284話~渦中の人物が登場したな~
青龍会との戦闘から、2週間が経った。
蔵人は変わらず、全日本に向けた訓練と調整を行っていた。
一時は、出場するかを悩んだが、柳さんのお陰で考え直す事が出来た。
確かに、男性が活躍する事でアグリアは活性化してしまうだろう。だが、だからと言って立ち止まる事は出来ない。
魔力ランクは絶対だ。その思想を自分が打ち破る事が出来れば、今まで下を向いていた人達が上を向く切っ掛けになるのだから。
異能力スクールに通っていた子供達みたいに、純粋に自分の思いに答えてくれる人達も確かにいるのだから。
ここで立ち止まらず、声に出して伝えなければならない。自分の考えを正しく。
男性にだけ訴えているのではなく、男性も女性も、恵まれない異能力を持つ全ての人に語りかけている事を。
そうすれば、アグリアも、白百合会も分かってくれるだろう。
貴方達の下らない権力争いなど、こちらは全く興味が無いという事を。
まぁ、過激思想に染まりきった幹部達には、到底受け入れられない事だろうけどな。
蔵人はそう思いながら、気持ちを改めて校門を潜った。
すると、早朝から威勢の良い声が飛んで来た。
「号外!ごーがいだよぉ!!全日本で、前代未聞な事が起きたよ!!号外!」
ほぉ。号外か。
蔵人は、飛び跳ねる様にチラシを配る1人の女子生徒を見て、目を細める。
そのまま、彼女の後ろに回って、背後からゆっくりと近づいた。
彼女は、まるで興奮したワンちゃんの尻尾みたいに、後ろに結んだお下げを楽し気に揺らしていた。
「一部、頂けますか?」
「良いよ!凄い情報だから、読んだらきっとおどろ…く…」
振り向いた若葉さんが、蔵人の顔を見た途端に固まり、取り繕った様な笑みを浮かべる。
と思ったら、ゆっくりと後退りを始めた。
蔵人はそれを、彼女の肩に手を回すことで阻止した。
「おいおい、つれないなぁ。逃げなくても良いじゃないか」
「い、いやぁ〜。あのぉ〜」
苦しそうに呻く彼女。あらぬ方向を向いて、視線は一切こちらを向かない。
全く、今回はどんな記事を書いたのかと、蔵人は彼女が大事そうに抱える紙束から、1枚をすくい取る。
先ず、デカデカと書かれた見出しが目に入った。
〈黒騎士、またもや快挙!全日本Aランク戦へ殴り込み!!〜黒騎士の新たなページが書き綴られる瞬間、見逃すことなかれ!!〜〉
う〜ん、これは、なかなかに攻めた見出しだ。
蔵人はそう思いながらも、腕の中で縮こまる彼女に向かって、なるべく明るい声を掛ける。
「そう硬くなる必要は無いよ。今更、ダメだしをするつもりはないからさ」
相当数を刷っているからね。やり直しは可哀想だ。
蔵人がそう言うと、若葉さんは見る見る表情が明るくなり、腕の中で小さく飛び跳ねた。
「やった!通った!」
「いやいや、強行突破しただけだ。頼むから、次からは事前に相談して欲しい」
蔵人は彼女の興奮を抑える様に、回した腕に力を込める。
すると、彼女は少し不満気に口をすぼめる。
「でも、直ぐに発行したかったし…」
それは分かる。情報は鮮度が命だ。
いかに早く、他のメディアより先に出すかが、その情報の価値を決めると言ってもいい。
それは分かるのだが、
「電話をくれるだけでも良い。その情報をより詳しく知ることが出来るし、何より誤報を避けることが出来る。悪いことではないだろう?それが夜遅くだったとしても、俺は一向に構わんよ」
「ええっ?男の子相手にそれは、ちょっと失礼だと思うんだけど?」
「大丈夫だ。俺と君の仲じゃないか」
蔵人が少し意地悪な言い方をすると、若葉さんの頬が赤く染まる。
加えて、周囲から黄色い声も上がる。
「まぁ!お聞きになって?あの子、黒騎士様から告白されてますわ!」
「羨ましいですわぁ〜」
「肩まで抱かれて…私なら気絶する自信がありますわ」
「羨ましい過ぎますわ。なんで、あんな子供が黒騎士様のお眼鏡に適うのでしょう?」
