289話〜私たちはずっと、応援してるから〜
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今話は少し、短めとなっております。
「どちらが強いか、勝負だ!」
紫電が勇ましく吠えると同時、いつの間にか現れた審判が手を上げる。
「これより!全日本Aランク戦、Aブロック第1試合を始める!両者構えて!」
その号令の後、会場のブザーが鳴った。
ファァアアンっ!
「試合開始!!」
試合開始の合図。
それとほぼ同時に、紫電が走り込んできた。
「うるぁああ!!」
5mあった距離を一瞬にして詰めた彼女は、右腕を大きく振り上げて来た。
その爪先には、白く濃厚な魔力が生え揃えており、蔵人を八つ裂きにしようと迫って来る。
蔵人は反射的に水晶盾を生成し、それを迎撃しようとする。
だが、
「しゃぁあ!!」
彼女の鋭利な爪は、まるで空気を裂くように水晶盾を細断し、蔵人へと迫って来ていた。
それに、蔵人は後方へと跳び退る。体に纏っていた盾を総動員して、後ろへと全力で跳んで逃げた。
やはり紫電の技術力は凄まじい。彼女の攻撃力はAランク並みにまで昇華している。
Cランク盾をものともしない攻撃力は、木村先輩のダーズン・ブローと同レベルだ。
蔵人は紫電を評価しながら、着地しようとした。
しかし、踏み締めた地面に若干の違和感を感じる。
まるで、地面が揺れているかのような錯覚を覚えた。
いや、違う。地面は揺れていない。揺れているのは自分自身。
自分の、三半規管…テレポート酔いの影響か!
蔵人は違和感を解消しようと、着地してからもう数歩、後ろへと下がる。
そうすると、少しだけ感覚が戻った気がした。
その代償に、無駄に歩数を歩いた。
無駄に、時間を浪費してしまった。
そんな隙を、紫電は見逃してくれない。
蔵人が前を向くと、そこには既に、獲物へと襲い掛かる紫電の姿があった。
早い!ならば!
「シールド!」
蔵人は瞬時に、水晶盾を出す。
それを、ただ紫電の刃に向けて掲げる。
紫電は、無情にその10本の爪を振り下ろす。
だが、止まった。
「ほぉ、またあの変な盾か」
「ああ、ランパートだ」
部分的なランパートだがな。
蔵人は心の中で補足して、苦笑いを浮かべる。
華奈子様の誕生日会で見せた技だが、南部選手に向けた物よりも格段にランパート部分は小さい。
紫電の攻撃を予測して、その爪が当たる部分だけ急ピッチで生成したのだが、全ての爪を止めることが出来たのは幸運だった。
その幸運を、最大限活用する。
蔵人は紫電の爪が止まっている内に、水晶盾のランパートを2枚生成し、彼女の攻撃に備える。
その2枚を手元に引き寄せると同時、紫電は部分ランパートから爪を引き抜き、こちらへと狙いを付ける。
再び振るわれる剛腕。
蔵人はそれを、片方のランパートで受け止める。
衝撃。
ランパートの分厚い装甲を、紫電の豪爪が半分以上削ってしまった。
先ほどはAランク相当と評価したが、それは過小評価だったのか。
彼女の攻撃力は、既にAランクのそれを越えようとしている。
蔵人が再評価をしていると、後ろから圧が掛かった。
声の圧だ。
「「「うわぁあああ!!!」」」
「「「紫電さまぁあああ!!」」」
「押してる!紫電様が押しているわ!」
「関東大会の時とは、まるで逆の立場になってる!」
「行けます!紫電様行けますよ!」
「「「イケイケ紫電!押せ押せ紫電!」」」
紫電の猛攻に、観客達のボルテージも一気に上昇する。
後ろからだけではなく、四方八方全ての方角から黄色い声が湧きあがり続ける。
その声量は、集中していた蔵人の気持ちを浮き上がらせ、一瞬、気持ちをそちらへと反らした。
それに、紫電が反応する。
ランパートの淵。そこに爪を入れて、思いっきり腕を振り上げた。
その爪に持ち上げられ、ランパートは大きく浮きあがる。蔵人の目線の先に、紫電の全身が現れた。
不味い!
