26話~どうせ僕らには関係ない世界~
ご覧いただきありがとうございます。
今日もちょっと短めの日常回です。
蔵人は3年生になった。
相変わらず、早朝に起きて魔力循環を行い、授業中は盾を使った実践訓練を繰り返している。
だが、帰ってからのルーティーンに少し変化があった。
我が家にPCが導入されたのだ。
ノートパソコンだが、ネットにも繋がっている。この時代では、ネットの普及が完全とは言えない。なので、PCはあるけどオフラインという機器もまだ存在するのだ。
その点、我が家のノートPCは先を行っていた。
蔵人はこれを使い、世界の様々な情報を得ようとしていた。
目的は、バグを探すこと。
世界の情報がリアルタイムで更新されるインターネットであれば、何かおかしなことが起きていれば一目瞭然のはず。
そう思った蔵人は、寝る前の数時間をネットサーフィンの時間に費やす事に決めた。
勿論、探しながら盾の操作訓練は行っている。
すると…。
何の成果も、得られませんでした…。
何故だ?検索ワードが可笑しいのか?世界にバグは存在しないのか?
環境団体のホームページを漁ってみたり、英語の論文を(なんとか)読み進めているが、これといった異常現象は確認できない。
オカルティックな記事にもアクセスするのだが、大概はガセっぽいものばかりだ。呪いの神社だとか、動く人体模型だとか、人魂を見たとか…。
異世界の入り口を発見したという記事があったので、詳しく読んでみると、世界大戦(史実で言う第一次世界大戦)終了後の学生運動時に、造った防空壕の跡地で不思議な現象が起きると書かれていた。なんでも、そこに入ると魂が抜かれて異世界に行くことが出来るとらしい。
だが、これはガセの可能性が高い。大方、怖いと思い過ぎて気絶しているだけか、大戦時の亡霊が魂を抜き取っているだけであろう。調べに行っても良いが、バグである可能性は極めて低い。
そもそも、小学生ではなかなか遠出が難しいので、これらの真偽を確かめるのはまた後でになる。なので、今は情報収集だけに留めておく。
なかなかそれらしい情報を得られない日々が続く。それでも、蔵人は諦めずにバグの情報収集を行っていた。
そんな、ある日のこと。
「皆さん、社会科見学を行いますよ!」
担任の先生から、突然のアナウンスがあった。
社会科見学。
子供達の見聞を広めるため、現在稼働している工場や仕事場を訪問して、大人達の仕事ぶりを見学ないし体験する行事である。
今回は、午前中にビールの製造工場を、午後に清掃工場を見学するのだとか。
簡単な見学会のパンフレットを渡されたので、蔵人が大人しく目を通していると、頭上で先生が念を押す。
「当日はバス移動をします。集合は学校ですが、集合時間がいつもの登校時間より早いので、遅刻しないでくださいね」
と言うことは、引率する先生達はもっと早く出勤しなければならない。
教師とは大変な仕事だなと、蔵人は改めて先生達に感謝する。
それから数日後。
今日は(人に寄っては)待ちに待った社会科見学である。
蔵人達は幾つかの班に分かれて行動する。全員で見て回れるほど、工場側も見学スペースを設けていないのだ。
蔵人達の班員は、蔵人、西濱のアニキ、竹内君、飯塚さん、武田さん、他5名の10人班だ。
慶太はまたもや、隣のクラスになってしまったので、今回は別の班。後1年間は関わりが薄くなるだろう。放課後の訓練には参加しているので、それほど影響もないと思うのだが。
先ず初めに見学するのが、鳳凰ビール工場。大型機械や機器が稼働している様子を、見学通路のガラス越しに眺める蔵人達。
「はい!ここが仕込みと言って、ビールの元になる麦芽をジュースのようにしています!」
蔵人達を引率してくれる若い女性が、ハキハキと説明をしてくれる。
蔵人達はガラス越しに見える機械や作業員に目をやりながら、女性の説明を手元のメモ用紙に記入していく。
後で感想文だかレポートだかを提出する必要があるらしい。しっかりと取らねば。
蔵人がメモを取る横で、飯塚さんが元気に手を上げる。
「すみません!このホップって言う草ですけど、苦みがあるなら入れない方が良いんじゃないですか?」
「ええっと、ですね。ビールの苦みは、大人にはとても美味しいもので…」
積極的に質問をする飯塚さん。見れば武田さんも真剣に聞き入っている。
ビールに興味があるのかな?
