288話~よぉ、黒騎士。待っていたぜ~
やはり、連続のテレポートは慣れないな。
蔵人は、漸く足が地面に着いた事で安堵し、心の中で愚痴を零す。
目の前には、黒服を着た護衛部隊が揃っており、その奥には上野WTCの巨大ゲートが聳え立っていた。
「おはようございます、黒騎士選手。顔色が優れない様ですが、何かございましたか?」
平然と言ってのける赤髪黒服に、蔵人は目を鋭く尖らせてから皮肉に聞こえる言葉を吐く。
「ええ。まぁ、色々と用意して下さったからですね」
「そうでしたか。我々の配慮が足りず、申し訳ございません」
そう言って、すぐに頭を下げる赤髪黒服。
だが、すぐに立ち直り、嘘くさい笑を浮かべた。
「ですが、ご理解下さい。これも黒騎士選手の安全を考慮しての事なのです。あのような辺境の宿に、まさか貴方様の様な高貴な方がお泊まりなど、誰が思いましょうか。現に、昨晩は誰にも邪魔されない夜をお過ごし頂けたと思います」
案の定。赤髪黒服はツラツラと言い訳を述べて、さも自分達が正しかったという風に主張した。
そのお陰で、彼女達が自分を苦しめる為にあの宿に泊めた事も明白となった。
語るに落ちるとはこの事。
蔵人は笑いそうになるのを堪えて、ただ肩を上げて「ダメだこりゃ」と言うポーズを取るだけにした。
そして、話を切り上げてゲートを潜る。
あまり時間を掛けていると、テレポート酔いが覚めてしまって、本当は絶好調である事がバレてしまうからね。
上野WTC内は、随分と閑散としている。
施設の周辺には、何組かの女性が行き交っているが、通路や休憩スペース等には殆ど人が居ない。
今日が平日だからだろうか?
それでも、黒服達は変わらず、蔵人の周囲を警戒する。
白百合会との関係が疑われる彼女達だが、任務はしっかりとこなすらしい。
お陰で、昨日の様に取り囲まれる事もなく、蔵人は大会会場であるセントラルスタジアムまでたどり着いた。
そのままスタジアムの中に入り、〈男性用選手控え室〉とプレートが付けられたドアの前で、黒服達と別れる。
「それでは黒騎士選手。我々はスタジアムの外で待機しております。宿へお戻りの際には、お迎えにあがりますので」
「ええ。よろしく」
蔵人は顔を伏せながら彼女達に手を上げ、素っ気ない返事をした。
それに、満足そうに頭を下げる赤髪黒服。
蔵人は部屋に入ると、ワザと強めにドアを閉める。
ふぅ。慣れない事をすると疲れる。
蔵人は部屋に入ると同時に、厳しい表情をとっぱらい、大きく伸びをした。
やっと体が軽くなった。少し歩いただけだが、テレポート酔いは随分マシになっている。
気持ちが落ち着いたので、周囲を見渡す。
部屋は、20人は入れる程の広さだ。壁際に鏡と化粧棚まで置いてあって、まるで芸能人の楽屋みたい。
これだけ広いのだが、使用者は蔵人だけだ。
出場者は女性ばかりなので仕方ないが、少し物悲しい。
いや、この空間と時間を使って、訓練せねば。
蔵人は気持ちを切り替えて、部屋の中で盾を飛ばそうと手を前に出す。
と、丁度その時、ドアが開いた。
「ほぉ、やる気は十分みてぇだな。俺が相手になってやろうか?」
そこには、紫黒のプロテクターを全身に纏った紫電が、楽しそうな声を上げて部屋に入ってくる所だった。
ああ、そうか。出場する男性は、もう1人いたな。
名目上は、だけど。
「やぁ、紫電。久しぶり」
「誰もいねぇんだからよ、そんな他人行儀に呼ぶんじゃねぇ。華瑠羅で良いんだよ」
「じゃあ、日向さんで」
「カルラで良いっつってんだろ!喧嘩売ってんのか!?一括で買ってやるぞ!」
言葉は乱暴だが、外したヘルメットの内で、生き生きと目を輝かせるカルラさん。
拳に込めた魔力が、鋭利に尖っている。まるで、何時でも相手になってやると見せつける様だ。
この雰囲気、下手をすると本当に開戦しそうである。
個人的には歓迎だが、ここは会場内の控室。
自重せねば。
「しかし、凄いね。カルラさん。まさかCランクだけじゃなくて、Bランクまで制覇しちゃうなんて」
「くはっ。当たりめぇだ。てめぇをぶっ倒すって誓ったこの俺が、Bランク程度でまごついてられっかよ。てめぇなら、その程度難なく飛び越えてくるって分かってたからな」