「何を仰いますの。あの子は新聞部のエース。彼女の情報収集能力は、幾度も私達を、そして黒騎士様をサポートしています。黒騎士様に重宝されるのも、当然と言えますわ」
「そ、そうですわね…」
おっと。やり過ぎた。
蔵人は急いで、若葉さんを解放する。
今回は良かったが、あまり外で接触し過ぎると、周囲から反感を買ってしまう。
気をつけねば。
蔵人は、ふぅと息を吐いて、再びチラシに目を落とす。
そこには、全日本Aランク戦で、男子が初めて出場することや、黒騎士の今までの戦績などが事細かく載っていた。
それを見て、蔵人は少し違和感を覚えた。
その違和感とは、
「Cランク…ではないのか」
男子としては初出場となっているが、そこにCランクである事は触れられていない。
という事は、今までにもAランクの全日本にCランクが出場した事があったという事か。
そう思って漏らした蔵人の言葉に、若葉さんが「後ろ後ろ」と言って、手のひらをクルッと回した。
ああ、両面印刷なのね。
蔵人は納得し、裏面にも目を通す。
通した途端、蔵人は吹いた。
「ぶっ!こ、これは…」
「ふっふ〜ん。凄いでしょ?」
得意げに笑みを浮かべる若葉さんを横目で見てから、蔵人は再び紙面を睨みつける。
そこには、見出しがこう踊っていた。
〈Cランク戦の王者、下克上を果たす〜黒騎士への再戦を胸に、紫黒の虎が牙を研ぐ〜〉
書かれている記事からすると、どうも紫電は全日本Cランクを見事優勝し、全日本Bランク戦に駒を進めたとの事。
そして昨日、その決勝戦が執り行われ、Cランクの紫電が優勝したそうだ。
紫電はその後、インタビューでAランク戦にも出場する事を明言しているらしい。
何という事だ。CランクがBランクの日本一に登り詰めるなんて。
蔵人が記事に釘付けになっていると、隣の若葉さんが得意げに声を上げる。
「いやぁ~、凄い意気込みだったよ、紫電君。蔵人君と当たるまで、絶対に負けない。仮令それが決勝戦でも、俺はそこまで行くから、お前も来いよって言ってたんだ」
「そ、そうか。って、紫電が喋ったのか!?テレビで?」
「ううん。インタビューで喋っただけだよ?」
うん?それって一緒の事では無いのか?一体、どういう事?
蔵人が首を傾げると、若葉さんの笑みが深くなる。
「喋ったのは私のインタビューでだよ。公式には、まだAランク戦に出るなんて一言も言ってないからね」
なんという事だ。
若葉さんは個人で、紫電のインタビューを成功させたと言うことなのか。
そして、彼女を雄弁に語らせたというのか。
つまり、それは…。
「君は、紫電の正体を知っているという事か」
若葉さんの耳元で、囁くようにして聞く蔵人。
それに、若葉さんはグッと親指を立てる。
「情報通仲間だからね、音張さんとは」
なんという事だ。
史上最強の情報網が、リンクしてしまったのか。
蔵人は、若葉さんがより恐ろしい存在に昇華した事を理解し、口をパクパクさせた。
若葉さんはその後も、精力的に号外を配ったみたいで、昼休み頃には学校中の周知の事実となっていた。
「すげぇよな、ボスは」
「ほんまや。Aランクから推薦状が来るやなんて、それこそ前代未聞の事とちゃうか?」
1年8組の教室。
そこでは何故か、若葉さん達だけではなく、鈴華達もお弁当を広げていた。
「でも、大丈夫なのかな?Cランクが、Aランクの大会に出るなんて…」
林さんが、空になったお弁当箱を見下ろしながら、小さな声で囁く。
心配してくれているのだな。有難い。
何故か分からないが、自分の周りで心配してくれる人は、林さんくらいなものだった。
殆どの人が、期待の籠った目と言葉で蔵人を後押しして、既に下克上する未来を思い描いていた。
その筆頭が、この伏見さんだ。
「何言うとんねん。カシラは最強や。イギリスでSランクも倒しよったんやで?」
「それに、ボスは片腕無くなっても一対一でAランク倒したんだからよ。そんな心配する事ないぜ?テルちゃん」