その反面、竹内君ら男子連中は興味なさそうだ。メモ用紙に黄色い電気ネズミの絵を描いている。
おい、後でレポートが悲惨なことになるぞ?
女子達にバレないように、蔵人がこっそり竹内君に注意を促すと、彼は小声で返してきた。
「だって、どうせ僕らには関係ない世界だよ」
うん?どういうことだ?
蔵人が理解できないと表情で訴えていたら、横からアニキの指が伸びてきて、ガラスの向こう側を指さした。
「よく見ろ、蔵人。ここで働いちょるんは女性ばかりじゃ。男が働くとしたらのぉ、荷物運びか清掃員程度しかおりゃぁせんのよ」
アニキが指し示す向こう側の世界は、確かに女性しかいない。
機器を操作する人、製品の品質をチェックする人、指示を出す人、何かの商談をしている人。
そのすべてが女性で、男性は一人も見かけな…、あっ、トイレの清掃員が男性だった。
「いいか、蔵人。俺達男はな、良くて専業主夫。社会に出るとしても、アルバイトかパート、下っ端の仕事しかできん。こんなエリート工場の社員なんて、夢のまた夢じゃ」
アニキはそう言って鼻で笑った。
女性のための世界。それが、この異能力世界。
蔵人は現実を目の当たりにして、少し驚いた。
このような世界を見たことがなかったから。
男性が威張っている世界ならば、腐るほど見てきていたが。
だから蔵人は、これが異常だとか、おかしいと思う感情ではなく、珍しいなという感想が先に湧き上がってきた。
男性が女性に切り替わっただけ。あべこべな、面白い世界だなと思っていた。
だが、そう思えていたのは、次の清掃工場に着くまでであった。
清掃工場の前で待ち構えていたのも、これまた女性の職員さん達だった。
「皆さん、私の後についてきてください」
少しヨレたスーツを着た女性が、蔵人達を引率する。
先ず初めに、会議室のような部屋でビデオを見て、それから工場見学をするみたいだ。
おいおい、ビデオがカセットテープだよ。懐かしいな。
そんな蔵人の内心は内に秘めて、ゴミ処理方法のビデオを見終わった子供達は、見学者通路を歩きながら職員さんの説明を聞く。
「はい、ここでは工場内の機器を遠隔操作しています。真ん中のパソコンで機械の状況を把握して、操作してゴミを処理しています」
女性が示す先には、大型のPCと、その後ろにスーパーコンピューターのような大きな機械が鎮座していた。
そして、それらを操作するのは、
「あれ?男性だ」
目の前には、所々油汚れで黒くなった制服を着た男性の職員さんばかりだった。女性の姿はない。
蔵人の呟きを聞いて、今度は竹内君が教えてくれる。
「そりゃそうだよ。ゴミは汚いから、女性はやりたがらないんだ」
「こういうキツイ仕事は、俺達男の仕事じゃな。なんと言うたかのぉ。サンケーじゃったか」
3Kね。キツイ、汚い、危険。
蔵人は、追加で情報をくれるアニキに頷く。
つまり、女性がやりたがらない仕事は、男性に回ってくるという事だ。
ゴミ処理やトイレ掃除などの清掃業や、溶接などの有害物質を浴びる仕事、コールセンターなどの精神的にキツイ職もこれにあたる。
こういう職業は男性の割合もかなり高く、そして給料も低い。どれくらい低いのかを後で調べたところ、男性なら月給20万円もいかないくらいらしい。年収300万円を切るワーキングプアだ。女性なら同じ職でも500万円は固いのに。
しかし、この300万円も男性にとっては目も眩む程の良い職場だ。探せば、年収200万円以下の職業なんていくらでもあったし、バイトやパートでは100万円ちょっとが精々である。
結婚して、女性に養われているならそれでも何とかなるが、独り身のEランク男性だと老後が心配な給料である。
だが、これは特区外の男性、特にEランク男性からしたら当たり前の現実。だから彼らは、少しでも良い職場に入れるように、異能力以外の能力、学力や技術を身に着けて、ここのような工場勤務を目指している。
異能力を鍛えても、Eランクでは選考基準にすらされないらしい。
なんと男性に厳しい世界なのだろう。史実で言うと、昭和平成初期の女性達と同じくらいの扱いだろうか。
蔵人が憂いた顔で竹内君達を見ていたが、彼らは女性の話を真剣に聞いて、シャープペンシルを走らせている。
逆に今度は、武田さん達が暇そうだ。彼女達は、自分達が関わらない世界だと思っているみたいだ。メモ帳に、刀を振りかざしたイケメンの絵を描いていた。
…いや、上手すぎない?
