282話〜こいつの盾、鱗みてぇだ〜
※グロ注意です
「……ん?このタイミングでか?」
※はい
『みんな!集まってくれてありがとう!!』
「「「うわああああ!!!」」」
「「「うぉおおおお!!!」」」
「「うぎゃぁあああ!!!」」
いよいよ、プレストのライブが始まった。
始まったのは良いが、物凄い声援だ。
中には、苦しそうな声も混ざっているけど、仕方がない。
超満員を超えて、会場の外まで人が押しかけているのだから。
その中には、男性の姿もちらほら見かける。
なんと、男性アイドルであるステップステップは、男性ファンも少なくないのだとか。
そっち系のファンじゃないぞ?純粋に、同性が頑張っている姿を応援している人達だ。
現に、プレストの楽屋へと挨拶に来た男性グループも結構いたのだ。
あの後、パープル・クライが帰った後も、挨拶回りをしに来たグループが幾つもあった。
その半数程が、男性のグループだった。
『特区の内でも外でも、男性が活躍してくれるのは嬉しいって聞きます』
そう言っていたミヨさんの言葉通りだ。
会場のみんなは、プレストのメンバーが派手なダンスを披露する度に歓声を上げ、一曲を歌いきると何かが破裂したのかと思ってしまう程の大きな拍手が贈られる。
本当に、プレストに会いたかったという気持ちが、彼ら彼女らから伝わってくる。
そんな中、
「蔵人様。少々よろしいですか?」
火蘭さんがすぐ近くまで寄ってきて、耳元で囁いた。
彼女の表情は、険しい。
まるで、瑞葉様を前にした時みたいだ。
…それはそれで、問題なんだがな。
「何かありましたか?」
蔵人も声を落とし、彼女の方へと顔を近づけて囁く。
すると、火蘭さんが視線を何処かに飛ばす。
その方向を追うと、観客席の一角にぶち当たる。
そこには、
「妙な客がいます」
確かに、変な男が居た。
地味な色合いの服装に、大きなリュックを背負っており、そのリュックに黄色や赤の団扇を括り付けている。
その姿は、周囲の観客とそれ程変わらない。気合の入った応援客だ。
変わっているのは、その態度。
それだけの用意をしているのにも関わらず、その男はステージに声援の一つも送る様子を見せず、ステージを見る素振りも無かった。
代わりに、周囲をキョロキョロ見渡している。
まるで、観客の動向を観察するかのように。
そんな人間が、火蘭さんが示す場所以外にも、何人か発見した。その誰もが、同じような格好をした怪しい男性。
こいつは…。
「火蘭さん。私服警備員なんて、配置されてませんよね?」
「はい。スタッフや警備員は必ず、指定の制服を着用することが義務となっております」
「そうですか」
蔵人が肩を落としていると、その内の数人に動きがあった。
曲がクライマックスに差し掛かっているのにも関わらず、急に移動を始めて、会場の外に出てしまった。
蔵人は火蘭さんの肩を叩き、残った男達を指で差す。
「火蘭さん。そこと、そこと、そこの男性に荷物検査を実施して下さい。僕は、今出ていった彼らを追います」
「同行します」
蔵人の後ろを、火蘭さんが着いてくる。
着いて来ながら、無線で巻島家の護衛に次々と指示を出していた。
流石は筆頭護衛。頼りになる。
蔵人達が怪しい男性達の後を付けると、彼らはメイン会場の裏手にある小さな雑木林に入っていった。
雑木林の中は隠れる場所が増える分、待ち伏せされる可能性もある。
このまま彼らを追うのは危険だ。
「火蘭さん。空を飛ぶ事に抵抗は?」
「空を自由に飛びたいなと、偶に口ずさんでいる程度でございます」
そ、それは…大丈夫って事だよね?
