285話~ダーズン・ブロー~
長年の因縁対決…ですが、
他者視点です。
ですので、今まで出て来た用語が異なるニュアンスとなっている場合があります。
「正式な名称でなければ、人によって呼び方が異なるのだな」
放課後。
シングル部、部室棟。
今そこの中央では、2人の人物が対峙している。
1人は、重厚な白銀の装甲に、無数の戦傷を刻んだ鎧を着た男子生徒。
もう1人は、赤いラインが色濃く主張されている鎧を着た女子生徒。
蔵人君の方は、兜から覗く両の目を閉じて、意識を集中している。
それでも、彼の雰囲気は鋭い物があり、試合開始の合図を今か今かと待ち望んでいる様に見えた。
対して、木村の方は落ち着きがない。
前衛用の分厚い鎧に守られているというのに、体を縮こまらせて自信無さげに周囲に目線を飛ばしている。
蔵人君が短い吐息を吐くだけで、びくりと小さく肩を跳ねさせた。
そんな彼女に対して、後ろから部員達の声援が上がる。
「先輩!頑張って!」
「Cランクなんかに負けないで下さい!」
「楽勝です!先輩なら片腕で勝てますよ!」
なかなか酷な応援だ。
これでは、背中を押しているというよりも、谷底へ突き落そうとしているように聞こえてしまう。
案の定、木村は青い顔を更に青くさせ、何とか逃げ道は無いかと周囲を探っている。
だが、応援している彼女達も、悪意があって木村の背中を押す訳ではない。
彼女達からしたら、もう木村しか頼れるAランクがいないのだ。
このシングル部には、大きく3つのグループが存在している。
安綱と美原が引っ張る熱血グループと、風早をリーダーにする才能グループ。そして、その両グループと着かず離れずを保っている木村を中心とした中立グループだ。
この内、才能グループは随分と人数を減らしているみたいだった。
以前までなら、一番人数の多いグループであったが、蔵人君がシングル部に兼部してから徐々に熱血グループに吸収されていった。
特に顕著だったのが、蔵人君が校内ランキング戦で片倉を倒してからだ。
あの事件で、才能グループに居た子達は目が覚めたかのように、本気で練習に打ち込むようになった。
勿論、元々練習に参加はしていたが、シングル部に所属しているというステータスだけで満足していた部分が大きかったので、上に登ろうとするより下を蹴落とそうとする奴が多かった。
風早自身も、蔵人君にセクション戦で負けてから少し変わったように思う。
普段は逃げてばかりだったのに、積極的に攻撃するようになってきている。
黒騎士に負けるものかと、歯を食いしばって練習に参加するようになった。
以前までなら、僕は次元の違う人間だからと、空でプカプカ浮いていただけの彼女が、最近は随分と熱くなったものだ。
それもあり、この前の都大会は準決勝で負けてしまったのだが、それは仕方がない事だ。
慣れないスタイルで戦おうとして、まだ振り回されている状態だ。
今は不貞腐れているが、このスランプを乗り越えることが出来れば、彼女も大きく成長するだろう。
そんな事もあり、才能グループは今や空中分解しつつある。
そうなると、木村達の中立グループはかなり目立ってしまっている。
2グループが争っている時は美味しい役回りの存在だったが、今はそのどっち付かずであった態度のせいで、熱血グループに入れないでいる。
元々中立グループに居る子は、熱血グループの勢いに付いて行けず、才能グループに入る自信もない子供達だった。シングル部の看板に何とかしがみついている彼女達からしたら、ここで木村が蔵人君を倒して、以前のシングル部に戻ることを切望しているのだろう。
とは言え、
「なんで私が、こんな大役を…」
今の木村には、荷が重い事だ。
彼女はどちらかと言うと、小心者だ。自ら前に出ようとはしないし、注目を集めることも苦手としている。
周囲の意見にも流されやすいから、こうして大役を任されては困っている姿を何度か見かけた事がある。