怪しく光る瞳をこちらに突きつけながら、嬉しそうに語るカルラさん。
その輝きは、自信の表れ。
きっと彼女には、黒騎士に勝てる道筋が見えているのだろう。
何せ、Bランクの全日本を制したという事は、あの島津円さんも倒したという事だ。
関東大会の頃よりも、遥かに強くなっている証拠。
蔵人も笑みを浮かべると、丁度ドアがノックされて、大会スタッフが会場に来るようにと指示を残していった。
「じゃあ、行こうか」
「Cランクだからって、舐められんじゃねぇぞ」
2人は顔を隠してから、控室の扉を開いた。
セントラルスタジアムは、ビッグゲームで使用した会場と同等レベルの大きな建物であった。
フィールドには青々と輝く人工芝が敷き詰められ、選手達に踏まれても空を真っ直ぐに目指している。
上空には煌々と輝く太陽と、その空を半分程覆う屋根が見える。
広大な会場。だが、フィールド部分はビッグゲームのそれよりも1周りは小さい。
そりゃ、13人同士で戦うファランクスよりも、1対1のシングル戦の方がフィールドが狭くなるのは道理か。
その代わりに、観客席のスペースが増えていた。
青く暖かそうな椅子が何段にも段々になっており、最上段にはVIP用の観覧席が飛び出していた。
まるでギリシャのコロッセオを思わせる構造に、蔵人は一瞬足を止めて、周囲を見渡してしまった。
すると、横を歩いていたカルラさんが蔵人をせっ突く。
「おい、黒騎士。他の奴らが待ってるぞ」
「うん?あっ、済まん」
彼女の言う通りであった。
目の前には、既に整列を終えてこちらを見ている選手達の姿が。
どうやら、蔵人達が並ぶのを待っているらしい。
男子が女子選手に絡まれるリスクをなるべく減らすために、先に女子を並ばせていたみたいだ。
これも運営の配慮か。
蔵人は駆け足で、その集団へと近づく。
どうも、中央に関東校が集まっているみたいで、その先頭に白銀の鎧がならんでいた。
蔵人が鎧の集団に近づくと、それに気付いた海麗選手が手を振って、前に誘導してくれた。
「遅かったね。何かあったの?」
「いえ。待合室で待たされていて…」
コソコソと話す2人。
だがすぐに中断される。
司会者らしき人が中央の演説台の横に出て来た。
彼女が開会式の開始を宣言すると、演説台に丸顔の優しそうなおばちゃんが登った。
「選手の皆さん。ようこそ全日本Aランク戦の会場へ。私は異能力運営委員会理事長の川村です。本日はお日柄もよく…」
理事長の長い話の後にも、幾人かのお偉いさんが続いた。
蔵人は、何処か遠くで薪割りの音が聞こえた気がした。
カーンッ…カーンッ…。
意識が飛びそうになって暫く経つと、漸く式に動きがあった。
理事長が壇上に再び現れ、選手団の先頭にいた勇飛さんがゆっくりと演説台に近づく。そして、かなりふんぞり返った状態で、その手に持っていた物を理事長へと渡した。
黄金の優勝カップだ。
理事長の手にカップが渡ると、会場中から拍手が沸き起こる。
今日は一般の観客は居らず、学校関係者だけなので席も殆ど埋まっていない。それなのに、四方八方からの拍手が長い時間続いた。
それだけ、園部勇飛選手が有名であり、人気があるという事か。
その拍手の中で、勇飛さんが真っ直ぐに手を上げる。
「宣誓!私達選手一同は!世界公式シングル戦ルールに則り、正々堂々と闘うことを誓います!」
選手宣誓も勇飛さんがやるのか。きっと、その方が好印象を与えられるのだろう。
蔵人は、彼女の周りでフラッシュを焚くカメラマン達を見ながらそう思う。
そんな事を考えている内に、開会式は終了していた。
次はトーナメントの順番を決める抽選会だ。
周囲が一気にソワソワしだす。
「さーて。これが今日一番の戦いだよ」
蔵人の横で、海麗先輩が気合の入った声を上げ、手の指を念入りにマッサージしていた。
別に、ジャンケンで決める訳ではないのだが、ゲン担ぎみたいなものだろうか。
彼女の様子に、笑みを浮かべていた蔵人。
だったのだが、
『これより抽選会を始めます。名前を呼ばれた選手から前に出て来てください。では、桜坂聖城学園の黒騎士選手。黒騎士選手は前に出て来てください』
いきなり、名前を呼ばれてしまった。
あれか。推薦枠だからか?
