夫ですか?先輩」
「あっ、ご、ごめん!大丈夫だからっ!」
蔵人が抱える様に海麗先輩を支えながら彼女の顔を覗き込むと、先輩は慌てた様子で立ち上がり、顔をパタパタと仰いでいた。
それを見て、蔵人も少しの間、手を握ったり開いたりしていた。
緊急事態とは言え、女の子の体を触ってしまったのは不味かったな。ああいう時は、シールドを使った方が確実なのだから。
蔵人は気持ちを切り替える様に、首を振る。
「先輩。異能力も少しは使った方が良いかも知れませんよ。実は僕も、足首に盾を装着しているんです。山道は足を捻挫し易いですから、こうして補強しているんです」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ私も、足首にだけブースト掛けようかな?」
海麗先輩は早速、足首を強化したみたいで、確かめる様に片足を上げて、足首をグリグリ回した。
「よし。じゃあ行こうか!」
「はい」
そこからは、特に大きなトラブルもなく、蔵人達は順調に山道を登った。
途中の展望スペースでは、海麗先輩が絶景に感動してくれた。
キラキラした彼女の笑顔を見て、この景色を彼女に見せることが出来て良かったと、蔵人は心底そう思った。
そして、
「着いたー!」
無事に、登頂することが出来た。
海麗先輩が嬉しそうに声を上げ、ついでに両腕も天へと伸ばして喜びを表現している。
とても可愛らしい。
素直な彼女の様子に、蔵人も顔がほころぶ。
「やりましたね、先輩。異能力無しで登りきりましたよ」
「蔵人君が作ってくれた、これのお陰だよ」
そう言って、先輩は片足を持ち上げて、自分の靴を指さす。
その靴底には、蔵人が生成した盾のスパイクが貼り付いていた。
山頂は雪が積もっており、更に北風が強く吹き込むので、積雪がアイスバーンになっている。そこを通過する為に、蔵人はお手製アイゼン(登山靴の靴底に装着するスパイクの様な道具)を先輩にも渡していた。
だが、お礼を言われた蔵人は首を振り返した。
「いえ、それはあくまでサポートです。冬山を登りきったのは先輩の力ですよ」
15歳の女の子が、アイスバーンもある冬山を登りきったのだ。幾ら重い荷物を持っていない状態とは言え、凄い事に変わらない。
そんな蔵人の思いが通じたのか、海麗先輩は嬉しそうに頬を掻く。
「そ、そうかな?私って、結構頑張ったのかな?」
「ええ」
蔵人が頷くと、先輩はもう一度後ろの景色を振り返って、「そうだね」と肯定した。
「蔵人君が言っていた意味が分かったよ。確かに、こうして異能力無しで登ってみると、今までした登山よりも感動が大きいね。それに、何時もより体が軽い気がするんだ」
海麗先輩はそう言って、拳を握りしめる。
彼女も、山登りが好きになってくれたのだろうか?そうだとしたら嬉しい限りだ。
蔵人は仲間が出来たと思い、心を弾ませて彼女の横に立つ。
そこからは、冬空に輝く太陽が、山肌を白く染め上げる雪化粧を輝かせている様子が広がっていた。
美麗な景色。
だが、その白い輝きは、若干のオレンジ色が入っていた。
太陽が西へと傾き、色を変えているからだ。
蔵人が腕時計を見ると、時刻は15時を過ぎていた。
思ったよりも、時間が経過していた。
これは、あまり長居は出来ないぞ?
そう思ったのは、蔵人だけではなかった。
「うわっ!もう、こんな時間。早く帰らないと…」
海麗先輩が自分の腕時計を見て、目を剥いた。
同じ東京特区内とは言え、ここから都心まではかなり時間がかかる。急がないとホテルのディナーに間に合わなくなってしまうのだろう。
慌てて帰ろうとする海麗先輩。その彼女に、蔵人は飛んで送っていきますよと提案する。
それを聞いて、一瞬喜ぶ海麗先輩。だが、直ぐにシュンとなる。
「ホント!あっ?でも、そしたら蔵人君が遅くなっちゃうし、悪いよ…」
「とんでもない。飛んで下山した方が早いですし、僕を心配して見に来てくれた先輩に、少しでも恩返ししたいんですよ」
蔵人がそう言うと、「いや、それは私のセリフ…」と言いながらも、渋々頷く海麗先輩。
彼女の同意も得られたので、早速シールドの羽を背中から生やして、彼女をお姫様抱っこして運ぼうとする。
したのだが、
「いやいやいや!その運び方は私が死ぬ!」
「大丈夫ですよ。落としたりなんかしません。風避けもしっかり作りますから」
「そう言う問題じゃなくて!」
真っ赤になって拒否する海麗先輩。
う〜ん。乙女心という奴だな。男性に抱えられるのが恥ずかしいというのは、理解出来る。
なので、彼女に言われるがまま、蔵人は先輩を背中に背負う。
「大丈夫?蔵人君。私、重くない?」
「大丈夫ですよ。とても軽いです」
そう言いながらも、蔵人の表情は険しくなる。
と言うのも、背中に柔らかい感触が広がっているからだ。
暴力的ですらある2つのエアクッションが、蔵人の背中にグイグイ押し付けられる。
蔵人も男だ。本能が飛び出そうになるのを抑える為、薪割り以上に根性を入魂する必要があった。
だから、お姫様抱っこにしたかったのだがなぁ。
背中から香る良い匂いに負けないよう、蔵人は空へと飛び立つ。
「うわぁ…凄い眺めだね…」
山々を飛び越えながら飛行していると、海麗先輩が感嘆の吐息を漏らす。
確かに、彼女が感動するだけはあった。
夕方に照らされる山々は、朝日とは違った幻想な世界を彩っている。
でも、
「海麗先輩。しっかり掴まって下さいね?」
周りの景色に気を取られて、落ちたりしたら大変だ。
そう思ったのだが、彼女が素直に抱き着いてくると、再び後悔することになる蔵人。
背中から意識を離す為、先輩に話しかける。
「遅くなってしまい、済みませんでした。明日の試合に響かなければ良いのですが」
「うん…大丈夫だよ。試合の事は、気にしないで…」
急にテンションがダダ下がりとなる先輩。
こ、これはもしや、負けてしまったのか!?