今みたいにな。
「これより、校内ランキング戦を行う。両者、中央に並べ」
だが私は、そんな彼女の憂いを断ち斬る様に、声を上げて2人を呼び寄せる。
2人が5m程離れた位置に立ったのを確認してから、私は最後の確認を行う。
「巻島蔵人君。このランキング戦を執り行う事に対し、異存は無いか?順位の低い君からの要望であれば、直ぐにでも取り止めにするが?」
「異存ありません」
迷いなく答えたな、この子は。
私は笑いそうになり、表情を引き締める。
蔵人君が強いのは分かってはいるが、相手はAランクの女子だぞ?少しくらい言い淀んでも良いと思うが。
いや、それだけ彼には自信があるのだ。桜城ランキング5位を目の前にしても、勝てる自信が。
「では!これより、ランキング戦11位の巻島対、5位の木村による校内ランキング戦を開始する!両者構え!」
私が手を挙げると、瞬時に構える蔵人君と、ワンテンポ遅れて構える木村。
「始め!」
私が手を振り下ろしながら後ろへと飛ぶと、直ぐに2人は動き出した。
だが、予想外な事に、先手を取ったのは木村であった。
「負けられない!絶対に!こうなったら、大人げないって言われても、確実に勝たせてもらう!」
構える蔵人君を目掛けて、猛然と突き進む木村。
先ほどまで青い顔をしていた人物とは思えない程、その足取りは軽い。
それは、彼女が実力者だからだ。
中立グループとか、小心者とか辛評したが、それは彼女の性格がそうだと言うだけ。
実力で言えば、このシングル部でも指折りで、校内で5番目に君臨する。
毎年、全日本に幾人もの選手を出している桜城でその順位なのは、確かな実力がある証拠だ。
「やぁああっ!」
木村が拳を振るう。
その拳は、蔵人君に当てるには余りに遠すぎる距離で繰り出される。
だが、その彼女の拳と連動する様に、彼女の背中から生えた半透明な腕が、蔵人君を殴りつける。
そう、木村の異能力はサイコキネシスである。
異能力の拳は、しかし、蔵人君が生成した水晶の盾に受け止められてしまう。
何時見ても思うが、本当に盾の生成スピードが速い。通常のシールド異能力者なら、相手の攻撃を見てから盾を作るなど、とても出来ない芸当だ。
仮に生成出来たとしても、その盾は出来損ないの盾であり、同レベルの攻撃を一撃受けるだけで崩壊する脆弱な物だろう。
だが、蔵人君のそれは、間違いなく完成した水晶盾。木村の攻撃を受けても、小さく表面をへこませるだけであった。
「このッ!」
憤る木村。
彼女の体から、もう1本の腕が生成され、蔵人君へと向かう。
その腕は、館内の照明を乱反射させて進む。
Aランクだけが作り出せる金剛の拳。
ランクの違いを見せつける様に、その拳は光り輝く。
蔵人君へと真っ直ぐに伸びた拳は、その前に水晶盾に阻まれる。
だが、拳が盾に触れると同時、水晶盾は中央から真っ二つに折れて、そのまま粉々に砕け散ってしまった。
これが、ランクの壁。
魔力量が多い者ほど、強者と呼ばれる所以。
異能力が発現してから100年、ずっと言われ続けた真実だ。
理不尽と思うかも知れないが、それが異能力であり、強者が弱者を踏みつけるのがこの世界の摂理だ。
人は初めから、平等などではない。
産まれた瞬間に、魔力量は決定しているのだから。
だからこそ、驚いた。
木村が、部員達が、
「わ、私の、拳をっ!」
「「「防いだ!?」」」
蔵人君が再び出した水晶盾が、木村の金剛拳を完璧に防いだのを目の当たりにして。
「ランパートです」
驚く木村達に、蔵人君が冷静に答えを返す。
ランパート。
盾と盾の間に、生成途中の柔らかい盾を緩衝材として挟む事により、衝撃を吸収して防御力を格段に上げる技だ。
私も初めてやられた時は、今の皆と同じ様に目を大きく開けて驚いた。
Aランクすら防ぐ、EランクとCランクの合成盾。
この世界の常識を覆す、黒騎士の技術力と発想に。