訝しみながらも前に出る蔵人。
そこには、演説台が既に撤去されており、代わりにクイズ番組のボタンの様なものが置いてあった。
真っ赤なボタン。これも、ビッグゲームとよく似ている。
司会者の指示で、蔵人はボタンを一度押し込む。すると、会場中のモニターが切り替わり、デジタルルーレットが始まった。
蔵人がもう一度ボタンを押し込むと、ルーレットは徐々に速度を落として止まり、選択された金色の〈1〉という数字が輝いた。
1番か。数字的には悪くないが、1番最初に試合を組まれそうで好ましくない。
時間的にもそうだし、何よりも裏工作がし易そうだと考え、蔵人は顔を顰めた。
そんな蔵人に、司会が再び指示を出した。
『それでは、抽選が終わった黒騎士選手は先に退場して頂きます』
なに?ここで退場?最後まで見せてくれないのか?
蔵人がボタンの前で司会の方に「説明してくれ」という視線を送っていると、後ろの集団からも声が上がった。
「ちょっと待って。なんで終わった人から退場しなくちゃいけないの?」
「それじゃ、最後に引く人が有利じゃない!」
「そんなルール、今までなかったわ!」
「どうなっているのよ、運営さん!」
非難轟々である。
聞くと、去年までは無かった事らしい。
これはもしやと、蔵人が硬い顔の理事長を見ていると、司会が説明を始める。
『選手の皆さん、落ち着いてください。これは、黒騎士選手等の男性選手への特別ルールです!男の子である彼は、なるべく女性との接触を少なくし、危険を排除する必要があります。同様に、紫電選手にもこの後ルーレットを回してもらい、その後退出して頂くこととなっています。男性に配慮した特別ルールとして、今回から施行しております!ご理解ください!』
なるほど。ここでも男性だからと言う理由で、理不尽を押し付けて来たか。
悪知恵を働かせるねぇ、白百合。
蔵人が皮肉と賛辞を送っていると、再び選手達から声が上がる。
「なんで紫電選手も巻き沿いを喰わなくちゃいけないのよ!」
「そうよ!紫電選手が男性なんて、公式では一言も言ってないじゃない!」
「女性かも知れないって、もっぱらの噂よ!」
「紫電様の性別は紫電様よ!男とか女とか関係ない次元の御方なの!」
「「そうよ!その通りよ!」」
おっと。観客席までヒートアップし始めたぞ。
流石は紫電ファン。もう性別なんてどうでもいいというスタンス。
しかし、そうか。紫電の性別は、既に男性ではないとバレつつあったのか。
それでも、運営が男性扱いしているのは、黒騎士への冷遇を少しでも逸らす為か。
現に話題は、黒騎士への扱いから、紫電への扱いと切り替えられてしまっている。
やるなぁ。白百合会。
今度は、純粋な賛辞を送る蔵人であった。
その後、蔵人は運営に連れられて、早々に宿まで戻って来た。
白百合会の策略のお陰で、明日からの試合がどのように組まれるのかは一切分からない。
分かるのは、明日が第一試合に組み込まれるという事。
朝6時前に迎えが来て、テレポート後すぐに試合が開始されると言うのだから、やはり1番なんて数字はろくなものではないと思った。
いや。嘆いていても仕方がない。悪い方向にばかり考えていては、精神がやられてしまう。
逆に考えれば、今日は時間が出来たとも言えるのだ。
現時刻は正午過ぎ。
訓練でも、調整でも、幾らでも明日に向けた準備が出来る。
先ずは何か手伝える事が無いか、お爺さんに聞いてみる。
だが、お爺さんはクシャクシャの笑顔を向けながら、薪割りをしてくれたから十分だと、小さく首を振った。
そうか。では何をするか…。
蔵人は考える。
それを見て、お爺さんが天井を指さした。
「時間があるなら、山登りをしたらどうかね?少し登った所に、見晴らしの良い休憩所があるんじゃ」
なるほど。登山か。考えただけで、気分が高揚する。
蔵人は早速準備して、宿の裏手から登山道に入る。
山道の道幅はそれなりにあり、地面も踏み固めてあったので、それなりに登山者は多そうな道であった。