蔵人はどう言うべきか悩み、結局、ストレートを投げ込むことにした。
「あまり、良い結果ではなかったのですか?」
「…うん。ダメダメだったんだ。やりたかった事も出来なかったし、力も殆ど出せなかった…」
そう言って、海麗先輩の頭が、蔵人の首筋に埋もれる。
途端に、海麗先輩の香りが漂ってくるが、流石にこのシチュエーションである。しっかりと理性が打ち勝ってくれた。
さて、どうやって慰めるべきだろうかと、蔵人は暫く言葉を探していた。
だが、それよりも早く海麗先輩は顔を上げて、声も上げた。
「でも、今日こうして蔵人君と登山デートが出来て、すっごい癒されたし、何かこう、大切な何かを掴めそうだったんだ!」
「おおっ、それは良かった。僕で良ければ、また何時でもご一緒しますよ」
「ホントに!?嬉しい!」
海麗先輩が行きよい良く抱きついてきた。
今度は理性が負けそうだ。
頑張れ!俺の理性!
「けど、私の事は気にしないで。蔵人君は自分の事を、次の試合に集中して。次の相手、凄くヤバい奴だからさ」
「次の相手、ですか?」
蔵人が気の抜けた返事をすると、海麗先輩は「あっ、そうか」と何かに気付く。
「蔵人君は、対戦表を見られなかったもんね」
「ええ。ですので、次の相手どころか、今大会が何回戦まであるのかも分かりません」
「そっか。これも運営が蔵人君を冷遇している証拠だね」
海麗先輩の声に、若干の怒気が含まれた。
でも、直ぐに気持ちを切り替えてくれたのか、大会の説明をしてくれた。
「えっとね。先ず…」
今回の全日本に出場した選手は60名弱。トーナメント戦は最大6回戦までであり、1日1回戦ずつ執り行う。
ただし、3回戦と4回戦の間、決勝戦の前に中休みが1日ずつ設けられているので、全日程は10日間となる見込みだ。
Aランクは魔力が多い分、全回復までに時間を要する。それ故に、ファランクスと同じように休みが設けられているのだ。
そして、蔵人の次の相手だが。
「ほぉ。そうですか」
蔵人は次の相手を聞いて、ついついニヤけてしまった。
嬉しくて、というのもある。
だが、どちらかと言うと…。
翌日。午前11時。
東京特区、上野WTC。セントラルスタジアム。
全日本Aランク戦、2回戦。
蔵人は、試合会場のど真ん中で意識を集中していた。
これから始まる、試合の為に。
体調は良い。すこぶる絶好調である。
昨日、海麗先輩と楽しいひと時を過ごせたことで、心身ともにリラックス出来ており、早めにテレポートしたから酔いも既に消えていた。
最高の状態。
そんな蔵人に、後ろから声が掛かる。
「いっけぇ!黒騎士!Cランクの意地を見せてくれ!」
「優勝よ!黒騎士様!」
「「「くっろきし!くっろきし!」」」
その声に、蔵人は振り返る。
白い制服を着た集団が、蔵人が入場した入口付近で声援を送ってくれていた。
「ボスなら出来る!楽勝だァ!!」
「見せたって下さい、カシラァあ!」
鈴華達も来てくれたみたいだ。
観客席にも、特に怪しい人影は見えない。
白百合は、1回戦の様な小細工も用意していないらしい。
まぁ、それもそうだろう。小細工する必要もない。何故なら…。
蔵人は向き直る。
反対側の観客席が、一斉に沸き立ったからだ。
「「「わぁああああ!!!」」」
「素敵ぃい!!」
「かっこいいわぁあ!!」
「こっち向いてぇ!」
熱に浮かされた女性達が、入口ゲートを潜った選手に金切り声を上げる。
それを受けて、その選手は片手を上げて、優雅に彼女達を振り返る。
「やぁ、子猫ちゃん達!僕の為に来てくれてありがとう!」
そう言って、その選手が手を振ると、観客席からは狂った様に感性が上がった。
「「「きゃぁあああああ!!!」」」
「こっちを向いてくれたわ!」
「手を振ってくれているわ!」
「流石は前回優勝者!皇帝陛下の威光が眩しいわ!」
そう。
今、蔵人の目の前にいるのは、園部勇飛さん。
Aランクの最上位異能力者にて、前回大会の優勝者。
真っ赤に燃えるミディアムヘアを手で掻き上げて、彼女は高らかと笑う。
「はっはっはっは!そうさ、僕こそが王者!日本最強の異能力者だよ!」
2回戦で王者と当ててくる。
そんな白百合の策略に、蔵人は呆れて笑みを浮かべるのであった。
海麗先輩の訪問後編でした。
「随分と浮かれていたが、試合に影響なければ文句は言わん」
リラックス出来たみたいでしたよ。加えて、試合の情報も頂けました。
ですが、
「2回戦で決勝戦か。分かってはいたが、潰しにかかって来たな」
分かってはいましたが、こんな序盤で当ててくるなんて…。