何時もよりテンション高めの火蘭さんに戸惑いながらも、蔵人は火蘭さんを背中に乗せて飛翔する。
すると、雑木林の奥の方に、何か車両の様な物が停まっているのが見え、そこに大勢の人間が居るのが分かる。
ざっと見、20人から30人程度か。
その殆どの者が、全身に迷彩のプロテクターを着けたフル装備状態で座っていた。
こいつは恐らく…。
蔵人は彼らに見つからない様に、木々の葉で隠れながらパラボラ耳で彼らの声を拾う。
その先では、会場から抜け出した男達が、その武装集団と接触している所だった。
「…まで来ているから、プログラムより2分ばかし遅れている」
「警備員は地元の警備会社の奴らだが、アイドルの護衛に特区の奴らが紛れているみたいだ」
「問題ない。全ては想定の範疇だ。プレストが最後の曲、Love so goodを歌い始めたら会場に突入する。総員、装備を整えて乗車開始」
「「はいっ」」
「誇り高き大日本帝国をこの手に」
「「この手に」」
男達が銃器らしき物を手に持ち、徐に立ち上がった。
それらの言動は紛れもなく、アグリアの物。
蔵人は意識を火蘭さんに向ける。
「火蘭さん、奴らはテロ組織の可能性があります。本部と警察に連絡を」
「既に両方へ連絡済みです。ですが…」
火蘭さんは言葉を濁す。
何でも、警察のテロ対策部隊が到着するまでに、30分近くかかるのだとか。
加えて、会場の方もすぐには避難が始められないと返答があったとの事。
現在、会場は物凄い盛り上がりを見せており、ここで強制的に人を動かしたりすると、それこそ死傷者が出かねないと言っているらしい。
まぁ、そうだろうな。
何故こんなライブ会場を狙うのかと思ったが、今ならプレスト見たさに人が押し寄せている。そうそう簡単に身動きが取れない中で、特区の人間に仇なす事が出来ると考えたのだろう。
もしかすると、そのプレストも標的になっている可能性がある。
「蔵人様」
火蘭さんの声で意識を前に戻す。
すると眼下では、地面に座っていた戦闘員は全員車両に乗り込み、車が小さなエンジン音を上げるところだった。
こいつは、間に合わないな。
蔵人は小さく頷く。
「火蘭さん。我々で止めるしかなさそうです」
「お任せ下さいっ」
ふんすっ!と言う鼻息が聞こえそうな程、気合いの入った声で火蘭さんが返してくる。
顔は見えないけれど、生き生きとした表情が思い浮かぶ。
何時も冷静な火蘭さんだが、こういう荒事が好きなのだろうか?
「蔵人様!動きましたっ」
車両がゆっくりと蛇行運転を開始して、雑木林の間に出来た林道を進み始める。
車両は合計8台程。
よく見ると、車両はワゴン車だけでなく、軍隊が使うような装甲車も混じっている。
それが、2台。
日本のテロリストが、こんなものまで持っているのか。
「蔵人様。私を車両の前に下ろしてください」
「ええ。ですがその前に」
焦る火蘭さんを制して、蔵人はホーネットを作り出す。
それを、全ての車両に目掛けて放つ。
ホーネットは車両のタイヤに着弾し、幾つもの破裂音を奏でて車両を止めた。
中には、勢い余ってひっくり返る車や、木に突っ込む車も出た。
装甲戦闘車だけは、コンバットタイヤではなく車軸を貫通させて脱輪させた。
パンクさせてもしばらく走るからね。厄介なタイヤだ。
「くそっ!なんだ!?」
「敵襲か!?」
立ち往生した車両から、次々と戦闘員が這い出て来た。
周囲を警戒し、銃器を構えながら忙しなく辺りを探っている。
彼らの動作は機敏だ。この程度では怪我一つしなかったみたいだ。
蔵人が徐々に高度を下げていると、地面に着くよりも先に火蘭さんが蔵人の背中から飛び出し、地面にスタッと着地した。
「動くな!逆らえば命はないと思え!」
鋭く厳しい声を上げ、戦闘員に右手を真っ直ぐに伸ばす火蘭さん。
男達はその声に驚き、一斉に火蘭さんへと銃口を向ける。
だが、火蘭さんの胸元で光るバッチを見て、悲鳴交じりの声を上げた。
「おっ、おい!こいつ、Bランクだぞ!?」
「特区の護衛か!?Bランクまで出張って来るなんて聞いてないぞ!」
火蘭さんの手から逃れる様に、男達はじわりじわりと後退していく。
そこに、1人の男性が前へと出て来て火蘭さんに対峙する。
「ハッタリだ。特区のお偉い高ランク様が、こんな場所に足を運ぶ訳がない。総員!構え!」
リーダー格の男性に指示され、後ろの男達が慌てて銃を構え直す。
そして、
「撃てっ!」
一斉に、銃口から火を噴かせた。
蔵人は、彼らが引き金を絞るよりも先に、火蘭さんへと水晶盾を飛ばした。
カンッ!カツンッ!カンッ!