蔵人は直ぐに、もう1枚のランパートをインターセプトするが、それよりも早く、紫電が蔵人に斬りかかって来た。
「しゃぁああ!!」
「くっ!」
蔵人は咄嗟に、後方へと跳ぶ。
だが、推進力が落ちていた。
ランパートを2枚作るのに、体に纏わせていた盾を少し減らしていたことが原因だ。
その影響で、蔵人は紫電の豪爪を避けきれなかった。
避けようと捩る蔵人の胸部へと、爪先が走る。
切っ先が、白銀の鎧を切り裂き、その下の皮膚を薄く裂く。
「「「うわぁあああ!!!!」」」
バンバンバンバン!!!
蔵人が後方へと跳んでいる間にも、観客達は大興奮だ。
その声を聴いていると、不思議と体が動かし辛い。
もっと遠くへと逃げる筈だった体が、後ろから押し返された様に感じた。
着地も、何処か違和感を覚える。
酔いは覚めつつあるが、どうにも感覚が鈍い。
まるで、水中の中を藻掻く様だ。
いや、それは気のせいだ。体の動きが悪いのは、この怪我と、周囲から向けられる期待による物。
黒騎士よ負けろという、負の期待が。
気にするな。集中しろ。
このような逆境、今までだって何度も潜り抜けて来ただろうが。
「「「し、で、ん!し、で、ん!」」」
蔵人が集中しようと眉を寄せると、周囲の声援が耳の中へと割り込んでくる。
考えていたことが、剥離する。
意識が、霧散する。
「しゃぁあ!!」
蔵人にとっては、煩わしい雑音。
しかし、紫電にとっては強力な追い風。
勢い良く飛び込んできた彼女に、蔵人はランパートで防ぐので精一杯であった。
防いだ途端、切り裂かれた胸が鈍い痛みと共に、熱い物がジワリと広がる。
くっ!
「そがぁっ!」
蔵人は鬱憤を吐き出す様に、彼女が張り付くランパートを乱暴に振り向いた。
それを、紫電は余裕の様子で後ろへと後退し、軽いステップを刻んで調子が良い事を強調する。
「「「うわぁあああ!!!」」」
「「「紫電さま素敵!!!」」」
それを見て、観客は更に盛り上がる。
紫電の一挙手一投足が 、観客達にとっては燃え上がる為の起爆剤となる。
蔵人は首を振る。
視線を相手から逸らす等もってのほかと分かっていながらも、雑音を振り落とす様に大きく振る。己の思考を引き摺り込もうとする見えない手を振りほどく為には、必要な事だった。
そうすると、少しだけ思考が戻ってくる。
同時に、胸の痛みも。
蔵人は、切り裂かれた胸部装甲に手を当てる。
痛みはあるが、傷は感じる程酷くは無さそうだ。
内臓が飛び出ている訳でもなければ、筋肉に支障をきたしている様にも思えない。少し大袈裟に血が滲んでいるだけ。
だが、それは今の時点では、という話。
激しく動けば傷が開き、血を失い続ける。
ならば、先ずは止血が最優先だ。
蔵人は小さな盾を生成し、それを傷口に当てる。
人工の血小板だ。それにしては大き過ぎるが、岩戸戦よりも止血能力は高いだろう。
これでどんなに動こうと、あと5分は戦えるだろう。
蔵人は、無理やり笑みを浮かべ、己を鼓舞する。
足を前へと運ぶと、小さくない抵抗を感じた。
本当に水の中にいるみたいだ。気のせいか、息まで苦しい気がする。
「「「紫電さまぁあ!」」」
「黒騎士はフラフラですよ!」
「もう少しで勝てます!」
「紫電さま、頑張って!」
「「「行け行け、紫電!」」」
観客の声が、蔵人の足を重くする。
ここで果てよと縛り付ける。
蔵人は、それらを引きちぎるように足を出し、また1歩、1歩前へと進む。
周りを気にするな、集中しろ。
最後まで足掻け、藻掻け、抗い続けろ!