「ちょっと、なに見てんのよ」
おっと、武田さんに見つかってしまった。
蔵人は頭を搔きながら、軽く頭を下げる。
「ごめん。上手い絵だったからさ。何かのキャラクター?」
「伊達政宗よ」
えっ?
蔵人は驚き、もう一度絵に視線を落とす。
しかし、武田さんがサッとそれを隠してしまったので、見ることは叶わなかった。
視線を武田さんの方に戻すと、顔を少し赤らめた彼女がそこに居た。
「良いでしょ?別に。女子の間で流行ってるだけよ」
そうか。流行っているのか。
そう言えば史実でも武士がイケメン化されて、流行っていたな…と、蔵人は懐かしんでいた。
蔵人達がそんな事をしている内に、見学は終わりを迎えつつあった。
ちなみに、引率してくれた職員さんは女性だが、彼女は市の職員だ。詰りは公務員だ。
公務員も女性が圧倒的に多く、男性は大抵がDランクと聞いたことがある。これを聞いたのは、かれこれ4年前。亮介のお母さんからの情報なのだが、今でも変わってはいないだろう。
そういえば、亮介は元気かな?と蔵人が懐かしさを覚えていると、見学会はいつの間にか終了していた。
~社会科見学を通しての感想文 巻島蔵人~
〈今回の社会科見学で、私は現実の世界を見ることが出来ました。男性はいかに生きにくい世界であるかということを。異能力のランクが、性別が、これほどまでも社会にとって重要な選考基準であるかということを。
それと同時に、疑問にも思いました。何故男性は、この社会状況に対して異を唱えなくなってしまったのかと。先日のテロ事件は言語道断ですが、組合やストライキ等の抗議方法は残されていると思います。異能力の関係ない分野においては、公平であるべきと主張することも可能でしょう。
およそ100年前、世界大戦が起きる前までの世界は、男性が牛耳っていた世界でした。そのことを知らない現代の男性ではないと思いますので、何がしかの権利主張は有ってもおかしくないと愚考します。
ですので、それらの主張もしないことを鑑みるに、社会に出ている男性達は、とてもおとなしい人達なのだなと、今回の社会科見学で感じました〉
「巻島く~ん?ちょっと職員室にいらっしゃ~い?」
後日、レポートを提出した途端に、蔵人は先生に呼び出されてしまった。
蔵人はこの後、めちゃくちゃ怒られ…。
なんてことにはならずに、先生には優しく諫められた。
「君はDランクなんだから、心配しなくても結婚出来るわよ。クラスの女の子達からも、いつもお誘いが来るほど人気でしょ?君」
先生のニヤケ面に、いろいろと物申したい蔵人ではあったが、その場では我慢する。
つまりは、安定した生活を望むのであれば、結婚するのが手っ取り早いということか。
これも、Eランクであったら望み薄な事だ。結婚という道も、ランクによって大きな隔たりが出来てしまっている。
蔵人は、この世界の壁がぶ厚い事を、再認識するのであった。
「日常回…なのか?」
この世界の日常…世知辛い世の中でした。
主人公の書くように、いきなり武力に訴えるのは日本人らしくないですね。どうしてなのでしょう?