このように、先ほどから安心しきった発言を連呼する2人組。
堪らないぜ。
蔵人は小さくため息を吐く。
すると、若葉さんも「う〜ん」と難しい呻き声を上げた。
「テルちゃんの言う事も一理あるよ。ビッグゲームと全日本じゃ、Aランクの質が違うからね。例えば、ビッグゲーム王者の獅子王だけど、主将の北小路さんは大阪府大会で3位だったから、全日本に出られなかったんだ。他にも、全体的に関東の出場者の割合が大きく上がっているから、ビッグゲームのAランクと一緒とだと思っていると、痛い目を見るよ」
ビッグゲーム等の大規模戦は西日本が強く、全日本は東日本が強い。
それは、ずっと言われてきた事だったが、東西の出場者数でも差が現れているらしい。
西日本で出場出来るのは、大阪や京都などの特区を除いたら優勝者くらいしか出場できない。反対に、関東は3位まで出場出来る県が多く、東京に至っては5位までが全日本の出場権を得られる。
つまりそれだけ、関東勢が強いと言う事だ。
若葉さんが得意げに情報を開示すると、鈴華が口を尖らせる。
「じゃあ、どんなのが出てくるって言うんだよ?」
「今の所、出場が決まっている中で強いのは、やっぱり東京勢だね。去年の覇者で、今年も都大会1位通過の皇帝、園部勇飛選手。その皇帝を、決勝戦でかなり追い込んだ、我らが安綱先輩も強敵だね。そして3位通過だった、冨道から出場の延沢選手。物凄い怪力を出すフィジカルブーストの選手で、同じブースト異能力者である美原先輩は、彼女に一度も勝てた試しがないんだ」
マジか。
あの海麗を超える存在が居るのか。
蔵人は、200kgのベンチプレスを軽々と上げていた先輩の姿を思い出し、彼女よりも力持ちとは、何㎏を持ち上げるのだ?と身震いした。
そんな蔵人を置いて、若葉さんは話を続ける。
「東京以外にも、要注意人物は居るよ。神奈川の北条選手とか、埼玉の蜂須賀選手とか、茨城の足利選手も有名だね」
「そうか…」
蔵人は一瞬、顔を伏せる。
暗い顔で考え事をして、そして、
「済まない。2人に聞きたい事があるんだ」
若葉さんと、林さんに真剣な目を向けた。
「聞きたい事?」
「ああ。今、名前が上がった選手について、教えて欲しい事がある」
そう言って蔵人は、全日本に出場する選手について、詳しい話を聞いて行く。
気が付いたら、昼休みが終わっていたくらいに熱中してしまった。
放課後。
蔵人は久しぶりに、シングル部に顔を出していた。
と言うのも、
「おお、漸く渦中の人物が登場したな」
この視線の先でニコニコ笑う、ローズ先生に呼ばれたからだ。
何故呼ばれたのか。想像に容易い。
蔵人は先生の前まで来ると、彼女に対して、そして集まってきたシングル部員に対して頭を下げる。
「皆様。この度は、大会から推薦状を受けていた事について、ご報告遅れたことをお詫びいたします。ご心配をおかけして、申し訳ございません」
そう。推薦状の事だ。
本来なら、推薦を受けた時に学校側へ報告しても良かったものの、蔵人はそれを行わなかった。
というのも、取り消しがあるかもと考えたからだ。
Cランクの時に炎上して取り消されたから、暫く様子を伺っていた。
そして、今週中にも大会運営から出場者が公表されると聞いていたので、そのタイミングで報告しようとしていた。
したのだが、先に号外が出てしまい、蔵人の情報を流してしまった。
若葉さんを甘く見ていた自分の責任だ。
そう思って下げた頭だったが、頭上では明るい声が上がる。
「大丈夫だよ、蔵人君。私達、別に怒ったりしてないから」
「そうだぞ、蔵人。先生もただ、話を聞きたいだけだ」
海麗先輩と安綱先輩だ。
少し顔を上げると、2人の顔に柔和な笑みが浮かんでいるのが見えた。
他の部員達も、殆どがその意見に頷いている。
何と言うか。随分と部内の雰囲気が明るいな。
そう言えば、あの五月蝿い風早先輩が居ないぞ?