甲高い音を響かせながら、銃弾は全て、火蘭さんの目の前に展開した水晶盾に阻まれて弾かれた。
それを見て、男達は照準から目を離し、苦々し気に盾を見る。
「くそっ!効いてないぞ!」
「なんだこれはっ!?バリアか?」
「いいや、盾だ。クリエイトシールドだ!まだ何処かに敵がいるぞ!」
「あそこだ!空にもう一人!飛んでいやがる!」
戦闘員の1人が蔵人に気付き、震える指でこちらを示した。
うん。漸く気付いたか。
蔵人はゆっくりと地面に降り立ち、火蘭さんの隣に並び立つ。
並んで、火蘭さんと同じように右手を前に出す。
「投降してください。今ならまだ、貴方達が大きな罪に問われることは無い」
本当にそうなのかは、微妙なところだけどね。
彼らが本物のアグリアであった場合、テロ等準備罪以外にも問われてくるだろうから。
とは言え、実行するのと計画するだけなのであれば、後者の方が軽くなるのは明らかである。
ここで投降してくれたら嬉しいと思う蔵人だったが、彼らは一向に銃器を下ろす気配を見せない。
只々、悔しそうな声を上げるのだった。
「くそっ!男の護衛だとっ!?」
「特区に入っちまったら、男でも女の味方になっちまうのかよ!」
「そうだっ!こいつは男じゃない。大和魂を捨てた、女の飼い犬だっ!」
そう啖呵を切って、戦闘員の1人が蔵人に向かって発砲した。
それを合図に、次々と戦闘員が蔵人と火蘭さんに向けて銃弾の雨を降らせる。
蔵人の展開した水晶盾を、鉛の弾丸が四方八方から叩き続ける。
だが、Cランクの水晶盾を前に、精々Dランク程度の鉛弾では殆どダメージを与えられない。
それなのに、彼らは銃撃を止めようとしなかった。
理解できないのか?自分達の攻撃が無駄だという事が。
それは、そうなのかも知れない。
彼らは、まともに異能力者との戦闘をしてこなかったのかも。
それ故に、こちらが攻撃に転じないのを見て、押していると勘違いしている可能性がある。
それは別に良いのだが、この銃撃戦の音を聞きつけて、誰か人が来てしまうかもしれない。
そうなれば、巻き添えを食う可能性もある。
早めに鎮圧するに限るな。
蔵人は、服の上にも鉄盾の龍鱗を張り付けて、全身を鉛色の鱗で纏う。そして、ゆっくりと戦闘員達の方へと歩き出した。
戦闘員達はそれを見て、火蘭さんを狙っていた銃口をこちらに集中させた。
カカカカカカカンッッ!!
耳が痛くなるほどの着弾音が、ひっきりなしに龍鱗を震わせる。
それでも、蔵人は止まらない。
一歩、一歩と、彼らに向けてゆっくりと足を前に出す。
それを見て、戦闘員達はヘルメット越しに目を見開く。
「なんなんだっ、こいつは!」
「銃弾が全く効いてねぇぞ…どうすんだよ!これ」
案の定、戦闘員達は悲鳴に近い声を上げ、更に大きく退いた。
人によっては、銃撃を止めてしまい、助けを請うようにリーダーに指示を乞うた。
凶器をものともしない蔵人の様子に、心が折れかけている。
特区の人間に対する恐怖心を、徐々に思い出しているのだ。
さて、そろそろ。
蔵人が駆け出そうと、足を大きく踏み出した時、1人の戦闘員が首を振りながら、かすれた声でこう言った。
「こいつの盾、鱗みてぇだ。これじゃまるで、龍鱗じゃねぇか!」
うん?龍鱗?
蔵人は、その言葉で足を止めてしまった。
何故、こいつらがその名前を知っている?