だが、今は12月の下旬。周囲には霜も降りて、目先にある山頂は白い雪化粧を施されている。
偶に霜が溶けてぬかるんでいたり、倒木で一部が塞がっていたりと、難易度も上がっている。
見事な冬山。夏山であればそれなりの賑わいを見せる山でも、冬となると登山者は減る。
特に、この山の様に奥地にあれば猶更だ。
蔵人は、静かな山道をひたすらに登り続ける。
時折、蔵人の気配に驚いた鳥が遠くで囀っているが、虫の声や獣の声は殆ど聞こえない。
これも、冬山の寂しい所でもあり、醍醐味の一つでもある。
登る度に聞こえるのは、己の呼吸音と心音。そして、偶に踏み締める枯草と小石の小さな音。
ただひたすらに、自分との対話を繰り返すように、蔵人は一歩一歩と足を前に出す。
自然と、体の中を流れる魔力を感じることが出来て、その流れのままに盾を操ると、普段よりもスムーズに動く気がした。
ぬかるむ道を踏むときは、足底に小さな盾を生成し、スパイク代わりにして難所を踏みつける。
ぬかるんでない道でも、足首の周りに小さな盾を貼り付けて、足首が曲がらないようにする。
現在蔵人が履いている靴は、普通のスニーカーだ。登山靴の様に足首をサポートしてくれないので、浮石(地面に埋まっていない石)を踏んでしまうと、捻挫してしまう。その予防として、盾を代用していた。
木々が倒れている場合は、盾で移動させて道を復活させる。
偶に道を逸れて、藪の中を突き進む時は、盾を前にして藪漕ぎをする。
改めて、盾の有用性を再認識する。
暫く登山を楽しんでいると、目の前が急に開けた。
つづら折りの途中に設けられた休憩スペース。そこには木で出来た簡易ベンチが置いてあり、その向こう側は急斜面であった。
そのベンチから先に見える風景が、見事であった。
体を紅葉させ、頭を白くした山々が連なって聳え立ち、その足元を多摩川の清流が優雅に流れていた。
空気が乾燥しているからか、連なった山々の向こう側には、小さく頭を出した霊峰富士の姿まで見える。
なるほど。これは美しい。
蔵人はしばし、そこで山々の姿を目に焼き付け、後ろを振り返る。
自分が登りだしたこの山は、まだまだ先があるようだ。
「さて、行くか」
蔵人は自分に言い聞かせるように呟き、登山を再開した。
結局、蔵人が宿に戻って来たのは、日も傾き出した午後4時。
山頂まで登り、お爺さんから持たされていたおむすびを頬張って、絶景を堪能した。
加えて、折角山頂まで登ったのだからと、暫くそこで魔力を回しながらの戦闘訓練も行った。
薄らとだが雪も積もっていて足場は悪かったが、返ってバランス感覚を養える良い訓練となった。
絶景の中だからか、妙に心が洗われて集中する事も出来たし。
満足な訓練が出来た蔵人は、帰って早々に薪割りの続きを行い、風呂に入った後はお爺さんお手製の精進料理を堪能し、市松人形ちゃんと共に就寝した。
充実した1日だったからか、棺桶に入ったのは午後9時前であったのに、すぐに眠りについてしまった。
そして、朝4時半にスッキリとした目覚めを迎える。
だが、薪割りの音がしない。
今日はしないのだろうかと、蔵人が居間まで来ると、お爺さんは朝食を並べている所だった。
「今日は早いんじゃろ?簡単な物でもと思うての」
なんと有難い。
蔵人は、お爺さんが作ってくれたお粥と梅干し、それにお漬物でしっかりと朝食を取り、少し早めに外でテレポーターを待つことにした。
待っている間も、軽いストレッチと魔力循環を行う。
向こうに着いたら、すぐに試合だからね。今の内に準備をしておかないと。
蔵人が念入りに体を動かしていると、
「うわぁっ!」
闇夜で驚く声が響いた。
テレポーターだ。
テレポートしたら、目の前にヨガポーズの男が居てビビったみたい。
蔵人は謝りながら、すぐにテレポートされる。
「着きました」
その声で、蔵人は目を開く。
目の前には、セントラルスタジアムの入口があった。
少しは慣れてきたが、やはりテレポート酔いは慣れない。