そう思って周囲を見回すと、端っこの方で柔軟をしているちびっ子がいた。
あ〜。都大会で4位だったから、しょげているのだろうか。
ちょっと可哀想だけど、彼女が折れてくれたから、ランク派も静かなのだろう。
相変わらず、木村先輩の周辺は面白くなさそうな顔をしているが。
「蔵人君」
蔵人が体を上げて、少なくなった反実力派の面々を見渡していると、ローズ先生が1歩前に出てきて、悩ましそうな顔を向けて来た。
「教師の立場から言わせてもらえば、その推薦は受けるべきではないと考える。Cランクの男子が全日本に出るだけでも恐ろしいのに、その最高レベルの大会であるAランク戦に出場するなんて、考えるだけでもゾッとする」
そう言って、小さく首を振る先生。
だが、再びこちらに向けた顔には、少し呆れた笑顔が浮かんでいた。
「だが、私個人で言わせてもらうと、君の奮闘に期待している。君は、君達は、あのギデオン議員を倒したのだからな。Sランクであり、イギリス最強であったあの男を、年端もいかない君達が見事に討ち取って見せた。私では出来ない事だ。仮令、私と同等レベルのAランクが5人集まった所で、何も出来ずに終わるのが目に見えているからな。だから、君に期待している。私の常識から逸脱し続ける君なら、もしかしたらと」
先生はそう言って、コバルトブルーの瞳を真っ直ぐに蔵人へと向けた。
その輝きは、言葉通りのもの。他の人達に負けないくらい期待されているのが分かる。
ギデオン議員を倒したから、それを直接目の当たりにしているから、彼女の期待は確信に近い何かになっているのだと思う。
先生の唇が「ふっ」と笑い、彼女の視線が蔵人から、後ろの生徒達へと移った。
「勿論!君達にも大いに期待しているぞ!今年は桜城から3人も全日本に進む事が出来たのだ。こんな年は未だ嘗てない事だ。まさに黄金世代。大きなチャンスを秘めた歳だ!安綱、美原。今年こそ、頂点を目指せ。お前達にはその力がある。必ず、あの園部から勝ちをもぎ取って見せろ」
「「はいっ!」」
2人の気合いの入った返事に、先生は満足気に笑い、少し鋭い視線を壁際に送った。
「風早!お前はいつまで不貞腐れているんだ!お前も全日本に出るんだろう?気持ちを切り替えろ!」
「はい…」
少し投げやりな声を出して、ちびっ子がトテトテとこちらに走ってきた。
それでも、みんなの輪に入ってすぐに下を向いてしまった。
これは重症だな。
都大会で安綱先輩に負けたのが、それだけショックだったのか。
…ショックだろうな。今まで下に見ていた相手に負けたのだから。ちびっ子先輩の精神力なら、余計に。
「では、今日の訓練を始める」
全員集まった所で、先生が練習の指示を出す。
その時、部員の1人が手を挙げた。
木村先輩の近くで立っている娘だ。
「先生。本当に黒騎士君を出場させても良いんですか?」
「うん?どういう意味だ?」
先生が煩わしそうに聞き返すと、発言した娘の周囲に固まっている娘達が答える。
「だって、黒騎士君はCランクですよ?」
「1回戦でボロ負けするのが目に見えてるし」
「そうなったら、桜城の恥ですよ」
「そもそも、男の子を選手として出すのが恥だと思います」
「「「ねぇ」」」
「お前達…」
反対勢力の今更な発言に、先生は堪らず頭を抑える。
余りの事で、頭痛を覚えているみたいだ。
そんな可哀想な先生に、追い打ちを掛ける様に意見を上げ続ける反対勢力。
「あっ!だったら、試してみたらどうです?黒騎士君が本当にAランク全日本に出られるだけの実力があるのかを、今この場でAランクの先輩と戦わせてテストするんです!」
「それ良いね!負けたら推薦取り消しにしちゃおうよ!」
「どうですか?木村先輩」
「うぇっ!?私!?」
話を振られた木村先輩が、驚きで1歩下がる。
それを、取り巻きは逃がさない。
「だって、3年生のAランクで言ったら、先輩しか居ないじゃないですか!」
「風早先輩は調子悪そうだし。そもそも、全日本に出場する選手だし」
「それに先輩は何時も言ってたじゃないですか。黒騎士なんて見せかけだけだって。先輩なら片手でちょちょいのちょいだって」
「見せて下さい!先輩!」
「やっちゃって下さい!」
「な、何を言って、みんな、本気で?…先生!」
ある意味、四面楚歌となってしまった木村先輩が、必死になって先生に助けを求める。
それを受けて先生は、大きく1つ頷いた。
「良し。木村、分かったぞ」
「先生、それじゃあ!」
涙を浮かべる木村先輩。
それに、先生が答える。
「皆!訓練の前にランキング戦をやるぞ!桜城ランキング5位の木村と、11位の蔵人君の試合だ」
「全然分かってないぃい!!」
木村先輩の絶叫。
それに、先生は見向きもせず、こちらを向いた。
「構わないだろうか?蔵人君」
「承知しました。謹んで、お受けいたします」
蔵人は一瞬考えて、頷く。
残っているのはAランクの全日本だけ。この試合でどんな結末になろうとも、海麗先輩や安綱先輩なら動揺などしないだろう。
であれば、全力で戦える。
そう考えると、自然と頬が上がりそうになった。
いかんいかん。
蔵人は必死で、表情を抑えた。
それを見て、木村先輩が青い顔で首を振る。
「謹んで無いわ、全然…。Sランクとやり合う奴なんかと、試合?嘘でしょ…」
木村先輩の怨嗟の呟きは、しかし、誰の耳にも届かなかった。
全日本の前に、前哨戦が始まろうとしていますね。
「既に意気消沈しているみたいだが?」
木村先輩は中立派の人でしたからね。噂話には耳ざといのでしょう。
それ故に、ブラックナイトの話も聞き及んでいると。
「にしては、黒騎士を軽んじる発言が多かったな」
その理由も、何時か分かるのでしょうか?
「恐らくな」