283話〜何かご予定はございますか?〜
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
開幕、他者視点です。
「ただいま戻りました」
玄関の開く音の後に、何時もの声が聞こえてきました。
私は、畳んでいた洗濯物をカゴの中に戻して、直ぐにその声の元へと駆けつけます。
「お帰りなさいませ、蔵人様。お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
そう言う蔵人様のご様子は、本当に疲れて見えます。
何時もより笑みが薄いですし、全体的に猫背になっています。
何より、何時ものハツラツとした雰囲気と言いますか、熱の様なものが失われている気がします。
全日本の推薦状が来てからというもの、拍車をかけて生き生きとされていたそれが、今は小さくなったと感じます。
気のせいでしょうか?
私は、夕食が終わった後に聞いてみました。
「蔵人様。今日の護衛は如何でしたか?」
「…えっ?ああ、とても美味しいですよ」
ああ、やはり気のせいではありませんね。
私の質問を聞き違えて、今日の夕飯の事を聞いていると思っているみたいです。
うわの空。蔵人様にしてはとても珍しい状況。
まるで、1か月前のあの時に戻ったみたいです。
あの時も何かにずっと悩まれていて、浮かべる笑顔が張り付けた仮面の様でした。
あの時ほどではありませんが、今回もまた、何かあったのでしょう。
今度こそ、お役に立たねば。
「蔵人様。本日の護衛任務ですが、随分と大事であったと流子様から聞いています。確か、過激派の組織に襲われたのでしたね?何処か怪我などはされませんでしたか?」
「ええ。シールドで守っていましたので、僕も火蘭さんも大事はありませんでしたよ」
蔵人様の表情に、大きな変化はありません。
ですが、纏う雰囲気が少しだけ鋭くなったような気がします。
やはり、今日の事で悩まれているのでしょう。
当然です。武器を持った人達に襲われたとなれば、誰だって怖がるものです。
異能力の大会で無双する蔵人様だって、13歳の子供なのですから、受けた恐怖は計り知れません。
ここは、しっかりと心のケアをしなければ。
「蔵人様。御気持ちお察しします。さぞやお辛かったでしょう。私などで良ければ、お話しくださいませんか?蔵人様が心の中に抱える、その思いを」
「思い…ですか。そうですね」
そう言ってから暫くの間、蔵人様は机の上の麦茶を凝視していました。
私などでは、悩みを打ち明けるには値しなかったでしょうか?
私も少し気落ちして、目線を机に落としました。
その時、
「今日、野外フェスを襲撃しようとしていた組織は、自らを青龍会と名乗っていました。とある情報筋からは、こいつらがアグリアと関係のある組織だと聞いています」
徐に、蔵人様が話し始めてくれました。
アグリア。男性優生思想を掲げる過激派集団ですね。今でもたまに特区のゲートで騒ぎを起こしたり、異能力大会の会場前で過激なデモを行っている姿をテレビで見ます。
そんな恐ろしい人達に襲われたなんて…。
私が絶句していると、蔵人様は淡々と言葉を続けます。
「その青龍会ですが、龍鱗の名を語っていたのです。自分達を龍と見立てて、死に物狂いで我々に挑んできました。その姿を見ていたら、どうにも、自分のしていることが本当に正しいのかと疑問が湧いてきました」
「龍鱗…」
確か、柏レアルから呼ばれ出した、蔵人様の異名です。
川崎フロスト大会では、低ランクが高ランクを倒す下克上の象徴として、多くの出場者がその名を真似ていました。
そんな誇りある名前を、アグリアが…。
「俺は今まで、低ランクの人でも上を向ける世界にしたくて、天井を貫いてきました。どんな人にもチャンスはあるんだと、周りの評価など覆せる事を示すためにやってきました。ですが、その思いが彼らを、アグリアまでもを押し上げてしまいました。青龍会というのは恐らく、龍鱗を象徴として設立された反社会組織なのだと思います。龍鱗の様な男がいるのだ、俺達も龍になるのだと、龍鱗を反逆の狼煙として祭る男達の集団。俺は意識しない内に、ギデオン議員と同じことをしていたのかも知れません」
蔵人様はそこまで語ると、湧き上がるそうな負の感情を押し流す様に、麦茶を一気飲みしました。
そして、空になったコップを置くと、小さく呟きます。
「龍鱗で大会に出たのは2回だけ。それも、地方のマイナー大会です。もしも全日本で男性が奮闘する姿など見せてしまったら、彼らを益々助長させてしまう懸念があります」
「そんな事!ありませんよ…」
勢い良く私の口から飛び出した言葉は、最後は尻すぼみになって消えてしまいました。
自信が、無かったのです。