そう思いながらも、蔵人は入口を潜り、会場スタッフに連れられて試合会場へと急ぐ。
既に、対戦相手はフィールドでスタンバっているらしい。
それは悪いことをした。
蔵人は急いで選手入場口を通過した。
すると、入ったと同時に、スポットライトの光が蔵人を突き刺す。
何事かと手を翳しながら、その方向を見る。
そこには、真っ暗な空間が広がっていた。
こちらに強い光が降り注いでいるので、ただでさえ薄暗い観客席が真っ暗闇に見えていた。
だが、ここは確かに試合会場だ。
蔵人の足元には人工芝が広がっており、昨日の抽選会で使った会場であることを示している。
天井には、宿で見た星空は何処にもなく、昨日は半分だけ被っていたドームが完全に空を覆っていた。そのドームに取り付けられたライトが、蔵人と、蔵人が行く先を煌々と照らしていた。
その行く先、試合会場の中央部分。
そこで佇む紫黒の選手が、こちらに背を向け真っ直ぐに立っていた。
紫電。
彼が、いや、彼女が俺の相手か。
蔵人はふらつく足に活を入れて、強い明かりの中を足早に進む。
見えないが、観客席から熱い吐息と、小さな衣擦れの音が聞こえる。
観客は居る。確実に。しかも、かなりの数だ。
今、彼女達はこちらを一心に見詰めている。
そう、感じ取れる。
ただ、蔵人と紫電の邂逅を、見守る様に。
「よぉ、黒騎士。待っていたぜ」
蔵人が近くまで来ると、紫電は振り返り、楽しげにそう言った。
「紫電。君が1回戦の相手か」
「ああ、そうだ。全日本Aランク戦1回戦。最初の戦い。だが、俺にとってはここがCランク戦の決勝戦。俺の目指した頂上だ」
紫電が両腕を開く。
蔵人の行く先を、阻むように。
「俺はこの時を待っていた。お前に負けたあの日から6年。再びこうして、お前と1対1でやり合えるこの瞬間を!」
紫電がそう、口調を強めた時、
空気が震えた。
「「「わぁあああああ!!!」」」
バンバンバンバン!
興奮した観客の声。
それを追うように、破裂するような音が追従する。
何の音だろうか?
蔵人が答えを求める様に、暗闇の中を睨みつける。
その途端、天井のライトが追加で点灯した。
照らされたのは、今まで暗闇の中に沈んでいた観客席。
そこには、
「「「しでんさまぁあああ!!!」」」
「優勝よ!紫電様!Aランクでも優勝です!」
「今度こそ、黒騎士に勝ってください!」
「私達は全員、貴女の味方よ!」
紫色を身に纏った女性客の集団が、興奮して叫び続けていた。
紫色のユニフォーム。紫色のスティックバルーン。紫色の横断幕。
前を向いても、後ろを向いても、左も右も、全てが紫色の壁で塞がれている。
9万人越えの収容数を誇るこの会場全てが、紫黒のサポーターで埋め尽くされていた。
彼女達が熱狂する。
その先に居るのは、堂々と立ちはだかる紫黒の戦士。
彼女達の熱意に答えるように、紫電が片手を掲げる。
空を掴もうとするように、拳を高く突き上げる。
「この試合に勝つのは、誰だ!」
「「「紫電さまぁああ!!」」」
「最強のCランクは、誰だ!」
「「「紫電さまぁああ!!」」」
紫電の問いかけに、紫色の波が一糸乱れず連動した。
熱狂が渦を巻き、会場中でうねりを上げる。
観客席で、紫色の大津波が大きく波打つ。
「「「紫電さま、さいきょう!!」」」
バババン!バンバン!
「「「紫電さま、さいこう!!」」」
バババン!バンバン!
「「「紫電さま、さいそく!!」」」
バババン!バンバン!
怒涛の応援に、蔵人は押し流されそうになるのを必死で踏ん張る。
そんな蔵人に向けて、紫電が右手を伸ばし、指をさす。
その獣の爪の様に鋭利な爪をこちらに向けて、宣言する。
「行くぞ、黒騎士!俺とお前、どちらが強いか、勝負だ!!」
久しぶりに日向さんに会えました…が、
「6年の月日が巡り、今再び、両勇が激突する」
そこは喜ばしいと言いますか、微笑ましいのですが…。
この会場、かなり異様です。
「関東大会では白雷の檻。次は紫黒の壁か」
流されそうになっている蔵人さん…果たして…。