蔵人が答えを求める様に男達を見回すと、戦闘員のリーダーが声を上げた。
「怯えてんじゃねぇぞ、お前ら!俺達が誰か思い出せ!泣く子も黙る青龍会だろうが!」
青龍会のリーダーは、コンバットナイフを背中のホルスターから引抜くと、一直線に蔵人へと突っ込んで来た。
そして、叫ぶ。
「俺達は青龍会!龍鱗の意思を継ぎ、龍となる者だ!」
叫びながら斬りかかって来るリーダーに、蔵人は一瞬反応が遅れた。
彼の一撃を、迎撃せずに手で受け止めた。
ナイフの刃が、手のひらに貼った鉄の龍鱗を削る。
「何故だ」
蔵人は呟く。
「何故、お前達は…」
龍鱗の存在を知っている。
龍鱗の名を語る。
そう、問いたい気持ちが溢れそうだった。
だが、問うことは出来ない。
問えば、自分も龍鱗を知っていると公表してしまうから。
まかり間違って、龍鱗の正体が彼らにバレる恐れもある。
悩む蔵人に、リーダーは更に刃を突き刺そうと、力を籠める。
吠える。
「我らは青龍、この身は龍ぞ!」
「戯言を…!貴様らの覚悟なぞ、龍に遠く及ばずっ!」
少々の苛立ちを覚え、蔵人は刃を押し返し、その刀身を強く握りしめる。
ナイフはそのまま、根本から握りつぶされた。
ヘルメットの中で、目を見開くリーダー。驚きで、しばし体を硬直させていた。
その腹に、蔵人は蹴りを一撃突き立てる。
何の抵抗も出来ず、リーダーは2転、3転して地面を転がる。
漸く止まった彼を、仲間達が隠す様に前へと出た。
「そうだ!俺たちは竜!」
「特区の奴らなんかに負けるか!」
「行くぞ!」
「「おおぉっ!!」」
数人の男達が、両手に凶器を握りしめて突っ込んでくる。
その誰の目の中にも、禍々しく燃える炎が見える。
彼らの根幹にあるのは、低ランクと蔑まれ続けた鬱憤の感情。
その憤りが、龍鱗という起爆剤によって今、儚くも荒々しく燃え上がっている。
『俺が男の為の、新たな世界を創生するのだ!』
何故か、ギデオン議員の声が頭の中で響いた。
それは、必死になって駆け寄る彼らの姿がそうさせているのかも知れない。
議員が目指した世界とは、こう言う風景を見る為の物だったのではないか?
だとしたら、俺は…。
暗く深い、思考の海に潜り始めた蔵人。
それを、灯台の様に明るい光が、蔵人を引き戻した。
炎。
燃える炎の中で、人影が躍る。
「ぎゃぁあああ!!!」
目の前で、人間であった物が燃え上がる。
その周囲でも、波及した高熱に舐められた男達が地面をのた打ち回り、患部を少しでも冷まそうと躍起になっていた。
「猪瀬様!」
火蘭さんの鋭い声。
見ると、彼女は1人の戦闘員を片手で持ち上げ、それを煌々と燃え上がらせている所だった。
「何を躊躇しているのです!こ奴らはか弱い男では無く、ただの犯罪者なのですよ!」
その言葉に、蔵人は背筋を伸ばす。
確かに、今はこの事態を収めることが先決。考えるのは後にしよう。
蔵人は走り出す。のた打ち回る男達に尻込みする戦闘員達を目掛けて、一直線。
「き、来たぞ!」
「龍鱗だっ!」
「違う!偽物だ!」
「どっちでもいい!撃て!撃ち続けろ!」
慌てた戦闘員達が、狙いも十分に付いてない内に引き金を引く。
散発的に打ち付ける銃弾の雨を、蔵人は煩わしそうに払いのけ、そのまま戦闘員の集団に突っ込んだ。
「ぎゃぁっ!」「がぁっ!」「ぶぉっ!」
次々に弾き飛ばされる戦闘員達。
ある者は空を舞い、ある者は大樹に背中を打ち付け、ある者はワゴン車のフロントガラスに突っ込んだ。
白百合連合の時とは違い、盾にクッションは着けていない。
彼らに慈悲は掛けない。
蔵人に轢かれて、次々に無力化される戦闘員達。
それを見て、周りの者は我先にと雑木林の中に逃げようと走り出す。
だがその前に、背中を向けた彼らは全員、灼熱の炎の海に呑み込まれた。
その炎の元で、ワインレッドの髪が揺れる。
「逃がすと思うか?ゴキブリ共。お前らは全て、この場で駆除する」
火蘭さんが睨みつける先には、既に事切れた黒い塊だけが散乱していた。
蔵人はそれを見て首を振り、目を細めて火蘭さんを見る。
「火力を落としてください、先輩。このままでは何も残りません」
「猪瀬様。同性だからと慈悲を掛けるのはおやめください。こ奴らは我々とは違う生き物です。殺すことに躊躇っていては、何時か自分が殺されます」
「あ、いえ、そう言う事では無くてですね」
何も、殺しがダメだとは言わない。
相手はこちらを殺すつもりでかかって来ているのだ。そういう奴らの命を取ることに対しては、火蘭さんの意見に賛成である。
そうではなくて、こうも全てを灰燼に帰していては、証拠も何も残らない。
証拠は一つでも多い方が良いのだ。この中の誰が、重要な情報を握っているかも分からないのだから。
せめて、青龍会のリーダーだけは、直ぐに尋問が出来る程度に生かしておく必要がある。
蔵人はそう説得しながら、途中で襲って来た戦闘員を吹っ飛ばす。彼の足は、あり得ない方向に曲がってしまった。
「そ、そうですか。それなら…良かった、です…」
そんな蔵人の様子を見て、火蘭さんは驚いたような、何処か悲しいような顔をしていた。
『それじゃあみんな!最後の曲に行くよ!』
「「「うわぁあああ!!!」」」
ステージの上で、薄紫色の衣装をはためかせながら、パープル・クライの面々がダンスを踊っている。
時刻は、午後4時。
結局、野外ライブは最後まで行われようとしていた。
プレストの出番が終わった後に、一旦は緊急避難と勧告されていたのだが、蔵人達が早々に青龍会の全員を無力化してしまったから、もう安全だと判断されて解除されたらしい。
運営はそう言っていたらしいが、本当にそうだろうか?