そんな非常識な存在を否定するかの様に、木村が首を振る。
拒絶の言葉を吐き出す。
「こんなの、何かの間違いよ!Aランクの拳が、止められる筈ない!そう、本気を出せば絶対に勝てる!Aランクの方が強い。それが異能力よ!」
木村の魔力が膨れ上がる。
背中から生える腕が、また増えた。
金剛の拳。それが1本。
もう1本。更に1本。
「栄光の・金剛拳!!」
12本の乱反射する腕が、蔵人君に向かって勢いよく振り下ろされた。
この攻撃スタイルこそ、木村の真骨頂。
Aランクの拳が上下左右から同時に襲ってくる為、大抵の人間は太刀打ち出来ずに沈んでしまう。中距離戦において、木村はピカイチの戦闘能力を持っていた。
これに対抗するには、美原や安綱の様な超火力で薙ぎ払うか、風早の様にアウトレンジからの攻撃に徹する必要がある。
だが、それを知らない蔵人君は、まんまと彼女の領域内に誘い込まれてしまった。
逃げ場のない蔵人君は、迫り来る拳の豪雨に対し、たった1枚のランパートで迎え撃つしかなかった。
これは、勝負あった。
私は、壁際で待機していたテレポーターに向かって、合図を出そうとした。
だが、次の瞬間、蔵人君は進行方向を急に変え、左側前方へと大きく踏み出した。
それにより、左側から迫っていた6本の腕が、先に蔵人君へと襲いかかる。
その腕に対し、蔵人君は盾を斜めに構え、最初に盾へ着弾した拳を大きく上に跳ね上げた。
上へと軌道を変えされられた拳は、そのすぐ上から蔵人君へと迫っていた5つの拳にぶつかり、その拳達の威力を殺したり、軌道を変えてしまった。
そうして、拳同士が空中でぶつかったことで、6本の剛腕全てが狙いを狂わされ、蔵人君ではなく床を叩いた。
逃れた蔵人君は、そのまま左側から抜けて、木村へと迫る。
「くそっ!」
木村は歯を食いしばり、桜城生徒には似つかわしくない言葉を吐く。
焦っているのだろう。仕方がない。
だが、その焦りが命取りとなった。
木村は必死になって身を捩り、残りの右側6本の腕を蔵人君へと向かわせた。
蔵人君の真横から迫る金剛の剛腕。その全てが、走り寄っていた蔵人君を真横から殴りつけ、彼のランパートごと、破壊する。
そう、誰もが思った次の瞬間、蔵人君が消えた。
いや、違う。後ろへと、凄い速さでバックステップしたのだ。
その余りに早い転進に、私ですら目を欺かれた。当事者である木村は尚更だ。
目の前を金剛の腕で覆ってしまった彼女は、完全に蔵人君を見失っていた。
「何処!?何処に行った!?」
慌てて周囲に視線を飛ばす木村。
何処?と、何度も問い続ける。
だが、それに答える者は居ない。
もしも観客がそれに答えて、蔵人君が不利になるような事があれば、木村にペナルティが課せられると分かっているから。
その程度が酷ければ、反則負けの可能性すらある。
だから、観客はただ見上げるしか出来なかった。
木村の上空で、盾を集める蔵人君の姿を見上げていた。
木村が蔵人君の存在に気付いたのは、その盾が高速で回転し、風を切る音がここまで聞こえてきた時だった。
黒騎士の必殺技、特大ドリルの1つだ。
「リゲル・ダウンバースト!」
凶悪な旋律を奏でながら、巨大な凶器が一直線に木村へと迫る。
一目でその破壊力が見て取れる分、向けられた者の恐怖は数倍に膨れ上がるだろう。
特に、蔵人君のそれは、並み居る強敵を尽く打ち砕いてきた物だ。
そのドリルに、金剛の拳が迫る。
「ダーズン・ブロー!」
木村のサイコキネシスが、高速で回転するドリルに無数の拳を打ち付ける。
12本の腕全てが高速の打撃を絶えず放ち続ける。
「はぁあああああ!!!」
普段の木村からは想像できない程の熱量を吐き出しながら、金剛の拳がドリルへと降り注ぐ。
高速の連打。既に、目では捉えきれない程の速度になりつつある。
拮抗する、拳とドリル。
木村が、これ程の力を着けている事を、私は知らなかった。