蔵人様の勇姿を見て、多くの男性が歓喜し、奮起する姿を何度も見てましたから。
その男性達がもしも、道を踏み外したとしたら。
ギデオン議員の様に、女性への復讐心に傾いてしまったらと、勝手に考えが1人歩きしました。
そうやって、蔵人様の示す意志を履き違える人達も居ることを、私は知っていましたから。
私が押し黙っていると、蔵人様は「ふぅ」と息を吐き出しました。
「いやぁ。スッキリしましたよ、柳さん。僕の悩みを聞いてくれて、本当にありがとうございます。お陰で気持ちが楽になりました」
そう言って立ち上がる蔵人様の顔には、変わらず厚い笑顔の仮面が張り付いています。
決して、蟠りが除けた訳ではありません。
彼の葛藤は再び、彼の深い思考の海へと潜って行ってしまいました。
私は、失敗してしまったのです。
「では、柳さん。俺は寝る前のトレーニングがあるので、これで」
「あっ…ええ。お休みなさいませ…」
私は一瞬、引き止めようと思いました。
でも、止めようと上げた手はそのまま、彼に別れの挨拶をするだけに終わりました。
引き止めた後、どうしたら良いのか分からなかったから。
私は、2階に上がっていく彼の背中を、ただ見ているだけしか出来ませんでした。
どうしたら良かったのでしょう。
私は、リビングに戻ってから暫く考えました。
どうしたら良かったのか。なんと言えば良かったのか。
最善の方法なんて、あったのかと。
「いえ。そうじゃないわ」
自分に活を入れて、考え直します。
そうではないと。
蔵人様なら、最善の道を選ばない。
最善の道を作り出します。
彼の意思によって。
「作り出すのです、道を。最善手を」
私は、握りしめます。
手の中にある、それを。
〈◆〉
青龍会とやり合った翌日。
蔵人はファランクス部の練習に出掛ける前に、朝食を摂っていた。
だが、
「蔵人様。本日ですが、何かご予定はございますか?」
そう言って、真剣な顔を向けてくる柳さんを見て、考えを改めた。
このセリフは、何か頼みたい事が有る時に使う言葉だ。普段奥手な柳さんにこんな顔をされては、断る事なんて出来はしない。
蔵人はそう考え、少し間抜けな顔をして首を振った。
「いえ。特にはありませんよ」
「本当ですか?でしたら、今日は私と一緒にお出かけして頂けないでしょうか?」
「柳さんとのデートですか。久しぶりですね」
蔵人が少し戯けてそう言うと、柳さんは心底嬉しそうな顔をする。
「良かった。蔵人様に是非、見て頂きたい物があったのです」
うん。見てもらいたい?
蔵人は、ウキウキとステップを踏む柳さんを見ながら、小首を傾げた。
それから直ぐに、蔵人達は家を出発する。
柳さんの運転で、蔵人が助手席だ。
このスタイルも、かなり久しぶりである。
小学生までは、何かとイベント事で送り迎えをお願いしていたのだが、特区に通いだしてからは専ら、龍鱗タイプⅡばかりを使っていた。
だが、偶にはゆっくりと、地元の風景を見ながらの移動もいい物だ。
道端を小学生達が駆け回り、公園では仲良くサッカーをしていた。
砦中らしき男子中学生も見かけたが、相変わらず友達と駄べりながら登校しており、少し前の文化祭が懐かしく感じる。
そう言えば、アニキは全日本で活躍したのだったな。後でお祝いの電話をしないと。
少しすると高速に乗り、直ぐに特区の検問が見えてきた。
平日は混むが、今日は日曜日。比較的早く検問を抜けられた。
そこから暫く、特区の高速を走る。
10年前。ここから初めて特区の様子を見た時は、色々と驚かされたものだった。
女性ばかりが闊歩し、その誰もが鮮やかな色の髪を揺らしていた。
今思えば、全て納得出来る事ばかりだが、それは自分がこの特区に適応したからだろう。
たった半年暮らしただけでも、こう思ってしまう程に濃厚な時間だった。
蔵人が特区の日々を思い返していると、車は高速を降りて、下道を走り始める。
そしてすぐに、大きな建物の中へと吸い込まれていった。
3階建ての建物で、大きさで言うと大型のスーパーマーケットくらいはある。その建物の入り口付近には〈開成スクール〉という金色の文字が大きく横たわっていた。
「さぁ、着きましたよ、蔵人様」
車から降りた蔵人は、柳さんに導かれるままに、その建物の中に入ろうとする。
だが、蔵人が入口に着く直前、自動ドアが開き、中から小さな子供達が飛び出してきた。
「おっと」
幸い、蔵人が咄嗟に避けたので、蔵人も柳さんも子供達とぶつからずに済んだ。
「あっ!ごめんなさ~い!」
子供達は元気な声を上げて、駐車場の方へと駆け抜けて行った。
「待ってよ!みんなぁ!」
「早く早く!都大会のテレビが始まっちゃうよ!」
「きゃははは!」
本当に元気な子供達だ。小学生だろうか?