まさか、チケットの払い戻しするのが嫌で、対応を渋った訳じゃないだろうな?
「お疲れ様、黒騎士君」
舞台袖で蔵人が訝しんでいると、プレストのマサさんが片腕を上げながら近づいて来た。
蔵人は思考を切り替えて、彼に軽く頭を下げる。
「マサさん達こそ、お疲れ様でした」
聞いた話、彼らは15分も予定をオーバーして降壇したらしい。
何でも、アンコールが鳴り止まなくて、それに答えて2曲も追加で歌ったのだとか。
知らなかったとはいえ、近くで銃撃戦が繰り広げらている時にアンコールを要求するとは。
それだけ、観客達はプレストを求めていたのだろう。
だが、もっと凄いのは、目の前の彼らだ。
きっと、真っ先に避難指示を受けたのは彼ら出演者だろうから。プレストのみんなは、アンコールを受けながら、避難するようにスタッフ達から避難誘導が出ていただろう。
それでも、歌い続けたのは彼らの意識。
直ぐに青龍会は鎮圧したけど、普通なら怖くて逃げるものだ。
彼らは特に、特区の男の子達なんだから。
だが、彼らは歌い続けた。
そうするだけの覚悟が、この人にはあった。
やはり彼も、熱い想いを持つ同士か。
蔵人がマサさんを真っ直ぐに見ていると、彼は目の前に手を差し出してきた。
「君のお陰で、僕は目標を達成出来たよ。特区の男性アイドルが、特区の外で公演する。その実績を作ることが出来たんだ。これは、君が守ってくれたからだよ。僕たちを、この野外フェスを悪漢から守ってくれて、ありがとう」
ああ、やはり彼らは、一連の騒動を知っていたみたいだ。
蔵人は苦笑いをする。
そんな蔵人の手を、マサさんは強く握った。
「だから次は、君が羽ばたいてくれ」
「羽ばたく?」
蔵人の疑問は、しかし、別の声にかき消されてしまった。
プレストの、他のメンバー達だ。
「おいっ、リーダー!呼ばれてるぞ!」
「早く行かないと、みんな待ってるよ」
彼らは、ステージへ上がる階段の途中でこちらを振り返り、マサさんに向かって手招きをしていた。
それに、マサさんも頷き返し、急いでステージへと駆け出した。
駆け出して直ぐに止まり、こちらを振り向いた。
「12月上旬から始まる全日本Cランク戦。君程の実力者なら、出場するんだろう?なら今度は、俺たちが君を応援するよ」
おや?マサさんは知らないみたいだ。黒騎士が招かれているのはCではなくAである事を。
そりゃ、彼らからしたら分野違いだからね。公式に発表がないと分からないだろう。
蔵人が何も返せない間にも、彼らはステージへと登って行く。
その背中は、とても広くて輝いて見えた。
信じる道を突き進む、挑戦者の背中だ。
今の俺には、眩しすぎる。
蔵人は、彼の背中から目を背け、己の手のひらに視線を落とした。
青龍会は、龍鱗を象徴として作られた組織だったのですね。
「柏レアルで目を付けられたのだろう」
その描写はあったのに、西濱君の様な勧誘が無かったのを不思議に思っていたんですよ。
思っていたのですが…まさか、こういう事だったとは。
「あ奴がどうするかだな」
責任を感じて良そうですね…。