いや、部員の誰もが知らなかったみたいだ。2人を見る誰もが目を見開き、口を開ける。
Aランクの木村が負ける筈ないと思っていた中立派の奴らも、蔵人君に勝てるものかと呆れていた美原たちも全員、2人の勇姿に驚愕している。
きっと、これは成長だ。
絶体絶命に陥った木村が、土壇場で見せた火事場の馬鹿力。
小心者で、表に出さなかった彼女の力が、ここで一気に開花した。
だが、それは少し遅咲きであった。
既に才能が開花して、それでもなお空へと手を伸ばし続けた蔵人を前に、金剛の拳達に次々と亀裂が入っていく。
そして、
「うぅっ!」
木村が苦しそうな声を吐くと同時に、全ての拳が砕け散った。
超高速回転するドリルの前に、ダイヤモンドレベルでは硬度が足りなかったのだ。
砕けて舞い散る花弁の中を、ドリルは突き進み、
着弾。
ドリルは、木村の直ぐ目の前に突き刺さり、直ぐに回転を止めた。
木村はその圧倒的な存在感に負けて、尻餅をついた。
白い大きな盾を見上げて、震える声で呟く。
「うそ…」
自分が負けたことが信じられないと、木村はその盾を見上げる。
だが、そこには激闘の形跡が刻まれていた。
白い盾に、幾つも拳の後が残されていた。
木村の異能力が付けた爪痕。
その一つ一つが、この激闘が本物である事を木村自身に突き付けていた。
だから私は、そんな彼女に対してではなく、周囲の部員達に対して声を上げた。
「そこまで!勝者、巻島蔵人!」
私の宣言に、部員の殆どから賞賛の声と拍手が湧き起こる。
だが、一角だけ、木村に声援を送っていた場所では、数人の部員が青い顔で立ち尽くし、中には座り込んで泣いている者もいた。
1対1。掛け値なしの真剣勝負において、Cランクが勝った。それが何を意味するのか、彼女達でも理解していた。
だから泣き崩れる。今まで平穏に過ごしていた部活動が、変わっていくのだと思って。
それは多分、桜城シングル部に限った話ではないだろう。
私は、座り込んだ木村に手を差し伸べる蔵人君を見て、そう思う。
きっと彼は、間もなく始まる全日本Aランク戦でも、この力を見せていく。
変えていこうとしている。日本の異能力界を。
そう私は、予想した。
〈◆〉
蔵人と木村の校内ランキング戦が終わった。
尻餅をついたままで固まっていた木村に蔵人が歩み寄り、そっと手を差し伸べる。
それを見て、黄色い声を上げる部員もいる中、向けられた木村は慌てた様子で立ち上がり、差し伸べ続ける蔵人の手を訝しそうに睨んでいた。
「…何のつもり?」
「他意はありません。ただ、感謝を」
「感謝?」
「ええ」
蔵人は手を引いて、木村に向かって頭を下げる。
「対戦、ありがとうございました。先輩」
蔵人はゆっくりと顔を上げて、木村を見る。
真剣な瞳を真っ直ぐに、彼女へと向ける。
そんな蔵人に、木村は半歩たじろぐ。
視線を蔵人のおへそ辺りに落として、小さく首を振る。
「なんで、そんな平然としていられるの?普通だったらもっと、恨み言の一つくらい言う場面じゃない?だって私は、散々君に意地悪してきたんだから…」
「意地悪とは、ファランクス部に入部した時の事でしょうか?そんな事、気にしないで下さい。僕はそのお陰で、貴重な経験と得難い戦友と出会う事が出来ました」
「それだけじゃないわ!他にも、MINATO大会で冷たくあしらったし、部活でも影口とかしてたし…」
苦しそうに吐き出す木村。
それに対し蔵人は、目を泳がせて何のことかを思い出そうとしていた。
本当に忘れている様子だ。
やがて、諦めたように笑顔を浮かべた蔵人は、再び木村に向けて手を差し出した。
「確かに、我々の間には幾つかの蟠りがありました。ですが、今回こうして拳を交え合ったのですから、それらは全て過去の事と致しましょう」
「ええ…そんな、そんな事で…?」
木村が助けを求める様に周囲を見渡し、私の方を向いて視線を止めた。
うん?なんだ?私に判断しろとでも?