だけど、ちょっと違和感がある。
子供の数は5人。
その内、男の子が2人もいるのだ。
…ここは、特区だよな?
「どうかされましたか?蔵人様」
「ああ、いえ。何でもありません」
柳さんの声に、蔵人は少年達の過ぎ去る背中から目を引き剥がし、今度こそ建物の中に入っていく。
直ぐ目の前には高級ホテルかと思ってしまう程のエントランスが広がり、受付には白く薄いプロテクターを着けた女性が机の向こう側で待機していた。
このプロテクターは、異能力戦でよく目にするタイプのものだ。
という事は、ここは異能力のスクールなのか。
柳さんの背中に付いて行きながら、蔵人は周囲を観察する。
すると、受付の女性が元気な声を掛けて来た。
「ようこそ!開成スクールへ!見学ですか?それとも、会員のご登録でしょうか?」
「見学をしたいのですが、ええっと、私は柳綾子と申しまして…」
「ああっ!柳様ですね。巻島社長から伺っております。どうぞ、こちらへ」
受付の女性が慌ててデスクの外に出て来て、柳さんを先導し始めた。
どうやら、ここは流子さんの異能力スクールらしい。話しでは何度か出て来ていたが、ここがそうなのか。
蔵人は受付に先導されながら、スクール内の様子をつぶさに観察する。
一見すると、スポーツジムの様にも見える室内。
だが、ガラスは防弾ガラスで出来ており、床は燃え難い大理石のタイルの上に難燃性のマットを敷いているみたいだ。
これも、異能力対策の一つなのだろう。
部屋には、筋トレ用のマシーンの他に、遠距離異能力者用と思われる的が壁に掛かっている。
そして一番驚いたのが、スタッフの多さだ。
部屋でトレーニングをしている客が8人に対して、スタッフが4人いる。
単純計算で2人に1人が付いているようなものだ。
その内の1人は、壁際で構えているだけなので、恐らくバリア系の異能力者なのだろう。
それでも、3人のスタッフが常駐しているみたいだ。
蔵人が驚いた顔をしていると、受付の人が少し焦った声を出す。
「この時間はご利用される方も少ないため、常駐しているスタッフも少なくしております。休日の午後や平日の夜ですと、10人以上のスタッフが常駐しております」
「10人ですか。凄いですね」
これは会費が高くなりそうだ。
いや、特区の人間達なら、金額ではなく質でジムを選ぶのか。
蔵人が納得していると、隣の柳さんがおずおずと声を上げる。
「あのぉ、すみません。ここは一般の教室だと思うのですが?」
「あっ、失礼しました。ご希望はジュニアスクールの方でしたね。そちらは2階になりますので、どうぞこちらに」
女性スタッフはキビキビと動き、蔵人達を2階まで誘導する。
柳さんは見たいクラスを決めて来ていたみたいだが、そこに何があるのだろうか?
そう考えながら、蔵人はスタッフさんの背中に付いて行く。
そうして着いた先は、壁一面がコンクリートで出来た大部屋であった。
部屋の中には、的やカラーコーンや小さな計測器はあるが、1階の様なトレーニングマシーンは見当たらない。
その広い空間には、20人くらいの子供達が居り、2人1組で異能力の訓練をしていた。
驚いた事に、その中には男の子の姿もあった。
人数で言うと、7人。
実に、1/3が男の子であった。
このスクールは、男性に対して特典でも設けているのだろうか?