言い聞かせる様に、蔵人は耳を塞ごうとした。
だが、その前に声が届く。
「負けるな!黒騎士!!」
その声は、後ろから。
蔵人が通ってきた、選手入場口。
その奥に、海麗先輩の姿が見えた。
「君なら出来る!私たちはずっと、応援してるから!!」
海麗先輩は必死になって叫んでいた。
こんなにも紫黒のサポーターが大音量で紫電を押している中なのに、海麗先輩の声は、それら全てを押し退けて、蔵人の元まで届いた。
これも、フィジカルブーストのなせる技なのか。
凄いな、先輩は。
蔵人が海麗先輩に感謝を抱いていると、彼女の元に大会スタッフらしき人が走ってきて、何か注意している様子だった。
きっと、海麗先輩は次の試合の為に、入口で待機していたのだろう。そんな中で、前試合の選手を応援したから、注意を受けてしまったというところか。
そこまでして、自分を押してくれた。
そう思うと、蔵人は心が暖かくなり、纏わり着いていた何かが弱くなった気がした。
相変わらず、周囲から紫電への応援は凄まじい。だが、今は冷静に考えられる。
この状況は異常だ。
海麗先輩以外、誰1人として黒騎士の応援をしようとしていない。
幾ら、紫電のファンクラブが熱狂的で数も多いとはいえ、こんな偏り方は明らかに作為的なものを感じる。
きっと、白百合に操られた運営が、紫電のファンだけを選別しているのだろう。
それ故に、彼女達は驚異的な連携を見せることが出来ている。彼女達の誰もが、紫電に勝って欲しいと心の底から願っているから。
それは素晴らしい事だ。仮令、運営によって誘われた席だろうと、紫電を応援したいという気持ちは嘘偽りない物だ。
だが、だからと言って臆する必要も無い。
海麗先輩の様に、黒騎士を応援している人達も確かに居るのだ。
寧ろ、彼女達に魅せてやろう。我々覚醒したCランク同士の強さと言う奴を。
そう思うと、心が踊る。
勝ち負けとはまた違う、強者に挑む心構えを今、蔵人は思い出した。
「行くぞ!紫電!」
蔵人は、紫電に向かって吠えた。
すると、構えていた紫電は右手をこちらに出し、誘うように手招きした。
「とっとと来やがれ!この寝坊助がっ!!」
「おうっ!」
蔵人は拳を水晶盾で纏い、そのまま待ち構える紫電に突っ込む。
振り抜いた蔵人の拳が、紫電の爪と鍔迫り合う。
拮抗。
力は、互角。
蔵人は、紫電に笑いかける。
「待たせたなっ」
「今更だ。俺が何年、待ったと思っていやがるっ!」
紫電が爪を振り抜き、蔵人の拳を跳ね除けようとする。
だが、蔵人は動じない。
彼女の思うままに、力を抜いた拳は易々と弾かれる。
だが、体勢は崩さない。
拳を弾いた紫電の懐は、大きな隙を作っていた。そこに、蔵人は蹴りをねじ込んだ。
「ぐっ!」
右足に、硬い感触が伝わり、直ぐに紫電が吹き飛んで行った。
その彼女を追うように、観客席から無数の悲鳴が上がる。
「「きゃぁああ!!」」
「「「紫電さまぁあ!!」」」
それは、紫電を慮る声。同時に、蔵人を非難する叫びでもある。
だが、蔵人は歩みを止めない。
思い出したのだ。過去に、これよりも罵声を浴びせられながらも戦った記憶を。
その時の自分が、どうやって乗り越えて行ったのかを、思い出した。
敵陣営から上がる悲鳴は誉れだ。それが大きいだけ、自分が効果的な動きが出来ている証拠である。
そう思うと、悲鳴すらも心を満たす。
「良い悲鳴だ。人間ども」
観客席からの悲鳴を掻き分けるように進みながら、蔵人は黒い笑みを浮かべた。
すみません。短くなってしまいました。
「何となく、中途半端な気もするが?」
本当は1話で収めたかったのですが、長くなり過ぎて。
ですので、臨時で明日も投稿させて致します。
「うむ。明日の18時だな?」
はい。
よろしくお願い致します。