仕方がないので、私は1歩前に出て、彼と握手するように促す。
「当の本人がそう言っているのだ。ここは素直に、仲直りしたらどうだ?」
「どうだって、安綱さんまで…」
彼女は少々迷っていたが、前を向き直り、おずおずと蔵人の手を取った。
本当に握手をしてくれるのかと疑っていたみたいだ。手を取り、彼が本心からそう言っているのだと理解すると、木村は少し表情を和らげる。
そして、そのまま少しだけ首を垂れる。
「ごめんなさい。私、本当は、その、知っていたのよ。貴方が強くて、実力でファランクス部のレギュラーになったことも。でも、最初に君を突っぱねちゃったのも私だったし、だから、その、今更後には引けなくなって…」
それもまた、木村にとっては不幸な出来事だった。
立ち回りの上手い彼女は、クラスでも友達が多い。
特に、チーム部やセクション部の連中とは頻繁に交流しており、クラスで互いの部活動の現状や愚痴などを言い合っている場面をよく見かけた。
その中で、蔵人の事も相談されたと聞いている。
男子でありながら、選手として入部したいという子が来ていると。名門である桜城の異能力部に、男子を入れるなんて出来る筈がなく、彼がまたこちらの部活に入りたいと言い出さないように、釘を刺してくれないかと相談されたらしい。
私が蔵人を推薦した時には、とても良い顔をしていた連中だが、実際は困っていたのだ。
男の子が異能力部で活躍できる訳がない。それなのに入れてしまったら、蔵人が不登校になるかもしれない。とは言え、再び断るのは忍びない。
そこで、木村に仲介を頼んだという所だろう。
そう聞くと、私の責任でもある。
私が、もっと配慮して彼女達に依頼していたら、蔵人と木村の間の溝はここまで開かなかっただろう。
そう思って、私は蔵人に向かって頭を下げた。
「蔵人。私からも謝罪させて欲しい。私が君達を振り回してしまった事で、君には多くの苦労を掛けてしまった。済まなかった」
「ええ…。何故、安綱先輩まで謝っているんですか…。僕は本当に、皆さんに感謝しかないんですよ。ですから、謝ってい頂く必要はありません。お2人共、顔を上げてくれませんか?」
本当に困ったような蔵人の声の後に、先生の声が続いた。
「さて、試合後の懇談はここまでにしよう。これで君達の中に、蔵人君が全日本に出場することを疑問に思う者はいなくなったと思いたいのだが?」
先生は一旦言葉を切り、部員達の顔を1人1人覗いて行く。
言わずとも、疑うならば蔵人との戦闘が待っているのは目に見えている。
それに対し、部員は各々の感情を表に出す。
実力派の部員達は、そんな訳ないじゃないですか!と力強く先生を見返す。
中立派の部員達は、もうそんな考えありませんよ!と青い顔で首を振る。
そんな中、
「はいっ!はいっ!」
甲高い声が響く。
見ると、必死になって両手を上げている風早が見えた。
「なんだ、風早。手を挙げても良く見えんから、前に出て来てくれ」
「次はサーが戦う!黒騎士、ここが粘土の納め時だ!」
「年貢だ、風早。粘土は幼稚園に納めて来い。それに、お前の参戦は認めん」
「なんでっ!」
先生に向かって噛みつく風早。
本当に、こいつのこういう所は凄いと思う。
何度先生に扱かれても、懲りる様子が全くない。
彼女に対し、先生も疲れた溜息を吐きながら答える。
「風早。そもそもお前は蔵人君の実力を疑っている訳ではないだろう?ただ戦いたいだけなら、全日本の後にしてくれ」
「ヤダヤダ、戦う!サーは黒騎士を疑っているんだからな!」
全く。こういう所がなければ、良い先輩に成れるだろうに。
私はそう思いながら、風早の前に出る。
「では、私が彼と戦っても問題ないな?都大会2位の私と戦う方が、より蔵人の実力が分かると思うが?」
「ヤダっ!サーが戦いたい!」
早くも本音が漏れたな。
私が苦笑いをしていると、朽木先生が風早を捕まえて「やっぱり戦いたいだけじゃないですかぁ」と呆れたように微笑む。
それに、風早は「しまった」という顔をして、必死に両手で口を抑える。
そんな彼女の姿を見て、思わず吹き出す部員が多数。
知らずと、私の顔にも笑みが浮かんでいた。
「よしっ!訓練に戻るぞ。Aランク戦まで日は無い。全員気合を入れろ!」
「「「はいっ!」」」
先生の言葉に、部員一同が揃って声を上げる。
思えば、こうしてシングル部全員が笑顔になったり、声を揃えた事は久しぶりだ。
これも、蔵人のお陰だろう。
ランク派、実力派という派閥の壁を壊してくれたから、今シングル部は一つになりつつある。
団結した桜城シングル部は強い。我々は今、歴代の桜城生の中で一番、優勝に近い所に居る。
私は、目を瞑る。
瞼の裏に焼き付いた皇帝が、私を見下ろして高笑いしている幻想が見えた。
夏休み明けの時は、3つに分裂していたシングル部。
ですが今は、少しずつまとまりを見せているみたいですね。
「中立派のリーダーも潰したからな」
木村さん、中々に強かったですね。
流石は名門校、桜城の5位。
「再戦する機会があれば、次は苦戦するだろう」
サイコキネシスと言っても、戦い方は色々ですね。
あの人は、どんな戦い方をするのでしょう?