蔵人が驚いていると、女性スタッフが子供達を手で示す。
「ここは主に、小学生から中学生までの子が在籍する教室となります。今の時間は、小学校高学年のクラスです」
どうも、時間帯で学年を分けているらしい。
という事は、先程入口で出会ったのは、小学校低学年の子供達だったのかな?
「やぁ、蔵人君。待っていたよ」
蔵人が子供達を見ていると、奥からプロテクターを着けた女性が1人、片手を上げて近付いてきた。
青く長い髪を後ろに纏めた、美しい女性だ。
その少し鋭い眼差しは、流子さんを思い出させる。
「お久しぶりです、蒼波さん」
蔵人は腰を折る。
そう、この人は流子さんのお子さんである、巻島蒼波さん。蔵人が2歳の時に中学二年生だったから、今は25歳か。
かなり久しぶりに感じる。確か、桜城の受験前にお会いしたのが最後だ。
蔵人が顔を上げると、凛々しい姿の蒼波さんが目の前に居た。
プロテクターを着ているから、ここの関係者なのだろう。インストラクターなのか?
彼女以外にも壁際に大人は居るが、ただこちらを見守っているだけであった。
「ああ、今日は私がジュニアスクールの教師なんだ」
蔵人の視線に気付いた蒼波さんが、軽く説明をしてくれる。
彼女は、この異能力スクールの塾長をしており、偶にこうしてインストラクターとしても働いているとの事。
彼女は流子さんの長女だからね。跡継ぎとしての修行なのかもしれない。
「せんせー!」
蔵人が蒼波さんと話し込んでいると、生徒が数人駆け寄って来た。
女の子が数人と、男の子も1人いる。
「その人だれぇ?」
「新しい講師の方でしょうか?」
「お兄ちゃん、高校生?だったら3階の教室だよ!」
女児達がワラワラと、蔵人の周りに集まってくる。
男子の割合が高くても、男性に対する興味は変わらないらしい。
ワンパクそうな女児が多いが、中には令嬢らしき子も混ざっている。
流子さんのスクールは、貴族からの申し込みが多くなっていると聞いたが、彼女の事なのかも。
蔵人が言い寄ってくる女児達に笑みを零していると、彼女達の後ろで控えていた男の子が、声を上げた。
「ああーっ!お兄さん、黒騎士でしょ?!黒騎士だぁ!」
うん?黒騎士を知っている?
蔵人は少し驚き、その少年に視線を向ける。すると少年は、キラキラした目でそれを迎撃してきた。
そして、女児達をかき分けて、蔵人の目の前まで迫って来た。
「僕は優馬だよ!木下優馬。華奈子ちゃん(九条様の妹)の誕生日で会ったでしょ?」
ああ、あの時の男の子か。
確か、プレストに向かって消してやると喚いていた子供。
その子が何故、こんな所に?
困惑する蔵人。
その前で、蒼波さんがパチンッと手を叩く。
「よしっ!今日は特別授業として、この黒騎士選手にも参加して貰うぞ!先ずは私との模擬戦だ」
うぇっ?!
蔵人は絶句する。
だが、子供達は元気だ。
「やったぁ!黒騎士の戦いが見られるぞ!」
「ええっ!?大丈夫なの?男の人が、先生と?」
「勝てる訳ないよ!」
女の子達は泣きそうな顔だ。
実際に黒騎士の戦いを見た事のある子は、木下君だけらしい。
いや、蒼波さんもか。
「蔵人君。悪いが、本格的な試合は勘弁してくれ。私では君の相手にはならんし、何より、子供達が怖がってしまうのでな」
蔵人の耳元で囁く蒼波さん。
相手にならないって、そこまでの過大評価を?
そう思いながらも、蔵人は教室の中央へ。
子供達はテレポートで出された椅子に座り、蔵人達を囲むように円になる。
何でこうなったんだろうな。
そう思う蔵人だったが、自然と口端が上がるのを感じた。
〈◆〉
「みんな、よく見ているんだぞ!」
蒼波様と蔵人様が、教室の中央で模擬戦を行っています。
蒼波様の攻撃を、蔵人様が盾で受け止めます。
角度を付けて受け流したり、攻撃のタイミングを先読みしたりして、上手く立ち回る蔵人様。
その様子を見ている子供達は、次第に心配の声から歓声や拍手に切り替わって来ました。
「わぁあ、凄い!先生の攻撃を、こんな簡単に防いじゃうなんて!」
「男の子なのに凄いね!」
「そうだよ!これが黒騎士の強さだよ!」
「俺たちはあの人に憧れて、このスクールに入ったんだからな!」
顔を赤く染める女児達に、男子達が得意げに胸を張ります。
その様子を見て、蔵人様も困った様に笑っていました。
でも、嬉しそうです。
昨晩、何かを諦めた顔をした彼でしたが、悪い物が落ちたように清々しい笑みを浮かべています。
気付いてくれたのでしょうか?蔵人様がしてきた事が、必ずしも悪い方向にばかり進んでいる訳では無いことを。
「さぁ、みんな!次は黒騎士選手が君達の練習を見てくれるぞ!また2人で組みなさい!」
「「はーい!」」
子供達が元気よく返事をして、2人1組で練習を再開しました。
その子供達の間を、蔵人様は練り歩いて、時々指導をしています。
「君は威力が高いね。Bランクかい?じゃあ、もう少し腰を落とそうか。撃った時に、自分の体重が何処にあるか意識すると安定するよ」
「君はサイコキネシスだね?とても速いパンチだけど、足も使おう。速く動けば、その分相手からの攻撃も避けられるし、攻撃のチャンスも掴めるぞ」
蔵人様の指導に、女の子達は顔を真っ赤にして頷きます。
蔵人様の距離が近すぎるのが原因です。
あれでは、幾ら年端もいかない子でも、堪らないでしょう。
蔵人様は普段、学校でもあのようなスタンスなのでしょうか?
私は、かなり心配になってきました。
そんな私の心配を他所に、今度は男子達に囲まれる蔵人様。
「黒騎士選手!俺にも教えてよ!」
「僕も!黒騎士選手みたいに戦いたい!」
「ああ、良いよ。男子が戦うには、先ず自分の異能力の特徴を知ることが大事だ。その特徴で、どうやって闘うかを考えるんだ。君の異能力はなんだい?」
「僕はクリエイトアーマーだよ!」
「アーマーか。では、どんなアーマーが得意なのかな?」
「えっとね。やってみせるよ!」
男の子達とは、問題なく接していました。
彼らの期待の籠った目が、蔵人様から指導を受ける度に光を増しています。
凄い人気です。
まるで、ヒーローショーでヒーローが観客席に降りた時みたい。
いえ、実際そうなのでしょう。
彼らからしたら、蔵人様は憧れのヒーロー。
出会えただけで嬉しいのに、こうして親身に教えてくれるから、余計に興奮しているのです。
「いやぁ、助かったよ」
私の元に、蒼波様がいらっしゃいました。
何が助かったのでしょう?と、私が瞬きをすると、少し困った様に笑う蒼波様。
「最近、男の子達からせっ突かれていたんだ。黒騎士選手みたいになるにはどうしたら良いのかってね」
ああ、そう言う事でしたか。
流子様から聞いていましたが、最近になって入塾希望者が殺到しているらしいのです。
殆どはお断りしているそうですが、上流階級の子供は受け入れてしまっていると。
その子供達というのが、今目の前ではしゃいでいる男の子の事なのでしょう。
詰り、彼らは蔵人様に憧れて、この塾に入ったという事。
だから昨晩、いきなりの電話なのに、流子様は2つ返事で了承して頂けたのですね。
蔵人様に、彼らのガス抜きをして貰う為に。
私が納得していると、蒼波様が期待の籠った目を向けて来ました。
「偶にで良いから、また蔵人君を連れてきてくれないか?」
な、なんと。
申し訳ありません、蔵人様。
貴方を元気付ける為に企画したこのお出かけですが、どうも、流子様に利用されてしまったみたいです。
私は、楽しそうに指導を続ける蔵人様の横顔を見ながら、心の中で彼に謝りました。
今回は、蔵人さんの活躍を素直に受け取ってくれた子供達のお話でした。
「光差すところに闇も生まれる。だが、その光は確かに誰かを照らしていたのだな」
男性の活躍をどう捉えるかは、その人の心の持ちようなのです。
蔵人さんが気に病むことではない筈です。
「だが、慕われ続けるのも大変だぞ?」
流子さんには良いように使われてしまいましたね。
これは、このまま看板娘ならぬ看板息子にさせられかねない?